奇妙な世界の片隅で 2024年06月
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不思議な本たち  ゾラン・ジヴコヴィチ『本を読む女(ひと)』
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 ゾラン・ジヴコヴィチ『本を読む女(ひと)』(三門優祐訳 盛林堂ミステリアス文庫)は、中年女性タマラさんが遭遇する、本に絡む幻想奇譚集です。

 読書好きで果物好きである中年女性タマラさんが、日常で遭遇する不思議な出来事を語った連作集です。事件は全て本に絡んで起こり、さらに毎エピソード、果物がモチーフにもなっています。連作のタイトルが全て果物になっているというのも洒落た趣向ですね。

 読書中に死の予感に囚われたタマラさんが本を処分しようとする「リンゴ」、目的も理由も分からず部屋の中での朗読の仕事を請け負うことになるという「レモン」、眼鏡をかけると本の中の文字が次々欠け落ちてしまうという「ブラックベリー」、図書館の本に挟まれた絵葉書の指示に従ったタマラさんがあちこちを引き回されてしまう「バナナ」、過去の読書の記憶を失ってしまう「アプリコット」、盲目の男性が持ってきた本によって異様な事件が起こる「グーズベリー」、人生最後の本について考えるという「メロン」、タマラさんの前に様々な人々が現れる「フルーツサラダ」を収録しています。

 主人公のタマラさんは相当の本好きで、「事件」というにはささやかながら、不思議な出来事が次々に出来します。またそれらの出来事を通して、「本を読むこと」に関していろいろ考えさせられてしまうという、面白い副産物もあります。

 読書好きの琴線に触れるエピソードは「アプリコット」でしょうか。毎日同じ果物を食べてきたはずのタマラさんは、その果物が何なのか思い出せなくなっていることに気付きます。ようやくその果物がアプリコットであることを思い出しますが、それ以上にショックだったのは、読んだ本の記憶が全くなくなっていることでした…。
 今まで積み重ねた読書の記憶が失われたとき、人はどうするのか?といった問題が扱われた作品です。かって楽しんだ本はまた楽しむことができ、本棚はそうした本で満たされているはず…という、ポジティブな考え方が示されており、これは人生の寓意とも読めるでしょうか。

 お話として面白いのは「レモン」。朗読者募集の広告を見て応募したタマラさんは、その仕事の目的や理由も秘密であることに不審の念を抱きながらも、報酬に惹かれて仕事を受けることになります。部屋の中で一人の男を前に朗読し、レモネードを飲むだけ。しかも翌日に読まされた原稿の内容は前日と同じものだったのです…。
 全てが秘密の朗読の仕事についたタマラさんが、その秘密を探ろうとし、その背景の不思議な真実に遭遇する…という幻想物語です。作家や小説の「力」が現実的にも概念的にも影響を及ぼす…というテーマで書かれた作品ですね。

 どうやらエピソードは時系列ではないようです。というのも、タマラさんに起こる出来事が不可逆のものであったとしても、次のエピソードでは普通の日常が始まっているのです。解説によると、これらは同じ人物を主人公にした平行世界の物語とのこと。それもあって、不条理味の強いシリーズとなっていますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

魔性の森  澤村伊智『斬首の森』
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 澤村伊智の長篇『斬首の森』(光文社)は、カルト企業の洗脳合宿から逃げ出した男女が森の中で襲われ殺されていく…というホラーミステリです。

 カルト企業Tに入社した社員たちは、森の中の合宿所に集められて洗脳に近い教育をされていました。極端な教育の結果、死人までもが出ますが、その死体処理さえも淡々と行う企業側に恐怖を感じた一部の社員は、火事騒ぎをきっかけに逃げ出すことになります。
 逃げ出した男女五人は森の中で迷ってしまいますが、翌朝リーダーシップを取っていた男、太刀川が首を切断された状態で発見されます。しかもその頭部は、奇怪な装飾を施された古木の根元に、供物のように置かれていました…

 カルト企業から逃げ出した男女が、奇怪な森の中で迷っているうちに、連続殺人に巻き込まれる…というホラーミステリ作品です。
 次々と仲間が殺されていきますが、その殺され方も猟奇的。首を切られるという殺人方法と、やがて判明する森の名前「斬首の森」から、入り込んだ場所自体に因習的な何かがあったことが仄めかされます。
 カルト企業にカモにされたところからも分かるように、主人公的存在の鮎実を始め、仲間たちが皆心の弱い人間たちであるため、森から脱出しようとする過程でもそれが原因でいろいろと問題が起こることになります。殺人に関しても、それが熊の仕業なのか、会社からの追手なのか、それとも自分たちの間に紛れ込んだ殺人鬼なのか、といったことが分からないため、常時不安なサスペンスが続きます。
 心の内が明かされ、仲間同士が分かり合えたと思ったらすぐに葛藤が起こったり、または殺されてしまったりするなど、その酷薄さもホラー的興趣を高めていますね。

 森から逃げ出そうとする鮎実たちのパートの間に、カルト企業Tに勤務する幹部社員天本が、会社の経営者続木について探りを入れるパートが挟まれており、Tが単なるブラック企業ではないことが示されていくあたりも興味深いです。
 さらに鮎実の過去の語り自体が、取材を進めるライター小田が聞いている話、といった枠物語になっているのも独特の構成です。

 背景に過去の新興宗教やカルト企業、オカルト的なモチーフが見え隠れする中で、殺人を繰り返しているのは誰なのか? その動機は何なのか? が探られていきます。
 物語に超自然的な背景があるらしいだけに、起こる殺人が人間の仕業なのかそうでないのか、というあたりも謎めいていますね。言い換えると「ミステリ」として着地するのか「ホラー」として着地するのか分からない、という意味でスリリングな展開となっています。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

死者の幻影  G・ローデンバック『死都ブリュージュ』
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 G・ローデンバック『死都ブリュージュ』(窪田般弥訳)は、妻を失った男が妖艶な美女に翻弄され破滅するという幻想作品です。

 美しかった妻に先立たれた男ユーグ・ヴィアーヌは悲しみに囚われ、ブリュージュに住まいを移すことになります。
 ある日、ユーグは亡き妻とそっくりの若い女性ジャーヌと出会い、彼女の虜となります。ジャーヌは奔放な踊り子であり、亡き妻の面影を彼女に求めるユーグの思いとは裏腹に、自分勝手な行動を繰り返すようになっていきます…。

 亡き妻そっくりの踊り子の女性の虜になった男性が、最終的に破滅してしまう…という作品です。
 容姿がそっくりであることから、その内面も妻と同様の性質を求めるユーグですが、踊り子ジャーヌは奔放かつふしだらな女であり、ユーグの足元を見て好き放題を続けていきます。実際にジャーヌに妻の面影を重ねるのは、ユーグの勝手な思い込みでもあるわけで、そのイメージの乖離に自ら苦しんでいくことになります。
 そうした生々しい男女の愛憎劇の間に、背景として美しく退廃的な都市ブリュージュが立ち上がってくるのです。全篇を通して、必要以上に町の情景が描写され、その重苦しさ、閉塞感が描かれるのも特徴です。

 ユーグとジャーヌのほか、ユーグの家政婦バルブも物語で重要な働きをしています。宗教心が厚く、ユーグがジャーヌと付き合う事に関して嫌悪感を感じています。雇用関係は良好なのですが、ジャーヌをめぐって、ユーグとは破綻を迎えてしまうことになります。ユーグの平穏な生活には必要な人間であり、彼女との別れもまたユーグを絶望に突き落とす一つの要因ともいえましょうか。
 終始暗い色調で、死の香りが漂う作品です。結末もこうならざるを得ないだろう、という必然的な展開で説得力がありますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

怪奇幻想読書倶楽部 第55回読書会 参加者募集です
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 2024年7月21日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第55回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。本文にお名前と読書会参加希望の旨、メールアドレスを記していただければ、詳細に関してメールを返信いたします。


開催日:2024年7月21日(日)
開 始:午後13:30
終 了:午後16:00
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 ジーン・ウルフ 『デス博士の島その他の物語』(浅倉久志/伊藤典夫/柳下毅一郎訳 国書刊行会)


※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※扱うジャンルの関係上、恐縮ですが、ご参加は18歳以上の方に限らせていただいています。


 今回取り上げるのは、ジーン・ウルフ 『デス博士の島その他の物語』(浅倉久志/伊藤典夫/柳下毅一郎訳 国書刊行会)。技巧と象徴に満ちた短篇集です。解釈が難しい作品が多いだけに、多様な意見が聞けるのではないかと期待しています。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

まぼろしの恋人たち  北山猛邦『つめたい転校生』
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 北山猛邦『つめたい転校生』(角川文庫)は、超自然的な生き物と人間とのロマンスをテーマにした短篇集です。

 少女が恋した青年はなぜか物騒な飛び道具を持ち歩いていたという「かわいい狙撃手」、誰に対しても冷ややかな転校生の少女の物語「つめたい転校生」、恋人を病で失った少女がアルバイトで働くことになった東北の旅館で不思議な体験をする「うるさい双子」、周囲の人間が不審な突然死を重ねていることに気付いた漫画家がその理由に思い当たる「いとしいくねくね」、人間とコミュニケーションを取ることのできる薔薇と共に刑事が殺人事件の捜査を進めていくという「はかない薔薇」、無人の屋敷で密かにピアノを弾く青年に恋した少女の物語「ちいさいピアニスト」を収録しています。

 恋愛、もしくはロマンス的な題材を扱った作品集なのですが、そこに現れる恋愛対象が普通の人間ではなく超自然的な存在である、というところに特色があります。特に印象に残るのは「いとしいくねくね」「ちいさいピアニスト」でしょうか。

 「いとしいくねくね」は、都市伝説的な妖怪「くねくね」をテーマにした物語。
 なかなか芽が出ない漫画家の「俺」は、ライバルだった漫画家の突然死によって仕事を得ることになります。思い返すと、今までの生涯で彼の周囲には不審な突然死が相次いでいました。
 幼いころに出会った「くねくね」の呪いが死を引き起こしているのではと思い当たった男は、愛する妻にも危険が及ぶことを考え、元凶の「くねくね」に再会するために祖父の田舎に戻ることになりますが…。
 見た者が死んだり発狂したりしてしまうという妖怪「くねくね」をテーマにした作品です。周囲には恐れられながら、女性のような姿をしたその「くねくね」と交流するようになった少年が、成長してからも彼女に憑かれてしまう…というお話になっています。
 この「くねくね」、その姿を見た瞬間に即死してしまう、というところで危険度が非常に高い妖怪で、主人公は妻の命を心配することになるのですが、思わぬ方向に展開する物語には読み応えがありますね。タイトルの意味が分かる結末にも哀切さがあります。

 「ちいさいピアニスト」は、無人のはずの屋敷でピアノを密かに弾き続ける青年に恋した少女の物語。様々に不思議な点のある青年の正体とは何なのか? と思っていると、物語の構図が逆転することに。主人公の少女と母親との関係も何やら不穏で、序盤からは思いもかけない物語に着地するところにも感心します。集中でも幻想的・童話的な雰囲気が強い作品ですね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

行き先は闇  ローレン・ケリー『連れていって、どこかへ』
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 ローレン・ケリーの長篇『連れていって、どこかへ』(矢沢聖子訳 ハヤカワ・ミステリ文庫)は、ジョイス・キャロル・オーツがペンネームで書いたという異常心理サスペンス作品です。

 幼い頃に、夫と揉めて自棄になった母ヘディが起こした自動車事故によって、顔に一生残る傷跡を負った女性ラーラ。命は助かったものの、兄のライアンと共に心に傷を負ったラーラは、他人に心を開かない性格となっていました。
 成人したラーラは、自動人形の研究をしていましたが、ある日匿名で彼女にコンサートのチケットが送られてきます。会場で出会った男性ゼドリックを自室まで入れることになりますが、その男の粗暴さにも関わらず、彼にどこか惹かれるものを感じていました…。

 事故による怪我と、その後も不安定な母親との生活で、心に壁を作るようになってしまった女性を描く異常心理サスペンス作品です。父親が出て行ってしまったことをきっかけに、母親が精神のバランスを崩して事故を起こしてしまい、兄妹共に体ばかりか心の傷を負ってしまうことになります。
 その一方、愛する存在を求めるラーラは、出会った男ゼドリックが、粗暴で自分勝手な性格であるにも関わらず、彼に惹かれていくことになります。

 ラーラが勤める研究所の所長が襲われ、瀕死の状況に陥るのですが、所長を襲ったのがゼドリックなのではないか? ラーラ自身も襲われてしまうのではないか?と、ラーラは疑心暗鬼に襲われていきます。その現実的な恐怖と併行して、ラーラの「不安」の原因でもある家族の真実、父はどうして家族を捨てたのか? 母親が精神のバランスを崩したのは何なのか? 兄のライアンは何かを知っているのか? など家族の「謎」が追及されていく部分が興味深いですね。
 また暴力的なゼドリックも、過去に母親を殺されているなど、複雑な事情を持っています。物語の進展に伴って、ラーラとゼドリックの過去が明らかになっておき、絡み合っていく過程はサスペンスたっぷりです。

 主人公ラーラが、心の殻を破り、成長を遂げる…。方向としてはそういう方向に進むのですが、ラーラの「心の闇」が完全に晴れるわけではなく、またラーラ自身が「闇」に惹かれている…という面もあるなど、一筋縄ではいかない作品になっていますね。
ラーラが取り組むのは自動人形の研究、ラーラ自身も人形に執着するなど、「人形」が強いモチーフになっています。「感情の喪失」 「操り人形」など、人形のモチーフがラーラ自身の人生を象徴するようにも見えるのですが、単純にそうとも割り切れないところも複雑です。
 最終的に明かされる家族の真実にも救いがなく、ひたすら暗い情念が描かれているため、読む人を選びそうな作品とはいえそうです。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

大いなる力  彩坂美月『double~彼岸荘の殺人~』
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 彩坂美月の長篇『double~彼岸荘の殺人~』(文春文庫)は、超能力者たちが幽霊屋敷の調査に集まるなか、異様な殺人が発生するというホラーミステリ作品です。

 強力な念動力を持つ少女紗良は、幼い頃に世間を騒がせた事件を起こして以来、両親とも離れ引きこもって暮らしていました。彼女を心配する幼馴染の友人ひなたは、ことあるごとに紗良の手助けをしていました。
 ある日、紗良の力を聞きつけた貴島蓮から、幽霊屋敷の調査に参加してほしいと頼まれます。蓮は、大企業キジマ電器の後継者であるというのですが、彼の曾祖父が妾宅として立てたという古い屋敷「彼岸荘」では、何人もの人間が変死しているというのです。自らの育ての親である伯父夫妻もまた怪死しており、その謎を解き明かしたいといいます。
 ひなたからの助言もあり、紗良と二人で調査に参加することになります。「彼岸荘」には紗良の他にも多くの超能力者たちが集まっていました。
 屋敷には奇怪な現象が頻発していましたが、ある日能力者の一人が常識では考えられない状態での死体となって発見されます。屋敷の外に出ようとする面々でしたが、なぜか屋敷の扉は閉ざされており、脱出することができなくなっていたのです…。

 調査のため、変死事件の頻発する幽霊屋敷に集められた超能力者たちが奇怪な殺人事件に巻き込まれる…というホラーミステリ作品です。
 「彼岸荘」は、過去に所有者本人を含め、多数の関係者が異様な死を遂げている場所でした。集められた能力者たちもそこに不穏な空気を感じ取ることになります。念動力を持つ紗良のほか、サイコメトリックや予知など様々な能力を持つ人間たちが集められていましたが、奇怪な連続殺人が起こるさなかでそれに対抗することができません。
 屋敷自身に超自然的な意思があるのか、脱出もできなくなってしまい、助けが来るまで生き延びることができるのか、というところでサバイバル的な雰囲気も強くなっています。

 他の能力者たちが、自身の力を使ったり披露したりするのに対して、一番の強力な能力者である紗良は、その力によって迫害を受けた経験から、力を使うことに対して及び腰になっています。紗良の力がいつ発揮されるのか? といった部分も興味深いですね。
 屋敷の入口が全て閉ざされてしまい、物理的に出ようとしても出られなかったり、二人以上で行こうとしても行くことができない場所が存在するなど、常識を超えた力があることが仄めかされており、「彼岸荘」自体に人を殺せるほどの超自然的な力があることは序盤から明らかにされています。
 奇怪な形で死を遂げる人間たちが、屋敷によって殺されたのか、それとも人為的に殺されたのか、といったところも後半まで判明せず、その意味で作品がホラーなのかミステリなのかが分からない、といったあたりもスリリングです。

 群像劇的に多くの登場人物たちの視点が現れますが、主人公的に描かれるのは紗良とひなた。社会的・対人的な面で問題を抱える紗良と、友人を思いやるひなたとの関係性が、屋敷での体験を経てどう変わっていくのか…という成長物語的な面も、この作品の面白みの一つでしょうか。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

守るべきもの  海藤文字『悪い月が昇る』
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 海藤文字の長篇『悪い月が昇る』(竹書房)は、事故に遭った家族のケアをかねて避暑地の別荘に移り住んだ男が体験する恐怖を描いたホラー作品で、第4回最恐小説大賞受賞作です。

 フリー編集者である正木和也は、昆虫ファン仲間である精神科医、蘇芳先生から、彼の好意で避暑地の別荘「カブトムシ荘」を貸してもらうことになります。列車事故で深刻な精神的外傷を抱えることになった妻の茜と五歳の息子、蒼太のケアをするためにも都会から離れた方がいいと判断していたのです。加えて、和也自身も家族の事故の影響から記憶に問題を抱えていました。
 ある日近くで倒れてしまった和也は、寺の住職に助けられますがそこで不思議な少女詩織と出会います。彼女から子を取る妖怪コトリのことを聞かされますが、時期を同じくして蒼太からコトリの名を聞いて和也は驚きます。蒼太には空想上の友人コウタがいましたが、コウタがコトリに気を付けろと警告したと言うのです…。

 家族を連れ避暑地を訪れた男性が、そこで妖怪コトリの恐怖と出会う…というホラー作品です。
 事故の後遺症から精神的な疾患を抱えていた家族がようやく回復の兆しを見せた、というところで、徐々に不穏な状況が出現していくことになります。主人公の和也は記憶に問題を抱えており、日常生活にも危うさがあるということは序盤から示されており、いわゆる「信用できない語り手」的な人物であることが分かります。彼の覚えていること・考えていることが正しいのか?というところで読者は疑問を抱くことになり、実際その方面での真相には、勘の良い読者は気付くかと思います。

 このお話の本領はそこからで、主人公の信じていた世界観が崩れ、それが反転すると同時にまた違った世界観が提示されるところです。主人公と共に、読者も何を信じたらいいのか分からなくなってくる…という混沌とした世界観が魅力でしょうか。
 蒼太に予知のような能力があることが仄めかされたり、蒼太の空想上の友だちであるコウタ、さらに度々和也の導き手となる少女詩織の存在もミステリアスですね。超自然的存在コトリに関しても、その実在性が揺らいでおり、その不条理感がホラーとしての魅力を増しています。
 一見オーソドックスな伝奇ホラーの装いですが、心理サスペンス的な部分でも重厚な読み応えがある作品となっていますね。


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忘れられた神々  黒木あるじ『春のたましい 神祓いの記』
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 黒木あるじ『春のたましい 神祓いの記』(光文社)は、八百万の神々と祭祀をめぐって展開される連作伝奇ホラー作品です。

 感染症の流行により、各地で祭りが行われなくなった結果、神々が怒り、トラブルが発生するという事例が多発していました。祭祀保安協会の九重十一とアシスタントの八多岬は神々を鎮めるために各地に赴くことになります…。

 感染症流行の影響で祭祀が行われ亡くなった結果、祀られなくなった神々が怒ったり、力を制御できなくなった結果、各地で超自然的なトラブルが多発している…という背景で描かれる連作シリーズです。感染症は明らかに新型コロナウイルスをモデルとしており、祭祀とともに神と人との結びつき、また人と人の結びつきが弱まってしまったのではないか…という真摯なテーマが描かれています。

 常識を超えた力を持つ超自然的な神々が登場しますが、彼らが人間とは隔絶した存在として描かれるのではなく、ある種の人間的な情を持った存在として描かれるのが特徴でしょうか。主人公である九重十一と八多岬も秩序を取り戻すことを第一の目的としており、人間たち、時によっては人と神との間の絆や愛情も描かれる…というところで、非常に後味の良いシリーズとなっています。
 主人公コンビもキャラクターが立っています。九重十一は、全身黒ずくめの烏を連想させる女性。人間離れした超能力を持ち、それがゆえの哀しい過去も持っています。連作が進むうちに彼女の過去が少しずつ明かされていく過程も興味深いですね。また八多岬は、まるでホストのような軽い性格の男性なのですが、その判断力と実力はかなりのもの、という人物です。

 どのエピソードも魅力的ですが、特に廃村となった山奥に一人住み続ける老人の秘密を描いた「あそべやあそべ、ゆきわらし」、強力な力を持つ<口寄せ巫女>である「ゲンゲ」のキヨの秘められた人生が語られる「春のたましい」は力作ですね。どちらも老人たちの隠された人生が味わい深く語られますが、そこにさらに彼らが関わった神々の秘密が絡んでくる…という構造になっています。

 八百万の神と人間との関わりを描く伝奇シリーズですが、今までにあまりないタイプのアプローチの作品だと思います。謎が完全に明かされていなかったり、敵対するらしい勢力の全貌についてもまだ未知の部分があるなど、シリーズが続きそうな終わり方ではあったので、ぜひ次作も期待したいところです。


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魂の境界線  ダフネ・デュ・モーリア『いま見てはいけない』
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 ダフネ・デュ・モーリア『いま見てはいけない デュ・モーリア傑作集』(務台夏子訳 創元推理文庫)は、サスペンス味・幻想味に富んだ短篇集です。

「いま見てはいけない」
 幼い娘を亡くし傷心の妻ローラの静養を兼ねて、ジョンは妻を伴いヴェネチアにやってきていました。二人は、店で彼らを見つめる双子のような老嬢に気が付き、彼らの身の上を想像しては会話を楽しんでいました。
 姉妹の一人に話しかけられたローラは、興奮してジョンにその内容を話します。もう一人の老嬢は目の見えない霊能力者で、夫妻のそばに亡くなった娘クリスティンの霊がいるというのです。
 別の店で再会した姉妹は、さらにローラにクリスティンの霊が夫婦が危険な目に会うと警告していたというのです。ローラは姉妹の言うことを信じ込む一方、ジョンはイカサマだと考えていました…。
 娘を亡くしヴェネチアを訪れた夫妻が、霊能力者の姉妹と出会い奇妙な体験をすることになる、という幻想小説です。
 娘の死後の存在を確信し幸福感を得る妻に対し、それらがイカサマと信じる夫は、妻の心理状態と夫婦の仲を心配して焦燥感を覚えることになる、というのが対照的に描かれています。
 夫ジョンに何らかの霊能力があることが仄めかされること、ヴェネチアに謎の連続殺人が起こっていること、亡くした娘のことが夫妻共に心の傷となっていることなど、複数の要素が全て重なったことによって、不幸な運命が訪れてしまう、というラストは実に見事です。デュ・モーリアの幻想小説の傑作の一つではないでしょうか。

「真夜中になる前に」
 教師のティモシー・グレイは趣味である絵を存分に描くため、クレタ島を訪れます。海の見えるバンガローに泊まることになりますが、同じく滞在客である資産家のストール夫妻と知り合いになります。
 傍若無人なストールに嫌悪感を抱くものの、彼ら夫婦が密かに何かをしていることに気付いたグレイは夫婦の動向を探ることになりますが…。
 穏やかなバカンスが迷惑な隣人によって台無しにされる…。いわゆる「隣人テーマ」のお話かと思いきや、そこに夫婦の不可解な行動、神話的な背景までが登場し、一気に超自然的雰囲気が強くなるところも独特です。ストール夫人の得体の知れなさも強烈ですね。

「ボーダーライン」
 看病していた父親が、目の前で不可解な言動をした後に急死したことに疑問を覚えていた娘のシーラは、かって父の親友だったという元軍人ニックに会おうと出かけることになります。ニックは魅力的な男だったものの、昇進をめぐって父との間に確執があったといいます。さらに近年の事故のあと、世捨て人のようになっているとも。
 ニックの住む島の近くまでやってきたシーラは、彼の部下らしい者たちに拉致のような形で島に運ばれてしまいますが、ニック当人は予想に反して紳士的な男でした…。
 父親が遺した謎を求めて、父の旧友に会いに訪れた娘の奇妙な体験を描くサスペンス作品です。娘のシーラが女優で身分を騙ってニックに出会いますが、ニックはニックで何かを隠しているようで、互いに互いを欺こうとする心理的なやり取りが魅力ですね。
最初は妄想を抱く精神病患者と考えられたニックが、大胆で冷静なカリスマ的人物に評価が変わり、シーラが彼に魅力を覚えていくようになる、というのも面白い展開です。
 シーラが女優ということもありますが、ニックに関しても「役柄」を演じており、互いが「演技」をしているようなのです。その由来が最終的に判明するという構成も美しいですね。

「十字架の道」
 エルサレムを訪れていたイギリス人一行は、引率をしていた牧師が病にかかってしまったため、急遽まだ年の若い聖職者エドワード・バブコックにその代理を頼むことになります。しかし彼を軽んじる者やバブコックの指導力不足から、その旅ではたびたびトラブルが起きることになります…。
 プライドの高い軍人とその妻と孫、好色な夫と社会活動に熱心な妻の資産家夫妻、しっくり来ていない新婚の夫婦、宗教心熱い独身の老嬢…。ばらばらな人間たちを率いることになったバブコックの困惑と、参加者それぞれの心理的な行き違いがブラック・ユーモアと共に描かれています。
 参加者たちの葛藤が完全に解決されるわけでもなく、さらにキリスト教的な背景が相まって、奇妙な味わいの群像劇となっています。

「第六の力」
 上司の命により、東海岸の研究書<サクスミア>に出向することになったエンジニアの「わたし」。責任者のマクリーンは、高周波を扱う装置「カローン」を開発していました。表向きは軍事利用のための研究とされていましたが、マクリーンの真の目的は別にありました。病により余命のほとんどない青年ケンと、装置によって訓練された発達障害の少女ニキを使って、死後の存在を証明しようというのです…。
 死後の存在を科学的に証明しようと、研究を続ける男に協力することになった技術者の体験を語る幻想小説です。高周波によって催眠的に訓練された発達障害の少女が超能力的な力を持っているのではないかということ、それを媒介にして、死を迎える青年の「魂」を機械的に保存しようとする企みが描かれます。
 実験は成功するのか? またその実験は倫理的に許されるのか?という点も含めて、神秘的な題材を扱いながらも問題意識の強い作品となっていますね。


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シュールな奇想劇  フレデリック・ブウテ『影は幾重の仮面を纏う ブウテ幻想戯曲集』
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 フレデリック・ブウテ『影は幾重の仮面を纏う ブウテ幻想戯曲集』(蟻塚とかげ編訳 爬虫類館出版局)は、『絞首台の下で フレデリック・ブウテ残酷戯曲集』に続く、フランス作家ブウテ(1874-1941)による戯曲集です。残酷さが見られるのは前集同様なのですが、本巻ではシュールで奇想に飛んだシーンが多く見られますね。

「処女の毒杯」
 父親によって唇に致死の毒を仕込まれた娼婦サラ。彼女と情を交わそうとした男は皆死んでいました。自らも死に近づきつつあるなか、父親は娘に倒錯した愛情を抱いていました…。
 愛した男を死に追いやる「運命の女」が描かれます。彼女が死に向かうなか、娘に肉体的な情欲を抱く父親が登場し、娘はその父に対する憎悪を抱く…という、非常にドロドロとした作品です。
 ナサニエル・ホーソーン「ラパチーニの娘」とも通底するテーマを持った作品ですが、ブウテ作品では、アンニュイで爛れた雰囲気が魅力となっていますね。

「ゴブリンの隠れ場」
 ゴブリンの王によって、洞窟に囚われた姫を救出に訪れた騎士。しかしそこで出会ったのは思わぬ事態でした…。
 異形の王によって誘拐された姫を救出に向かう騎士、とおとぎ話的な設定の物語なのですが、その後の展開は残酷かつ倒錯的。暗黒のメルヘンというべきでしょうか。

「影は幾重の仮面を纏う」
 平原で眠り込んでいる男の前に現れた三人の男たちは、各々奇怪な話を語り始めます…。
 それぞれの人物が独自の話を語っていくというオムニバスストーリーなのですが、それがどれも幻想的かつシュール。中では、妖艶な女に導かれ次々と幻影を見させられるという一つ目のエピソードが印象的ですね。

「走り過ぎたトラム」
 そのトラム(路面電車)は運転手によって極端にスピードを上げられ、二階の乗客は凍える程になっていました。やがて死者すら発生しますが、トラムはスピードを落とそうとはしません…。
 暴走するトラムとその乗客たちを描いた残酷劇です。運転手が発狂したようになっており、車掌もまた、降りようとする客を撲殺したりと、まるでスプラッタホラーのテンションです。殺された死者の幽霊が登場するのもシュールです。

「哲学姫との結婚」
 批評紙の編集長アルリ・バルビザールのもとに現れた皇帝コラマキキボゥは、娘の哲学姫の結婚相手としてアルリを選んだと話します。しかしアルリの弟子ブロックは姫に横恋慕して自らが彼女と結婚しようとします…。
 別世界から現れた姫が結婚を望むという「大人のメルヘン」風の作品なのですが、ディテールから何からが全てぶっとんでいてシュールな前衛劇です。
 哲学姫の姿形にしてからが尋常ではなく、有機物と無機物の混合のような異形の存在なのです。彼女に横恋慕するブロックも、自己愛が極端な奇矯な人物。さらに動物が喋ったり、他の登場人物の言動も常識外れで、主人公(?)のアルリが、醜い容姿で妙な仕事についてはいるものの、一番まともな人物といえるでしょうか。
 メルヘン的な展開になるかと思いきや、ひどく現実的な展開になり、最後は悲劇のようになってしまうのも面白いところですね。ホフマンのメルヘンをさらに前衛的にしたような作風で、これは一読の価値があると思います。

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知り得ない神々  木古おうみ『領怪神犯』三部作
 木古おうみ『領怪神犯』シリーズ(角川文庫)は、日本各地の「神々」によって引き起こされる超常現象を調査する、領怪神犯特別調査課の活躍を描く、民俗学的なホラー連作です。


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木古おうみ『領怪神犯』(角川文庫)

 日本各地に祀られた、人間には理解不能な神々。彼らによって引き起こされる超常現象により、人々の安寧が脅かされる事態も起こっていました。役所内に存在する領怪神犯特別調査課の片岸は、部下の宮木と共に、日本各地で起きる現象の対処に当たっていました。時には、上司であり片岸の義理の親族でもある六原の協力も得ながら、様々な神と対峙することになりますが…。

 日本各地に「神」が実在しており、彼らによって様々な超自然現象が引き起こされる。善悪とは別に、人々の安寧を脅かすそれらは「領怪神犯」と呼ばれていました。そうした事態に対応するための機関、領怪神犯特別調査課の片岸と宮木のコンビが、様々な神と対峙することになる…というホラー連作です。
 登場する「神」のすることが人間の理解を超えていて、彼らによって引き起こされる現象は不条理としかいいようがありません。人間の願いに応えて何かをする、というパターンもあるのですが、それも不完全な形だったり、代わりに何かを差し出さなければならなかったりと、ろくなことにはなりません。
 相手が神だけに、彼らを「殺す」こともできません。力の効果を抑えることができればいいほうで、結局は何もできない…ということさえあるのです。
 神の巨大な体のパーツが一年に一つずつ落ちてくるという「ひとつずつ降りてくる神」、願いを叶える代わりに死後人の内臓を取りさる神を描く「ひと喰った神」、死ぬ際に笑みを浮かべて死ぬ奇怪な村人たちが描かれる「不老不死の夢の神」、ダムのエレベーターに現れる謎の存在を描く「水底の匣の中の神」、神によって因果応報が強要されるという「辻褄合わせの神」、住人たちによる奇怪な呪いが描かれる「こどくな神」、人の存在そのものを消してしまう神が描かれる「知られずの神」、宮木の来歴が仄めかされるエピローグ「そこに在わす神」の八篇を収録しています。
 毎エピソードの初めに、村人であるとか当事者であるとかの人物の独白部分が描かれ、その後に片岸と宮木の調査パートが始まる、という体裁になっています。調査の中で客観的に明かされる神の実態と、最初の独白部分のギャップも面白いところでしょうか。
 主人公片岸の妻が過去に失踪していることが仄めかされ、この妻の行方の捜索については、各エピソードを通してのテーマともなっていますね。妻の兄であり、片岸の上司でもある六原との関係性も魅力的に描かれています。後半では六原兄妹の故郷の村のエピソードも登場してきます。
 収録作中、群を抜いて目立つのは、やはり「ひとつずつ降りてくる神」のエピソード。あるきっかけから、その村では神のものだと思われる巨大な体の一部が空から落下してきていました。腕や目玉などの巨大なパーツが一年に一度ずつ落ちてくるというのです。
 神の「意図」も分からず、体のパーツが揃ったときにはどうなるのか? 不気味でありながらシュールなエピソードとなっていますね。
 他のエピソードでも、多かれ少なかれ人間の理解を超えた現象が登場し、神々の「得体の知れなさ」が魅力的に描かれています。また時にその現象がシュールの域に達していて、不条理味の強い恐怖小説としても楽しめるようになっています。ユニークな連作となっていますね。


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木古おうみ『領怪神犯2』(角川文庫)

 計り知れない力を持ち、人間の善悪では測れない神々。時に人々の安寧を脅かすそれらは「領怪神犯」と呼ばれていました。神々と彼らが引き起こす現象を調査するための機関「領怪神犯特別調査課」は役所内に密かに存在していました。
 調査課課の片岸と部下の宮木は、神々に関わる各地の現象を追うことになりますが…、というのが一巻でのお話。 二巻では、一巻の二〇年前が舞台。霊感商法詐欺で捕まった青年、烏有定人(うゆう・さだひと)は本物の霊感の持ち主であり、その力を見込まれて警察の管轄内にある「領怪神犯対策本部」にスカウトされて働くことになります。烏有の上司となったのは、元殺人課の刑事、切間(きるま)と、民俗学の准教授の凌子(りょうこ)でした。 切間とコンビを組むことになった烏有は、信じられない出来事に度々遭遇することになりますが…。

 前巻の20年前、一巻での主人公だった片岸と宮木の一世代前、組織も厳密には異なる「領怪神犯対策本部」での出来事を描く連作集となっています。 それぞれ独自の権能を持つ神々を主題に、短めのエピソードの連作集となっているのは、前巻同様なのですが、違うのは神々に対する組織のスタンスです。
 こちらの「対策本部」では、神々の権能を国や組織のために利用できないかと考えており、そのために切間と烏有も指示を受けることになります。しかし、人間の力では測れない神々のこと、時には死をも覚悟するような危険な目に遭遇することもしばしばなのです。
 個々の人間では対応しきれないという神々の危険さは前巻にも増して強烈です。存在をなかったことにしてしまう神であるとか、未来を予見する神、いないはずの人間をいるかのように思い込ませる神など、その権能も様々です。特に最終エピソード「そこに在わす神」では、それまでの神よりも数段上のスケールの権能を持つ神が登場し、物語自体も急展開を迎えることになります。
 神々を利用しようとする人間たちが登場するだけに、神々のみならず、人間たちの腹黒さ、悪質さも描かれていくのも特徴でしょうか。さらに神々を擁する共同体の人々の行為もまたろくでもないことが多いのです。切間の故郷での事件が描かれる「呼び潮の神」での人々の行為の残酷さは強烈で、印象に残るエピソードとなっています。
  一巻のお話の前日譚となっているのですが、個々のエピソードで、前巻で登場した組織との違いが描かれ違和感を抱かせるようになっています。それが最終話で冒頭の「間章」のエピソード、そして一巻の内容につながっていくところは、シリーズとしての面白さがよく出ていますね。
 個々のエピソードは、一巻同様、最初に神々に関わる当事者の語りがあり、それ以降に切間や烏有の調査が描かれていく、という作りになっています。最初の当事者たちから語られた「事実」の思わぬ真相が、最終的に明かされるという部分には捻りがあり、どれも面白く読めます。
 二巻にして「過去編」が始まるという構成、最初はどうなのかなと思いましたが、これはこれで面白いですね。組織や神々、神に関わる一族など、明かされていない謎もあり、続編への引きもたっぷりです。


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木古おうみ『領怪神犯3』(角川文庫)

 各地に存在し、常識を越えた権能を持つ神々を「領怪神犯」と呼び、調査する機関「領怪神犯特別調査課」の活躍を描くシリーズ最終篇です。
 主人公的なポジションにいるのは、片岸とその部下の宮木なのですが、本巻では課の上層部メンバーである梅村、江里、六原たちが度々調査に同行することになります。さらに目立つのが、新人として配属されてきた女性課員、穐津(あきつ)。新人でありながら、片岸や宮木も知らない極秘情報を知っていたり、その態度にもつかみどころがありません。彼女が持つ秘密が何なのか、というあたりも興味深いです。
 前巻までと同様、「領怪神犯」に関わる短いエピソードが連なる構成になっており、登場する神々の超自然的な権能と性質が語られる、という形式は変わりません。神と人間たちの関わりが当初思われていたものと異なっていた…という意外性が魅力ですね。
 本巻ではそれに加えて「領怪神犯」をめぐる人間たち、具体的には特別調査課のさらに上層部の動きがきな臭くなっている、ということが匂わされており、彼らをめぐる政治的な動きが描かれているのが特徴です。
 強大な神々を利用しようとする勢力と、それらを止めようとする勢力、その中で前巻でも触れられていた「世界改変」について言及されるなど、スケールの大きいSF的な要素もありますね。


 人知を超えた神々と、それに翻弄される人間たちの姿を描いた、非常にユニークなシリーズだったと思います。
 三巻後半では特別調査課の人間たちのお話がメインになってきて、こちらはこちらで面白いのですが、それまでのエピソードがどれも短めであったり、「領怪神犯」の存在感が強すぎるというせいもあるのでしょうが、人間たちのキャラクター描写がもう少し欲しかったな、とは個人的な感想です。
 ただ、今までにないタイプのホラー作品であることは間違いなく、一読の価値のあるシリーズでしょう。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

繰り返される死  南海遊『永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした』
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 南海遊の長篇『永劫館超連続殺人事件 魔女はXと死ぬことにした』(星海社FICTIONS)は、死ぬとタイムループしてしまう能力を持つ魔女と、彼女に協力して妹殺害犯人を捜すことになった青年の捜査を描くサスペンス・ミステリです。

 母の危篤の知らせを受けて、三年ぶりに生家である永劫館(えいごうかん)を訪れた没落貴族ブラッドベリ家の長男ヒースクリフは、母の葬儀と遺言状の公開を取り仕切ることになります。
 しかし、遺言状の発表前に、ヒースクリフの妹で、盲目で足の不自由な少女コーデリアが密室状況で殺害されてしまいます。さらに母の友人ということで葬儀に現れた美しい少女リリィジュディス・エアも、何者かに殺害されてしまいます。リリィの死の間際、目を見つめていてほしいと頼まれたヒースクリフが気が付くと、一日前の世界に戻っていました
 リリィは「魔女」であり、いくつかの呪いがかけられているといいます。「死に戻り」によってリリィが死ぬと24時間前の時点に戻ってしまうこと、「道連れ」により、死ぬ前に最後にリリィと目が合ったものを強制的に「死に戻り」に連れてくることができる、というのです。
妹コーデリアの命を救うため、ヒースクリフはリリィと協力して殺人犯人を捜し、殺人を止めようとしますが…。

 死ぬと時をさかのぼる能力を持つ「魔女」と共に、妹の殺人犯を探すことになった青年の冒険を描くサスペンス・ミステリです。
 妹だけでなく、リリィもまた何者かによって殺され続けてしまうため、半強制的に「死に戻り」が発生し、しかも死の瞬間に居合わせないとヒースクリフから記憶がなくなってしまうため、常に互いを気にしていないといけない、という制約が面白いですね。

 さらに、ユニークなのは「名探偵」ジャイロ・ダイスの存在。驚異的な情報収集能力と推理の才能、まさに天才と呼ぶべき人物なのですが、品性のかけらもなく、殺人事件さえもが彼の楽しみの一つでしかない、という人物。事件の解決には彼の協力が必要なものの、異様なまでの猜疑心と品性のなさで信頼することができないため、彼の力をどのように利用していくか、というあたりも課題の一つとなっています。
 常時、ジャイロの監視が館に張り巡らされているため、不用意な行動をしようとすると彼に邪魔される可能性がある、という部分もあります。

 何度でもやり直しがきくという、リリィの能力は驚異的なのですが、それ以外は普通の人間であるので、彼女自身の殺害をなかなか防ぐことができません。妹コーデリアとリリィの殺害が同時に起こってはいあるものの、その殺人二件には関連があるのか、そもそもリリィの真の動機がどこにあるのか? 彼女の話や能力は真実を語っているのか? というあたりも明確でないため、後半まで常時サスペンスが続く形になっています。

 いわゆる「特殊設定ミステリ」といえる作品なのですが、その設定が物語の展開と有機的に結びついています。「死に戻り」「道連れ」が単なるご都合主義ではなく、能力のルールから、殺人の動機や、密室殺人が起こらざるを得なかった理由などが必然的に出てくるという結末には説得力がありますね。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

愛のゆくえ  魚崎依知子『夫恋殺(つまごいごろし)』
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 魚崎依知子の長篇『夫恋殺(つまごいごろし)』(角川書店)は、男女の不思議な三角関係を背景に、怪異な事件が起こるというホラー作品です。

 かけつぎ職人の澪子には、結婚十年になる夫の真志がいました。刑事である真志との生活はすれ違いを続けており、澪子から離婚を申し出たものの、彼からは返事を得られていませんでした。そんな折、幼馴染で初恋の相手だった男、泰生が現れます。
 泰生は昔から澪子へ愛情を持っていたことを話し、積極的なアプローチを続けますが、澪子は真志への愛情も捨てきれないことから、どっちつかずの状態となっていました。
 一方、町では訳ありの夫婦が相次いで亡くなる不審な事件が起きていました。霊が視え、障りを消すことのできる力を持つ澪子の前には、何かをささやく女性の霊が現れるようになっていました…。

 冷え切った仲の夫と、再会した幼馴染の男、二人の間で揺れ続ける女性が、さらに霊的体験に巻き込まれる、というホラー作品です。
 主人公に憑いているらしい女性の幽霊が不遇な環境にあったらしいこと、刑事の夫が捜査を続ける事件にオカルト的な背景があるのではということ、などが、どうつながってくるのか、といったところが興味深いですね。
 澪子の夫、真志は刑事の仕事を最優先にしており、実質的に結婚生活が破綻しています。一方、再会した幼馴染の泰生の方が良い男性に見えるのですが、彼には彼でどこか暗い影があるのです。澪子がどちらの男性を選ぶのか、結婚生活がどう決着をつけるのか、といったあたりも読みどころになっていますね。

 お話が進むうちに、仕事人間で妻への愛情も本当にあるのか分からなかった真志の心情も現れてきます。一概にひどい男とだけも言い切れなくなってくるなど、複雑な人間関係が描かれていくのも魅力です。
 澪子の特殊な霊能力や、現れる怪異現象に関しても、それらが事件の背景や澪子たち周辺の人間関係にしっかり絡んでくるところもよく出来ていますね。

 澪子が関係することになる霊の哀しき過去、そして澪子自身の不遇な結婚生活など、女性の不幸がテーマともなっているようです。男女の恋愛が絡んだ非常にドロドロした情念のお話ではあるので、このあたりが苦手な読者もいるかと思いますが、全体に力作だと感じます。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

日常のメルヘン  夢枕獏『風太郎の絵』
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 夢枕獏『風太郎の絵』(ハヤカワ文庫JA)は、著者の初期に書かれたファンタジー系統の作品を集めた短篇集です。

 植物の精が少女の姿を取って現れるという「ほのかな夜の幻想譚」、失恋をきっかけに山に登った男が、山奥で妖怪とも妖精ともつかぬ奇妙な存在と出会う「山奥の奇妙なやつ」、谷で不思議な少年と出会う幻想小説「二輪草の谿」、星のかけらを食べた猫が不思議な力を手に入れるメルヘン的な「キラキラ星のジッタ」、絵描きの風太郎と、彼と知り合いになった女性との、友情とも恋情ともつかぬ不思議な関係性を描く「風太郎の絵」、UFOをめぐる高校生たちをえがく青春小説「直径7センチのUFO」、常に自分の周りにいるという「自分ぼっこ」をめぐる恐怖小説「自分ぼっこ」、男を引き寄せる魔性の少女の物語「夢蜉蝣」、中年女性から、かって彼女を助けたという妖精探しを依頼される青年を描いた「妖精をつかまえた」、山で遭難した男が不思議な現象に遭遇するという「山を生んだ男」を収録しています。

 ユーモアを交えた叙情的な作品が多く収録された作品集ですが、恐怖小説あり、SF的な作品もありと、バラエティに富んだセレクションとなっています。
 特に印象に残るのは「自分ぼっこ」「山を生んだ男」でしょうか。

 「自分ぼっこ」は異色の分身奇譚。兄と共に山に登った「ぼく」は、兄から「自分ぼっこ」の存在について聞かされます。背後からだれかの視線を感じたとき、そこには何かが存在しているに違いないといいます。背中を下にして寝ていても視線を感じるところから、そいつは物理的な存在ではなく、人間そものにくっついているのが、「自分ぼっこ」ではないかという考えに至ったというのです。兄はやがて精神的な錯乱状態になっていきますが…。
 自分を見つめる謎の存在「自分ぼっこ」をめぐる、奇妙な味の作品です。実際に存在するのかしないのか、精神的な存在なのかそうでないのか…。はっきりしたことは分からないながら、徹底して不気味なホラーとしても読めますね。

 「山を生んだ男」は、山でのサバイバルをめぐる幻想小説。
 山の登攀中、吹雪によって遭難してしまった男梅津。山小屋に避難しますが、隠していた食料は別の人間によって奪われてしまっていました。手持ちの少ない食料を節約しながら生き延びようとしますが、急に現れた別の遭難者を助けることになります。その男藤本は食料を食べつくし、梅津に散々迷惑をかけ続けます。梅津自身の生命も危うい状態になりますが…。
 山で遭難した男が、生存をかけて「戦う」という作品です。思わぬアクシデントが発生し続けますが、意志の強い主人公はそれに打ち勝っていきます。飽くまでリアルな山の話かと思っていると、後半思わぬ超自然的要素が明らかになり、それ以後幻想小説へと傾斜していきます。それまでの試練が超自然的存在に関わる必然的な出来事だったことが分かる結末には味わいがありますね。

テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

悪夢のはじまり  マイクル・ヘイスティングズ『妖精たちの森』
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 マイクル・ヘイスティングズ『妖精たちの森』(高見浩訳 角川文庫)は、ヘンリー・ジェイムズの小説『ねじの回転』の前日談として構想された作品です。映画版『妖精たちの森』(マイケル・ウィナー監督)の脚本家でもあるヘイスティングズが、自身で脚本をノベライズしています。

 両親を失ったマイルズとフローラの兄妹は、後見人となった伯父からは放任状態となり、家政婦のグロース夫人、家庭教師のミス・ジェスル、庭師のピーター・クイントらの手で世話をされていました。
 様々な知識と遊びを行うクイントに兄妹は魅了されていましたが、その一方で悪魔的なクイントの言動に影響され、兄妹の素行は悪くなっていました。ミス・ジェスルは、クイントから暴行のような形で肉体関係を求められますが、その中で彼に倒錯した愛情を抱くようになります。
 マイルズとフローラの言動が悪化していくのをクイントのせいだと考えたグロース夫人は彼を屋敷から追い出そうとしますが…。

 ヘンリー・ジェイムズの幻想小説『ねじの回転』の前日譚として構想された作品です。『ねじの回転』で幽霊(かどうかははっきりしないのですが)として登場した家庭教師のジェスル、使用人のクイントの「生前」を描いています。
 一番の特徴はクイントが明確な「悪人」「悪魔的人物」として描かれているところで、子どもたちに悪い遊びや考え方を吹き込むことになります。感化された子どもたちがその影響から「悪い子」になっていく様が描かれていきますが、その度合いが極端になってしまい、やがてはクイント自身も破滅させられてしまう…という、いわゆる「アンファン・テリブル」作品ともなっていますね。

 家庭教師のミス・ジェスルは、彼女自身に罪はないものの、クイントの激しい求愛を受け入れてしまう形で彼の虜となってしまいます。その現場を子どもたちに見られてしまい、子どもたちに悪影響を与えてしまうのです。
 子どもたちへの悪影響の発端は明らかにクイントの存在なのですが、やがてはクイントの想像を超える形で子どもたちが「悪魔化」してしまうという点で、かなり怖い作品となっていますね。特にマイルズが起こす出来事は本当に邪悪で、クイントの存在がかすんでしまうほど。
 本作では、グロース夫人が「善」の側として描かれており、クイントの悪影響を子どもたちから排除しようと終始努力することになります。クイントの邪悪さを知っていただけに、『ねじの回転』で幽霊が出ることを信じてしまう、という点は説得力がありますね。

 『ねじの回転』は、幽霊が実際に出現したのか、家庭教師の妄想なのか、どちらなのか分からない、と言われていますが、本作は、幽霊が実際に存在したという前提から描かれているようです。クイントが時折漏らす言葉には、愛の極点は死であり、殺すことも厭わない、といった内容が含まれています。子どもたちを愛していたがゆえに、死後も子どもたちを求めた、という解釈になるのでしょうか。さらに子どもたちの「悪事」はジェスルとクイントを結びつけるための行動という面もあり、それも純粋さゆえ、ともとれますね。

 前日譚として非常に面白い作品なのですが、全てを「曖昧」にした原作とは異なり、はっきり登場人物たちの行動・言動が描かれ、その意図も分かるように描かれているため、あまりに具体的すぎる…と感じる人もいるかもしれません。
 特に原作ではぼかされていた、ミス・ジェスルとクイントの関係ははっきり描かれています。彼らの性的な場面はかなり露骨に描かれていて、エロティックな要素も強くなっていますね。
 賛否が分かれるかとは思いますが、『ねじの回転』の「二次創作」的な観点からも面白い作品だと思います。


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本当に起こったこと  ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転 心霊小説傑作選』
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 ヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転 心霊小説傑作選』(南條竹則、坂本あおい訳 創元推理文庫)は、代表的中篇「ねじの回転」を始め、ジェイムズのゴースト・ストーリーを集めた傑作集です。

「ねじの回転」
 クリスマス・イブに古い屋敷で幽霊話がされていたところ、客の一人ダグラスは本当に恐ろしい物語だと前置きして、ある幽霊話を語り始めます。それは彼の妹の家庭教師をしていた女性が書き残した原稿だといいます。
 貧しい田舎牧師の末娘で二十歳になった「わたし」は、両親を亡くして伯父の庇護下にある幼い兄妹マイルズとフローラの家庭教師を務めることになります。子供たちの面倒を見ているグロースさんによれば、前任の家庭教師ジェスルと使用人クウィントは既に死んでいるというのですが、彼らは兄妹に悪い影響を与えていたといいます。
 「わたし」は、やがてジェスルとクウィントらしき霊を繰り返し見るようになります。彼らが死後も子供たちに影響を与えようとしていると考えた「わたし」は子供たちを守ろうとしますが…。
 家庭教師の女性が、教え子の兄妹が霊に襲われていると信じ、その霊たちから守ろうとする…という暗示に満ちた幽霊物語です。
霊たちは、前任の家庭教師ジェスルと使用人クウィント。彼らが「悪い」人物であったことは語られますが、一体何をしたのか、というところは仄めかされるだけで、具体的なところは語られません。彼らが生前子供たちに何をしたのか、どんな悪影響を及ぼしたのか、というところも分かりません。兄のマイルズは学校を退学にされていますが、これもまた原因は謎です。
 幽霊が出現してから、「わたし」は彼らの実在に関して疑いを抱いていないのですが、これも霊が実在するのかは正直分からないのです。兄のマイルズは霊の存在を肯定するような発言をしますが、妹のフローラは逆に霊が視えていないかのように振る舞うシーンもあります。
 一方、家政婦のグロースさんは「わたし」の言うことを信じて、霊の存在を信じているようなのですが、彼女にも霊の姿は視えていないようです。「わたし」の精神状態を案じて信じているふりをしているのか、本当に信じているのか、といったところも曖昧です。
 全篇に渡って具体的なところが語られず、暗示にとどめられるため、多様な解釈が可能な幻想小説となっています。幽霊は実際はおらず、精神状態を崩した「わたし」の妄想、という、超自然抜きの解釈も可能なようになっています。ただ、マイルズの死に関しては、それまで彼の健康状態について問題があることが語られていない以上、その死に超自然性がまつわりついていることは確かなようで、その意味で幽霊はいたのではないか、とも取れますね。
 幽霊は実在するものの、それが見えている人間とそうでない人間がいる、という解釈もとれそうです。「わたし」の妄想だとしても、「わたし」がそうした精神的な問題を抱えている可能性があるとか、過去の来歴が語られないため、こちらも如何様にも解釈が可能なようです。
 読んだ人によって本当に解釈が多様であるという、魅力的な幻想小説といえましょうか。

「古衣装の物語(ロマンス)」
 英国で勉強していた青年バーナードは、故郷に友人アーサー・ロイドを連れ帰ります。魅力的な青年アーサーに、バーナードの二人の妹ロザリンドとパーディタは夢中になります。アーサーはパーディタと結婚することになりますが、ロザリンドは嫉妬の炎を燃やしていました…。
 とある青年をめぐって姉妹同士が憎しみ合うようになる…という物語です。妹への嫉妬を隠さないロザリンドだけでなく、自身の死後も姉が夫を奪うことに不安を抱くパーディタもまた、情念の濃さという面では相当ですね。その「怨念」が示される結末の情景には迫力があります。

「幽霊貸家」
 神学を勉強していた「わたし」は、ある日幽霊屋敷のような家を見つけ興味を持ちます。小柄な老人と知り合いますが、その老人が件の家の主であることを知った「わたし」は、知り合いのデボラ嬢から老人について聞くことになります。娘の恋路を邪魔して死に追いやってしまった老人は、娘の幽霊から家を追い出されたというのです。物乞いの真似をしていた老人を哀れに思った娘は、定期的に家賃を老人に払うことになり、彼は三か月ごとに家賃をもらいに行っているというのですが…。
 かって死に追いやった娘の幽霊から家賃を払ってもらっているという老人を描いたゴースト・ストーリーです。老人にとっては何年も繰り返している家賃を受け取る行為が「贖罪」になっているといいますが、その真相はどうなっているのか?というところで、後半に意外な事実が明かされることになります。
 予期せぬ人生を送ることになった人間たちの、不思議な心理が描かれる部分に妙味がありますね。

「オーエン・ウィングレイヴ」
 軍人志望者の指導教師スペンサー・コイルは、将来有望で聡明な青年オーエン・ウィングレイヴが軍人になることを拒否し始めたことを知って驚き、オーエンの庇護者である伯母に相談することになります。ウィングレイヴ家に、オーエンの友人レッチミア青年と共に招かれたコイルはオーエンに翻意を促そうとしますが…。
 軍人になる意志を翻した青年を周囲が説得しようとするなかで、途中から怪奇話が出てくるという奇妙な味わいのゴースト・ストーリーです。オーエンの婚約者的存在のジュリアン嬢が青年につらく当たる様が描かれていき、本来は一番オーエンを軍人にしたいはずのコイルが、オーエンに同情的になっていく…という心理も面白いですね。
 臆病なのかとなじられたオーエンがその勇気を証明したことが示される結末も悲劇的でありながら象徴的です。

「本当の正しい事」
 大作家アシュトン・ドインが亡くなり、その夫人から伝記の執筆を依頼されたジョージ・ウィザモアは喜んでその仕事に取り掛かります。ドインの部屋で作業を進めるうちに、彼の霊的な存在を感じ取ったウィザモアは、ドインに歓迎されていると感じますが、やがて作業が滞り始めることになります…。
 伝記を書く作業を通して、ウィザモアとドイン夫人は霊の存在を感じ取ることになります。ドインと夫人との間が生前どうだったのか、といったあたりは具体的に語られないのですが、良好な関係ではなかったであろうことが間接的に語られることになります。
 ウィザモア自身はドインから恨まれる筋合いはないようなのですが、夫人との関係性において彼も巻き添えを食っている感じなのでしょうか。生前にせよ死後にせよ、ドイン自身の「意図」がどのようなものだったのかについては語られないのですが、その霊的な存在感と圧力で、結果的に人々に影響を及ぼすことになる、という異色の幽霊物語となっています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

苦い未来 松樹凛『射手座の香る夏』
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 松樹凛の短篇集『射手座の香る夏』(東京創元社)は、ほろ苦さと瑞々しさに溢れたSF・ファンタジー短篇集です。

「射手座の香る夏」
 古来より白く巨大な〈凪狼(カーム・ウルフ)〉がいるという伝説が流布する山岳地帯。その地域は発電の開発のため、特区に指定されていました。危険な作業をこなすために人間の精神を人工身体(オルタナ)に転移させる作業が行われていました。
 しかし、その技術を利用して違法の精神転移を行い、動物の体に乗り込むという違法の<動物乗り(ズーシフト)>に熱中する一群の人々も生まれていました。
 特区警察の神崎紗月は、オルタナ転送中だった五名の作業員の身体が密室から消えてしまった事件を捜査していました。紗月はかっての親友岸本美菜のもとを訪れますが、彼女は〈凪狼〉の存在を信じており、開発に反対する活動家となっていました。紗月もまたオルタナ転移中に〈凪狼〉らしい存在を目撃することになりますが…。
 人間の精神を機械の体に転移される技術が開発され、その技術を利用して動物の身体に転移することもできるようになっています。それらは違法とされながらも、好んで行う人々もいる…という世界観が描かれています。
 かっての親友同士が立場を異にしており、そうした政治的な部分がテーマとなるのかと思いきや、後半は人間の能力や感覚の拡張、といった面が強くなっていきます。さらに思わぬ人物の思わぬ計画が明かされ、人間(生物)の幸福についても考えさせられてしまうという、意欲的なSF作品です。

「十五までは神のうち」
 医療用の超小型タイムマシンの開発により、カプセル型遡及投薬機が生まれます。それは重症化する前の過去の身体に遡及的に薬を届けて、症状をなかったことにする、というものでした。
 さらにカプセル型遡及投薬機を使って自身を生まれなかったことにする権利が取り沙汰され、日本でも「出生追認制度」が導入されます。それは十五歳の誕生日を迎えた子供は、自身の生をなかったことにする〈巻き戻し〉をする権利を得られるというものでした。
 自身の息子が〈巻き戻し〉を行い、いなくなってしまった「ぼく」は、子ども時代に兄を〈巻き戻し〉で失っていました。中学時代の兄の担任だった女性からの手紙をきっかけに、「ぼく」は故郷に戻ることになりますが…。
 〈巻き戻し〉によって自身の存在を抹消することができる世界を舞台に、過去に消えてしまった兄の人生を辿り直す…という物語です。有能で人気者だった兄がなぜ自分を抹消したのか? 明かされる事実と、その事件によって影響を受けた人々の人生が描かれるという、ほろ苦く哀切なお話になっています。

「さよなら、スチールヘッド」
 夏が永遠に続く仮想世界〈アイデス〉で生きる人工知性(ヴァース)の少年エドは、仮想人格でありながら身体の不調に悩まされていました。同じような不調を抱えるヴァースたちの治療のために、少年少女がキャンプに集められて共同生活を送っていました。エドはたびたび夢を見ていました。その夢の中では、彼はエマという女性になっており、しかも彼女が暮らす世界はゾンビが闊歩し、人類が滅亡の危機にさらされていたのです…。
 仮想人格でありながら、身体の不調に悩む少年少女の人工知性たちの物語と、もう一つ、ゾンビによって壊滅状態となった世界が併行して描かれます。仮想世界の外の現実世界が、そのゾンビ世界なのかと思いきや、それぞれのパートの主人公エドとエマが、どうやらそれぞれを夢見ているようなのです。
 さらに、互いのパートに、同名のおそらく同一人物らしき登場人物が重複して登場するなど、どちらが現実なのか夢なのか分からなくなってくる…という眩暈のするような世界観が魅力ですね。
 精神と身体、どちらが人間の本質なのか? 人間の幸福はどこにあるのか? といった哲学的なテーマも盛り込まれた力作です。

「影たちのいたところ」
 イタリア南部、離婚した父親の住むさびれた島にやってきていた少女ソフィア。海辺に漂着し、怪我をしていた少年をソフィアは助けますが、その少年ロランには九つの影がありました。彼は影の運び屋であり、お金をもらって他人の影を密かに運んでいるというのです。密入国者であり、見つかれば捕まってしまうというロランをソフィアは匿うことになりますが…。
 影を複数体にしまいこむことのできる少年を描いたファンタジー作品です。瑞々しいボーイ・ミーツ・ガール作品になっていますね。
ロランの持つ影はそれぞれの特性をもっており、肉体的な処理を代行したり、少しの時間ならロランから離れて行動することも可能になっているなど、不思議な能力があるところも魅力的です。
 悲劇的な展開が予測される形ではあり、実際その方向に話は進みます。物語自体が、老女ソフィアが孫に物語を語る形式で語られるのですが、少女自体のエピソードがどうつながったのかが仄めかされる、枠物語のパート部分にも深みがあります。

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kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
ブックガイド系同人誌もいろいろ作成しています。



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