氷の花たば (岩波少年文庫 (2133)) 新書 – 1996/10/15 アリソン・アトリー『氷の花たば』(石井桃子、中川李枝子訳 岩波少年文庫) 民話を思わせる素朴なお話が多いのですが、どの作品でも背景となる自然が美しく描かれています。
「メリー・ゴー・ラウンド」 毎年開かれる緑地でのフェアを楽しみにしている双子の少年ジョンとマイケル、今年もやってきたキャラバンのリーおばあさんにプレゼントをした二人は、お礼にとローマ時代に作られたらしい美しい呼び子をもらいます。 夜にそれを吹くと、木で作られた木馬たちが生き物のように動き出します…。 魔法の呼び子によって木馬たちが動き出すというファンタジー。夜を舞台に美しい光景が描き出されています。
「七面鳥とガチョウ」 オスの七面鳥に誘われて、メスのガチョウは向かいの丘を越えたところにあるお城でクリスマスを過ごすために出かけることにします。やがて途中で出会ったコブタやキジ、はてはプラム・プディングたちを仲間に加え、辿りついた城は、泥棒たちのかくれ家になっていました…。 パーティを組んだ動物たちが泥棒を撃退するという物語。動物だけでなく、プディングが登場人物として登場するのがユニークですね。
「木こりの娘」 森に住む木こりの夫婦の間に生まれた美しい娘チェリー・ブロッサムは、編み物や仕立物で生計を立てていました。ある日、暖炉の炎の中から金色のクマが現れ、彼女にイラクサの上着を縫ってくれるように頼んできますが…。 編み物の名手の娘が植物をもとに上着やドレスを編むことによって呪いを解き、幸せになるというフェアリー・テール。炎の中から現れる金色のクマのイメージはユニークですね。主人公チェリーの祖母も金色のクマから編み物を依頼された経験が語られることから、呪いが遠い昔からあったことが匂わされるなど、ちょっと不穏な雰囲気もあったりします。 イラクサの上着、サクラの花びらのドレスなど、作中で現れる着物のイメージも美しいです。
「妖精の船」 船乗りの息子トムは、クリスマスにはサンタクロースが船と共にやってくると想像していました。やがて船に乗りプレゼントを持ってやってきたのは、思いもかけないものたちでした…。 妖精が少年のもとにやってくるというお話なのですが、その姿形はユニーク。ユーモラスなクリスマス・ストーリーです。
「氷の花たば」 吹雪の中で道に迷い、凍死しかかっていたトム・ワトソンは、真っ白なマントをはおった不思議な男と出会い、彼の案内で九死に一生を得ます。お礼をしたいというトムに対し、男は、彼の家の炉辺の上のバスケットの中にあるものをもらいたいと言い残します。 帰宅したトムは、赤ん坊の娘ローズがバスケットの中に寝かされているのを見て驚きますが、男との約束を夢だったと思い込もうとします。ローズは美しく成長しますが、色白できゃしゃな外見にも関わらず、冬にはなぜか元気を取り戻し活動的になっていました…。 冬の精霊らしき存在に助けられた男が、そのお礼として自分の娘を差し出すことになってしまう、という物語。娘には赤ん坊の頃から、その精霊の加護があるようで、娘自身も進んで男のもとに嫁ごうと考えるのです。 人間だった娘が精霊たちの世界に行ってしまうというラストは、幸せに暮らしたという記述がありながらも、どこか淋しさを感じさせる雰囲気が強くなっています。
「麦の子 ジョン・バーリコーン」 生き物に優しく、慎ましく暮らしていたおばあさんは、ある日、道端で緑がかった黄色い包みを拾います。その包みの中には、見たことのない金色の卵が入っていました。そこから生まれてきたのは、妖精のような子どもでした。 自らジョン・バーリコーンと名乗る子どもは、おばあさんの息子として生活するようになります。あっという間に大きくなったジョンは、おばあさんの手伝いをするようになりますが…。 妖精の子どもを拾ったおばあさんを描く物語です。時折、子どもを加護する親のような精霊が現れたり、自らも人間たちの収穫を多くしたりと、どうやら彼は豊穣を司る妖精のようなのです。 あっという間に成長し、いつの間にかいなくなってしまう子どもなのですが、そのひとときでおばあさんを含め、周囲に幸せを振りまいていく、というお話になっています。
西風のくれた鍵 (岩波少年文庫) 単行本 – 2001/2/16 アリソン・アトリー『西風のくれた鍵』(石井桃子、中川李枝子訳 岩波少年文庫) 美しいイメージの横溢する童話集です。
「ピクシーのスカーフ」 おばあさんと一緒に荒野へコケモモ摘みに出かけた少年ディッキー・バンドルは、虹色の小さなスカーフを見つけます。それはピクシーの持ち物なのだから捨てるように言われたディッキーですが、その美しさに惹かれて持ち帰ってしまいます。 スカーフを身につけていると、地面の中に埋まっているものが見えたり、周囲の動物たちの声が聞こえることに気付くディッキーでしたが…。 ピクシーの魔法のスカーフを手に入れた少年が、その能力を使って楽しいひとときを過ごしますが、スカーフを取り戻すために現れたピクシーたちと交渉することになる、という物語です。 主人公の少年がなかなかに商売上手で、スカーフの力を楽しんだうえで、さらにその返還の条件として富を手に入れてしまいます。怠け者で遊び好きの少年が幸福になる、という点で爽快なお話ではありますね。 おばあさんは、ピクシーのスカーフや、その能力によって地面の下から見つけたお金を忌み嫌うのですが、孫が交渉で手に入れた富は受け入れる、というのも面白いところです。
「雪むすめ」 氷でおおわれた北の国を統治する霜の大王と妃の氷の女王は深く愛し合っていましたが、子どもがないことだけが悲しみの種でした。北風は王たちの願いを叶えるために、世界中を飛び回りますが、王女にふさわしい子どもを見つけることができません。 ある兄弟が作った少女の雪像に美しさを見てとった北風は、そこに命の風を吹き込み、彼女を国に連れ帰ります…。 命を吹き込まれ王女になった雪像が、北の国で幸せに暮らしますが、ふと自分を作ってくれた少年の記憶を思い出すことになる、という物語。美しいイメージの作品なのですが、半永久的な命を持つようになった王女に対し、彼女を作ってくれた少年たちの純粋さは失われてしまったことが描かれるなど、かすかな無常感が感じられるところも魅力ですね。
「鋳かけ屋の宝もの」 年配の鋳かけ屋は、田舎町を歩き回っては、貧しい人たちのために金物を修理する仕事を請け負っていました。あるお屋敷で修理をしていたところ、庭師が掘り出したという金属のかたまりをもらいます。 それでおもちゃでも作ろうと考えていたところ、火にかざした金属はひとりでに形を変え、半分は動物、半分は人間の姿をした像になります…。 善人の鋳かけ屋が富を手に入れるというお話ですが、そのきっかけになるアイテムとその展開がユニークですね。夢によって富の場所が暗示される、という夢テーマの作品でもあります。
「幻のスパイス売り」 お城のコック長ダンブルドア夫人の下で働く見習いコックのベツシーは、1年に1度だけやって来るスパイス売りのおばあさんのところへ、ケーキ用のスパイスを買いに出かけます。敬意を忘れないベツシーに対しておばあさんは、ナツメグ、シナモン、ジンジャーなど、ベツシーのために特別にスパイスを分けてくれます。やがて短気なダンブルドア夫人によってベツシーは解雇されてしまいますが…。 誠実なコック見習いの少女が、おばあさんからもらったスパイスによって幸せを手に入れるという物語。スパイス売りのおばあさんはおそらく魔法使いなのですが、その来歴や詳細が明かされないところもミステリアスですね。 おばあさんのバスケットに最後に入っていたものとは何なのかか? 美しく閉じられる結末の情景も良いですね。
「妖精の花嫁ポリー」 ダートムアの田舎の家に、農家の作男が、妻と14人の子どもを抱え暮らしていました。ある日、働き者の美しい長女ポリーを嫁にもらいたいと、小さなピクシーの男が現れます。お礼に欲しいだけの金貨を渡すと言いますが、両親は断ります。 しかし家族を楽にしてやりたいということと、ピクシーの男が誠実そうに思えたことから、ポリーは嫁に行くことを承知します。魔法によって体の小さくなったポリーは、ピクシーの国で暮らすことになります。 子どもも生まれ夫と共に幸せに暮らすポリーでしたが、魔法の力により人間社会での記憶は薄れていました…。 妖精の国に嫁ぐことになった人間の娘を描く作品です。そこではいつまでも若く美しいまま幸せに暮らすことができるのですが、その代わり人間世界の記憶は薄れてしまいます。ふと実家の家族たちのことを思い出した主人公は、彼らに会いたいと思うようになるのです。 しかし人間と妖精の国での時間の流れ方は異なるようで、人間世界に戻ったヒロインはショックを受けることになるります。手に入れた幸せと同時に、失われたものものもあるという、喪失感に満ちた作品です。 過去の記憶を封印されたヒロインは本当に幸福なのか? というところも、いろいろ考えさせられますね。
「西風のくれた鍵」 西風は謎かけの歌と共に、カエデの実を幼いジョンのもとに投げつけていきます。カエデの実を鍵のように使い木を開くと、中には戸棚のようなものがあり、木が隠しもっていた情景が現れます…。 少年が、木の実を鍵代わりに使って、様々な木が隠し持つ秘密をのぞき見る、という物語です。英語の「key」には「鍵」の意味のほか、「羽根のついた実」の意味もあることから、木の実が木の戸棚を開ける鍵にもなっているという洒落た趣向です。 カエデ、トネリコ、カシなど、木の種類によって、隠し持っている秘密の情景は異なっており、少年がのぞき見ることになる情景は、それぞれの美しさを抱えています。純真な少年の前に、大自然の神秘がほんのちょっとだけ開示される、という美しい小品です。 少年の父親が、それぞれの木に対して、木ごとの役割や有様を語るというシーンが繰り返されるのですが、ここにも自然に寄せる崇敬と信頼の念が溢れており、作品の魅力ともなっています。
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