十五匹の犬 (はじめて出逢う世界のおはなし カナダ編) (日本語) 単行本 – 2020/11/27 カナダの作家アンドレ・アレクシスの『十五匹の犬』(金原瑞人、田中亜希子訳 東宣出版)は、ギリシア神話の神々によって人間の知性を与えられた十五匹の犬たちを描く、寓話的ファンタジー作品です。
カナダ・トロントのレストランバー〈ウィート・シーフ・タヴァーン〉で、話し合っていたギリシア神話の神アポロンとヘルメスは、ある賭けをします。それは何匹かの動物に人間の知性を与え、そのうち一匹でも死ぬときに幸福だったらヘルメスの勝ち、皆が不幸であればアポロンの勝ち、というものでした。 近くの動物病院にたまたま預けられていた十五匹の犬が対象となり、人間の知性を与えられた犬たちは変化を始めることになりますが…。
神によって知性を与えられた犬たちを描く、寓話的要素の濃いファンタジー作品です。 主人公の犬たちが十五匹もいるということで、群像劇的に複数の犬が描写されていくのかと思いきや、序盤からどんどん犬が死んでしまうのに驚きます。病院で安楽死させられてしまう犬を別としても、群れの中での序列をめぐっての争い、どう生きるのかの方針をめぐっての争いなど、人間並みの知性を持ったとしても、犬としての本能自体がなくなったわけではなく、群れの中で、次々と争いが発生してしまうのです。
犬たちの中でも何匹かの犬がメインに描かれます。群れの中で一番の力を持つリーダー的存在のアッテカス、与えられた知性を使い思索を深めるマジヌーン、感性豊かで詩を作る芸術家的なプリンス、日和見主義者にして利己主義の塊であるベンジー、この四匹が中心となって物語が展開していきます。 知性を持とうが、飽くまで犬として生きるべきだとするアッテカスは、自分と考えが合わない者、邪魔になる者を殺したり追放したりします。与えられた知性を使おうとするマジヌーンとプリンスは、ことに彼にとっては目障りであり、相容れない二匹は群れを離れることになるのです。 自分の意に従うものだけを群れに残したアッテカスは、犬本来の生活を強要しようとしますが、従来と同じ生き方はできず、かといって本来の本能もなくなったわけではなく、群れの序列などをめぐって、血で血を洗う抗争も起きてしまうのです。 従来通りの生活をしようとするものの、知性があるがために、犬たちの行動が「犬のふり」のような不自然な形になってしまう…というのも面白いところですね。
登場する場面も一番多く、おそらく主人公として描かれているマジヌーンは、アッテカスとは対照的に、与えられた知性を精一杯使おうとします。あるとき出会った人間の女性ニラと良好な関係を結んだマジヌーンは、人間の言葉を学び、言葉によって彼女と交流していくことになります。 深いところでニラとつながりながらも、犬としての本能から彼女とその恋人に対して序列を意識してしまったり、共に鑑賞した人間の芸術作品については異なった意見を持つなど、犬と人間との世界観や文化の違いが描かれている部分は、哲学的で面白いですね。
詩を作り続けるプリンスや思索的なマジヌーンなど、知性によって幸福な体験を得る犬も少数ながらいますが、ほとんどの犬は大体において不幸であり、残酷な死を迎える犬たちが大部分となっています。圧倒的な力で群れを支配するアッテカスもその例外ではなく、全体に非常にシビアな物語となっています。 知性を持っていても、本能的に犬たちは群れの序列を求めてしまい、互いに公平な関係を結ぶことができません。そこに知性を持つがゆえの不満が重なり、群れの中での争いが発生してしまうのです。 その点、利己主義者であり、ずる賢く立ち回るベンジーのキャラクターも印象的です。力の強いアッテカスに服従しながらも、常に裏をかく方法を探したかと思うと、再会したマジヌーンを利用しようとしたり、さらに人間たちにも取り入るという、日和見主義的な言動を繰り返すのです。
メインとなる犬の他にも、序列は下のほうでありながら常に上をうかがう野心的なマックス、凶暴な双子の兄弟フラックとフリック、姉妹のような友情を結ぶことになるアイナとベルなど、知性を持った犬たちの姿は、人間以上に人間的に描かれています。
アポロンとヘルメス以外にも、ゼウス、運命の三女神など、ギリシャの神々が多数登場し、何人かは犬たちの運命にも干渉することになります。神々の介入によって犬たちの運命はどうなるのか? 死を迎える際に幸福に死ねる犬は一体誰なのか? アポロンとヘルメスの賭けはどうなるのか? どの犬がどんな運命を迎えるのか、彼ら同士の関係性はどうなるのか、とてもスリリングな物語になっています。犬としての生き方と人間的な知性との相克など、哲学的な部分にも読み応えがあり、いろいろと考えさせるところもありますね。傑作といってよい作品だと思います。
テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学
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