奇妙な世界の片隅で
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11月の気になる新刊
11月8日刊 『ナイトランド・クォータリーvol.37』(アトリエサード 予価2164円)
11月9日刊 ベッキー・チェンバーズ『ロボットとわたしの不思議な旅』(細美瑤子訳 創元SF文庫 予価1320円)
11月9日刊 生島治郎『悪意のきれっぱし 増補版』(日下三蔵編 ちくま文庫 予価1320円)
11月12日刊 ガブリエル・ガルシア・マルケス『悪い時』(寺尾隆吉訳 光文社古典新訳文庫 予価1100円)
11月19日刊 ジョン・スタインベック『チャーリーとの旅 アメリカを探して』(青山南訳 岩波文庫 予価1364円)
11月20日刊 D・M・ディヴァイン『ロイストン事件』(野中千恵子訳 創元推理文庫 予価1100円)
11月27日刊 ジーン・シェパード『ワンダ・ヒッキーの最高にステキな思い出の夜』(若島正訳 河出書房新社 予価2970円)
11月29日刊 E・T・A・ホフマン『牡猫ムルの人生観』(酒寄進一訳 東京創元社 予価3960円)
11月29日刊 イム・ソヌ『光っていません』(小山内園子訳 東京創元社 予価2310円)
11月29日刊 レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国 新訳版』(中村融訳 創元SF文庫 予価1650円)


 ジーン・シェパード『ワンダ・ヒッキーの最高にステキな思い出の夜』は、ユーモア小説の鬼才の初邦訳作品集ということで、これは面白そう。

 光文社古典新訳文庫版と、邦訳がかぶってしまう形になってしまいましたが、東京創元社からもホフマンの「ムル」の新訳が登場。創元版『牡猫ムルの人生観』は一冊本のようなので、まだ未購入の方はこちらを買うのもありかと思います。

 イム・ソヌ『光っていません』は、韓国作家の短篇集。奇妙な味というか、幻想的な作品が収められた作品集のよう。

 ブラッドベリの代表的短篇集が新訳で刊行。レイ・ブラッドベリ『10月はたそがれの国 新訳版』。ブラッドベリファンはマストバイでしょう。

蛇の一族  松城明『蛇影の館』
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 松城明の長篇『蛇影の館』(光文社)は、人間に寄生した人工生命体〈蛇〉が、一族を脅かす犯人を探そうとする、ホラーテイストの特殊設定ミステリ作品です。

 はるか過去に魔術師によって生み出された人工生命体〈蛇〉は、人間の身体と記憶を乗っ取る「衣裳替え」を繰り返しては生き延びてきました。乗っ取られた人間は即座に死亡しますが、その記憶を引き継ぐことができ、その性質さえも〈蛇〉に影響を与えるのです。
日本に潜伏した彼らは、ある日それぞれ襲撃を受けることになります。
 最年少の〈蛇〉で女子高生に寄生する「伍ノ」は、一族の長「壱ノ」から満月の集いのための新しい衣装候補の調達を頼まれます。「伍ノ」は以前から彼女に思いを寄せていたらしい男子生徒鷹谷から正体を見抜かれますが、逆に鷹谷の協力を取り付けることに成功します。部活の仲間を衣装候補として集めますが、集まった館「涼月館」で惨劇が起こることになります…。

 人間に寄生する生命体〈蛇〉の視点から語られる特殊設定ミステリ作品です。〈蛇〉はほぼ不死に近い存在ながら、特定の条件ではあっけなく殺されてしまうのです。そのため自分たちの存在を厳重に隠してきた〈蛇〉を殺せるのは、同じ〈蛇〉なのではないか? ということで犯人探しが始まることになります。
 〈蛇〉たちの「衣裳替え」のため、とある館に複数の人間が集められ、そこで連続殺人が発生する、という形になっています。一度寄生してしまうと、誰がその人間に入り込んでいるのかは分からず、正体を偽ることも可能、場合によっては普通の人間が〈蛇〉のふりをすることも可能らしく、誰が犯人なのか分からなくなってくる、というあたりもユニークな設定ですね。

 〈蛇〉に関しては独自の設定が複数挙げられています。人間の体から一定時間離れると死んでしまう、長である「壱ノ」の「歌」を聞かないと死んでしまう、死んでしまっても再度復活ができるがそれまでの記憶は失われてしまう、など。これらの設定が絡み合って、本格ミステリ的な謎解きがされていきます。
 部活の仲間たちがそれぞれ推理を繰り広げる多重推理の形になっているのですが、メインの探偵役となるのは、人間でありながら高い知性を持つ男子生徒・鷹谷。恋する相手が怪物だと知りながら協力し続ける鷹谷の意図は何なのか?といった部分も興味深いです。

 視点人物が〈蛇〉という怪物に置かれており、人間はあくまで「衣装」でしかない、という設定ながら、後味はあまり悪くありません。主人公である「伍ノ」を始め、〈蛇〉たちの間での愛情や絆といったものも描かれていて、そこに奇妙な人間味も感じられるようになっているからです。〈蛇〉という特殊設定が非常に上手く機能しており、刺激的なホラーミステリ作品になっているように思います。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

死者の年代記  不破有紀『はじめてのゾンビ生活』
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 不破有紀『はじめてのゾンビ生活』(電撃文庫)は、人類がゾンビになる感染症が蔓延してからの数百年(千年近く?)を年代記風に語る作品です。

 ゾンビとはいっても、知性や記憶はそのままという設定で、腐った物を好んで食べるようになるとか、体の一部が腐ってしまうなどの性質はあるものの、好んで人を襲うわけでもなく(一部には襲っている者もいますが)、社会生活はそのまま継続が可能、というのが特徴です。
 気を付ければ通常人とほぼ変わらぬ生活を送れるのです。極限環境では常人よりも肉体的な強度が高いため、宇宙での仕事であればむしろゾンビの方が適性があったりと、ゾンビが増えていくにしたがって、人類の社会構造も変格されていく、という面白い視点のゾンビ小説です。「病」として忌まれていたゾンビが、やがてはステータスのようなものになっていく、というところもユニークです。

 各章は短めで、時代や場所はばらばら。それぞれの人間(ゾンビ)たちの置かれた状況がスケッチされていきます。後半では人間たちが宇宙進出して、月や火星を開拓したり、ロボットを生み出したりとSF的な感触が強くなっていきます。そこで人類とゾンビとの間の対立、後にはゾンビ化が進みすぎ人類が滅んでしまうことへの危機感と諦観、といったものがエモーショナルな語り口で描かれるところにも味わいがありますね。

 22世紀にゾンビ現象が発生するのですが、段々とゾンビ(後に「新人類」という呼称に)が占める割合が多くなっていき、人類としては滅亡の危機にさらされてしまう、という流れが描かれていきます。宇宙に進出したり、人間と見紛うロボットを作れる技術はありながら、ゾンビ現象を止めることはできません。人類を存続させるためには何をすればよいのか? 未来に向けてのヴィジョンが感じられるラストには、ゾンビ小説らしからぬ希望が感じられるのも魅力です。


テーマ:文学・小説 - ジャンル:小説・文学

死者との結婚  彩藤アザミ『サナキの森』
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 彩藤アザミの長篇『サナキの森』(新潮文庫)は、祖父が残した怪奇小説と実際に起こった殺人事件の謎が絡み合っていくというホラーミステリ作品です。

 引きこもり生活を送る二十七歳の荊庭紅は、祖父が残した本の中に、遠野市の佐代村を訪れて、祠に隠した鼈甲(べっこう)の帯留めを探してほしいとの遺言を見つけます。祖父は在庭冷奴のペンネームで怪奇小説を書いており、遺言が挟まれていたのは「サナキの森」という作品でした。
 現地を訪れた紅は、地元に住む少女泪子と知り合いますが、彼女の曾祖母、龍子は現地の風習である「冥婚」をした人物であり、それが祖父が「サナキの森」を書くきっかけになったようなのです。さらに龍子をめぐって奇怪な密室殺人があったことも判明しますが…。

 怪奇小説家である祖父が残した作品と遺言から訪れた遠野の地で、孫娘が不思議な事件に遭遇する…というホラーミステリ作品です。祖父の書いた「サナキの森」のパートと、孫娘の紅が事件の起こった現地を探索するパートが交互に描かれていきます。
 作中作「サナキの森」が雰囲気たっぷりの怪奇小説で、こちらのパートがまず素晴らしい。死んだ弟の「冥婚」の相手として嫁に入った娘が家に閉じ込められ、霊である夫との夫婦生活を続ける、という物語。こちらでは明確に超自然現象が描かれています。
 現実にも龍子の姑が密室殺人のような形で亡くなっており、それが小説「サナキの森」と類似しているのです。小説は本当にあったことを反映しているのか、それとも何かを隠しているのか? 祖父も事件に関係しているのか? その意味で「サナキの森」パートを「信頼できない語り手もの」として読む楽しみもあります。

 怪奇ムードたっぷりな「サナキの森」パートと比べ、紅のパートはまた違った味わいがあります。無職で自信のない紅が現地で知り合った泪子と共に過去の事件を探っているうちに、思いを寄せていた画塾講師の陣野との関係性に関しても一区切りをつけられるようになる、という成長物語的な要素もあります。
 一方、泪子はこの作品のムードメーカーで、てきぱきと物事を進めるタイプ。探偵作業に関しても、紅よりよっぽど活躍してしまうところは微笑ましいですね。

 密室殺人の謎に関してはかなりオーソドックスな作りといえるのですが、やはり「サナキの森」パートの素晴らしさが群を抜いています。怪奇幻想的な部分はもちろん、時代や風習ゆえに苦難を受けざるを得なかった女性の物語でもあるのです。
 さらにその小説自体が単なる背景に終わらず、関係者たちの間である意味を持つことになる、という部分も味わい深いですね。良質なホラーミステリ作品といえましょうか。



テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

死者の生涯  彩藤アザミ『幽霊作家と古物商』二部作
 彩藤アザミ『幽霊作家と古物商 黄昏に浮かんだ謎』『幽霊作家と古物商 夜明けに見えた真相』(文春文庫)は、幽霊になってしまった作家と霊の見える古物商の青年が様々な怪異に出会うという連作ホラーシリーズです。


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彩藤アザミ『幽霊作家と古物商 黄昏に浮かんだ謎』(文春文庫)

 作家の長月響(ながつききょう)は、いつの間にか自分が幽霊になっていることに気付きます。生前使っていた愛用のパソコンには触れることができたため、小説を書き続け、まだ自分が生きているように見せかけていました。
 ある日出会った古道具屋「美蔵堂」の店主、御蔵坂類(みくらざかるい)は霊が視える霊能力者でした。響の事情を知った類は互いに協力することを提案しますが…。

 文字通り幽霊になってしまった作家と、霊が視える青年のコンビが怪異に遭遇するという連作シリーズです。
 作家の響は、いつの間にか死んでしまっていた作家。基本的には物質には触れないのですが、思い入れのある品物、愛用していたパソコンを使うことは可能なようで、それを使って小説を書き続け、編集者にもメールすることで、社会的に生きているふりを装っています。たまたま出会った霊能力者、類と協力することになり、その「日常」が綴られていくことになります。
 響は自分の死因に関しては記憶もなく、その遺体もどこにあるのかさえ分かりません。エピソードが進むにしたがって、だんだんとそのあたりの事情が明かされてくる形にはなっているのですが、真相のところははっきりしません。
 小説の語り手は、幽霊となった響なのですが、その感性はほとんど生前と変わらないところが面白いですね。他の霊や怪異に出会うたびに驚き、怯えてしまうのです。むしろそうした怪異に対する対応は、生者である類が得意とするところで、互いに「役割」を分担する、というあたりもバディものとして楽しいです。
 幽霊の体の描写も面白くて、物理的な物には触れないものの、念がこもっている品物には触れたり、他の霊体に障れることもあります。愛用のパソコンには触れるため、それを通して電話をかけたりすることもできます。
 一つ一つのエピソードは短めです。幽霊になった響が日々「新しい経験」をして、それを小説に生かしていく、というところで妙なユーモアがあるのが楽しいのですが、その合間に結構本格的な怪異が登場するなど、恐怖度の高いエピソードもありますね。



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彩藤アザミ『幽霊作家と古物商 夜明けに見えた真相』(文春文庫)

 『幽霊作家と古物商 黄昏に浮かんだ謎』の続編で、幽霊になってしまった作家と、霊が視える青年のコンビが怪異に遭遇するという連作シリーズです。
 一話が短いお話で構成されているのですが、それぞれに本格的な怪異が登場し、怖いエピソードも多くなっています。呻き声の聞こえる謎の箱、幽体離脱をめぐる不思議な恋愛事情、母親を探す子供の霊、待合室に閉じ込められた人間たちの物語など、題材もバラエティに富んでいますね。
 特に、幽体離脱した女性が思い人のもとに通い続けるという「よさり、目合ひ」、無人駅のホームの待合室に複数の人間が閉じ込められ出られなくなってしまうという「誰がおかしい?」のエピソードは読みごたえがありました。
 遭遇する怪異とは別に、響自身の死に関する過去も徐々に判明することになります。彼が作家になった経緯、そしてどうやって彼は幽霊になったのか? その鍵を握る人物が嵯峨野という青年。好青年で魅力的な人間ではあるものの、生前の響との間にどんな関係があったのか?といったあたりも物語を引っ張る重要な要素となっています。
 最終的に明かされる真実は物哀しくはありますが、希望が持てるラストも含め、全体に読後感の良い幻想小説です。もし続編があるなら読んでみたいですね。

テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

恐怖のサバイバル  山翠夏人『キャンプをしたいだけなのに』
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 山翠夏人『キャンプをしたいだけなのに』(TO文庫)は、キャンプが趣味の主人公が、様々な恐怖体験をすることになるというサバイバルホラー作品です。

 人間関係が苦手で、一人でいることが気楽なことから、キャンプを趣味とする女性、斉藤ナツ。山奥のキャンプ場でソロキャンプを楽しんでいたところ、顔半分が無い、幽霊らしき女性と遭遇します。彼女には両親に虐待されている妹がいるというのですが、妹のために貯めたお金を届けてほしいというのです…。

 人間関係を煩わしく感じ、極力面倒くさいことを避けようとする女性、斉藤ナツがそれにもかかわらずトラブルに巻き込まれてしまう…という作品です。ナツには霊感があるようで、幽霊が見え、なおかつ話すこともできるのです。
 幽霊から頼みごとをされるものの、しかし生来の性格からその頼みをはっきり断ってしまいます。しかしまた別のトラブル(こちらは現実的な脅威)が発生し、結果的に幽霊と協力することになってしまいます。

 臨機応変に行動し、現実的な適応力は非常に高い一方、人間関係を嫌い、人からの頼みもメリットがなければ全く考慮しない、自ら「冷たい人間」と称するナツのキャラクターがユニークです。
 彼女がトラブルに巻き込まれ行動し、結果的に「人助け」をしてしまうことになる、という流れはシニカルですね。と同時に「冷たい人間」のはずのナツが変わっていく…というヒューマンストーリーとしての魅力もあります。
 幽霊が見えるとはいうものの、ナツを襲うのはそちらの超自然的な方面からではなく、殺人鬼やサイコパスなどの、現実的な人間の脅威。もともと基本的な身体能力・頭脳が高いことに加え、霊感があることからそれを反撃に利用するというあたりも面白いです。

 現実にキャンプが趣味だという著者だけに、キャンプの様子が細密に描かれていくところもリアルで雰囲気がありますね。ホラーとしての興趣はもちろん、サバイバルとアクション要素も豊富で、エンタメとして面白い作品となっています。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

呪物の館  貴志祐介『さかさ星』
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 貴志祐介の長篇『さかさ星』(KADOKAWA)は、呪物をめぐって起きた凄惨な殺人事件の謎を解くオカルトホラーミステリ作品です。

 資産家である福森家の屋敷で起きた一家惨殺事件は、人間の仕業とは思えない手口で行なわれていました。福森家と親戚関係の中村亮太は、祖母と霊能者賀茂禮子と共に屋敷を訪れることになります。賀茂によれば、屋敷には大量の呪物が集められており、それらが事件を起こした原因ではないかというのです。
 Youtuberとしての成功を願っている亮太は、祖母の許可を得て屋敷の室内を撮影して回ることになります。呪物が殺人事件を引き起こしたことは間違いないものの、そこには人間の意志が介在していることを見抜いた賀茂は、呪物を一つずつ調べていくことになりますが…。

 凄惨な一家殺害事件が発生し、その謎をめぐって調査が進められていくというホラーミステリ作品です。
 序盤から屋敷には呪物が大量に存在することが、同行した霊能者賀茂禮子によって判明します。犯人が誰なのかはもちろん謎の一つなのですが、メインは呪物の調査となっています。
 呪物は一つ一つが人の死に関わっており、その怨念により、関わった人間に被害を及ぼすのです。不幸を呼ぶのはもちろん、物によっては持っているだけで死に至ったりと、その凶悪度も強烈。呪物を処分してしまえば良さそうなものですが、下手に処分しようとすれば害があり、しかも屋敷中の呪物がバランスを取っているため、下手に特定の品物を処分することもできないのです。

 呪物一つ一つに因縁がまとわりついており、その過去のエピソードが明かされていくところも魅力的。賀茂によって霊視された道具の過去のエピソードはそれだけでも面白いです。
 物語が進むにしたがって、複数の呪物による呪いが殺人を惹き起こしたことが判明することになります。多大な呪物の中から、その特定の品物を特定しようとする、という流れが抜群に面白いですね。しかも呪物の中には、使い方や条件によっては人を守ることのできる「善い呪物」も混じっており、それを使って敵方の攻撃を防ぐことも可能なのです。
 いかに呪いに使われた呪物を特定し排除できるか?「味方」となる呪物を見つけられるか?という、全篇呪物がテーマとなった作品となっています。

 起こってしまった殺人事件の謎を解くだけの静的な話ではなく、後半では敵方による更なる霊的攻撃が予測され、それを防ぐために亮太や賀茂が奔走することになります。さらに呪物の一つを持ち出した亮太のストーカーである女性の脅威、味方か敵か分からない人物の登場など、アクティブな展開も多くなっています。
 呪物に関わって描かれる一族の過去、戦国時代に遡る因縁など、伝奇的な趣向もあります。600ページ近くある長篇ですが、長さが全く気になりません。ホラー要素盛り沢山のエンタメ巨編といえますね。


テーマ:怪談/ホラー - ジャンル:小説・文学

恐怖の日常  アラン・アルバーグ『その猫がきた日から』
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 アラン・アルバーグ『その猫がきた日から』(こだまともこ訳 講談社)は、拾った子猫が怪物のようになっていくという恐怖小説です。

 十二歳の「ぼく」ことデイヴィッド・バレルは、両親と妹のジョシー、赤ん坊のルークと暮らしていました。ある日、庭に迷い込んできた灰色の子猫に両親とジョシーは夢中になってしまい、その猫を家で飼うことになります。
 三人は猫の世話に夢中になりますが、段々と日常生活がおろそかになり、話しかけても碌に返事もできない状態になってしまいます。その一方、猫はどんどんと巨大化していました…。

 飼い始めた子猫が実は化物で、段々と家族の精神を支配していってしまう…という恐怖小説です。
 最初は小さい子猫だったものが段々と巨大化し、やがては猫の形すらとどめないようになっていきます。家族は洗脳されてしまっているようで、話したり説得しようとしても無駄な状態になってしまうのです。
 洗脳されていないのは、猫アレルギーの気がある主人公デイヴィッドと赤ん坊のルーク、飼い犬のビリーのみ。後にはデイヴィッドの親友ジョージも、猫と対決する仲間になることになります。
 家族がおかしくなっていくのを見続けていくデイヴィッド、その一方で得体の知れない存在になっていく猫が描かれる部分はかなり怖いですね。

 孤立無援というわけではないのですが、作品の大部分はデイヴィッドが単独で動く形になっています。ジョージも後には協力してくれるのですが、むしろデイヴィッドの重要な協力者となるのは愛犬のビリー。初めから猫を警戒し、デイヴィッドが家族から離れて行動するのにもついてきてくれるなど、重要なパートナーとなっていますね。

 巨大化した猫そのものを物理的に排除するのも困難で、かといって洗脳されている家族を説得するのも不可能、子供の立場からはどうしようもない状況からどうやって家族を解放するのか? といったところでサスペンスもたっぷりです。
 「猫」の正体が最後まではっきりしないのも恐怖度を高めています。児童文学ではありますが、非常に怖いホラー作品ですね。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学

夢中の生  ブラウリオ・アレナス『パースの城』
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 チリの作家ブラウリオ・アレナスの長篇『パースの城』(平田渡訳 国書刊行会)は、夢の中で展開されるゴシック風幻想小説です。

 青年ダゴベルトは、幼い頃に隣人の技師パース家の娘ベアトリスと親しくしており、仄かな恋心を抱いていましたが、一家が引っ越すにあたって付き合いは途切れてしまいます。成長したダゴベルトは、ある日、記事でベアトリスが亡くなったことを知ります。その直後、夢の中で中世ヨーロッパのような世界に入り込んだダゴベルトは、成長した姿のベアトリスと再会することになりますが…。

 幼馴染の少女の死後、青年が夢の中の世界でその少女と再会する…という幻想小説です。夢の中の世界は中世ヨーロッパ、騎士や魔法が登場する中世騎士道物語のような世界なのです。
 いわゆるゴシック風の舞台立てで展開される幻想譚なのですが、それが夢の中のお話であり、さらに現実の幼馴染の少女とその家族が登場人物として反映されているらしい、というユニークなシチュエーションとなっています。

 面白いのは主人公ダゴベルトの立ち位置。どうやら夢物語の傍観者というか、第三者的な位置にいるらしく、登場人物たちに気付かれずに物語の展開を眺めることもしばしばなのです。その一方、登場人物たちからしっかり人間として認識されていることもあるなど、そのあたりの扱いは本当に「夢」という感じで融通無碍ですね。
 初恋の少女ベアトリスは、パースの城の城主の娘として夢の世界の住人として登場することになります。ダゴベルトも城を訪れる吟遊詩人として物語世界に登場するのですが、実は物語世界に登場するダゴベルトとは別に、観察者・語り手としてのダゴベルトが別人として登場するという複雑な作りになっています。このあたりが夢物語ならではなのでしょうか。

 夢と言えば、物語の展開や場面展開も夢らしく非常に不条理で、その場にいた人物がふと消えてしまったり、場面が突然変わったり、ということも頻繁です。
 夢物語ではあれど、夢世界のお話自体はしっかりしており、歪んだ家族や恋人関係が悲劇を呼び起こす、というゴシック小説風の物語となっています。現実では普通の技師の家族が夢世界では城主とその家族となっており、それがダゴベルトの無意識の反映なのか、というあたりも考えると面白いですね。
 後半では夢世界のお話がアーサー王物語とリンクする場面もあり、ファンタジーとしても興味深いです。
 別世界として夢世界が登場しますが、主人公がそれを意識しつつ語るという、メタフィクション的な語りも含めて、面白い幻想小説といえます。


テーマ:海外小説・翻訳本 - ジャンル:小説・文学



プロフィール

kazuou

Author:kazuou
男性。本好き、短篇好き、異色作家好き、怪奇小説好き。
ブログでは主に翻訳小説を紹介していますが、たまに映像作品をとりあげることもあります。怪奇幻想小説専門の読書会「怪奇幻想読書倶楽部」主宰。
ブックガイド系同人誌もいろいろ作成しています。



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