奇妙な世界の片隅で 2022年08月
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ライナー・チムニク作品を読む
 ライナー・チムニク(1930年~)はドイツの作家。絵と文章が一体となった絵物語を得意としています。寓意が含まれた作品も多く、時代を超えて訴える要素も強いです。邦訳書の中からいくつか紹介していきましょう。


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ライナー・チムニク『熊とにんげん』(上田真而子訳 徳間書店)

 熊を連れて、村から村へと芸をしてまわる男がいました。踊る熊を連れていたことから、彼は「熊おじさん」を呼ばれていました。夜になると「熊おじさん」は、熊に物語を語り、角笛をふく、という生活を続けていましたが…。

 チムニクのデビュー作で、人間の男と熊の友情を描いた作品です。
 芸でお金を稼ぎながら旅をする男とその相棒である熊を描いた作品です。熊は踊りで、「熊おじさん」は七つのまりのお手玉芸を見せることによって、日々の糧を得ていました。彼らに嫉妬する同業者の策略や、襲ってくる野犬の群れなど、トラブルが起きながらも、二人の日々の穏やかな生活と、その「友情」が描かれていく部分が魅力です。
 長年の共同生活で意志の疎通ができるとはされていますが、擬人化はほとんどされず、あくまで熊が「動物」として描かれているところも特徴です。またそれゆえに、人間と熊、種族の違う二人の友情がかけがえのないものとして感じられるようになっていますね。
 熊は、後半同じ種族の熊たちに出会うことにもなりますが、それまでの生活ゆえに野生にも戻れず、かといって人間社会に入ることもできない、というその葛藤も描かれることになります。熊にとって、単純に「自然に戻る」ことが幸せ、とはされず、「熊おじさん」と過ごした日々が幸福な記憶として熊に残る…という部分には、読んでいて感動があります。その一方、二人が過ごした日々も時代も移り変わってしまうという、酷薄な時間の流れが語られる部分には哀愁もあります。
 幸福感と、ほんの少しの寂寥感のある、味わい深い絵物語となっています。ちなみに、襲ってくる野犬をはじめ、熊の宿敵として犬たちが登場します。犬がこれほど「悪役」として描かれる作品も珍しいですね。



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ライナー・チムニク『クレーン男』(矢川澄子訳 パロル社)

 町が広がるにつれ、さばききれなくなった荷物の上げ下ろしのために作られた巨大なクレーン。クレーン建設に従事していた、青い羽つき帽子の若い男はクレーンに惚れ込んでしまいます。ふとしたことからクレーンの操作の上手さを披露した男は、クレーンの運転手に任命され、そこで働くことになります。
 しかしクレーンを愛するあまり、クレーンオトコは地上49メートルあるクレーンの上部から降りようとせず、そこで暮らし始めます。暴れる動物を取り押さえたり、盗賊を退治したりと、手柄を上げたクレーンオトコは皆から尊敬されるようになりますが、戦争が起き、町からは人がいなくなっていきます。やがて堤防が決壊し、クレーンは海の中で孤立してしまいますが、クレーンオトコはクレーンを離れようとせず、そこで暮らし続けていました…。

 クレーンを愛するあまり、クレーンの上で生涯を過ごすことになった男を描く、寓話的なファンタジー作品です。
 最初は必要品を地上から運んでもらっていたものの、戦争が原因で人がいなくなり、さらには海の中で孤立してしまってからは、一人で食料を手に入れたり、クレーンの整備をしていくことになります。
 クレーンオトコは、あまり人となれ合わないタイプのようなのですが、戦争前では人間の親友レクトロ、海に孤立してからはある動物の「相棒」の協力を得ることになります。それゆえ、客観的には孤独な状態のときでも、あまり主人公の「孤独」が強調されてはいません。飽くまでクレーンと生涯を共にすることになった男の「仕事ぶり」を描く「お仕事小説」的な側面が強いですね。
 戦争前の状態を描いた前半でも、主人公のクレーンへの執着は徹底しているのですが、その本領が描かれるのはやはり後半。さびつきはじめた鉄骨を磨いて、釣り上げた魚の油をさしてメンテナンスをしたり、クレーンを壊そうとするサメたちを撃退したりと、本当にクレーンのために「尽くす」様子が描かれます。
 何が彼をしてクレーンにそこまで執着させるのかについては語られないのですが、その信頼というか信仰に近いほどのクレーンへの愛情は、読んでいて感動するものがありますね。クレーンに関わる部分では常時、現実的な展開なのですが、時折超自然的な現象が起きている節もあって、そのあたりの感触も不思議な味わいです。
 なにかの寓意を読み取ることもできそうなのですが、物語をそのまま素直に読んでも、とても面白い作品となっています。
 クレーンオトコの親友として登場するレクトロは、チムニクの別作品『レクトロ物語』(福音館文庫)では、主人公として活躍しています。こちらは、様々な職業についてはすぐ首になってしまうレクトロの職業遍歴が語られるという作品になっています。
 あと、指摘している人がいるかは寡聞にして知らないのですが、荒木飛呂彦のマンガ作品『ジョジョの奇妙な冒険』4部に、鉄塔の上で暮らす鋼田一豊大(かねだいちとよひろ)というキャラクターが登場します。これ、発想元がチムニクの『クレーン』ではないかと、昔から思ってるのですが…。



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ライナー・チムニク『タイコたたきの夢』(矢川澄子訳 徳間書店)

 ある日、一人の男が町の通りで、タイコを叩きながら叫び出します。「ゆこう どこかにあるはずだ もっとよいくに よいくらし!」。彼に影響され、同じようにタイコを持った人々が現れ始めます。最初は牢屋に入れたり罰を与えて押さえようとしますが、人々の数は膨れ始め、やがて押さえが聞かなくなります。大勢のタイコたたきたちは、町を出て、よりよい国を目指して旅に出ることになりますが…。

 タイコと共に理想の暮らしを夢見て旅を続ける人々を描いた、寓話的ファンタジー作品です。面白いのは「タイコたたき」は個人ではなく、集団であるところ。最初にタイコを叩き始めた人物はいるものの、その行動が伝染し、同じような行動をする人間が見る間に増えていきます。固有名詞は出てこず、飽くまで「タイコたたきたち」と複数形で表現されるのが興味深いですね。
 「タイコたたきたち」は、より良い暮らしを求める民衆たちなのですが、彼らの試みは次々と困難にぶつかります。一時的には多大な人数を抱えるものの、どんどんと数が減ってしまうのです。一方的に攻撃をしかけられ、戦争になってしまうことも。次々に死者が出たりと、結構血なまぐさいエピソードも含まれています。
 また、面白いのは「タイコたたきたち」がタイコだけでなく、一人一人が角材を持って前進するところです。それを使って橋や船を作ったり、門を押し通るための杭にすることもあります。
 作者チムニクが絵の方も描いているのですが、大勢の「タイコたたきたち」が「工事」をするシーンも描かれており、そちらも楽しく見れます。主人公が大人数なこともあり、絵に描かれるシーンも鳥瞰図的な構図が多くなっています。それゆえスケール感も大きくなっていますね。
 「タイコたたきたち」は自由や平等を求める人間の象徴とも取れ、実際自分たちの権利を求めて前進を続けるのですが、むやみやたらと進み続けることによって葛藤を引き起こしたり、他人と争いになったりもしてしまいます。後半では、軍隊相手に無茶な戦いに突入してしまうことにもなります。「正義」や「善」のイメージで「タイコたたきたち」を応援していた読者も、後半になってくると、彼らの行動に疑問を覚え始めてくる人もいるかと思います。自分たちの幸福を求める行動は良しとしても、あまりに考え無しに進みすぎなのではないか、と。
 人生を象徴・寓意したとも取れるお話で、そうした意味合いを求めて読むこともできますし、純粋に物語として読んでも面白い作品です。様々な読み方ができる、懐の拾い作品ではないでしょうか。



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ライナー・チムニク『くまのオートバイのり』(大塚勇三訳 佑学社)

 ルンプルラート・サーカスのふとった、ちゃいろのくまにはオートバイに乗れるという特技がありました。しかし、見世物としては、オートバイでぐるぐる回るだけ、という行為を繰り返していました。ある日、観客の子どもから「ばか」だと挑発されたくまは、オートバイに乗ったままサーカスのテントを飛び出し、町の中を走り回ることになります…。

 オートバイに乗ったくまを描く絵本作品です。
 子どもにばかにされたくまが、オートバイで町中を貼りしまわる…という、ただそれだけのシンプルなストーリーなのですが、だれもくまに追いつけず疾走し続ける、という展開には爽快感がありますね。素朴でユーモラスなチムニクの絵にも味わいがあります。



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ライナー・チムニク『ビルのふうせんりょこう』(尾崎賢治訳 アリス館)

 空を飛ぶことに憧れる少年ビルは、風船を6個買い家の屋根から飛んでみますが、そのまま落ちて足の骨を折ってしまいます。あきらめきれないビルは「自分の誕生日に風船を1つか2つ持ってきてください」と100人に招待状を送ります。
 招待客たちが持ってきてくれた大量の風船をベッドに結び付けていたところ、ベッドごとビルは空に浮かび上がっていきますが…。

 飛ぶことに憧れる少年が、大量の風船で空を飛ぶことになる…という絵本です。風船がたくさんあれば空を飛べるかもしれない、という子どもの空想をそのまま絵本にしたような作品ですね。空飛ぶベッドから地上の光景が小さく見えていて、浮遊感と爽快感が感じられます。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

無差別の死  芦花公園『とらすの子』
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 芦花公園の長篇『とらすの子』(東京創元社)は、殺したい人間の名を挙げるだけで、その人間を殺してしまうという恐るべき存在をめぐるホラー作品です。

 小説家志望のライター、坂本美羽は、世間を賑わしている都内無差別連続殺人事件を調べているうちに、事件の情報を知っているらしい中学生、相沢未来と会って話を聞くことになります。
 未来は、友人の夏奈に誘われ、「とらすの会」なる場所へ連れていかれます。そこで出会った美女「マレ様」の不思議な包容力に影響され、未来はいじめられていたという自らの境遇を話します。翌日、いじめの主犯であった安原京香が殺害されているのが見つかります。他のいじめに絡んでいた人間も次々と殺されてしまいます。
 「とらすの会」の他の人間も、恨みを持つ人間の名を挙げ、彼らも皆不審な死を遂げているといいます。「マレ様」には簡単に人を殺せる力があるというのですが、未来はその力だけでなく、会の人間たちの人間性にも恐怖を抱くようになっていました…。

 社会的な弱者や被害者の集まる「とらすの会」と、人々の恨みを聞き、その対象である人間を次々と殺してしまうという謎の美女「マレ様」の恐怖を描いたホラー作品です。
 「マレ様」の力は超自然的で、離れたところにいる人間を一瞬で爆散させるなど、狙われたならばもう助かる方法はほとんどないほど強力なものなのです。その謎をライター美羽、後には女性警官、白石瞳が追っていくことになります。
 この二人の他に、美少年川島希彦を含めた三人のパートが交互に展開されていきます。美羽と瞳のパートは、直接「とらすの会」と「マレ様」に関係してくるのですが、希彦のパートは最初は直接的に関係せず、少年の日常が描かれていく形になっています。
 ただ希彦にもその出生や記憶に謎があることが示唆されており、そこに不穏さがありますね。後半で彼らのパートがつながってくるという構成も見事です。

 簡単に人が殺せる存在「マレ様」も恐ろしいのですが、それ以上に恐ろしいのが、彼女の周囲に集まる「とらすの会」の会員たち。被害者であることは否定できないにしても、一方的に断罪し、人を死に追い込んでも後悔の念を感じることもないのです。
 「マレ様」の影響で、その邪悪さが引き出されたものなのか、もともとそうした性質の人間であるのか…。「マレ様」に関わることで、人間性に対する信頼を失ってしまうのです。一方、「マレ様」に対抗する側の人間は、逆に人間性を信じて戦うことになりますが、それが本当に勝利できるのか、疑わしくなってくるあたりの展開も非常にブラックな味わいですね。
 人間の卑怯さ、汚さがクローズアップして描かれており、かなり「嫌な話」ではあるのですが、そうした部分も含めてユニークな恐怖小説に仕上がっているように思います。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

死のない場所  ジョゼ・サラマーゴ『だれも死なない日』
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 ポルトガルの作家ジョゼ・サラマーゴの長篇『だれも死なない日』(雨沢泰訳 河出書房新社)は、ある日誰もが死ななくなった国で起こる出来事を描いた寓意的な幻想小説です。

 新年が始まって以降、その国ではだれも死がななくなっていました。老齢で衰弱死寸前の老人、交通事故で即死のはずだった者、自殺を決行した者など、本来であれば既に死んでいるはずの人間たちが、死なずに止め置かれていたのです。
 死がなくなったことに喜ぶ者がいる一方、葬儀業界や医療関係者たちは困難に遭遇していました。
 その国の国境を越えた場所では、まだ「死」が存在することを知ったある家族は、死ねずに苦しんでいる老父と赤ん坊を移動させ、彼らに安息を与えます。彼らの行為を聞いて真似をする者たちが大量に現れ、それはやがて非合法のマーフィアの生業ともなっていきますが…。

 ある日「死」がなくなり、誰も死ななくなった国の出来事を描く、寓意的・哲学的な幻想小説です。
 死ななくなったと言っても、健康になるわけではなく、瀕死の状態の者は瀕死のままに、病気の状態の者は病気のままに留め置かれてしまうのです。身内の者に安息を与えるために、まだ死が機能している国外へ行こうとする者も現れてきます。やがては非合法のマーフィアの生業にもなってしまうのですが、現実的に困難を抱えている国家はそれらを容認することにもなっていきます。
 前半では、死がなくなったことによって起こる現実的な困難と人々の反応が、群像劇的に描かれていきます。商売のやり方が変わってしまったことに業者たちが苦慮する様子も描かれますが、一番深刻なのは宗教者たちで、彼らが言うには、死が無ければ復活もなく、宗教の存立基盤が崩れてしまうというのです。
 他の国家が、まだ「死」が存在することに安堵する、という描写があるのもブラックかつ諷刺的ですね。

 後半では「死」を停止に関わっていた超自然的な存在が登場し、事態に変化がもたらされることになります。と同時に、その「人物」と、あるチェロ奏者の関わりがクローズアップされ、不思議な「ヒューマン・ストーリー」となっていくのも面白い展開です。

 テーマからも分かるように、軸足は「生」の世界に置かれています。死後の世界などは取り扱われず、飽くまで現実世界の変化について描かれていくのが特徴です。
 「死」がなくなったらどうなるのか? という思考実験的な面白さがあると同時に、逆説的に「生」とは何なのか? という疑問も湧いてくる哲学的な風味もありますね。
 全篇「死」がテーマとはなっていながら、陰鬱な調子にはなりません。むしろ奇妙な明るさとユーモアがあります。著者独特の凝った文体もあり、決して読みやすくはないのですが、一読の価値がある作品ではないでしょうか。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

9月の気になる新刊
9月1日刊 ジェローム・ルブリ『魔王の島』(坂田雪子、青木智美訳 文春文庫 予価1375円)
9月2日刊 T・キングフィッシャー『パン焼き魔法のモーナ、街を救う』(原島文世訳 ハヤカワ文庫FT 予価1320円)
9月9日刊 『ナイトランドクォータリーvol.30』(アトリエサード 予価1980円)
9月12日刊 大下宇陀児『烙印』(創元推理文庫 予価924円)
9月15日刊 東雅夫編『岡本綺堂 怪談文芸名作集』(双葉社 予価3300円)
9月16日刊 『ギリシャ・ミステリ短編傑作集』 (仮題)(橘孝司訳 竹書房文庫 予価1430円)
9月16日刊 フェリクス・J・パルマ『怪物のゲーム 上・下』(宮﨑真紀訳 ハーパーBOOKS 予価各980円)
9月16日刊 ニー・ヴォ『塩と運命の皇后』(金子ゆき子訳 集英社文庫 予価902円)
9月16日刊 眉村卓『仕事ください』(日下三蔵編 竹書房文庫 予価1430円)
9月17日刊 ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿 上』(畑浩一郎訳 岩波文庫 予価1254円)
9月21日刊 谷崎潤一郎『人魚の嘆き・魔術師』(中公文庫 予価770円)
9月24日刊 ノエル・キャロル『ホラーの哲学 フィクションと感情をめぐるパラドックス』(高田敦史訳 フィルムアート社 予価3520円)
9月26日刊 ロジャー・ラックハーツト『[ヴィジュアル版] ゴシック全書』(巽孝之監修、大槻敦子訳 原書房 予価5280円)
9月29日刊 イサベル・アジェンデ『エバ・ルーナ』(木村榮一、新谷美紀子訳 白水Uブックス 予価2860円)
9月30日刊 『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』(中村融他訳 竹書房文庫 予価1430円)
9月30日刊 マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では』(酒寄進一編訳 東京創元社 予価2200円)
9月30日刊 エル・コシマノ『サスペンス作家が人をうまく殺すには』(辻早苗訳 創元推理文庫 予価1320円)
9月予定 ガストン・ルルー『シェリ=ビビの最初の冒険』(宮川朗子訳 国書刊行会)


 9月の要注目作は間違いなくこれでしょう。ヤン・ポトツキ『サラゴサ手稿 上』。長らく完訳が待たれていた幻想文学の古典作品です。三分冊での刊行となるようです。
 国書刊行会の《世界幻想文学大系》で抄訳が刊行されて以来、完訳の噂が挙がっては消え、ということが繰り返されていただけに、これは慶賀すべきですね。

 ロジャー・ラックハーツト『[ヴィジュアル版] ゴシック全書』は、ゴシックに関するビジュアル系ガイドブックとのこと。これは気になりますね。

 竹書房からは『ギリシャ・ミステリ短編傑作集』 (仮題)と『ギリシャSF傑作選 ノヴァ・ヘラス』、ギリシャのミステリとSFのアンソロジーが刊行。これはユニークな企画ですね。

 マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『その昔、N市では』は、戦後ドイツを代表する作家カシュニッツの傑作短篇集。短篇集の邦訳としては、すでに『六月半ばの真昼どき』(めるくまーる)が刊行されていますが、こちらを読む限り、幻想性・サスペンス性の高い作風なので、こちらの新刊も非常に楽しみです。


テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学

終わりなき愛  小池真理子『アナベル・リイ』
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 小池真理子の長篇『アナベル・リイ』(角川書店)は、死後、夫の周囲の女性たちの前に現れる亡霊をめぐる繊細なゴースト・ストーリーです。

 1978年、悦子はバイト先のバー「とみなが」で、知り合いのライター飯沼に連れられてやってきた舞台女優の見習い、千佳代と出会います。自分を慕う千佳代と友人となった悦子は、彼女に不思議な愛情を抱きます。
 かねてから憧れていた飯沼が、千佳代と入籍することになりながらも、千佳代に対する特別な愛情から、不思議と嫉妬の念はなく、二人の仲を祝福することになります。
 しかし、突然の病で千佳代が亡くなった直後から、悦子や彼女の雇い主であるバーの女主人多恵子の周辺に、千佳代の霊らしき存在がたびたび現れるようになります。
 千佳代は、夫への執着から、飯沼に思いを寄せる女性に憎悪を抱いているのだろうか? 千佳代の霊への恐怖心を抱きながらも、悦子は飯沼への恋愛感情を抑えられなくなっていました…。

 その純粋さで夫を熱愛していた妻が、死後、夫の周囲の女性たちの前に現れるようになる…というゴースト・ストーリーです。
 女性慣れした、いわゆるプレイボーイの男性飯沼が結婚相手に選んだのは、意外な女性でした。女優志望で美人ではありながら、演技の才能はなく、その一方でその純粋さに魅力を感じさせる千佳代に、飯沼は惹かれることになります。
 飯沼の結婚に対して、かって体を重ねたこともあり、彼に思いを寄せていた多恵子は嫉妬を感じていましたが、同じく飯沼に恋する悦子は、自分を慕う千佳代との関係もあり、結婚を祝福します。しかし千佳代の急死により、事態は急変を告げることになります。千佳代の霊らしき存在が、多恵子や悦子の目の前に現れ始めるのです。彼女の目的はいったい何なのか?

 熱愛していた夫の周囲の女性のもとへ現れ続ける霊の存在を描いていて、そこにはいわゆる「嫉妬」が介在しているのではないか?と読めるのですが、事態を複雑にしているのが、悦子と千佳代の関係性です。互いに人付き合いが上手いほうではなく、特に千佳代は、悦子を慕っており、ほぼ唯一の友人といってよいのです。悦子の方では、妙な優越感を感じつつではありますが、やはりある種の愛情を千佳代に対して感じています。
 それだけに、千佳代の霊が現れた後も、悦子としては彼女に恐怖を抱きつつも、憎悪の念を抱くことはない、というのも面白いところですね。

 数人の男女の恋愛関係が絡んでいるということで、その恋愛描写とそれに伴う心理サスペンス的な要素も強いです。序盤で主要な登場人物たちの関係性がじっくりと描かれているだけに、「亡霊」の出現にあたっての人物たちの反応が、説得力のあるものになっていますね。
 「亡霊」が現れる部分の描写は繊細ではありながら、怖さは強烈です。また彼女が原因と思われる「祟り」の部分は本当に容赦がなく、命に危険が及ぶレベルなのです。主人公、悦子が、自分に被害が及ぶのはいつなのか? と怯える部分は恐怖感がすごいですね。
 嫉妬に狂った亡霊に襲われるゴースト・ストーリー、といえるのですが、関係者たちの関係性が丁寧に描写されることにより、生前だけでなく、死後に至っても、その死者と生者との間のドラマが展開されるという、力強い作品になっています。また、霊の目的が本当に「嫉妬」や「復讐」だけなのか? というところで意外な要素もあるなど、一筋縄ではいかない部分もありますね。
 非常に完成度の高い恐怖小説といえます。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

驚異(脅威)の発明  アレクサンドル・ベリャーエフ《ワグナー教授》シリーズ

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アレクサンドル・ベリャーエフ『眠らぬ人 ワグナー教授の発明』(田中隆訳 未知谷)

 天才科学者ワグナー教授のとんでもない発明とそれによるトラブルが描かれていくという、コミカルなSF・幻想連作集です。
 研究の活動時間を増やすために眠らなくなったワグナー教授を描く「眠らぬ人」、ある組織に囚われた教授が、脱出のため物質を透過する体になるという「本棚からの訪問者」、教授の実験により地球の自転速度が変えられて重力が変化してしまうという「奈落の上で」、教授の活躍と噂される事件とその真贋を教授自身が付け加えるというエピソード集「作られた伝説と外伝」を収録しています。
 天才科学者ワグナー教授の発明によって、思いもかけない事態が起こるというSF・幻想小説集です。アイディアの突拍子のなさはもちろん、それによって人間や世界の様子が一変してしまうという、奇想SF的な味わいも強いですね。

 表題作「眠らぬ人」では、寝ている間に活動できなくなるのを惜しんだワグナー教授が、睡眠に抵抗する物質を発見し、夜の間も眠らずに活動するようになる、という物語。さらに疲労に抵抗する物質、また左右の脳、左右の眼球がそれぞれ別の作業ができるようにし、結果的には従来の何倍もの活動ができるようになるというのです。「睡眠」や「疲労」はある種の病気に過ぎない…とする考え方は面白いですね。
 ワグナー教授の研究に目を付けた秘密組織にさらわれてしまい、そこから発明を使って脱出する…という展開も楽しいです。

 「本棚からの訪問者」は「眠らぬ人」の直接的な続編。秘密組織から逃げ出したワグナー教授が再度囚われの身になり、そこから再び逃げ出すまでの顛末を描いた物語です。脱出のため、物質を透過させる体になったワグナー教授の活躍が描かれます。
 メインとなるこの「透過」モチーフも面白いのですが、興味深いのは、幽閉中のワグナー教授が発明するガラス球が描かれる部分です。ガラス球の中に小宇宙を想像し、その中の惑星には人類にも似た知的生命体が生まれてくるというのです。しかもその時間の速度は現実世界よりはるかに速いといいます。
 SFで言うところのいわゆる「小宇宙」テーマのエピソードです。本作は1926年発表、有名な同テーマ作品、エドモンド・ハミルトン「フェッセンデンの宇宙」が1937年発表なので、ハミルトン作品よりも速い発想ですね。

 「奈落の上で」では、ワグナー教授の実験により地球の自転のスピードが変えられ、重力が変化してしまいます。重力が弱まり、まともに歩けなくなるのを手始めに、大気もなくなってしまい呼吸もできなくなってしまいます。人類と地球が滅亡寸前になってしまうという、<破滅もの>作品となっています。
 脱力してしまう結末が待ってはいるのですが、それまでの展開はシリアスかつ迫力のあるもので、ちょっと「怖さ」も感じられる作品になっていますね。

 「作られた伝説と外伝」は、ワグナー教授の活躍とされる「伝説」が語られ、その真贋が教授自身によって裏書される…という体裁の小エピソード集。ワグナー教授のプロフィールが紹介される「眠らぬ人」、競走馬がおかしくなり、その真相をワグナー教授が推理するという「馬の話」、ワグナー教授によって巨大化されたノミが人々を襲う「ノミについて」、寒さを防ぐため人為的に人間の体熱を上げることにより起こるトラブルを描いた「熱人間」のエピソードが収録されています。
 全体に「ホラ話」的要素の強い楽しい作品になっています。中でも「ホラ話」度が高くて面白いのが「ノミについて」。パリで、ノミの一座に出会って興味を持ったワグナー教授は、ノミを大きくする実験にとりかかります。人間大にまでノミを大きくしたところ、ノミは逃げ出し、人間を襲っては血を吸うようになってしまいます…。
 巨大化したノミに襲われてしまうという、モンスター・パニック・ホラー的エピソードです。体の何倍もジャンプするというノミの特性が、人間大になっても維持されているため、捕まえようとしても瞬時に逃げられてしまうのです。一跳びで数百メートル移動してしまうというのだから、そのスケールには驚いてしまいます。
 ワグナー教授によって、人間も長距離をジャンプできる装置が開発され、それをつけた部隊が編成される、という展開も楽しいですね。

 ワグナー教授、研究一辺倒で、それ以外はどうなっても構わない、というスタンスの人なので、彼の発明によって時に膨大な被害が出ても全く気にしません。町中の人々が眠ってしまい事故が起こって死者が出たり、地球が滅亡しかかっている場合でも全然気にしなかったりと、まさにマッド・サイエンティスト、といった感じですね。
 底抜けに楽しいSF・幻想小説揃いで、読んでいて爽快な作品集となっています。



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アレクサンドル・ベリャーエフ『アフリカの事件簿 ワグナー教授の発明』(田中隆訳 未知谷)

 天才科学者ワグナー教授の発明をめぐる、スラップスティックなSF・幻想短篇を集めた作品集です。
 空を飛ぶ絨毯を発明したものの、それには思わぬ弱点があった…という「空飛ぶ絨毯」、半永久的に水車を回す謎の動力機械を描いた「悪魔の水車小屋」、豪雨による土石流により瀕死で帰還した助手の脳だけを蘇らせるという「アムバ アフリカの事件簿1」、人間並の知性を持つゾウの秘密が描かれる「ホイッチ―トイッチ アフリカの事件簿2」の四篇を収録しています。

 天才科学者ワグナー教授の恐るべき発明品と、それによって引き起こされるトラブルを描いた、ユーモアSF・幻想小説集です。
 ワグナー教授は非常に合理的な考え方の持ち主で、常識に囚われない科学者。その一方、道徳や倫理にはあまり注意を払っていないため、時にはとんでもない事態を引き起こしてしまいます。そうした社会のしがらみとぶつからない発明の場合だとしても、発明品に大きな穴があったりと、そちらはそちらでトラブルが起きてしまうのです。
 飛行機械を作ったものの、止め方を考えていなかったり、半永久的な動力源を作ったはいいが、それが普通の人間には認められないような要素が使われていたりと、天才ではありながら、マッド・サイエンティスト的な人物なのです。
 どれも楽しい作品が収められていますが、連作となっている「アムバ アフリカの事件簿1」「ホイッチ―トイッチ アフリカの事件簿2」が一番印象が強いでしょうか。

 「アムバ」では、死んでしまった科学者の助手の脳だけを取り出し、それを生かそうという物語。脳をいじくったり、動物の目玉をつないでみたりと、これぞまさにマッド・サイエンティスト、という感じの行動が描かれます。
 アフリカの現地人の風習として、動物を生きたまま肉を削り取って食べるという行為が描かれるのですが、ワグナー教授がそれに憐れみを持ってとどめをさしてやる、というシーンが第三者的な視点から描かれます。教授の人情深い一面が描かれている…と思わせておいて、その実、自分の研究のためでしかなかった…というのが分かるあたり、非常にブラックな味わいです。

 「悪魔の水車小屋」でも、水車小屋の動力源として謎の機械が作られるのですが、その正体に関する部分もブラック・ユーモアに満ちています。

 「ホイッチ―トイッチ」は、サーカスで飼われていた、人間並の知性を持つゾウ「ホイッチ―トイッチ」が逃げだし、そのゾウの秘密について語られていくという物語。 リリカルな動物ものか、と思いきや、知性のあるゾウは、これまたワグナー教授の実験によって作り出されたものだった、ということが判明します。連作になっている「アムバ」と続けて読むと、ゾウの秘密もうっすら分かるようになっているのですが、その真実もとんでもないですね。
 風変わりな発明品とそれによるトラブルが描かれるシリーズなのですが、時にはやり過ぎかとも思えるブラックな展開もありと、非常に楽しい作品集となっています。

 『眠らぬ人』の方が先に刊行されてはいますが、内容は特に時系列順にはなっていないので『アフリカの事件簿』と、どちらから読んでも大丈夫です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

ひとりだけのもの  長谷川まりる『かすみ川の人魚』
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 長谷川まりる『かすみ川の人魚』(講談社)は、人魚を見つけた少年二人の日常を描いた、幻想的な味わいの児童文学です。

 大賀は友だちの少ない少年でした。皆と打ち解けるのが苦手な大賀は、ある日授業の中休みに、先生に外で遊ぶように言われた際、そっと学校を抜け出し、近くにあるかすみ川を訪れます。そこで、顔は人で体は魚の人魚のような小さな生き物を見つけますが、その生き物はぐったりしていました。
 川が汚れていることが原因かとも思われましたが、人魚のことを唯一の友だち千秋に打ち明けることになります。千秋は、人気のない山の池に人魚を移すことを提案します。やがて人魚は元気を取り戻し、二人は「かすみ」と名付けた人魚の世話を、試行錯誤しながら続けることになりますが…。

 人魚の世話をすることになった少年二人の不思議な日常を描いた、幻想的な味わいの児童文学です。
 多少可愛らしい顔をしているとはいえ、登場する人魚の造形は結構不気味です。言葉は話せず、大賀たちの言葉も理解しているのかは怪しいのです。人魚に「かわいらしさ」を感じ、ペットのように扱う大賀に対し、千秋は人魚を不気味がりながらも、人魚の食生活や生態などを知りたがります。科学的なものに興味がある千秋は、それらをノートに記録したりと調査を重ねることになるのです。

 大賀は、人魚を自分だけのものにしておきたいという独占欲にかられていました。彼は一人でずっと本を読んでいることが多く、自分の知識が多いことや頭の良いことを鼻にかけていました。人魚の世話をするようになってからも、千秋を除いて誰も知らない秘密を持っていることが、自らの優越感につながっていたのです。それゆえ、人魚の生態を調べる過程で、千秋が自分の知らない科学的な知識を持っていることに嫉妬を抱いたりもします。
 後半、人魚と千秋、どちらかを優先しなければならない事態に陥ったとき、大賀は人魚を優先してしまいます。友情にひびを入れてしまったことに対して、大賀は深く内省することにもなるのです。

 人魚をめぐって、二人の少年の友情と成長が描かれていくという作品で、感性豊かなファンタジーといえるのですが、後半からは、人魚の秘密を知るらしいある人物も現れ、少々の伝奇小説風味も出てくるあたりも興味深いですね。
 幻想的な物語ではありますが、人付き合いの下手な少年の心理には非常にリアルな質感があります。全体に丁寧に描かれた秀作です。

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複雑な未来  久米康之『猫の尻尾も借りてきて』
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 久米康之の長篇『猫の尻尾も借りてきて』(ソノラマ文庫)は、「時間移動」の面白さと複雑さを突き詰めた、ユニークなタイムトラベル小説です。

 東林工学の中央研究所、天才科学者と言われる林宗男の助手を勤める村崎史郎は、同じく林の秘書を務める矢野祥子に思いを寄せていました。史郎への祥子の態度はどちらともつかぬもので、その一方、社長秘書の大野亜弓からは熱烈なアプローチをされていました。
 研究所で開発された人工知能「ニタカ」は、祥子には恋人がいるため、史郎は諦めるべきだと史郎に提案します。がっかりする史郎に追い打ちをかけるように、祥子が殺されたというニュースが入ります。その犯人は不明でした。
 林と話すうちに、彼がタイムマシンの設計を終えていることを知った史郎は、彼と協力し、タイムマシンを完成させます。タイムパラドックスのために祥子の命を救うことは不可能であり、せいぜい彼女を殺した犯人を知るだけにとどめるべきだという林の言葉に納得したふりをしながら、史郎は祥子の命を無理にでも助けることを決心していました…。

 思いを寄せる女性を助けるために、タイムマシンで過去に飛ぶ青年を描いたSF作品です。
 過去に戻った主人公史郎が、祥子の殺人現場にたどりつき、そこで信じられない光景を目撃したことから、単純かと思われていた殺人事件が一気に複雑化していくことになります。どうやら祥子の殺害にはタイムマシンが関わっているようなのです。史郎以外にもタイムマシンを持つ時間旅行者がいることが示唆され、さらに史郎自身も何度も過去に戻る行為を繰り返すことになります。
 複数の人物が繰り返し過去に戻ることによって、引き起こされる事態の結果や因果関係がどんどんと複雑化していく流れは、目が回ってしまうほど。史郎一人の動きに限っても理解が覚束ないほどで、何しろ「未来の史郎」が過去に先回りして行った結果を「現在の史郎」が見つける…などという展開が頻発するのです。
 中盤では、タイムマシン以外にも、ある未来の技術が導入されることになります。これによりさらに事態はとんでもない方向に行ってしまいます。

 タイムトラベル、タイムパラドックス(厳密にはパラドックスは起きていないようですが…)的な面白さを追求したSF作品です。
 最終的に何が起こっていたのかは、結末で説明されはするのですが、説明されても完全には理解できないほどの複雑さ。とくに時代を行き来するタイムマシンの「動き」には唖然としてしまいます。国産タイムトラベル小説の傑作の一つでしょう。


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謎の万能機械  アンドリュー・ノリス『秘密のマシン、アクイラ』 
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 アンドリュー・ノリスの長篇『秘密のマシン、アクイラ』(原田勝訳 あすなろ書房)は、不思議な飛行機械を見つけた少年二人の冒険を描く作品です。

 勉強嫌いで劣等生の少年ジェフとトムは、課外活動で訪れたピーク国立公園の石切り場跡で、たまたま隠されていた洞窟を見つけます。中には古代ローマ人らしい鎧をつけた骸骨がありましたが、そのそばになにか大きなものがあるのに気が付きます。それは表面がなめらかで、小さな船に似た、機械のようなものでした。
 様々な色のランプがついており、でたらめに押した結果、機械は飛び上がります。どうやらこれは飛行するための機械のようなのです。機械に書いてあった言葉から、その機械を「アクイラ」と名付けたジェフとトムは、それを使って様々な冒険に乗り出すことになりますが…。

 遺跡跡から、不思議な飛行機械アクイラを手に入れた少年二人が、それを使って冒険を繰り広げるというファンタジー作品です。
 古代ローマ人の死体と一緒に発見されたことから、古代ローマで使われていたらしいアクイラなのですが、それがどのような由来のものなのかは一切分かりません。
 アクイラは、現代のテクノロジーでは考えられないような機械で、高速で飛行するのはもちろん、その他にも様々な機能があるのです。多数のボタンが搭載されており、それぞれ別の機能があるようなのですが、最初は使い方が分からず、少年たちの試行錯誤が描かれていきます。
 上下左右の移動など飛行に使うボタンだけでなく、透明になるボタン、レーザーを出すボタンなど、思いもかけない機能が存在し、それらを探求していく過程が抜群に面白いです。思わず押したボタンがレーザー光線を出すもので、家を十件以上貫通し大火災を引き起こしてしまうなど、そのトラブル加減も強烈です。

 少年たちがアクイラを通して、知的好奇心に目覚めていく…という流れも面白いですね。徹底した勉強嫌いで、授業中でも隠れてやりすごしていたような二人が、アクイラのコントロールのため、様々な知識を知ろうとし始めるのです。
 透明になったアクイラが勝手に動き出してしまい、その距離を計算するために数学を勉強したり、ラテン語で示されるアクイラへの指示をするためにラテン語を勉強したり、燃料を調べるために物理を勉強したりと、徹底して実用的な観点から知識を知ろうとするのですが、先生たちには急に勉強好きになったように見えて、感心されてしまうのです。
 その一方、疑い深い教頭先生は、少年二人が悪だくみをしているものと思い込み、あら探しをし続ける…というのも楽しいですね。
 ジェフとトムが、アクイラに関して度々新しい勉強を始め(ているように見え)、そのたびに驚く教師と教頭先生が描かれるシーンはユーモアたっぷりです。

 アクイラを通して、少年二人が知的にだけでなく人格的にも成長を遂げ、そしてそれは彼らの親や隣人、教師たちにもいい影響を及ぼし、全てが幸福な方向に進む、という、徹底して明るいトーンの物語になっています。
 実のところ、少年たちが好き勝手をやっているだけなのですが、周囲の「誤解」がいい影響を生む…という過程が、皮肉を交えずに語られるあたりも後味が良いですね。

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呪われた物語たち  深志美由紀『怖い話を集めたら 連鎖怪談』
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 深志美由紀『怖い話を集めたら 連鎖怪談』(集英社文庫)は、仕事で、聞き取った怪異談を文章にまとめることになった作家の恐怖体験を描くホラー作品です。

 仕事が減り、困窮していた恋愛小説家の齋藤いつきは、以前に知り合いだった出水青葉から連絡を受けます。編集者だった出水は自らスマートフォン用ゲーム会社を起ち上げており、ノベルアプリのための怪異談をまとめる仕事を任せたいというのです。
 仕事を引き受けることになったいつきでしたが、彼女が体験者から聞き出した話は、それぞれ「呪い」に関わるものでした。仕事をすすめるうちに、いつき自身の身の回りにも変化が起き始めますが…。

 仕事に困っていた恋愛小説家のいつきが請け負ったのは、ノベルアプリのための怪異談を体験者から聞き取り、物語の形にまとめる仕事でした。しかしそれぞれの体験者の話には、それぞれ恐ろしい「呪い」が関わっていたのです。
 プロローグの後に、それぞれ違う体験者による怪異談が語られていきます。一族に伝わる呪いの面について語られる「第一章 御嫁様」、何か動物の鳴き声のようなものが聞こえるマンションをめぐる「第二章 黒い顔」、男女の不倫関係をめぐって異常な事件が起こる「第三章 揺れる」、幽霊屋敷を肝試しに訪れた少年たちの恐怖体験を語る「第四章 空き家の話」、ある人物の壮大な「呪い」の計画が綴られる「第五章 憑くもの」の五章から構成されています。

 各章のエピソードは男女関係のもつれや恨みがモチーフになったものが多く、エロティックな描写もままあります。特に第三章は、男女の不倫がメインとなるだけでなく、歪んだ性愛関係が描写されたりと、そうした方面でもハードなお話になっていますが、これは本業が官能小説家という著者の本領発揮といったところでしょうか。

 一番怖いエピソードは「第一章 御嫁様」です。豪農として知られた酒々井家には、家を加護すると言われる「御嫁様」という面が受け継がれていました。それは能面に似た若い女の顔をした面でした。面は代々継承の儀式が行われ、それが正常に行われないと不幸なことが起こるというのです。
 また酒々井家の男子は代々短命であり、頭や顔に怪我や病気をして亡くなることが多いと言います。そこにはある呪いが隠されていました…。
 奇怪な由来を持つ面に呪われた家系を描くエピソードです。先祖の罪が代々に祟る、というオーソドックスなテーマではありながら、面の得体の知れなさが強烈で、非常に怖いエピソードとなっています。面が作られたグロテスクな由来や、当代の当主が妻よりも面の美しさに惹かれているなど、フェティシズム的なモチーフが現れるところも興味深いですね。

 大枠となる、いつきの物語でも、個々のエピソード同様、何らかの「呪い」が動いていることが示唆されています。いつきには、学生時代からの親友で霊感のある荒銀凪や、これまた霊感のあるイラストレーターの知り合い守富美弥子がおり、彼らから忠告を受けることになるのですが、精神的にバランスを崩したいつきには、彼らの制止は届きません。このまま、いつきが「呪い」に巻き込まれてしまうのか…? という部分でのサスペンス味もあります。

 どのエピソードでも、それぞれ異なった形で「呪い」が関わってくるのですが、それらの描かれ方がユニークなのです。作中でも言及されますが、呪いはある種のシステムであり、正しい順序を踏んでいれば、動き出してしまうものだというのです。
 霊が見えようが見えまいが、巻き込まれてしまえば逃れられない…、というところで、人間の手を離れたシステマチックなものとして描写されています。
 個々のエピソードにせよ、大枠のいつきの物語にせよ、その根底には、どろどろした人間関係や情念が背景にあります。その一方、主題となる「呪い」の部分は「非人間的」で「機械的」なものとして描かれているという点で、ユニークな味付けのホラー小説と言えるでしょうか。


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都会の「村」  篠たまき『月の淀む処』
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 篠たまきの長篇『月の淀む処』(実業之日本社)は、生活を一新しようと、中古マンションに移り住んだ女性が奇怪な体験をすることになるというホラー・サスペンス作品です。

 フリーライターの紗季は、会社の倒産と恋人との別れを経て、築40年のマンション、パートリア淀ヶ月に引っ越してきます。そこはかって、児童虐待死事件があったことでも知られる場所でした。
 やがて紗季は、親切ではあるものの、どこかおかしなマンションの住人たちの態度に違和感を感じるようになっていきます。
 紗季は、隣家に住む記者、真帆子と友人になりますが、彼女はマンションや住人達に不審な点を感じ、独自に調査をしていました。調べるうちに、ある人物が殺されたのではないかという疑いが持ち上がり、紗季は真帆子に押される形で、マンションの住人たちや過去の事件について、共に調べ始めることになりますが…。

 異様な住人たちの住むマンションに移り住むことになった女性の恐怖を描くホラー・サスペンス作品です。
 マンション内での葬儀や祭り、不審な部屋割り、謎の骨壺の存在など、マンション内では異様な風習が存在していました。マンション内はまるで村のようであり、住人たちの距離の近さにも、紗季は違和感を感じるようになります。
 隣家の真帆子に押される形で、共にマンション内を調べていくことになりますが、まともな感覚を持っていると思っていた真帆子も、どこかおかしな性格を秘めていることが分かります。
 さらには、紗季自身にも犯罪すれすれの行為を行った過去があること、非常に危うい精神を抱えていることが判明することになるのです。
 特ダネを求めて秘密を暴こうとする真帆子に表面上は協力する一方、マンションの住人たちの優しさに触れた紗季は、真帆子の行動に疑問を抱くことにもなります。住人たちは本当に犯罪を行うカルト集団なのか…?
 経済的にも苦しい状態にあるため、なるべく事を荒立てたくない…と感じていたこととも相まって、自分がどうすべきか悩むことにもなるのです。

 異様な思想を信奉する共同体と、そこに取り込まれていく女性の恐怖を語った作品といえますが、共同体側が完全な「悪」とはいいきれないこと、主人公にも後ろ暗い過去があり、罪を犯した形跡があること、などから、一方的な迫害や支配の物語にはなっていないところが面白いですね。「善悪」も視点によって異なってくるあたり、深みのあるお話になっています。
 マンション自体が「村」を思わせる共同体になっているという発想も興味深いです。田舎の土俗的な風習を描いたホラーはよくありますが、本作では、いわば都会のど真ん中にそれらの「田舎」を持ってきてしまった形なわけで、これは発想の妙でしょうか。


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秘められた欲望  篠たまき『氷室の華』
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 篠たまき『氷室の華』(朝日文庫)は、氷室守りだった祖父に影響を受けた男が、ある欲望を抱え犯罪を起こしていくことになるという、異常心理サスペンス作品です。

 両親の不仲から、白姫澤村に住む祖父に預けられることになった小学生のユウジは、彼の家系が代々の氷室守りだったことを知ります。氷を貯える洞窟を祖父に見せられたユウジは、そこで美しくも恐ろしいものを発見します。それ以来、よこしまな欲望を抱くようになったユウジの人生は歪んでいきます。
 一方、白姫澤村の血を引く女性、葵は、龍一と名乗る魅力的な男性とつきあい始めていました。しかし龍一の行動には不審な点があり、葵は彼の秘密を探っていくことになります。また、葵の従姉妹である静花は、恋人のカメラマン岳志と同棲していましたが、ある仕事を境に精神のバランスを崩し引きこもるようになった岳志に嫌悪感を感じていました…。

 氷室守りをしていた祖父への愛情と、女性の「ひらこ」(指の間の水かき)への執着から、少年が歪んだ欲望を持つことになり、それに巻き込まれた女性たちが描かれていくという、異常心理サスペンス小説です。
 白姫澤の血を引く人間には、「ひらこ」と呼ばれる指の間の水かきが存在していました。「ひらこ」と氷室に憑かれたユウジは、子どものころから嗜虐的な傾向を示し、大人になってからは、その行為がエスカレートしていくことになります。
 また、白姫澤の血を引くらしい女性、葵と静花の動向が描かれ、彼女たちがユウジの犠牲になってしまうのか…というところでサスペンスが高まっていきますが、葵はともかく、静花はユウジと近い感性の持ち主であり、二人が出会ったときにどうなってしまうのか? と言う部分でも興味が湧いてきますね。
 ユウジを狂わせてしまう「氷室の華」に関しては、フェティシズムやエログロ要素も強いのですが、それが耽美的・幻想的な雰囲気で語られていくため、気色悪さよりも美しさが勝った形になっています。
 舞台となる白姫澤には、かって猟奇的な事件が起こっていたことや、歪んだ因習があったことも判明します。そうした因習に満ちた村において、美的な感覚を持っていたユウジの祖父と、それを受け継いだユウジの、グロテスクではありながら、ある種の美しさを伴った行為が描かれる部分には、耽美的な魅力がありますね。

 歪んだ形ではありながら、美的・芸術的な感性を持って犯罪を犯していく男が描かれる、怪奇ロマン作品といえるでしょうか。倒錯した愛情や猟奇的な行為が描かれるあたり、江戸川乱歩や横溝正史のある種の作品を思い起こさせる味わいもあります。


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狂気のドライブ  三浦晴海『走る凶気が私を殺りにくる』
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 三浦晴海の長篇『走る凶気が私を殺りにくる』(メディアワークス文庫)は、正体不明の車から追われ続ける女性ドライバーの恐怖を描いたホラー作品です。

 介護タクシー会社に勤務する芹沢千晶は、老人ホームから、認知症の老人龍崎を、墓参りのために墓地まで送り届ける仕事を請け負います。運転中に背後からやってきた黒い巨大な車は、千晶の車を煽り、追いかけ続けていました。
 殺意を感じさせるような動きをする車に対し、千晶は、車を運転しているのは、彼女に恨みを抱く男なのではないかと考えていました…。

 殺意を持って追ってくる車から逃げ続ける女性ドライバーの恐怖を描くホラー作品です。正体不明の車に追いかけられる話…というと、リチャード・マシスンの名作『激突!』(スピルバーグによる映画化作品の方がより有名でしょうか)を思い浮かべるのですが、『激突!』同様、いわれもなく襲われる恐怖感・不条理感があるお話となっています。
 ただ、こちらの作品では、「敵」の正体の推測が語られ、それと共にヒロイン千晶の過去が明かされていく…という、別の面での面白さもあります。

 逃げ続ける過程で、千晶の過去が明かされていき、その過程で彼女に恨み(逆恨み)を抱いたであろう人物たちが回想されていきます。複数いるそれらの人物の誰が彼女を追ってくるのか? というところで、サスペンスの豊かな物語となっています。
 さらに、同情している認知症の老人龍崎の存在も物語にユニークな彩りを添えています。普段は紳士的ながら、時折認知症の影響からか豹変したりと、不穏な人物。ただ、追跡の過程でアドバイスをしたりと、千晶の役に立つ場面もあるなど、一筋縄ではいかない人物となっています。

 ほぼ最後まで、走り続ける車の中でストーリーが展開されるというのも面白いです。もっぱら電話で情報を得ることになるのですが、その連絡のたびに事態が急展開することにもなり、終始躍動感のある物語になっています。
 暴走車から逃れられるのか? というのが一番の目的なのですが、ある種の「ワンシチュエーション」ということで想像されるような単線的なお話ではなく、物語が進むに従って、また別の脅威も現れることにもなります。
 主人公千晶の過去の苦難も語られていく部分では、ヒューマン・ストーリーとしての面白さもありますね。快作ホラーと言える作品です。


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まぼろしの人生  新名智『あさとほ』
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 新名智の長篇『あさとほ』(KADOKAWA)は、妹の失踪事件をきっかけに、不思議な出来事に巻き込まれることになる女性を描いた幻想的な作品です。

 幼い頃、目の前で双子の妹、青葉の失踪を目撃した夏日は、両親や周囲の人間から、自分には妹などいなかったということを聞かされ愕然とします。青葉の記憶があるのは、幼馴染で共に青葉の失踪に立ち会った少年、明人だけでした。
 かって、衝突事故で青葉の顔に傷をつけてしまったことから、彼女に対して責任感を感じていた明人は、青葉を見つけることを誓います。
 大学生となった夏日は、担当教授の藤枝が突然の失踪を遂げたことを知り驚きます。過去には、同じ文学部で、講師の清原なる人物も失踪しているというのです。清原が研究していたのは、散逸物語の研究だったといいます。
 友人の亜津沙が学校に出てこなくなったことを心配した夏日ともう一人の友人澪は、亜津沙の部屋を訪ねますが、部屋にはつけっぱなしのノートパソコンがありました。
 その画面には、かって散逸したと思われたものの、数百年ぶりに発見されたという平安時代の物語「あさとほ」についての文章が記されていました…。

 目の前で妹の失踪を目撃した過去を持つ女子大生、夏日が、不思議な物語「あさとほ」に関わり合っていくうちに、妹の失踪事件についての真実にも近づいていく…という幻想的な作品です。
 夏日と明人以外には誰の記憶にも残っていない妹青葉は本当に存在したのか? 何人もの人間の失踪に関わっている「あさとほ」なる物語はいったい何なのか? 全く何も分からないなかで、事態だけが進んでいくという序盤の不気味さ・不穏さは強烈です。
 「あさとほ」に事件の鍵があるらしいことを気づいた夏日と、再会することになった明人は、共に調査を進めていくことになりますが、物語を追っていくうちに、互いの信じている過去が食い違っていくことにもなります。
 過去ばかりか、現在の世界そのものが本当に自分の信じていた世界なのか、分からなくなってくるのです。そうした現実崩壊感覚が現れてくるあたり、まるでフィリップ・K・ディックかジョナサン・キャロル作品を思わせますね。

 物語のメインモチーフとなっている、散逸物語「あさとほ」にも魅力がありますね。恋愛を扱った典型的な平安文学としながらも、その物語を通して人が失踪していることなどから、いわゆる「呪われた本」的な登場をする形になるのですが、単純な「呪いのアイテム」とは、一味違った扱い方がされています。

 全体を通して「物語」がテーマともなっており、それはフィクションとしてのそれだけでなく、主要な登場人物たちの「人生」そのものをも指しているのです。主人公夏日の選択した「物語」とは何だったのか? それが示されるラストにはある種の感慨があります。
 自らが自らの人生をコントロールしている…。そんな自意識を壊されてしまうような、アイデンティティーに絡むホラー作品でもあり、読んでいる読者にも一抹の不安を与えてくるという意味で、非常に恐怖度も高い作品となっていますね。


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受け継がれる愛  ロディ・ドイル『さよならのドライブ』
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 アイルランドの作家ロディ・ドイルの長篇『さよならのドライブ』(こだまともこ訳、こがしわかおり絵 フレーベル館 )は、若くして亡くなった曾祖母の幽霊と出会った三世代の女性たちが、家族との絆を再確認するという、静かなゴースト・ストーリーです。

 祖母エマーが体調を崩し入院していることに加え、親友だったエイヴァが引っ越してしまい、やるせない思いを抱えていた12歳の少女メアリーは、家の近くのトチノキが立ち並ぶ坂道で女の人と出会います。彼女はタンジー、本名はアナステイジアと名乗りますが、その服装や言い回しは妙に古風でした。タンジーは、入院しているエマーにだいじょうぶだと伝えてほしいと、メアリーに頼みます。
 母親のスカーレットにそのことを話したところ、メアリーの曾祖母、祖母エマーの母親の名前はタンジーだといいます。タンジーは、エマーが幼い頃に亡くなってしまったというのです。
 スカーレットと共にメアリーは、タンジーに会いますが、彼女はやはりエマーの母親タンジーの幽霊だと言います。娘エマーのことが気がかりで現世に残っているというタンジーは、エマーに会わせて欲しいと頼みますが…。

 かって祖母エマーが幼い頃に亡くなってしまった曾祖母タンジーの幽霊が、娘エマーが死を迎えるにあたって現れるというゴースト・ストーリーです。
 メアリーの祖母エマーは体調を崩して入院していましたが、その死は遠からず来ることが分かっていました。そんな折、メアリーはエマーの母親であり若くして亡くなったタンジーの幽霊と出会うことになります。
 タンジーはエマーに会わなければならないと言い、メアリーとその母スカーレットは、彼女をエマーのもとへ連れていくことになります。

 メインの物語は、現在のメアリーの視点に置かれていますが、合間にタンジー、エマー、スカーレットの人生の物語が挟まれることになります。彼女たちが家族や母親に対してどんな思いを抱いていたのか、そして彼ら自身が親になった際、子どもたちにどんな影響を与えたのか、が描かれていきます。
 愛する夫と子どもを置いて死なねばならなかったタンジー、母を亡くし淋しい思いをしながらも、父と祖母の愛情を受けて育ったエマー、高齢出産であった母に複雑な思いを抱いていたスカーレット…。娘として愛情を受けた当人が、また自分の娘に愛情を注いでいく…という、愛情の連鎖が描かれます。
 それは幼くして母を失ったエマーも例外ではなく、わずかな母との思い出が、彼女の人生に重要な重みを与えていくことになるのです。

 メアリーを含め、四代にわたる女性たちの人生が描かれていき、後半では幽霊であるタンジーを含め、四世代の女性たちが一堂に会することになります。
 そこで語られるのは、死んでも愛情は消えずに引き継がれていくということ。死を前にしたエマーも母親と再会し、それを受け入れることになります。深夜に行われる娘と母親たちの「さよならのドライブ」のシーンは非常に美しく、感動がありますね。
 幽霊が登場しながらも、そこに描かれるのは、死んでしまったことや実現できなかったことに対する諦観や後悔ではありません。賛成題の女性たちが過ごしてきた人生の輝きと家族に対する愛情、メアリーがこれから過ごすであろう人生への希望が描かれていきます。まだ見ぬ子孫を含めて、家族と愛情は受け継がれていく、というポジティブな視線が貫かれており、非常に味わい深い作品となっています。
 また、タンジーとスカーレット、エマーとメアリー、それぞれの祖母と孫の容姿が似ている、というのも、一族のつながりを感じさせて良いですね。

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死後の恋  ティオフィル・ゴーチェ『スピリット』
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 E・T・A・ホフマンの影響を強く受け、幻想小説を多く書いたフランスの作家ティオフィル・ゴーチェ(1811-1872)の長篇『スピリット』(田辺貞之助訳 沖積舎)は、死後に精霊となった少女と生者の青年との恋愛を描く、神秘的な恋愛幻想小説です。

 家柄も良く資産もある美青年ギ・ド・マリヴェールは、若く美しい未亡人ダンベルクール夫人の家に足?く出入りしていることから、二人の結婚は間近いと周囲からは思われていました。夫人がマリヴェールを熱愛する一方、マリヴェールの方は夫人のみならず、本当に愛せる女性を未だ見つけられず、結婚の意志は全くありませんでした。
 マリヴェールは、スウェーデンの外交官であり、スウェーデンボルグの信奉者である神秘主義者フェロー男爵と知り合い、彼から薫陶を受けることになります。
 ある日、マリヴェールは、自宅の鏡の中に美しい娘の顔を目撃し、一目ぼれしてしまいます。さらに外でも彼女の姿を目撃しますが、常識では考えられない形で彼女は姿を消してしまいます。娘がマリヴェールを愛しているスピリット(精霊)ではないかと考えたマリヴェールは、自動書記を行うことにします。紙に書かれ始めたのは、生前マリヴェールを慕いながらも、彼に認められず命を落とした娘の生涯でした…。

 独身者の美青年マリヴェールが、彼の周囲に現れたスピリット(精霊)の少女に恋をすることになる…という恋愛幻想小説です。少女はどうやら生前マリヴェールに恋していたものの、彼と結局知り合うことができず、命を落としたようなのです。死後訪れたその少女の姿に魅了されたマリヴェールは、彼女と結ばれたいと願います。
 基本は恋愛小説といっていいでしょうか。死後の存在との恋愛が主題であるだけに、そこにはいろいろな障害が待ち構えています。まず相手の少女が死後の世界にいるために、現世では彼女の姿が茫洋としており、触ることもできないのです。
 死ねば少女のいる世界に行けると考えたマリヴェールは自殺を考えますが、自殺をしてしまうと同じ世界には来ることができないと少女に止められてしまいます。飽くまで「正常な死」を迎えなければなりません。また、現世ではダンベルクール夫人から結婚を迫られており、それを断り続けるのも一苦労なのです。
 恋するスピリットと一緒になるためには死後の世界に行かなくてはならないのですが、そこにすんなりとは行けず、しばらくは生の世界で暮らさなければならないのです。マリヴェールは「どう生きるのか?」という問題を抱えることにもなります。

 生者と死者の恋愛がテーマとなった作品ですが、ヒロインであるスピリットに人間味が強いこともあり、そこには肉体的な要素が大きく出ていますね。半ば天使のようになっているだけに肉体的な恋にこだわらないスピリットに対し、マリヴェールの方は彼女に触れたいという要望も持っているのです。
 死によって隔てられた恋人たちが、恋愛を成就できるのか? という不思議なテーマの幻想小説です。そこに、神秘的な恋愛ならではの様々な葛藤が登場し、それを乗り越えていく過程が読みどころでしょうか。

 本作『スピリット』はゴーチェ最後の幻想小説と言われているそうです。ゴーチェは、若い頃から多くの短篇で、死者やこの世ならざる者との恋愛をテーマにした作品を書いていますが、本作はまさにそうしたテーマの集大成、という感じの作品となっていますね。スピリットの描かれ方も可憐で、その女性像にも非常に魅力があります。

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同人誌『海外ファンタジー小説ブックガイド2』刊行のお知らせ
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 2022年4月ごろに刊行した、海外のファンタジー小説のレビューをまとめた同人誌『海外ファンタジー小説ブックガイド1』、その続刊である『海外ファンタジー小説ブックガイド2』を刊行いたします。
 前巻同様、大まかにテーマを分けて作品を分類しています。狭義のファンタジー小説だけでなく、SFやホラー、文学といった隣接ジャンルとの境界作品なども併せて紹介しています。
 本巻では、「闇のメルヘン」として、怪奇・ホラー味の濃い作品、「ジョーン・エイキンのおかしな世界」では、ファンタジーの大家ジョーン・エイキンの作品をまとめて紹介しています。
 本の完成は、9月上旬から中旬を予定しています。

通信販売は、以下のお店で扱っていただく予定です。

書肆盛林堂さん
CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)さん
享楽堂さん

※CAVA BOOKS(サヴァ・ブックス)さんに関しては、刊行前に事前に予約を受け付けています。
※書肆盛林堂さん、享楽堂さんに関しては、印刷完了後の販売となります。

仕様は以下の通りです。

『海外ファンタジー小説ブックガイド2』
サイズ:A5
製本仕様:無線綴じ
本文ページ数:252ページ(表紙除く)
表紙印刷:カラー
本文印刷:モノクロ
表紙用紙:アートポスト200K
本文用紙:書籍72.5K(クリーム)
表紙PP加工あり


内容は以下の通り。

まえがき

変身の物語
ハンス・ファラダ『田園幻想譚』
ロバート・ストールマン『孤児』
ロバート・ストールマン『虜囚』
ロバート・ストールマン『野獣』
ピーター・ディッキンソン『エヴァが目ざめるとき』
シオドア・スタージョン『人間以上』
シオドア・スタージョン『夢みる宝石』
ウォルター・テヴィス『地球に落ちて来た男』
ロバート・ウェストール『弟の戦争』
フィリップ・プルマン『ぼく、ネズミだったの!』
フランシス・ハーディング『ガラスの顔』

人生の不思議
マルセル・エイメ『壁抜け男』
イタロ・カルヴィーノ『マルコヴァルドさんの四季』
ヨアヒム・リンゲルナッツ『動物園の麒麟』
ティルデ・ミヒェルス『レムラインさんの超能力』
ロバート・ネイサン『川をくだる旅』
エドワード・ケアリー『アルヴァとイルヴァ』
ロイス・ダンカン『とざされた時間のかなた』
イサベル・アジェンデ『精霊たちの家』
ラインハルト・ユング『おはなしは気球にのって』
エドワード・ケアリー『飢渇の人』
マット・ヘイグ『ミッドナイト・ライブラリー』
エミリー・ロッダ『彼の名はウォルター』

自然と動物たち
W・デ・ラ・メア『魔女の箒』
オラシオ・キローガ『南米ジャングル童話集』
ジョン・コリア『モンキー・ワイフ』
アリソン・アトリー『氷の花たば』
アリソン・アトリー『西風のくれた鍵』
マリー・ルイーゼ・カシュニッツ『精霊たちの庭』
D・ブッツァーティ『シチリアを征服したクマ王国の物語』
ユリヨ・コッコ『羽根をなくした妖精』
ポール・ギャリコ『トマシーナ』
ポール・ギャリコ『トンデモネズミ大活躍』
ロイド・アリグザンダー『人間になりたがった猫』
ロバート・ネイサン『タピオラの冒険』
フィリパ・ピアス『まぼろしの小さい犬』
アンドレ・アレクシス『十五匹の犬』

異界の物語
ウイリアム・モリス『世界のかなたの森』
ウイリアム・モリス『サンダリング・フラッド』
ウイリアム・モリス『輝く平原の物語』
ピエール・ルイス『ポーゾール王の冒険』
アレクサンドル・グリーン『波の上を駆ける女』
アレクサンドル・グリーン『黄金の鎖』
アレクサンドル・グリーン『深紅の帆』
レイ・ブラッドベリ『火星年代記』
ジェーン・ギャスケル『奇妙な悪魔』
アンリ・ボスコ『ズボンをはいたロバ』
マリア・グリーペ『忘れ川をこえた子どもたち』
タデウシュ・コンヴィッキ『ぼくはだれだ』
テリー・ビッスン『世界の果てまで何マイル』
J・ティプトリー・Jr『すべてのまぼろしはキンタナ・ローの海に消えた』
ショーニン・マグワイア『不思議の国の少女たち』
ショーニン・マグワイア『トランクの中に行った双子』
ショーニン・マグワイア『砂糖の空から落ちてきた少女』
スザンナ・クラーク『ピラネージ』

神話を超えて
I・ブルリッチ=マジュラニッチ『昔々の昔から』
オーブリ・ビアズレー『美神の館』
ケネス・ウォーカー『箱船の航海日誌』
ペネローピ・ファーマー『イヴの物語』
ロジャー・ゼラズニイ『光の王』
タニス・リー『タマスターラー』
アラン・ガーナー『ふくろう模様の皿』
ピーター・S・ビーグル『風のガリアード』
アンドルス・キヴィラフク『蛇の言葉を話した男』

幻獣の物語
ピーター・S・ビーグル『完全版 最後のユニコーン』
ピーター・S・ビーグル『ユニコーン・ソナタ』
R・A・マカヴォイ『黒龍とお茶を』
タニス・リー『ゴルゴン 幻獣夜話』
ジョー・ウォルトン『アゴールニンズ』
メガン・シェパード『ブライアーヒルの秘密の馬』

啓示と奇跡
セルマ・ラーゲルレーフ『幻の馬車』
A・ブラックウッド『ポール伯父の参入』
バラージュ・ベーラ『ほんとうの空色』
カレル・チャペック『絶対子工場』
ディーノ・ブッツァーティ『モレル谷の奇蹟』
ロナルド・ファーバンク『オデット』
ポール・ギャリコ『スノーグース』
ポール・ギャリコ『雪のひとひら』
デイヴィッド・グレゴリー『ミステリー・ディナー』
ヨアブ・ブルーム『偶然仕掛け人』
A・カウフマン『奇妙という名の五人兄妹』
パヴェル・ブリッチ『夜な夜な天使は舞い降りる』
A・F・ハロルド『ぼくが消えないうちに』

都会の幻想
ジャック・フィニイ『夢の10セント銀貨』
ジャック・フィニイ『夜の冒険者たち』
ロバート・ネイサン『夢の国をゆく帆船』
ジェフリー・フォード『シャルビューク夫人の肖像』
A・カウフマン『銀行強盗にあって妻が縮んでしまった事件』

闇のメルヘン
タニス・リー『冬物語』
タニス・リー『悪魔の薔薇』
タニス・リー『血のごとく赤く 幻想童話集』
メレディス・アン・ピアス『ダークエンジェル』
エマ・テナント『まぼろしの少年リック』
フィリパ・ピアス『幽霊を見た10の話』
フィリパ・ピアス『こわがってるのはだれ?』
クリス・プリーストリー『モンタギューおじさんの怖い話』
クリス・プリーストリー『船乗りサッカレーの怖い話』
クリス・プリーストリー『トンネルに消えた女の怖い話』
クリス・プリーストリー『ホートン・ミア館の怖い話』
スーザン・プライス『24の怖い話』
ナタリー・バビット『悪魔の物語』
ナタリー・バビット『もう一つの悪魔の物語』
ロバート・ウェストール『ゴーストアビー』

ジョーン・エイキンのおかしな世界
ジョーン・エイキン『月のケーキ』
ジョーン・エイキン『月のしかえし』
ジョーン・エイキン『夜八時を過ぎたら…』
ジョーン・エイキン『ぬすまれた夢』
ジョーン・エイキン『魔法のアイロン』
ジョーン・エイキン『しずくの首飾り』
ジョーン・エイキン『ふしぎな八つのおとぎばなし』
ジョーン・エイキン『心の宝箱にしまう15のファンタジー』
ジョーン・エイキン『おとなりさんは魔女』
ジョーン・エイキン『ねむれなければ木にのぼれ』
ジョーン・エイキン『ゾウになった赤ちゃん』
ジョーン・エイケン『台所の戦士たち』
ジョーン・エイケン『海の王国』

アンソロジーの愉しみ
神宮輝夫編『銀色の時 イギリスファンタジー童話傑作選』
神宮輝夫編『夏至の魔法 イギリスファンタジー童話傑作選』
『ミステリアス・クリスマス』
『ミステリアス・クリスマス2』
西周成編訳『ロシアのおとぎ話』
海と陸の恋  アレクサンドル・ベリャーエフ『両棲人間』
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 アレクサンドル・ベリャーエフの長篇『両棲人間』(細江ひろみ訳 このごろ堂書房)は、海でも陸でも生きられる「両棲人間」をめぐる、SF幻想冒険小説です。

 真珠を扱う商人のズリタは、海を荒らしているという「海の悪魔」を目撃します。「海の悪魔」が意思の疎通が可能な生物であることを知ったズリタは、彼を捕らえて、自らの商売に利用しようと考えていました。ズリタは、腹心の部下であるインディオのバルタザールと共に、ある作戦を考えます。
 一方、科学者サルバトール博士は、貧しいインディオたちの病気やけがを治してやることで、彼らから敬われていました。博士に孫娘の命を救ってもらったことで恩義を感じた老インディオ、クリストは、博士に仕えることを決心します。
 クリストが博士の住まいで見たのは、見たこともない不思議な動物たちでした…。

 陸でも海でも生きられる「両棲人間」をめぐる作品です。「海の悪魔」の存在を知った悪徳商人のズリタが、その生き物を捕らえて利用しようと考えます。「海の悪魔」が「両棲人間」の青年であることは序盤で判明するのですが、彼がズリタの魔の手から逃れられるのか?というのがメインのストーリー。
 そこに青年の数奇な生まれによる家族関係や、青年が恋した娘を挟んだ恋愛関係などが絡んで、複雑な物語となっていきます。とくに恋愛部分に関しては、ヒロインをめぐって、青年とズリタ、そしてヒロインを援助していた男性の存在も明らかになり、四角関係的な状態となり、こちらの展開も興味深いですね。

 詳細はなかなか明かされないのではありますが、天才科学者サルバトール博士が登場し、彼が生物をいろいろ改造していることが明らかになった時点で、「両棲人間」の正体もほぼ予想がつく形にはなっています。
 「両棲人間」の身体的な特性が描写されるシーンは非常に面白いですね。水の中に適応したがゆえに、長時間の陸上生活には困難を感じるようになったり、その一方恋人と過ごすためには陸にいなければいけないなど、「陸」と「海」どちらに生きるべきなのか? という選択も描かれていくことになります。
 また後半では、「両棲人間」を含め、人間や動物の「改造」が許されるのか? といった倫理的・宗教的なモチーフも登場し、ちょっとした哲学風味もありますね。
 娯楽作品としても面白い作品ですが、科学的・哲学的な思索も登場するなど、知的な刺激もある作品となっています。

 こちらの『両棲人間』、Amazonのペーパーバックで購入できます。翻訳も読みやすいのでお勧めです。
 https://www.amazon.co.jp/dp/B09LGN94LF

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

おせっかいたち  松尾由美『おせっかい』
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 松尾由美の長篇『おせっかい』(新潮文庫)は、「おせっかい」の中年男性が、女流作家の連載ミステリ小説の中に入り込んでしまう…というファンタスティックなミステリ作品です。

 四十六歳のサラリーマン古内繁は、愛妻に先立たれ、会社では出世コースから外れるなど孤独な生活を送っていました。しかし、不当な出来事を見て見ぬ振りができないという性格で、部下からは慕われていました。
 勤務中の事故で入院することになった繁は、部下の柳靖広と日比野茜の見舞いを受けます。彼らは会社の対応に憤って退職したというのです。二人が見舞いとして持ってきた雑誌「推理世界」を手に取った繁は、その雑誌に載っていた橘香織によるミステリー小説「おせっかい」の連載一回目をふと読み、それに夢中になります。「おせっかい」は女性ばかりを狙い、親切をしてあげた直後に、その相手を殺害する連続殺人犯を扱った作品でした。
 小説を読んだ繁は、「おせっかい」の主人公である女刑事、郡上光の扱いが不当なのではないかという不満を覚えます。小説のことを考えているうちに、繁はたびたび小説「おせっかい」の中に入り込んでしまうことになります。
 一方、小説を執筆中の作家橘香織は、自分の見知らぬ人物が何時の間にか小説に入り込んでいることに気付き驚いていました…。

 作家、橘香織の書いている連載小説「おせっかい」の中に、中年サラリーマン古内繁が入り込んでしまい、現実と虚構が混濁していく…というファンタスティックな小説なのですが、そこにそれぞれの登場人物の過去とトラウマが絡んで、さらに複雑な様相を呈していく、という作品です。
 主人公(?)古内繁は、不当なことが許せない人物で、ふと読んだ小説「おせっかい」の主人公である郡上光の扱いが不当なのではないかと考えます。繁の元部下であり彼を慕う二人、柳靖広、日比野茜は、小説内に入り込んだという繁の話を信用し、彼に協力するため、作家自身や編集者に接近することになります。
 メインテーマとなる小説「おせっかい」が連載中であるというところがポイントで、繁や柳たちの行動で、「おせっかい」の展開も変わっていくことになる、というのが面白いですね。現実世界での柳たちの物理的な行動はもちろん、それらによって心理的に圧迫をかけられた作家側の橘香織の執筆方向も変わってくるのです。
 更に香織が、かっての夫に対して恨みに近い感情を持っており、小説にちょっかいをかけてくるのが元夫の指金ではないかと思い込んでしまい、それが騒動に拍車を駆けることになります。

 小説「おせっかい」に登場する殺人犯がおせっかいであるのと同様、古内繁や柳靖広を始め、多くの登場人物が「おせっかい」な行動をした結果、事件が思いもかけない方向に転がっていきます。登場人物たちの行動は本当に読めなくて、どういう方向に行くのか全く予想がつかない面白さがありますね。
 繁が小説内に入り込んでしまう際の描写も興味深いです。主人公やその周囲の人物とその他大勢のキャラの存在感の違いを目の前で目撃することになります。また、作家側の香織からすると、繁が小説内に入り込んだ異物のように感じられたりするのです。香織が繁の顔を想像の中で覗き込むシーンは、とても生彩がありますね。
 香織の中で、小説内の殺人犯=以前の夫=繁 の図式が出来上がっていき、それらの存在が一体化してゆく、というのもメタフィクショナルで面白いところです。

 作家が小説を書く話であるとか、現実と虚構が入り混じっていく…という話は他にもありますが、本作ほど「変な話」は読んだことがありません。傑作かというと微妙なのですが、一読に値する作品ではないかと思います。


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プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
ブックガイド系同人誌もいろいろ作成しています。



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