各国の怪奇小説は、やはりそれぞれの国の特色があります。例えばイギリスが「怪奇」、ドイツが「神秘」だとするならば、フランスの作品は「幻想」という言葉がぴったりくるように思います。 長島良三編『フランス怪奇小説集』(偕成社文庫)は、そんなフランスの怪奇小説を集めたアンソロジーです。いちおう、年少の読者向けに編まれたアンソロジーだと思われますが、中身はなかなか本格的です。 いわゆる名作に加え、マイナーな作家の作品もちりばめられており、バランスのいいアンソロジーになっています。収録作品は次のとおり。
ジャック・ヨネ『牝猫』 マルセル・エイメ『壁抜(かべぬ)け男(おとこ)』 プロスペル・メリメ『大蛇(だいじゃ)』 ギイ・ド・モーパッサン『手(て)』 アンドレ・モーロワ『家(いえ)』 アレクサンドル・デュマ『サン・ドニの墓(はか)』 ジェラール・ド・ネルヴァル『緑色(みどりいろ)の怪物(かいぶつ)』 ポール・フェバール『罰(ばち)あたりっ子(こ)』 アルフォンス・ドーデー『ウッズタウン』 ヴィリエ・ド・リラダン『断頭台(だんとうだい)の秘密(ひみつ)』 ギョーム・アポリネール『オノレ・シュブラックの失踪(しっそう)』 マルセル・シュウォップ『ミイラづくり』 モーリス・ルブラン『記憶(きおく)のある男(おとこ)』
モーパッサン、ネルヴァル、リラダン、アポリネール、シュウォップの作品は、定番のアンソロジー・ピースですね。 メリメもアンソロジーの定番ですが、『大蛇』は、ちょっと珍しい作品です。アフリカに軍務で派遣された軍人が出会う、不思議な魔術を描いた作品。雰囲気は良いのですが、オチがちょっと弱いですね。
モーロワ『家(いえ)』は、内田善美の『星の時計のLiddell』を彷彿とさせる幻想小説、ドーデー『ウッズタウン』は、文明に侵食された木々が人間に反乱を起こすという物語です。
ポール・フェバールは、日本ではこの短編ぐらいしか翻訳はないんじゃないでしょうか。『罰(ばち)あたりっ子(こ)』は、フランス革命を舞台にした物語です。 革命思想に熱狂的になった若い夫妻が、恩人である老僧を自らギロチンで処刑してしまいます。処刑台の下で生まれた娘は、生まれつき狂ってしまっており、そのことの心労から母親は死んでしまいます。村八分にされた父親は、密輸に手を染め、官憲から追われる身になります。やがて娘の意図せぬ行動が父親を追い詰めることになりますが…。 因果応報話といっていいのでしょうが、超自然的な要素をあまり使わず、現代的な要素のある作品ですね。
このアンソロジーでいちばんの力作は、巻末に収められた、モーリス・ルブラン『記憶のある男』でしょう。 弁護士の語り手は、ふとしたことから列車で、一人の男と相席になります。ジュスティニアン・ロックと名乗る男は、以前に自分と会ったことがあると言いますが、語り手にはそんな記憶は全くないのです。男と話しているうちに、本当に会ったことのあるような気がしてきた語り手は、気味悪く思いはじめます。 新たに乗り込んできた別の乗客の男に対しても、ロックは同じく以前に会ったと話をし始めます。やがて母娘と入れ替わりに降車した語り手は、妙な気持ちになりながらもその場を離れます。 ところが翌日の新聞を見て、語り手は驚愕します。ロックが列車で一緒になった男と母娘を車内で殺害したというのです。しかもロックは語り手を弁護士に指定していました。 面会に訪れた語り手に対し、ロックは信じられないような話を始めますが…。 ミステリアスな導入部、奇想天外なテーマ、倒錯した男の論理。間然するところのない傑作です。
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