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岩ちゃんが好きです。岩ちゃんが幼馴染みなら、とてもいいなぁ。
かっこいいです。
エースって、なぜにああ、男気あってステキなのですか?
しかし、地元が舞台の漫画って、萌えるな。
例の体育館出たとき、ひゃーって叫びました。
ひゃー。
どうして叫んだかは察してください。考えればすぐ分かります。だって、ねぇ(笑)
スラダンにも出てましたね(゚∀゚)
及川×岩泉
やはり、岩ちゃんが、受。男前だし。
ちなみにちょっとだけ長めなので、前後に分けました。
まずは前編。追記からどうぞ。
知らない
どんなに長い付き合いだって分からないことはある。
俺が知っているのはこいつのほんの一部だってことは分かっていた。いつもさわやかな笑顔を振りまき、周りにいる人間をとりこにしていく。多分それは生まれ持った才能で、こいつにとっては標準装備。
生まれたときからずっと兼ね備えたこいつのその才能を、俺は特にうらやましいとは思わなかったが、時々それはこいつが本当に望んでいるものなんだろうか、と考える。
今日もこいつは女子に囲まれ、春風のようにさわやかで、それでいてどこか色気を感じる笑顔をそいつらに大安売りしている。
逃げ出そうと思えば逃げ出せるはずなのに、こいつはいつもその輪から逃げ出さない。──いや、逃げ出そうとしない。そして俺の姿を見つけて、そっと目配せする。
俺がその輪を掻き分けてこいつを助け出してやるのは、いつの頃からか当たり前のことになっていた。女子にぶーぶー文句を言われ、逆恨みまでされて、俺はその役を全うする。
それがこいつの望んだことだったから。
今日も群れる女子の中から及川を引っ張り出す。ずるずるとその身体を引きずって体育館まで運んでやる。こいつはごめんねーなんて言いながらそいつらに手を振っていた。
「ありがと、岩ちゃん」
その集団が見えなくなると、及川は引きずられるのをやめて俺の隣に並んで歩き出す。
君たちと離れたくないんだけど、岩ちゃんが怒ってるから、仕方なく行くね。
そんなスタンスを、こいつは崩さない。そのおかげで俺が悪者にされていても平気な顔をしている。
「あー、今日もモテたなぁー」
「うっせぇ、ボケ川」
「あれ、岩ちゃん機嫌悪い?」
お前のせいだ、という言葉を飲み込んだ。どうせ言っても無駄だ。10年以上の長い付き合いでそんなことは分かっていた。
「ねぇ、岩ちゃん」
及川が足を止め、ふっと微笑む。さっきまで女子に見せていたその笑顔に吐き気がした。
「怒ってるの?」
「別に」
こんなとき、俺はこいつの目を見ない。あんな作り物の笑顔を見ているくらいなら、死んだ方がましだった。
「岩ちゃん」
俺よりも数センチ高い身長の及川が、俺の肩に自分の腕を回して耳元にささやく。
「さっきは本当にありがと、岩ちゃん」
その声も、作り物。
俺は及川の腕をどかし、その身体を押しのける。
「触んじゃねーよ。──早く部活行くぞ」
俺は及川の目を見ない。あの笑顔と、あの声でいる間は絶対に。
いつからそう感じ始めたのかは分からない。けれどある日突然だったのだと思う。
昔から誰にでも好かれ、人に囲まれていることが多かった及川だったが、そのときの俺は、その輪の中にいる及川を怖いと思った。
小さい頃から仲の良い幼馴染みだったはずの及川が、まるで別人のような顔をしていた。けして不機嫌だったり、怒っていたわけじゃない。それどころか及川はまるで天使のように微笑み、周りの人間をひきつけていた。何か聞かれ、それに答える。その声も、俺にはなぜかぞっとさせる響きを持っていた。
岩ちゃん。
いつものように俺を呼ぶ及川の声が、急にかすんだ。
あんなにきれいに笑っているのに、それはもう、俺の知る及川ではなかった。
それからは注意してあいつの声を聞く。あいつの姿を見る。
それが俺のよく知る及川であることを確認して、俺は今日もほっと息をつく。
あいつのあの顔が嫌いだ。あの声が嫌いだ。
作り物のそれらは、俺を不快にさせる。昔のように怖いと思うことはなくなったが、その代わりどうしようもない嫌悪感が身体を包む。
どうしてあいつはいつも俺にあの姿を見せるのだろう。
俺が女の子に囲まれてたら、助けに来てよね、岩ちゃん。
そういわれたのはいつだっただろう。小学生のとき? それとも中学生のとき?
そしてなぜ、俺はそれを了承したのだろう。
吐きたくなるほどの嫌悪を飲み込んで、あいつの言うことを聞くんだろう。
及川はいつも、ありがと、と笑う。あの顔で。
逆らえないわけじゃない。突き放してしまえばいいだけだ。けれど、それができない。どうしても。まるで囚われているかのように、及川のあの声は、あの顔は、俺を縛る。
「岩ちゃん」
後ろから呼ばれて、俺は振り返る。そこにいたのは俺の知る及川で、その声も、顔も、さっきまでとは違っていた。子供の頃から俺の隣にいる及川徹そのものだ。
「眉間にしわが寄ってるよ」
及川は俺の隣に並んで肩に腕を回すと、空いた手の指先で俺の眉間をぐりぐりと押した。
「痛てぇよ」
「だって、岩ちゃんがかわいくない顔してるから」
「かわいくなくて結構だ」
「もーう、素直じゃないなぁ」
にこにこと人懐こく笑いながら、なおもしつこく俺の眉間を解すように押し付ける。俺は不機嫌な顔をしたまま、でもその手を振り払わない。しばらく好きなようにさせていた。
「岩ちゃんはー」
その指を下ろして、そちらの手も俺の肩に回す。まるで抱き込むような格好になって、自分の額を俺のそれに近づけた。
「本当に俺に甘いよね」
そして目の前で、笑った。子供の頃から見慣れた笑顔だった。
「どうしてなのかな?」
「知るか」
俺の答えに及川は満足そうにしている。こんなに近いのに、それを嫌だと思わない自分がいる。そしてそれを知っているのか、平気でこの距離を保つ及川がいる。
見慣れた顔。なのにいつも思う。どうしてこいつはこんなに整った顔をしているんだろう、と。
俺はまるでにらみつけるように及川を見ていた。それに慣れているこいつは、そんなことは意に介さない。平気で俺を見つめ返す。
「岩ちゃんたら、そんなに及川さんの顔がステキですか?」
てへ、と笑ってくるので、俺はその顔を右手でがっしとつかむと、ぎりぎりと力を入れてやる。
「痛っ、岩ちゃん、ちょっとやめて。痛い痛い、岩ちゃん」
俺から両腕を外すと、ばたばたと暴れだす。俺はその戒めを解き、ふにゅうと表情をゆがめる及川に、ぶはっと笑ってやる。
「ひどいよ岩ちゃん」
その整った顔を両手で押さえて、情けない顔をして俺を見る。
俺の知る及川は、自信家だけど実はへこみやすくて、スマートに物事をこなすけど詰めが甘くて、二枚目だけど結構表情豊かで、俺の前だとこんな風に情けない表情だってする。
「及川さんの顔は、商品なのよっ」
なんて、くだらないことを言うから、今度は背中に蹴りを入れてやる。本当にひどいよー、なんて泣き言を言う姿も、俺が笑いながらばーか、と言うのにすねた顔をするのも、そしてそのあとでちょっと真面目な顔になって小さく微笑むのも、俺たちの間には当たり前のことで。
「ねぇ、岩ちゃん」
そう声をかけられてこいつを見つめ返す俺は、どうしてこいつがあんな顔をするようになったのだろう、といつも思う。そしてそのたびに胸が痛む。
こいつの笑顔はこんななのに。俺が知る及川は、こんなやつなのに。
俺が伸ばした手を、及川がそっとつかむ。
セッターのクセにスパイカーの俺よりも背が高いこいつを俺が見つめるとき、僅かだけど視線が上に向く。それを知っているこいつは、いつもそれを見て静かに笑うのだ。同じように、少しだけ下を向く及川の視線。俺たちの距離はいつも曖昧で、額がくっつくほど近くにいても平気なのに、今は伸ばした腕の分だけ離れているはずが、なぜか緊張感を増す。
つかまれた腕が熱い、と思った。
俺は及川に触れようとしたわけではなかったが、及川はその手をつかんだまま自分の頬に当てた。
ふわりと微笑む及川の顔を見て、ああ、俺はこいつに触れたかったのだ、と今さらのように思ったのだった。
そして今日も俺は囲まれる及川を助け出す。
ばいばーい、と手を振るこいつを、時々投げ出してしまいたくなる。そのままここに放置して、その姿が見えなくなるところまで走って行きたい、と思う。
いつものように人目がなくなってから俺に並んで歩き出す及川が、また同じ台詞を吐く。
「ありがと、岩ちゃん」
俺はもう、何も答えない。黙って二人で体育館へと向かう。その足が速まっていたのは、けして気のせいではない。俺は一刻も早くこの作り物から離れたかった。
「岩ちゃん」
俺を呼ぶ。体育館へと続く渡り廊下で。
「ねぇ、岩ちゃん」
呼ぶな、と思った。
その声で、その顔で、いつものように俺を呼ぶな。
「岩ちゃん」
突然つかまれたその腕を、俺はとっさに振り払った。及川が足を止め、払われた手を宙に浮かせたまま呆然とした顔をしていた。俺は目をそらす。
「なんで?」
そうつぶやいたその声に抑揚がないことに気づいた。
「触る必要ないだろ」
そう言った俺は、もちろん及川の顔を見ていなかった。
くるりと背を向け、体育館の扉を開いた。まだ部員は誰も来ていなかった。部活の準備をするために体育倉庫に入った。ネットやボールを底から引っ張り出し、コートを作ろう、と思った。一年の仕事だが、今は及川と二人きりになるのを避けようとしていたから、ちょうど良かった。
棚に積まれたネットに手を伸ばしたとき、倉庫の扉が閉まる音がした。がちゃ、と鍵をかけられる。
「──及川?」
扉を背に、及川が立っていた。まだ、あの顔をしていた。少し笑って、けれどもどこか俺を蔑むかのように。
「ひどいよ、岩ちゃん」
「何が」
「どうして俺のこと、突き放すの?」
さっき、手を振り払ったことを言っているのだと思った。思わず顔をそむけた。
「何で俺のこと見てくれないの? どうして岩ちゃんは時々、俺から逃げようとするの?」
ばれているとは思っていた。けれどこんな風に問い詰められるとは思っていなかった。
「岩ちゃん」
俺に近づき、普段のように俺の肩に手を回す。顔が近づく。
「こっち見てよ」
俺は正面にいる及川を見た。その目は作り物の及川のそれで、ぞくりと俺の背中に震えが走った。そしてその瞬間、胃の奥からこみ上げてくるものがあった。俺は及川を突き飛ばし、倉庫の奥へ走ってしゃがみ込んだ。こみ上げてきたものは止まらなかった。口の中に苦味が走り、喉をぴりぴりと焼くようにせり上がってきたものを、俺はその場に吐き出した。
「──岩ちゃん?」
背後で及川の声がした。
「来んな」
少しむせ、手の甲で口の周りを拭った。
「どうして?」
「来んな」
同じ台詞を繰り返した。何も考えられないくらい、俺は消耗していた。
「俺が──嫌いになった?」
それがまるで絶望するかのような声で、俺は荒い息を繰り返しながら、恐る恐る及川を振り返った。
顔色は青く、その表情は傷ついたようにゆがんでいた。
いつの間にかあの顔は消えていて、その声も俺の知る及川のものだった。
俺はその場にへたり込み、ほぅっと息をついた。
「岩ちゃん?」
俺が倒れたと思ったのだろう、及川が慌てて俺を支えようとした。
「やめろ。俺、汚ねーから」
吐いたときに着ていたものを汚したかもしれなかったから、それを止めた。けれど及川は聞かなかった。
「なんで? ねぇ、平気? 気分悪い? 保健室は?」
「違う、大丈夫だ。いい」
「岩ちゃん」
突然及川が俺をぎゅっと抱き締める。
「岩ちゃん、岩ちゃん」
「なんだよ、馬鹿」
「俺が嫌いなら離れるから。でも、俺は離れたくない」
「矛盾してるな」
「そうだよ。だって岩ちゃんのことだもん」
わけが分からない。
まだ20年にも満たない人生の、5分の4以上を一緒に過ごしてきたこいつだから、俺にとってもこいつのいない人生なんて考えられなかった。離れる、といわれても実感がわかない。
「とりあえず、どけ」
「いやだ」
「いいからどいてくれ。口すすぎてぇし──」
俺は及川の身体ごと少し前に傾いた。
「後ろに俺が吐いたもんがある。これ以上押すな。考えたくないことになる」
及川は俺から身体を離して、きょとんとした。それからくしゃりとした笑顔になって、
「そうだね。片付けよう、岩ちゃん」
先に立ち上がって、俺に手を伸ばす。俺はその手をつかんで立ち上がる。
倉庫を出ると部員たちが集まっていて、どうしたんですかー、と話しかけてきた。倉庫が開かなかったので、部員の一人が鍵を取りに行っているのだと言う。悪い、と声をかけて、とりあえず顔を洗った。うがいをして、雑巾とバケツを持ってまた倉庫に戻る。丁寧に掃除し、雑巾は廃棄処分となった。及川は後始末まで手伝ってくれた。
部活中、部員たちに、気分が悪くなってたから介抱してたんだ、なんて及川が説明していたが、鍵をかけた理由は結局どうごまかしたのか分からない。
「岩ちゃん」
及川が俺を呼ぶ。いつものふざけた表情じゃなく、真剣な顔をしていた。
「話をしよう」
俺はうなずいた。もう黙っていられないのだ、と観念した。
→後編へ
無駄にシリアスですみません。
後編も読んでいただけると幸いです。