久々テニス。久々部長。
何かね、この人書くと、間延びしますよね。
その辺は他の先輩たちと桃に頑張ってもらいました。
乾はやっぱりステキです。(ひいき、ひいき)
手塚×海堂
かわいい感じの二人にしたかったのに、ボケボケな二人になった感は否めません……。
部活の最中にコンビニでご飯買って食べる、なんてこと、実際あるのかは疑問。まあ、そういう設定で(笑)
スプーン
憧れという言葉を、初めて口にした。
俺は努力することだけを信じてきた。
けれど、それだけではけして追いつかない領域というものがある。それを思い知った。
初めてあの人のテニスを見たとき、身体が震えた。
俺は一生、あそこへはたどり着けない。
それに気付いてしまった。
けれど絶望を感じることはなった。
多分、コートを降りたあの人が、いつもの厳しい顔を少し穏やかにしていたから。
その表情を、知ってしまった。
ほんのわずか。
それに気付いた人はどのくらいいるのだろう。
俺だけだったならいい、と、思った。
この人のイメージは、とても崇高なものだった。
人知を超えたテニスの腕前もさることながら、学業は優秀で、テニス部の部長でありながら生徒会長まで兼任。いつも冷静で自分にも他人にも厳しく、その長身とルックスも相まって、この人に憧れる人間は数え切れないほどいる。
入部当時、俺もこの人のプレーに目を奪われ、その姿に尊敬の念を抱いていた。
もちろん、今だってその気持ちは変わらない。
しかし──
「ちょっと手塚、それ、天然?」
手塚部長は眼鏡のブリッジを指先で持ち上げる。
「何がだ?」
「コンビニのおにぎりを全部剥いてから組み立ててる人、初めて見たよ」
不二先輩が額に手を当ててうなる。
確かに、手塚部長はプラスチックのフィルムに包まれたおにぎりを、ぺろりと包まれる前の状態に戻し、フィルムの隙間から海苔を引っ張り出して裸のおにぎりに書き付けている。
お前は世間を知らなすぎるぜ、などと桃城にからかわれたりする俺だって、さすがにコンビニのおにぎりの食べ方くらい知っている。真ん中のテープをくるりとめくり、サイドからフィルムを抜き取るのだ。
とは言っても、これはテニス部に入部してから初めて知ったことだった。差し入れでもらったおにぎりの食べ方が分からなくて首をひねっていると、乾先輩が手本を見せてくれたのだ。
これは、海苔がぱりぱりのまま食べられるという利点があるよね。
そんなことを言いながら、新しいおにぎりを俺に渡してくれた。俺は乾先輩の真似をしておにぎりを完成させた。よくできているなと思った。
「手塚、コンビニおにぎり食べたことないの?」
「うむ、そういえば初めてだ」
「ははは、海堂も昔、食べ方が分からなくてにらめっこしてたよね」
乾先輩がばらしてしまった。その瞬間、一緒に食事をしていた不二先輩と菊丸先輩、桃城が俺を振り返る。
「マジかよ、だっせーな海堂」
桃城が豪快に笑い出す。
「手塚といい海堂といい、世間知らずにも程があるんじゃない?」
不二先輩も呆れたように言った。
「まあ、海堂はいつもお母さんの豪華弁当があるしね。コンビニで買い食いなんて行儀の悪いこともしないだろうし」
乾先輩のフォローに、みんなが納得したようにうなずいた。
「ああ、確かにそうだね。海堂は育ちがいいから」
「薫ちゃんのお弁当、おいしそうだもんにゃー」
俺は恐縮する。困ってしまい視線を定められずにいると、さっきからおにぎりを手にしたまま動かない手塚部長と目が合った。
「そういうことだから海堂は仕方ないとして──」
不二先輩が溜め息をついた。
「手塚の場合は、ただ抜けてるだけだよね」
「そうだな」
「うんうん」
「そっスね」
満場一致でうなずかれている。俺はいたたまれなくなって、持っていた未開封のおにぎりを手塚部長に差し出した。
「簡単っスよ。俺にもできるくらいなんで」
手塚部長がおにぎりを受け取る。俺は外装の剥がし方を丁寧に教えてあげた。と、言ってもたったツーステップだ。間違いようがない。
手塚部長は俺の言うとおり、真ん中のテープをくるりと剥がし、左右のフィルムの角を引っ張った。フィルムの中にわずかに海苔がちぎれて残ってしまったが、きちんと完成した。
「おお、よくできているな」
俺と同じ感想を述べた手塚部長が、いつもの無表情をわずかにほころばせ、
「ありがとう、海堂」
「いえ」
「世間知らず同士、親交を深めているね」
「うーん、微笑ましい?」
「微妙っスね」
不二先輩、菊丸先輩、桃城が横でうるさい。
手塚部長は出来上がったおにぎりをおいしそうに食べている。その姿に俺の表情も思わず緩んだ。
テニスをしているときの手塚部長を、俺は尊敬していた。
その強さは圧倒的な力を持ち、他の誰をも近づけない。
同じコートに立つ者として、いつかそこへたどり着きたいと思う。しかしその存在は群を抜き、力の違いを見せ付ける。いつまでも羨望のまなざしのみを向けていることに甘んじるつもりなどないはずなのに、いつまで経ってもその高みには上がれない。
手塚部長はまだ不二先輩と菊丸先輩にからかわれていた。
俺は自分の分のおにぎりを食べながら、そんな姿を見つめる。
テニスをしていないときのそんな手塚部長にさえ、俺は幻滅したことも呆れたこともない。それどころか親近感がわき、ぐっと身近に感じられるようになった。
なんていうか、かわいいのだ。
尊敬している偉大な先輩を、そんな風に思うのは失礼かもしれない。けれど知れば知るほど、普段の手塚部長は世間一般のイメージを大きく逸脱している。
今も、お茶を飲もうとして、ペットボトルのキャップがしまったまま口元まで持ち上げた。何事もなかったかのようにペットボトルを下ろし、キャップを開けて、再び口元に運ぶ。ようやくお茶が飲めてほっとしたような表情になり、俺はまた頬が緩みそうになった。
「なーに、にやにやしてんだよ、海堂」
「してねぇ」
「いーや、お前的には充分にやにやだ」
わずかに頬が持ち上がっただけなのに、桃城は鋭く突いてくる。何でそんなことに気付くんだよ、と文句を言いたくなる。
「しっかし、部長もプレー中とのギャップがありすぎるよな。どっちにしても仏頂面なんだけどさ」
そんなことはない。手塚部長はわりと表情が変わる。と言ってもほんのわずか、注意しなければ分からないくらいの違いだが、俺は結構その瞬間を目にしている。
今だって。
さっきパッケージを全部開いて海苔を巻いた最初のおにぎりを手にした手塚部長は、うーむ、と何か考えているようだった。出来上がりは違わないのに、手間はまるで違うことに感心しているのかもしれない。
そんな些細なことも真面目に考える姿は、とても手塚部長らしい。よく言えば思慮深い。しかし不二先輩あたりに言わせれば、そんな姿も、考えるだけ無駄、と突っ込まれそうだが。
二つ目のおにぎりを、手塚部長が食べ始めた。
やっぱり、おいしそうだ。
「ちょっと手塚ー、食べるときくらいおいしそうにしてよ」
「そうそう、そりゃ、コンビニおにぎりなんて手塚の口には合わないかもしれないけど──」
「いや、美味いが」
「…………」
不二先輩と菊丸先輩がやれやれ、と首を振った。
「手塚の表情は、海堂に輪をかけて読みづらいな」
乾先輩も苦笑した。
そうだろうか?
「まあ、最近は海堂の表情を読み取るのは簡単だけどね」
俺は首をかしげながらペットボトルのお茶を飲み、食べ終えたおにぎりの包みを丁寧にまとめて一つにした。それから、デザートに買ったヨーグルトに手を伸ばす。
桃城が3つ目の惣菜パンをかじりながら、
「うん、海堂、今すげーうきうきだって分かるもんな」
俺はプラスチックのスプーンですくったヨーグルトを空中で止め、えっと桃城を見返した。
「あーおいしそー、早く食いてー、って顔してる」
「し、してないっ」
「いや、してるよ、海堂」
乾先輩までくっくと笑った。見ると、不二先輩と菊丸先輩もうなずいている。
確かに俺はヨーグルトが好物だが、表情にだしているつもりはないし、ましてやうきうきなんていているつもりもない。
「微妙に表情が変わるんだよね、海堂の場合。相変わらず不機嫌そうに見えるけど、口の端がほんのちょっとだ持ち上がって、かもし出す雰囲気が明るくなるんだよ」
乾先輩に説明されても、自分ではぴんとこない。
俺の違いは見分けられるのに、だったらどうしてこの人たちは手塚部長の表情の違いを見分けられないんだ?
俺がよほど不思議そうな顔をしていたのだろう、不二先輩がくすくすと笑いながら、
「あのね、海堂。僕たちは海堂のことが大好きだから、ね」
「はあ」
「好きな人のことは、よく分かるんだよ」
笑顔の不二先輩に、俺はちょっと、ひるんだ。乾先輩と菊丸先輩、桃城が、どことなくにやにやと俺を見ていた。
「だから、他の人が分からなくても、僕たちにはお見通しっていうわけ」
俺はぱくりとヨーグルトを食べた。4人の視線がなんだか急に恥ずかしい。ぱくぱくと立て続けにスプーンを口に運ぶ。フルーツの入った大きなカップのそれは、最近の俺のお気に入りのシリーズで、今日買ったのは新発売のフレーバー。確かに楽しみにしていたものだった。
「ああ、そうだな──」
そんな声が聞こえて、俺は顔を上げる。
「すごく、嬉しそうに食べている」
手塚部長が、優しげな笑みを浮かべて、言った。
俺はスプーンをくわえたまま、固まった。
「うわ、手塚が笑ってるー」
菊丸先輩がびっくりしたように言った。
「うわー、不気味ー」
「天気予報は降水確率0%だったが、雨が降るかもしれないな」
「何か恐いっスね、部長の笑顔」
不二先輩、乾先輩、桃城がそんな失礼なことを言った。
「俺にも海堂の表情の違いが分かる──と、言うことは、俺も海堂に好意を持っているということだろうか」
などと、続けて手塚部長が口にした瞬間、他の4人が突然ぴしりと固まった。
「……ちょっと、手塚」
不二先輩がアルカイックスマイルを浮かべてゆらりと立ち上がる。
「僕らの海堂に手を出すのは、やめてよね」
「うん? 僕らの?」
「共同戦線張ってるんだからねー」
「共同戦線……?」
「部長じゃ勝ち目なくなるんで、やめてください」
「勝ち目?」
手塚部長はわけも分からずにぐるりと自分に迫るみんなを見回した。
俺はスプーンをくわえた格好のまま、真っ赤になってうつむいていた。
「海堂」
乾先輩が、他のみんなに聞こえないように、小声で話しかけてきた。
「海堂が考えていること、当ててあげようか?」
俺はちらりと乾先輩を見た。先輩はいつものように冷静に、けれどもどこかからかうような目をして俺を見ていた。
部では一番近い存在のこの先輩は、俺のことならすべてデータに入っているようで、時々こうして俺の考えを読み、楽しそうにしている。
「手塚の表情の違いを読み取れる自分ももしかしたら──」
「せ、先輩」
「と、考えている確率、89%」
にこりと笑う乾先輩を、俺は真っ赤な顔のままにらんだ。
「意地が悪いっス」
「ははは」
「笑ってんじゃねぇ」
俺の声に、手塚部長を追い詰めていた3人がぐるんと振り返った。
「なんだよー、今度は乾が抜け駆けー?」
「乾、やってくれるね」
「そりゃないっスよ、乾先輩」
3人に責められ、乾先輩は両手を上げて降参のポーズをとる。
「そんなつもりはないよ。な、海堂」
「っス」
「海堂が新発売のヨーグルトのおいしさに感動している確率92%だって話をしていただけだよ」
俺はぱくんとヨーグルトを食べた。
「──うん、うまそうだ」
手塚部長が言った。
俺を見るこの表情は──
俺は残ったヨーグルトと、右手に持ったスプーンを見た。残りは一口分。俺はそれをスプーンですくって、手塚部長の方に向けた。
「よかったら、どうぞ」
手塚部長はほんの少しだけ驚いた顔をして──
「ああー!」
乾先輩以外の3人が、大声で叫んだ。
俺の持つ透明なプラスチックのスプーンは手塚部長の口の中。すっとそれを引いたら、手塚部長が再び笑顔を見せた。
「うん、うまいな、海堂」
「そっスか」
俺も笑った。
ほんのわずかな表情の違い。それを俺は見分けることができる。手塚部長が俺のヨーグルトを、食べてみたい、という顔をしていた。だから、最後の一口を譲ることにしたのだ。
「てーづーかー」
不二先輩と菊丸先輩が手塚部長の胸倉をつかみ、がくがくと揺さぶる。桃城が愕然としながらなにやらぶつぶつと間接キスがどうとつぶやいている。
乾先輩は一人、おかしそうに笑っていた。
俺は空っぽになったヨーグルトの容器に、食べ終えてまとめてあったおにぎりの包みを入れた。プラスチックのスプーンも、そこに差し込んだ。他のみんなが食べ散らかしたゴミもまとめてレジ袋に片付けた。
そろそろ食事休憩を終え、部活を再開する時間である。
不二先輩と菊丸先輩がまだ手塚部長に何か文句を言っていた。手塚部長は分かっているのか、いないのか、いつもの無表情で黙ってそれを聞いている。
俺が手塚部長の表情の違いを読み取れるように、手塚部長も俺をそんな風に見てくれているのだろうか。もしそうなら、それはとても、嬉しいことだと思った。
俺の様子を、どこか面白そうに、興味深そうに見ていた乾先輩が、手を差し出した。
「多分だけどね、海堂」
俺は何の疑問もなく、持っていたゴミの入ったレジ袋を渡した。
「お前の考えていることは──」
乾先輩はゴミ袋を受け取って、それをゴミ箱に捨てた。
「きっと正解だと思うよ」
そう言って、乾先輩は、笑った。
了
手塚ってより、乾な感じですけど、一応塚海です。
ボケてます、手塚。
どうも私の中では不二、菊丸、桃城の三人が海堂を好きすぎるきらいにあります。(ここに越前入ったり)
乾先輩は普段はこんな感じかな。お兄さんみたいな。
でも乾海大好きなんですけど。
この人たち、一体どこでご飯食べてるんでしょう?
そして、他のメンバーどこいった? って感じですけど、目をつぶってください。