今泉×御堂筋
今泉クンの誕生日に、Twitterで何かSSを上げたいなーと考えていたのですが、SSのストックがこれしかなくてどうしようかな、と。
小説としてはかなり短めですが、TwitterのSSは、できるだけ1ツイート、画像4枚までに収めたい派なので、名刺SSにしても新書SSにしても、4枚以上になる場合はTwitterSSとしてあげないことにしています。
プロのロードレーサーになって、海外で暮らしている二人のお話。
今泉クン、決死の覚悟。
二人ともエスプレッソが苦くてあまり好きじゃないとかだとかわいいなあ……(笑)
ちなみに診断メーカーでのお題です。
その答えはレースが終わったら。
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指輪
数日前、ボクの目の前に小さな箱を差し出した今泉クンの、真面目腐った顔が忘れられない。
普段、ボクの前では少し情けない姿ばかりだから、そんな顔を見たのは久しぶりだった。
──数日月前、とあるカフェに、ボクらはいた。
日本から遠く離れた国。石畳の上に安っぽい椅子とテーブルが並んだテラス席。
天気のいい日だった。
──日差しの強さに目を細めていたら、今泉クンが勝手に注文してしまった。
こんな日は冷たいものが飲みたかったのだが、運ばれてきたのは定番のエスプレッソ。仕方なくボクはそれに砂糖を二杯入れた。
「ええ天気やね」
「──ああ」
ここに来るまではやたら饒舌で、散歩でもしよう、お茶を飲みたい、おいしいコーヒーがいい、今日は最高の一日だ、などと浮かれていたのに、急に口数も少なく、どこか思い詰めたような顔をしている。
ボクはエスプレッソを一口すすって、
「泥みたいな味や」
「──そうか」
なんやの。
気乗りしない返事をされて、少しイラついた。
できたら今日みたいな日はデ・ローザにまたがって走りたかった。
それなのに、やれ外に行こう、散歩をしよう、と家からボクを引っ張り出したのは今泉クンだ。
さっきまでの上機嫌はどこへ行った。
「オサンポォは、終わりなん?」
「…………」
「まさか、このクソ不味い苦い液体飲むために連れ出したんちゃうやろ」
「…………」
「ボクゥ、暇じゃないんやけど」
再び苦くて、砂糖で甘ったるくなった濃い液体を飲み込もうとしたら、今泉クンが突然椅子方立ち上がり、そしてボクの前に跪く。
──跪く?
嫌な予感しかしない。
「御堂筋!」
カチコチに緊張したような表情になり、ボクの名前を呼んで、さらにその表情が硬くなる。
どこからか取り出した小さな箱。
──ちょっと、待った。
止めるタイミングを逸した。
「俺と結婚してくれ!!」
小さな箱のふたを開けると、そこにはリング。
どでかいダイヤモンドはさすがについていないが、シンプルでも明らかに何百万単位の高級品だと分かった。箱の内側に書かれたブランド名は、そういうものに詳しくないボクでも知っていた。
日本語など分からない周りのフランス人でさえ、何が起きているのか察した。というか、指輪を差し出し跪く男がしていることなど、一つしかないではないか。
どよめくカフェとその周辺。物見高い人間たちが足を止め、給仕の手を止め、注目している。
──やりよった。
いつかはこんな馬鹿をするんじゃないかと思っていた。
けれど、それが、今だとは。
「あのなあ、今泉クン」
「な、なんだ」
「ボクら、数日後に大イベントが控えてんの、分かっとる?」
「分かっている。ツール・ド・フランスだ」
「レース前に、ライバルチームの人間が二人仲良く顔晒して街なかうろついて、挙句オープンカフェでプロポーズやて?」
「大事なレースの前だから、覚悟を決めたんだ」
周りのギャラリーは息を飲んでボクらを見つめている。
……みんな、暇やな。
ボクらが男同士ということは、問題にならへんのか、と思ったが、考えてみればこの国は同性婚が認められている。
つまり、男同士でのプロポーズも、そんなに大層なことではないのかもしれない。
「──アホやな」
「そう言うと思っていた」
「アホや」
真面目腐った顔をして指輪を差し出している今泉クンの手は、少しだけ震えていた。
こんな顔もするんやな、と思い出した。
「返事はレースが終わってからでいい。それまで、ゆっくり考えてほしい」
今泉クンはボクの手に指輪の箱を握らせた。
「──売ったらいくらになるやろ」
「分からない。きっと買い叩かれるだろうな。──俺の求婚を断るなら、売ってくれ」
いつもの軽口のつもりで言ったけれど、まさかそんな返事が返ってくると思わなかったので、少し困った。
今泉クンが立ちあがる。
相変わらずいまいち決まらない寝ぐせ頭。
変なウサギのマークがついたTシャツ。
この男が、実は大金持ちの家に生まれ、今では年間何億も稼ぐロードレーサーだなんて、誰が思うだろう?
「──分かった、考えるわ」
ボクの返事に今泉クンはようやくほっとして、自分の席に戻り、喉が渇いていたのか目の前のエスプレッソを一気に煽った。
「苦っ……!」
慌てて口元を押さえ、無理矢理飲み込んでから、
「マジで泥みたいな味だな」
砂糖入れなきゃ飲めへんよ。そう忠告しようと思ったけれど、手の中の小箱を見つめていたボクは黙っていた。
あんなに興味深そうにこちらを見ていたギャラリーは、うまくいったのか、いかなかったのか結局分からないとでもいうように首を傾げながらボクらから興味を失ったようだった。
──それから数日。
あの日と同じように上天気。いいレース日和だ。
スタート地点で愛車にまたがり、空を見上げていたボクは、そっと手のひらで胸元を撫でる。
「──勝負やな」
返事はレースのあとで。
今泉クンの真面目な顔を思い出して、ボクは少し、笑った。
指輪はまだ、つけられずにいる。
レース中ならば当然、邪魔になるだけのものだ。
だから──
「御堂筋!」
200人近いレーサーの中、ボクを呼ぶ声が聞こえた。
ボクも、すぐに気付いた。
──キミに負ける気はあらへんよ。
多分、向こうもそう思っているのだろう、と分かった。
レースが始まる。
走るのに、指輪なんて邪魔なだけだ。
だから、まだ、一度も指にははめていない。
貰った指輪は、ネックレスに通して、首から下げている。サイジャの中、ぴたりと胸元に貼りつくようにそこにいる。
答えはもう決めていた。
──ボクゥが勝ったら、返事をしてやるわ。
あの泥みたいな不味いエスプレッソを飲みながら、キミを泣かせたるよ。
了
お題をお借りした診断メーカーはこちら↓
今日の今御のお題は
「指輪はまだつけられずにいる」
#shindanmaker #創作のお題を決めましょう
https://shindanmaker.com/804823
答えがイエスでもノーでも、すんすけは泣きそうな気がしますよねw