奇妙な世界の片隅で 2009年10月
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奪われた人生  ジョージ・R・R・マーティン『洋梨型の男』
4309622046洋梨形の男 (奇想コレクション)
中村 融
河出書房新社 2009-09-15

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 ジョージ・R・R・マーティンのノンシリーズの短編集としては、『サンドキングス』(ハヤカワ文庫SF)以来となる、『洋梨型の男』(河出書房新社)。今回は、ホラー寄りの作品が集められています。

 ダイエットしようとした男が「猿」にとりつかれる『モンキー療法』や、落ちぶれた友人にまつわるサイコ・スリラー『思い出のメロディー』あたりは、上手いながらもマーティンにしては水準作かな、と思わせます。

 諷刺に満ちたショート・ショート『終業時間』も楽しいのですが、残りの3編、『子供たちの肖像』『洋梨型の男』『成立しないバリエーション』は、どれも傑作といえる出来栄え。生理的な気色悪さを前面に出したシュールな奇譚『洋梨型の男』も捨てがたいのですが、『子供たちの肖像』『成立しないバリエーション』が、群を抜いて素晴らしいです。

 『子供たちの肖像』は、次のような物語。一人で暮らす初老の作家のもとに、ある日一枚の肖像画が送られてきます。それは彼の小説の主人公を描いた画でした。夜になると、その主人公が現実の姿をとって、作家の前に現れて…。
 前例のある「登場人物が現実に現われる」というアイディアを扱っていますが、その扱い方が、尋常ではないほどの上手さ。親子問題、ひいては「作家」という存在の本来的な「罪深さ」までもを描いた力作です。

 『成立しないバリエーション』は打って変わって、タイムトラベルを扱った、わりとSF寄りの作品となっています。かってチェス大会にともに出た仲間たちが、みな零落している中で、ただひとり富を成した男。彼の邸に呼ばれた友人たちは、とんでもない話を聞かされます。みなの人生を狂わせた、過去のチェス勝負に取り憑かれた男。彼の目的とはいったい何なのか…?
 失われた人生を取り戻す方法はあるのだろうか? 運命は変えられるのだろうか? 悔恨と希望、過去と現在が交錯します。そして最後に待ち受けるのは、ほろ苦い真実。SF小説であり、チェス小説であり、青春小説でもあるという逸品。圧倒的な筆力で読ませる傑作小説です。

テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

11月の気になる新刊と10月の新刊補遺
10月26日刊 江戸川乱歩/丸尾末広『芋虫』(エンターブレイン 1260円)
11月10日刊 R・L・スティーヴンスン『ジーキル博士とハイド氏』(光文社古典新訳文庫)
11月11日刊 アントニイ・バークリー『毒入りチョコレート事件 新版』(創元推理文庫)
11月20日刊 ガイ・バート『ソフィー』(創元推理文庫)
11月13日刊 ワシントン・アーヴィング『プレイスブリッジ邸』(岩波文庫 945円)
11月25日刊 ローラ・リップマン『心から愛するただひとりの人』〈現代短篇の名手たち6〉(ハヤカワ・ミステリ文庫 予価945円)
11月25日刊 大森望編『不思議のトビラ 時を超える愛編』(角川文庫 予価540円)

 乱歩の『パノラマ島奇譚』の見事な漫画化を成し遂げた丸尾末広が、今度はなんと『芋虫』を漫画化です。乱歩の作品は、どれも少なからずショッキングな要素がありますが、なかでも『芋虫』は強烈な作品だけに、どんな作品に仕上がっているのか楽しみですね。
 光文社の古典新訳文庫からは、名作『ジーキル博士とハイド氏』が登場。この叢書で、スティーヴンソンはわりと厚遇されている作家ですね。できれば『誘拐されて』とか『虜囚の恋』とか、現在手に入りにくいものを出してほしいところです。
 ガイ・バート『ソフィー』は、サイコ・サスペンスの名作。繊細な心理描写は読みごたえがありますので、ぜひ。
 大森望編『不思議のトビラ 時を超える愛編』は「古今東西、SFテイストをもった作品の中から、本読みのプロがすすめるベスト」だとのことですが、ガイド本なのかアンソロジーなのか、ちょっとはっきりしませんね。アンソロジーだとすると、先日出た、中村融編『時の娘』と内容がかぶってしまうような気が。ただ、シリーズ続刊がありそうなので楽しみです。
ループものライトノベル4題
「時間SF」は、個人的に大好きなジャンルで、この手の作品は極力読むようにしています。なかでも、時間の繰り返しを描く「ループ」ものには、特に目がありません。最近のライトノベルで、この「ループ」ものが多いということを耳にはさんだので、いくつか評判のよいものを読んでみました。
 結果としては、なかなかの収穫だったと言えるかと思います。それでは以下、いくつか紹介していきましょう。

4086302195ALL YOU NEED IS KILL (集英社スーパーダッシュ文庫)
集英社 2004-12

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 桜坂洋『ALL YOU NEED IS KILL』(集英社スーパーダッシュ文庫)
 地球人は、意思の疎通すら困難な異星人「ギタイ」との戦争を続けていました。初年兵キリヤ・ケイジは、初の戦闘で死亡していまいますが、気が付くとなぜか意識を取り戻していました。しかも、何とそこは出撃前の朝。出撃して死亡するたびに、同じ朝に戻ってしまうのです。過去へのループにとらわれたと気づいた彼は、ループを利用して戦闘技術を磨いていきます…。
 同じ時間を繰り返す「ループ」ものでは、泥沼にはまった状態を繰り返してしまう、というのが読みどころの一つになりますが、これはそれを極端することによってサスペンスを高めています。何しろ、気を抜いたらすぐ自分が死んでしまうのですから。
 ストーリー上はわりとシンプルな話なのですが、後半それを乱すような要素が投入され、物語が単調になるのを防いでいます。傑作といっていいかと思います。

 
4048674617空ろの箱と零(ゼロ)のマリア (電撃文庫)
アスキーメディアワークス 2009-01-07

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 御影瑛路『空ろの箱と零のマリア』(電撃文庫)
 平凡な高校生である星野一輝は、ある日転校してきた少女、音無彩矢から、お前を殺す、と宣言されます。世界は同じ一日をすでに何万回と繰り返しており、この繰り返しを起こしている原因は、星野一輝にあるというのです。それを終わらせるために、彼を殺さなければならない…。
 繰り返しに対し、主人公も記憶を失ってしまう、というところがユニークです。最初は主人公が「ループ」を引き起こしていると思われていたのですが、徐々に「真犯人」が別にいるだろうことが仄めかされます。
 犯人探しの面白さも加味したミステリータッチの作品。キャラクターに「厚み」があり、ライトノベルとは思えない重厚な読みごたえがあります。

 
4094511555クイックセーブ&ロード (ガガガ文庫)
染谷
小学館 2009-08-18

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 鮎川歩『クイックセーブ&ロード』(小学館 ガガガ文庫)
 榊潔人は「死ぬ」ことによって、過去に「セーブ」した時間・場所から人生をやり直す能力を持っていました。ただし「セーブ」できるポイントは常にひとつであり、上書きしてしまえば、以前の「セーブ」ポイントは消えてしまうのです。連続殺人に巻き込まれた幼なじみの姉妹を助けるために、潔人は人生を繰り返すのですが…。
 「セーブ」や「ロード」という、完全にゲーム的な設定で描かれた作品です。それはいいのですが、やり直す手段が「死ぬ」ことなので、作品中で何回も主人公が自殺を繰り返すのは、なんとも後味が悪いです。しかも、題材となる事件も陰惨なものなので、なおさらです。
 お話自体は真摯なもので、青春ものとしては悪くないのではないかと思います。ところどころで、ご都合主義的な展開が起こるのと、そもそも物語の前提条件の「セーブ&ロード」能力を受け入れられるかどうかで、この作品を楽しめるかどうかが決まりそうです。クライマックスで示される解決手段は、かなり斬新なアイディアかも。

 
4044743010サクラダリセット CAT, GHOST and REVOLUTION SUNDAY (角川スニーカー文庫)
角川書店(角川グループパブリッシング) 2009-05-30

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 河野裕『サクラダリセット』(角川スニーカー文庫)
 なぜか理由はわからないながらも、住民の大半が特殊能力を持っている街、咲良田市。記憶を保持する能力をもつ少年、浅井ケイは、時間を三日分巻き戻すことのできる能力を持つ少女、春埼美空とコンビを組み、能力者たちを管理する「管理局」の仕事をしていました。
 ある日持ち込まれた「死んだ猫を生き返らせてほしい」という依頼から、二人は思いもかけない事件に巻き込まれることになります…。
 「リセット」能力に対して、いろいろ条件をつけているのが特色です。能力者の春埼美空自身も「リセット」に対する記憶をとどめておくことができず、記憶を保てる浅井ケイと組んで初めて、その能力を発揮できる、という設定が秀逸。
 あらすじだけ読むと、超能力者たちのバトルもの、といった印象を受けますが、謎解きの過程や登場人物の描き分けも丁寧で、読後感も悪くない良作です。

 あと、テレビアニメ版で話題になった、『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズの短篇『エンドレスエイト』なんてのもありますね。短篇ということもあり「ループ」ものとしては、シンプルな作品でした。


プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
ブックガイド系同人誌もいろいろ作成しています。



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