書いたまま放置されていたのは、中途半端な長さと、出しどころのないわちゃわちゃ話だからだ。
私は京都伏見は、みどくん1年時のメンバーが一番好きで、3年生3人のバランスと、2年生の立場と、みどくんの絶対的支配感(そして石垣くんの礎感)が大好きなので、今もついついこの3年生3人を書きたくなってしまうんですよね~。
といって、小鞠ちゃんも好きだから、どうにかしてここに絡められないものかと日夜悩んでおります。無理です。私にはどうしてもその技量がない……(なので卒業した元3年の彼らが部室に来て遭遇、くらいしか)
今回、Twitterで、PrivatterにUPしたので、ついでにこちらにもUPしておくことにしました。
割と気に入っているというか、猫になったみどくんと撫でる辻さん、ノブと石垣くんになつかれる井原くん、そして冷静ヤマがいい感じだなと思っている(自画自賛)
京都伏見
催眠術で動物になったり、撫でたり撫でられたりしているので、観覧注意。
作品一覧はこちらをクリック→二次創作目次(tns/krbs/HQ/YWPD/その他)
かかる?
催眠術入門、なんて恐ろしく胡散臭い本を片手ににひひと笑いを浮かべている井原を、止めるべきやったと思う。
だってまさか、あんなインチキ臭い本を鵜呑みにして、催眠術がかけられると思っていたとは考えなかったし、実際かかってしまうなんてこちらも一切考えていなかったから。
まず、実験台になったのはノブだった。
部室で鼻歌交じりに着替えていたその後ろ姿に声をかけると、何ですか? と疑うことなく振り返る。井原は真面目な顔をして、
「ええか、ノブ。この50円玉をよーく見とるんやで」
──本には5円玉、と書いてあったらしいが、5円玉がなくて50円。長い糸の先端にそれを結び付け、ノブの前でゆっくりと左右に動かす。
嘘やろ。
西暦も2000年を過ぎた、昭和なんて遠い昔のような令和のこの時代に、今時穴の開いたコインと糸で、催眠術やて?
俺は驚くのを通り越して呆れてその様子を見ていた。
「どんどん眠くなーる、眠くなーる」
井原の言葉に、ノブの瞼がゆっくりと落ちてくる。そして、がくん、と頭が落ちた。
──嘘やろ。
再びそう思った。
「ノブは今からキツネや。コンコーン」
「コン、コーン」
ノブが顔を上げて、鳴いた。
「おおー、かかった! 辻、見てみ! ノブが催眠術にかかったで!」
「……ノブ、冗談はやめとき」
俺の言葉に、ノブは反応しない。コンコン言いながらロッカーの前でじっとこちらを見ている。
「やばいわ、辻。俺才能あるかもしれん」
井原がノブの頭を撫でながら興奮気味に言う。
キツネになってしまった(?)ノブは、おとなしく撫でられたままだ。
続いて部室にやってきた石やんにも、同じように催眠術をかけた井原は、石やんを犬にしてしまった。
「ワンワン」
床にしゃがんでキラキラした目で俺たちを見上げる石やんは、ふざけているようには見えない。
「……井原、これはあかん」
「おおおお、俺、才能あるよなあ、なあ、辻!」
「井原くん、うっさいわ」
部室のドアが開いて、不機嫌そうな顔をした御堂筋が入ってきた。井原はぎくりとし、犬とキツネは嬉しそうにしっぽを──いや、さすがにしっぽは生えとらんけど──振るようにして御堂筋に駆け寄る。
「な、なんなん、二人とも」
自分の足元にまとわりつく石やんとノブに、ひるんだような顔になる。
「何ふざけとるん? キミィの仕業か?」
ぎろりとにらまれて、井原はとっさに50円玉を垂らし、
「みみみ、御堂筋くん、これ、見てや」
「なんやの、ごじゅうえん……?」
言うや否や、揺れるそれを目で追っていた御堂筋の瞼もとろんと下がってくる。
「猫や。猫になれ」
「…………」
半目でこちらを見ている御堂筋から、きっと雷が落とされるに違いない、と思ったその時──
「にゃあ」
御堂筋が、鳴いた。
──嘘やろ。
そう思ったのは3度目だ。
あの御堂筋まで?
「──辻、俺、催眠術師になるしかないわ」
「アホ、いいからはよ解き」
「御堂筋くん、いや、御堂筋、おいで。撫でたるで」
「怒られるぞ」
「しっ」
井原に遮られて、俺は溜息をついた。御堂筋はわずかに警戒したように井原を見ていたが、ゆっくりと近づいてきて、井原の前にちょこんと座った。
「おおおお、見ろ、辻!」
「……嘘やろお……」
何度目だ。4度目か。もう、その言葉しか出てこない。
井原が御堂筋の頭を撫でると、その後ろでらんらんと目を輝かせていた石やんとノブにわっと飛びつかれ、そのままひっくり返る。
撫でろ撫でろ撫でろ。構え構え構え。二人はそんな感じで井原を見ている。
催眠術というものは、素人が簡単にかけられるものなのか?
ベンチに腰掛けていた俺がそんな風に考えながら二人につぶされる井原を見ていたら、右手にふわりと何かが触れた。
思わず目をやったら、床に座り込んだ御堂筋が俺の手にすりすりと頭を撫でつけている。
──撫でて、欲しいんか?
恐る恐るその頭に触れたら、気持ちよさそうに目を閉じる。
「…………」
撫で撫で撫で撫で。
──いかん!
はっと気付いて、俺はその手を止めた。そして、まだ石やんとノブに構え構えと襲われている井原の腕をつかみ、立ち上がらせてやる。
「井原、ええから早く解きい」
俺の足元には御堂筋がちょこんと座っていて、膝のあたりにさっきと同じように頭を擦り付けている。
ああ、猫ってこんな感じやったわ。
「ちょお待ってや。今解除方法のページを──」
本を手にした井原が、また、石やんとノブに飛びつかれた。
──よくなついている。
すりすりすり、と何度も俺の膝に頭を押し付けている御堂筋に、再び手を伸ばす。優しく撫でたら、俺を見上げて満足そうに笑った。
──笑っとる。
珍しいものを見てしまった。
いつもこんな風に笑っていれば、後輩らしくてかわいいのにな。
そう思いながら、柔らかい髪のその頭を撫で続けてやる。
「お疲れ様です、掃除当番で遅く──」
かちゃりとドアが開いて、顔を出したのはヤマだった。
石やんとノブに押し倒されるような格好ですり寄られている井原と、座り込んだ御堂筋を撫でている俺。
──あかん。
何かいけないものでも見たようにヤマの表情が凍り付き、そっと後ずさって部室から出ていこうとする。
「ま、待て、ヤマ!」
慌てて止めて、状況を説明しようとしたら、いつの間にか立ち上がっていた井原が、じゃーん、と例の50円玉を掲げた。
「ヤマはタヌキや、タヌキになーる」
「…………」
「タヌキタヌキ……タヌキって何て鳴くんやっけ?」
「…………」
「とにかくタヌキになーる」
「井原さん、頭、とうとう沸いたんですか?」
嘲笑を浮かべて、ヤマが呆れたように言った。
「あれ、かからへん」
「ホンマやな」
「何言ってるんです? それより、これは一体──」
コンコン、とノブが鳴き、ヤマに飛びついた。
「ノブ、何ふざけとんねん」
「──あのな、ヤマ、こいつらみんな、催眠術にかかってんねん」
井原が観念したようにつぶやくと、ヤマがはあ? とさらに呆れたような顔をする。
「何言って──」
「いや、マジや」
俺は──御堂筋を撫でながら──うなずく。その姿を見て、さすがのヤマもおかしいと思ったのだろう。
「ちょ、と、何ふざけたことしとるんですか! 早く解いてください!」
ヤマに一喝され、井原は急いで本のページをめくる。その間、動物と化してしまった3人は、俺とヤマに撫でられていた。
──術を解かれた3人は、何も覚えていなかった。それに胸をなでおろし、俺たちは口をつぐんだ。
「結局、ああいうのって純粋な人間や、素直な人間がかかるんやと思いますよ」
部活後、ヤマが言った。井原がせやなあ、とうなずく。
「お前、かからへんかったもんな」
「それ、俺が純粋でも素直でもない、いうことですか?」
口は災いの元である。井原は慌てて口を閉じたけれど、もう遅い。じりじりとヤマに詰め寄られている。
「──つまり、御堂筋も、純粋なんやなあ」
子供だましの催眠術に簡単にかかるほどに。
俺の言葉に、井原とヤマが少し驚いたような顔をして、それからそうやな、とうなずく。
「きっと、そうなんやろな」
俺は手のひらを見つめ、一人部室を出て行った御堂筋のことを思い出す。
構って。撫でて。
俺の手に、足に、頭をこすりつけてねだる姿を。
いつも一人、まるで周りを突き放すかのような御堂筋の心は、もしかしたら思ったよりもずっと、まっさらできれいなのかもしれない。
目的に向かって、ただひたすら進み続けているだけで。
──いつか、その胸の内を全部見せてやれる相手ができればいい。
今はただ、冷酷に俺たちを切り捨てるような言葉と態度を見せていても。
「──ところで」
井原が50円玉を揺らしながら、俺を見た。
「辻はどうなんやろな。試してみいひん?」
「アホか。冗談やないわ」
「井原さんなら簡単にかかりそうですよね。単純だから。豚になれ豚になれー」
「ぶひっ」
井原は一声鳴いてから、
「うっさい、ヤマ!」
次の日、ヤマが井原のロッカーに「50円玉禁止」の張り紙をして、部員たちはみな不思議そうな顔をしていたのだった。
了 2019/10
京伏の中で、辻さんとヤマはかからなそうなんだよね。
純粋じゃないとかじゃなくて、慎重だからっていう理由なんだけど。
分かると思いますが、私は辻さんヒイキです。ふふ。