bittersweet | マグカップ、ふたつ~迷い猫02~(門倉×尾形)
bittersweet
自作BL・GL/二次創作BL 日常ゆるゆる雑記 好きなものを、好きなように、好きなだけ。

はじめに
 個人的な趣味で小説を書いています。
 二次創作を扱っていますが、出版社、原作者等、いかなる団体とも一切無関係です。
 オリジナル・二次創作ともにBL・GL要素を含みますのでご注意ください。
 無断転載などはご遠慮ください。
 まずは、下記カテゴリ、「目次(題名、CP表示一覧)」を開いてください。
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hiyu

Author:hiyu
冬生まれ。
本と猫とコーヒーとチョコがあれば生きていける。ような気がする。
野球と映画があれば、なお良し。
玉ねぎとお豆腐とチーズが無いと落ち込みます。

画像はPicrew「とーとつにエジプト神っぽいメーカー」さんから。


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(2018/12/15更新)

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マグカップ、ふたつ~迷い猫02~(門倉×尾形)
 02
 一緒に眠って、飯を食う。
 なぜか自分のことをよく知っている尾形に戸惑いながら。

 門倉×尾形
 鴨には恨まれている、だって?
                                       作品一覧はこちらをクリック→二次創作目次
                    


          マグカップ、ふたつ~迷い猫02~

 二人で夕飯の弁当を食べてから、布団を買って来ればよかった、とつぶやいたら、尾形が首を傾げた。
 腰が痛いと訴えると、じゃあ俺が床で寝る、と言う。
 土方さんからの預かりものを、床で寝せるわけにはいかない。
 ネットならすぐに買えるんじゃねえか、と言ったら、届くのは明日以降だけどな、切り捨てられてしまった。
 つまり今日も俺は床で眠ることになるのか、とがくりと肩を落とす。
「だから、俺が床で寝る」
「いや、怪我人にそんなことさせられねえだろ」
「怪我は治った」
「治ったって言ったって、まだ万全じゃないだろう? 身体冷やすと古傷は痛むぞ」
「古傷って程経ってねえよ」
 呆れた顔をしてそう言って、尾形は俺の淹れたほうじ茶を──しっかりと冷めるまで待って──すする。
「本当になんともない。手がちょっと動かしづらいだけで」
「目玉落とすのはやめてくれ。心臓に悪い」
「分かった」
 義眼の手入れは一日一度、きれいに洗うだけでいいのだそうだ。装着して半年程でまだ完全に慣れてはおらず、時々外してしまいたくなるらしい。
「とにかく、家主だろ。あんたが布団で寝ろよ」
「いや、あと一日くらい平気だ。お前が寝ろ」
「……だったらいっそ一緒に寝るか? セミダブルだし、狭くはないだろ?」
 あまりにも意外な言葉に、俺はぽかんとした。
「アホ面」
「いや、いやいやいや。お前、こんなおっさんと寝て楽しいか?」
「楽しかねえな」
「だったら何でそんなクッソ寒いこと思いつくんだよ」
「俺が床でいいって言ってるのに承知しないあんたが悪い」
「だから俺が床で──」
「うるせーな。縛り上げるぞ」
 尾形は不機嫌そうに俺の言葉を遮った。本気で縛られそうで、思わず口をつぐむ。
「何もしねーから、大人しく言うこと聞け」
「何かされるとは思っちゃいないが……」
「だったらいいだろ」
 返事に困っていると、尾形はのそりと立ち上がり、弁当の空き容器を片付け始めた。
「──風呂」
「あ?」
「風呂、洗っといた」
「そ、そうか」
「何していいか分からねーから、食器も片付けといた」
 朝食に使った皿とカップが、確かにきれいに片付いていた。昼はどうしたのだろう。何か適当に食っていればいいが、その痕跡は見当たらない。
「湯、溜めてくる」
 手早くゴミを捨て、尾形は風呂場へ向かう。俺は何だか狐につままれたような気持ちでその背中を見送る。
 ひとまず落ち着こうと、グラスに半分程に減ったビールを一気に飲み干す。
「ほんと、訳分からねーやつだな」
 ──あれは人一倍甘えん坊だぞ。
 土方さんの言葉を思い出す。
 ──寂しがりなのだ──昔から。
 尾形の口にする昔と、土方さんの口にする昔。
 俺の知らないその時間が、やけに気になる。
 寂しがり、ね。
 風呂場から戻って来た尾形が、空っぽになったグラスを奪って今度は台所へ消えた。水道を使う音。グラスを洗ってくれているのだろう。
「悪いな」
「別に、こんなの大した手間じゃねえ」
「──昼飯、置いて行かなかった」
「一日中寝てただけだ。腹も減らない」
「食器洗って、洗濯物干して、風呂洗って──折り畳み傘、手入れしてくれたろ」
「そのくらいは」
「お前、手のかからんやつなんだなあ」
「大したことはしてない」
「それでも助かる」
「……ほんとか?」
 尾形はじっと俺を見つめ、どこか期待するような目をしていた。だからちょっと笑ってうなずいてやる。
「──ああ」
「そっか」
 ふっと視線を落としたその表情が、少しだけ穏やかになっているように見えた。
 ──役立たずになったから。
 そんなことを口にしたこいつの気持ちがよく分からなかった。家族のような関係で、大怪我を負った孫のような存在のこいつを心配して休ませようとした土方さんの元を飛び出して、俺なんかのところに来た理由も。
 けれど、もしかしたらこいつは、誰かのために何かをしないと生きていてはいけないと思っているのではないかと感じた。
 ──アホか。
 そんなことしなくたって、土方さんは充分お前を大事にしてんだろ?
 あの人が、生半可な気持ちで誰かの人生を引き受けたりするはずがない。
「風呂、入れよ。腰痛いんだろ、おっさん」
 髪の毛をかき上げながら尾形は不遜な態度でそう言った。
 ああ、くそう。
 そんな態度すら、小さい子供がいきがっているようにしか見えなくなってきた。
 言葉に甘えて、風呂に入ることにした。浴室の扉を開けたら湯船に半分ほど湯が溜まっていて、俺はカランを下ろした。どこから見つけてきたのか浴槽は入浴剤でグリーンに染まっていた。買った本人すら憶えていないそれを、洗面台の下の扉の奥からでも見つけたらしい。
 ゴミ箱にはふやけたように表面のフィルムが浮いた入浴剤の袋が捨てられていた。
 ざぶんと湯船に浸かったら、じんわりと腰回りがしびれてきた。
 風呂は掃除が面倒で、サボってシャワーだけで済ませることも多いからありがたい。
 じっくりと時間をかけて入浴して風呂を出ると、尾形はすでにマットレスの壁側に身を寄せて横になっていた。
 いつもならまだ寝るような時間じゃない。ビールでも飲みながら一~二時間、新聞を読んだりテレビを流し見しながら過ごしている。
 マットレスの半分のスペースが空いている、ということは、尾形は本気で一緒に眠るつもりらしい。
 俺はマットレスに座って、やれやれと溜め息をついた。
 大の男が二人、むさくるしいったらありゃしねーな。
 俺は男と寝る趣味はないし、尾形だってこんなおっさんと並んで寝るのは不本意だろう。それでも、俺の腰を気遣ってくれているのならその厚意は受け取ることにした。
 部屋の電気を消してマットレスに横になる。
 ──結婚生活はたった二年しか続かなかった。
 何故結婚したのか、と言われれば、それなりに恋愛して一緒にいたいと思ったから、と答えるしかない。
 元妻は俺より少し若く、友人の紹介だった。派手ではないが落ち着いていて、穏やかに笑うその顔はとてもきれいだと思った。
 かっこいいプロポーズなんてのものは出来なくて、なんとなく自然な流れで入籍したが、新婚当初はそれなりに幸せだった。
 ──俺は運が悪い。
 笑ってくれていたのは結婚して一年程で、そのあとはもう、ほろほろと崩れるようにその幸せは消えていった。
 派閥争いという名の面倒ごとに巻き込まれたのもその頃で、いつしか俺も元妻も笑わなくなっていた。
 決定的なことがあったわけじゃない。
 いうなれば自然消滅。
 だから、どちらも傷つくことなく離婚に至った。
 ──傷つくことなく?
 そんなわけはないよな、と思い直す。
 たった二年の結婚生活だって、それなりに楽しく幸せだった。それが崩壊しているのだから。
「──何考えてる」
 寝ているとばかり思った尾形の声がして、俺は驚く。壁を向きこちらに背中を向けているので、寝ているのか起きているのかは確認できなかったが、眠ってはいなかったのだろう。
「……大したことじゃねえよ。俺の運の悪さを反芻してただけだ」
「俺が転がり込んだのも、不運だろうな」
「いや、別にそれは──」
 と、答えてから、そうなのか? と気付く。
「……それは……そうは思ってねえな。自分で驚いた」
 思わず本音を口にしたら、背中を向けていた尾形がこちらを向いた。
「ほんと変なやつだ、あんた」
「言ってろ」
「だから、俺は居心地がいい」
「んなこた、別れた嫁さんにだって言われたことねーぞ」
「結婚してたのか」
「二年だけな」
「あんたの不運に付き合えるなんて、いい女だ」
「付き合いきれなくなったから、別れたんだろ」
「──別に、あんたは周りを不幸にはしないだろう」
 そんな言葉を、今まで誰にも言われたことなどなかった。仰向けになったまま、目だけで尾形を見たら、横になって枕代わりの畳んだバスタオルの上、尾形が頭を乗せてじっとこちらを見ていた。
 俺はゆっくりと視線を天井に戻し、言った。
「それでも、自分の旦那が毎度下手こいて落ち目になってたら、呆れもするだろ」
「──でも、あんたは誰も傷つけない」
 尾形は、俺の一体何を知っているっていうんだ。
 けれどその言葉は作り物には聞こえない。
「──本当に、お前、俺を知ってるんだなあ」
「そう言ってる。ずっと昔から」
「百年、か」
「ああ……」
 もう、それが何なんだと問うことはやめた。きっと考えても分からない。俺をけむに巻くために口にしているわけでもない。おそらく、尾形と土方さんは、同じ記憶を持っているのだろう。
 馬鹿げているけど、百年前の。
 つまり、二人は輪廻転生でもしてきたということか?
 余りにも現実離れしているが、俺は多分、土方さんにそう言われたら信じる。
 だから、尾形の言葉も疑うのをやめた。
「百年前の俺は、今より少しはましか?」
「いや、同じだな」
「はは、しょぼくれたオヤジか」
「しょぼくれて、ちょっと情けねえオヤジだ。……でも、信念はあった。土方のジジイのことになると、恐ろしく腹が据わってた。──今も変わってなさそうで安心した」
「へえ、俺は百年前も土方さんに心酔してんのか」
「百年前にそうだったから、今もしてるんだろう」
「そうか、確かにな。──でも、俺にはその頃の記憶なんてないから、今、現時点であの人を尊敬している気持ちは、今の俺のもんだ」
 尾形が黙る。
 俺は身体を動かし、横になった。尾形と向き合うと、薄暗い部屋の中でもその顔がよく見えた。
「お前はどうなんだ。こうして俺のとこにいんのは、百年前の俺を求めてか? だったら残念だな」
「……別に」
 尾形は目を伏せたまま、小さくつぶやいた。
「百年前のあんたも、今のあんたも、同じだ。──あんたは嫌がるかもしれないが」
「俺は俺だ。今ここにいる俺しか知らねえ」
「──それでいい、もう」
 すっと、尾形の目が俺を捉える。
 嘘みたいに馬鹿でかい目だな、と思った。
 近くで見ると下手な女よりもずっと大きくて黒目がちだ。
「昔も今も、あんたはあんただ……それが分かった」
「お前の目、こぼれ落ちそうだな」
「今関係ねえだろ」
 尾形は呆れたように顔をしかめた。
「ああ、落ちねえけど外れるんだったな」
「外してほしいのかよ?」
「いや、きれいな目だ。義眼でも充分再現されてるが、左の方が深い色だ。右目失くしちまったのは、もったいねえなと思って」
 尾形はぽかんとし、それからくくくと笑いだした。
「そんなこと言ったの、あんただけだ。他のやつらはみんなかわいそう、辛そう、って同情ばっかりだったのに」
「もったいねえ、は、ちょっと不謹慎か」
「いいよ、あんたらしくて」
 ふっと笑ったその顔が、やけに幼く見えた。
 甘えん坊で、寂しがり。
 土方さんの言葉を思い出す。
 俺は手を持ち上げ、尾形の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。
 尾形は目を丸くして驚き、それからおい、とつぶやいた。
「何してんだ」
「撫でてる」
「何で」
「かわいかったからだなあ」
「かわ……」
「昨日声かけられた時はどこのチンピラかと思ったがな」
 むすりと不機嫌そうな顔をした尾形の頭を撫でている。やがてその表情がほぐれ、ゆっくりと目を閉じる。
 文句は言っても、尾形は俺の手を振り払わなかった。
 馬鹿げてる。
 四十過ぎたオヤジが、二十七の男の頭を撫でているなんて。
 やがて、尾形が眠った。
 昼間も寝ていたと言ってたのに、こんな時間にもう就寝かと驚く。
 もしかしたら事故のせいもあるのかもしれないなと考えた。
 ──俺に子供はいないけれど、もしいたら、こうして一緒に眠って頭を撫でたりする人生もあったのかもしれない。
 それを今更望んだりはしないが。
 俺にその経験がないように、もしかしたら尾形も小さい頃に頭を撫でられた経験があまりないのかもしれないと感じた。
 だから、戸惑いながら、その手を振り払わなかったのかもしれない。
 ──甘えん坊だから?
 土方さんはそうしてやったのだろうか。
 俺がまだ子供の頃、何度かあの人に頭を撫でられたことがある。力強いその手は、とても安心できた。
 俺はあの人の手ほどは頼りないかもしれないが。
 寂しいというのなら、お前の頭くらい、撫でてやるよ。
 たった一日。
 それだけしか経っていないのに、なぜか目の前で眠るこいつを、やけに愛おしく感じていた。

 コーヒーの香りがする。
 目が覚めて一番最初に思ったのか、それともその香りで目覚めたのか曖昧な頭で目を開いたら、隣に尾形の姿はもうなかった。のそりと身体を起こしたら、テーブルの前、尾形がカップを両手で持って俺を見た。
「起きたのか」
「おお、おはよう」
「……おはよう」
 尾形はすでに着替えを済ませていた。洗ったと思しき髪の毛は濡れている。
「それ、俺の服」
「ああ、Tシャツじゃ寒いから、勝手に借りた」
 下は自前のジーンズだが、尾形が羽織っているのは俺のシャツだ。
「あんた、案外服の趣味はおっさんぽくないな」
「若作りしてるって言いてえのか?」
「言ってねえよ」
 尾形は小さく笑い、
「あんた猫背だから普段は忘れてるけど、案外背高いよな。腕も長い。袖が余ってる」
「お前の萌え袖見たってなあ」
「そんな言葉知ってんのか」
「お前、四十代をどれだけ年寄りだと思ってんだ?」
「床で寝たら腰痛めるくらいには年寄りだろ」
 ぐうの音も出ない。
「で、少しはいいかよ」
「ん──まあ、昨日よりはな」
「いいマットだろ、それ。すげえ眠れる」
「人間なあ、睡眠が一番大事なんだよ」
 俺はよっこらせと立ち上がり──尾形にやっぱりおっさんじゃねえかとツッコまれながら──洗面所へ向かった。
 ひげをそっていたら、洗面所には昨日尾形にやった買い置きの新品の歯ブラシが、俺の歯ブラシと一緒に並んでいるのが目に入った。
 ──おいおい、同棲カップルかよ。
 もちろん、置くところがないのでそうしただけに過ぎないだろうが、十年前、まだ新婚だったあの頃を思い出し、なんだか胸がざわつく。
 ──簡単に、壊れちまう。
 どんなに幸せだって、些細なことで、簡単に。
 並んだ色違いの歯ブラシや、タオル。そんなものにときめいていた頃のことを、もう忘れちまった。
 鏡に映る自分は、いつの間にか年を取っていた。
 昔から二枚目とは言い難い。しょぼくれた、なんて言われても納得しちまうくらいには覇気がない。
 何か、くたびれた顔してんな、としみじみ思う。
 仕事が忙しいわけでも、生活に追われているわけでもないのに、何でこんなにくたびれてんだろうな。
 それは多分、人生に張り合いがないからだ。
 ただ坦々と過ぎる毎日を、黙って受け入れて過ごしているだけの人生じゃ、生きがいなんてものすらなく老け込んでいくだけだ。
 自覚している。
 俺は何も望まない。
 そうやって生きることを決めたのだから仕方ない。
 洗面所を出たら、尾形が飯を用意してくれていた。
 俺が昨日作ったゆで卵とトースト。それと何ら材料は変らないはずなのに、ワンプレートにカットされたトーストとスクランブルエッグ、玉ねぎをソテーしたものが乗っている。
「何もないから、野菜はそれだけだ」
「いや、充分だ……お前、料理もできたのか」
「こんなの、できるうちに入らねえよ」
 とん、と目の前に置かれたのはコーヒーカップ。入れたてのコーヒー。
「いやあ……新婚みたいだな」
「馬鹿なこと言ってないで食え。あと、シーツ洗濯する。替えはどこだ」
「クローゼットの引き出しの一番下」
 斜めに切られたトースト。フォークでスクランブルエッグと玉ねぎを乗せてかじりついたら、びっくりするくらいふわふわだ。スクランブルエッグなんて、俺が作ると炒り卵になるのに、何が違うんだ?
 尾形の片手が長い袖を何回か折る。そのたどたどしさは事故の後遺症のせいだと分かっている。俺は黙って見守る。ようやく両方の袖をまくって、マットレスのシーツを引っぺがし始める。
「……午後休とるからよお」
 俺は飯を食いながらその後ろ姿に声をかける。
「買物行くか」
「は? 買物?」
 丸めたシーツを抱えて振り返る。
「服、必要だろ。他にもいるもんあるなら」
「……取りに行け、じゃなくて、買うのか」
「『逃げてきた』んだろ?」
 雨の中、尾形は確かにそう言った。家を出てきた、んじゃない。逃げてきた、と。
 土方さんがこいつに肩身の狭い思いをさせているはずはない。きっと大事にしていたと信じている。
 けれど、だからこそ、こいつはそこから逃げ出したかったのかもしれない。
「だったらのこのこ戻るのも変だろ? お前の服くらい買ってやるよ」
「どんだけお人よしだ」
「どうせ使い道もねえしな。金は結構貯まってる」
「それ、外で言うなよ。変なのにつかまって根こそぎ持ってかれるぞ」
「今更結婚詐欺に騙されたりはしねえよ」
「結婚詐欺だけじゃねえだろ、騙すのは」
 確かに、違いない。
 俺は運は悪いが、そのせいで慎重だ。なので今のところ、大きな詐欺にはあってない。
 まあ、普通はそれが当たり前だから、自慢にはならないが。
 クローゼットからいくつか並んだスーツのひとつを手にしたら、やけにパリッとしていた。
「──アイロンかけたのか?」
「そうでなくても猫背で身体に合ってないスーツなんだ、よれよれじゃますますしょぼくれて見えるからな」
「ウチにアイロン、あったのか」
「そこの奥。自分で買って覚えてないのかよ」
「忘れてたなあ」
「少しでいいから背筋伸ばせ。──だらしないのはあんたらしくて嫌いじゃないが、外なら少しは見栄え良くしとけ」
 尾形に言われて、少しだけ姿勢をよくしてみる。
 腹筋がないもんだから、どうしても腰が曲がって前屈みになりがちだが、確かにきちんとプレスされたスーツがもったいないような気がした。
「少しは見れる。──ネクタイはこっちにしとけ。スーツの色と相性がいい」
 並んだネクタイから一本引き抜き、俺の首に引っ掛ける。
「おいおい、マジで新婚みてえだな」
「結びまではしねえぞ。今の俺じゃ、きれいにできん」
「いいよ、そのくらいは自分でやる」
 手早くネクタイを結んでしゅっと結び目を首元に収めたら、何だかいつもより清々しい。
「──悪くない」
「お前……本当にマメだな。このまま家政婦にでもなるか?」
「馬鹿言うな」
「だったら嫁に来るか? もらってやるぞ」
 冗談でそう言ってわははと笑ったら、尾形は呆れたような目をして俺を見、深い溜め息をついた。
「まともに仕事もできない人間を簡単にもらってやるなんて言うな」
「──お前は役立たずなんかじゃねえよ」
 ぽんぽんと尾形の頭に手をやったら、尾形はまた、黙ってそれを受け入れた。
 伏せた目元。表情は読めない。
 ただ、怒ってはいない。
 嬉しいのか、迷惑なのか、探ろうとしたけれど、かろうじて後者ではないことが分かる程度だ。
 こんな些細なことで喜んでなんかやらないという思いと葛藤しているようにも見えた。
「昼に駅で待ち合わせるか。──お前、道分かるか?」
「分かる」
「じゃあ、昼過ぎに駅前でな」
「まだ休めるか分からねえだろ」
「休めるんだなあ、これが。窓際ってのはそんなもんよ」
「窓際なんて思ってるのはあんただけかもしれないぞ」
「正真正銘窓際だ。──行ってくる」
「……行ってらっしゃい」
 素直にそんな言葉が返って来て、俺は笑ってもう一度尾形の頭を撫でた。
 ──今日も無事に会社についた。午後からの休みもすんなり取れた。午前中はいつも通りのらくらと仕事をし、昼休みに入ると共に会社を出た。
 そういやあいつ、どんなとこで服を買うんだ? しゃれた店に引っ張っていかれたらどうしよう。冴えないおっさんが浮きまくるのはごめんこうむりたい。
 駅前には妙な形のオブジェが立っている。その周りに花壇とともに配置されたベンチの一つに、尾形がいた。
 朝見た時と同じようにジーンズにTシャツ、その上に俺のシャツを羽織っている。足元はサンダル。素足にはもう寒い季節だから、靴も買わなきゃいけない。
 髪はラフな感じでオールバックになっている。あいつが使えるような整髪料はあっただろうか、と考えながら歩いていたら、向こうも俺に気付いた。
 ああ、若けえな。
 そしてお前、イケメンだったんだなあ。
 髪を下ろしている時は年齢よりも幼く見えるが、額を出したヘアスタイルはやけにスタイリッシュで、きれいとはちょっと違うが、整った顔をしている。
「待たせたか」
「待つのは得意だ」
「モテそうな顔してんなあ」
「今更かよ」
「ずっとぼっさぼさの髪で半分隠れてたからな」
 そう言えば、土方さんから見せてもらった履歴書の尾形も髪を上げていた。今のように少し崩れた風ではなく、きちんとセットされてはいたが。
「昼飯食うか。──何か食いたいもん、あるか?」
 男二人でしゃれたカフェでランチなんてことになったらどうしようと思っていたが、意外にも尾形が選んだのは蕎麦屋だった。こんなとこでいいのか、と聞いたら、蕎麦は嫌いじゃないと答える。
「ジジイが食う蕎麦はかたっ苦しい老舗の高級店ばかりで肩が凝る」
「あの人はなあ」
 金持ちの食道楽なのに、好物はたくあんの乗った茶漬けというところがなんとも意外性があってかっこいい。
「タヌキ蕎麦だってよ──あんただな」
「会った時も思ったが、何で俺のあだ名を知ってるんだ?」
「……百年後もタヌキって呼ばれてんのか」
「あ? てことは、百年前も……」
「ほんと変らないんだな」
 尾形はふっと笑い、注文を取りに来た店員に親子丼と蕎麦のセットを頼む。俺は鴨せいろ。
 ややあってテーブルに運ばれたそれを、尾形がじっと見つめる。
「何だ、食いたいのか?」
「──いや、鴨だな」
「鴨だ」
「鴨は好きか?」
「ん……そうだな、好きだな」
「そうか」
 尾形がまた、かすかに笑っているように見えたが、気のせいかもしれない。
 鴨に思い出でもあるのだろうか。
 んなわけねえかと思い直し、蕎麦をすすった。初めて入った店だったがどうやら当たりだ。
「うめえな」
 尾形もうなずき、箸でゆっくりと蕎麦を手繰り、すする。親子丼には朱塗りのスプーン。
「俺は多分鴨に恨まれてる。数えきれないほど撃ち落とした」
「──猟師だったのか?」
「いや、狙撃手だ」
「狙撃……」
 穏やかでない言葉に顔をしかめたが、百年前と言えば明治だと思い出す。
「──軍人だったのか。……で、何で狙撃手が鴨撃ってんだ」
「食料だ」
「なるほど」
 仲間と鴨鍋でも食ったのだろうか。随分と贅沢な飯だ。
「──で、どこに服を買いに行く? 敷居の高いブランドはやめてくれよ」
「そんなとこ行くつもりはない」
 そう言って尾形が口にした店は、日本中どこにでも店舗があるような超有名なファストファッションの店だった。
「はあ? お前が?」
「悪いかよ」
「いや、せっかく整った顔してんのによお、そんな安もんもったいねえなあ」
「着れりゃ問題ない。そんなに服はいらねえし」
 尾形はそっけなく言って丼を空にした。
「家にいるときはあんたの服を借りる」
「おっさんの服着るなよ」
「あんたのセンスは案外悪くないぜ」
「そりゃどーも」
 食事を終え、尾形は本当に駅前のショッピングモールの中にあるそのファストファッションの店へと向かった。
 何着か適当に手に取って、あまり悩むことなくカゴに落としていく。下着や靴下、ついでにここで靴まで選び始めた。黒いシンプルなスリッポン。もっといいやつ履けよと声をかけたら楽だからこれがいいと言う。
 本当に全身揃えやがったが、会計は予定よりもずっと安かった。
 こんなんでいいのかねえ、と買った服を畳み袋に詰め込んでいく尾形の後ろ姿を眺める。
 数日分の服や下着、靴下、さらには靴まで揃えた若い男と、会計だけして手持無沙汰なスーツ姿の中年のオヤジ、なんて組み合わせは、周りから一体どんな風に見えるのだろう。
 俺は──そしておそらく尾形も──そんなものをたいして気にするような人間じゃないが、せめてスーツくらいは着替えてくるんだったかなと少し後悔した。
「門倉、行こう」
 呼ばれてはっとし、尾形と二人店を出る。
「あとは、何か欲しいもんあるか」
「別にないが──」
「なら、ひとつ付き合ってくれ」
 店のロゴが入ったショッピングバッグを手に、尾形は俺の後ろをついてくる。
 俺はきょろきょろとモール内を見回しながら、やっと目当ての店を見つけた。雑貨中心にしゃれた小物が揃った店だ。別にどこでもよかったが、欲しいものが目に入ったから、ここにした。
「おっさんが来る店じゃないな」
 壁にぶら下がるガーランド。カラフルな箱に入ったお菓子。へんてこな形の花瓶。無秩序に見える商品を無視して、その場所に真っすぐ進み、尾形を振り返る。
「カップ、選んでくれ。お前の」
 尾形は驚いたように目を丸くし、俺が指さした棚を見た。
 沢山の形やカラーのマグカップがずらりと並んでいる。
「今使ってるやつは、百均で適当に買ったやつだ。──何か、あの安っぽいカップでコーヒー飲んでるお前見てたら、なあ」
「別に気にしないぜ」
「いや、選べ。……あれなあ、元嫁が事務的なことで家に来ることになって、慌てて買ってきたやつなんだ。それまでは自分のカップしかなかったからな。それきり使わないままずっと奥にしまい込んでた」
「てめえの元妻が使ったカップを俺が使うのは気分が悪いか?」
「逆だ。お前に悪い」
 再び、尾形はぽかんとして俺を見た。
「だから選んでくれ」
 尾形はしばらく俺を見つめ、それからがしがしと頭をかき回した。緩くセットされたオールバックの髪が乱れる。
「俺の、カップ?」
「そうだ」
「馬鹿じゃねえのか。俺専用のもんなんて買っちまったら、居座るかもしれねーぞ」
 そんなものは、服を買った時点で分かってたことだろう。
「──居座るつもりじゃなかったのか?」
「それは」
「ああ、となると箸も茶碗も必要だな。ついでに選ぶか?」
「それこそ、百均でいい」
「欲がねえなあ」
 尾形はむっとして、俺を押しのけて棚の前に立った。
 陶芸作品のような和風のカップ、やたらきらびやかな花柄や、何の飾り気も面白みもない真っ白なカップまで種類は豊富だ。適当に入った店だが、悪くはなかったようだ。
「これ」
 尾形が指さしたのはシンプルで緩やかな丸みのあるフォルムで、ぽってりとした厚さのある頑丈そうなマグだった。ミルク色のそれは、どれ、と手にしてみるととても手になじむ。
「あと、これ」
 隣に並んだ、同じ形の色違い、淡いグリーンのカップも指さした。
「こっちは、あんたの」
「俺の?」
「あんたが使ってるのも、どうせ百均だろ。しかも変な形だ」
「間に合わせで買ったやつだしなあ」
「だから、あんたのも」
 尾形はグリーンのカップを手にして俺に押し付けた。
「ペアになっちまうぞ」
「問題ない。色は違う」
 尾形は踵を返して店を出て行く。やれやれ、と俺は二つのカップを持ってレジへ向かった。
 会計を済ませて店を出たら、尾形がまるでにらむような顔をして待っていた。
 でかいショッピングバッグを、抱きかかえるようにしているのに気付いて、自分のうかつさを呪った。
「尾形、それ、よこせ。俺が持つ」
「別にいい」
 大量に買ったというわけではないが、バッグの中身は服だから、かなりの重量だ。最初は右手にぶら下げていたのに、すぐに左手に持ち替え、頻繁に持つ手を替え、今じゃ抱きしめるように抱えている。
 つまり、手が痛むか、持ち辛いのだ。
 尾形は目をそらし、ショッピングバッグを抱きしめたままだ。
「──俺なあ、割れもん持つと、割れちまうのよ」
 カップの入った紙袋を尾形の方に向け、続ける。
「必ず不運に見舞われて、落っことすか、ぶつけるか、無事に持ち帰れる確率はかなり低い。だから、交換してくれ」
 実際そうなることなどそうそうないが、俺の凶運ならば、こんな話もおかしくないだろう。尾形はその言葉の真偽を探るような目で俺を見ていたが、ややあって大人しくでかいショッピングバッグを渡してきた。代わりに、俺が差し出していた紙袋を受け取る。
「せっかく買ったのに、割れんのは困るよな」
「ああ、頼む」
 こくりとうなずく尾形を見下ろしながら、俺の口元が緩む。目ざとくそれに気付いた尾形が不機嫌そうな顔をした。
「仕方なく、だ」
「分かってるよ」
 カップ二つ分の重みくらいならば、大した負担にはならないだろう。
 ──リハビリを続けていた、と土方さんは言っていた。
 それが過去形だったのは、もう通う必要がなくなったからなのか、それとも通うことを諦めたからなのか。
「思ったより早く買い物終わっちまったなあ」
「午後休なんて取らなくても充分だった」
「もっと悩むと思ってたんだが、お前の買い物がテキパキ早すぎるんだよ」
「だらだら見てもしょうがないだろ」
「そうか? 俺がお前のルックスなら、服買うのも楽しいと思うがなあ」
「くだらないこと言うな」
「おっさんは服選んだところで、結局おっさんだしなあ」
「──スーツ」
 とん、と俺の胸元に指を突き付け、尾形は言った。
「今日は、昨日よりずっとましだ。もうちょっと姿勢よけりゃ、もっといい」
「おお?」
 突然そんなことを言われて、照れた。
 確かに、今日の俺は少しだけ、背筋が伸びている。
 きれいにアイロンがけされたスーツと、尾形が選んだネクタイ。それだけのことなのに。
「あー……どうする、どっか、他に寄ってくか」
「帰る」
「もうか?」
 驚いて聞き返したら、
「帰って、コーヒーを飲む。──このカップで」
 手にした紙袋を見つめて、尾形は言った。
「だから、帰る」
 ゆっくりと視線を上げて俺を見る。
 片方の目は光を宿さない。
 焦点のあわない右目と、俺を真っすぐに見る左目と──
「分かった。帰るか」
 俺はうなずき、くしゃりと頭を撫でてやる。さっき尾形が自分で乱した髪が、また少し、乱れる。
 少しだけ寄り道して、うまいコーヒーを買って行こう。
 猫舌の尾形には牛乳。買ったばかりのカップを両手で持って、ふうと息を吹きかける。
 そんな想像をして笑ったら、乱れた髪に手をやって、尾形がこくりとうなずいた。

 了 




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