嬉しかったのは、ホラー専門誌『ナイトランド・クォータリー』の新装復刊と、海外ホラーを集めたシリーズ《ナイトランド叢書》の刊行でしょうか。 『ナイトランド・クォータリー』は、創刊準備号は出ていたものの、本格的に始動したのは春から。基本的には、休刊前と変わらぬテイストが継続されていて、安心しました。また、以前よりも「クトゥルー色」が薄れて、「ホラー全般」的な味わいが強くなっているように感じました。 一方、《ナイトランド叢書》は、以前のトライデント・ハウス版タイトルよりも、古典作品を中心に構成されたラインナップでした。以下のものが既に刊行されています。
ウィリアム・ホープ・ホジスン『幽霊海賊』(夏来健次訳) ロバート・E・ハワード『失われた者たちの谷 ハワード怪奇傑作集』(中村融訳) ブラム・ストーカー『七つ星の宝石』(森沢くみ子訳) ウィリアム・ホープ・ホジスン『異次元を覗く家』(荒俣宏訳) アリス&クロード・アスキュー『エイルマー・ヴァンスの心霊事件簿』(田村美佐子訳)
基本的には、20世紀前半までの古典ホラーが中心になっています。ホジスンやストーカーの作品に関しては、本国でも古典として知られる作品で、邦訳が待たれていたものです。『エイルマー・ヴァンスの心霊事件簿』に関しては、知られざる名作といった感じで、これまた嬉しい紹介になりました。 それにしても、刊行のスピードが非常に速いのは、嬉しい驚きでした。第一弾の『幽霊海賊』が出たのが7月、ほぼ月1冊のペースで刊行されています。 すでに、《ナイトランド叢書》の二期も刊行が決まっているらしく、情報が少しづつですが、出ているようです。
クラーク・アシュトン・スミス『魔術師の帝国』 マンリー・ウェイド・ウェルマン『ジョン・サンストーンの事件簿』(仮) オーガスト・ダーレス『ミスター・ジョージ』(仮) M・P・シール『紫の雲』(仮) E・F・ベンスン『塔の中の姫君』(仮) アルジャーノン・ブラックウッド『ウェンディゴ』(仮)
これまた、驚きのラインナップになっています。スミスの『魔術師の帝国』は、昔、創土社から出た作品集の再編のようですが、他は全て本邦初訳、新訳のようです。 ウェルマン『ジョン・サンストーンの事件簿』は、オカルト探偵物の連作短篇集ですね。ダーレス、ベンスン、ブラックウッドに関しては、傑作集になるようです。 いちばん衝撃的なのは、やはりM・P・シール『紫の雲』。SF史やホラー史では、必ず取り上げられる有名作です。非常に翻訳が難しいということで、何度も邦訳が取りざたされては、消えていました。実際に刊行されれば、記念すべき作品になりそうですね。 来年も、本誌ともども、《叢書》の方も応援していきたいと思います。
あとは、2015年度刊行で面白く読んだものなどを。
日本の作品としては、今年のホラー小説大賞作品の澤村伊智『ぼぎわんが、来る』(角川書店)と名梁和泉『二階の王』(角川書店)が良かったです。 『ぼぎわんが、来る』は、妖怪を扱ったモダンホラーですが、構成の妙と直接的な怪物描写が組み合わさって、エンタテインメントとして秀逸な快作。 『二階の王』は、現代の社会問題とからめたクトゥルーものという、アイディアの光る逸品でした。 唐瓜直『美しい果実』 (幽BOOKS) は、食を扱った幻想小説ですが、妙なユーモアと色気があり、読んでいて心地よさを感じた良作でした。 オーソドックスな怪奇小説を集めた、三津田信三『誰かの家』(講談社ノベルス)、短篇の名手のミステリ作品を集めた、山川方夫『親しい友人たち』(創元推理文庫)も良かったですね。
海外作品、長編では、博物誌的な幻想小説として世界観が魅力だった、ミハル・アイヴァス『黄金時代』(阿部賢一訳 河出書房新社)、エンターテインメントの要素をこれでもかと詰め込んだSFホラー《パインズ三部作》(ブレイク・クラウチ 東野さやか訳 ハヤカワ文庫NV)が面白かったです。 新刊に再刊と、今年何冊も訳書の刊行されたレオ・ペルッツの印象も強いですね。『スウェーデンの騎士』(垂野創一郎訳 国書刊行会)は、波乱万丈の冒険物語。『聖ペテロの雪』(垂野創一郎訳 国書刊行会)は、モダンな幻想小説でした。 《ナイトランド叢書》のウィリアム・ホープ・ホジスン『幽霊海賊』(夏来健次訳 アトリエサード)も、本格的な怪奇小説で堪能させてもらいました。 素朴なイラストとホラ話が渾然一体となったディーノ・ブッツァーティ『モレル谷の奇蹟』(中山エツコ訳 河出書房新社)も忘れられません。
短篇集は、いくつも素晴らしい作品集を読めた気がします。順不同で並べてみます。
ロバート・ブロック『予期せぬ結末3 ハリウッドの恐怖』(井上雅彦編 植草昌実他訳) ステファン・グラビンスキ『動きの悪魔』(芝田文乃訳 国書刊行会) ジュディ・バドニッツ『元気で大きいアメリカの赤ちゃん』(岸本佐知子訳 文藝春秋) アルベルト・モラヴィア『薔薇とハナムグリ』(関口英子訳 光文社古典新訳文庫) ケン・リュウ『紙の動物園』(古沢嘉通訳 新☆ハヤカワ・SF・シリーズ) 中村融編『街角の書店 18の奇妙な物語』(創元推理文庫) ケヴィン・ウィルソン『地球の中心までトンネルを掘る』(芹澤恵訳 東京創元社) ゾラン・ジヴコヴィッチ『12人の蒐集家/ティーショップ』(山田順子訳 東京創元社) 岸本佐知子編『コドモノセカイ』(河出書房新社) ダフネ・デュ・モーリア『いま見てはいけない』(務台夏子訳 創元推理文庫)
ポーランドの怪奇小説作家、グラビンスキ『動きの悪魔』は鉄道をテーマにした怪談集ですが、怪奇小説ながらテーマに広がりがあり、今読んでも充分に楽しめる本でした。グラビンスキはもっと邦訳を出してほしいですね。 シュルレアリスム系の短篇を集めた、アルベルト・モラヴィア『薔薇とハナムグリ』も寓話的な作品が多いだけに古びておらず、今読んでも充分に魅力がありました。 奇妙な味の短篇を集めた、中村融編『街角の書店 18の奇妙な物語』は、アンソロジーというよりは雑誌の〈奇妙な味〉特集を読んでいるような楽しさでした。異色短篇ファンにはたまらない贈り物。 個人作品集としては、発想は独特ながら身につまされる話が多い、ケヴィン・ウィルソン『地球の中心までトンネルを掘る』、異色短篇の理想形ともいうべき、ゾラン・ジヴコヴィッチ『12人の蒐集家/ティーショップ』、重厚な心理サスペンス集である、ダフネ・デュ・モーリア『いま見てはいけない』が素晴らしかったです。
コミックもいくつか。
少年漫画ながら、あまりにダークな、西義之『魔物鑑定士バビロ』(集英社ジャンプコミックス)、落下する5秒間でストーリーを展開させるという第年秒『5秒童話』(集英社ジャンプコミックス)には、驚かされました。 「迷宮」の魅力をこれでもかと放り込んだ、たかみち『百万畳ラビリンス』(少年画報社ヤングキングコミックス)は、この手のテーマが好きなら見逃せない作品。 諸星大二郎『あもくん』(角川書店幽COMICS)は、序盤の実話怪談風のテイストが後半になるにしたがって、ファンタジー性を増していくところが魅力的でした。 近藤ようこ『異神変奏 時をめぐる旅』(幽ブックス)は、一組の男女が輪廻転生を繰り返しながら、いろいろな時代や国で出会うというスケールの大きな物語。 大分メジャーになってしまいましたが、RPG風ファンタジーにグルメマンガを合わせた、ユニークな作品、九井諒子『ダンジョン飯』(エンターブレイン)も挙げておきたいと思います。
続きもののコミックは、続刊を読んでみないと、はっきり評価しにくいものも多いのですが、とりあえず、現在刊行中で追いかけていきたい作品をいくつか挙げておきましょう。
押見修造『ハピネス』(講談社コミックス)は、いじめられっ子が吸血鬼になるという異色の青春マンガ。襲っていくる吸血鬼の戦慄度がすごいです。刊行ペースが遅いのが気になりますが、続きが気になる作品。
石川優吾『ワンダーランド』(小学館ビッグコミックス)は、突然町の人々の体が小さくなり、動物に襲われ始めるというSF作品。小さくなった人々が生き延びるためにサバイバルをしていくと同時に、小さくなった理由を探っていきます。リチャード・マシスンの『縮みゆく人間』を思わせます。
竹良実『辺獄のシュヴェスタ』(小学館ビッグコミックス)は、魔女狩りで家族を亡くした少女が、修道院に収容されますが、家族を殺される原因となった修道院長を殺すために、緻密な管理体制の間をぬって、仲間を集め復讐計画を練ります。 少女版『モンテ・クリスト』というべき復讐物語です。主人公の鉄の意志がすさまじく、熱気にあてられたように読んでしまう快作。
黒釜ナオ『魔女のやさしい葬列』(徳間書店 リュウコミックス)は、19世紀イギリスを舞台に不死の怪物の謎が展開される伝奇ロマン。
山本章一『堕天作戦』(裏少年サンデーコミックス)は、未来とも異世界ともつかない世界が舞台ですが、なんとも魅力的な題材を扱っています。 歴史上、わずかしか確認されていないという不死身の能力を持つ男アンダーは、世界に絶望し生きる意志を失っていました。捕らえられた彼は、実験として何度も残虐な処刑にあいますが、ことごとく体が再生して元に戻ってしまいます。 彼の処刑を暇つぶしにしか考えていない業火卿ピロは、アンダーを気球で空に飛ばすという処刑を科しますが、上空で起こった出来事はアンダーを変えることになります…。 序盤はほとんど、トム・ゴドウィン『冷たい方程式』を思わせるような衝撃的な展開です。絵柄に多少クセがあり、好き嫌いが分かれそうですが、これは傑作といっていいかと思います。
それでは、2016年もよろしくお願いいたします。
テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
|