奇妙な世界の片隅で 2023年04月
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排泄の悲哀  頭木弘樹編『うんこ文学 漏らす悲しみを知っている人のための17の物語』
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 頭木弘樹編『うんこ文学 漏らす悲しみを知っている人のための17の物語』(ちくま文庫)は、排泄や漏らしてしまうことをテーマに書かれたエッセイや体験談、小説などを集めたユニークなアンソロジーです。

 エッセイ、体験談、小説、翻訳など様々なジャンルから、排泄や漏らしてしまうことをテーマに書かれた「うんこ文学」がセレクションされているアンソロジーです。
 「漏らしてしまうこと」というテーマから、羞恥心が強く描かれた、哀感あふれる作品が多いのかと思いましたが、全体としては明るくこのテーマが取り扱われた作品が多かったのは意外でした。

 焦燥感や羞恥心が強く描かれているものでは、「ヒキコモリ漂流記 完全版(抄)」(山田ルイ53世)が印象に残ります。通学途中で漏らしてしまった着衣を洗ったものの、その臭いが消えず、授業中にそれをずっと気にし続ける語り手の姿が描かれます。
漏らした経験はなくても、学校生活を送ったことのある人は共感するところがあるのではないでしょうか。

 漏らしてしまった過程を描いていても、それがからっと明るく描かれている「出口」(尾辻克彦)や「春愁糞尿譚」(山田風太郎)、「黒い煎餅」(阿川弘之)などは、さすが手練れの作家、というところでしょうか。

 芸者への祝品として排便に使われた水壺を安く仕入れた男たちの様子をコミカルに語る「祝の壺」(桂米朝)、便を見ればその食べたごちそうの程度までが分かると豪語する「黄金綺譚 潔癖の人必ず読むべからず」(佐藤春夫)、野糞を続ける著者のその醍醐味とトラブルを語る「野糞の醍醐味」(伊沢正名)などは読んでいて楽しい読み物ですね。
 言い寄ってきた男たちに下剤を飲ませて仕返しをする王の愛妾が描かれる「ルイ十一世の陽気ないたずら(抄)」(バルザック)も楽しいのですが、行われるいたずらが結構たちが悪いので、読み味はブラックです。

 小説で面白かったのは、尾辻克彦「出口」、筒井康隆「コレラ」、ヤン・クィジャ「半地下生活者」などでしょうか。

 尾辻克彦「出口」は実体験を描いた私小説。自身が帰り道に漏らしてしまった顛末が詳細に語られます。今までの人生でずっと大丈夫だったのだから、今日も大丈夫だろう…という感慨を抱くあたり、非常にリアルなものがありますね。

 筒井康隆「コレラ」は、ふとしたことからコレラの媒介者になってしまった男の物語。愛人と喫茶店にいた「私」は、愛人が突然下痢をして漏らしてしまい倒れるのを目撃しますが、不適切な関係を知られるのを恐れて逃げてしまいます。考えるに、どうやら彼女にコレラを移したのは自分であり、以前に出会った男からコレラ菌をうつされてしまったようなのです。勤め先の社長を始め、多くの人間にコレラを感染させた「私」はそれを面白半分に眺めていましたが…。
 コレラに感染した人々が盛大に漏らしてしまう様が延々と描かれるブラック極まりない作品です。コレラの保菌者は自分であり、多くの死者が出ているにも関わらず、それを傍観する主人公の鉄面皮さも強烈です。加えて、語り手を始めとして登場人物たちが無節操なのもインパクトを強めています。

 集中でも圧倒的に印象に残るのが、ヤン・クィジャ「半地下生活者」です。アパートの住人から地下室を又借りした工場勤務の男。しかし地下室にはトイレがありませんでした。大家の女の家のトイレを使っていいという約束のはずが、女は常時鍵を閉めて家に入れてくれません。仕方なく男は、家のそばで脱糞を繰り返していましたが…。
 経済的に苦しい生活を送る工場労働者の男の日常が描かれるリアルな小説です。零細である勤め先の工場ではストライキが行われ、経営者である社長も労働者たちも、互いに首を絞めてしまうという状況が描かれています。
 住環境の面はもっとひどくて、じめじめした地下室、しかもトイレもないのです。日中に工場でトイレを済ませようと考えるものの上手く行かず、部屋に入るときに限って便意が襲ってきてしまう…というあたり、巡り合わせも非常に悪く、徹底して物哀しさの横溢した作品になっています。

 「排泄」や「トイレ」などについての著作は見たことがありますが、これらをテーマにした「文学作品」を集めたアンソロジーというのは、寡聞にして知りません。「うんこ文学」という大胆極まりないタイトルで驚いてしまう人もいるかと思いますが、これはとても良いアンソロジーです。


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5月の気になる新刊
発売中 安藤聡『なぜ英国は児童文学王国なのか ファンタジーの名作を読み解く』(平凡社 予価4180円)
5月1日刊 コラム・マッキャン『無限角形 1001の砂漠の断章』(栩木玲子訳 早川書房 予価4620円)
5月11日刊 エディ・ロブソン『人類の知らない言葉』(茂木健訳 創元SF文庫 予価1540円)
5月12日刊 『ナイトランド・クォータリー vol.32 未知なる領域へ~テラ・インコグニタ』(アトリエサード 予価1980円)
5月18日刊 ジュリアン・グリーン『モイラ』(石井洋二郎訳 岩波文庫 1276円)
5月18日刊 ジュール・ヴェルヌ『シャーンドル・マーチャーシュ 地中海の冒険 上・下』(三枝大修訳 幻戯書房 予価4620円、4070円)
5月19日刊 『ギリシャミステリ傑作選 無益な殺人未遂への想像上の反響』(橘孝司訳 竹書房文庫 予価1430円)
5月20日刊 マリアーナ・エンリケス『寝煙草の危険』(宮﨑真紀訳 国書刊行会 予価4180円)
5月25日刊 マルグリット・ユルスナール『火 散文詩風短篇集』(多田智満子訳 白水社 予価3520円)※復刊
5月25日刊 沼野充義・松永美穂・阿部公彦・読売新聞文化部編『文庫で読む100年の文学』(中公文庫 予価946円)
5月29日刊 エリー・ウィリアムズ『嘘つきのための辞書』(三辺律子訳 河出書房新社 予価2860円)
5月31日刊 A・ブラックウッド他『迷いの谷 平井呈一怪談翻訳集成』(平井呈一訳 創元推理文庫 予価1650円)
5月31日刊 D・M・ディヴァイン『すり替えられた誘拐』(中村有希訳 創元推理文庫 予価1320円)
5月31日刊 杉江松恋監修『古典&最新ミステリガイド』(Pヴァイン 予価1980円)
5月刊 アラン・ムーア作、ジェイセン・バロウス画『プロビデンス Act2』(柳下毅一郎訳 国書刊行会 予価3080円)

 エリー・ウィリアムズ『嘘つきのための辞書』は、「 長大な辞書に紛れ込んだ「虚構の項目(マウントウィーゼル)」をめぐり、時代を越えて振り回される言語偏愛者たちの素っ頓狂な情熱。」を描いた作品だそうで、これは面白そう

 『迷いの谷 平井呈一怪談翻訳集成』は、以前に刊行された『幽霊島』に引き続き、平井呈一の残した怪談翻訳を集めたアンソロジー。前巻に続いてこれは好企画ですね。収録作も公開されていたので紹介しておきします。

【収録内容】
Ⅰ M・R・ジェイムズ集
消えた心臓/マグナス伯爵/解説
Ⅱ アルジャーノン・ブラックウッド集
人形/部屋の主/猫町/片袖/約束/迷いの谷/解説
Ⅲ 初期翻訳
シルヴァ・サアカス A・E・コッパード
古城物語 E・T・A・ホフマン
Ⅳ ラフカディオ・ハーンの怪奇文学講義
「モンク・ルイス」と恐怖怪奇派 /小説における超自然の価値
付録 エッセー
マリー・コレリ『復讐』あとがき/もう一人のシャーロック・ホームズ/東都書房版「世界推理小説大系」月報(訳者として/訳者のことば/H・M礼讃)/講談社版「世界推理小説大系」月報(訳者のことば/翻訳よもやま話/下戸 )/教師としての小泉八雲/秋成小見/『万霊節の夜』について
解題
解説 垂野創一郎 

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究極の選択  ポール・トレンブレイ『終末の訪問者』
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 ポール・トレンブレイの長篇『終末の訪問者』(入間眞訳 竹書房文庫)は、突如、究極の選択を迫られた家族をめぐる超常スリラー作品です。

 男性同士のカップルであるエリックとアンドリューは、養子である七歳の娘ウェンと共に、人里離れた場所で夏の休暇を過ごしていました。ある日、ウェンがキャビンの庭で遊んでいるところ、見知らぬ巨体の男が訪ねてきます。レナードと名乗るその男にウェンは好感を持ちますが、レナードは、ウェンを含む家族はある厳しい決断を下さなければならないと、不可解な言葉を発します。
 やがて、レナードを含む四人の男女がキャビンを訪ねてきます。彼らは話がしたいと言いますが、物騒な武器を抱えた四人に警戒心を抱いたエリックとアンドリューは扉を開けようとはしません。家族を傷つける気はないといいながら、四人は無理に家に侵入しようとしてきますが…。

 幸福な休暇を過ごしていた家族のもとを四人の男女が襲撃してくるという、いわゆる「ホーム・インベージョン(家宅侵入)」ジャンルの作品なのですが、この襲撃者たちが強盗や異常者ではなく、超自然的な原因から行動していたことが分かるという、超常スリラー作品になっています。

 話をしたいと言いながらも、具体的な話はせずに室内に入ろうとするレナードたちを警戒するエリックたちと、無理に侵入しようとするレナードたちとの間に争いが始まります。最初は意図が分からないだけに、家族の側の不安感は強烈で、不条理味が濃いですね。家族と襲撃者たちとの攻防もアクションたっぷりに展開し読ませます。

 やがてレナードたち四人の行動の動機が明かされるのですが、それは超自然的かつ宗教的なものでした。世界の終末が、エリック、アンドリュー、ウェンたちの「選択」にかかっているというのです。
 しかもその「選択」とは、家族たちにとって、容認できるようなものではありませんでした。レナードたちの言うことを信じて「選択」を行うのか、世界の終焉を受け入れるのか…。家族たちの決断がどうなるのか、という過程が読みどころです。
 レナードたちの言葉をまるで信じないアンドリューに対し、信仰を持つエリックはだんだんとその言葉を信じていくようになり、家族同士の間でも齟齬が起きてくる…というあたりも面白いですね。
 また、レナードとその仲間たちの間にも葛藤や対立があります。特に看護士であるサブリナは自らの「使命」を自覚しながらも、それが本当に正しいことなのか悩むようになります。家族と襲撃者、それぞれの間での説得と拒絶、そこに現れるドラマには読み応えがあります。

 常時緊張感のある展開で読ませるエンターテインメントです。多分に宗教的(キリスト教的)なテーマの作品ではあるのですが、それが普遍的な形で提示されており、宗教的な部分を超えたところで共感を抱く読者も多いのではないでしょうか。ただ、かなり精神的にきつい物語であるので、覚悟して読んだ方が良い作品ではありますね。

 本作、M・ナイト・シャマラン監督によって『KNOCK ノック 終末の訪問者』というタイトルで映画化されています。ストーリーは多少アレンジされているそうですが、確かに原作小説は、シャマラン監督が気に入りそうな作風の作品ではありましたね。


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親切な町  嶋戸悠祐『漂流都市』
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 嶋戸悠祐の長篇『漂流都市』(講談社)は、地方都市の家電量販店をめぐって、悪夢のような社会が描かれるというホラー作品です。

 小規模の会社でありながら、東北のK市で他を寄せ付けぬ量販店轟家電。家電業界二位に転落した大手R電器は、業界一位を奪還するためK市へ出店をすることになりますが、結果は惨憺たるものでした。
 轟家電は、大量の人員を、物も買わないような老人の接客に費やしており、その接客内容は家電だけでなく、老人たちの日常にまで至っていたのです。その異常な状態にR電器の面々も驚くことになります。しかも、K市全体が高齢者優遇政策を取っており、その住人のほとんどが高齢者だというのですが…。

 住人のほとんどが高齢者だという市で、圧倒的な力を誇る家電量販店をめぐって、不気味な社会が描かれる社会派ホラー作品です。
 K市で圧倒的なシェアを誇る量販店轟家電。序盤はそこに潜り込もうとした大手R電器の人々の視点から、その異常性が描かれていくことになります。大量の販売員たちを使って、高齢者たちの接客に極端に時間を割き、若年層の客に関しては、購入のそぶりを見せていてもほとんど相手にしていないのです。
 高齢者たちに対しては、極端な値引きや無料で行う至れり尽くせりのサービスが行われており、どうやってコストを回収しているのか、R電器の面々は疑問を抱くことになります。そもそも市全体が高齢者優遇政策をとっており、町自体に異常なものがあるのではないかということが示唆されていきます。
 途中からは、ある経緯からK市に入り、轟家電で働くことになった男が視点人物となって物語が進んでいきます。ここからがこの作品の本領で、どう考えても割の合わないサービスが何のために行われているのか、なぜこんなことをしているのか分からないまま働かされる男が描かれる部分は不条理小説味も強いですね。
 さらに轟家電の秘密が明らかになる後半では、ぐんと社会性が強くなるのですが、そこにはブラックすぎるほどのブラック・ユーモアが感じられるようになっています。

 現実的な社会問題がテーマとなっていながらも、そこにフィクションならではの「奇想」が絡められており、読んでいて面白さとそして「怖さ」が感じられる作品になっています。「家電」からこういうお話が出来るとは、ユニークな発想力だと思います。ある種の社会諷刺的な作品でもあり、読んでいて、アイラ・レヴィンやスタンリイ・エリンのいくつかの作品を思い出したりもしました。
 家電業界を描く部分に生彩があるなと思ったら、著者はもともと家電業界で働かれていた方だったのですね。


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信じ難い物語  プロスペル・メリメ『メリメ怪奇小説選』
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 プロスペル・メリメ『メリメ怪奇小説選』(杉捷夫訳 岩波文庫)は、フランスの文豪メリメの怪奇幻想小説を三篇収録した作品集です。

「ドン・ファン異聞」
 資産家の貴族の息子として生まれ、品行方正に育てられた青年ドン・ファン・デ・マラーニャは、父親の意向でサラマンカの大学に行くことになります。そこで出会った男ドン・ガルシアと友人になりますが、彼は短気な乱暴者で、悪魔との関わりさえ噂される人物でした。
 ドン・ファンは一目惚れしたドニャ・テレサと恋人になります。しかし、ドン・ガルシアにそそのかされた結果、彼女の家族を殺す羽目になってしまい、町を逃げ出すことになりますが…。
 酒と女、そして幾多の罪を重ねたドン・ファンが、自らの行状を振り返り悔悟するまでを描いた歴史奇譚です。
 ドン・ファンは、悪友ドン・ガルシアの影響によって、女性を裏切ることを始め、殺人さえ含んだ罪に関しても何も感じなくなっていきます。
 このドン・ガルシアの態度は一定していて、死ぬ間際まで自身の行為を後悔しない、という潔さ。一方ドン・ファンは、自身の行為に一抹の不安を感じつつ悪事を行っていく、という風なのです。善悪どちらに転んでもおかしくないような不安定な人物としてドン・ファンが描かれていくだけに、最終的に彼が超自然的な光景を幻視して、悔悟することになる、という流れには説得力がありますね。
 悔悟した後もドン・ファンが罪を重ねざるを得ない状況が現れる、というところも興味深いです。
 ちなみに、本作に登場するドン・ファン・デ・マラーニャは、有名な色男ドン・ファン(ドン・ファン・テノリオ)とは別の人物とされています。

「ヴィーナスの殺人」
 紹介状をもらい、イールの町のペイレオラード氏を訪ねた「私」は、案内人から、ペイレオラード氏の息子の結婚式が近々あること、また氏が古代ローマのものと思われる銅製の黒いヴィーナス像を掘り出したことを耳にします。
 ヴィーナス像は官能的でありながら、どこか邪悪なものを感じさせる像でした。像を掘り出す際には、怪我人も出ているというのです。
 ペイレオラード氏の息子アルフォンスは、花嫁のための指輪を用意していましたが、遊戯に熱中した結果、邪魔になった指輪をヴィーナス像の指にはめます。アルフォンスが後に指輪を取りに戻ったところ、像の指が曲がってしまって指輪がはずせないと、「私」に打ち明けることになりますが…。
 地中から掘り出された、異教のヴィーナス像が起こす現象によって悲劇が起こるという怪奇幻想小説です。
 指輪をつけたことによって、ヴィーナス像と婚姻を結んだ形になってしまう、というモチーフの描き方が上手いですね。
 ヴィーナス像が何を惹き起こしたのか…という点が「私」からするとすべて伝聞で聞いた話であり、ヴィーナスの得体の知れなさが強烈です。
 世界の怪奇幻想小説の名作の一つといっていい作品でしょう。

「熊男」
 ヴィッテンバッハ教授は、かって自分がリトアニアにセミオット伯爵を訪ねた際の体験を語り出します。
 貴重な書籍を読ませてもらうため、セミオット伯爵を訪ねた教授は、現地で奇怪な様子の女性を目撃します。彼女の侍医だというフレーベル博士によれば、女性は伯爵の母親であり、かって夫との狩りの最中に熊にさらわれ、その際の恐怖によって精神を狂わせてしまったというのです。
 後に懐妊していたことが分かった伯爵夫人は伯爵を産み落とすものの、母子の交流はほとんどないまま息子は育てられたといいます。やがて伯爵自身に会った教授は、伯爵の明晰さに感心しますが、彼には神経症的な症状があること、彼が恋しているらしいイヴィンスカ嬢が明るく屈託がない女性で、伯爵とは真逆の性格であることに気付きます…。
 熊に襲われ発狂してしまった女性の息子が惨劇を惹き起こす…という怪奇幻想小説です。伯爵自身は冷静沈着、明晰な頭脳の人物として描かれるのですが、どこか不安定な要素を抱えていることが示されます。それだけに結末の異常さが際立っている感じです。
 作中で明確には描かれないのですが、伯爵が「熊」の子どもなのではないかという「異類婚姻譚」的なモチーフも興味深いですね。

 訳者解説にも書かれていますが、「ドン・ファン異聞」「煉獄の魂」「ヴィーナスの殺人」「イールのヴィーナス」「熊男」「ロキス」、それぞれの訳題で知られている作品です。


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異次元の冒険  L・P・デービス『四次元世界の秘密』
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 L・P・デービス『四次元世界の秘密 少年少女世界SF文学全集6』(白木茂訳 あかね書房)は、別次元の世界へ入り込んでしまった少年たちの冒険を描くSF作品です。

 科学者のメーバー教授と助手のアダムが痕跡も残さずに失踪してしまいます。教授の甥リーとその親友モートンは、メーバー教授の友人であるレミング教授に助けを求めることになります。レミング教授によれば、メーバー教授たちは、四次元世界の研究をしており、何らかの拍子にあちらの世界に吸い込まれてしまったのではないかというのです。
 メーバー教授が残した設備で、装置の監視をしていたリーとモートンは、突然動き出した装置によって別の世界に飛ばされてしまいますが…。

 別世界に飛ばされてしまった少年たちの冒険を描くサスペンスSF作品です。主人公たちが飛ばされてしまうのは、四次元世界というよりは、パラレルワールドに近いでしょうか。地球に近い環境で、空気もあったり、現地に住む人類のような存在もいたりします。
 ただ極端な嵐が何度も起こったり、奇怪な現象(後にある生命体の仕業であることが分かります)が起こったりと、その危険度は高い世界なのです。さらに、原始的だと侮っていた現地人たちが、強力な科学兵器を持っていることも分かります。そんな中でメーバー教授を見つけることができるのか?

 右も左も分からない未知の世界で、その世界の特質や状態を探っていく過程にハラハラドキドキ感がある作品です。現地の生物たちの生態、不思議な自然現象、現地人たちの思考形態など。特に目立つのは、リーやモートンたちが考えた物が現実に現れるという現象。別世界にいるはずなのに、モートンが思い浮かべた生家がそこに現れてくるのです。この現象に関しては、後半で謎解きがなされることになります。
 さらに後半では、その世界の過去の歴史が明かされ、奇怪だと思われていた自然現象や生物の成り立ちに説得力が与えられていますね。

 ジュブナイルとして書かれた作品らしく、最終的にはオーソドックスなアクションSFに落ち着くのではありますが、異世界の世界観、その性質や環境がユニークで印象に残ります。


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怪奇幻想読書倶楽部 第42回読書会 参加者募集です
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 2023年5月14日(日)に「怪奇幻想読書倶楽部 第42回読書会」を開催いたします。若干名の参加メンバーを募集しますので、参加したい方がおられたら、メールにて連絡をいただきたいと思います。
 連絡いただきましたら、改めて詳細をメールにてお送りいたします。

お問い合わせは、下記アドレスまでお願いいたします。
kimyonasekai@amail.plala.or.jp
メールの件名は「読書会参加希望の件」とでもしていただければと思います。


開催日:2023年5月14日(日)
開 始:午前10:00
終 了:午後12:30
場 所:JR巣鴨駅周辺のカフェ(東京)
参加費:1500円(予定)
課題書 ロバート・エイクマン『奥の部屋』(今本渉訳 ちくま文庫)


※「怪奇幻想読書倶楽部」は、怪奇小説、幻想文学およびファンタスティックな作品(主に翻訳もの)についてのフリートークの読書会です。
※対面型の読書会です。
※オフ会のような雰囲気の会ですので、人見知りの方でも安心して参加できると思います。
※「怪奇幻想読書倶楽部」のよくある質問については、こちらを参考にしてください。
※成人向けの読書会ですので、恐縮ですが18歳未満の方にはご遠慮いただいています。


 今回は、課題図書としてロバート・エイクマン『奥の部屋』を取り上げます。暗示に富んだ謎めいた物語で知られるエイクマン。読む人によって多様な解釈の生まれるエイクマン作品について話し合っていきたいと思います。

 

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奇怪な物語 ロバート・ルイス・スティーヴンソン『スティーヴンソン怪奇短篇集』
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 ロバート・ルイス・スティーヴンソン『スティーヴンソン怪奇短篇集』(河田智雄訳 福武文庫)は、イギリスの作家ロバート・ルイス・スティーヴンソン(1850-94)の怪奇小説を集めた短篇集です。ストーリーテラーとして知られた著者らしく、物語として面白みのある作品が多いですね。

「死骸盗人」
 「わたし」の地元の飲み仲間であるフェティスは、かっての友人マクファーレン医師に出会ったところ、彼に強烈な罵声を浴びせます。フェティスはその理由を語り始めます。
 かって医学生だったフェティスはマクファーレンとともに、高名な外科医「K-」のもとで働いていました。フェティスは、ある日届けられた解剖用遺体が知り合いの娘だったことから、遺体の出所を怪しみ始めます。殺されたものもいるのではないかという疑いに対し、マクファーレンは知らないふりをしろと言いますが…。
 都市伝説風のテーマを扱った恐怖小説です。実在の事件にヒントを得たと思しく、作中でその件についても言及がされます。スティーヴンソン怪奇小説の中でも最もリアルなタッチの作品でしょう。

「ねじけジャネット」
 牧師のマードック・サウリス師は、家政婦として村でも評判の悪い年配の女性ジャネットを雇うことになります。ジャネットは悪魔との関係も噂される女でした。ある時を境に、ジャネットは首のねじけた異様な状態で動き回るようになりますが…。
 ジャネットは明らかにまともではない状態になってしまうのですが、インテリでもあるサウリス師はそれを素直に認めることができません。やがて恐ろしい事態が起こることにもなります。クライマックスの恐怖感は絶品で、迫力のある作品ですね。

「びんの小鬼」
 ハワイ生まれのケアーウェという男が、豪華な家に住む男からある取引を持ちかけられます。それは何でも願いをかなえてくれる小鬼が入ったびんを買ってほしいというものでした。なぜそれを売るのかというケアーウェの問いに男は答えます。
 何でも願いが叶うかわりに、そのびんを持ったまま死ぬと永久に地獄の火に焼かれてしまうというのです。そしてもう一つ条件がありました。そのびんを手放したい場合、買った時よりも安い値段で売らなければならないといいます。手持ちのお金でびんを買ったびんは、富や家など様々な願いを叶えていきます。
 友人ロパーカにびんを売り、美しい娘コクーアとの結婚も間近に迫ったケアーウェは、自分が重い病気にかかっていることに気付きます。病を治すために、再度、びんを手に入れようと考えたケアーウェはロパーカの行方を探しますが…。
 何でも願いが叶う魔法のびんを扱った作品です。所有者が変わって、あちこちに移動するびんの行方を辿っていくのが面白いですね。後半では夫婦愛と自己犠牲といったテーマも前面に出てくるのが興味深いところ。

「宿なし女」
 フィンワールの家に滞在することになった「宿なし女」ソルグンナは、誰も見たことのない装身具や服飾品を持っていました。フィンワールの妻オードは、その品物を欲しがり買い取ろうとしますが、ソルグンナは断ります。
 病との床についたソルグンナは、自分が死んだら品物はオードとその娘アスディスに譲るが、寝具は必ず焼き捨ててほしいと言い残し息絶えます。フィンワールは遺言の通りにしようとしますが、オードはもったいないと言い寝具を焼くのを止めてしまいます。やがて家の者は、ソルグンナの遺体が歩いているのを目撃しますが…。
 アイスランドを舞台にした民話風の怪奇小説。死者の遺言を守らなかったために起きる怪異を描いています。「宿なし女」が突然死ぬ理由も、品物と怪異との関連性も明確に描かれなかったりと、ところどころに不条理な空気の感じられる不気味な作品です。

「声の島」
 怠惰な男ケオウラは、結婚した妻レフーアの父親である魔法使いカーラーマーキが多くの富を持っているのを不思議に思っていました。カーラーマーキは、ある日ケオウラに秘密を明かします。
 カーラーマーキに同行したケオウラは、彼が魔術によってある島に移動し、そこで拾った貝殻を銀貨に変えていることを知ります。島に住む住民からは二人の姿は見えず、声だけが聞こえているようなのです。欲をかいたケオウラは魔術により海に放り出さてしまいますが、通りかかった船に拾われます。やがて辿りついた島は、かってカーラーマーキの魔術で訪れた島であることにケオウラは気付きますが…。
 南洋を舞台にしたファンタジー作品です。恐ろしい魔法使いの手から逃れるものの、また更なるトラブルが発生するという、躍動感に満ちた展開となっています。登場する魔法とその効果が風変わりで、一般的な西洋ファンタジーとは違った味わいがあります。

「トッド・ラプレイクの話」
 語り手は、父親が管理人の地位をめぐってライバル関係にある男トッド・ラプレイクの家で彼の姿を目撃し、異様な印象を受けます。はたを織りながらも目は閉じられており、ゆすっても反応もしないのです。
 管理人の地位を奪われたトッドは、父親を脅迫するような言葉を吐きます。ある日、絶壁で海鳥の狩りをしていた父親は、命綱を狙ってつついてくる異様な鳥がいることに気がつきますが…。
 魔術を扱った物語です。謎の男トッドが魔術を駆使しているらしいのですが、魔術の直接的な描写はないところがポイント。あくまで間接的にその影響が描かれているという、非常に技巧的な作品です。
 トッドの初登場シーンから結末に至るまで、その行動がかなり不条理で恐怖感を煽ります。作者の自信作だったということですが、それも頷けますね。

「マーカイム」
 骨董屋を訪れた男マーカイムは、店の主人を殺し、金品を奪おうとしていました。しかし殺人を犯した直後に、誰もいないはずの店から何者かが歩く音が聞こえます…。
 罪と罰がテーマとなったシリアスな幻想小説です。中から現れた男は一体何者なのか…? 自らの罪と良心に向き合うことになる男を描いた寓意性の強い作品です。著者の代表作『ジキル博士とハイド氏』とも通底するところがありますね。


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邪悪の胎動 T・E・D・クライン『復活の儀式』
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 T・E・D・クラインの長篇『復活の儀式』(大瀧啓裕訳 創元推理文庫)を読了。邪悪な存在の復活をめぐって展開される重厚なホラー小説です。

 ニューヨークの学校講師ジェラミイは、休暇の間にゴティック・ロマンスの研究をするために静かな場所を探していました。広告で貸部屋を見つけたジェラミイは、鄙びた町ギリアドにある、サーとデボラのポーロス夫妻の家にやっかいになることになります。
 町は、宗教心の強い人々が住む小さな共同体でした。ジェラミイが調べるうちに、村には百年前に大火事で一家8人が全滅した事件があったこと、その火事の犯人は家の息子の一人であったこと、また、ある場所では異様な殺人事件が起こっていたことなどを知ることになります。
 一方、謎めいた“老いた者”は儀式の遂行のために女を探していました。彼がようやく見つけたのは若い女性キャロルでした…。

 古代の邪悪な存在の復活の儀式に、都会の男女が巻き込まれていく…というホラー作品です。劇的な事件は最後の方まで起こらず、それまでは、復活の儀式に向けて、邪悪な存在の眷属が儀式の準備を着々と進めていく、という流れが描かれていきます。
その意味で地味な展開ではあるのですが、邪悪な存在の影響や過去に起こった事件が少しずつ明かされたり、眷属の“老いた者”がめぐらす陰謀、そして主人公たちの心理的な葛藤や動揺などが描かれたりと、小説として様々な読みどころがあります。

 主人公はジェラミイとキャロル。二人は恋人未満のような関係となるのですが、世話になっているポーロス夫妻を挟んで、心理的にも動きのあるドラマが描かれていくのも読みどころです。
 ポーロス夫妻の夫サーは実直な男性、対して妻のデボラは奔放で蠱惑的な女性です。ジェラミイはデボラに魅惑されてしまい、デボラもジェラミイを意識している節もうかがえます。一方キャロルはサーに惹かれている…、とジェラミイは思い込んでおり、そこに嫉妬の念が生まれるなど、恋愛心理をめぐる部分も面白いです。
 サーは超自然的なものに懐疑的ながら、その勘は良く、邪悪の存在をなんとなく感じとっています。またサーの母親ミセス・ポーロスは、超自然的な感応力を備えた人物で、序盤から“老いた者”の陰謀を感じ取っていました。“老いた者”の復活の儀式が成就してしまうのか。それを防ぐことができるのか? という部分も興味深いですね。

 ジェラミイにしてもキャロルにしても、邪悪な存在に関して事態が悪化していっていることに対しては無頓着です。彼らの背景で事態が進んでおり、二人がどうなってしまうのか、という意味でのハラハラドキドキ感もありますね。
 ポーロス家で飼っている猫がおかしな様子になったり、宗教心の厚い村人たちの間で動きが起こるなど、不穏な事実が少しずつ起こっていきます。それらが最後に爆発する結末にはかなりの迫力があり、その意味で「溜め」の長い作品といえるでしょうか。

 ジェラミイがゴシック小説の研究者ということで、彼が実際のゴシック小説を読んだり、感想を述べる部分が多く登場します。怪奇小説ファンにとってはここも楽しいところでしょうか。具体的には、アン・ラドクリフ、マチューリン、レ・ファニュ、ブラックウッド、マッケンなどの作品が言及されます。特にマッケンの小説や本は、作品の中でも象徴的な役割を果たすなど、特別重要な扱いをされていますね。
 作中にはラヴクラフトやクトゥルー神話的なモチーフも登場しますが、明確に神話作品として関連付けられてはいません。そのあたりの曖昧さも逆に魅力になっているように思います。
 派手さはあまりないのですが、結末に向けて段々と雰囲気が高められていく伝統的な怪奇小説の形で描かれており、小説として滋味がある作品となっています。


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4月の気になる新刊
発売中 山前譲編『文豪たちの妙な旅 ミステリ・アンソロジー』(河出文庫 979円)
発売中 フランチェスカ・T・バルビニ、フランチェスコ・ヴァルソ編『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』(中村融他訳  竹書房文庫 1430円)
4月13日刊 半村良『不可触領域/軍靴の響き』(徳間文庫 予価1078円)
4月18日刊 佐々木徹編訳『英国古典推理小説集』(岩波文庫 予価1430円)
4月18日刊 エドワード・ゴーリー『薄紫のレオタード』(柴田元幸訳 河出書房新社 予価1210円)
4月21日刊 ジュール・ヴェルヌ『エクトール・セルヴァダック』(石橋正孝訳 インスクリプト 予価5720円)
4月25日刊 グレッグ・ベア『鏖戦(おうせん)/凍月(いてづき)』(酒井昭伸、小野田和子訳 早川書房 予価2530円)
4月26日刊 ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『過去を売る男』(木下眞穂訳 白水社 予価2750円)
4月26日刊 蔡駿『幽霊ホテルからの手紙』(舩山むつみ訳 文藝春秋 予価2145円)
4月26日刊 カレン・ウィルキン編『どんどん変に… エドワード・ゴーリー・インタビュー集成』(小山太一、宮本朋子訳 河出書房新社 予価2750円)
4月27日刊 紀田順一郎・荒俣宏監修、牧原勝志編『新編 怪奇幻想の文学3 恐怖』(新紀元社 予価2750円)
4月28日刊 イバン・レピラ『深い穴に落ちてしまった』(白川貴子訳 創元推理文庫 予価770円)
4月28日刊 安藤聡『なぜ英国は児童文学王国なのか ファンタジーの名作を読み解く』(平凡社 予価4180円)


 ジュール・ヴェルヌ『エクトール・セルヴァダック』は、〈ジュール・ヴェルヌ〈驚異の旅〉コレクション〉の最終巻。完結までに時間がかかりましたら、とりあえず完結を喜びたいと思います。こちらの作品は、「パラレルワールドで展開される太陽系ロビンソン漂流記」だそうで、なかなか面白そうですね。

 ジョゼ・エドゥアルド・アグアルーザ『過去を売る男』は、古書店主の家に棲みついたヤモリ(前世はボルヘス)を語り手にした作品だそう。シュールな設定で気になりますね。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

永遠の友  鵺野莉紗『君の教室が永遠の眠りにつくまで』
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 鵺野莉紗の長篇『君の教室が永遠の眠りにつくまで』(KADOKAWA)は、少女二人の愛憎をめぐって展開されるホラー・ミステリ作品です。

 30年以上、正体不明の灰色の雲に覆われている北海道不思子町。小学六年生の遠野葵は、科学者の父親の不祥事のためいじめに遭っていた落合紫子と親友になりますが、思わぬきっかけから彼女を傷つけてしまいます。
 紫子は家に引きこもり、転校してしまうことになりますが、葵は紫子との仲を修復したいと考えていました。担任の石山先生の協力を取り付けますが、肝心なときに彼女は行方をくらましてしまいます。代わりにやってきたのは中年の女性教師狭間百合でした。
 全てを見透かすかのような狭間先生は、クラスを段々と掌握していきます。六年二組の教室である日、恐ろしい事件が引き起こされることになりますが…。

 友人だった二人の少女、葵と紫子の仲が破綻し、その修復のために葵が動くなか、破滅的な事件が起こり、二人の亀裂も取り返しのつかないまでに悪化してしまう…というホラー・ミステリ作品です。
 物語は三部に分かれており、それぞれの部で物語は大きく変貌していくことになります。第一部では、小学校に通う葵が紫子との仲を修復するため奔走する様子が描かれていきます。担任の石山先生の協力を取り付けるものの、彼女は不自然な形で行方を絶ってしまいます。
 代わりに現れた教師狭間百合は、その手腕でクラスを掌握するものの、彼女の言動は何かを見透かしているようで不穏なのです。折しも周囲で人が失踪している事実が示され、その前後には狭間が関係している可能性も取り沙汰されていきます。

 仲直りがしたい、ただそれだけを考えていた葵と紫子との誤解と行き違いがエスカレートし、周囲を巻き込んだ惨劇を起こしてしまうことになります。その結果は破滅的なもの。そうした状態になったうえでも、二人の友情の回復は可能なのか?というのが大きなテーマとなっていますね。
 気弱な葵が起こしてしまう事件も悲惨ではあるのですが、人並み優れた知能と行動力を持つ紫子が引き起こしてしまう事件の方は、その規模と影響力に驚かされてしまいます。それだけに、葵に対する紫子の思いが強い、ということも示されているのでしょう。

 中盤からはSF的な設定も導入され、それに伴い、二人の少女が引き起こした事態に巻き込まれた周囲の人間の運命も変わっていくことになります。物語のスケールも大きくなっていき、少女二人だけでなく、他の人間たちの行く末がどうなるのか、といったところも興味深く読むことができますね。

 個々の人物描写に多少粗いところはあるのですが、多様な要素が入れ込まれており、常時様相が入れ替わっていく物語展開には、サスペンスフルな面白さがあります。
 作品の謳い文句の一つとなっている「百合」にしても、主人公二人の少女の間のそれだけでなく、隠された「恋」があったことが示され、それが事件に重要な意味を持ってくることになるなど、読んでいて、演出の上手さも感じられる作品となっています。
 ミステリとSFの要素が組み合わされた上で、その味わいはホラー、といったジャンルミックス的な味わいです。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

奇妙な一族たち
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ジュヌビエーブ・ゴクレール『天才の家系図』(山内恵理子訳 ランダムハウス講談社)は、フランスのデザイナー、ゴクレールの描いた<奇妙な味>の絵本作品です。

 コカ・コーラライトの泡の中から突然生まれた男性と結ばれた女性クララ。二人の間には息子が生まれます。蟻好きなその息子はベテールとの間に3人の子どもをもうけます。そのうちの1人の息子はガストリックと間に41人の子をなしますが…。

 ある一組の夫婦から生まれた子どもたちから更に子どもたちが生まれ…という具合に、その家系から生まれる子孫の動向を次々に語っていくという絵本作品です。
 あっという間に世代が変わるので(だいたい一ページで)、キャラクターがあまり掘り下げられることはないのですが、短い文章で語られるその性格や癖など、皆エキセントリックな人たちばかりなのです。
 比喩的なものなのか、実際の形を表しているのかは分かりませんが、文章と共に紹介される各人物が丸っこかったり、動物や機械のようだったり、模様にしか見えなかったりと、とても人間とは思えないフォルムで紹介されていくのも特徴です。
 そもそも結婚相手が「人間」でない場合も多く(実際最初の結婚相手はコカ・コーラライトの泡から生まれています)、その結果そちらの家系が「断絶」してしまうことも。

 基本、子孫を追いかけていく話なので、色恋沙汰が中心になるのですが、時折そこからはみ出してしまう人物が登場してくるのも、現実の人生を思わせて興味深いです。連続殺人鬼になってしまう人物や狂暴すぎて監禁される人物など、危険人物も時折登場します。
 あっと言う間に世代交代してしまうももの、その短い中で紹介される、各世代の人物たちの性格や動向もシュールで楽しいです。

 何十世代にもわたる家系図の物語というだけでも面白いのですが、そこにエキセントリックな人物像、シュールな文章、そして前衛的なイラストが結びついて、類例のない世界が形作られています。ブラック・ユーモアもたっぷりで、「怪作」「奇書」と呼びたいような作品となっていますね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

奇想と抒情 ホセ・エミリオ・パチェーコ『メドゥーサの血 幻想短篇小説集』
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 ホセ・エミリオ・パチェーコ『メドゥーサの血 幻想短篇小説集』(安藤哲行訳 まろうど社)は、メキシコの作家パチェーコ(1939-2014)の幻想的な短篇を集めた作品集です。「幻想短篇小説集」という触れ込みですが、あくまで広義の幻想小説で、純文学的な感触の作品も多く収録されています。

 亀に変えられてしまったという少女の見世物について語られる「遥かな風」、遊園地をめぐる幻想的な連作掌篇「遊園地」、地震によって修道院の廃墟から過去の惨劇の証拠が現れるという「囚われの女」、グミの幹に現れた聖母をめぐって村中がお祭り騒ぎになるという「夏の聖母」、引っ越してきた夫婦の日常行為がその周囲の住人たちには異常なものに取られてしまうという恐怖小説「闇にあるもの」、ギリシャ神話のペルセウスの伝説と、妻が虐げていた年下の夫に殺されるという事件が重ねて語られる「メドゥーサの血」、猫の生態的な記述とその恐るべき残酷さが語られていく「三連作「猫」」、家に害をなす鼠を毒殺しようとした男が恐ろしい結末を迎える「青い粉」、鳥の怪我の手当てをする鳥好きの男を幻想的に語った「鳥」、様々な幻想掌篇が語られる連作「架空の生の諸事例」、かって自分を拷問した友人の父親と再会した男の物語「覆面」などを面白く読みました。

 短い掌編、もしくはそうした掌編の連作的な作品に傑作が集中している感じでしょうか。その意味で特に印象に残るのは「遊園地」「架空の生の諸事例」です。

 「遊園地」は遊園地にまつわる幻想的な掌篇が、八篇並べられた連作。
 明確なストーリーのない散文詩的なものもありますが、突飛なイメージのシュールなショート・ショート集として面白い作品になっています。
 悪戯好きな子供が食虫植物に食べられてしまうという2篇目、子供を載せた汽車が二度と戻ってこないという5篇目、家族が一兆匹の蟻に食い尽くされてしまうという6篇目、遊園地の中に遊園地があるという入れ子状の施設について語った8篇目が面白いですね。
 8篇目に至っては、その入れ子のテーマと呼応するように、結末が1篇目にループするという、目くるめくような仕掛けもされています。

 「架空の生の諸事例」は共通するテーマはないようですが、幻想的でシュールな掌篇が並べられています。リンカーンの暗殺を主題とした政治劇の上演中に殺人が起き、リンカーン本人がそれに紛れて失踪するという「リンカーン暗殺」、過去の人物が突然未来に転移してしまう「約束の証拠」、実在したサンチョ・パンサの物語「ラ・マンチャのとある場所で」、たびたび姿を変える彫像を描く「変貌」、イスパハンにある三つの泉の物語「イスパハン」、記憶を消してしまう井戸水をめぐる奇談「井戸」、古い公園が猫のたまり場になっていくという「猫の庭」、砂の坑道で作業する男の独白が描かれる「砂の採掘坑」、ピラネージの幻の版画が発見されるという「幻視家」、ピグマリオンとガラテアの物語「変身」、過去や未来の映像が受像機に混ざり込むという「遠隔操作」、カエサルの皮肉な人選を描いた「選ばれた者」、逃亡者が恐れるものを自ら作り出してしまう「逃亡者」、トロイア戦争の真実を語る「スカマンデルの岸辺」、訪れた者が別人のようになってしまう謎の島をめぐる奇談「島」、時間をあやつる力を持つ時計の物語「波の上」、地獄で発生した問題が語られるブラック・ユーモア作品「地獄の諸問題」、エメラルドの中に囚われた極小の美女を解放しようとする男の物語「エメラルドの中」の十八篇が並べられた構成の連作となっています。
 皮肉で気の利いた幻想ショート・ショート集といった趣ですね。神話や歴史をおちょくったり、「約束の証拠」ではボルヘス作品が言及されたりと、パロディ味もあります。

 幻想小説とはちょっとベクトルが違いますが、少年少女が登場する抒情的な作品にも味わいがあります。おばから可愛がっている猫の安楽死を頼まれた少年を描く「沈下した公園」、美しい従姉との夏の日々を語った「八月の午後」、パレードを背景に太った少女の自意識が語られる「女王」など。

 前衛的で難しい作品もありますが、全体に様々な味わいが楽しめる好短篇集でした。品切れになって久しいようですが、復刊を期待したいところです。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
ブックガイド系同人誌もいろいろ作成しています。



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