NHKは、ドラマ・終戦スペシャル 【最後の戦犯】 を放映した。

上官の命令に抗し切れずに捕虜を斬首したことを罪に問われ、戦犯として追われると言うストーリーである。
主人公は、逃亡を図るが、数年間も逃げ回ったにも拘わらず、追及の手は近づいてきて、遂に米軍の手下となった日本の警察官に逮捕されてしまう。
これらの警察官の多くは戦時中「戦争に反対する人々」を非国民・国賊として摘発してきた人々であろう。 豹変して今度は米軍の手先となっている訳だ。
この話は、実際に逃亡者となり逮捕されて罪に服した作者による実話を元にしたフィクションであるという。
その意味では、創作である「私は貝になりたい」よりはリアルなのかも知れない。
「私は貝になりたい」 の主人公は捕虜を刺殺できず、軽傷を負わせたに過ぎず、また逃亡した訳でもないのに、突如逮捕され、再審請求も虚しく結局絞首刑に処せられる。
それに比べると、本作の主人公は、捕虜を惨殺し、逃亡したにも拘わらず、重労働5年の刑に処せられたに過ぎない。
この差はあまりにも大きい。
判決を下す基準が明確ではなく、そこそこの基地で軍事裁判に掛けられたことから、裁判官の心象により大きく判決がブレたのかも知れない。
このドラマの最後の方で、米軍は朝鮮戦争で忙しくなり、戦犯裁判などはどうでも良くなったのではないかという表現が出てきた。
従って、早期に逮捕・判決を下された者は極刑に処せられたが、逃げ回って逮捕が遅れた者は、結局処刑されないまま、朝鮮戦争や日米講和で恩赦されたりした可能性がある。
本編の中で、戦犯裁判について、「戦争犯罪を裁くと言っているが、米軍による復讐にすぎない」というところや、無差別爆撃で「何千人も殺した米軍と、戦場でたった一人殺した人とどちらが罪が重いか」(要旨)と問う場面も出てきた。
裁判の中では、処刑を命じた上官が、「そんな命令はしていない」と平然と嘘をつき部下に罪を擦り付けていて、日本軍の軍人魂(モラル)が破滅していたことを示していた。
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以前書いた記事 から、B・C級戦犯の数を再録
【5千7百名が逮捕され、なんと937名が絞首刑に処された】
これに対し、A級戦犯容疑者として逮捕されたものは125名ほどで、
A級戦犯として訴追された者は僅かに28名
絞首刑に処せられたのは、僅か7名に過ぎなかった。
この差は、極めて政治的なものであると思う。
いわば上官の命令でやむなく殺傷した下級兵士が、命令者よりも厳しく処分された訳である。
なにより、軍の統帥権を独占していた天皇は訴追さえされなかった。
【NHK公式サイト】 より 見どころ
「最後の戦犯」は昭和24年10月19日に、事実、最後の戦犯として判決を言い渡された左田野修氏の手記をもとにドラマ化したものである。
左田野氏は同年7月19日に逮捕されるまでの間、実に3年半も逃亡生活を送っていた。その間の鬱々とした思いを、彼は綿々と書きつづってはいるものの、逃亡をドラマ化することは難しい。なぜなら、黙して語らぬのが逃亡者の鉄則だからだ。
僕は最初、どこをどう切り口とすればいいのか悩んでいた。しかし、左田野氏が巣鴨プリズンに収監され、自分が逃亡した後、家族がどのような仕打ちを受けたかを知って書きつづった(彼は律儀な性格であるのか、巣鴨プリズンの日々も克明に書きつづっている)「家族拘留三十七日」という手記を読んで、これならドラマ化できると思ったのだ。
戦犯については漠とした知識は持ち合わせていても、戦犯の家族がこれほどの悲惨な状況に追いこまれていたという事実は、左田野氏が手記で書いているように、「此の種の報告は世間には現れず」、僕もまるきり知らなかった。
僕は「最後の戦犯」を、歴史に翻弄された左田野氏のドラマでもちろんあるけれど、同時に、彼を信じ、彼を待ち続けた家族のドラマにしようと決めた。それから、左田野氏と彼の家族の物語が、ことさら特別なものではなく、誰の上に降りかかってもおかしくないものとして描きたいと思ったのだ。
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