牛若ちゃん、いいよね。
何もかも固くて、堅い感じが。
相手はツッキーかなー、と思っていたのに、気付いたら岩ちゃんを書いていました。
普通だったら牛及とかになるんでしょうけどね、うちではありえません。
岩ちゃん書くなら、及川入れとかないとねーって感じで、こんな図式。
及川→岩泉←牛島
sick of it
俺はどうやら、面倒な人間に縁があるという星の下に生まれてきたらしい。
校門を出たら、目の前に馬鹿でかい男が立っていた。
まるで仁王立ちするように、その威圧感を放つ姿は、やたらと注目を浴びつつも遠巻きにされる、という正反対の状況を生んでいた。
初めは、及川に用があるのだろうと思っていた。あいつを認めつつ、ライバル視していたくらいだから、きっと。
けれど、その威圧感を放つ大男は、俺の姿を見つけるなり、かっとその目力を強め、俺を呼んだ。
「岩泉一」
普段は、大抵の場合、岩泉、と呼ばれる。後輩からは岩泉先輩、だ。そして、幼馴染みである及川は岩ちゃん、と呼ぶ。
フルネームで呼ばれることは、まず、ない。
俺は目を据わらせたまま、目の前の人物を見上げた。──見上げなきゃけいないのがまた、腹立たしい。
「────」
俺が眉間にしわを寄せそのまま見上げていたら、大きな手を顎に当て、小さく首をひねるようにして、牛島は言った。
「どうした、俺が分からないのか。白鳥沢の──」
「いや、分かる」
誰が見間違えるか、と俺は心の中で思った。
「そうか。ならばいいのだが」
牛島はうむ、とうなずくと、それからさも当然のように、
「さあ、行こう」
などと言って歩き出した。
──どこへ?
と、いうより、どうして俺がこいつと一緒に帰らなきゃいけないんだ?
俺は堂々とした様子で歩いていく牛島の背中を半ば呆れて見ていた。数歩進んで、俺がついてきていないことに気付いたらしい牛島は、くるりと振り返って、そのよく通るいい声で再び俺を呼んだ。
「岩泉一」
だから、何でフルネームなんだよ。
こんなことなら大人しく及川と帰るべきだった。
授業が終わるとともに、隣のクラスからふらりとやってきた及川が、岩ちゃーん、なんていつもの調子でにこにこと俺の机の前に立つ。
一緒に帰ろうよー、どっか寄っていこうよー、とのんきに言うので、俺はそれを却下した。部活も引退し、放課後が暇になってからというもの、及川は毎日俺を誘いに来る。
いつも、一緒だった。
だから、それに何の疑問も持たなかった。始めのうちは。
けれど、いつもいつも2人で放課後をだらだらと過ごしているうちに、これでいいのか、と思った。有意義に時間を使えているようには思えない。
俺たちは受験生で、大学や、企業チームから引く手数多な及川と違って、俺は一般受験組である。いくつか大学からのスカウトの話は来ていたが、俺はまだ、上でバレーを続けるかどうか迷っていた。
推薦で大学へ行かないとなると、受験勉強は必須である。赤点ギリギリの成績である俺が、いつまでも遊びほうけているわけにはいかないだろう。
だから、今日こそは家に帰って机に向かうつもりでいた。
及川は俺に断られて、まるで漫画みたいにがーん、と効果音のつきそうなリアクションのあと、岩ちゃんの馬鹿ー、と叫んで走って行った。
……俺とどっこいどっこいの成績のお前に言われたくない、と思った。
そんなわけで、俺は1人、校門をくぐったのである。
「──何の用だよ?」
いつまで経っても俺が歩き始めないので、牛島はわざわざ俺の元まで戻ってきた。再び口を開こうとしたので、それより先に問う。
「お前に会いに来た」
「だから、何の用だ?」
「用などない。会いたかったから、来たんだ」
「会ってどうする。──というか、もう会ったんだから、いいだろう」
「顔を見れば終わりということではない」
俺は目を据わらせたまま、深い溜め息をついた。
「意味、分かんねー」
「だから、行くぞ、岩泉一」
「フルネームはやめろ」
俺は渋々、牛島の隣を歩き出す。牛島はまるで胸を張るようにすっと伸びた背筋で、まっすぐに前を向いて歩いていた。俺はその横顔を見上げ、頭を抱え込みたくなるのを堪えた。
一体、何だってんだ?
及川といい、京谷といい、俺に寄ってくる人間は皆、面倒で扱い辛い。第一、俺と牛島は今まで数えるくらいしか言葉を交わしたことがない。それなのに、わざわざ会いに来たなどと言われても、警戒心しか抱けない。
「俺は──」
牛島が口を開いた。
「放課後に寄り道というものをしたことがない。──こういう場合は、どうすればいいんだ?」
問いかけるように、俺を見た。
「──どうって……」
部活終わりにチームメイトとわいわい帰宅するときは、コンビニに寄って歩きながら菓子を食ったり、ファストフード店で買い食いしたりする。懐に余裕があるときは、ファミレスで夕食を食べたりもする。
部を引退してからは、毎日及川と仙台駅周辺をうろうろしていた。ショップを冷やかして服だの靴だのを見たり、ゲームセンターで時間をつぶしたり、コーヒーショップでのんびりしたり。
牛島と2人でコンビニで買った駄菓子をかじるのも、ゲームセンターでクレーンゲームに興じるのも、とても想像できそうになかった。というか、牛島とゲームセンター、などという恐ろしく似合わない取り合わせは、考えただけでもぞっとする。
帰宅する青葉城西の制服姿の生徒たちの中を、1人だけ白鳥沢の制服を着た牛島が歩いていく。その姿は隣にいる俺が少し委縮しそうなほどに堂々としていた。
角ばった輪郭と、きりりと伸びた眉。まっすぐに引き締まる少し口角の下がった口元は、どこか不機嫌そうに見える。折り目正しいゆがみのない姿勢。視線はいつもまっすぐ前を向く。冗談のひとつも口にしそうにない、生真面目そうな性格が見て取れた。
いつもへらへらしている及川とは大違いだな、と俺は思った。思わず苦笑すると、前を向いていた牛島の視線がすっと俺に向いた。
「──おかしかったか?」
真面目な顔のまま、牛島が問う。
「俺は、変な質問をしただろうか」
「──いや、そういうことじゃないけど……まあ、変っちゃあ変だな」
「そうか──」
牛島はわずかに眉間にしわを寄せ、しばし考え込んだ。
「天童あたりに、リサーチしておくべきだったな」
「そこまでするほどのことじゃねーだろ」
今度は、牛島の答えに苦笑した。牛島は、再びそうか、とつぶやき、黙ってしまった。
「意味分かんねーな、本当に。別に、俺なんかとわいわい楽しく遊びたいってわけじゃないんだろ?」
「──うむ、遊び、とは違うかもしれないな」
「話があるってわけでもなさそうだし、一体どうすりゃいいんだよ、俺」
「そうだな──」
牛島はまた少し考え、それから足を止め、俺に向き直る。
「岩泉一」
俺も足を止め、隣の牛島を見上げた。
「俺はお前と仲良くなりたいんだ」
「仲、良く?」
「ああ。そのためにはまず、どうすればいいんだ?」
「どうすればって、そりゃ、お互いを知る? とか?」
「どうすればお互いを知れるんだ?」
「そうだな……自己紹介? ──あ、いや、今更か」
俺の言葉に、牛島は、うむ、とうなずいた。
「では、自己紹介をしよう」
「いや、だから、今更……」
「俺は牛島若利だ。白鳥沢高校3年、バレー部だ」
そう言ってから、はっと気付き、
「バレー部だった」
と、言い直す。
そのくらい知っている。嫌というほど。
ていうか、自己紹介って、そこからかよ?
「身長189,5センチ、ポジションはウイングスパイカー」
「知ってる」
「そうか。好きな食べ物は──」
「いやいやいや、ちょっと待て」
俺は声を上げた。
「お前の好きな食い物知ったところで、俺にどうしろと?」
「じゃあ、岩泉一、お前の好きなものは何だ?」
「えーと……揚げだし豆腐?」
「そうか。勉強になった」
何の勉強だよ。
俺はやれやれ、と頭を抱える。
「あのなあ、牛島」
「何だ」
「これ、一体何の──」
その時、俺の台詞を遮るかのように、大声がした。
「ちょっとちょっと!!」
その声に驚いた俺の背後に、気配が近づいた。そして、次の瞬間、俺は後ろから羽交い絞めにされるようにぎゅうと抱き締められ、牛島からぐいんと離された。
「何してんの、ウシワカちゃん! 俺の岩ちゃんに!」
「おい、かわ?」
俺の頭の上で響いたその声に、俺は唖然とする。
「ひどいよ、岩ちゃん! 俺との約束破って、ウシワカちゃんと逢引きなんて!」
「お前と約束なんかした覚えはないし、逢引きなんてしてねえ」
「──及川、なぜ、ここにいる」
「なぜ? そんなの、城西の通学路だからに決まってるでしょ。俺と岩ちゃんが毎日仲良く一緒に登下校する道だからだよ!」
「毎日──仲良く……」
牛島の眉間にしわが寄る。
「だー、いい加減離せ、及川!」
俺は力のこもるその腕から逃れようと、じたばたと暴れる。
「岩ちゃん、ひどい。俺がちょっと席を外した隙に1人で帰ろうとするなんて」
「席外したっていうか──てめえ、俺がバカだって捨て台詞残して走ってったんじゃねーか」
「馬鹿? 岩泉一、お前は馬鹿なのか?」
牛島が驚いたように訊ねる。俺はようやく及川の腕から抜け出し、乱れた制服を直しながら言った。
「……頭がいいとは言えないが、馬鹿なのかとはっきり訊ねられると腹が立つ」
「そうか。すまん」
牛島は素直に頭を下げた。どうも、牛島との会話は調子が狂う。
「ちょっと、岩ちゃん。いつの間にウシワカちゃんと仲良くなってるのさ」
これが仲良く見えているなら、及川の目は節穴に違いない。まあ、常々そう思ってはいたが。
「うむ。これからさらに仲を深めようとしているところだ」
「はああ? そんなの俺が許すわけないでしょ、何言ってるの?」
「なぜ、お前の許しを得ねばならないんだ?」
「当ったり前でしょ、俺の岩ちゃんなんだから。俺と岩ちゃんの間に割り込もうなんて、絶対許さないんだからね」
「岩泉一は、お前のものなのか?」
「そうだよ! 岩ちゃんは、俺のなんだから」
「何、そうなのか。──そうなると、話が変わってくるな」
「…………」
俺は深々と溜め息をついた。それに気付いた及川と牛島が、同時に俺を振り返る。
「どうしたの、岩ちゃん?」
「どうした、岩泉一」
2人同時に訊ねてくる。
「及川」
「何、岩ちゃん」
にこりと能天気な笑顔を作る及川に、俺は言った。
「俺は、お前のものじゃねえ」
「え?!」
驚く意味が分からない。
「何だ、及川のものではないんだな?」
「当たり前だ」
「そうか」
牛島はいつもへの字にしている口元を持ち上げた。牛島の笑顔なんて、初めて見た。
「ならば遠慮はいらないということだな」
「ななな、何言ってるのさ、ウシワカちゃん」
「岩泉一、よかったら今度、うまいハヤシライスを食いに行こう」
「ハヤシライス?」
「俺の好物だ。次に会うときは、揚げだし豆腐のうまい店を調べておこう」
「な、何でウシワカちゃんが岩ちゃんの好きなものを知ってるの? ストーカー?」
及川がわなわなと震える。
「しかも、何さり気にデートの約束とかしてんのさ!」
「はあ?」
俺は呆れた目を及川に向けた。
男同士で飯食うだけで、デートも何もないだろう。
「岩泉一は、お前のものではないんだろう?」
牛島が、わたわたと焦る及川に、にやりと笑った。
……結構、笑うやつなのかもしれない。
「岩ちゃん、デートなんて駄目だからね! 絶対駄目だからね!」
「やかましいぞ、及川。お前のものでないなら、口を挟むな」
俺は呆れたように2人のやり取りを見ていた。
意味、分かんねー。
腕時計を覗くと、だいぶ無駄な時間を過ごしていたことに気付いた。
俺は、額を押し付けんばかりになってまだ何か言い合っている及川と牛島を横目に、さっさと帰宅することにした。
今日こそは、きちんと受験勉強をするつもりだったのに。
面倒なやつらの相手は、もううんざりだ。
俺は溜め息をついて、足早に駅へと向かったのだった。
了
牛若ちゃん、結構書きやすいです。かわいいです。
世の牛及好きなみなさま、すみません。多分、一生この組み合わせは書きません。
牛島岩泉、もしくは牛島月島、な感じです。
岩ちゃんを、一般受験にした挙句、バレーを続けるか分からないって設定にしちゃってます。反省。
……及川と同じとこ行って、バレー続けるといいよ、岩ちゃん。そうでなきゃ駄目だよ……(勝手に妄想)
牛若ちゃんと岩ちゃんだと、めちゃくちゃ男前な組み合わせですけど。それもまたステキだ。
ちゃらってる及川との対比もいいんですけどねー、固そうな2人もたまらないな。