山口のハイスペックさをお伝えすべく、書いてみました。
地味なのに、なぜにそんなに能力値高いのですか、君は。
優しさ一番ですけどね。
日常の中で、ツッキーが無意識にやきもち妬いてる感じがいいかなーと思って。
山口×月島
アングル<side T>
クラスの女子と楽しそうに話している山口を見かけた。多分、先生にでも頼まれたのであろう荷物を抱えていたその子に、手伝うよと声でもかけたのだろうと簡単に推測できた。軽く2、3クラス分はありそうな提出用のノートの山のほとんどを請け負っている。
隣にいる女子生徒は、申し訳程度のそれを抱えて、笑顔で話しかけていた。
「優しいねー、山口」
僕の背後からひょこっと顔を出したのは日向で、僕を見上げて目が合うと、にかっと笑いかけてきた。
「この前も、先生に呼び止められて、掃除手伝わされてたよ」
「逃げるの、昔から下手だから」
「ふーん。ていうかさ、山口はそういうの、逃げたりしないでしょ。どっちかっていうと、いいですよって喜んで引き受けてそうだし」
「そうかもね」
僕はきびすを返して、山口たちとは逆方向へ歩き出した。
「あれ、月島どこ行くの?」
「どこだっていいでしょ」
本当は、さっきの授業でひっかかるところがあったから、担当教師に質問にきたところだった。けれど、職員室で山口と鉢合わせてしまうのをなぜか避けてしまった。
「職員室に用事じゃなかったの?」
日向は、なぜか僕のあとをついてきた。
「日向こそ、何してたの」
「俺は、職員室に、再提出になった英語の課題を出しに」
「────」
僕が蔑みの目を向けると、日向はびくりとひるんだ。
「ちょっと、あれだけ勉強付き合ってやったのに、なにしてるわけ?」
「た、たまたまだよ、たまたま!」
ぶんぶんと首を振りながら、日向が焦り出す。
どうだか。
「数学はさー、山口が見てくれたから、かなりよくなったんだよ。あいつ、教えるの上手だよね」
「僕が下手くそって遠まわしに言いたいわけ?」
「そうじゃなくってさー」
僕はそのまま遠回りして教室に戻った。日向はしつこくあとをついてきて、席に着いた僕の正面に椅子に、ずうずうしく腰掛けた。
「山口って、何気にすごいよね。頭いいし、優しいし、頼りになるし、誠実だし、一途だし」
「一途、って」
「一途じゃん。月島に」
「──用例違うんじゃない」
「同じだよー」
日向は再び指折り数え始める。
「背高いし、最近結構筋肉ついてきてスタイルいいし、運動神経いいし、人当たりいいし、男女問わず親切だし、気が利くし、笑うとかわいいって言ってたし」
「──誰が」
思わず訊ねた。日向は何も考えないで、
「うちのクラスの女の子。この前、山口と話してたら、あとで結構質問された」
「ふーん」
「あ、10個超えてる。褒めるポイント簡単に10個以上出てくるって、すごくない? 山口って結構ハイスペックだなー」
そんなことは、昔から知っている。
けれど、少し情けない顔をして僕の名前を呼ぶ山口が、なぜか一番最初に浮かんだ。
ツッキー。
ごめんね、ツッキー。
口癖のようにその台詞を言う山口を、これまで何回も見てきた。
「月島はさあ」
頬杖をついて窓の外を眺めていた僕に、日向が言った。
「山口が傍にいるの当たり前みたいに思ってるかもしれないけど」
校庭には次の授業を受けるどこかのクラスが、ジャージ姿でわらわらと集まり始めていた。
僕は、視線だけを日向に向けた。
「油断してると、誰かに持ってかれちゃうかもしれないよ」
日向はじっと僕の目を見返していた。しばらく、まるで時が止まったように動けなかった。
「──どういう意味」
ようやく、声が出た。日向はにっこりと笑った。
「そのまんま、だよ」
無邪気にはしゃいでばかりいるこの小さいチームメイトは、いつも能天気で騒がしくて、そして時々びっくりするくらいの凄みを見せる。
何も考えていないくせに、こうして驚くほどまっすぐな目をしてきたりする。
何を知っているというのか。
校庭に集まった生徒が、賑やかになった。誰かがサッカーボールを持ち出し、何人かがひと塊になって楽しそうにボールを追いかけている。
「さっきの子だって、優しい山口に、恋しちゃうかもしれないしね」
隣を歩く山口を、見上げながら楽しそうに喋る女子生徒。山口は少しだけ首を傾げるようにして、その距離を縮めていた。
多分、他愛ない話をしていたのだろう。
気に留めるまでもない、どうでもいいような話を。
「日向」
「何?」
「もう、教室、戻ったら」
日向は振り返って、黒板の上に設置された時計を見た。休み時間が終わるまで、あと3分弱。
教室の扉が開いて、長身が入ってきた。
「ツッキー」
いつものように笑顔を見せて、山口が僕のところへやってくる。
「あれ、日向。何してたの?」
「ちょっと寄ってみただけ」
「そうなんだ。──あ、影山に聞いたよ。数学の小テスト、結構良かったんだって? 影山、すごく悔しがってた」
あはは、と山口が笑う。
「勉強したかいあったね」
「うん。ありがとー、山口」
「どういたしまして」
2人の会話はどこかほのぼのと、小花でもバックに散っていそうな雰囲気をかもし出している。それを見ながら、僕は溜め息をついた。
「──どうしたの、ツッキー」
それにすぐに気付いて、山口が訊ねる。
「なんでもない」
僕はぷいと、また校庭を見た。
「じゃ、俺、そろそろ戻るね」
日向が席を立つ。山口はうん、とうなずいて、日向を見送った。
「ツッキー?」
山口が、僕の顔を覗きこむようにして、名前を呼んだ。僕は思わず、早口で問う。
「何、話してたの」
「? 何って?」
「さっき、職員室のとこで」
山口は考えるように首をひねり、それから、
「ノート運ぶの手伝ってたところ、見てたの?」
「だから、何、話してたの」
いらついたように傍らの山口を見上げると、山口はなんだか笑い出したくて仕方ない、といったように口元を押さえていた。
「ツッキー」
口を開いたとき、チャイムが鳴った。
「あとで、教えてあげる」
山口は意味ありげに笑うと、自分の席に戻っていた。
──油断してると、誰かに持ってかれちゃうかもしれないよ。
さっきの日向の言葉を思い出した。
そんなこと、あり得ない。
授業が始まっても、僕は校庭を眺めたままでいた。
体育の授業はサッカーで、さっきまであんなに楽しそうにはしゃいでボールを追っていた生徒たちが、なんだかつまらなそうにパス出しの練習をしていた。体育教師の鳴らすホイッスルがピッ、と短く聞こえるたびに、ボールは左右を行ったりきたりした。
日向は、多分、深い意味もなくそう言ったのに違いなかった。だって、あの日向の言葉に裏があるなんて、考えられない。
けれど。
誰かに持ってかれちゃうかもしれないよ。
日向の言葉が、ひっかかったままだ。
──誰にも、やらない。
山口が、それを望まなくても。
僕はその授業中を、ずっと、窓の外のだらだらと続くサッカーを見て過ごしたのだった。
了
日向の「山口ハイスペック」発言に、ツッキー、さりげなく、「そんなことは知ってる」とか思ってます。
無意識です。
無自覚です。
デレです。
山口にのみ発動、ツッキーデレ。
山口視点の<side Y>も合わせてお読みいただけると嬉しいです。