どうも傷が好きなようです。
傷を見るとうずうずします。
やばい癖(ヘキ、の方ね)があります。本当にやばいやばい。
こんな前置きで小説の説明って、どうなんだ? て感じですけど。
宍戸さんの傷だらけっぷりはたまらんです。
鳳×宍戸
例の特訓から妄想しました。
傷……(含笑)
傷痕
こちらに背中を向けて着替える宍戸さんの身体には、いくつもの傷がある。擦り傷、切り傷、青あざ。真っ赤になって熱を持っていた腫れは引いて、今は茶色に変色していたりもする。
一つに結んだその長い髪がいくつかの傷を覆い隠すけれど、それだけでは足りないくらいにあちこちにそれは目立つ。
俺はそれを目にするたびに胸が締め付けられるように痛む。
だって、この傷は、俺がつけたものだから。
痛々しい沢山のそれを、俺はいつも正視できない。
その痛みを、俺は代わってやることもできない。
宍戸さんはそんなことには無頓着で、汗をかいた身体を上半身裸のままで冷まそうとする。タオルを引っ掛けただけのその身体は、俺よりもずっと背が低くて華奢で、触れたら壊れてしまいように見えた。
今日も新しい傷ができた。脚や腕に擦り傷。鎖骨に近い場所に打撲痕。手のひらのマメはつぶれ、毎日巻かれるテーピングも赤く染まる。
俺の手のひらにもいくつもつぶれたマメがある。けれどそれは宍戸さんに比べたらたいした痛みにはならないと思った。
俺が自分の手のひらを見つめていたことに気付いて、宍戸さんが辛そうな顔をした。
「ごめんな、長太郎。無理させて」
俺は慌てて手を下ろして、ぶんぶんと首を振る。
「こんなの、なんでもないです。気にしないでください」
「いや、大変だろ、あのサーブあんなに打ち続けるの」
俺のサーブはスピードと威力が武器だ。宍戸さんは毎日それを何本も何本も受ける。そのスピードに慣れるように。その力に負けないように。
俺の打つボールが身体にぶつかり、いくつもの痣を作る。そのボールを追い、コートで滑り込み、倒れる。
痛々しいくらいに必死なその姿に、俺はいつも胸が痛む。
一度、あまりにも辛くてサーブの力を緩めた。その瞬間、宍戸さんは俺を怒鳴りつけた。
手を抜いたら特訓にならない。
俺を激しく叱りつけたあと、ふっと笑った宍戸さんは、落ち込む俺に優しく声をかけた。
「辛いなら、無理に付き合わなくてもいいんだ」
確かに辛かった。これ以上苦しむ宍戸さんを見ていたくなかった。
けれど──
俺がここでやめたら、宍戸さんは一体誰にこの役を頼むの?
ここにいるのは、俺でなきゃいけない。
宍戸さんが俺以外の人とこんな特訓をすることの方が、ずっと辛いと思った。
「宍戸さんは、大丈夫ですか?」
痛々しい傷痕。まだ血の滲む新しい擦り傷。
「ああ、俺は頑丈だからな。多少のことなら大丈夫」
それは嘘。本当は痛みでまともに身体を動かせない日もある。
ばたばたと手のひらで自身に風を送っていた宍戸さんが、俺の視線に気付いた。腕にできた大きな擦り傷。コートを走る彼が体勢を崩し、作ったものだ。
「見た目はひでーけど、たいしたことねーよ。消毒すりゃ治る」
「消毒、します」
俺は部室に備え付けられている救急箱を開いた。
「座ってください」
ベンチを指すと、宍戸さんはおとなしく座った。
脱脂綿に染みこませた消毒液をその傷に当てると、宍戸さんは眉を寄せ堪えるような表情をした。なるべく苦痛を感じさせないようにと思うのに、血の滲むその傷口はあまりにも広い。ゆっくりと優しくそれを押さえてやる。
ふう、っと息を吹きかけると、宍戸さんが苦笑した。
「冷たいな」
消毒薬はエタノールで、俺の息で蒸発して回りの熱を奪っているのだ。傷口が冷たく感じるからか、宍戸さんは少し身を縮めた。
この人の身体中の傷を、痛みを、俺がすべて引き受けてあげたかった。数日前の傷口はかさぶたになり、ごつごつと盛り上がっている。青く変色した打撲痕はうっすらと黄色く色づいた部分があり、触るとまだ痛みを伴っている。
服を脱いだ宍戸さんの身体は陶器のように白くきれいなのに、所々まるで絵の具を乗せたように色を変えている。もし俺に魔法が使えるなら、俺はその痕に触れて、その色を、痛みをすべて消し去ってあげたいと考える。
「あのな、長太郎」
まるで俺のほうが苦痛を感じているかのような顔をしていたに違いない。宍戸さんはしゃがみ込んでいる俺の頭を撫でてくれた。
「この傷は、俺にとっちゃ努力の証だ。──かっこ悪くても、情けなくても、俺はこの傷があるから、次も頑張れる」
「でもっ」
「俺は天才じゃねーから、努力するしかないんだ。地べた這いずってでも、俺はやる。──それにお前を無理矢理付き合せてるのは分かってる。いい迷惑だろ? でも、俺にはお前が必要なんだ」
俺の頭を撫でていた手がぴたりと止まった。
「ごめんな、長太郎」
宍戸さんの心痛が伝わってくるような表情だった。俺は首を振る。何度も。
「謝らないでください」
「ごめんな」
「謝らないで──」
俺の視界がぼやけた。気付くと涙が溢れて止まらなかった。
俺は宍戸さんに謝ってもらいたいんじゃない。
だって嬉しかった。宍戸さんが俺を──たとえ俺のサーブだけだとしても、必要だと思ってくれたことが。
だって、ずっとこの人に憧れていた。
「ごめん」
泣き出した俺を慰めるように再び頭を撫でる。傷口の消毒は終わっているのに、俺は宍戸さんの腕を放せなかった。
「俺は、宍戸さんの役に立ちたかったんです、ずっと」
こんなことを言ったら困らせるだけだと分かっていた。今の宍戸さんにはレギュラー復帰のことしか頭にないはずで、そのためにこんな過酷な特訓をしているのだ。テニス以外のことを全部排除して、ただそれだけのために毎日を過ごしている。
俺の存在は多分宍戸さんの中ではほんのわずかで、それを俺もちゃんと納得していた。
俺はこの人のためにサーブを打つ。この人が納得するまで、何本だって。
そう思っていた。
けれど──
「宍戸さんのことばかり見てました。だから、俺──」
「長太郎」
俺の台詞を宍戸さんが遮った。
宍戸さんはずるい。俺が、この声で名前を呼ばれると逆らえないことを、ちゃんと知っている。
俺は顔を上げ、ベンチに座る宍戸さんを見上げる。
「言わせてもくれないんですか?」
「ああ」
「ひどいですね」
「そうだな」
宍戸さんが腕を引いた。俺の手からその腕が離れた。
背中にまで届く長い髪。それを一つに結った宍戸さんは、遠目から見れば女性にすら間違えられるほど細く、そしてきれいだ。この見た目に反して、性格はとても男性的で、気弱で情けない俺なんかよりずっと男らしい。
宍戸さんから目線をそらすと、裸の上半身が目に入った。左の鎖骨の下、中央に近い部分が赤く腫れていた。今日の特訓で俺のサーブをまともにくらった痕だった。
俺はほとんど無意識にそこに手を伸ばしていた。触れた瞬間、宍戸さんがぴくんと身体を揺らした。
指先から熱が伝わる。その腫れはかなりの熱を持ち、きっととても痛むのだろう。
「こんな、姿──」
俺は言葉を詰まらせる。
「見るのが、辛いです」
「見なくてもいい」
宍戸さんが静かに言った。
「お前が気にすることは何もない。だから、どんな傷も、痛みも、お前は見なくていい」
「そんなっ」
「お前はサーブを打ってくれ。──俺のために」
その言い方はずるいと思った。さっきはいい迷惑だろ、なんて言っていたくせに、急に最後の切り札を切ってくる。
あなたのために。
俺はサーブを打つ。そしてまたあなたに傷痕を残す。
「だから見なくていいんだ」
肌に触れていた俺の手を、宍戸さんがつかむ。そこから引き剝がそうとしたその手に、俺は抵抗した。熱を持つその場所にまた触れる。今度はゆっくりと小さく撫でた。
宍戸さんが痛みに顔をゆがめた。
「ごめんなさい、宍戸さん」
俺は手を下ろし、しゃがんでいた身体を立たせ、ベンチに片膝をついた。そしてゆっくりとその打撲痕に唇をつけた。
「長太郎……」
「ごめんなさい。でも、辛いです」
「だから──」
「見なくていいなんて言わないでください。これは俺がつけた傷痕です」
そのまま俺は宍戸さんを抱き締める。
「俺が全部背負いますから」
宍戸さんは黙って俺に抱き締められている。
「あなたのために何本でも、何百本でもサーブを打ちます。俺の腕が駄目になるまで。だから、俺に背負わせてください。あなたの傷も、痛みも、全部」
この人が笑っている姿が好きだ。
俺よりも背が低い、けれど頼りがいのある、男らしいこの人に、俺はずっと焦がれていた。
だからこの人がレギュラーを外されて、この特訓を持ちかけてきたとき、俺はとても嬉しいと思った。少なくとも俺には、傍にいてもいいんだという免罪符ができたから。
「俺、これからちゃんとあなたの傷と向き合いますから。辛くて目をそらしてたけど、これからはちゃんと、全部見ます。手当てして、経過を見て、きちんとケアします。痛みを代わってあげることはできないけど、俺がつけた傷だってことを自覚させてください」
宍戸さんの身体が少しずつ熱を持つ。それは鎖骨の下の腫れから広がっているのか、それとも他の要因なのか、俺には判断できない。
俺は身体を離し、傷痕に指先で触れた。数え切れないくらい身体中に散らばるその傷に。そして変色したその痕に。
「俺がつけた傷です」
「お前は馬鹿だな、長太郎」
「はい」
俺がうなずくと、宍戸さんが笑った。その頬は紅潮し、その笑顔は少しくすぐったそうに見えた。
「さっきの続き──」
立ち上がった宍戸さんが着替え始めた。さっきまで露になっていた傷痕が、制服のシャツに隠れた。
「はい」
宍戸さんによって遮られ、最後まで言わせてもらえなかった俺の言葉。
「俺がレギュラー復帰したら聞いてやる」
俺はぱあっと目の前が明るくなったように感じた。
「本当ですか?」
「ああ。だから──明日もしっかり頼むぜ、サーブ」
「はい」
俺は大きくうなずく。
俺はずっとこの人に憧れていて、この人ばかりを見ていた。
長い髪を風になびかせ、いつも真剣にコートに立つ姿を。
近付きたい、と願ったのはもうずっと前のことだ。
好きです、宍戸さん。
その一言を胸にしまい込み、今日まで生きてきた。
「俺、頑張ります。何本でも──何千本でも打ちます」
「頑張るのは俺だろ」
おかしそうに笑う宍戸さんが、俺の背中をぽんと叩いた。
「行くぞ、長太郎」
着替えを終えた宍戸さんが部室を出て行こうとした。
「あ、待ってください」
俺は慌てて後を追う。
好きです。
大好きです、宍戸さん。
きっと、もうすぐ。
俺はこの人にこの思いを告げられる。
多分、宍戸さんの身体の傷痕のいくつかは、一生消えないかもしれない。けれど俺はそれを受け止める。そしてそれを背負っていく。
できたら、この人の隣で。
いつかその傷に触れるとき、俺は多分、今日のことを確実に思い出すだろう。
お前はサーブを打ってくれ。──俺のために。
そして、その台詞を、俺は一生忘れないのだろう、と思った。
了
ちびっとシリアス。
あの特訓。
ツボってます。たまらんです、この二人。
たまにはちょたもかっこよくしなくちゃな、と思いました。宍戸さんの男前っぷりはデフォルトですが。
この特訓と、復帰の断髪ネタだけで、何本も書けそうな気がするな……。
萌えがすごすぎるんだよね、マジで。
うちはエロがないんでこんな感じですが、他のサイトさんなら、確実に押し倒してやっちゃってますね(笑)
それはそれでおいしいような気もしますが、健全で!
健全が一番ですよ。
まあ、危なっかしいのは否めませんが(/ω\)