絶望とトラウマ 頭木弘樹編のアンソロジーを読む |
「絶望」をテーマに執筆を続けている頭木弘樹。編者としても、また様々な「絶望」の形を題材にした優れたアンソロジーを編んでいます。以下、紹介していきましょう。
頭木弘樹編『絶望図書館 立ち直れそうもないとき、心に寄り添ってくれる12の物語』(ちくま文庫)
絶望したときに寄り添ってくれる物語、というコンセプトで集められたアンソロジーで、非常に読み応えのある作品集です。 収録作品はバラエティに富んでいます。作家は日本作家と海外作家、ジャンル的にも児童文学、SF、ミステリ、エッセイ、現代文学など、様々な作品が収録されています。読んだことのある作品もあったのですが、このアンソロジーの中の一篇として読み直してみると、また違った味わいが感じられますね。
父親が増えてしまうという、巻頭の「おとうさんがいっぱい」(三田村信行)からして強烈な作品なのですが、後に続く作品もインパクトの強い作品が多いです。集中でもとりわけ印象に残るのが「瞳の奥の殺人」(ウィリアム・アイリッシュ)と「虫の話」(李清俊)の二つでしょうか。
「瞳の奥の殺人」は、全身不随の初老の女性が主人公。息子の嫁が愛人と共が息子の殺人を企てていることを知りながら何も出来ない…という物語。アイリッシュには、有名な「裏窓」を始め、ハンディキャップのために思うように動けない…という作品がよく見られますが、これはその中でも強烈な一篇です。
李清俊「虫の話」は、息子を殺された母親が犯人に対して憎悪を抱きますが、やがて宗教的な影響から犯人を赦そうとする…という物語。 「赦し」に至るまでの母親の感情の動きが強烈に描かれており、しかもそれも破綻してしまう…という結末は衝撃的です。
絶望的な状況に陥ったことがあるかないかは別として、この本を読みながら、日常的にこんな状況があり得る、あったことがある…という具体的な想像が浮かんできます。いい意味で「身につまされる」とでもいいましょうか。これは実にいいアンソロジーだと思います。
山田太一, 藤子・F・不二雄, BUMP OF CHICKEN, ベートーヴェン, 連城三紀彦, ナサニエル・ホーソン, ダーチャ・マライーニ, ハインリヒ・マン, 豊福晋, クォン・ヨソン, 頭木弘樹, 岡上容士, 品川亮, 斎藤真理子, 香川真澄 河出書房新社 (2019-01-23)
頭木弘樹編『絶望書店 夢をあきらめた9人が出会った物語』(河出書房新社)
「夢をあきらめる気持ちに寄り添ってくれる物語を集めたアンソロジー」とのことで、かなりピンポイントなところをついてくるアンソロジーです。
最初に収録されている山田太一「断念するということ」が別のアンソロジーの序文だそうで意表を突かれます。また小説だけでなく、ベートーヴェンが難聴について友人に語った手紙、藤子・F・不二雄の漫画作品、サッカーを題材にしたノンフィクションまで収録されており、バラエティに富んだ作品集です。
演出家に無理難題を要求される女優を描いた「マクベス夫人の血塗られた両手」(ダーチャ・マライーニ)、少年の絶望を描いた「打ち砕かれたバイオリン」(ハインリヒ・マン)、喉の病気のために新しい言葉を生み出すという「アジの味」(クォンヨソン)なども面白いですが、特に印象に残ったのは、「人生に隠された秘密の一ページ」(ナサニエル・ホーソン)、「紅き唇」(連城三紀彦)、「肉屋の消えない憂鬱」(豊福晋)、「パラレル同窓会」(藤子・F・不二雄)などでしょうか。
「人生に隠された秘密の一ページ」(ナサニエル・ホーソン)は、青年が眠り込んでいるうちに、様々な幸福や不幸が彼の目の前を通り過ぎていく…という寓話性の強い作品。主人公の青年はそれらの出来事に全く気付かない…というのが面白いですね。
「紅き唇」(連城三紀彦)は、結婚してすぐに妻を亡くした男が義母と奇妙な同居生活を送る…という物語。 男も義母も不運な生涯を送ってきており、二人の間に不思議な絆が生まれるという面白い作品。結末で隠された人間性が明かされるというタイプの作品でもあり、ミステリ的な興味からも面白いですね。
「パラレル同窓会」(藤子・F・不二雄)は、出世して社長になった男がある日、様々なパラレルワールドから来た自分たちと「同窓会」を行うというSFコミック。そこには成功しなかった自分、テロリストや殺人犯となった自分までもいるのです。自分のありえた可能性を見させられる…という作品です。
「肉屋の消えない憂鬱」(豊福晋)は、サッカーをめぐるノンフィクション。少年時代にサッカーで将来を期待され、クラブではメッシと一緒にプレーもしたというかってのスター選手が、将来をいかにあきらめたのか…という内容です。事実だけに、このアンソロジー中でもインパクトが強いですね。 実際に成功したスター選手でさえ、日々のプレッシャーはなくならない…ということにはなるほどと頷きました。サッカーの事例ではありますが、読んでいてわが身にひきつけて考えさせられるところのある作品です。
テーマが絞り込まれている分、読む人にとって、いい意味でも悪い意味でも精神的に来るものがあるアンソロジーではないでしょうか。特に「肉屋の消えない憂鬱」はかなりシビアな話で、こういうノンフィクションだけのアンソロジーもできたら面白そうですね(かなり暗い内容になってしまいそうですが)。
以前必要があって、ある病気に関する本を読みました。様々な人の体験記が載っているのが売りの本だったのですが、そこに載っていたのは病気を克服した人か、コントロールができている人の体験記ばかりで、上手くいっていない人の事例は載っていませんでした(当然なのかもしれませんが)。 そういう上手くいっていない人の体験記ばかりを集めた本があってもいいのかもしれないな…というようなことを、このアンソロジーを読みながら考えました。
直野 祥子, 原 民喜, 李 清俊, フィリック・K・ディック, 筒井 康隆, 大江 健三郎, 深沢 七郎, フラナリー・オコナー, ドストエフスキー, 白土 三平, 夏目 漱石, ソルジェニーツィン, 頭木 弘樹, 斎藤 真理子, 品川 亮, 秋草 俊一郎 筑摩書房 (2019-02-08)
頭木弘樹編『トラウマ文学館 ひどすぎるけど無視できない12の物語』(ちくま文庫)
トラウマになりそうな「ひどい話」を集めたユニークなアンソロジーです。
家族旅行中にアイロンをかけっぱなしにしたことを思い出す少女の不安を描く「はじめての家族旅行」(直野祥子)、仲間の前で一人気分が悪くなる人形を描いたメルヘン「気絶人形」(原民喜)、テレビの登録を頑ななまでに拒む父親とその家族を描いた「テレビの受信料とパンツ」(李清俊)、異星人によって作られた偽者のロボットと疑われた男を描くサスペンスSF「なりかわり」(フィリップ・K.ディック)、相撲取りに命を狙われるという不条理作品「走る取的」(筒井康隆)、仔牛の肉を密かに運搬する二人組が野犬に襲われるという「運搬」(大江健三郎)、義足の女性と青年の奇妙な交流を描く「田舎の善人」(フラナリー・オコナー)、窃盗犯の父の影響から完全犯罪を起こそうと殺人を行う少年を描いた「絢爛の椅子」(深沢七郎)、殺人の告白をしたもののその不安に怯える男を描いた「不思議な客」(ドストエフスキー)、少年に拾われながらもその野生は抜けない犬を描いた「野犬」(白土三平)、首をつりたくなる松の木を描いた「首懸の松」(夏目漱石)、たき火に巣をかけられたアリを描く掌編「たき火とアリ」(ソルジェニーツィン)を収録しています。
その程度は様々ながら、どれも「ひどい話」が沢山集められています。中でも印象に残るのは、「はじめての家族旅行」(直野祥子)、「テレビの受信料とパンツ」(李清俊)、「絢爛の椅子」(深沢七郎)などでしょうか。
「はじめての家族旅行」は少女漫画誌に載った短篇マンガ作品。研究者の父親が妻子を連れて家族旅行に出かけます。娘は家を出る直前にアイロンの電気をかけっぱなしにしたことに思い当たり不安になりますが、船中で出会った老人の話を聞き、楽観的に考えるようになる…という物語。 1971年発表ですが、今読んでもぐっと来るものがありますね。クーラーをつけっぱなしで出かけてしまうとか、レンタルビデオを返すのを忘れていたとか、似たような事例を思い起こさせるような、普遍的な不安を描いた秀作です。 読後、個人的には、ディーノ・ブッツァーティ作品を思い出しました。例えば「忘れられた女の子」とか「バリヴェルナ荘の崩壊」とか、読んだことのある人には何となく伝わると思うのですが。
「テレビの受信料とパンツ」は、テレビの登録を頑なに拒む父親とその家族を描く作品。それなりの社会的地位と収入もある父親が、なぜ大したことのない登録料をけちり、放送公社から来る人間を追い返すのか? 父親の人間像と彼の心理を慮る家族の心情が描かれていて、しみじみとした味わいがあります。
「絢爛の椅子」では、ささいな窃盗を繰り返し前科を重ねる父親の卑小な姿を目撃した少年が、完全犯罪を目指して殺人をする姿が描かれます。いわゆるプライドのための犯罪なのですが、面白いのはこの少年がそれほど賢いように描かれていないこと。 一旦「完全犯罪」に成功するものの、自分の存在を認識させようと社会に対して宣伝してしまい、結局捕まってしまうのです。 知的エリートが自らの存在を証明するために犯罪を行う…というような話はよくありますが、この作品では、ある種「普通」の少年が頭で考えた犯罪を実行に移して失敗してしまうという、非常にリアルな展開が描かれていますね。
「なりかわり」(フィリップ・K.ディック)も、結構嫌な話です。ディック作品では、ある人間が「にせもの」ではないかとか、「現実」が虚構なのではないかとか、そうしたテーマに基づく不安が描かれたものが多いですね。その結果、バッドエンドになる話も多く、自然と「ひどい話」も多い印象です。
有名作ではありながら、なかなか手の伸びないであろう、夏目漱石やドストエフスキーの作品の抜粋を入れているのも面白い試みですね。「首懸の松」(夏目漱石)は『吾輩は猫である』の抜粋、「不思議な客」(ドストエフスキー)は『カラマーゾフの兄弟』の抜粋になっています。
テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学
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死ねない殺し屋 都筑道夫『闇を食う男』 |
都筑道夫の長篇『闇を食う男』(天山文庫)は、「不死」の殺し屋を主人公にした、ホラー・バイオレンス小説です。
語り手の「おれ」は友人のライター浅野と共にロスアンゼルスに旅行に出かけますが、現地のホテルで見知らぬ男に殺されかけます。もみ合ううちに逆に相手を殺してしまった「おれ」でしたが、相手は最後に妙な言葉をつぶやいていました。 浅野によれば、彼は礼と共に「お前が五百人目だったのか」と言っていたというのです。調査をした浅野によれば、南米ペルーの神に呪われた人間は「神の代理人」として500人の人間を殺さなければいけないというのです。 その間「代理人」となった男は、死のうとしても死ねず、499人を殺した後、自らが500人目となる、という伝説があったといいます。実際に殺人衝動が抑えられなくなった「おれ」は自分が「代理人」の後継者になったことを知ります。 役目を受け入れた「おれ」は避けられないのならばと殺し屋を開業することになりますが…。
邪神の呪いにより500人を殺さなければいけなくなった男が殺し屋を始める…という物語です。その人数を殺すまでは死ねない運命になっているらしく、危険なことが起こっても重大事にはならないのです。 連作短篇になっており、毎回主人公に殺しの依頼が舞い込むのですが、その依頼が変わったものだったり、裏があったりと、それぞれが変わったものとなっています。主人公は自分が死なないことが分かっているのでクールに行動するのですが、やっている殺人行為はかなりハードかつ残酷なもので、そのギャップも面白いところですね。 友人やエージェントも躊躇いなく殺してしまいますし、自殺を望む依頼人に対しても軽く助言はするものの、結局あっさりと殺してしまいます。
入り組んだ事件や、主人公を陥れようとする陰謀なども発生しますが、主人公はそれらを全て軽くかわしてしまい、関係者をほとんど抹殺してしまうという流れは、ある種、爽快ではあります。 殺しの手順や行為に関して、かなり残酷なシーンもあるのですが、主人公自身があっさりしているのと、描写も淡々と描かれることもあり、題材の割りに生臭さはありません。 こうしたテーマのホラー小説を、ここまで淡白に描いているという意味では、珍しいタイプの作品かもしれませんね。
ちなみに、主人公の「不死」は、物理的に死なないわけではなく、そうした状態にならないように「神の手」の介在で運命が変わる、という設定のようです。
テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学
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4月の気になる新刊と3月の新刊補遺 |
発売中 一柳廣孝『怪異の表象空間 メディア・オカルト・サブカルチャー』(国書刊行会 3960円) 発売中 寺尾隆吉『100人の作家で知る ラテンアメリカ文学ガイドブック』(勉誠出版 3080円) 3月28日発売 フォルチュネ・デュ・ボアゴベ『乗合馬車の犯罪 別冊Re-ClaM Vol.2』(Re-ClaM 2500円 盛林堂書房にて販売) 4月2日発売 『ナイトランド・クォータリーvol.20 特集バベルの図書館』(アトリエサード 予価1870円) 4月3日刊 日影丈吉編『新装版 フランス怪談集』(河出文庫 予価1210円) 4月10日刊 ジョーン・エイキン『月のケーキ』(東京創元社 予価2200円) 4月13日刊 中西裕編『死の濃霧 延原謙翻訳セレクション』(論創海外ミステリ 予価3520円) 4月14日刊 アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ『すべては消えゆく』(光文社古典新訳文庫 予価1166円) 4月17日刊 濱中利信編『改訂増補新版 エドワード・ゴーリーの世界』(河出書房新社 予価2200円) 4月18日刊 鹿島茂『職業別 パリ風俗』(白水Uブックス 予価2090円) 4月20日刊 アガサ・クリスティ『ハーリー・クィンの事件簿』(創元推理文庫 予価990円) 4月24日刊 ホルヘ・ミゲル・ココム・ペッチ『言葉の守り人』(国書刊行会 予価2640円) 4月24日刊 土岐恒二『照応と総合 土岐恒二個人著作集+シンポジウム』(小鳥遊書房 予価9680円) 4月28日刊 河出書房新社編集部編『月岡芳年 血と怪奇の異才絵師』(河出書房新社 予価2640円) 4月30日刊 ケイト・ウィルヘルム『鳥の歌いまは絶え』(創元SF文庫 予価1276円)
黒岩涙香翻案の『鉄仮面』の原作者としても知られ、19世紀フランスの大衆作家として非常に人気のあったボアゴベ(1821-1891)の『乗合馬車の犯罪』が初邦訳。商業出版ではありませんが、貴重な翻訳だと思います。書肆盛林堂にて購入できます。 http://seirindousyobou.cart.fc2.com/ca22/604/p-r-s/
徐々にシリーズ復刊が進む、河出文庫の<怪談集シリーズ>。今回は『フランス怪談集』が新装復刊になります。文学味豊かなセレクションになっています。参考に収録作品も紹介しておきますね。
「魔法の手」ジェラール・ド・ネルヴァル 「死霊の恋」 テオフィル・ゴーチェ 「イールのヴィーナス」プロスペール・メリメ 「深紅のカーテン」ジュール・バルベー=ドールヴィイ 「木乃伊をつくる女」マルセル・シュオッブ 「水いろの目」 レミ・ド・グールモン 「聖母の保証」アナトール・フランス 「或る精神異常者」モーリス・ルヴェル 「死の鍵」ジュリアン・グリーン 「壁をぬける男」マルセル・エイメ 「死の劇場」ピエール・ド・マンディアルグ 「代書人」ミシェル・ド・ゲルドロード
中西裕編『死の濃霧 延原謙翻訳セレクション』(論創海外ミステリ)は、名訳者延原謙のミステリ翻訳を集めたアンソロジー。こちらも内容が紹介されていたので転載しておきます。
「死の濃霧」コナン・ドイル 「妙計」E・マックスウェル 「サムの改心」ジョンストン・マッカレー 「ロジェ街の殺人」アルセル・ベルジェ 「めくら蜘蛛」L・J・ビーストン 「深山に咲く花」オーギュスト・フィロン 「グリヨズの少女」F・W・クロフツ 「三つの鍵」ヘンリー・ウェイド 「地蜂が刺す」リチャード・コンネル 「五十六番目の恋物語」スティーヴン・リーコック 「古代金貨」A・K・グリーン 「仮面」A・E・W・メースン 「十一対一」ヴィンセント・スターレット 「シャーロック・ホームズ物語 赤髪組合」コナン・ドイル
濱中利信編『改訂増補新版 エドワード・ゴーリーの世界』は、品切れになっていたエドワード・ゴーリー作品のガイドブックの増補版。ゴーリー作品の全体像が分かる便利なガイドブックでお薦めです。
テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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ある一日 マーガレット・ミラー『見知らぬ者の墓』 |
マーガレット・ミラー, 榊 優子 東京創元社 (1988-05-29)
マーガレット・ミラーの長篇『見知らぬ者の墓』(榊優子訳 創元推理文庫)は、ヒロインが見た夢を発端に始まる心理サスペンス小説なのですが、その夢というのが、自分の没年が刻まれた墓石が登場するという、何とも魅力的なイメージなのです。
不動産業を営む夫ジムと平穏な結婚生活を送っていたデイジー・ハーカーは、ある夜奇妙な夢を見ます。それは自分の名前が刻まれた墓碑を目撃するという夢でした。その墓碑には、自分の没年が4年前の12月2日と刻まれていました。 自分にとってその日には何か意味があるのではないかと考えたデイジーは、その日を再現しようと考えます。折しも、放蕩者の父親スタンから保釈金を求められたデイジーは、その縁で知り合った私立探偵のピニャータに、自分の夢の一日を再現する手伝いをしてほしいと依頼しますが…。
奇妙な夢を見た人妻デイジーが、夢に現れた日を再現しその意味を探そうとするという、幻想的な発端から始まる物語です。平凡ながら平穏な毎日を送っていたデイジーが隠された過去を知り、そのために彼女の人生も変わってゆくことになります。 デイジーと彼女に協力する探偵ピニャータの他、放蕩者で妻子とは別れて暮らすデイジーの父親スタンの視点が途中から入ってくるのが特徴です。多情な若い女ファニータをかばって喧嘩をしてしまったスタンがその関係で、ファニータやその家族から話を聞き出していく流れは、一見、話の本筋とは関係ないように見えながら、後半でメインの物語と合流してくるという流れは見事ですね。
登場人物はそれぞれ厚みを持って描かれていますが、放蕩者ながら娘思いのスタン、多情で奔放なファニータのキャラクターに関しては、作中でも特に生彩があります。 周りの人間たちがデイジーにそれぞれ隠していた事実が明らかになっていくにしたがって、平穏な生活にひびが入ることになりますが、それによって、何も知らなかったヒロインが「大人」になっていくというテーマも見え隠れします。
劇的な事件は起こらないものの、関係者たちの会話から少しづつある家族の過去が再構成されていく流れには、家族小説の趣もありますね。 各章にヒロイン宛の父親からの手紙の断片がそれぞれ引用されるのですが、この手紙の意味が結末で明かされるという部分は非常に技巧的。 かなりページ数のある作品で、いささか長いのが玉に瑕なのですが、非常にテーマ性の強い秀作かと思います。
テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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魔法の日々 ロバート・R・マキャモン『少年時代』 |
ロバート・R. マキャモン, McCammon,Robert R., 磬, 二宮 文藝春秋 (1999-02)
ロバート・R・マキャモン『少年時代』(二宮馨訳 文春文庫)は、1960年代の田舎町を舞台に、少年の不思議な体験と成長を描く作品です。
1964年、アラバマの田舎町ゼファーに住む12歳の少年コーリー・マッケンソンは、父親トムと共に牛乳配達をしている最中に、湖に自動車が沈んでいく場面に出くわします。助けようと飛び込んだ父親は、運転席に顔を殴られ首を絞められた見知らぬ男の死体を発見します。 湖は深く、そのまま沈んでしまった車を引き揚げることは不可能であり、行方不明になった人間も近辺にはいないということで、事件は有耶無耶になってしまいます。 事件後、父親が心を病みつつあることを気にかけながらも、コーリーは三人の親友とともに冒険の日々を過ごすことになりますが…。
1960年代の田舎町を舞台に、とある少年の不思議な少年時代の出来事を描いていくという作品です。洪水、不思議な生き物との遭遇、いじめっ子との対決、カーニヴァル、友人とのキャンプ、ペットや親友との別れ、悪党一家との対決など、様々な出来事が連作短篇のような形で描かれていきます。 主人公の家族、友人を始め、町の様々な人物が登場し、主人公の前を通り過ぎていくことになります。数十人を越える多数の人物が登場しますが、その描き分けが見事です。脇役でもそれぞれ印象的なシーンが用意されており、キャラクターを目立たせています。 善人だと思っていた人物が人種差別主義者だったり、悪人だと思っていた人間が優しいところを見せたりと、人間の多面性を主人公コーリーは知ることになります。
裸で歩き回る変人ながら繊細な芸術家としての面も持つ資産家の御曹司ヴァーノン・サクスター、野球の天才的な才能を持ちながらも親に認めてもらえない少年ネモ・カーリス、住人たちから魔法を使う存在だと信じられる黒人女性「ザ・レディ」、いたずら好きながらある種の天才でもある小悪魔的な少女「ザ・デーモン」、あらゆる機械を修理できる修理屋ライトフット、コーリーの愛車「ロケット」など、ユニークで多彩なキャラクターがこれでもかとばかりに登場します。 ほら吹きだと思われていた老人が凄腕のガンマンだったことがわかるなど、意外な人物が意外なシーンで活躍するのも楽しいですね。
少年の目には世界が「魔法」に満ちている、と言うと、比喩的な意味と捉えられがちですが、この作品では本当に超自然的な出来事や現象が起こるのも特徴です。「怪物」や「恐竜」、「幽霊」が登場したり、「奇跡」が起こったりと、文字通り主人公の世界は「魔法」にあふれているのです。 しかし、その「魔法」も万能ではなく、親しい者たちの死を防ぐことはできません。しかしそれらの体験を受け入れたコーリーは人間として成長を遂げていきます。 様々な事件・体験を描いたエピソードが連ねられていくなか、冒頭で描かれた謎の殺人事件の謎が縦糸として物語を伏流しており、徐々にその事件の全貌が明らかになっていきます。 コーリーの独自の捜査、そして「魔法」を体現する存在である、100歳を超えた黒人の女性「ザ・レディ」の案内によって、コーリーとその父トムは事件の解決に導かれることになります…。
少年小説であり、成長小説であり、幻想小説でもあるという作品です。作中でも言及されるようにレイ・ブラッドベリ風の味わいも感じられますが、影響は感じさせながらも、一回りスケールの大きな作品に仕上がっています。 また、章の一つ一つが見事に練り上げられており、それぞれの完成度が半端ではありません。傑作といっていい作品ではないでしょうか。
テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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「コンピュータ」の殺人 マイクル・クライトン『ターミナル・マン』 |
マイクル クライトン, 浅倉 久志 早川書房 (2015-02-27)
マイクル・クライトンの長篇小説『ターミナル・マン』(浅倉久志訳 ハヤカワ文庫NV)は、治療としてコンピュータを埋め込まれた患者が逃亡し人々を襲う…という、ホラー味の強いサスペンス作品です。
ロサンジェルスの大学病院に収容された男、ハロルド・ベンスン。彼には精神性の発作に襲われると、周りの人間に暴力をふるうという危険な性向がありました。病院は発作を抑えるために、脳の内部にコンピュータを埋め込むことを決定します。 手術の成り行きに不安を抱いたベンスンの精神科医ジャネット・ロスは、ベンスンの病室を訪れると、そこはもぬけの空でした。しかも不測の事態から彼は6時間後に暴力性の発作を起こる可能性が高いというのです…。
小型コンピュータを埋め込まれた患者の制御が効かなくなり暴走する…という「ハイテク」(1972年当時)を扱った作品です。逃げ出した患者を追いかける部分よりも、患者に手術を施すまでの部分の方が長いのは、当時の情報小説的な面が強調されているものでしょうか。 患者であるベンスンは機密研究にたずさわるほどの知能を持っていますが、精神性の発作に加え、人格障害を持っています。手術によって発作を抑えられても、人格障害を直すことはできないことから、病院のスタッフ内では、彼に手術をしていいものかどうか、意見が割れていきます。
実際に脳内にコンピュータを埋め込む手術の過程がリアルに描かれていきます。脳のレントゲン写真などが画像として挟まれるのもリアルです。またそれと同時に、人間が「第二の脳」を持つことに対する哲学的な感慨などもはさまれていきます。 患者の体内のコンピュータを維持するための原子力電池も一緒に体に埋め込まれており、これが壊されると強烈な放射能が漏れ出るということもあり、逃亡した患者を不用意に攻撃できない…というジレンマもあったりするところが面白いですね。
コンピュータやテクノロジーが暴走して人間を襲う…という、今となってはそれほど珍しくはないテーマの作品ではありますが、1970年代初頭という時代を考えると、かなり先駆的な作品です。クライトン特有の細かい技術的な描写のおかげもあり、今読んでもそんなにおかしい部分は感じられません。
同じようなテーマの作品では、1980年代に書かれた、デイヴィッド・ショービン『アンボーン 胎児』(竹生淑子訳 ハヤカワ文庫NV)が面白いです。 こちらは、実験でコンピュータと接続された胎児があらゆる医学知識を吸収し、自らの成長を促進するために母体を操り始める…というホラー作品です。
テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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生き人形の館 イヴ・バンティング『ドールハウスから逃げ出せ!』 |
イヴ バンティング, 矢島 真澄, Eve Bunting, 瓜生 知寿子 早川書房 (2006-01-31)
イヴ・バンティングの長篇『ドールハウスから逃げ出せ!』(瓜生知寿子訳 早川書房)は、縮小されてドールハウスに監禁されてしまった子供たちを描く、ファンタスティックなサスペンス小説です。
中学生の少年カイルは、車の故障で立ち往生しているおばさんを助けようとしますが、逆に車に押し込められ誘拐されてしまいます。気を失ったカイルが目覚めると、目の前には三人の子どもと犬がいました。 最年長であり野球が得意なマック、バイオリンが上手い黒人の少女タニヤ、ダンスが好きな4歳の幼い少女ルル、そして犬のピッピ。彼らもまた誘拐されて何ヶ月も監禁されているといいます。ここはドールハウスであり、誘拐犯のミセス・シェパードの亡き夫が開発した薬物により、子どもたちは人形と同じようなサイズにされているというのです…。
人形サイズに縮められ、ドールハウスに監禁された子どもたちがそこから脱出しようとするサスペンス作品です。主人公カイル以外の子どもたちは既に何ヶ月も監禁されており、いろいろな脱出方法を試してみたものの、すでに失敗に終わっていました。誘拐犯であるミセス・シェパードは狂気に囚われており、下手に怒らせると怪我をさせられたり、殺される可能性すらあるのです。圧倒的な体格と力の差があるため、正面切っての方法では脱出することができません。子どもたちは知恵を絞ることになりますが…。
過去に脱出しようとした少年が、おそらく殺されたであろうことが匂わされます。カイルは他の子と協力して脱出しようとしますが、子どもたちが全員脱出を目指して積極的に動くわけではありません。反抗的で常時脱出の機会をうかがうタニヤはともかく、最年長のマックは脱出をあきらめてしまっており、ミセス・シェパードの機嫌をとりながら、趣味の小説を書き続けています。また最年少のルルや犬のピッピは、現実的にはあまり役に立たないのです。彼らは本当に脱出することができるのか…?
児童向けながら、非常にサスペンスあふれる物語に仕上がっています。最終的な解決はちょっとあっさりしているきらいがないではないですが、命の危険を感じながら試行錯誤する過程にはハラハラドキドキ感がありますね。ちょっとしたホラー風味も感じられる秀作かと思います。
テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学
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幻想の犬たち フィリパ・ピアス『まぼろしの小さい犬』 |
フィリパ・ピアスの長篇『まぼろしの小さい犬』(猪熊葉子訳 岩波少年文庫)は、空想上の犬を飼うことになった少年を描くファンタスティックな作品です。
少年ベンの望みは犬を飼うこと。しかしロンドンに住むベンには、その願いは叶いません。祖父母のもとで彼らが飼う犬ティリーとの生活を経験してからはその思いは募るばかりでした。祖父からの犬のプレゼントを期待していたベンに届いたのは、亡くなったおじが祖母に送った南米の土産物の犬の刺繍であり、ベンは落胆してしまいます。 犬への思いが膨らんだベンは空想の中で犬と戯れるようになります。やがて目を閉じるとすぐにも犬の姿が見えるようになったベンは、四六時中、目を瞑って過ごすようになりますが…。
犬を飼いたいという欲求が高じたあまり、空想の中で犬を飼ってしまうようになった少年を描く物語です。 五人きょうだいのちょうど真ん中であり、姉二人と弟二人がそれぞれ非常に仲が良いのに対し、孤立しがちなベン。友人も特におらず、他のきょうだいに比べ家族に構ってもらう機会も少ないのです。 家にあまり経済的に余裕もなく、両親、特に父親は犬を飼うことに反対しています。日常的に鬱々としたものを抱えている少年ベンのキャラクターは印象的です。 現実の犬が飼えないことに落胆したベンは、空想上の犬に夢中になります。刺繍の絵の裏に書かれていた言葉からチキチトと名付けた空想の犬と戯れるベンでしたが、空想に耽るあまりに、日常生活に支障を来すまでになっていきます。
後半、本物の犬を飼える機会を得たベンですが、それまで空想で作り上げてきたイメージの犬との違いに戸惑うことになります。「理想の犬」などはどこにもいない。手に届くものを大事にすべき、というようなテーマも見え隠れしますね。 主人公の犬に対する執着は強烈で、物語を牽引するのは全て犬との関わりです。贈り物だった刺繍の犬、そこから生まれた空想の犬、そして本物の犬…。多様な犬のイメージが移り変わっていくという、見事な構成の作品になっています。
この作品、「ファンタジー小説」ではなく「リアリズム小説」に分類されているようです。確かに主人公ベンのキャラクターやその家庭の描写は非常にリアルです。ベン自身だけでなく、その家族や社会の描写には閉塞感が感じられ、その意味ではリアルなのですが全体としての印象は良質なファンタジーのそれです。テーマ性の強い作品でもあり、子どもだけでなく大人が読んでも、充分に読み応えのある作品ではないでしょうか。
テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学
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モダン・ホラーのショーケース 『悪魔の異形』 |
ドラキュラやフランケンシュタインの怪物など、モンスターをメインとしたゴシック調のホラー映画で一世を風靡したイギリスの映画会社ハマー・フィルム・プロ。『エクソシスト』に代表されるようなリアルな恐怖映画に押され始めていたハマー・フィルムが、得意のゴシックを封印し、モダンな恐怖を扱ったテレビ・ムービーのシリーズが『悪魔の異形』(1981年)です。 全13話が作られており、どれも水準の高いエピソードになっています。魔女や狼男など、伝統的な怪物が登場する回もあるのですが、単純な怪物ホラーではなく、ひねりを加えたり、サイコ・スリラー的な味わいを混ぜ込んだりと、いろいろ工夫の感じられるシリーズになっています。 以下、各エピソードを紹介していきましょう。
「鏡の底に悪魔が.....」 アンティーク店の主人ロバーツは、同業者のローラがオークションで入手した古い鏡を預かって帰る途中、若い女性アリスンを拾い家に連れ帰ります。鏡と共に消えてしまったアリスンについて調べるうちに、ロバーツはコロンゾンという悪魔を信仰しているグループがその鏡を必要としていること、鏡は魔術師ジョン・ディーが作ったという悪魔を呼び出すための鏡であることを知ります。コロンゾン会の司祭ランドルフの魔の手が伸びていることを知ったロバーツはアリスンを救おうとしますが…。
悪魔を信仰するカルト教団と、妖術の道具となる鏡とをめぐるオカルト・スリラーです。かなり古めかしいテーマではあるのですが、後半にはちょっとしたひねりもあり面白く観れます。もともと教団に属していた女性が、本当に仲間なのかそうでないのかが最後まで分からないのが、サスペンスを高めていますね。
「魔女の復讐」 音楽家である夫デイヴィッドと、女優である妻のメアリーの夫婦。メアリーは主治医と浮気をしていました。妻の留守中、雷鳴と共にデイヴィッドの前にルシンダと名乗る女が現れます。彼女は17世紀から魔女狩りを逃れて飛んできたというのです。やがてデイヴィッドはルシンダの魅力の虜となってしまいます。ルシンダはメアリーの前にはその姿を現さず、デイヴィッドの精神に異常が起こったのではないかと訝しむことになりますが…。
過去から来た魔女に取り憑かれてしまう男を描いたエピソードです。序盤は魔女の存在自体が夫の妄想の可能性もあるかのように描かれるのですが、後半ではその存在が疑いないものとなり、夫婦が対抗して追い払う…という流れになります。 妻が浮気をしているのではないかという不安が根底にある主人公が。既にして精神を病んでおり、無意識に妻を殺そうとしているのではないかという解釈も可能なようになっています。一方、本当に浮気をしている妻は、夫が自分を殺そうとしているのではないかと考える…という、心理的なサスペンス部分も面白いですね。 オカルトと心理サスペンスが融合した作風で、これはかなり面白いです。
「カラパチアの呪い」 心臓を抉られて男が殺されるという事件が相次ぎます。警部クリフは、スリラー小説を執筆する女流作家ナタリーと知り合い、紹介された小説のモデルの子孫ハンスカ夫人を訪れます。夫人から大量殺人を行った伯爵夫人の話を聞いたクリフは、犯人がその伝説をまねているのではないかと考えます。夫人の甥である亡命者タデックに疑惑を抱いたクリフは彼をつけまわしますが…。
相次ぐ猟奇殺人を描いたサイコ・スリラー作品です。視聴者には犯人は誰か始めからわかってしまうのですが、その動機はわかりません。殺人を繰り返す理由については、超自然的な原因によるものなのか、それとも意図的なものなのか、その辺はかなり曖昧なまま終わってしまうため、観ていてちょっと消化不良の感はあります。 ただ事件と平行して、女流作家と刑事のラブストーリーが進行し、そちらのロマンスの結末がどうなるのかも気になる作りにはなっていますね。
「血の流れる家」 家族との時間を増やすため病院へ転職し、古い家を買い入れたウィリアム。妻のエマ、娘のソフィーと共にその家に引っ越してきますが、引っ越し直後から壁から血の染みが浮き出したり、ガス栓が止まらなくなるなどの怪現象が相次ぎます。 飼い猫は怪死し、ソフィーはショックを受けてしまいます。ウィリアム夫妻は、向かいに住む夫婦ジョージとジーンから、かってその家で夫が妻を惨殺した事件があったということを聞きます。 家を改装し、ソフィーの誕生パーティーを開いたウィリアムとエマでしたが、パーティーの最中に恐ろしい事件が発生します…。
かって残酷な殺人事件が起こった古い家、そこに住むことになった親子が体験する霊的体験を描いたエピソードです。霊的体験とはいいながら全体に流血シーンが多くなっています。段々と被害がエスカレートし家族に危害が及ぶのか?という矢先の捻り方がユニーク。サイコ・スリラー的な結末も面白いです。
「戦慄の叫び」 刑務所から出所したチャックは、度々刑務所に慈善活動に訪れ、出所祝いに現金ももらっていた老人ブルック氏のもとにお礼を言いに訪れます。ペットショップを経営するブルックはチャックに仕事として、自分が密かに飼っている猛獣たちの世話をしてくれないかと話します。 彼によれば、独自の飼育法の研究をするため、猛獣たちの檻は開けてありますが、そこには高圧電流が流れています。ベルの音で食事の時間のみ通れるようにしてあるというのです。世話を始めるチャックでしたが、飼育場にある金庫が気になり始め、とうとう金庫を開けてしまいます。開けた瞬間に、床の扉が開き、チャックは硬い壁に覆われた牢獄に落ち込んでしまいます…。
頭のおかしい老人により監禁されてしまう男を描いたサイコ・スリラー的エピソードです。名優ピーター・カッシングが、動物ばかりでなく人間を対象に実験を行い始める老人を演じていますが、表面上善人でありながら、にじみ出る狂気が感じられるという特徴的なキャラクターになっていますね。 主人公が前科者で、いろいろ問題を起こしているために警察には連絡できないというのもポイントで、後半では、夫チャックを心配した妻アニーが、夫を助けるために奔走するという展開になります。ようやくブルックから逃れられたと思ったら…という最後の「オチ」も強烈です。
「天使たちの伝説」 休暇中のトムとサラの夫婦は、目的地に向かう途中で自動車が故障して、森の中で立ち往生してしまいます。偶然見つけた森の中の屋敷を訪ねると、その家の主婦アードイ夫人に歓待されます。すぐに救援が来ないとわかった夫妻は、その家に泊めてもらうことになります。 家には沢山の子供がいましたが、どの子も様子が普通ではありません。車に荷物を取りに戻ったトムは異様な怪物に襲われ、舞い戻ってきます。アードイ夫人は鹿を見間違えたのではないかと言いますが、トムは納得できません。夜は部屋から出ないようにと言われたサラは不安に駆られますが…。
前半は雰囲気のあるゴシック調の屋敷で怪奇ものとして展開され、後半は家に戻った妻が変貌するサイコ・スリラー、といった構成になっています。 典型的な怪物ホラーかと思いきや、異様な雰囲気の主婦や、その怪しい子供たちは何者なのか? という謎もあり、飽きずに観られます。 気がつくと病院におり、あの館での体験は夢だったのか…という流れも上手いですね。古いタイプの怪奇ものを構成の妙で魅せるといった感じの作品でしょうか。
「サイコの爪」 家族旅行の最中、田舎道を車で走っていたルイス一家は、突然飛び出してきたレインコートの男に驚きますが、夫のマーティンは男をヒッチハイクさせてやろうと車に乗せます。直後に男はマーティンに襲いかかり、車は事故を起こしてしまいます。 妻のジャネットが目を覚ますと、そこは病院で、息子のデイヴィッドは無事だったものの、夫は首の怪我のため口がきけなくなっていました。夫を襲った男は死んだと聞かされたジャネットは死体を確認しますが、その顔はマーティンとそっくりでした。 やがて退院したマーティンを迎えたジャネットでしたが、その異様に伸びた爪をみて、夫を襲った男の手を思い出します。夫が入れ替わっているのではと考えたジャネットは、再度、男の死体を確認することにしますが…。
事故後に再会した夫が何者かと入れ替わっているのではないかという、妻の疑惑をメインとした不条理スリラーになっています。察しの通り、夫は入れ替わっているのですが、それがわかっても色々と不明点が多いです。 いわゆる「ドッペルゲンガー」テーマを扱っていますが、本当に起こっている現象が「ドッペルゲンガー」なのかも含めて解釈がいろいろ出そうな作りで、何とも不気味かつ魅力的なエピソードになっています。 このシリーズでは最も評価の高いエピソードのようですが、確かにトラウマになりそうなお話ではありました。
「ウサギの詩」 息子のウィリアムを亡くした後、モートン夫妻は養護施設からジェイムズを養子に迎えます。しかしジェイムズが来てからモートン家には不思議な事件が多発していました。 またジェイムズ自身、不可解な言動を繰り返して夫妻を困惑させます。植物学者であるモートンは、食糧事情を解決するための研究を、ウサギを実験台に行っていました。食料機関の代表者が視察に訪れた日、ジェイムズは犬の散歩に出かけますが、ちょうどウィリアムの墓を通る際に犬が突然暴れ出します…。
息子が怪死(おそらく父親の研究で作られた薬を飲んで死亡)した後、養子の子供を引き取りますが、その子供が来て以来、怪奇現象が起こり始める…という話です。子供が悪意を持っている、もしくは悪魔の手先だというパターンかと思っていると、養子の子供自身には悪意はなく、霊能力を持っている少年を通して、死んだ実子が何かを訴えようとしているのではないかという流れになります。とはいえ、少年のキャラクターの言動が非常に不気味で、最後までどうなるのかはわかりません。 客観的にはバッド・エンドにも関わらず、ハッピーエンドのような結末もユニークですね。
「人形の牙」 急死した叔父の遺産として骨董品や絵画を相続したグラハム。妻のセーラは骨董品の中からアフリカで呪術に使われていたという呪い人形を気に入り、それを持ち帰ることにします。 財産の大部分は、いとこのマークが相続していました。マークが出資することで、グラハムとフィルとともにCMプロダクションを設立する約束になっていたにも関わらず、マークは約束を反故にして資産を馬に投資すると言い出します。 怒ったグラハムはマークのことを考えながら人形にナイフを刺しますが、その後マークは乗馬中の事故で死んでしまいます。呪いが本当に効いたのかと驚くグラハムでしたが、その直後にフィルが撮影中の事故で命を落としてしまいます。その後もグラハムの周りで関係者の死が相次ぎ…。
呪いの人形によるヴードゥーの魔術を扱ったエピソードです。呪いの結果、自分たちにも危害が及ぶことがわかり、主人公夫妻は呪いを解くために奔走することになります。オーソドックスな展開で話はだいたい読めてしまうのですが、主人公夫妻が助かるのか否か、というところにサスペンスがありますね。 主人公の妻セーラが黒人でありながら理性的で、むしろ呪いを深く信じるのが白人である夫グラハムであるというのも面白い設定です。
「13回目の晩餐」 婦人欄担当の女性記者ルースは、病院で主催している減量の会に潜入して記事を書いてほしいという依頼を受けます。会でベンという男性と出会ったルースは彼に惹かれますが、間もなく自動車事故でベンは死んでしまいます。 葬式の日に、葬儀社の社員アンドリューに声をかけられたルースは、彼から、社長と上司が定期的に太った人間の死体をどこかに運んでいるらしいということを聞きます。深夜に納骨堂に忍び込んだルースとアンドリューは、ベンの棺の中が空っぽであることを発見しますが…。
太った人間を集める減量の会、定期的に消える死体の行方…。観ていると何となくネタがわかるタイプの話ではありますが、主人公の女性記者が活動的で場面展開が早いのもあり、終始楽しく観れます。ひねりはあまりないものの、語り口の面白さで見せるブラック・ユーモア作品です。 スタンリイ・エリン「特別料理」、あるいはガストン・ルルー「胸像たちの晩餐」などを思わせる話、というとネタバレになってしまうでしょうか。
「地獄の刻印」 病院の解剖室で助手を務めるエドウィンは、ある日、電気ドリルで自らの頭に穴を開け自殺した男ホルトが、悪魔のビールスに冒されたと信じていたということを知ります。精神的なバランスを崩したエドウィンは、自らも悪魔によるビールスに感染したと思い込みます。 エドウィンの家の間借り人である未婚の母ステラはエドウィンを誘惑しますが、やがて母親が悪魔の一味だと信じ込んだエドウィンは母を刺殺してしまいます。ステラは死体の始末を手伝うばかりか、異様な行動をし始めます…。
悪魔に狙われていると信じ込んだ男を描いた異様なサスペンス・ホラーです。序盤から、主人公は精神のバランスが不安定な人間として描かれているため、その疑いが本当なのか、彼の妄想なのかがわからないようになっています。 特定の数字が悪魔の印だと思い込んだり、周りの人間が皆敵なのではないかと思い込んだりと、主人公エドウィン役の俳優が演技力豊かなのも相まって、異様な迫力があります。物語自体はかなり混沌としていて、分かりにくい話ではあるのですが、妙に心に残るエピソードとなっています。
「美の迷路」 不動産業者のノーマンの事務所を男が訪れます。彼は管財人であり、亡くなった持ち主から屋敷の処分をまかされているというのです。屋敷を売るにあたって下見をして欲しいと言われたノーマンは屋敷を訪れます。荒れ果てた屋敷の中で、ノーマンは「なぜ奥さんを殺した?」という不思議な声を聞きます。 妻は死んでいないというノーマンの前に、エレベーターから妻の死体が転がり落ちます。目が覚めると、ノーマンは妻エミリーと一緒のベッドに寝ていました。夢だったのかと安心したノーマンでしたが、秘書のローリーから、実際に屋敷のあった場所を訪れてみたらと言われ、そこを車で訪れます。しかしその場所には屋敷はありませんでした…。
悪夢を繰り返し見る男を描いた作品です。悪夢の中ではたびたび古い屋敷が登場し、奥さんを殺したと責められるのですが、実際の妻は生きているのです。秘書のローリーと結婚したいと考えているノーマンは妻に離婚を持ちかけますが、相手にしてもらえません。 悪夢が終わり、目が覚めたという描写がありながら、それがさらに別の夢だった…という非常に手の込んだ構成のエピソードになっています。それが多重に繰り返され、観ている人間も、どこからどこまでが夢なのかわからなくなってしまうのです。 しかも、過去の悪夢を全て記憶しているノーマンに対し、妻エミリーや秘書ローリーなど他の人物はそうした記憶はありません(夢なので当然なのですが)。妻に離婚を切り出した話も、「次」の悪夢では妻には伝わっていないことになっているのです。 何度も繰り返される、ベッドで目を覚ます描写も、その部分だけは現実なのか、それも含めて夢なのかもはっきりしなくなってきて、何とも眩暈のするようなお話になっていますね。 夢が変わるごとに、秘書ローリーの格好や雰囲気が一変しているのも面白い趣向です。セクシーな格好だったりパンクな格好だったりと容姿が変わっているのはもちろん、同一人物がまるで性格の異なった人物として登場していながら、「主人公」のノーマンはそれが当たり前であるかのように振る舞っているのが、いかにも「夢」感を醸し出しています。 悪夢だけに、毎回不条理な展開と主人公がひどい目にあって目を覚ます…という繰り返しが続くのですが、最後には現実に戻る…と思いきや、それさえも悪夢であるように思わせる描写があったりと、最後まで気が抜けません。 例えば、ジョン・コリアの「夢判断」や、チャールズ・ボーモントの「トロイメライ」など、異色作家による夢ファンタジーを思わせるようなエピソードで、これは夢を描いた映像作品として傑作の一つといってよいのではないかと思います。
「疑惑の弾痕」 恋人ハリーが出張中、一人で家で休んでいたペニーは深夜ドアを突き破って侵入した男に襲われます。ペニーは、とっさに部屋にあった猟銃で男を撃ってしまいます。ショックで気を失ったペニーは、帰ってきたハリーとともに部屋から消えていた男の行方を探しますが、彼は森の中で死んでいました。 男はハリーのギャンブル仲間チャールズであり、彼はハリーへの借りの取立てにやってきたようなのです。ハリーは違法に猟銃を所持していたことから、ペニーは精神の病を抱えており病院に連れ戻されるのを恐れて、二人は死体と車の証拠隠滅を図ります。 しかしその直後から、ペニーはチャールズの幻影を何度も目撃するようになります。ペニーは、ハリーの知り合いである霊媒マーガレットに相談を持ちかけることになりますが…。
正当防衛とはいえ殺してしまった男の亡霊に付きまとわれる女性を描いたエピソードです。元々精神に問題を抱えている女性が、罪の意識と、幻覚(かどうかは途中の時点ではわかりません)から、どんどんと追い詰められていくというサスペンスが見所でしょうか。警官に質問されたり、ほかの人への態度を自然なものに装ったりしようするシーンはヒロインの不安定さがにじみ出ていて見事ですね。白昼、ヒロインの目の前に現れる血まみれの男はかなり怖いです。 後半ひっくり返しがあるのですが、ミステリ好きな人なら展開の予想がつくかもしれません。似た傾向の作品でいうと、マーク・マクシェーン『雨の午後の降霊会』あたりと似た印象がありますね。クライム・サスペンスとゴースト・ストーリーが融合したタイプのエピソードです。
間違いなく一番インパクトがあるエピソードは「サイコの爪」。ドッペルゲンガーテーマの話なのですが、シュールな展開とその不条理さで一見の価値があります。 あと夢テーマの「美の迷路」、魔女とサイコ・スリラーを組み合わせた「魔女の復讐」、夫婦が老人に監禁されてしまう「戦慄の叫び」、ブラック・ユーモアに富んだ「13回目の晩餐」、妄想のある男の幻覚と悪魔崇拝を絡ませた「地獄の刻印」などを面白く観ました。 DVDも廃盤で、最近は観るのが難しくなっていますが、ホラーファンには楽しめるシリーズだと思います。
テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学
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オリジナルとバリエーション 法月綸太郎『赤い部屋異聞』 |
法月綸太郎『赤い部屋異聞』(KADOKAWA)は、著者が日本・海外の名作短篇に触発されて書いたという短篇を集めたオマージュ作品集です。
江戸川乱歩「赤い部屋」で描かれた事件を別視点から語りなおした「赤い部屋異聞」、突然頭を殴られ殺されそうになった男がダイイングメッセージを残すという「砂時計の伝言」、毎夜ビルから一回ずつ落ちていく夢を見るという青年の物語「続・夢判断」、読者が登場人物に殺されるという「対位法」、飼い主と精神が入れ替わったという猫がペット探偵に飼い主の捜索を依頼する「まよい猫」、葬式がえりに友人から気味の悪い話を聞くという「葬式がえり」、催眠術をかけられた男の死が描かれる「最後の一撃」、友人から渡された本は絶対に最後まで読めない本だった…という怪奇作品「だまし舟」、絶対に間違わなくなった名探偵の新たな望みを描く「迷探偵誕生」の九篇を収録しています。
全てというわけではないのですが、著者が愛する日本・海外の名作短篇に触発されて書かれた作品が集められています。元になったのは、江戸川乱歩、都筑道夫、コーネル・ウールリッチ、ジョン・コリア、フリオ・コルタサル、ジョージ・R・R・マーティンなど。 推理やミステリ的な趣向はどれにもありますが、作品自体のジャンルとしては、ミステリに限らず、SFや怪奇小説に分類できるであろうものも多くなっていますね。
中でも面白く読んだのは「赤い部屋異聞」「続・夢判断」「対位法」「葬式がえり」「だまし舟」などでしょうか。
「赤い部屋異聞」では、江戸川乱歩の「赤い部屋」で描かれた事件が、舞台となった猟奇趣味の会の一員である男の視点から描かれます。解釈をさらに捻っており、結末が多少尻切れトンボの気もあった乱歩作品が引き締まる感もありますね。
「続・夢判断」は、ジョン・コリア「夢判断」のオマージュ作品。カウンセラーのもとに、そのビルの上の会社に勤めるという青年が現れ夢の話を始めます。それは毎夜ビルから一階ずつ落下していくという夢でした。内容がジョン・コリアの「夢判断」そのものだと気付いたカウンセラーでしたが…。 ジョン・コリアの「夢判断」そのままの内容と、それを認識している主人公という、面白い設定の作品です。誰かが何かを企んでいるのでは? というミステリ的な展開になりますが、最終的には幻想的な結末に落ち着くという、奇妙な味の作品です。
「対位法」は、フリオ・コルタサル「続いている公園」のオマージュ。原作は本を読んでいる読者が登場人物に殺されるというメタ的な幻想小説です。法月作品では、作中で読まれている作品のあらすじが複雑化すると同時に、本を読んでいる読者が「二人」になっています。 それがタイトル通り「対位法」のような形で展開する、技巧的な作品になっています。
「葬式がえり」は、葬式帰りの友人から気味の悪い古典的な物語を聞くという作品。幽霊物語の真相に気付くと同時に、主人公の秘密が浮き上がってくるという恐怖小説です。
「だまし舟」は、都筑道夫「阿蘭陀すてれん」のオマージュ作品。友人が兄の家から持ってきたという自費出版らしい小説。書き出しを読んだだけでその素晴らしさを認識した主人公はそれを読み始めますが、友人は後からあわてて本を取り返しにきます。 友人が言うには、その本は絶対に読み通せない本であり、読み続けると何かが起こるのだと…。 本をめぐる怪奇小説なのですが、問題になる本の由来や所有者が二転三転していきます。本には本当に超自然的な力があるのかが、わからなくなっていくという幻想的な作品になっています。
テーマ:読書 - ジャンル:小説・文学
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幽霊のいる物語 ウォルター・R・ブルックスほか『幽霊たちの館』 |
ウォルター・R・ブルックスほか『幽霊たちの館』(掛川恭子ほか訳 講談社青い鳥文庫)は年少読者向けに編まれた怪奇小説アンソロジー。古典的な作家から現代の作家まで、時代は幅広く取られているようです。
キャサリン・ストー「牧師館のクリスマス」 牧師としてコーンウォルの僻地に赴任した兄ウィリアムとその家族のもとを訪れた妹たち。兄の息子ヒューは部屋で一人で眠るのを異様に怖がりますが、兄は甘やかしてはいけないとたしなめます。 妹たちはたまたま出会った墓守から気味の悪い話を聞きます。かって罪深い行為を行った牧師が自死して以来、新しく赴任した牧師はろくに居着かずにいなくなってしまうと言うのです…。 何やら邪悪な意思を感じさせる土地。兄の息子は一体何を怖がっているのか…? 非常に雰囲気のあるゴースト・ストーリーです。
ウォルター・R・ブルックス「ジミーとよわむし幽霊」 ジミーは幽霊屋敷と噂される、かっての祖父の屋敷を訪れますが、そこには幽霊が住み着いていました。彼と仲良くなったジミーは姿を消す術を習い、おばを驚かせますが…。 幽霊と友人になった少年を描くコミカルなゴースト・ストーリー。結末にはしんみりとした味わいもありますね。
ジョン・ゴードン「ひびわれた記憶」 少年ベンは頭がぼうっとして、いろいろなことが思い出せないことに気がつきます。クラスメイトたちは彼のことを無視するような態度を取りますが、唯一彼と話をしてくれる少年を見つけたベンは、彼と行動を共にすることにします…。 なかなか「怖い」幽霊物語。勘のいい読者はすぐに仕掛けに気付いてしまうかも。
ランス・ソールウェイ「かわいいジュリー」 妹のジュリーのわがままに常々腹を立てていた兄エドワード。自分の部屋に恐ろしい幽霊がいるというジュリーの話をエドワードは否定しますが…。 子どもの想像だと思っていたことが実は…という、アンファン・テリブルものホラー作品。
ジョン・ケンドリック・バングズ「ハロビーやしきの水おんな」 ハロビーやしきの当主には、幽霊が取り憑いていました。毎年クリスマス=イブに女の幽霊が現れ、一晩中離れないというのです。水びたしの霊に取り憑かれ、死んでしまった当主もいたといいます。 新しく当主となった若者は、彼女を退治する方法を考えますが…。 水びたしの幽霊を退治するというユーモラスなゴースト・ストーリー。翻訳もいくつかあるアンソロジーピースですが、やはり名作ですね。
A・M・バレイジ「殺人者のへや」 マリナーろう人形館を訪れ、館長に記事を売り込んだ記者のレイモンド・ヒューソン。殺人者のろう人形が集まる部屋で一晩を過ごし、その記事を売ろうというのです。名だたる殺人者の人形が並ぶなか、彼をおびえさせたのは、殺人を繰り返しながら捕まらず、そのまま行方不明になったというブルデット博士の像でした。深夜、ヒューソンは博士の像が動き出したのに気がつきます…。 殺人者のろう人形部屋で一晩を過ごすことになった男を描く物語です。オーソドックスな題材ではあるのですが、演出が独特で非常に怖い作品になっています。現代で言うところの「都市伝説風」の味わいもありますね。
テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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魔女の物語 アーサー・マッケン『白魔』 |
アーサー・マッケン『白魔』(南條竹則訳 光文社古典新訳文庫)は、マッケン作品の中から、主に女性が前面に現れる作品を集めた作品集。確かに、同じ怪奇小説の三大巨匠とされるM・R・ジェイムズやアルジャーノン・ブラックウッドに比べても、マッケンの作品にはどこかしら強い官能性が感じられることがあります。
「白魔」 隠者アンブローズから、彼の語る「悪」のサンプルとして渡された、ある少女が残した手記。そこには人ならざるものを見、妖術を行う少女の姿が描かれていました…。 いわゆる「魔女」を描いた作品なのですが、本人である少女には邪悪な行為を行っているという意識はなく、むしろ神秘的な世界に純粋に感嘆する…という体になっているのが面白いところです。作中に現れる妖精のような存在が何なのか、乳母は何者だったのか、少女は結局何をしたのか? などがぼかされて描かれます。 「パンの大神」などと同じく、かなり曖昧な話ではあるのですが、この作品ではそれが上手く作用している感じもありますね。作中で少女が語るおとぎ話的なエピソードがどれも不気味で面白いです。
「生活のかけら」 シティで働く事務員エドワード・ダーネルと妻のメアリーは、仲むつまじく幸せに暮らす夫婦でしたが、資産家であるメアリアン叔母からいくらかのお金をもらってから、彼らの生活に不穏なものが入り込み始めます…。 女中の婚約者の母親のエピソードや、叔母が妄想(らしき)伯父の浮気を疑うエピソードなど、時折不穏な空気が入り混じる瞬間があるものの、全体としてはダーネル夫妻の「生活」が淡々と描かれるという作品です。ただ、そうした日常生活から、段々とエドワードが神秘的なものに惹かれ始めます。 もともと素養はあったらしいものの、日常生活に埋没していたエドワードが、妻に過去の神秘体験を語り始めたり、一族の過去を調べ始める結末付近の展開には、妙な味わいがありますね。 作品終盤に著者自身により、ダーネル夫妻の物語は「聖杯の物語に似通ってくる」という表現がされているのも意味深で、この「生活のかけら」という作品そのものが、壮大なファンタジーの序盤部分であるかのような錯覚も覚えます。 地味ではありますが、マッケンを語る上で重要な作品ではないでしょうか。
未訳の小品集『翡翠の飾り』からは3篇が収録されています。
「薔薇園」 女性の神秘的体験を繊細な描写で綴った散文詩的作品。なにやら東洋風(仏教風?)な要素も感じられますね。
「妖術」 ナイト大尉に恋をしているらしいカスタンス嬢は、ワイズ老夫人から教わった「妖術」で男の心をつかもうとします…。 「魔女」的な女性を描く作品です。男の心がカスタンス嬢にはなく、彼女がそのために「妖術」を使うという流れが、さらっと綴られているのが上手いです。
「儀式」 「彼女」は、昔から森にあった柱と金字塔の中間のような灰色の「石」を怖がっていました。年頃になった「彼女」は、あるとき、模範的な娘アニー・ドルベンが「石」の前で何らかの儀式を行うのを目撃します…。 「魔女の誕生」を描いたような掌編です。
解説にもあるように、「妖術」「儀式」の二編は、「白魔」とも通底するテーマを扱った作品で、このセレクションは見事ですね。 「白魔」「生活のかけら」に関しては、平井呈一訳も読みましたが、全体に南條竹則訳の方が読みやすいです。特に 「生活のかけら」 に関しては、南條訳の方が物語の大枠がわかりやすくなっているのではないかと思います。
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