ロバート・ルイス・スティーヴンソン『スティーヴンソン怪奇短篇集』(河田智雄訳 福武文庫)は、イギリスの作家ロバート・ルイス・スティーヴンソン(1850-94)の怪奇小説を集めた短篇集です。ストーリーテラーとして知られた著者らしく、物語として面白みのある作品が多いですね。
「死骸盗人」 「わたし」の地元の飲み仲間であるフェティスは、かっての友人マクファーレン医師に出会ったところ、彼に強烈な罵声を浴びせます。フェティスはその理由を語り始めます。 かって医学生だったフェティスはマクファーレンとともに、高名な外科医「K-」のもとで働いていました。フェティスは、ある日届けられた解剖用遺体が知り合いの娘だったことから、遺体の出所を怪しみ始めます。殺されたものもいるのではないかという疑いに対し、マクファーレンは知らないふりをしろと言いますが…。 都市伝説風のテーマを扱った恐怖小説です。実在の事件にヒントを得たと思しく、作中でその件についても言及がされます。スティーヴンソン怪奇小説の中でも最もリアルなタッチの作品でしょう。
「ねじけジャネット」 牧師のマードック・サウリス師は、家政婦として村でも評判の悪い年配の女性ジャネットを雇うことになります。ジャネットは悪魔との関係も噂される女でした。ある時を境に、ジャネットは首のねじけた異様な状態で動き回るようになりますが…。 ジャネットは明らかにまともではない状態になってしまうのですが、インテリでもあるサウリス師はそれを素直に認めることができません。やがて恐ろしい事態が起こることにもなります。クライマックスの恐怖感は絶品で、迫力のある作品ですね。
「びんの小鬼」 ハワイ生まれのケアーウェという男が、豪華な家に住む男からある取引を持ちかけられます。それは何でも願いをかなえてくれる小鬼が入ったびんを買ってほしいというものでした。なぜそれを売るのかというケアーウェの問いに男は答えます。 何でも願いが叶うかわりに、そのびんを持ったまま死ぬと永久に地獄の火に焼かれてしまうというのです。そしてもう一つ条件がありました。そのびんを手放したい場合、買った時よりも安い値段で売らなければならないといいます。手持ちのお金でびんを買ったびんは、富や家など様々な願いを叶えていきます。 友人ロパーカにびんを売り、美しい娘コクーアとの結婚も間近に迫ったケアーウェは、自分が重い病気にかかっていることに気付きます。病を治すために、再度、びんを手に入れようと考えたケアーウェはロパーカの行方を探しますが…。 何でも願いが叶う魔法のびんを扱った作品です。所有者が変わって、あちこちに移動するびんの行方を辿っていくのが面白いですね。後半では夫婦愛と自己犠牲といったテーマも前面に出てくるのが興味深いところ。
「宿なし女」 フィンワールの家に滞在することになった「宿なし女」ソルグンナは、誰も見たことのない装身具や服飾品を持っていました。フィンワールの妻オードは、その品物を欲しがり買い取ろうとしますが、ソルグンナは断ります。 病との床についたソルグンナは、自分が死んだら品物はオードとその娘アスディスに譲るが、寝具は必ず焼き捨ててほしいと言い残し息絶えます。フィンワールは遺言の通りにしようとしますが、オードはもったいないと言い寝具を焼くのを止めてしまいます。やがて家の者は、ソルグンナの遺体が歩いているのを目撃しますが…。 アイスランドを舞台にした民話風の怪奇小説。死者の遺言を守らなかったために起きる怪異を描いています。「宿なし女」が突然死ぬ理由も、品物と怪異との関連性も明確に描かれなかったりと、ところどころに不条理な空気の感じられる不気味な作品です。
「声の島」 怠惰な男ケオウラは、結婚した妻レフーアの父親である魔法使いカーラーマーキが多くの富を持っているのを不思議に思っていました。カーラーマーキは、ある日ケオウラに秘密を明かします。 カーラーマーキに同行したケオウラは、彼が魔術によってある島に移動し、そこで拾った貝殻を銀貨に変えていることを知ります。島に住む住民からは二人の姿は見えず、声だけが聞こえているようなのです。欲をかいたケオウラは魔術により海に放り出さてしまいますが、通りかかった船に拾われます。やがて辿りついた島は、かってカーラーマーキの魔術で訪れた島であることにケオウラは気付きますが…。 南洋を舞台にしたファンタジー作品です。恐ろしい魔法使いの手から逃れるものの、また更なるトラブルが発生するという、躍動感に満ちた展開となっています。登場する魔法とその効果が風変わりで、一般的な西洋ファンタジーとは違った味わいがあります。
「トッド・ラプレイクの話」 語り手は、父親が管理人の地位をめぐってライバル関係にある男トッド・ラプレイクの家で彼の姿を目撃し、異様な印象を受けます。はたを織りながらも目は閉じられており、ゆすっても反応もしないのです。 管理人の地位を奪われたトッドは、父親を脅迫するような言葉を吐きます。ある日、絶壁で海鳥の狩りをしていた父親は、命綱を狙ってつついてくる異様な鳥がいることに気がつきますが…。 魔術を扱った物語です。謎の男トッドが魔術を駆使しているらしいのですが、魔術の直接的な描写はないところがポイント。あくまで間接的にその影響が描かれているという、非常に技巧的な作品です。 トッドの初登場シーンから結末に至るまで、その行動がかなり不条理で恐怖感を煽ります。作者の自信作だったということですが、それも頷けますね。
「マーカイム」 骨董屋を訪れた男マーカイムは、店の主人を殺し、金品を奪おうとしていました。しかし殺人を犯した直後に、誰もいないはずの店から何者かが歩く音が聞こえます…。 罪と罰がテーマとなったシリアスな幻想小説です。中から現れた男は一体何者なのか…? 自らの罪と良心に向き合うことになる男を描いた寓意性の強い作品です。著者の代表作『ジキル博士とハイド氏』とも通底するところがありますね。
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