チリの作家ブラウリオ・アレナスの長篇『パースの城』(平田渡訳 国書刊行会)は、夢の中で展開されるゴシック風幻想小説です。
青年ダゴベルトは、幼い頃に隣人の技師パース家の娘ベアトリスと親しくしており、仄かな恋心を抱いていましたが、一家が引っ越すにあたって付き合いは途切れてしまいます。成長したダゴベルトは、ある日、記事でベアトリスが亡くなったことを知ります。その直後、夢の中で中世ヨーロッパのような世界に入り込んだダゴベルトは、成長した姿のベアトリスと再会することになりますが…。
幼馴染の少女の死後、青年が夢の中の世界でその少女と再会する…という幻想小説です。夢の中の世界は中世ヨーロッパ、騎士や魔法が登場する中世騎士道物語のような世界なのです。 いわゆるゴシック風の舞台立てで展開される幻想譚なのですが、それが夢の中のお話であり、さらに現実の幼馴染の少女とその家族が登場人物として反映されているらしい、というユニークなシチュエーションとなっています。
面白いのは主人公ダゴベルトの立ち位置。どうやら夢物語の傍観者というか、第三者的な位置にいるらしく、登場人物たちに気付かれずに物語の展開を眺めることもしばしばなのです。その一方、登場人物たちからしっかり人間として認識されていることもあるなど、そのあたりの扱いは本当に「夢」という感じで融通無碍ですね。 初恋の少女ベアトリスは、パースの城の城主の娘として夢の世界の住人として登場することになります。ダゴベルトも城を訪れる吟遊詩人として物語世界に登場するのですが、実は物語世界に登場するダゴベルトとは別に、観察者・語り手としてのダゴベルトが別人として登場するという複雑な作りになっています。このあたりが夢物語ならではなのでしょうか。
夢と言えば、物語の展開や場面展開も夢らしく非常に不条理で、その場にいた人物がふと消えてしまったり、場面が突然変わったり、ということも頻繁です。 夢物語ではあれど、夢世界のお話自体はしっかりしており、歪んだ家族や恋人関係が悲劇を呼び起こす、というゴシック小説風の物語となっています。現実では普通の技師の家族が夢世界では城主とその家族となっており、それがダゴベルトの無意識の反映なのか、というあたりも考えると面白いですね。 後半では夢世界のお話がアーサー王物語とリンクする場面もあり、ファンタジーとしても興味深いです。 別世界として夢世界が登場しますが、主人公がそれを意識しつつ語るという、メタフィクション的な語りも含めて、面白い幻想小説といえます。
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