奇妙な世界の片隅で 2024年07月
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アウトローたちの物語  ピエール・シニアック『リュジュ・アンフェルマンとラ・クロデュック』
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 ピエール・シニアック『リュジュ・アンフェルマンとラ・クロデュック』(小高美保訳 論創社)は、奇妙な二人組の旅を描く、エキセントリックなロード・ノヴェル作品です。

 何をやっても上手くいかず、浮浪者としてさまよう不遇な男リュジュ・アンフェルマンは、ある日、巨人のような男ラ・クロデュックと知り合います。見た目は男ながら妙に女性的な要素を感じさせるラ・クロデュックを、リュジュは女ではないかと疑いますが、本人は真相を明かしません。
 ラ・クロデュックには娘シトロネルがいましたが、ある日さらわれ、修道院に幽閉されているというのです。娘を助けるため、共に旅をすることになりますが…。

 でこぼこコンビの珍道中を描くロード・ノヴェル的な作品なのですが、コンビの片割れラ・クロデュックが異常な人物すぎて、強烈なインパクトがあります。男か女か性別が不明なのを始めとして、その行動も破天荒。小鳥を捕まえて生で食べてしまうなど、人間離れした行動を繰り返します。
 変人すぎて、一緒にいるのが嫌になり、リュジュがたびたび逃げ出すのですが、結局はラ・クロデュックに捕まってしまい、一緒に行動せざるを得なくなる…という展開も楽しいですね。

 ラ・クロデュックが男か女かは、作中でもたびたび話題になります。リュジュが語り手を務めるのですが、ラ・クロデュックのことを男だと思ったり、やはり女なのかと疑ったりするのですが、そのたびに呼び方が「彼女」とか「大女」などになったりするのも面白いですね。
実際ラ・クロデュックが女に変奏するシーンが出てきても、周囲の人物が違和感を抱かないあたり、本当に女性なのかもしれないのですが、はっきり断言はされないので明確なことは分かりません。

 主人公が二人とも「アウトロー」なので、行く先々で犯罪まがい(実際の犯罪も混ざっています)の行為を働くことになります。これはまともに働こうとしてもそれができない、という事情も働いているのではありますが。
 そこで描かれる社会の暗部や底辺社会の描写にも味わいがあります。ただ全体にユーモア(ブラックではありますが)があるので、猥雑な雰囲気の作品となっています。
 ニトログリセリンを車で運ぼうとするエピソード(『恐怖の報酬』のパロディでしょうか)や、認知症になった老婆から遺産をだまし取ろうとするものの、老婆にけむに巻かれてしまうというエピソード、ラ・クロデュックが家政婦に化けて軍人に雇われようとするエピソードなど、笑いに満ちたエピソードがたびたび展開されています。

 メインの目的がラ・クロデュックの娘の救出にも関わらず、寄り道・回り道ばかりで一向に事態が進展しないのもおかしいですね。そもそも目的の修道院に行くまでの旅費がなく、仕事で稼ごうとするものの失敗してしまう…というパターンが続くあたりも抱腹絶倒です。
 この主人公二人のシリーズは何作か続きがあるそうです。本作では、リュジュがほとんど一方的にラ・クロデュックに従わされてしまう形になっているのですが、二人の関係性やバランスもシリーズ中で変わっていくそうで、その意味でも気になりますね。

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物語のものがたり  ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』
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 ジーン・ウルフ『デス博士の島その他の物語』(浅倉久志/伊藤典夫/柳下毅一郎訳 国書刊行会)を読了。語りの技巧を凝らした短篇が収められた作品集です。

「デス博士の島その他の物語」
 離婚した母親と暮らす幼い少年タックマン・バブコックは、母の知り合いの男ジェイスンにお話の本を買ってもらいます。お話の中ではフィリップ・ランサム船長が敵役のデス博士に苦しめられますが、やがてタックマンの目の前にお話の中の登場人物が現れ始めます…。
 少年の日常に、読んでいる本の登場人物が現れる、というファンタジーなのですが、少年が置かれている家庭環境がいろいろ複雑で、その絡みで起きている現象に対しての解釈が変わってくる…という感じの作品です。
 少年の母親が精神的に不安定な人物であることが示されており、「婚約者」らしきブラック先生の他にも、ジェイスンと肉体関係があるらしいことが示されたりします。少年の目にはブラック先生が母親に何か危害を示しているように見えますが、現実は違うようなのです。
 作中作のお話はH・G・ウェルズの「モロー博士」のオマージュなのですが、少年が思い入れをしているのはヒーローであるランサム船長より敵のデス博士のようであるのも気になります。現実世界のブラック先生はデス博士と同一視されているような感じもありますね。
 少年が見るフィクションの登場人物たちは、少年の想像上の存在と思えるのですが、作中の一シーンでは、第三者が登場人物たちを実際に見ているような描写もあり、単なる想像だと割り切れないところも面白いです。
 一番解釈が難しいのは、デス博士による、本を最初から読みはじめれば、再びみんなが戻ってくる、という最後のセリフ。少年が読んでいる本のことだけでなく、現実世界の比喩のようでもあり、世界全体をフィクションとして捉えているとも取れたりと、解釈が難しいところではありますね。

「アイランド博士の死」
 頭に傷跡のある少年ニコラスは、とある島にいることに気付きます。波や自然の事物がたびたび彼に話しかけてきますが、どうやら島自体が「アイランド博士」なる存在によって管理されているようなのです。
 島には、ニコラスを始め精神に問題を抱える人物が集められているようで、ニコラスの他に、殺人癖があるという青年イグナシオ、緊張病の少女ダイアンがいました。ニコラスは食物を手に入れるため、魚取りの技術を持つイグナシオに接近しますが…。
 人工知能のような存在アイランド博士は何者なのか?なぜ数人の男女のみが島に滞在させられているのか?といった謎が序盤から提示され、段々とその真相が明らかになっていきます。
 全知全能のようなアイランド博士は話しかけてはくるものの、生存に必要なことはしてくれず、ニコラスは生きるために食物を手に入れようとします。食物を手に入れるためには、その手段を知るイグナシオに近づかざるをえないのですが、彼は突然ニコラスを殺そうとするなど非常に危険な人物。
 島自体が人工的な作りになっているようで、アイランド博士は何らかの意図を持って人間を配置していることが推測できるのですが、その意図が分かったときの「不道徳さ」が強烈ですね。発作を防ぐためにニコラスの脳は左右が切断されていることが言及されるのですが、それが伏線になっているところにも感心します。

「死の島の博士」
 アルヴァードは友人を殺害した罪で服役している最中に不治のガンになります。治療可能な時代が来るまで冷凍睡眠を受けることになりますが、40年後目を覚まされたときには、病の治療どころかあ不老不死が実現していました。物理的に損傷しない限り、肉体は処置を受けたときのままだといいます。
 また未来では、本に埋め込まれた装置によって本が自ら話す技術が発展していました。しかもその技術はかってアルヴァードが開発した技術の発展形だったのです…。
 人々がほぼ不死となった世界に放り込まれた男が体験する物語なのですが、その未来がまだ関係者が生きている40年後、という舞台設定が絶妙です。かっての妻や知人が生きており、その時代を眠っていたことからくるカルチャーギャップや、その見かけの年齢差から来る齟齬(嫉妬の念もあるようです)などが描かれます。
 後半では、未来の「本」による災害が描かれ、破滅を予感させる物語ともなっていますね。アルヴァードは死を恐れているようで、その象徴が死ぬ人間の元に現れると噂されるマーゴット博士。結末付近で現れる博士はアルヴァードの死の予兆とも取れます。

「アメリカの七夜」
 近未来、遺伝子損傷により凋落したアメリカを訪れた、イランの富裕な青年ナダン。現地で観た芝居に出演していた女優エレンに魅了された青年は、彼女と知り合おうとしますが…。
 近未来の凋落したアメリカで、イランの青年が体験する奇妙な出来事を描く幻想小説です。現地の女優エレンに一目惚れしたナダンが、彼女と知り合おうとし、実際にそれに成功するのですが、結局は悲恋に終わってしまいます。ただその別れに際して、ナダンの体験に超自然的な香りがまつわりついているのです。
 というのも「七夜」とタイトルにはありつつ、語られるのは「六夜」のみなのです。これはナダンが現地で入手した幻覚剤を六つの卵菓子の一つにしみ込ませ、ランダムに食べていくという行為から来ており、体験した出来事が幻覚の可能性があるのです。語られていない一日だけでなく、語られたうちの、どの一日も「幻覚」であってもおかしくない、という、いわゆる「信頼できない語り手」が語る物語となっています。
 さらに青年の話自体が、彼を心配した家族に依頼された男ハサン・ケルベライが入手した日記だということで、その真実性も疑われてくるという、目くるめくような作品です。

「眼閃の奇蹟」
 国民の情報が人間の網膜のチェックで管理される時代、盲目で網膜がないため戸籍も存在しない幼い少年リトル・ティブは、さ迷い歩いているところを元教育長を名乗る頭のおかしな男パーカーとその使用人を務める男ニッティと出会い、旅を共にすることになります。どうやらリトル・ティブには人間を癒す力があるようなのですが…。
 盲目の少年の視点で語られるファンタジー作品です。目が見えないためリトル・ティブが感じ取る世界は非常に抽象的なのですが、それに加え、彼は時折「幻想」や「想像」を見ているようなのです。他の人には見えない空想上の人物が現れ、リトル・ティブに話しかける部分は完全にファンタジーの様相を呈していますね。しかもその空想が本当は空想でないかもしれない…というあたりも魅力的です。
 ファンタジーとはいいつつ、後半では物語のSF的な背景が明かされ、俄然SF色が強くなります。ただその一方でリトル・ティブの力は超自然的な要素が強く、彼が「救世主」であるかのような描写もされています。その意味で宗教色もある作品ですね。


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怪奇幻想読書倶楽部 第56回読書会 参加者募集です
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※「怪奇幻想読書倶楽部 第56回読書会」定員になりましたので、締め切らせていただきます。


 2024年8月18日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第56回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。本文にお名前と読書会参加希望の旨、メールアドレスを記していただければ、詳細に関してメールを返信いたします。


開催日:2024年8月18日(日)
開 始:午後13:30
終 了:午後16:00
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 H・R・ウェイクフィールド『ゴースト・ハント』(鈴木克昌他訳 創元推理文庫)

※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※扱うジャンルの関係上、恐縮ですが、ご参加は18歳以上の方に限らせていただいています。


 今回取り上げるのは、H・R・ウェイクフィールド『ゴースト・ハント』。英国怪奇小説の巨匠ウェイクフィールドの傑作集です。技巧的な怪異表現を味わっていきたいと思います。


ままならない人生  パトリック・ズュースキント『コントラバス』
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 パトリック・ズュースキント『コントラバス』(池田信雄、山本直幸訳)は、コントラバス奏者の男性が、自身の人生を語るというモノローグ劇です。

 国立管弦楽団所属で、公務員の身分であるコントラバス奏者の「ぼく」が、自身の人生を独白の形で語っていくという作品です。芸術家を主人公としているだけに、「芸術家小説」なのかと思いきや、語られるのはひどく下世話な話題ばかり。
 パートナーもおらず収入も大したことはないなど、芸術家ではありながら、自身の人生が芳しくないことがつらつらと語られていきます。同僚である歌手のサラへの恋心を抱いているものの、そもそもまともに話したこともなく、一方的に想っているだけなのです。

 その人生の「つまらなさ」の象徴として現れるのがコントラバス。オーケストラの中では目立たない存在で、この楽器のために書かれた曲も数少ないのです。自身の楽器ではありながら、コントラバスの目立たなさ・垢抜けなさをこぼしまくります。
 その際にモーツァルトやワーグナーなど有名作曲家をけなしたり、コントラバス曲に関して文句を言うなどのシーンが多く登場しますが、このあたり、主人公にかなりの教養があることも分かるだけに、そのコンプレックスがひねくれているのがうかがえますね。

 サラに告白したり、コントラバス奏者として独立できないかなど、冒険をしたいとの意思も見せますが、その一方で公務員であるがゆえに、その終身雇用は捨てたくないとも述懐するのです。主人公のその小市民的な感性がシニカルに描かれていくのが特徴でしょうか。

 コントラバス奏者という特殊な職業を題材にしているものの、描かれているのは理想と現実のギャップ、詰まるところ「人生のままならなさ」であって、あらゆる職業、あらゆる人生に通じるところもあります。読んでいてこの主人公に共感してしまうところもあり、その意味で、非常によく出来た作品だと思います。


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絶対のルール  マット・クエリ&ハリソン・クエリ『幽囚の地』
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 マット・クエリ&ハリソン・クエリの長篇『幽囚の地』(田辺千幸訳 ハヤカワ・ミステリ)は、引越し先の田舎の地で「精霊」に襲われる夫婦の苦難を描くホラー作品です。

 都会を離れ田舎に家を買ったハリーとサーシャのブレイクモア夫妻。隣人は、高齢のダンとルーシーのスタイナー夫妻のみでした。夫妻はハリーとサーシャに信じられないような事実を告げます。
 それはこの土地には精霊が住んでおり、季節ごとに彼らが不可思議な出来事を惹き起こすというのです。そのルールを守らないと危害が及ぶことになる、というのがスタイナー夫妻の忠告でした。
 池に不思議な光が現れる、というのが春に起こる出来事だといいますが、実際にその現象に遭遇するようになったハリーとサーシャは精霊の実在を信じ始めます。
 夏にはもっと恐ろしい事態が起こるという話を聞き、にわかには信じ難いと考えるハリーとサーシャでしたが…。

 引っ越した先の田舎の土地で、精霊による被害を受けることになった夫婦を描くホラー作品です。最初は信じない夫婦でしたが、肉体的にその存在を感じ取り、その実在を感じ取ることになります。精霊とはいいつつ、土地そのものにつく「神」に近い存在のようで、彼らが惹き起こす現象も、個人の力ではどうしようもない「災害」に近いのです。
 スタイナー夫妻によれば、季節ごとに精霊が惹き起こす事態は異なっており、それに対処する方法やルールも決まっているというのです。それを守らなければひどいことが起きるというのですが、具体的なことは語ってくれません。

 あまりに不条理な出来事ににわかには信じがたい気持ちを抱きつつも、現に怪奇現象が繰り返されており、それに対応せざるを得ない…。ハリーとサーシャの不安に満ちた日常が語られていく部分には味わいがありますね。
 現実を受け入れるサーシャに対し、ハリーは納得できないことに対しては徹底的に調査をしたがるタイプで、怪奇現象に対しても「余計なこと」をしてしまいます。それが後半とんでもない事態を惹き起こしてしまう、というあたりも怖いです。
 春夏秋冬、それぞれに起こる怪奇現象は異なります。光が見えるだけ(とはいいつつ、放っておくと何かが起こることは示唆されているのですが)という、シンプルな春の怪異はともかくとして、夏の怪異がとんでもなく不条理な現象でこの部分のインパクトは強烈です。現実にはありえない現象が繰り返され、毎回残酷な決断を迫られるのです。
 ハリーは元軍人で、人を殺した経験もあり、トラウマに近い体験を持っています。銃の扱いにも慣れていたりと、非常事態には強いのですが、またそれがゆえに精霊が起こす怪異現象に翻弄されてしまうという面もあります。特に彼が行ってきた経験が原因で起きる冬の怪異は、彼自身の「成長」にもつながる、という面で成長物語的な要素もありますね。

 人の力では到底防げない超自然現象に対し、若夫婦がどう対応して切り抜けるのか(生き延びるのか)?という、サバイバル要素も強いホラー長篇です。肉体的にだけでなく、精神的にも恐怖や不安が常時襲ってくる展開には不穏感がたっぷりです。
 相手となる精霊の実態がつかめないため、物理的に「倒す」ことは不可能。どうやって精霊の手から逃げ出すのかという面でもハラハラドキドキ感が強い作品になっています。


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怪異のメカニズム  伊藤龍平『怪談の仕掛け』
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伊藤龍平『怪談の仕掛け』(青弓社)は、悲話、笑い話、猥談、落語、童話、ネットロア、予言譚、実話など、様々な話の型や仕掛けに着目し、それらと怪異の関係を検証していくことで、怪談のメカニズムを探る、というコンセプトの論集です。

 直接的に「怪談」が扱われる章も含めて、怪談そのものを語るのではなく、その話の仕掛けや作りに着目していくという、ユニークな本になっています。
 どの章も興味深いのですが、中では、直接つながりのない過去の開拓団の悲話が怪談として伝承されるという第1章「子育て幽霊の気持ち――悲話「夜泣きお梅さん」」、有名な怪談話の型が使用され笑い話に転化するという第2章「お岩さんと愉快な仲間たち――笑い話としての「四谷怪談」と「皿屋敷」」、人を溶かす草についての物語のバリエーションやそのジャンル変遷について語る第4章「人を溶かす草の話――落語『そば清』」、ネットで生まれ現在にも受け継がれている怪談「きさらぎ駅」について検証する第6章「スマホサイズ化される怪談――ネットロア「きさらぎ駅」などを面白く読みました。

 元々、台湾の大学にも勤めていた著者らしく、台湾の事例についても触れられたりするのも参考になりますね。第5章「優しい幽霊たちのいる墓場――鄭清文の童話「紅亀粿」」では、台湾の作家鄭清文の童話作品が取り上げられ、その内容についても語られています。

 章のあいだには、コラムとして短いエッセイも挟まれており、こちらも面白く読めます。怪談「牛の首」はもともと笑い話だったのではないか?という「コラム2 笑い話「牛の首」」、松尾芭蕉が出会ったという少女「かさね」と怪談「累が淵」に登場する「累」との関係が考察される「コラム8 「かさね」のその後」は特に興味深いですね。

 序章「怪談とは何か」では、怪談とは何かについて様々な側面から考察がされています。怪談の基本を「声の文化」として捉え、さらに語り手には「怖がらせたい」、聞き手には「怖がりたい」という意志が存在することが重要なのではないか、という指摘には、説得力がありますね。

 現在、怪談の考察や研究書は珍しくなくなったと思いますが、アプローチがユニークで、とても刺激的な本ではないかと思います。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

世紀末のダンディ  ジュリエット・ガーディナー『手紙・絵画・写真でたどるオスカー・ワイルドの軌跡 世紀末を翻弄した言葉の奇才』
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 ジュリエット・ガーディナー『手紙・絵画・写真でたどるオスカー・ワイルドの軌跡 世紀末を翻弄した言葉の奇才』(宮崎かすみ訳 マール社)は、唯美主義者として知られるイギリスの作家、オスカー・ワイルドの生涯を豊富なビジュアルと共に語った伝記です。

 その生誕から亡くなるまで、生涯の伝記的な記述が詳細に語られていくのですが、この本の一番の特徴は豊富なビジュアル。ワイルド本人や周辺の関係者、芸術家などの画像や作品画像が毎ページのように掲載されています。
 ワイルド作品に直接関わったチャールズ・リケッツやビアズリーなどの芸術家だけでなく、ワイルドが愛好した人物や同時代に大きな影響のあった芸術家などの作品の画像なども幅広く載せられていて参考になりますね。

 全体に、作家としてのワイルドよりも、人物としてのワイルドの方に焦点が当てられた伝記となっています。彼の小説や劇作品など、創作についても語られますが、それらの芸術的な評価(現在での)よりも、当時の彼の作品の受容や、世間の反応といった面に多く触れられているのも、等身大の作家像を描き出すためでしょうか。
 同性愛によるスキャンダルが、結果的にワイルドの命を縮めることになったのですが、その一番の原因となったのが、クィーンズベリー侯爵の三男で、美青年だったというアルフレッド・ダグラス卿。彼との恋愛については多くが割かれており、彼への手紙・恋文も収録されています。

 ワイルド、今見てもその生涯はセンセーショナルでスキャンダラスです。まだろくに作品を発表していない段階で、芸術家としての評価が独り歩きしてしまうあたり、その自信と売り込み力は相当なものなのですが、転落するときはあっという間で、晩年の姿には同情を禁じ得ません
 伝記部分だけでなく、当時の社会や文化にも触れられており、オスカー・ワイルド本人はもちろん、当時のアイルランドやイギリスの社会に興味がある人にも参考になる良書だと思います。
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テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

猫を弾くひと  夢枕獏『猫弾きのオルオラネ 完全版』
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 夢枕獏『猫弾きのオルオラネ 完全版』(ハヤカワ文庫JA)は、猫を楽器のように弾くことができる不思議な老人オルオラネの登場する、ファンタジー連作シリーズです。

 オルオラネは猫の体の一部を触ることによって、まるで弦楽器のように猫を演奏することができる力を持つ老人。その不思議な能力を使ってトラブルを解決していくのだろうか、と思いきや、そういう方向に進まないところがこのシリーズの特色です。
 そもそも、オルオラネは主人公ではなく、毎エピソード「脇役」として登場しているのです。主人公は大概が社会的・恋愛的に問題を抱える青年で、その悩みの最中にオルオラネと猫たちと出会い、そこから成長を遂げる…というパターンが多くなっており、その意味で青春小説的な要素もありますね。
 悩みを抱える人々に出会ったオルオラネと猫たちが「音楽」を奏でることによって、人々に生きる希望を与える…という感じでしょうか。どこかユーモラスで鷹揚なオルオラネはもちろん、彼の抱える三匹の猫イルイネド、マレット、ショフレンもキュートに描かれています。猫たちは酒好きで、自ら酒を抱えて飲み干してしまう、というユーモラスなシーンも楽しいですね。
 オルオラネたちはもちろん、毎エピソード、不思議な生き物や精霊的な存在が登場するという部分でもファンタジー要素が強いです。

 中でも印象に残るエピソードが「年末ほろ酔い探偵団Ⅰ・Ⅱ」。捨てられたマンガ雑誌を拾っている人々が、それを横取りされたことから一致団結して犯人を探すことになる…というお話。貧乏性の人々が繰り広げる日常のなかに、友情と恋愛、冒険が入っているという楽しいお話になっています。

 基本的にユーモラスで暖かなファンタジーシリーズといえますが、そのなかで著者お得意の山や自然の描写、不思議な生き物たちが幻想的かつ叙情的に描かれており、良質な作品となっていますね。


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アメリカの奇妙な物語  ロバート・アーサー『ロバート・アーサー自選傑作集 幽霊を信じますか?』
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 ロバート・アーサー『ロバート・アーサー自選傑作集 幽霊を信じますか?』(小林晋訳 扶桑社ミステリー)は、短篇の名手のアメリカ作家アーサー(1909-1969)のファンタジー・ホラー系統作品を集めた作品集です。どれも軽妙で気が利いています。

「見えない足跡」
 ニューズスタンドで働く盲目の男ジョーマンは、高名な考古学者サー・アンドルー・カラデンから耳の良さを買われ、話を聞いてほしいと持ち掛けられます。彼はエジプトの調査以来、謎の追跡者から追われているといいます。ジョーマンにその足音が聞こえたら知らせてほしいというのですが…。
 怪物的な謎の追跡者に追われる男の物語です。盲目の第三者がそれを音だけで体験する、というところで恐怖度も高くなっていますね。結末の戦慄度も高いです。

「ミルトン氏のギフト」
 愛妻へのプレゼントを探していたホーマー・ミルトンは、ふと入ったギフト店で、奇妙な店主から「才能(ギフト)」を購入することになります。それはお金を作る才能でした。さらにサーヴィスとして詩の才能をも手に入れていました。
 しかしホーマーは逮捕されてしまいます。彼の才能は文字通りお金を作る才能で、それは本物と全く同じレベルの紙幣を贋造する才能だったのです…。
 不思議な力を購入できるという「魔法のお店」テーマのコミカルなファンタジーです。お金を作る才能が文字通りのものだったり、詩の才能を手に入れたため、普段の言葉遣いが韻を踏んだものになってしまったりと、日常に支障を来してしまいます。
 せっかくもらった才能をどう使うのか?というところで、結末も機知に富んでいます。

「バラ色水晶のベル」
 新婚の思い出のある古道具屋を、数十年ぶりに訪れたとある夫妻。死者を蘇らせる力があるという言い伝えのあるバラ色水晶のベルを購入します。医者である夫は、助からないはずの患者が助かり、命の危険のなかった患者が死んでしまうのを目撃して不審の念を抱きますが…。
 死者を蘇らせる代わりに、ある代償を払わなくてはならないというベルを扱った恐怖小説です。解説には「猿の手」のバリエーションとあり、実際そのような感じです。人の善意や気遣いが不幸を呼んでしまうという、とんでもなくブラックなホラーですね。

「エル・ドラドの不思議な切手」
 モークスは皆の前で不思議な話を語ります。亡き父親が集めていた切手の中に専門家から贋作とされた一群の切手がありました。それらは皆見事なデザインで、エル・ドラド連邦国という文字が記されていました。
 友人ハリー・ノリス宛の封筒にその切手を貼ったところ、瞬間的に彼のもとに手紙が届いたことに驚きます。ハリーと共に実験を繰り返したところ、不思議な力を持った切手のようで、エル・ドラド連邦国自体に物を送ることも可能なようなのです。ハリー自身が郵便物となってその国に行ってみるというのですが…。
 現実にはあり得ない不思議な国の切手をめぐるファンタジーです。自身の体を郵便物として送ってしまう、という発想がユニークですね。

「奇跡の日」
 幼い少年ダニーは、水疱瘡で寝込んでいました。祖父の形見である象牙色の小物を抱えながら、大人たちのこうなればいい、という話を聞いていたダニーは、それらがみな実現するといいなと祈ります。翌日町の人々には奇妙な出来事が次々に起こりますが…。
 少年の祈りにより、「奇跡」が次々と起こる、というユーモラスなファンタジーです。良い人には良いことが起こり、悪い人には悪いことが起こります。ただ悪い人たちもその出来事によって行動を改めることになり、結果的に全体に物事が良くなる方向に行くという、後味も良いお話になっていますね。

「鵞鳥じゃあるまいし」
 自分に自信がなく姉のマーサからも馬鹿にされることに起こったアリグザンダー・ピーボディー教授は、研究していた魔法の力により過去に転移します。しかし転移先は古代ローマであり、しかも教授の体は雄の鵞鳥の中に転移していたのです…。
 過去へのタイムトラベル、しかも鵞鳥になってしまった男の冒険を語る作品です。鵞鳥になっている間は雌の鵞鳥に惹かれて、他の雄との間に争いが起きたりと、非常にスケールの小さな話なのですが、結果的には、その行動により歴史を動かす…という意想外にスケールの大きい作品になっています。

「幽霊を信じますか?」
 人気のラジオパーソナリティ、ニック・ディーンは幽霊屋敷として知られるキャリデイ館の探検をラジオで放送することにします。スタッフたちは、幽霊が現れたというディーンの言葉が全て演出に過ぎないことを知りながらも、その迫真性に感心していました。しかし段々とディーンの様子がおかしくなっていることにスタッフたちは気付きますが…。
 実在しないはずの幽霊がとある原因で現れてしまう、というゴースト・ストーリー。ラジオによって間接的に物語が語られるという趣向も効果を上げていますね。

「頑固なオーティス伯父さん」
 モークスは、つむじまがりだという伯父のオーティスについて語り出します。雷に打たれたというオーティス伯父は、それ以来不思議な力を身に着けたようなのです。
 頑固者のオーティス伯父は、見たものすらないという癖がありましたが、納屋などないという彼の言葉の後、本当に納屋が消失していることに気付きます。イーディス叔母によれが、オーティス伯父が否定した物は消えてしまうようだというのですが…。
 否定する物を消してしまう超能力者となった頑固者の伯父がいろいろなものを消すのを防ごうとするユーモア・ファンタジーです。しかもこの伯父、時々記憶喪失症になって別の人物だと思い込む、という癖もあり、さらに複雑な事態に。場合によっては宇宙レベルの改変が行われる可能性があることが示されるなど、意外に怖いお話ではありますね。

「デクスター氏のドラゴン」
 デクスターは古道具屋で不思議な本を手に入れます。本には様々な秘法が書かれており、興味深く読み進んでいきますが、とある挿絵に目を惹かれます。そこには腹をすかせたように見えるドラゴンとその背後には散乱した骨の山が描かれていました。しかしデクスターは直後に失踪してしまいます…。
 魔法の本により災厄が呼び起こされる、という怪奇小説です。ユーモラスなタッチながら、起きている出来事は結構陰惨だというホラー作品となっています。

「ハンク・ガーヴィーの白昼幽霊」
 ずっと昼に眠り夜に働いているというハンク・ガーヴィーは幽霊に憑かれていると噂されていました。少年ジョニーは、ハンクの幽霊の秘密を知りたいと、夜彼のもとを訪れますが…。
 幽霊のせいで昼夜逆転の生活を送っているという男の日常が語られるという、ナンセンスなファンタジーです。つむじまがりの幽霊と、それに劣らぬ奇妙な発想をする男が描かれる、楽しい作品となっています。


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名作の行方  小林泰三『杜子春の失敗 名作万華鏡 芥川龍之介篇』
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 小林泰三『杜子春の失敗 名作万華鏡 芥川龍之介篇』(光文社文庫)は、芥川龍之介の名作短篇を著者流に描き直した連作集です。
 四篇が収録されており、どれもベースになっているのは芥川の有名な短篇です。各篇の最初に元になった短篇のあらすじも示されているので、芥川作品を読んだことがなくても楽しめるようになっています。

「杜子春の失敗」
 中学生の暁美は、人と上手く接することができない少女。智香にプレゼントをあげ続けることで友人関係を維持していました。そんな関係に悩んでいた暁美は、ある日部屋の天井から落ちてきた本のようなものを見つけます。そこには杜子春なる男の物語が書かれていました。
 彼は仙人の弟子になろうとして地獄に落とされてしまったというのです。ふと文字を書き込んだところ、返事の文章が現れ、杜子春との対話ができることに気付いた暁美は、彼に自分の境遇について相談をすることになりますが…。
 芥川龍之介「杜子春」をベースにした物語です。亜空間に囚われた杜子春に、現代の女子中学生が友だち関係の相談をする…という、なんともけったいなお話になっています。歪な関係性に築いた主人公が成長する、というハートウォーミングな展開となってますね。

「蜘蛛の糸の崩壊」
 持ち前の正義感から、勤めていた企業を退職した乙骨寛太は、友人の伝手でとある会社に就職することになります。慣れない仕事をやらされ、風当りも厳しくなっていました。上司から決算書を粉飾するように迫られ悩んでもいました。
 自宅でゲルマニウムラジオを触っているうちに、?陀多(かんだた)なる男と通話がつながり、事情を聞くことになります。彼は生前の罪深い行為が原因で地獄に落とされ、刑罰を受け続けているというのですが…。
 芥川龍之介「蜘蛛の糸」がベースになった物語です。陀多との会話から、罪とは何か、自身の倫理観について再考を迫られることになるという、意想外に真面目なテーマのお話です。
 一方、殺人を繰り返し、親兄弟の殺害さえも後悔していないという?陀多が、生前蜘蛛を殺した行為に関しては後悔しているという様が描かれます。単純に善悪で単純化せず、自身がその行為をどう捉えるか、といった点にスポットライトを当てているところは、この著者らしいですね。

「河童の攪乱」
 妊娠したことを恋人に伝えるかどうか悩んでいた羽田亜矢子は、本に記されていた方法を使い闇の住人と交信しようとします。現れたのは、河童の世界に入り込んでしまったという人間「第二十三号」でした。河童の世界では、胎児自身が腹の中にいる時点で生まれるかどうか、自分で判断できるというのですが…。
 芥川龍之介「河童」がベースになった物語です。河童の世界での子どもに対する独特の扱いと文化に触れた女性が、自らも出産の是非について悩む…という物語。
 恋人に伝えたときにどう言われるか聞くのが怖いと、自分の中でだけで悩んでいた亜矢子が、本当に不安に感じていたのはいったい何だったのか? 子どもを産むという選択を通して、自身のアイデンティティーを探していくことにもなるという作品です。「第二十三号」が、物語には特に関係していないない河童喰い料理について、語り続ける部分も面白いです。不必要にグロテスクなシーンが展開されるので、この手の描写が苦手な人は注意ではありますが。

「白の恐怖」
 暁美を金蔓として利用していた祭田智香は、スーパーで小遣い稼ぎのために仲間と共に恐喝まがいの行為を行っていました。たまたまターゲットとした三十代の女性は、彼らを上回る邪悪な人物、新藤礼都でした。礼都に逆に脅迫されてしまった智香は、彼女に復讐してやろうと考えますが…。
 芥川龍之介「白」がベースになった物語です。小悪党である智香が彼女以上に邪悪で頭の回る新藤礼都に関わったことから、とんでもない目に会ってしまいます。仕掛ける悪事がことごとく礼都に封じられてしまうところが爽快(?)のはずなのですが、礼都自身が相当に不快な人物なので、あまり爽快感がないという、異色のお話です。
 後半では原作の「白」に準じた超自然的な展開が待ち構えています。現実的な罰だけでなく、超自然的にもひどい目にあってしまうというバッドエンドも強烈ですね。

 全体に、現実生活に悩む人間が、超自然的な人物(芥川作品に登場する人物たち)と接触し、自身の悩みの解決の糸口を得る…というのが基本的な構造になってますね。その結果として、モラルや倫理観が問い直され、主人公たちが成長する…という、全体に「いい話」にはなっています。
 ただ最終篇「白の恐怖」だけは、罪を犯した人間が罰を受ける…というタイプのお話になっているので不快感は高いです。もっとも著者の作風からすると、こちらの方が小林泰三らしいといえばらしいのですが。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

物語の生まれるところ  宇津木健太郎『猫と罰』
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 宇津木健太郎の長篇『猫と罰』(新潮社)は、九つの命を持つ猫の「猫生」を語るファンタジー作品。日本ファンタジーノベル大賞2024受賞作です。

 九度目の生を受けた黒猫の「己(おれ)」は、過去に生きた八つの生の体験から、人間に頼らず孤独に生きようとしますが、ある日、古書店「北斗堂」を営む女性、北星恵梨香と出会います。店には複数の猫がおり、彼らによれば、彼女は猫と会話できる“魔女”だというのです。
 北星に反発しながらも「北斗堂」に馴染み始めていた「己」は、かっての過去生を回想しますが、その中でも、とある癇性の作家との生活は彼にとって大事な思い出となっていました…。

 九つの命を持つ猫の「猫生」を語るファンタジー作品です。どうやらこの世界では猫は死んでも生まれ変わり、九回の生を生きることができるようなのです。
 主人公である黒猫の「己(おれ)」は、過去生を経て九回目の命を受けて生まれていました。過去の生では虐待や不幸な死を迎えるなど、散々な生活を送ってきており、人間に対する不信感を持っています。唯一彼が「主人」と認めたのは、癇性で不器用なとある作家の男との生活でした。

 「北斗堂」に居ついた「己」の現在の生活と、彼が回想する過去生の生活とが入れ替わり描かれていくファンタジーとなっています。
現在パートでは、「北斗堂」や“魔女”とされる北星恵梨香、そして彼女の周りに集まった猫たちの秘密がだんだんと解き明かされていきます。もう一人重要な人物として登場するのが、本好きで「北斗堂」に入り浸る少女円(マドカ)。小説家を目指す円に起こるトラブルが「北斗堂」や「己」の生き方にも影響を与えることになります。

 「己」が語る過去生のパートは、どれも苦しみに満ちたものなのですが、唯一とある作家(名前は明かされませんが、読んでいて予想がつくようにはなっています)との生活には仄かな幸福感があります。この過去生が単なる「思い出」として終わるのではなく、現在の生に影響を与え、孤独に生きようとしていた「己」と他の猫や人間たちとの繋がりを深めるのに役立つことになる…という部分にも温かさが感じられますね。

 タイトルが「猫と罰」ということで、当然主人公やその他の猫たちの物語が主眼となっているのですが、もう一つのキーワード「罰」に関しては後半にクローズアップされることになります。具体的には「物語を書くこと」についての喜びと、それに伴う「責任」のテーマが提示されることになります。最終的には、この物語が「己」だけでなく、また別の人物の物語でもあったことが分かってくるところに、この作品の妙味がありますね。

「己」を始め、他の猫たち。円、そして北星…。それぞれの人生(猫生)とその交錯が、温かくエモーショナルに描かれており、大変良いファンタジー作品になっています。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

ある出会い  遠藤由実子『夜光貝のひかり』
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 遠藤由実子の長篇『夜光貝のひかり』(文研じゅべにーる)は、少年と幽霊の少女の出会いを描くファンタジー作品です。

 プロサッカー選手を目指す小学六年生の少年、彼方(かなた)は、セレクション試験に落ちたばかりか、同級生の心無い言葉に傷つけられ、サッカーを止めることも考えていました。奄美大島に夫婦で移住した従兄のケンゴから遊びに来るよう誘われた彼方は、夏休みを利用して出かけることになります。
 島の浜辺で出会った少女に魅了された彼方でしたが、彼女はなんと幽霊だといいます。自分の名前も生きていた時代さえ覚えていないという少女に、彼方はルリと名付けます。彼方は、ルリが思い残したものを調べる手伝いをしようとしますが…。

 奄美大島を舞台に、ボーイ・ミーツ・ガールを描くファンタジー作品です。
 ユニークなのは、少女の側が既に死んでいて幽霊になっているということ。しかも記憶もないため、主人公彼方は、それを取り戻す手伝いをすることになります。幽霊として存在し続けても結ばれることはなく、「消える」(成仏するということでしょうか)のであれば、もう会うことも出来なくなってしまう…。どちらにしても「悲恋」に終わってしまうわけで、彼方とルリが、自分の中でそこにどう決着をつけるのか?というのが読みどころの一つとなっています。

 彼方がまだ幼いこともあり、ルリに対する思いは「恋」と「友情」の中間のような感情になっているようです。夢であるサッカーに対する幻滅感も抱えており、ルリとの出会いを通じて、その思いをどうつなげていくのか、というところも興味深いですね。

 もう一つクローズアップされるのが戦争と土地の記憶。過去に起こった戦争の悲劇や土地に残る記憶を新しい世代がどう受け継いでいくのか、といったテーマも盛り込まれています。
 彼方の「ロールモデル」というか良き先輩として現れるのが従兄のケンゴで、彼方と同様かっての夢をあきらめたという経歴があります。妻との出会い、島への移住を通して、その土地への愛着を持ち、その結果として歴史や文化に対する興味をはぐくんできたという経歴が示されます。
 彼方もまたルリとの交流を通して、過去の歴史、戦争の惨禍と向き合うことになりますが、そこに悲惨さだけを読み取るのではなく、生きていた人間たちの感情や思いをくみ取ることになるという部分には感動がありますね。

 超自然的な要素としては、幽霊であるルリが登場するわけですが、物語の背景として、奄美大島のガジュマルの樹に棲む妖怪ケンムン、また死後の世界としてネリヤカナヤ(沖縄語の「ニライカナイ」に相当するそうです)が言及されるなど、全体に幻想的な世界観となっています。
 良質な児童文学ファンタジー作品といっていいのではないでしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

冷たい情念  モーリス・ゼルマッテン『雪のフィアンセたち スイス幻想民話集』
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 モーリス・ゼルマッテン『雪のフィアンセたち スイス幻想民話集』(佐原隆雄訳 国書刊行会)は、スイス・アルプスの民話や伝説を元にした幻想的な短篇小説集です。

 著者ゼルマッテンはスイスの著名な作家。作家活動の後期において、多くの民話集を著したそうです。主な舞台となるのはスイス・アルプスの村々で、描かれる人々の生活も農業や牧畜を中心とした素朴なものばかり。登場する人々も素朴で時には頑固、宗教的には敬虔で、神による奇跡やその逆で悪魔の暗躍なども描かれます。
 神や宗教的な奇跡が描かれる温かいお話がある一方で、悪魔自身やその手先となった人々のおかげで邪悪な事件が起こるというダークなお話も混ざっています。
 中でも「魔女」がテーマとなった作品の邪悪度は高くて、戦慄してしまうようなホラー作品もままありますね。例えば、悪魔に憑かれた娘がペストを広めて村を壊滅状態に追い込む「悪魔が身体の中にいる娘」、捨て子だった姉妹が美しく成長して災難をまき散らす「ナンダ村の魔女たち」、悪魔と契った娘が事件を起こして失踪する「ジュストコール」など。

 スイスの冷え冷えとした空気感の中に、人間の熱い情念が描かれる作品も目立ちます。瀕死の状態になった妻から恐るべき秘密を聞かされる夫の行動を描く「ストラ」、女性をめぐって仲違いしたかっての幼馴染同時の男たちの憎しみの顛末を描く「愛、憎しみ、死について」、かっての幼馴染を巻き込んで亭主を殺してしまった女の物語「亭主をローヌ河に突き落とした女の話」など。

 村や人間関係が描かれた社会的なお話もあります。「マイウーの黒い雄山羊」は、村人の間で共有する雄山羊の面倒を交代で見ていたところ、その年の役目を負う人間についてもめ事が起こった結果、山羊を殺してしまう…という物語。超自然的な現象は起こらないものの、人間の利己心や残酷さによって共同体が破滅してしまう…という、考えるとちょっと怖いお話です。

 民話や伝説がベースにありながらも、登場する人々の生活や人生がリアルに肉付けされています。バラエティに富んだお話が多数収録されていて、読み応えのある作品集となっていますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

7月の気になる新刊
発売中 『ナイトランド・クォータリーvol.36 夢魔がもたらす幻想』(アトリエサード 2090円)
発売中 吉田悠軌『ジャパン・ホラーの現在地』(集英社 1650円)
発売中 稲垣足穂『我が見る魔もの 稲垣足穂怪異小品集』(東雅夫編 平凡社ライブラリー 2090円)
7月12日刊 ウィリアム・フライアー・ハーヴィー『五本指のけだもの W・F・ハーヴィー怪奇小説集』(横山茂雄訳 国書刊行会 予価2970円)
7月17日刊 ディーノ・ブッツァーティ『山のバルナボ』(川端則子訳 岩波少年文庫 予価869円)
7月24日刊 エドワード・ブルワー=リットン『ポンペイ最後の日 下』(田中千惠子訳 幻戯書房 予価4400円)
7月24日刊 ユーリ・ツェー『メトーデ』(浅井晶子訳 河出書房新社 予価2750円)
7月25日刊 アラン・ムーア、ジェイセン・バロウズ『プロビデンス Act3』(柳下毅一郎訳 国書刊行会 予価3080円)
7月26日刊 ニーナ・ネセス『ホラー映画の科学 悪夢を焚きつけるもの』(五十嵐加奈子訳 フィルムアート社 予価2640円)

 今月の目玉はこれでしょうか。ウィリアム・フライアー・ハーヴィー『五本指のけだもの W・F・ハーヴィー怪奇小説集』。ソリッドな恐怖小説「炎天」で知られるハーヴィーの怪奇小説を集めた作品集。これは楽しみです。公開されている収録作品も転載しておきますね。

収録作品
炎暑
ミス・アヴェナル
アンカーダイン家の専用礼拝席
ミス・コーニリアス
追随者
道具
セアラ・ベネットの憑依
ピーター・レヴィシャム
五本指のけだもの

ディーノ・ブッツァーティのデビュー作『山のバルナボ』の邦訳が登場です。いろいろなところで言及されて名前は知られていた作品ですが、実際に読めるようになるとは慶賀すべきですね。

 ニーナ・ネセス『ホラー映画の科学 悪夢を焚きつけるもの』は、「科学コミュニケーターとして活動する著者が多彩なホラー映画を例に、人が恐怖を感じ、脅威に対処するメカニズムを紹介。脳科学・心理学・神経科学・生物学の知見から、〈恐怖〉のさまざまな側面を明らかにする。」本とのこと。これは気になります。
異人のいる島  緒音百『かぎろいの島』
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 緒音百の長篇『かぎろいの島』(竹書房)は、故郷の孤島に戻った孤独な青年が出会う恐怖体験を描く、因習に満ちたホラー作品です。

 唯一の肉親である父親を自死で失い、天涯孤独となっていた津雲佳人は、気まぐれで書いた小説がヒットし、小説家としてデビューすることになります。小説の出版をきっかけに、伯母を名乗る人物から手紙が舞い込みます。同封された写真には亡くなった父が写っていたことから、故郷であるという九州南西部の孤島・陽炎島に渡ることになります。
 陽炎島は異人殺しの伝説が残る因習に満ちた島で、島人たちは島外の人間を忌避していました。佳人の家は、島の神事を担う白(つくも)家であり、現在は、佳人のいとこにあたる、みのり、ハル、セイの3人が役目を果たしていました。
 初めて触れる「家族」の雰囲気、そしてみのりに対する仄かな恋心から、そこに居心地の良さを感じ始める佳人でしたが、行われている神事や島人たちの言動に不穏さを感じるようにもなっていました…。

 孤独な青年が故郷の孤島で出会う恐怖体験を語ったホラー作品です。
 陽炎島は閉鎖的で因習に満ちた島で、異人殺しの伝説が残る場所でした。佳人が連なる白(つくも)家は、異人の霊を祭る神事を司っているというのですが、いまだに島には何か悪霊のようなものがうろついているらしいのです。
 序盤から明らかに超自然的な現象が起こるのですが、これが非常に怖いです。殺された異人の呪いなのか、命の危険もある可能性が取り沙汰されていきます。

 佳人は過去の父の死や父との生活から、いつ死んでもいいという覚悟を決めた達観した人間になっており、ふっかけられればすぐに喧嘩を始めてしまうような人物。恐怖に対する耐性はあるはずなのですが、それでも島での体験には恐怖を覚えてしまいます。
 佳人は人為的な陰謀の可能性も考えて調査を進めるのですが、やはり超自然現象であるとしか思えない部分もあり、作品自体が合理的に解釈されるのかそうでないのか…というところで、ミステリとしてもホラーとしても楽しめる作品となっていますね。
 主人公佳人が非常に不遇な境遇であることから、みのりとの恋を始め、彼が幸福になってほしいと思いながら読むのですが、ことごとくそれを裏切っていくダークな展開にも読み応えがあります。

 異人殺しの伝説が残ることから、島民たちの間で後ろ暗い過去があることは予想がつくのですが、「異人」とは何だったのか?という部分で、斬新な解釈がされるところにもインパクトがあります。さらに、それでも割り切れない部分が残るところもホラーとして好感触でした。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

恐るべき世界  芦沢央『魂婚心中』
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 芦沢央『魂婚心中』(早川書房)は、ユニークな設定のSFミステリ短篇集。SF的な設定の作品だけでなく、ホラー・ファンタジー風味の強い作品も混ざっていますね。

 死後に「冥婚」を行う文化が普及した世界で「推しアイドル」への思いが暴走するという「魂婚心中」、ゲーム大会でのゲーマーたちの執着とその顛末を描く「ゲーマーのGlitch」、嘘をついた人間は消滅してしまう世界を描いた「二十五万分の一」、死後の世界にどこに行くか、人間の罪が可視化された世界での出来事を描く「閻魔帳SEO」、とある閉ざされた空間で起こった殺人を描く「この世界には間違いが七つある」、秘められた超能力を持つ少女とその使用人の少女の日常を描く「九月某日の誓い」を収録しています。

 ジャンルとしては「特殊設定ミステリ」といっていいのでしょうか。SF的な設定や世界観が提示され、その中でミステリ的な物語が展開するというタイプのお話が多くなっています。

 中では「閻魔帳SEO」のインパクトがものすごいですね。 神の力により、死後に地獄か天国に行ったことが可視化され、さらに個人ごとに見えるようになった「閻魔帳」により罪の重さが分かるようになった世界が舞台。「閻魔帳」をコントロールし、死後天国に行けるようにしようとする企業が現れる…という物語です。
 人為的に行先をコントロールする企業に対応して、定期的に閻魔帳のアルゴリズムも変更され、罪の軽重が変わってしまいます。しかもSEOに失敗すると地獄に落とされてしまいます。
 幸福なら来世に行くためには何をしたらいいのか?「罪」そのものの概念が変わり続けてしまうという、とんでもないお話です。

 「二十五万分の一」もすごい設定のお話。その世界では嘘をつくと人間は消滅してしまいます。消滅した人間についての記憶は世界からなくなってしまうのです。本来残らないはずの記憶を保持する<津村の一族の女>である「私」は、同じ研究会の先輩に淡い思いを抱いていました。ある日「私」は重大な事故に遭遇することになりますが…。
 嘘をつくと消えてしまう世界で、愛する人間から悲しみを消すための「嘘」をつく少女を描いた作品です。これは切ないですね。

 「九月某日の誓い」は主従の少女二人の友情(愛情?)を描く物語。
 化学者だった父を亡くし、知り合いの伝手で資産家の令嬢、操(みさお)に仕えることになった少女久美子。操に害をなそうとした人間がたびたび命を落としたことから、彼女には超能力があると目されるようになります。周囲の人間は操を恐れるようになっていきますが…。
 強大な超能力を持った少女が孤立し、彼女に仕える少女が主に対して複雑な思いを抱くことになる…という作品です。操の力は害をなしたものを殺してしまう、というもの。「害」の範囲が明確でないため、気に入らないというだけで殺されてしまう可能性すらあるのです。彼女に恐怖を抱く気持ちと、主を助けたいという思い、相反する思いに囚われた久美子の逡巡が描かれていくのが読みどころでしょうか。
 超能力の真実が後半に明かされ、それにともなって少女二人の秘められた思いと関係性が明確になる部分には味わいがありますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

信じるもの  柞刈湯葉『幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする』
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 柞刈湯葉の長篇『幽霊を信じない理系大学生、霊媒師のバイトをする』(新潮文庫nex)は、タイトル通り、幽霊を信じない理系大学生が霊媒師の助手のバイトをする中で成長していくという、青春小説風味のゴースト・ストーリーです。

 理系の大学生、谷原豊は曾祖母の死をきっかけに、霊媒師を名乗る女性鵜沼ハルと出会います。機械に弱く、話題の古いハルは、40歳ぐらいに見える容姿にも関わらず、豊の曾祖母と同世代だというのです。さらに、ハルから幽霊を成仏させる仕事のバイトをしてほしいと頼まれます。
 幽霊を全く信じない豊でしたが、ハルに人間的な魅力を感じ、仕事を手伝うことになります…。

 幽霊を信じない理系学生の主人公が、霊媒師の仕事を手伝うことになる…というお話です。主人公には霊感がなく、霊の姿も声も感じることができません。雇い主のハルの言うとおりに動くものの、彼女の霊能力自体が本当なのかも分からないのです。
 霊は存在する。ハルがそれを信じているのであれば、というところで、それに合わせて「そう信じているかのように」行動する…というのが面白いですね。
 ただ、超自然的な現象が存在するとしないと無理のある事態がちょこちょこ発生はしており、読んでいるうちに、とことんまで合理主義にこだわる豊の姿勢自体の方に違和感を感じてきます。

 幽霊現象や霊媒の存在よりも、むしろ一番ユニークなのは「一般人」の豊です。極端に即物的な考え方をする青年で、幽霊を全く信じず、それが見える人間は精神的に問題を抱えているのではないかと考えるのです。その一方、極端に合理的であるため、霊を信じていなくてもいるような形を取ってバイトを続けたりなどもします。
 対人関係でも、相手のことを慮った発言などができず、かっての親友とも距離を置かれてしまっているのです。友との関係を含めて、対人関係・社会関係について問題があるのではないかと自分でも考えている豊が、ハルとの仕事を通して、人とのつきあいを学んでいくという成長小説的な面でも面白さがありますね。

 幽霊が存在する世界を、全く幽霊を信じない人間が解釈したらどうなるか?という非常に斬新な視点で描かれたゴースト・ストーリーになっています。実際、最後まで超自然なしの解釈をすることも可能になっています(逆に現実的な解釈のみではちょっと無理があるのではありますが…)。
 幽霊よりも、それを見る人間たちの心の動き(と主人公が考える心理)を描いており、多重構造になった心理小説としても面白い作品です。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
ブックガイド系同人誌もいろいろ作成しています。



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