奇妙な世界の片隅で 2020年12月
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2020年を振り返って
 2020年ももうすぐ終わります。毎年恒例ではありますが、今年のまとめ記事を書いておきたいと思います。
 今年は、年初からのコロナ禍により、いろいろな面で世界の活動が制限された年になってしまいましたが、個人的な活動面ではそれなりに収穫のあった年でもありました。

 昨年に引き続き、同人誌の作成活動は続けていました。5月の文学フリマ東京が中止になってしまったこともあり、前半は活動が滞ってしまいましたが、6月にはイギリス・ファンタジー中興の祖と言うべき作家イーディス・ネズビットの邦訳レビューをまとめた『イーディス・ネズビット・ブックガイド』、10月には夢や眠りテーマの作品を紹介した『夢と眠りの物語ブックガイド』、11月には<奇妙な味>の海外作家短篇集を紹介した『奇妙な味の物語ブックガイド』を刊行することができました。

 開催が危ぶまれていた11月の文学フリマ東京は開催されることになり、僕も友人のshigeyukiさんと共同で出店しました。先に通販してはいたものの、新刊として出した『奇妙な味の物語ブックガイド』は好評で、会場分は完売しました。既刊に関しても、それなりに売れたのは良かったです。

 主宰を務めている読書会「怪奇幻想読書倶楽部」については、今年は2回ほどしか開催できませんでした。内容は以下の通りです。

第27回読書会 アーサー・マッケンと怪奇小説の巨匠たち(2月)
課題書
ブラックウッド他『怪奇小説傑作集1英米編1』(平井呈一訳 創元推理文庫)
アーサー・マッケン『白魔』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)

第27回読書会(12月)
第一部:課題書
ダフネ・デュ・モーリア『鳥 デュ・モーリア傑作集』(務台夏子訳 創元推理文庫)
第二部:本の交換会

 現状の状況下では、人が集まりにくいこともあり、以前のような頻度は難しいかもしれませんが、地道に続けていきたいとは考えています。

 結成から二周年を迎えたtwitter上のファンクラブ「#日本怪奇幻想読者クラブ」に関しては、少数ながら日常的にタグを使っていただいている方のおかげもあり、このジャンルの話題も多くなってきています。少しでも怪奇幻想ファンが増えてほしいなと思います。

 今年は、新刊があまり読めなかった代わりに、児童文学・ファンタジーにはまった年でした。嫌いではなかったものの、あまり読めていなかった児童文学やファンタジー系統の本をある程度まとめて読めたのは収穫だったと思います。
 邦訳をほとんど集めて読むまでにはまったイーディス・ネズビット、『月のケーキ』をきっかけに短篇集を集めたジョーン・エイキン、奇想天外なアイディアで水準の高い作品の多いジャンニ・ロダーリ、子供の繊細な心理描写が美しいペネロピ・ファーマー、他にもジョージ・マクドナルド、メアリ・ド・モーガン、フィイパ・ピアス、ダイアナ・ウィン・ジョーンズ、ジェイン・ヨーレン、ピエール・グリパリ、リチャード・ヒューズ、ロバート・ウェストールなど。
 シリーズものでは、クリス・プリーストリーによる<怖い話>シリーズ、R・L・スタイン監修の年少読者向けアンソロジー『Scream! 絶叫コレクション』(全3巻 三辺律子監訳 理論社)、R・L・スタインによるホラー小説のシリーズ<グースバンプス>(全10巻 岩崎書店)などを面白く読みました。
 あと、ホラー系作品もかなり読んだように思います。モダンホラー系統の名作とされるもののうち、読み残していた作品をいくらか読めたのは収穫でした。

 以下、今年読んで印象に残ったタイトルを挙げておきますね。

矢野浩三郎編『世界怪奇ミステリ傑作選』(番町書房イフ・ノベルズ)
矢野浩三郎編『続・世界怪奇ミステリ傑作選』(番町書房イフ・ノベルズ)
フィリパ・ピアス『幽霊を見た10の話』(高杉一郎訳 岩波書店)
フィリパ・ピアス『こわがってるのはだれ?』(高杉一郎訳 岩波書店)
ヴィクター・ラヴァル『ブラック・トムのバラード』(藤井光訳 東宣出版)
ロビン・モーム『十一月の珊瑚礁』(田中睦夫訳 新潮社)
ディーノ・ブッツァーティ『怪物 ブッツァーティ短篇集Ⅲ』(長野徹訳 東宣出版)
マルセル・エーメ『エーメ ショートセレクション 壁抜け男』(平岡敦訳 理論社)
アルト・タピオ・パーシリンナの長篇小説『魅惑の集団自殺』(篠原敏武訳 新樹社
ウィリアム・メイクピース・サッカレイ『バラとゆびわ』(刈田元司訳 岩波少年文庫)
デイヴィッド・ガーネット『イナゴの大移動』(池央耿訳 河出書房新)
デイヴィッド・ガーネット『水夫の帰郷』(池央耿訳 河出書房新社)
ダン・シモンズ『うつろな男』(内田昌之訳 扶桑社)
ペネロピ・ライヴリィ『トーマス・ケンプの幽霊』(田中明子訳 評論社)
アントニア・バーバ『幽霊』(倉本護訳 評論社 1969年発表)
ヒルダ・ルイス『とぶ船』(石井桃子訳 岩波少年文庫)
スーザン・プライス『24の怖い話』(安藤紀子ほか訳  ロクリン社)
J・ロバート・レノン『左手のための小作品集 100のエピソード』(李春喜訳 関西大学出版部)
アンリ・ボスコ『ズボンをはいたロバ』(多田智満子訳 晶文社)
メガン・シェパード作、リーヴァイ・ピンフォールド絵『ブライアーヒルの秘密の馬』(原田勝、澤田亜沙美訳 小峰書店)
ジョン・コリア『モンキー・ワイフ 或いはチンパンジーとの結婚』(海野厚志訳 講談社)
メアリー・ダウニング・ハーン『深く、暗く、冷たい場所』(せなあいこ訳 評論社)
エリザベス・グージ『まぼろしの白馬』(石井桃子訳 福武文庫)
アリソン・アトリー『時の旅人』(松野正子訳 岩波少年文庫)
アラン・ガーナー『ふくろう模様の皿』(神宮輝夫訳 評論社)
ロイス・ダンカン『とざされた時間のかなた』(佐藤見果夢訳 評論社)
レオポルド・ルゴーネス『アラバスターの壺/女王の瞳 ルゴーネス幻想短編集』(大西亮訳 光文社古典新訳文庫)
ロバート・R・マキャモン『少年時代』(二宮馨訳 文春文庫)
ロバート・R・マキャモン『マイン』(二宮磬訳 文藝春秋)
ハーバート・リーバーマン『地下道』(大門一男訳 角川文庫)
W・デ・ラ・メア『デ・ラ・メア幻想短篇集』(柿崎亮訳 国書刊行会)
ヒュー・ウォルポール『銀の仮面』(倉阪鬼一郎編訳 創元推理文庫)
ハリー・アダム・ナイト『恐竜クライシス』(尾之上浩司訳 創元推理文庫)
ブレイク・クラウチ、ジャック・キルボーン、ジェフ・ストランド、F・ポール・ウィルスン『殺戮病院』(荻窪やよい訳 マグノリアブックス)
ジェイ・R・ボナンジンガ『シック』(山下義之訳 学習研究社)
ルイス・フェルナンド・ヴェリッシモ『ボルヘスと不死のオランウータン』(栗原百代訳 扶桑社ミステリー)
デヴィッド・コープ『深層地下4階』(伊賀由宇介訳 ハーパーBOOKS)
ドナルド・E・ウェストレイク『聖なる怪物』(木村二郎訳 文春文庫)
ドナルド・E・ウェストレイク『斧』(木村二郎訳 文春文庫)
ドナルド・E・ウェストレイク『鉤』(木村二郎訳 文春文庫)
ダグラス・ケネディ『どんづまり』(玉木亨訳 講談社文庫)
バリ・ウッド『エイミー』(倉本護訳 扶桑社ミステリー)
バリ・ウッド『地下室の亡霊』(青塚英子訳 扶桑社ミステリー)
ジャック・ウィリアムスン『エデンの黒い牙』(野村芳夫訳 創元推理文庫)
トム・ホランド『真紅の呪縛 ヴァンパイア奇譚』(松下祥子訳 ハヤカワ文庫NV)
トム・ホランド『渇きの女王 ヴァンパイア奇譚』(奥村章子訳 ハヤカワ文庫NV)。
マーティン・シェンク『小さな暗い場所』(近藤純夫訳 扶桑社ミステリー)
ジョン・スティークレー『ヴァンパイア・バスターズ』(加藤洋子訳 集英社文庫)
ローレンス・ブロック『魔性の落とし子』(町田康子訳 二見文庫)
ウィリアム・ヒョーツバーグ『堕ちる天使』(佐和誠訳 ハヤカワ文庫NV)
トマス・トライオン『悪を呼ぶ少年』(深町真理子訳 角川文庫)
ルーパート・トムソン『終わりなき闇』(斉藤伯好訳 講談社文庫)
イーディス・ネズビット『怪奇短編小説 翻訳選集』(井上舞訳)
滝川さり『お孵り』(角川ホラー文庫)
乙一『シライサン』(角川文庫)
法月綸太郎『赤い部屋異聞』(KADOKAWA)
岩城裕明『事故物件7日間監視リポート』(角川ホラー文庫)
日向奈くらら『私のクラスの生徒が、一晩で24人死にました。』(角川ホラー文庫)
阿川せんり『パライゾ』(光文社)
北見崇史『出航』(KADOKAWA)
三津田信三『そこに無い家に呼ばれる』(中央公論新社)
三津田信三『逢魔宿り(あまやどり)』(角川書店)
星月渉『ヴンダーカンマー』(竹書房)
織江邑、剣先あおり『地蔵の背/埃家』(メディアファクトリー)
三田村信行『オオカミの時間 今そこにある不思議集』(理論社)
三田村信行『ゆめのなかの殺人者 ポプラ怪談倶楽部6』(ポプラ社)
杉本苑子『夜叉神堂の男』(集英社文庫)
島崎町『ぐるりと』(ロクリン社)


 最後に、今年一年、ブログを読んでくださった方、ありがとうございます。
 これから、新型コロナの状況がどうなっていくのかは分からないところではありますが、来年もできうる限り変わらず活動していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
 また、新年度には挨拶をかねて、記事を更新したいと思っています。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

それぞれの破局  ダフネ・デュ・モーリア『破局』

破局 (異色作家短篇集) (日本語) 単行本 – 2006/5/1


 ダフネ・デュ・モーリア『破局』(吉田誠一訳 早川書房)は、『レベッカ』で知られる作家デュ・モーリアの短篇集です。長篇がゴシック・ロマン風味が強いのに対して、短篇では心理サスペンス味、幻想味が強くなっていますね。

「アリバイ」
 ジェイムズ・フェントンは妻に内緒で、ある女性から、アトリエと称して部屋を又貸してもらいます。その女性アンナ・カウフマンは、オーストリア出身、夫に捨てられて息子と共に淋しく暮らす女性でした。
 最初は親子を行きずりの殺人の犠牲者として考えていたフェントンでしたが、画家のふりをして絵を描いているうちに、その作業が面白くなり、親子とも適度な距離でつきあうようになっていきます…。
 衝動的に殺人を犯そうと思い立ち、画家として部屋を借りる風を装った男が、そのうちに画にのめり込んでしまい、親子とも奇妙な関係ができてしまう、という物語です。
 通っているうちに、アンナは経済的だけでなく精神的にもフェントンに依存し始め、彼はそれを鬱陶しく思うようになっていきます。
 殺人を犯すつもりだというフェントンの決意がどこまで本気かも分からず、最終的に訪れる「破局」もフェントン自らの行為によるものかどうかも不明だという、何とも気色の悪いサイコ・スリラー作品になっています。
 フェントンは明らかに精神のバランスを崩している人物なのですが、相対するアンナやその息子も、違った意味で精神のバランスを崩しており、互いにどうなってしまうのか分からない、不穏な雰囲気の作品になっていますね。

「青いレンズ」
 視力を回復するための手術を受けたマーダ・ウェストは、手術後につけた仮の青いレンズで周りを見て驚きます。周囲の人間が皆、動物の顔をしているのです。
 猫や犬、牛など、動物のかぶりものをして自分をからかっているのだと思ったマーダですが、病院外の人物も動物の顔をしているのを見て、自分の目がおかしくなったことを悟ります。
 病室に現れた夫のジム、そして信頼して家にも来てもらいたいと話していたアンセル看護婦の顔もまた、ある動物の顔をしていました…。
 手術のせいか、レンズのせいか、ある日人間の顔が動物の顔に見えてしまうようになった女性を描く作品です。どうやらその人間の本質が、それを表す動物になって見えるようで、信頼していた夫や看護婦の顔を見て、主人公は裏切られたような思いに囚われてしまいます。
 結末のオチも意味深です。主人公の悲劇的な結末を暗示しているようで、気味が悪いですね。

「美少年」
 ヴェニスを訪れた古典学者の「わたし」は、カフェの給仕をしている美少年に魅了され、秘かに少年に「ガニメデ」の綽名を付けます。チップをはずんだり、仕事の斡旋を匂わせたりと、少年にいろいろと便宜を図る「わたし」でしたが、案に相違してガニメデは現代的な少年でした…。
 美少年に魅了された男が、彼に入れ込むものの、悲劇的な結末を迎えてしまうという物語なのですが、その展開の仕方が非常にブラック。理想の美を体現したと思った少年は意想外に俗っぽい性格であったり、軽蔑していたポン引きが少年の親戚であったり、少年の家族が無粋な人間たちであったりと、「わたし」の期待を裏切るような事実が次々に明らかになります。
 果ては悲劇的な結末に及ぶことになるのですが、それを従容として受け入れる「わたし」の心情が描かれる部分は、どこか〈奇妙な味〉が感じられますね。
 身も蓋もない取り方をすると「美少年をだしに詐欺にあった外国人観光客の話」なのですが、そこが妙に品格のある描かれ方をしているだけに、逆にブラック・ユーモアやシニカルさを感じ取ることもできます。

「皇女」
 ヨーロッパにある小国ロンダ公国は、風光明媚で純真な人々の住む土地として知られ、観光地としてもてはやされていました。ロンダの泉の水には人間の若さを保つ成分が含まれているとされ、その製法を知るのは公国の代々の大公とその後継者のみでした。大公とその妹の皇女は、その若さと美しさから、国民に愛されていました。
 しかし、美を破壊することに喜びを覚えるジャーナリストのマーコイと利益を求め続ける実業家グランドス、二人の男は、国民の嫉妬を掻き立て扇動することによって、ロンダに革命を起こしてしまいます…。
 二人の男の手引きにより、永遠の若さを保つ泉の水をめぐって嫉妬と羨望から革命が起こり、公国が滅んでしまうという物語です。既に革命が起こってしまった後にその歴史を振り返る、という体裁のお話になっています。
 皇族である大公や皇女は純真な人物で、扇動された民衆の反乱のなすがままになってしまいます。革命家の二人の男が悪質なのはもちろんなのですが、扇動される民衆たちも、嫉妬の念をかきたてられ利欲のままに動くという意味で、愚かな人間たちとして描かれています。
 皇女が、大公によって意に染まぬ扱いをされているというデマを信じた民衆が、皇女を救うという建前で革命を起こしておきながら、革命後は、彼女だけが知る永遠の若さの秘密を聞き出そうと拷問などを繰り返す、というのも救いがないですね。
 民衆や人々の愚かさを描いた寓話、といった作品でしょうか。マスコミによってデマを吹き込まれ扇動される民衆という、現実でも起こり得る可能性がある題材を扱っているだけに、ブラックでありながらも、リアリティのある物語といえます。

「荒れ野」
 話すことができず、知的にも問題のある少年ベンは、体罰を受けるなど両親からもろくな扱いをされていませんでした。親と共に荒れ野の家に移住したベンは、ある日荒れ野に現れた物乞いのような家族の一団を見かけ、食物を彼らに渡します。
 家族たちに惹かれたベンは、家を出て彼らについていくことにしますが…。
 両親から愛と理解を得られない少年が、別の家族に愛情を感じ取り、彼らについていくことにしますが、結局は捨てられてしまうという物語です。
 ベンがついていく家族たちについてはほとんど説明がされません。ジプシーのような存在なのですが、彼らのリーダーが力尽くで入れ替わるなど、動物的というか野性味あふれる存在として描かれていますね。
 庇護を求めた集団もまた、力で支配されてしまう団体で、しかも経済的には弱者であり、そこでも少年は愛を得ることができないのです。
 客観的にはかなりシビアで救いのない物語なのですが、どこか夢幻的な雰囲気で描かれるのも興味深いところです。主人公ベンが言葉を話せないこと、庇護を求める集団の人間たちが外国人らしく、言葉も通じないというのも合わせて、言葉によらないコミュニケーション・愛情を感じ取る…というあたりも、重要なテーマになっているようです。
 言葉を話せないということが、結末の伏線にもなっており、主人公の運命の悲劇性を際立たせています。

「あおがい」
 四十を過ぎた女性の「わたし」は、相手に尽くす性質であると自負していました。しかし、相手のことを考えて行動するものの、その結果はだいたいにおいて不幸な結末に終わるのです。「わたし」はその理由について悩みますが…。
 子供のころは両親、長じては夫、愛人の議員など、その時々の相手に尽くすことになりますが、いつも不幸な結末に終わってしまうという女性の独白で構成された作品です。
 主人公の「わたし」は、自分の利益のために他人に告げ口まがいのことを吹き込んで、相手を不幸に追い込んでしまうのですが、それが悪いことだと思っていません。夫も愛人もみな女性の悪質さに気付き離れていくのですが、なぜ人が自分から離れていくのかが最後まで分からない、という様子が皮肉たっぷりに描かれています。
 自分の性格が原因で、相手に不幸を呼んでいることに気付かないという、まさに「信頼できない語り手」であるところがポイントですね。
 タイトルの「あおがい」(原題は The Limpet でカサガイの意味)、英語の慣用表現では「しつこくしがみ付く人」の意味合いがあるそうで、相手のことを思っていると言いながら、相手に依存しようとする主人公の女性像とかけて付けられたタイトルと言えるでしょうか。


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2021年1月の気になる新刊と12月の新刊補遺
発売中 エレナ・ポニアトウスカ『レオノーラ』(富田広樹訳 水声社 予価3850円)
1月7日刊 オインカン・ブレイスウェイト『マイ・シスター、シリアルキラー』(粟飯原文子訳 ハヤカワ・ミステリ 予価1650円)
1月7日刊 仁木悦子、角田喜久雄、石川喬司、鮎川哲也、赤川次郎、小泉喜美子、結城昌治『ハーメルンの笛吹きと完全犯罪 昔ばなし×ミステリー【世界篇】』(河出文庫 予価792円)
1月7日刊 伴野朗、都筑道夫、戸川昌子、高木彬光、井沢元彦、佐野洋、斎藤栄『カチカチ山殺人事件 昔ばなし×ミステリー【日本篇】』(河出文庫 予価792円)
1月7日刊 千街晶之編『歪んだ名画 美術ミステリーアンソロジー』(朝日文庫 予価880円)
1月8日刊 ピーター・ワッツ『6600万年の革命』(嶋田洋一訳 創元SF文庫 予価1034円)
1月9日刊 田中小実昌『幻の女 ミステリ短篇傑作選』(日下三蔵編 ちくま文庫 予価924円)
1月13日刊 橋本勝雄編訳『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』(光文社古典新訳文庫)
1月20日刊 ジョン・マーズデン、ショーン・タン絵『ウサギ』(岸本佐知子訳 河出書房新社 予価2200円)
1月22日刊 ピート・ハウトマン『きみのいた森で』(こだまともこ訳 評論社 予価1760円)
1月26日刊 『甘美で痛いキス 吸血鬼コンピレーション』(仮題)(二見書房 予価2090円)
1月27日刊 イアン・マキューアン『恋するアダム』(村松潔訳 新潮社 予価2750円)
1月29日刊 荒俣宏『妖怪少年の日々 アラマタ自伝』(KADOKAWA 予価2970円)


 エレナ・ポニアトウスカ『レオノーラ』は、画家にして作家のレオノーラ・キャリントン(1917-2011)の生涯をテーマにした作品だそう。

 橋本勝雄編訳『19世紀イタリア怪奇幻想短篇集』は19世紀イタリアの怪奇幻想小説を集めたアンソロジー。収録作品はまだ公開されていませんが、収録作全てが本邦初訳だそうです。

 『きみのいた森で』は、かってSFミステリの秀作『時の扉をあけて』が邦訳紹介された作家ピート・ハウトマンの児童向け作品です。紹介文を引用しておきますね。
 「祖父と母と三人で暮らしていたスチューイ。嵐の日、祖父を失い、元気をなくしていたが、引っ越してきたエリー・ローズという少女と仲良くなって、毎日のように森の秘密の場所で遊ぶようになる。ところがある日、エリー・ローズの姿がぼやけて……消えてしまったのだ。スチューイの世界ではエリーが行方不明、エリーの世界ではスチューイがいなくなっている、というパラレルワールドを描くミステリー。二人の家族の過去には、思わぬ因縁があった。謎を解く鍵は、祖父がつづっていた「秘密の書」。二人の世界はまたひとつに結ばれるだろうか? 一気に読ませる巧みな展開で、2019年のエドガー・アラン・ポー賞を受賞した作品。」

 『甘美で痛いキス 吸血鬼コンピレーション』は、山口雅也の総指揮、吸血鬼テーマに関するコンピレーションブックとのこと。
 出版元のページで収録作が紹介されていたので、転載しておきますね

Disc1
PartI 海外編
 「吸血鬼」 ジョン・ポリドリ
 「ヘンショーの吸血鬼」 ヘンリー・カットナー
 「吸血鬼の歯」 ロラン・トポール
 「おしゃぶりスージー」 ジェフ・ゲルブ
 「ホイットビー漂流船事件」 レイフ・マクレガー
 「吸血機伝説」 ロジャー・ゼラズニイ
 
京極夏彦×山口雅也 対談「吸血鬼 vs. 日本の吸血妖怪」

PartII 日本編
 『西鶴諸国ばなし』「紫女」 井原西鶴
 「夢魔で逢えたら」 山口雅也
 「頭の大きな毛のないコウモリ」 澤村伊智
 「ここを出たら」 新井素子
 「岬のセイレーン」 菊地秀行

Disc2(特典Disc)
 Mystery Discに潜むヴァンパイア ―― Vampire in Music 山口雅也
 吸血鬼ハンターKが選ぶ吸血鬼映画 菊池秀行
 吸血鬼キラーMが選ぶ吸血鬼映画 山口雅也


愛と妖術  メラニー・テム&ナンシー・ホールダー『ウィッチライト』

ウィッチライト (創元推理文庫) (日本語) 文庫 – 1998/11/1


 メラニー・テム&ナンシー・ホールダーによる長篇『ウィッチライト』(山田蘭訳 創元推理文庫)は、危篤の父のもとを訪れた娘は、そこで運命の恋人に出会うが、彼は邪悪な妖術師だった…というホラー作品です。

 映画学校で勉強中のヴァレリーは、ニューメキシコで父トーマスと暮らしている恋人マリア・エレーナから、父が脳卒中で倒れたことを聞かされ、慌てて現地に向かいます。その小さな町でヴァレリーは、自分の運命の恋人としか思えない美しい男性ガブリエル・ルースと出会い恋に落ちます。
 ガブリエル・ルースの魅力の虜となったヴァレリーでしたが、彼が蛇や他の動物を操り、不思議な術をいくつも使うことに驚きます。ガブリエル・ルースのおばであるマリア・エレーナを始め、周囲の人間たちは彼を良く思っていないようなのです。
 やがてガブリエル・ルースは、自分を愛してくれれば、父トーマスの病気を治すことも可能だと話すのですが…。

 女性作家ユニットによる、愛と妖術をテーマにした、ロマンス風味の濃いホラー作品です。
 ヒロインであるヴァレリーの父親が脳卒中で倒れ、彼が恋人と共に住んでいた小さな町に向かうことになりますが、そこは魔術や妖術がまだ信じられている土地で、現代でも妖術師はいると信じられているのです。
 町で出会った美しい男性ガブリエル・ルースに恋するヴァレリーでしたが、周囲の人物によれば彼は妖術師らしいのです。しかも彼の実の母親は、邪悪な妖女だとも言われていました。ガブリエル・ルースは父トーマスの病気を治せると話しますが、彼への恋心も相まってヴァレリーは彼を信じるようになります
 邪悪であると言われる恋人との恋を全うするのか、それとも彼の影響力を拒絶するのか? といったところが読みどころになっています。さらに、唯一の肉親である父への愛情から起こる、恋人であるマリア・エレーナに対する嫉妬、孤独になってしまうことへの恐怖感など、主人公の心理がじっくり、繊細に描かれていく過程にも読み応えがあります。
 ヒロインが映画を学んでいるという設定なのですが、主人公が想像するシーンなどが映画撮影に見立てた形で語られるという趣向は面白いですね。
 ガブリエル・ルースが使う妖術のほか、彼に対抗する存在として登場する祈祷師ドーニャ・アリーシャの妖術、そしてメキシコに伝わる妖怪(?)ラ・リョロナの伝説も使われており、民族色豊かなホラー作品になっています。
 超自然味は豊かなのですが、全体的にロマンス色が強くなっている作品です。ただ結末付近の展開は、かなり恐怖感が強く、ホラーとしても魅力的になっているように思います。


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二つの過去  ユーディト・W・タシュラー『国語教師』

国語教師 単行本 – 2019/5/24


 オーストリアの作家ユーディト・W・タシュラーの長篇『国語教師』(浅井晶子訳 集英社)は、16年を共に過ごし別れた、作家の男と国語教師の女が16年ぶりに再会するものの、そこには大きな齟齬があった…という心理サスペンス作品です。

 作家のクサヴァー・ザントは、ティロル州の催す創作ワークショップの企画で、ある女子ギムナジウムを訪れることになります。その学校の担当である国語教師マティルダ・カミンスキは、クサヴァーがかって16年を夫婦同然に過ごした後に捨てた女性でした。
 16年前、クサヴァーは突然マティルダのもとを飛び出し、浮気をしていた資産家の娘デニーゼと結婚してしまっていたのです。しかもデニーゼには既に子供が出来ていたことも知り、マティルダはショックを受けます。
 マティルダと再会できることを喜ぶクサヴァーに対し、マティルダの態度は冷ややかでした。創作した物語を挟みながら、二人の会話はだんだんと不穏なものになっていきますが…。

 16年を共に過ごした内縁関係の二人の男女が、長い年月を経て再会し、互いの人生を語り合うことになる…という心理サスペンス作品です。
 偶然から再会した二人ですが、二人の間にはかなりの温度差があります。純粋に再会を喜んでいるらしいクサヴァーに対し、マティルダは一方的に裏切り、出て行ってしまったクサヴァーをなじることになります。
 しかしクサヴァーの人生も順調ではなかったようで、現在では離婚をして、作家業も上手くいっていないようなのです。

 物語の構成が独特な作品で、そのパートは大きく四つに分かれています。再会前のメールのやり取り、二人の過去、再会してからの二人の会話、二人が創作した物語、その4つのパートが、時系列もバラバラに散りばめられているというスタイルになっています。
 クサヴァーを愛し子供を望んだマティルダに対し、彼女に甘え責任を取ることを嫌がって逃げ出したクサヴァー。彼らの過去や生い立ちを交えて、二人の人生がなぜ今のような状況になってしまったのかが説得力豊かに描かれていきます。
 面白いのは二人が創作した物語のパートです。クサヴァーの方は、祖父リヒャルトを主人公にした物語。アメリカに渡ったリヒャルトには将来を約束した恋人ができますが、家族を助けるために帰国し、幼馴染みの女性と結婚することになります。しかしその選択を後々まで悔やむことになる…という物語です。
 マティルダの方の物語は、さらってきた子供を言葉を覚えさせないように扱いながら監禁を続ける、という不条理かつ不穏な雰囲気の物語になっています。
 二人の物語は、それぞれの人生を暗示しているようなのです。「選択」をモチーフにしたリヒャルトの物語は、クサヴァーの後悔を表しているのか?
 またマティルダの物語は、行方不明になったクサヴァーの息子ヤーコプのことを暗示しているのと同時に、実際には生まれなかった二人の間の想像上の子供を示しているようにも見えます。

 話が進むにつれて、二人の過去、生い立ち、そしてその思いが明らかになっていきます。過ぎてしまった過去を受け入れることができるのか? 二人は新たな関係を築いていくことができるのか? といったところが読みどころでしょうか。
 物語の大きな謎として、行方不明になってしまったクサヴァーの息子ヤーコプの事件が取り上げられており、この部分が本国でも「ミステリ」として評価された部分なのだと思いますが、正直、そこまでミステリ要素は強くありません。
 ただ、クサヴァーとマティルダの過去の関係、そしてこれからの関係がどうなっていくのか、といった部分はサスペンスたっぷりで飽きさせません。
 心理サスペンス味のある文芸作品として秀作といっていい作品ではないでしょうか。



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探偵の奇妙な冒険  フィリップ・ホセ・ファーマー『淫獣の幻影』『淫獣の妖宴』
 フィリップ・ホセ・ファーマーの長篇『淫獣の幻影』『淫獣の妖宴』は、ポルノ小説レーベルのために書かれた作品なのですが、ファーマー独自の奇想が展開されたユニークなホラー小説になっています。


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フィリップ・ホセ・ファーマー『淫獣の幻影』(朝松健訳 CR文庫)
 警察に送られてきたという猟奇的なフィルムを観た私立探偵チャイルドは驚愕します。そこには、共同で事務所を経営するコルベンが性的に弄ばれた上に惨殺されるシーンが映っていたからです。
 事件に超自然的なものを認めたチャイルドは、オカルト文献の収集家であるヒーピッシュを訪ね、その家の文献である男に興味を持ちます。それは吸血鬼との噂もあるイゲスク男爵でした。彼が住むトローリング屋敷はかっての屋敷の持ち主の娘ドローレスの幽霊が現れるということでも有名でした。インタビューと見せかけて、イゲスクとの会見に成功したチャイルドでしたが…。

 1960年代にポルノ小説専門のレーベル、リーゼント・ハウスのために書かれたという作品であり、当然そうしたシーンが何度も出てくるのですが、全体としてみると奇想を帯びたホラー小説としても楽しめる作品になっています。
 探偵事務所のパートナーが失踪し殺されてしまった主人公が、その謎を追う…という物語なのですが、この殺されてしまったパートナーが碌な人間ではなかったこともあり、物語が進むうちに、その敵討ち的なモチーフは薄れていってしまいます。
 代わりに前景に出てくるのが、猟奇的な性的倒錯シーンと、吸血鬼、人狼、幽霊といった人外の怪物たち。しかもこれらが伝統的な怪物として登場するのではなくて、SF的な設定をバックとして登場するところが面白いですね。性的なシーンもこれらの怪物の設定との絡みで出てくることもあって、ポルノ部分とホラー部分が上手く結びついてくるところも上手いです。
 とくに本作に登場する幽霊の設定はユニークで、こういうタイプのゴースト・ストーリーはあまり読んだことがありません。
 バイオレンスシーンも結構強烈です。スプラッターブームを経た1980年代に書かれたならともかく、これが1960年代に書かれたというところに、ファーマーの先進性が感じられますね。
 ポルノ部分にそんなに抵抗がなければ(実際モダンホラー作品では、このぐらいの描写は出てくるものも多いです)、奇想に富んだホラー作品として楽しめる作品ではないかと思います。



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フィリップ・ホセ・ファーマー『淫獣の妖宴』(江津公訳 CR文庫)
 イゲスクとその周囲の怪物たちを滅ぼした私立探偵チャイルドは、探偵を辞めていましたが、ある日見覚えのある美女を見かけます。それはイゲスク邸での事件で生き残った怪物たちの一人ヴィヴィアンでした。
 失踪した前妻シビルの失踪に彼らが関わっていると考えたチャイルドは、ヴィヴィアンを尾行し、彼女の入っていた屋敷に潜入します。やがてチャイルドは、ヴィヴィアンたちがチャイルドの秘められた力を求めているのを知ることになりますが…。

 ポルノ小説として書かれた『淫獣の幻影』の続編ですが、前作以上に奇想がたっぷりの作品になっています。ホラー味もありますが、どちらかと言うとSF味が強くなっていますね。
 前作で生き残った怪物たちとその仲間たちに再度遭遇する主人公チャイルドですが、今回は、チャイルドの秘めた力が明らかになり、怪物たちがその力を求めてくる、というお話になっています。
 怪物たちの側にも派閥があるらしく、その二つの派閥がチャイルドの力を求めて暗躍する姿が描かれます。ヴィヴィアンたちとは対立するグループが接近するのは、なんと実在のSFファン、フォレスト・J・アッカーマン。
 前作にも登場したホラーマニアのヒーピッシュにブラム・ストーカーの直筆の絵を盗まれたことから、怪物たちの争いに巻き込まれることになります。このアッカーマン、脇役にとどまらず、本筋に絡んでくるほどの活躍で、ほとんど副主人公といっていい扱いになっています。
 怪物たちの造形描写に関しては前作に譲るところがありますが、今作メインで登場するヴィヴィアンの造形はインパクトがありますね。
 子宮に蛇状の体をした人面の男を飼っており、それを引き抜かれると体がバラバラになってしまうという、強烈な設定です。
 怪物たちの描写が抑え目なかわりに、本作では奇妙な性の儀式が描かれており異彩を放っています。ポルノ的な意図で描かれている部分だとは思うのですが、それらが奇想といっていいほどの描写になっていますね。
 前作では、怪物たちの正体に関してSF的な解釈が示されていたのですが、本作では彼らの起源に関して、スケールの大きな真実が明かされます。
 実在のSFファンであるアッカーマンが登場することでも分かるように、かなりパロディ的な側面も強い作品で、それもあって、後半の展開はかなり羽目を外した感じの楽しい作品になっています。


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第31回文学フリマ東京出店記録
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 2020年11月22日(日)、東京流通センター第一展示場で開催された「第31回文学フリマ東京」にサークル「奇妙な世界」として参加してきました。今回は友人のshigeyukiさんと共同出店、さらに友人の新壱さんとRenéさんにもブースを手伝っていただきました。
 2020年5月に開催予定だった「第30回文学フリマ東京」がコロナ禍で中止となったため、今回は一年ぶりの開催でした。運営側もいろいろ対策をしてくれていて、終わってみると、この環境下では最善の状態で開催ができたのではないかと思います。
 今回参加してみて思ったこと、記録しておきたいことなどをまとめてみました。


●運営側のコロナ対策
 文学フリマの運営側からは、今回、新型コロナウィルス対策として以下のようなことがなされていました(他にもあると思いますが、あくまで一部です)。

・出店サークル数をある程度制限。
・懇親会は中止。
・密集を軽減できるよう、会場レイアウトの変更(間隔を空けるなど)。
・見本誌コーナーを休止。
・チラシコーナーを休止。
・ホール内部の休憩コーナーを休止。
・カタログ配布を中止。
・会場の入口などに手指用アルコール消毒液を設置
・出店者・参加者ともに、入場時に胸に入場シールを貼って管理。
・参加客の入退場をいくつかに分けて制限。
・出店者は会場横の搬入口から入場。
・入場時に体温計測。
・開催時間を【12:00~17:00】に短縮。
・会場横の搬入口を通して適宜換気を行う。
・スタッフ・出店者・参加者ともにマスクを着用。
・厚生労働省が提供する接触確認アプリ(COCOA)の確認(スマホ端末を所持していない人は連絡先の分かる紙を提出)。
・出店者のブースに入れる人数を制限(利用椅子の数まで。椅子は一テーブルにつき最大二つまで)
・参加者には、事前のWebカタログでの訪問ブース制限を推奨。

 出店側としても、入場する際に行列を作らず、すんなりと入場できたのは助かりました。ブース間隔もかなり広めに取られており、ブースにフルに人が入って、後ろに荷物を置いても充分なスペースがありました(昨年は、後ろ側のサークルとほとんど背中合わせの密集状態でした)。
 ブースによっては、アクリル板のような衝立を用意したところもあるようですね。


●ブースの準備
 基本は、昨年度用意したのと同じ備品を用意していました。以下、用意したものです。

・テーブルクロス
・ポスター立て用ポール
・見本置き用ブックスタンド
・ポスター(五種)
・本の価格札(紙製)
・お釣り置き(プラスチック製)
・コインケース(お釣り保管用)+お釣りの紙幣と硬貨
・レジ袋
・セロテープ
・ガムテープ
・カッター
・ハサミ
・ペン
・取り置きリスト

 今回から新規に用意したのは、プラスチック製のお釣り置きとレジ袋。直接手を触れないようにとの考えから用意しました。レジ袋に関しては、いらないという人もいましたが。
 あと昨年は本の価格札を立てるようにプラスチック製の名札入れを使っていたのですが、荷物としてかさばってしまうのを考えて、今回は紙に本のタイトルと値段を書いたものを持ち込みました。それを三角型に追って机に貼り付けました。
 shigeyukiさんのホジスン作品集『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』と、僕の方も新刊の『奇妙な味の物語ブックガイド』が重かったため、持ち込む本の大部分を先に会場に郵送していました。そのため、当日運ぶ荷物は備品中心で、重さ的にはかなり楽になりました。
 今回はshigeyukiさんと共同出店ということと、これまでに作った同人誌の既刊が何種類かあるということで、品物の数が多めでした。机にどうやって配置するかはちょっと悩みました。
 メインは『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』と『奇妙な味の物語ブックガイド』のため、この二冊を前面に出し、僕の方の既刊本は少な目に並べるという形にしました(元々持ち込んでいる量が少なかったのですが)。
 昨年のように並んで待つ時間などがなかったので、余裕を持ってブースを作ることができたように思います。


●開場
 開場してからお客さんが入ってきますが、やはり昨年に比べてかなり人数が少ない印象でした。運営側で入場者を分けて入れていたせいもあるかと思います。昨年度は開場直後がお客さんが一番多かったのですが、今回は僕らのブースでも昨年ほど人は集まりませんでした。とはいえ、直後はそれなりに人が来るので、ちょっと忙しくはありました。
 計四人でブース運営をしていたのですが、役割分担としては、ブース外側にいる新壱さんがブース案内兼レジ袋係、僕とshigeyukiさんで注文を聞くのと本の受渡し、Renéさんがお釣り管理、というような案配でした。shigeyukiさんは会場特典として作った月報の挟み込み作業なども同時進行で行っていました。
 品物が多品種だったのと、800円という中途半端な値段の本が混じっていた関係で、時折お釣りに迷ってしまうこともありました。
 twitter上のフォロワーさんも何人か来てくれて、お会いできたのは良かったなと思います。


●中盤
 二時間ぐらいで『奇妙な味の物語ブックガイド』は完売、『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』も大部分が売れました。ただその後は膠着状態で、ポツポツ既刊本を買ってくれる人がいるぐらい。余裕が出てきたので、この間に交代で他のブースを見に行ったりもしました。
 二時間経過時点ぐらいで、すでに撤退しているサークルもちらほらありました。ちなみに、当日キャンセルで空いているブースもありましたね。


●終盤
 本当は15:00ぐらいで撤退するつもりだったのですが、取り置きの人が何人か残っている状態だったので、結局16:00すぎまで残っていました。この時点ではかなりのサークルが撤退していました。
 搬入口側の扉が開けっぱなしの状態だったので、そちらに面しているブースの人は、寒くて長時間いられなかった…というのもあるかもしれません。
 本は少し売れ残りましたが、持って帰るにも支障のない量だったので、本の残りと備品を整理して鞄に詰め込み撤退しました。


●まとめ
 コロナの影響で入場者数が全く読めなかったこともあり、本をどれだけ持ち込むか?がなかなか難しい状況でした。結果的にはだいたい丁度いい数量だったかなとは思います。 『奇妙な味の物語ブックガイド』はもう少し数を持ち込んでも良かったかもしれません(ただ、その後の通販に回す量が減ってしまうので、それもなかなか難しいところではありますが)。
 既刊の売れ行きとしては、やはり準新刊である『夢と眠りの物語ブックガイド』が一番人気でした。『物語をめぐる物語ブックガイド』『迷宮と建築幻想ブックガイド』も数十冊持ち込んだのですが、こちらもほぼ完売してくれました。
 『イーディス・ネズビット・ブックガイド』は、表紙が目を引くからか、どんな本か訊ねてくれる人が多かったのですが、正直あまり売れませんでした。ネズビット、やはり一般の人からすると知名度はそれほどではなかったのでしょうか。

 コロナ対策としては、上記にもあげたレジ袋とお釣り置きで直接手を触れないようにというもののほか、新壱さんが用意してくれた消毒スプレーで定期的に消毒、除菌ティッシュで手を拭く、ということで、それなりに対応できていたかなと思います。

 次回以降の文学フリマ東京がどういう形で開催されるのかはまだ分かりません。ただ、今回のような、参加サークル数抑えめで会場スペースも広く取った形の開催に関しては、かなりブース運営がやりやすかった、というのは確かです。
 コロナがいずれ下火になるにしても、しばらくは対策を求められるだろうということを考え合わせると、こうした状況でのイベント開催の例としては、非常に上手くいったのではないかと思います。


大いなる陰謀  ダニエル・イースターマン『死者が復活する夜』

死者が復活する夜 (二見文庫―ザ・ミステリ・コレクション) 文庫 – 1994/5/1


 ダニエル・イースターマンの長篇『死者が復活する夜』(山本光伸訳 二見文庫)は、ハイチ出身の人妻と彼女を助けることになる刑事が、ブードゥーを崇拝する秘密組織に追い詰められていく…という伝奇ホラー作品です。

 アフリカでの調査から民俗学者である夫リチャードと共に帰国した、ハイチ出身の女性アンジェリーナは、アパートの留守を頼んでいたハイチ人青年フィリアスが行方知れずになっていることに困惑します。彼が記録したと思しきビデオには、フィリアスが死体を前に何らかの宗教的儀式を行う様が映されていました。
 部屋に異臭を感じ取ったアンジェリーナが床下を探ったところ、そこには夥しい数の死体が隠されていました。そして、その中に昏睡状態のフィリアスも混じっていたのです。
 フィリアスは事情を話すこともなくそのまま死んでしまいます。警察が調査を始めた矢先、夫のリチャードも公園で何物かに襲われて殺されてしまいます。
 アパートが封鎖され、戻るところのないアンジェリーナに同情した事件の担当刑事エイブラムズは、彼女に住居を提供しますが、やがて二人の間に愛情めいたものが生まれていきます…。

 人妻アンジェリーナの周辺で、夫を始め関係者が次々と殺されてしまいます。担当者となった刑事エイブラムズは、ハイチに端を発する宗教的な結社の存在を感知しますが、彼らはすでに国家の中枢に入り込んでいた、という伝奇ホラー作品です。
 ブードゥーやゾンビなど、オカルト的な謎が序盤に提示されワクワクしてしまうのですが、正直こちらの部分はあまり展開されず、宗教的な基盤を持った秘密結社の現実的な脅威が主眼になってしまいます。
 ただ、こちらはこちらで面白いです。結社のメンバーに襲われたエイブラムズのアクションシーンには躍動感がありますね。対人間の部分だけでなく、地下に潜ったり、沈没船を求めて潜水したりと、全体に冒険小説的な趣向が強くなっています。
 序盤はアンジェリーナが主人公のような描かれ方なのですが、だんだんとエイブラムズの登場場面が増えていき、後半は、ほとんど彼が主人公扱いになります。本人だけでなく、相棒や両親など、周辺の人物が狙われるのを防ごうとするものの、次々と殺されてしまう…というあたりには、かなり緊迫感があります。

 作中にはさまれる、秘密結社の由来や歴史などには伝奇的な要素が感じられるものの、全体的には、オカルト的な味付けをした冒険小説、といった味わいになっています。敵となる組織も、オカルト的な出自を持ってはいながら、そうしたオカルトや超自然的な手段を使ったり、目的を持っていたりするわけではなく、あくまで現実的・政治的に支配力を行使しようとするあたり、本格的なホラーを期待していると、ちょっと方向性が違うかな、と思われる読者もいるかもしれません。
 作者のイースターマン、もともと冒険小説畑の人のようで、その意味では、この作品もそうした冒険小説の流れにある作品といえそうです。ただ、ジョナサン・エイクリフ名義で本格的なゴーストストーリーも書いているそうで、こちらはこちらで気になりますね。


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子供たちの運命  R・L・スタイン監修『不気味な叫び Scream!絶叫コレクション』

不気味な叫び (Scream!絶叫コレクション) 単行本 – 2020/9/24


 R・L・スタイン監修『不気味な叫び Scream!絶叫コレクション』(三辺律子監訳 理論社)は、年少読者向けに編まれたホラー・アンソロジーの第二弾です。

ジェフ・ソロウェイ「首飾りとモンスター」
 父親が窃盗容疑で逮捕され、ミナおばさんの家に世話になることになった少年ピーターは、いじめっ子のオスカー・エデルマンに目をつけられていました。従弟のティミーが言うには、ミナおばさんがある首飾りを手に入れてから、彼女が話すお話が現実になるようになったというのですが…。
 魔力によりお話が現実になってしまうという物語。父親の苦境を助けようとするものの、事態はとんでもない方向に。楽しい物語ですが、描かれる少年たちの環境にはシビアなものが感じられますね。

ブルース・ヘイル「血の支払い」
 自分たちの作るお化け屋敷をめぐって、ルイス・デ・ラ・ベガと競っていた双子のゲイブとタリーのソト兄妹。恐ろしいお化け屋敷を作ってルイスを出し抜こうと、双子は小道具の店を訪れますが、そこで奇妙なものを買わされることになります…。
 お化け屋敷を引き立てるための道具は本物の悪魔を呼び寄せるためのものだった…というブラックなホラー作品です。お化け屋敷で競い合う少年少女、というテーマも良いですね。

フィル・マシューズ「ブラッドストーン」
 ある日声だけの存在から話しかけられた少年グレッグ。ラリーと名乗る声は自分は幽霊であり、悪霊ディラード・ブレイクがグレッグの家庭教師ローラの命を狙っていると話します。グレッグはローラの命を守ろうと、彼女の周囲に気をつけることになりますが…。
 悪霊から少女を守ろうとする少年を描く物語です。ローラの危機を予知する「良き幽霊」ラリーの正体とは…? ひねった仕掛けもあり、面白い作品になっています。

トーニャ・ハーリー「ショーウィンドウの女の子」
 さびれた町の唯一のデパート、ヒギンズのショーウィンドウに飾られたマネキンはリディアと名付けられ、彼女の着る服は町の女の子たちの憧れになっていました。そのワンピースを欲しがる「わたし」は、家の経済的な理由からそれを買うことはできず、代わりに毎日のようにリディアのもとを訪れていました。誕生日の直後、クローゼットに憧れのワンピースがかかっているのを見た「わたし」は、母親がプレゼントしてくれたのだと思い込みますが…。
 美しいマネキンとその服に憧れる少女、その日常を繊細かつ幻想的に描いた作品、なのですが、後半の展開は非常にブラック。子供が読んだらトラウマになりそう。これはなかなか怖い作品です。

ウェンディ・コルシ・ストーブ「しゃべらない子ども」
 父と共にミリーおばの家に厄介になることになった少女テイシー。隣人であるフェリシアが全くしゃべらないことを不思議に思ったテイシーはいとこのジャックスに訊ねますが、フェリシアはある時、悲鳴を最後にしゃべらなくなったというのです。
 魔女の家だと噂される丘の上の家に何かがあるのではないかと考えたテイシーは、その家を訪れますが…。
ブラックなフェアリーテールといった雰囲気の作品です。しゃべれない少女というテーマから、ちょっとシリアスなお話を思い浮かべるのですが、どこか妙なユーモアもありますね。

ヘザー・グレアム「バイロン湿地の魔女」
 姉のエミーや友人たちと一緒に墓地に行くことになった少年リアム。その土地には処刑された魔女の伝説がありました。怖がりのエミーにうんざりしていたリアムでしたが、友人の一人ジェニーの母親から、死刑囚が脱走したので気をつけてという連絡が入ります…。
 魔女の伝説がある墓地と、そこに現れる殺人鬼、ホラー要素を煮詰めたような道具立てなのですが、思わぬ展開に。姉が思いを寄せていた少年が臆病で、逆に姉を疎ましく思っていた弟の男気がわかる、というところも良いですね。
 結末の情景もユーモラスで楽しいです。

スティーブン・ロス「鳥にエサをやるな」
 両親がなくなり、アベレージおじとゼルダおばの家に引き取られることになった少年の「ぼく」。彼らの家は町から十五キロも離れた森の真ん中に建っていました。家のそばで見つけた鳥たちにたびたびエサをやる「ぼく」でしたが、おじは鳥にエサをやるなと強く言います。そもそもこの森には鳥など全くいないと言うのですが…。
 森の中の家、動物のほとんどいない森、何かを隠しているらしいおじとおば…、序盤から不穏の塊のような物語です。主人公が見た鳥とは何なのか? 鳥にエサをやってはいけない理由とは…?
 寓話的・象徴的な要素も強い怪奇幻想作品です。集中でもいちばんの力作ではないかと思います。


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子供たちの恐怖  R・L・スタイン監修『震える叫び Scream! 絶叫コレクション』

震える叫び (Scream!絶叫コレクション) 単行本 – 2020/6/19


 R・L・スタイン監修『震える叫び Scream! 絶叫コレクション』(三辺律子監訳 理論社)は、ヤングアダルト向けに編まれたホラーアンソロジー Scream and Scream again を3分冊訳したものの1冊目です。7篇を収録しています。

レイ・ダニエル「7つめのルール」
 古いワーグナー屋敷にやってきた少年ジョシュとマイキー。ハリウッドでホラー映画に関わっているジョシュの父親は、屋敷をお化け屋敷に改造し、動物保護施設のお金を集めようというのです。作り物のはずの屋敷の中から人の悲鳴が聞こえるのに二人は驚きますが…。
 作り物だと思っていたお化け屋敷がじつは…という、定番ながら楽しいホラー作品です。

ベス・ファンタスキー「アイスクリーム・トラック」
 引越し先で遊んでいたところにやってきたアイスクリーム・トラック。なぜか店の主人は、無料でアイスクリームを食べさせてくれます。毎日のようにアイスを食べた子供たちは太っていきますが…。
 無料でアイスクリームを食べさせる男の狙いとは? 町の子供たちが隠している秘密とは何なのか? ストレートに恐怖を煽る展開が良いですね。

ダニエル・パーマー「悪夢の特急列車」
 小さいころから母親に時間厳守を指導されていた少年ニコデムス。母親が病気になったことからニコデムスは一人で学校に出かけることになりますが、いつもの列車を逃してしまいます。
 本来来ないはずの時間にやってきた列車にこれ幸いと乗り込んだニコデムスでしたが、それは呪いのかかった列車でした…。
 遅刻したために、呪いの列車に乗り込んでしまった少年の冒険を描く作品です。次々に現れる怪奇現象と、それを一つづつクリアしていく少年の冒険が、アドベンチャーゲームのようで楽しい作品です。

アリソン・マクマーハン「カミカゼ・イグアナ」
 学校の宿題として外来種の研究を出された「あたし」は、外で同級生のスパイクたちがイグアナをいじめているのを見つけます。「あたし」はイグアナを助けて「イナズマ」と名づけますが…。
 いじめられたイグアナが少年たちに復讐する…という、珍しいイグアナ・ホラー(?)作品です。クライマックス、イグアナたちが集団で現れるシーンには、どこかシュールさも感じられますね。

ジョセフ・S・ウォーカー「ヒトリッコ」
 両親と共に遊園地にやってきた少年ジェイク。気がつくと両親が見当たりません。ようやく見つけた両親は、自分そっくりの少年を連れていました。それは偽者だと訴えるジェイクでしたが、何かに操られたような二人には全く話が通じません。
 ジェイクに話しかけてきた女の子は、ジェイクに化けているのは「ヒトリッコ」という怪物であり、「ヒトリッコ」と共に両親が遊園地に出てしまえば、本物の子供は遊園地に取り残されて、だんだんと消えていくのだと言います。ジェイクは必死で両親に自分の存在を気づかせようとしますが…。
 子供と入れ替わり、その存在を消してしまうという怪物「ヒトリッコ」を描いたホラー作品です。アイデンティティーが絡むだけに大人が読んでも怖い作品なのですが、子供が読んだらさらに怖い作品なのではないでしょうか。
出かけた先ではぐれてしまった子供の寄る辺なさのような怖さがあります。

クリス・グラベンスタイン「名もなき愛国者」
 学校の行事で博物館にやってきた少年パーカー。職員用のトイレに入ったパーカーは、部屋に閉じ込められてしまいます。抜け出た先はなんとアメリカ独立戦争の真っ只中の時代でした。
 そこで出会った人々によれば、歴史が正しい道筋をたどれるようにするために未来の人々の力を借りることがあり、彼もまたそのために呼ばれたというのです…。
 歴史の歪みを正すためにタイムトラベルする少年を描いた作品です。特殊な能力や機械を使うのではなく、あくまで子供らしい、ある種「泥臭い」手段でミッションを達成する、というところが面白いですね。

ピーター・ルランジス「プラットホーム」
 地下鉄で線路に飛び込んだ女の子を助けようとして、自らも飛び込んだジャスティン。気がつくと彼は現実とは全く異なる世界に来ていました。その女の子ハドロンが言うには、ここは平行世界だというのです。
 ハドロンは世界の収束を阻む漂流物の処理をするために、世界を行き来しているというのですが…。
 平行世界を扱ったSF作品、のように見えるのですが、その手触りは本格的なホラーです。ハドロンのいる、ユートピアのような世界が実は…という仮想世界的な設定、現実世界もまた思っているような世界ではなかったという、世界像がどんどんめくられていくような不思議な魅力があります。

 収録作はどれも工夫がされていて面白く読んだのですが、子供が入れ替わってしまうという「ヒトリッコ」(ジョセフ・S・ウォーカー)と、異世界ホラー「プラットホーム」(ピーター・ルランジス)は飛び抜けて傑作だと思います。


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恐怖のおもちゃ箱   R・L・スタイン<グースバンプス>
 アメリカの作家R・L・スタインによる、年少読者向けのホラー小説のシリーズ<グースバンプス>。本国では絶大な人気を誇り、映像化もされています。
 「グースバンプス」(goose bumps)とは、いわゆる「鳥肌」のこと。怖がらせることを目的としたホラー小説のシリーズ名としてはピッタリなところでしょうか。
 原著は1992年から60巻以上を数える人気シリーズですが、日本では1990年代にソニー・マガジンズ、2000年代に岩崎書店から、それぞれ全10巻のシリーズとして刊行されました。
 ソニー・マガジンズ版と岩崎書店版で、収録内容に異動があるのですが、ソニー・マガジンズ版は全て絶版であるのに対して、岩崎書店版は今でも新刊として入手可能です。今回はこちらの岩崎書店版を紹介していきたいと思います。
 シリーズとはいっても、それぞれ独立したお話なので、単体でどこからでも読めるようになっています。幽霊、怪物、呪いのアイテム、異世界、時間など、どの巻もテーマやその見せ方に工夫されています。作品が短めなこと、ストーリーがシンプルで、メインのテーマにお話が特化していることもあり、読み出したらあっという間に読めます。



グースバンプス (1) 恐怖の館へようこそ (グースバンプス 世界がふるえた恐い話) 単行本 – 2006/6/22


R・L・スタイン『恐怖の館へようこそ』(津森優子訳 岩崎書店)

 父の大おじが亡くなり、相続することになった家に引っ越してきたアマンダとジョシュの姉弟。ジョシュは家を見るなり、嫌悪感を感じ元の家に帰りたいと言い出します。アマンダは家の中で見知らぬ少年を目撃するものの、両親からは見間違いだと取り合ってもらえません。
 知り合った少年レイが家の中で目撃した少年にそっくりなことに気づくアマンダでしたが、かってアマンダたちの家に住んでいたというレイの言葉にも驚かされます。やがて美しい少女カレンとも仲良くなったアマンダは、彼女からも、かってアマンダたちの家に住んでいたという言葉が出るのを聞き耳を疑いますが…。

 引越し先の不穏な家、家に現れる幽霊のような少年、不振な行動をする愛犬、奇妙な言動を繰り返す地元の子供たち…。雰囲気たっぷりに展開されるホラー作品です。家ばかりでなく、町全体が奇妙な空気に支配されており、主人公たちの家族はそれに翻弄されていきます。
 日常生活における微妙な違和感が積み重ねられていき、結末にはそれが爆発する…という、モダンホラーの定型的な構成ではありますが、クライマックスで、日常と非日常がひっくり返される部分には迫力がありますね。
 物語が子供の視点から描かれることもあり、シンプルな恐怖に特化した作品になっています。クライマックスで顕現する「異界」のシーンはかなり怖いです。



グースバンプス (2) 呪われたカメラ (グースバンプス 世界がふるえた恐い話) 単行本 – 2006/6/22


R・L・スタイン『呪われたカメラ』(津森優子訳 岩崎書店)

 グレッグ、シャーリ、バード、マイケル、四人の仲良しの子どもたちは、幽霊屋敷と噂される空き家コフマン・ハウスを探検しようと、家に入り込みます。このところ町をうろついている、スパイダーと渾名された初老のホームレスの男もその屋敷に住み着いているのでは、という噂もありました。
 地下室を調べていたグレッグは、ふとしたことから秘密の棚を見つけ、そこに隠されていたカメラを発見します。そのポラロイドカメラでマイケルを写した直後、マイケルは転倒し怪我をしてしまいます。後で写真を確認したところ、そこには時間的に写るはずのない、マイケルの転倒場面が写っていたのです。
 帰宅したグレッグは、父が購入したばかりだという新車のワゴンをカメラで撮影してみますが、そこに写っていたのは、完全に大破した車でした…。

 呪いのカメラを手に入れてしまった少年少女を描く作品です。幽霊屋敷の噂もある家で見つけた得体の知れないカメラ、それで写すと、実際とは異なった光景が撮れるのです。 最初はふざけ半分で写真を撮っていた子どもたちも、それが自分たちや家族の不幸、ひいては人間の命までをも左右するのではないかということに思い至ることになります。それが未来の予知なのか、写すことによって不幸が引き寄せられる呪われた道具なのか、まったく詳細が分からずに進む展開はサスペンスフルですね。
 物語後半で、カメラの履歴について説明はされるのですが、それまでは全く詳細が分からないため、カメラの影響によって何が起こるか分からず、その不気味さは強烈です。
 父の車が大破している写真を見た直後に、家族でドライブに誘われる少年の心理を描写したシーンは、非常に怖いですね。
 決着が着いたと思わせて、実は悪夢は終わっていなかった…というブラックな結末も、ホラー味たっぷりで楽しいです。



グースバンプス (3) 人喰いグルール (グースバンプス 世界がふるえた恐い話) 単行本 – 2006/8/25


R・L・スタイン『人喰いグルール』(津森優子訳 岩崎書店)

 新しく大きな家に引っ越してきた、キャットとダニエルの姉弟とその両親。愛犬のキラーが流し台の下から見つけてきたのは、小さなスポンジのような物体でした。しかしそのスポンジには目があり、触ると暖かく、まるで生物のようでした。
 それから家族に不幸が起こるたびに、そのスポンジは興奮してのどを鳴らすようになります。ダニエルが図書室から持ち出してきた「怪物百科事典」によれば、そのスポンジ状のものは、伝説上の生き物グルールだといいます。
 グルールは人の不幸を糧として育ち、その持ち主には不幸が降りかかるというのです。しかもグルールはどんな方法でも殺すことができず、手放そうとすると、持ち主は一日以内に死んでしまうというのです…。

 不幸を呼ぶ怪物グルールに取りつかれてしまった姉弟を描くホラー作品です。この怪物、質が悪く、不幸を呼ぶばかりか、殺そうとしても殺せず、捨てようとしても災難が降りかかるという、非常に厄介な生物なのです。
 ヒロインのキャットが、グルールを殺そうと、叩いたり切断しようと試行錯誤を繰り返しますが、そのたびに再生してしまう、というあたり、グロテスクなシーンが印象に残りますね。しかも大人にグルールのことを教えようとしても、大人の前ではただのスポンジのふりをする…という悪質さ。
 キャットとダニエルは、グルールを処分し、不幸から逃れることができるのでしょうか? 対抗手段が全く無いと思われたグルールに対して、キャットが考え出した手段には頓知が効いています。
 ブラック・ユーモアたっぷりで、非常に楽しい作品になっています。



グースバンプス (4) ぼくの頭はどこだ (グースバンプス 世界がふるえた恐い話) 単行本 – 2006/8/25


R・L・スタイン『ぼくの頭はどこだ』(津森優子訳 岩崎書店)

 人を怖がらせるのが大好きな少年ドウェインと少女ステファニー。二人は「恐怖の二人組」を名乗り、友人や周囲の子供たちを怖がらせていました。二人は、幽霊屋敷の評判が高い観光名所ヒルハウスのツアーに何度も参加し、その内容を暗唱できるほどでした。
 ヒルハウスでは、妻を残して死んだ船長の幽霊により頭をもぎとられた、首なしの少年の幽霊が出ると言われていました。ツアーでは入らない階にこそ幽霊がいるのではないかと考えたステファニーは、ツアーの最中に抜け出して、幽霊を探そうとドウェインを誘いますが…。

 怖いことが大好きな少年少女の二人組が、幽霊屋敷で本物の幽霊に出会うというホラー作品です。屋敷には首をもぎとられた少年の幽霊が出るとされていて、その幽霊に会おうと二人は屋敷を探検することになります。
 積極的に恐怖体験を求めるステファニーに対し、ドウェインの方は実は意外と臆病で、屋敷でちょっとしたことにもおびえてしまう…というあたり、ユーモアたっぷりで楽しいですね。
 前半は、なかなか超自然現象が起こらず、「こけおどし」というか「勘違い」が多いのですが、ようやく登場した幽霊にも不審な点があり、実は…という捻りも用意されています。なかなか幽霊が出てこないとはいえ、子供二人が幽霊屋敷を探検する過程は雰囲気たっぷりで楽しめます。
 主人公の少年と少女が、純粋に趣味である「怖いこと」で結びついている仲で、恋愛感情が絡まないところも、からっとしていていいですね。



グースバンプス (5) わらう腹話術人形 (グースバンプス 世界がふるえた恐い話) 単行本 – 2006/11/10


R・L・スタイン『わらう腹話術人形』(津森優子訳 岩崎書店)

 姿形のそっくりな双子の姉妹リンディとクリス。工事中の隣の家に忍び込んだ二人は、ゴミ捨て場で腹話術人形を見つけます。不気味がるクリスに対して、リンディは人形を気に入りスラッピーと名付けます。
 腹話術を練習したリンディは、スラッピーと共に周囲の人たちにその成果を披露しますが、評判になり、方々に呼ばれることになります。姉をうらやむクリスは父親にねだり、質屋から買ってきたという腹話術人形をもらいます。人形にミスター・ウッドと名付けたクリスは練習を重ねますが、リンディほど上手く演じることができません。
 しかも人の前で演じるたびに、人形は言うことを聞かなくなり、クリスが思ってもいない罵声の言葉を浴びせるようになっていました…。

 互いに腹話術人形を手に入れた双子の姉妹が、人形を通して奇怪な体験をする…というホラー作品です。もともと姉妹二人が、いっしょくたにされて扱われることに不満を持っており、互いに姉妹に対して自分だけのものを持ちたい、という思いを持っているのがポイントです。
 リンディは人形のスラッピーを手に入れてそれを手に入れることになるわけですが、それに対してクリスも同じ腹話術人形のミスター・ウッドを手に入れて対抗心を燃やすことになります。
 人形をめぐっていろいろ不思議なことが起こるのですが、人形自体に超自然的な力があるのか、それともそれを操る人間側に異常な点があるのか、というのがなかなか判明しないところが面白いですね。
 二体の人形は、どちらも怪しい由来のものではあるのですが、登場場面からして妖しいスラッピーではなく、後から登場したミスター・ウッド(とクリス)の方に超自然的な現象が頻発するのが意外といえば意外です。とはいえ、スラッピーの方も序盤で怪しい動きをするシーンなどもあります。リンディとクリス、スラッピーとミスター・ウッドと、二人の人間と二人の人形、誰におかしな出来事の原因があるのかが、なかなか分からないというサスペンスがあります。
 オカルト・ホラーなのかサイコ・ホラーなのか、それともその両方なのか、中心テーマが確定しない面白さがあるともいえるでしょうか。
 人形が起こす事件は地味なものが多いのですが、クライマックス、大観衆の前でクリスと共に登場したミスター・ウッドが引き起こす事件は、グロテスクかつ強烈なインパクトがあります。人形ホラーの秀作といっていい作品だと思います。



グースバンプス (6) 鏡のむこう側 (グースバンプス 世界がふるえた恐い話) 単行本 – 2006/11/10


R・L・スタイン『鏡のむこう側』(津森優子訳 岩崎書店)

 祖父母が住んでいた家に住む少年マックスと弟のレフティは、友人たちと屋根裏部屋で遊んでいたところ、ふと隠し扉を見つけ、そこにしまわれていた大きな長方形の木枠のついた鏡を発見します。
 マックスが鏡のてっぺんにあるランプを鎖を引っ張ってつけてみたところ、明るい光がつくと同時にマックスの姿が消えてしまいます。もう一度鎖を引っ張ると、再び姿がマックスの姿が現れます。どうやらランプをつけると、その人間が見えなくなってしまうらしいのです。レフティや友人たちは面白がって鏡で透明になりますが、長時間透明でいると、気分が悪くなってくることにマックスは気がつきます。嫌な予感を感じたマックスは鏡を使うのを止めるよう皆に話しますが、レフティや友人たちは取り合わず、透明になっている最長時間を競おうとしていました…。]

 透明になる(姿を消せる)能力を持つ鏡をテーマにした、<鏡怪談>作品です。姿を消している時間が長いほど、本に戻るまでの時間も長いようで、なかなか姿が戻らないことに対して、子どもたちがパニックになったりもします。
 長時間姿を消していると、身体にも負担が来て気分も悪くなってしまうことに気付く主人公ですが、面白い遊び道具を見つけた気分の仲間たちは、気にせず鏡で遊ぼうとします。最長記録を競って遊ぶ仲間たちを尻目に、時間が経つごとに元に戻れなくなるんじゃないかと心配する主人公マックスの心理が描かれる部分は、ハラハラドキドキ感がすごいですね。
 姿を消すことに対する代償があることに、やがて子どもたちも気付くことになるのですが、それが分かるまでの、未知の鏡の性質のルールを探っていく過程が抜群に面白いです。
 主人公の弟レフティはあだ名で、左利きであることからその名が付いています。また友人の一人ザックの個性的な髪型もその形の方向が強調して描写されます。このあたり、テーマが鏡であることとも合わせて、伏線にもなっているところは上手いですね。
 ホラー小説のシリーズではあり、当然のごとく恐怖体験が主人公の子どもたちを襲うことになるのですが、鏡自身の得体の知れなさもあり、かなり怖い作品に仕上がっています。鏡自体の由来なども明確に明かされないあたりも、その雰囲気を高めています。
 鏡や影などをテーマにした、いわゆる<鏡怪談>作品なのですが、ここまで鏡そのものの性質や魅力などを描き込んだ作品は読んだことがありません。このテーマの傑作といってもいいのではないでしょうか。



グースバンプス (7) 地下室にねむれ (グースバンプス 世界がふるえた恐い話) 単行本 – 2007/1/22


R・L・スタイン『地下室にねむれ』(津森優子訳 岩崎書店)

 マーガレットとケイシーの姉弟は、父親のブルワー博士が以前ほど自分たちに関心を持ってくれないことを心配していました。研究のことが原因で大学を解雇されてしまったブルワー博士は、家の地下室に閉じこもり、植物についての何らかの研究を進めていたのです。
 父親に禁止されていた地下室に入り込んだマーガレットとケイシーは、そこで奇怪な植物を目撃すると同時に、父親の様子もおかしくなっていることに気付きます。折悪しく、おばの看護のために母親が家を空けることになり、父親と取り残されることになった姉弟でしたが…。

 大学を解雇された大学教授が地下室で謎の実験を行っており、その子どもたちが地下で謎の植物に遭遇する…という、いわゆる<マッドサイエンティストもの>作品です。
 研究が進むにつれ、父親の様子がおかしくなり始め、そんな父親と家に取り残されてしまった姉弟が無事にやり過ごすことができるのか? というのが読みどころでしょうか。
 肥料を食べたり、血が緑色になっていたりと、明らかに父親が怪物化しており、人間ではなくなってしまった父親に何をされるかわからない…という子供たちの恐怖感が描かれていきます。
 地下室に入り込んだ姉弟が、部屋に忘れ物をしてしまい、父親が家に入ってくるまでに取りに戻らないといけなくなるというシーンなどには、サスペンスがあふれていますね。 <グースバンプス>シリーズの他作品と同様、結末ではバッドエンドかも…という匂わせ方がされるのですが、その取り返しのつかなさはシリーズ中でも強烈で、印象に残る作品になっています。



グースバンプス (8) ゴースト・ゴースト (グースバンプス 世界がふるえた恐い話) 単行本 – 2007/1/22


R・L・スタイン『ゴースト・ゴースト』(津森優子訳 岩崎書店)

 ハリーとアレックスの兄弟は、森の中で行われているサマー・キャンプ<スピリットムーン・キャンプ>に途中参加することになります。怪しげなバスの運転手に連れていかれた場所には誰もおらず二人は困惑します。ようやく現れた青年クリスと、指導者だというアンクル・マーブに連れられて、ようやくキャンプ地に辿り尽きます。
 兄弟は参加者の子供たちと友人になり、イベントを楽しみ始めます。美しい少女ルーシーと友人になったハリーでしたが、彼がキャンプファイアーで焼いていたソーセージを炎の中で落としてしまったところ、平然と炎の中に手をつっこんでソーセージを取り出したルーシーの姿に驚愕することになります。その直後ルーシーは、ハリーに助けてほしいと言い出しますが…。

 怪しげなキャンプに参加することになってしまった兄弟を描くホラー作品です。ところどころで起こる不思議な事実を、兄弟たちは、キャンプのしきたりであるとか、からかいであると理由をつけて納得しようとします。しかし常識では不可能なことが続けて起こるにいたり、この場所がまともな場所ではないことを認識することになるのです。
 タイトルからも分かるように、いわゆる幽霊もの作品なのですが、この幽霊たちの描かれ方が独特なのですよね。幻と実体の中間のような存在で、物理的にほかの人間や物体にも触ることができます。衝撃を受ければ、肉体は一見破損するものの、すぐに直ってしまうところなども独特です。作中に登場する幽霊たちが、そうした状態になった経緯もユニークで、そのあたり、SF味も強いですね。
 主人公の弟アレックスが、音楽の才能豊かで歌が上手いという設定なのですが、それが物語のところどころで言及され、結末の伏線にもなっているあたりも上手いです。
 怖さというよりは、ブラック・ユーモアが主調となっていて、B級ホラー感が強いのですが、これはこれで楽しいですね。



グースバンプス (9) となりにいるのは、だれ? (グースバンプス 世界がふるえた恐い話) 単行本 – 2007/3/27


R・L・スタイン『となりにいるのは、だれ?』(津森優子訳 岩崎書店)

 小さな町グリーンウッド・フォールズに家族と共に住む少女ハンナは、家が火事になる悪夢を見て目を覚ましますが、それが夢だったことに安堵します。家の近くで知り合った男の子ダニーは、となりに以前から住んでいるといいますが、引っ越してきた気配もないことをハンナは不審に思います。
 またダニーは同じ学校の同学年だというのに、共通の友人は皆知らない子ばかりなのです。友人付き合いをするようになりながらも、ハンナはダニーを疑い始めます。
 一方、ハンナの元にはたびたび黒い影のような存在が現れ、彼女を追い回しますが…。

 平和な町に暮らす幸せな少女の日常に影が忍び寄る…という、サスペンス・ホラー作品です。
 同い年の男の子ダニーと友人になったハンナでしたが、彼の言動のつじつまが合わないことから、ダニーが本物の人間であるのかどうかを疑うようになってしまいます。
 しかし、疑いながらも、ダニーが不良の友人とつきあい、犯罪めいたことを繰り返しているのを知ったハンナは、ダニーの身の安全を心配するようにもなります。
 後半、ダニーの正体が明らかになり、ハンナ本人の世界にも変化が訪れることになります。ハンナの思い込みが解けると同時に、世界が反転するようなショックが描かれています。
 某ホラー映画で有名になったオチが使われているため、読んでいくと、途中で物語の真相に気付いてしまう読者もいるかと思います。ただその真相が割れた後も、新たな物語の展開がされていくので、オチだけの作品になっていないことも申し添えておくべきでしょうか。
 このシリーズには珍しく、結末でのバッド・エンド風味が薄いのも、読み味の良さにつながっていますね。



グースバンプス (10) 鳩時計が鳴く夜 (グースバンプス 世界がふるえた恐い話) 単行本 – 2007/3/27


R・L・スタイン『鳩時計が鳴く夜』(津森優子訳 岩崎書店)

 12歳の少年マイケルは、ことあるごとに自分に意地悪をして困らせる妹のタラに手を焼いていました。両親に訴えても、妹には優しくしろとたしなめられてしまいます。せっかくの誕生日プレゼントを傷をつけ、友達の前でも恥をかかせたタラに憤懣やるかたないマイケルは、父親が以前から欲しがっており、ようやく買ってきた鳩時計の細工にいたずらをして、タラのせいにしてやろうと考えつきます。
 鳩時計にいたずらをした翌日、気がつくと周囲が昨日と同じことをしていることに気付きます。昨日終わったはずの誕生日を皆が祝っているのです。
 マイケルは、なんと一日前に遡っていたのです。しかもそれからも過去への逆流は続きます。段々と遡るスピードは速くなり、自分の体もどんどん幼くなっていくことに気付くマイケルでしたが…。

 時間を操る力を持つ鳩時計によって、過去を遡ってしまう少年の苦難を描いた作品です。過去に遡っていることに気付いた主人公が、時間の逆流を止めようと鳩時計を元に戻そうとしますが果たせません。そのうち過去に遡るスピードが速くなり、父親が鳩時計を購入する以前にまで戻ってしまうのです。
 時計が骨董屋に何年も置きっぱなしだったという話を、父親から聞いていたマイケルは、店に行って時計を直そうと考えますが、そのうちにも時間を遡るスピードは速くなった結果、マイケルの体は幼くなり、一人で外出もままならなくなってしまうのです。
 しかも、過去に戻るとはいえ、過去の出来事は基本的に変えられないようで、失敗をやり直そうとしても、結局災難が再現されてしまうのです。数日前の記憶はともかく、数年単位で遡ってしまった過去の記憶はマイケルにも残っていません。
 小学生の低学年になってしまったマイケルの困惑を描く部分は本当に悪夢のようですね。加えて、妹タラの悪意といたずらは強烈で、本当に性悪な少女として描かれています。 だんだんと過去に遡ったマイケルが、当時の幼いタラに再会しますが、赤ん坊の段階から性格が悪く、この手の作品にありがちな、一見意地悪な家族の愛情を再確認する…という流れにはならないところが面白いですね。
 時間を遡っているうちに、いずれ自分が消滅してしまう可能性があることに気付いたマイケルが、体が赤ん坊になる前に、骨董屋の鳩時計をいじって時間の流れを元に戻そうとするものの、様々な障害によって邪魔されてしまう…という流れは、悪夢じみたサスペンスとして、読み応えがあります。
 妹タラの妨害を始めとして、主人公のなすことがことごとく上手くいかず、泥沼に落ち込んでしまうというホラーサスペンス作品になっています。本当に最後の最後まで事態が好転しないだけに、結末での逆転には非常に爽快感がありますね。


 基本的にハズレがないシリーズだと思いますが、一番面白いのは、時間もの作品の『鳩時計が鳴く夜』でしょうか。あと、不幸を司る怪物との戦いを描く『人喰いグルール』、呪いの人形に姉妹が支配されてしまう『わらう腹話術人形』、異世界へつながる鏡を扱った『鏡のむこう側』なども面白いですね。
 1990年代に出たソニー・マガジンズ版にしか収録されていない作品もあるようで、そちらも読んでみたいところなのですが、プレミアがついてしまっている巻も多いようなのが残念です。
 未邦訳の作品が相当数あるので、こちらの新規邦訳も期待したいところですね。


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奇妙な放浪  エリック・フランク・ラッセル『自動洗脳装置』
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 エリック・フランク・ラッセルの長篇『自動洗脳装置』(大谷圭二 創元推理文庫)は、突然呼び覚まされた殺人の記憶から逃走する男を描いたサスペンスSF作品です。

 防衛科学研究所に勤務する冶金学者リチャード・ブランサムは、このところ同僚たちが次々と退職することに対し不審の念を抱いていました。不慮の事故だけでなく、特に理由もなく仕事を辞めたいという人間が増えていたのです。
 ある日、食堂で休んでいたブランサムは、近くにいた長距離トラックの運転手らしい男たちの話をふと耳にします。バールストンという町で洪水があり、街道の大木が倒れた結果、20年近く経過しているらしい女の白骨死体が発見されたというのです。
 その話を聞いたブランサムは、突然過去に自分が犯した殺人のことを思い出します。当時付き合っていた女アーリンを憎悪のあまり殺してしまったのです。なぜこのことを今まで忘れていたのだろうか? 殺人のことは思い出したものの、その前後についての詳細は思い出せません。
 ブランサムは真実を確かめるために休暇を取り、バールストンの町に向かいますが、以前から彼の周囲をうろついていた男リアーダンが、行く先々で現れます…。

 突然思い出した過去の殺人の記憶を確かめようと、旅に出る男を描いたサスペンス作品です。たどり着いた町でいろいろと調べてみるものの、白骨死体が見つかったという話もなく、そもそも女が行方不明になったという話すらないのです。
 この鮮明な記憶は何なのか? 自分を追いかけ回す男リアーダンの目的は? やがてたどり着いた真相は思いもかけないものでした…。

 正直、タイトルを読むと、何となく真相が分かってしまうとは思います。SF的なアイディアが使われているものの、それ自体は大したものではありません。むしろこの作品の面白みは、主人公が殺人と記憶の謎を求めてさまよう過程のサスペンスにあります。
 自らの殺人の記憶を確認に訪れるものの、その記憶自体に信用がおけない主人公。自分がおかしいのか、それとも記憶がおかしいのか…。
 自分の「犯行」を辿ろうとする主人公の行動が、ミステリジャンルで言うところの倒叙形式に近いのですが、そこにニューロティックな味付けも加わって、奇妙な味のスリラーとして楽しめる作品になっています。


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不摂生な楽園  ダグラス・ケネディ『どんづまり』

どんづまり (講談社文庫) 文庫 – 2001/12/1


 ダグラス・ケネディの長篇『どんづまり』(玉木亨訳 講談社文庫)は、仕事を辞め、オーストラリアを訪れた元ジャーナリストの男性が監禁されてしまうという、サスペンス・ホラー作品です。

 二流の新聞社を転々としていたアメリカ人ジャーナリストのニック・ホーソン。30代も後半になったニックは、ある日見つけた地図をきっかけにオーストラリアへの憧れを抱きます。仕事を辞めやってきたオーストラリアでしたが、思ったほどの刺激もなく嫌気がさしてきていたところ、人里離れた場所で、若い女性のヒッチハイカーを乗せることになります。
 魅力的なその女性アンジーとわりない仲になり、幾日かを共に過ごすことになったニックでしたが、生まれ故郷からほとんど出たことがないという彼女の世間知らずさと、その一方的な態度に、不審の念を抱きます。
 アンジーに別れを告げようとした直後、ニックは意識を失ってしまいます。目が覚めると体が縛られており、目の前にはアンジーの叔父だというガスという男がいました。彼によれば、ここはアンジーの故郷ウォラナップであり、ニックはすでにアンジーと結婚済みだというのです。
 出ていこうとするものの、体には大量の薬が盛られており、ろくに動くこともできません。しかもこの地は、アンジーの父親「ダディ」を始め、いくつかの大家族の長が町を治めており、まともな法律も警察もないというのです。「ダディ」から、出て行こうとすれば殺すとの脅迫を受けるニックでしたが…。

 行きずりの女性とのアバンチュールをきっかけに監禁されてしまうことになった男の苦難を描くサスペンス・ホラー作品です。囚われた土地は少数の人間によって支配されるとんでもない環境で、警察も法律もありません。そもそも地図上では、その町はすでに存在しないことになっているのです。
 「妻」となったアンジーを始め、その父親「ダディ」やその家族も粗野で暴力的、ちょっとしたことで拳が飛んでくるという過酷な環境なのです。家族の中で唯一、まともな神経を持っているアンジーの姉クリスタルとのふれあいをニックは待ち望むことになります。

 ゆがんだ形とはいえ、主人公の成長物語にもなっているところが面白いですね。何事にも真剣になれず、仕事も転々としていたニックが監禁されて後、強要された自動車修理の仕事に夢中になっていきます。分解された自動車を見事に復元した直後にそれを壊されてしまい、その衝撃で精神がおかしくなってしまう…というシーンにはインパクトがあります。監禁中の生活を通して、人生に対して再考を迫られる…という内省的なテーマもあるようです。
 ただ、そうした真摯なテーマもあるものの、全体はブラック・ユーモアに彩られた小説です。監禁先の家族たちも、暴力的だとはいえ、殺人を繰り返したりするほどの猟奇さはなく、彼らなりの親切心で主人公を心配したりするあたり、悪い冗談のような作品になっています。

 町の家族たちの主要な産業はカンガルー肉の解体なのですが、その作業も非常に粗っぽく、カンガルーの死体がそこら中に転がって異臭がしている…という強烈な描写です。独自の貨幣制度が作られてはいるものの、それが酒と煙草が基準になっていたりと、アンチ・ユートピアみたいな作りになっています。
 閉鎖的で暴力的なコミューンでありながら、最低限の社会性や、歪んだ形ではありますが人間性も保たれていたりと、妙な社会像が描かれているという意味でも、面白い作品かもしれませんね。



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闇の世界  ルーパート・トムソン『終わりなき闇』

終わりなき闇 (講談社文庫) (日本語) 文庫 – 1997/9/1


 ルーパート・トムソンの長篇『終わりなき闇』(斉藤伯好訳 講談社文庫)は、視覚を失った男の奇怪な体験を描いたサイコ・スリラー作品です。

 突然頭を銃撃され、視力を失ってしまった男マーティン・ブロム。担当である神経外科医のヴィッサーからは視力が戻ることはないと言われていましたが、なぜか夜、暗い場所では物が見えることにブロムは驚きます。そのことを周囲に秘密にしているブロムは、家族や恋人からも別れて新しい生活を始めようとします。ナイトクラブで働く若い女性ニーナと知り合い、恋人になったブロムでしたが、しばらくすると、ニーナはブロムに別れを匂わせた後に失踪してしまいます。
 ブロムは夜、異様な行動をする人間を目撃することが増えてきていました。さらに、時折、テレビ映像のようなものが視界に映るのです。彼は治療の際に、ヴィッサーによって頭に何か仕掛けをされたのではないかと考えるのですが…。

 全体は三部に分かれています。上に挙げたあらすじが第1部。第2部では、第1部で失踪した女性ニーナの祖母であるエディス・ヘックマンの生涯が語られ、第3部では第1部と第2部のお話がつながるようになっています。
 全体の7割ぐらいは第1部が占めており、この部分が突出している感じでしょうか。視力を失った男ブロムが、ニーナという女性と出会いますが、彼女が失踪してしまい、それを探しているうちに、彼女の母親や祖母と出会うことになる…というのが大まかなストーリーラインなのですが、その本筋以外でのブロムの行動が異様で、彼の認識が真実なのか妄想なのかが分からない、という不穏な感じの読み味になっています。
 夜には目が見える、というのも実は怪しく、彼が目にする光景と話している相手が言っていることが矛盾していたり、ホテル内でところかまわず性行為をする男女が見えるなど、明らかに妄想に近い光景が展開されています。しかしブロムはそれが妄想や幻覚だとは思わず、医者が仕掛けた大がかりな陰謀なのではないかと考えたりするのです。

 所々で思わせぶりな描写(伏線?)が語られるのですが、それっきり触れられない話題などもあり、一筋縄ではいかない作品になっています。それが極端なのが<透明人間>のエピソード。サーカスから失踪したという、透明になれる術を持つ<透明人間>とブロムが出会うのですが、この<透明人間>、いかにも後半本筋に絡んできそうに見えるものの、全く出てこない…というあたり、どこか人を食った感じですね。

 第二部では、ニーナの祖母エディスの生涯が描かれます。貧しい環境に生まれたエディスが、実の弟アクセルと恋愛関係になりますが、アクセルは別の娘と結婚してしまいます。妻と共に事故死してしまったアクセルの残した赤ん坊メイジーを引き取ったニーナは、赤ん坊に重度の知的障害があることを知りますが、その子供に執着することになります。後に結婚し実子カリンが出来てからも、実子を放置し、なぜかメイジ-に執着するエディスの行動は異様で、その執着が後の悲劇につながることにもなるのです。

 第三部では、一部と二部の物語がつながることにはなるのですが、第二部はともかく、第一部で描かれたブロムの異様な環境についてはほとんど説明がされずに終わってしまうというところには唖然としてしまうかもしれません。
 第二部に始まるエディスの物語は、単独でも異様なサイコ・スリラーとして面白い作品です。ただ第一部とのつながりは希薄で、これが上手く結びついていたら大傑作になったのでは…とも思わせますね。

 また、ブロムの「妄想」世界が描かれる第一部は、一種の不条理小説のような味わいがあって、こちらはこちらで捨てがたいパートになっています。
 舞台となる国や時代などが故意にぼかされているのも特徴です。おそらくアメリカが舞台なのだとは思いますが、ヨーロッパ的な雰囲気を感じる部分もありますね。
 解説では、主要な登場人物の年齢と事件が年表で説明されており、こちらを見ると、その構造が非常に分かりやすくなっています(いわゆるジャンル小説のフォーマットからは逸脱した作風なので、一読した直後は、ちょっと混乱するかもしれないですね)。
 とにかく「変な物語」で、正統派のミステリやサスペンスを期待した読者は、どう評価していいのか分からなくなってしまうような作品だと思います。ただ、妙な熱気に溢れた物語であることは確かで、変わった作品を読みたい方にはお薦めしておきたいと思います。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
ブックガイド系同人誌もいろいろ作成しています。



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