<side K>と対のお話になっています。
どちらを先に読んでも話は通じるようになっています。
できたら、こちらがあとの方が、演出上いいのかな、と。できたら先に向こうを読んでいただけたらと思います。
私は仙台在住ですが、烏野がどの辺をモデルにしているのか分かりません。
だから、設定は勝手に、この辺かな、って感じで作ってます。
モデルにした町はありますが、町の作りなんかは全くの想像です。
一応お断りを。
ツッキー視点です。
I'll be there<side T>
最近、月島、楽しそうだね。
部活中、まじまじと見つめてくる日向に眉間のしわを寄せて何、と訊ねたら、そんな答えが返ってきた。
たった今作った、この不機嫌そうな顔を見て、なぜそんなことを言うのか分からなかった。
僕は、気のせいじゃない、と言い返し、背を向ける。
──楽しそう?
楽しいはずがない。僕が感じているのは、意味不明な歯がゆさと焦燥感だけだ。
理由はたったひとつ。
僕は、多分、今も、部室のロッカーに置かれたスマートフォンに溜まっていく他愛ないメッセージや、就寝前にかかってくる電話のことを考えた。
ツッキー。
いつものように陽気な声で、僕の時間を奪う。
学校であったことや、部活でのこと、チームメイトの話。そんなものを面白おかしく話す電話の向こうの相手は、時々僕をどうしようもなく悩ませる。
最初から、あの人は苦手だった。
僕のパーソナルスペースの壁を平気でぶち壊し、踏み込んでくる。そして悪びれもせずににこにこと、そこに居座る。
あの合宿以来、繰り返しかかってくる電話、次々に送られるメッセージ。まるで僕自身の心にまでぐいぐい入り込もうとするかのような図々しさ。
何で、僕に?
そう思わずにいられなかった。
どうせ面白がっているのだ。東北の、田舎の高校で、大して楽しそうでもなく淡々とバレーをする僕を見て、ちょっとからかってやるかとちょっかいを出しているだけなのだろう。東京の名門高校でバレー部の主将をしているあの人には、僕のようなタイプは珍しかったに違いない。
その物珍しさだけで、いつの間にか僕の日常にまで侵入してこようとしている。
こんなに遠くの町に住む僕との距離すら感じさせないくらい、彼の声も、その日の行動も、するりと入り込んでくる。電話越しの声はいつも明るく、楽しげで、そこに憂いなんて微塵も感じさせない。 おかげで、寝る前には、彼の一日の行動を、まるで見てきたように思い浮かべることができるようになっていた。
いい加減にしてください、と言うと、どうして? なんてさらりと訊ねてくる。迷惑です、と答えると、それは困るな、などと多少は反省してみせるが、数日後にはまた元通り。
それをいつの間にか容認してしまっている僕も悪いのかもしれないけれど。
誰かに干渉されることを、僕は望まない。だからいつも、人との関わりを避ける。
まれに、それが通じない相手がいる、ということを、僕は改めて知った。
初めのうちは鬱陶しいだけだった電話に慣れてきた頃、僕はいつしかそれを待っている自分に気付いた。
今までなら相手の都合など考えず、自分の生活リズムを崩すことなどなかった。それが、いつもの時間になると、無意識にスマホを見る。今日は少し遅い、と考えたりする。そして、その時間を避けて勉強したり、入浴したりしている自分がいた。
初めは信じられなかった。
誰かに自分のペースを乱されることを、ごく当たり前に受け入れている自分が。
そして、その日から、僕は考えてしまった。
薄っぺらいこの通信機器に絶えず送られてくる彼の言葉、彼の声。そして、それを受け取る僕自身の気持ちを。
意味のない短いメッセージ。眠い、とか、疲れた、とか、愚痴じみたこともあれば、天気がいいよ、とか校庭に猫がいる、とか、他愛ない報告だったりもする。それを呼んだ僕が返す言葉はいつもそっけなく、時にはスルー。けれど彼はちっとも堪えない。
そして時々、僕の心を乱す。
会いたい。
そんな文字を見つめて、僕は戸惑い、混乱する。
どうして。
その一言を、問いかけられないまま。
楽しそうだなんて思われるのは心外だった。
乱されたままの心は、いつまで経っても穏やかにはならず、僕を次第に支配する。
せめて、その理由を知ることができたなら、少しは楽になれる。
こんなに離れているから、そう思うのだろうか?
電話越しの声。ドットでできた文字。それらはすべて、彼の本物の声や、言葉じゃない。そう考えるたび、もしかしたら僕は、彼に会いたいと思っているのかもしれない、と自覚する。
顔を見て、その声を聴いたら、この感情に名前をつけることができるのだろうか?
乱れたままの心を抱えて、いつまでもずるずると、彼に踏み込まれているわけにはいかないのだ、と思った。
そして、そう考えて、いつも、躊躇する。
結局僕は、彼に、何を望んでいるのだろう、という疑問に、ぶち当たってしまうのだ。
その答えを出すことが怖いのかもしれない。
耳元で楽しそうに話す声。
それを失うことを、恐れているのかもしれない。
そう思う自分が信じられなかった。
いつものように、あとは寝るだけのベッドの上で、僕は彼からの電話を受けていた。部活でのチームメイトの話をしている彼は、いつもと同じように饒舌で、時折その光景を想像した僕の口元もわずかに持ち上がった。
──そういえば。
と、彼が言った。
──今日、練習後に木兎と会ってさ。
一瞬、胸がちくりと痛んだ。
──あいつ、しょっちゅう連絡よこすんだ。練習終わりに呼び出されて、付き合わされたりするんだけどさ──。
いつものように機嫌よく、そんな風に話し出す彼の声を聞きながら、僕は心臓を押さえた。この痛みの理由を、知りたくないと思った。
──しつこいんだよ、ホント。夕飯前だっていうのに、牛丼特盛食いに行こうとか言い出すんだ、毎度付き合わされる俺と赤葦の身にもなれって話で──
──黒尾さん。
僕は思わず、その話をさえぎった。
──何?
──眠いので、もう、いいですか?
黒尾さんは短い沈黙のあと、ああ、ごめん、とつぶやいた。
──そうだな、そろそろ切り上げよう。
僕がおやすみなさい、と言うと、黒尾さんもおやすみ、と返してきた。
電話を切ったあと、僕は抱え込んでいた枕を思いきり壁に投げつけた。
この焦燥は、この感情は、知らない。
まるで心の奥底から湧き上がる、例えようのないくらいの感情。
直線距離で約350キロ。
それが僕と黒尾さんの距離。
会いたいと言って、すぐに顔が見られるような距離ではない
木兎さんのように、簡単に呼び出して、文句を言いながらもいくばくかの時間を一緒に過ごし、軽く別れることなどできないのだ。
知りたくない。
この感情の名前を。
その日、僕は、考えることをやめた。
部活終了後、僕はいつものように届いていた黒尾さんからの短い日常報告のメッセージを、どれも開かなかった。その代わり、アドレス帳から、自分からは一度もかけたことのないその電話番号を呼び出し、発信した。
コール音が続き、向こうはまだ練習中なのかもしれないと気付いた。僕は電話を切り、少し考えて、メールを打った。
それは思っていたよりも長くなってしまい、読み返すとどこか言い訳じみた言葉ばかりが並んでいた。けれど僕はそれを送信した。
もう、連絡をしないでください。
そんな一方的な内容のはずなのに、もう嫌だ、もう悩みたくない、と僕の感情を吐露しているようにも見える。それに彼が気付くかどうかは分からないが。
1人でとぼとぼと帰宅していると、電話が鳴った。僕はスマホを持ち上げ、その相手を確認した。見慣れた文字が表示されていた。
僕はそっと、スマホに耳を当てた。
『あのメール、どういうこと?』
いきなり、そんな風に言われた。
「そのままの意味です」
なるべく感情的にならないように、冷静を装った。
黒尾さんは早口で問い続ける。僕はなるべく慎重にそれに答えていたけれど、電話の向こうで黒尾さんが口にした言葉にかっとなった。
『じゃあ、会おう』
「そんな簡単に言わないでください」
思わず声を荒げてしまった。そして、公開した。冷静でいようと思っていたのに。
昨日、黒尾さんが話していたことを思い出す。木兎さんに呼び出され、付き合わされる、などとさらりと言っていた。
まるで、そんな風に。
学校帰りに、寄り道でもするように、簡単に。
「こんなに遠いのに──」
失言だった。僕はそのまま、黒尾さんの言葉を待たずに電話を切った。すぐに再び電話が鳴る。それは、途切れることなく続いた。僕は電話をポケットに突っ込み、歩き出した。
長い長い着信音。それは、いつしかふつりと途切れた。
マナーモード設定にしたスマホは、そのあとも何度か震えた。けれど僕はけしてその電話には出なかった。
家に帰ってからも、電話はしつこく震え続けていた。長かった振動が、いつの間にか短いものに変わった。僕は画面を見つめて、通知センターを表示させ、彼からのメッセージを見た。一方的に続く彼からの短い文。既読にすることなくどんどん溜まるそれをただ眺めていた。
短い言葉が、流れるように次々に送られてくる。
初めは様子を窺うような言葉だったのに、いつの間にか僕に呼びかけるように。
ツッキー。
ツッキー。
ツッキー。
それは、まるで永遠に続くかのように、一定の時間を置いて、スマホを振動させた。
僕は部屋に閉じこもり、食事もせずにただ、その音を聞いていた。
何時間くらい続いたのだろう。ただ、ひたすら僕を呼んでいたその文字が、突然違うものになった。
仙台駅。
思わずスマホを手に取り、その反動で画面をタップしてしまった。トーク画面が開く。
──どういうこか、理解できなかった。
時計を見ると、電話を切ってから3時間ほどが経過していた。そのくらいの時間があれが、東京からやってくることは可能だ。けれど──
あり得ない。
僕はスマホを放った。
しばらく黙って、息を殺していた。数分後、スマホが振動した。今度は長い。電話だ。
僕はそれに手を伸ばすことが出来なかった。たっぷり3分以上、それは音を立てていた。そして、切れる。ほっとしたのも束の間、再び振動。
僕は恐る恐るスマホを手に取る。
『ツッキー?』
そう呼びかけられて、どくんと心臓が鳴った。
『ようやく、出てくれたね』
電話の向こうは喧騒。人ごみの中にいるのだと気付いた。
本当に、仙台駅?
『ねえ、ツッキー。ここからどうすれば、そっちに行ける?』
「そんなの──」
『教えて』
そんなことは、あり得ない。そう思おうとした。
黒尾さんの声が、力強く、けれど優しく、響く。
『ねえ、ツッキー。俺は何か、誤解をさせた?』
誤解ならいい。それならこんなに悩まない。
「分からないんです」
『何が?』
「何で、僕なんかに構うんですか? しつこいくらい連絡してきて、調子のいいこと言って、こっちの反応楽しんでるだけとしか思えない」
それに慣れてはいけない。それを待ってはいけない。それに期待してはいけない。
僕はもう、自分の感情すら、うまくごまかすことができないでいる。
いつの間にか当たり前のように僕の日常に入り込んできた、鬱陶しいくらいの電話も、短いメッセージも、全部。
離れているのに。
近くにいるのかもしれないと錯覚した。そして、現実を知って、苦しくなった。
「離れてるから」
僕はつぶやく。
「離れているから、ちっとも分からない」
『──近かったら、分かるの?』
「……少なくとも、顔を見れば、からかっているのか、本気なのか、判断する材料が増える」
『それ、俺に会いたいって、聞こえる』
その通りだ、と思った。
僕はずっと、会いたかったのだ。
『なら、顔見てよ。顔見て判断してよ。だから、教えて、ツッキー』
そのあとの言葉が、まるで刻まれるように、僕の耳に届いた。
『俺は、どうすれば、そこに行ける?』
一言ずつ、まるで、言い聞かせるように。
電話の向こうから、がやがやと人の声がした。楽しそうなその響きに、泣きたくなった。
僕は、利用する沿線の名前を告げた。
『今から、行く』
早口でそう言って、黒尾さんが歩き出したのが分かった。だから僕はさらに駅名を告げる。黒尾さんが確認するようにその駅名を繰り返す。
『すぐ行くよ』
柔らかなその声に、なぜか笑い出したくなった。
今なら、その言葉を口にしてもおかしくない距離に、僕らはいる。そう思ったら、急に。
「すぐ、は、無理でしょ」
口からついて出たのは、そんな言葉だった。けれど黒尾さんはかすかに笑ったようだった。
『ツッキー』
「何ですか」
『──すぐに、行く』
同じ台詞を口にして、今度ははっきりと、黒尾さんが笑ったのが分かった。思わずぐっと息を飲む。
どうして。
──どうして、こんな一言が、嬉しいと思うのだろう。
黒尾さんがささやくように、続けた。
『待ってて』
もうごまかせない。この感情の名前を知っている。
知らないフリなどできない。
「──馬鹿じゃないの」
小さくつぶやいた僕は、それを自覚していた。
顔を見てしまったら。
会ってしまったら、きっと。
スマホが短く振動した。
──ツッキー。
まるでささやくように。機械的なその文字でさえ、呼びかけられているような気がした。
──はい。
僕は返事をする。
ツッキー。ツッキー。ツッキー。
繰り返し送られてくる呼びかけに、僕は何度も返事をする。
はい。はい。はい。
もうすぐ。
あと約1時間。
きっと、あの声を直接聞くことができるはずだ。
その声を聞いて、冷静でいられる自信など微塵もなかった。
自覚したこの感情を、きっと、抑え込めるはずがなかった。
僕は居ても立ってもいられなくなり、上着をつかんで家を飛び出し、駅に向かって走り出した。
了
ツッキーの、気持ち。
ようやく会えますね。
続きは<after>でご確認ください。(だから、マルチ商法みたいだな、私)
ところでね、よくL●NEのこと書いてますけど、よく分かってません。
使ってないし。
ていうか、LI●Eって書いちゃ駄目かなって。だからいつも、メッセージ、とか書いてますけど。ははは。
企業名とか、商品名は書かないように。一応、迷惑かからないように。ひっそり個人的に書いているもので、余計な問題を起こしてはいけないと思って。
携帯なんてさ、電話とメールが出来ればいいと思ってるので。
てか、持ちたくないくらいなので。
はああ。
何か、表現おかしいなって思っても、優しい心でスルーしてください。
お願いします。
次は、<after>。
また黒尾さん視点に戻ります。