仙台市内でも、少し山の方になると、市の中心部とは積雪量が違います。
私は割と中心部に近いところに住んでいるので、大雪で交通機関麻痺、などということは年に一度あるかどうかですが、田舎の方に行けば雪かきが必要なほど積もっていたり、山の方ではびっくりするくらいの雪の壁になっていたりします。
このお話のモデルになった場所から車で30分ほどのところに小さな土地(何にもない山林です)を所有しているのですが、冬の間は近づけません(笑)
作中に出てくる「雪虫」は「トドノネワタムシ」といいまして、害虫です。
あんなに白く儚く美しいのに、蝋状の白い部分の下は、真っ黒なんですってよ!
東北でも冬になるとふわふわ飛んでます。きれいです。でも害虫です(笑)
「良夜」シリーズは、これで完結となります。
木兎×月島
田舎の古民家で暮らす二人のこれからは。
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白い世界~良夜~
秋が過ぎれば冬になる。
山間の小さな集落は、ひっそりと冬を迎える。
朝晩の気温が驚くほど低くなり、ストーブなしでは暮らせないほど。
だから、目覚めて一番最初にすることは、薪ストーブに火を入れること。
エアコンかファンヒーターで事足りるだろう、なんて思っていたのは大間違い。古い家はとにかく寒い。リノベーションして断熱材をいっぱい入れて気密性も上がっているはずなのに、どこもかしこも壁のないがらんとした造りと高い天井のせいでちっとも部屋が温まらない。
だから、薪ストーブ。
これがめっぽうあったかい。山向こうの若手アーティストたちに聞いたところ、薪を用意する体力さえあれば薪ストーブはほとんど燃料費がかからない。その薪も、裏山の木を切ったり、近所の間引きの手伝いで無料でもらえる。あとは木を切って乾燥させる手間だけだ。
幸い、家の裏には薪小屋があって、崩れかけていたそれは、きれいに建て直した。もちろん、色々な人からの厚意と手伝いあってこそ。今では小さいながらも立派な薪小屋が完成して、来る冬のためにぎっしりと乾いた薪が詰められている。
僕はストーブをつけて再び布団に戻った。部屋が温まるまで時間がかかるから、のんびりと二度寝する。
夏までは僕よりも早く目を覚ましていた木兎さんも、早朝仕事が減った分、最近はのんびり。僕はこっそりその布団にお邪魔する。
木兎さんは体温が高いから、布団の中がとても暖かい。寒い部屋の中でストーブをつけている間に冷えた身体は、ここで暖を取るのが一番。
「──冷たい」
木兎さんが目を覚ました。冷えた僕の手をつかんで、ぎゅっと握る。
「ストーブ、つけたか?」
「今つけました」
「じゃあ、もうちょっと寝よう」
僕を抱き込むようにして目を閉じた木兎さんの隣で、僕も目を閉じる。
もう少し。
冷え切った部屋がほんわり暖かくなるまで。
なんだかとても幸せだ。床を歩いて冷たくなった素足が、木兎さんの体温で温まっていく。目を閉じた瞬間にもう寝落ちている彼の寝息を聞きながら、僕もゆっくりと眠りに落ちる。
これからどんどん寒くなっていくから、きっとこの時間はさらにご褒美みたいに甘くて満ち足りたものになるに違いない。
雪が降ったら、縁側で並んで景色を眺めよう。
大雪になったら、この家から出られなくなるかもしれない。
そうしたら二人、薪の燃えるストーブの前、くっついて過ごそう。
木兎さんの畑も、きっと真っ白。深く降り積もり、かき分けてもかき分けてもきっと追いつかない。
雪に埋もれたこの家で、春が来るのを、ただ、じっと。
──1時間ほどうとうとして、僕らはようやく布団から這い出した。そのころには部屋はじんわりと温まっていて、裸足で歩いても冷たさは感じない。
台所でお湯を沸かして紅茶を入れて、まとめ買いして大きな冷凍庫──頻繁に買い物にいけないから、食料品の保存のために大きな冷凍庫を買ったのだ──に放り込んでおいたパンを分厚くスライス。こんがり焼いたらたっぷりバターとイチゴジャム。さくふわのトーストにゆでたまごをつけて簡単な朝食をとる。
木兎さんは畑の様子を見るついでに毎朝お隣に顔を出し、挨拶。週に何度かはお隣からおすそ分けのお惣菜や食事を持って帰ってくる。今日はナスの漬物をもらってきた。トーストとゆで卵の隣に並べたら、これはこれで、なんて言いながら木兎さんはおいしそうに食べていた。
柔らかくてほのかに甘い漬物は、おばあさんの得意なもののひとつ。僕も大好きだ。
「いつか、こんなお漬物が漬けられるようになりたいです」
「お、じゃあ、台所の横に漬物部屋増築するか?」
お隣には、土間を通じて小さな漬物部屋がある。大きな樽が並んで、季節の野菜を漬け込むための、薄暗くて涼しい部屋だ。おばあさんはここで何種類ものお漬物を作っている。
「さすがにそこまではしなくていいです」
僕が答えると、木兎さんはちぇー、っと残念そうに口を尖らせた。
この人は、僕を一体何にしたいのだろう。おかしくなってしまう。
それとも、この古民家に住んで農業をしている以上、僕もそういうスキルを身に着けた方がいいのだろうか。
最近はちょくちょくおばあさんやカフェの人たちに習ってお料理も頑張っているから、採れた野菜で簡単田舎料理や漬物や、おしゃれカフェ飯なんか作って、SNSで発信でもしたらいいだろうか。
木兎さんの写真入りで彼が作っています、なんて宣伝をしたら、いつかちゃんと売り物になる野菜が作れるようになったら、人気が出るかもしれない。
「月島、冬の間は何をする?」
「仕事をします。それから、絵を描きます。木兎さんは?」
「んー、フォークリフトとかクレーンの免許取る勉強でもすっかな、と思ってる。山外れのじいちゃん、林業も手伝ってみないかって言うんだ」
「──木兎さんは、農業と林業をしつつ、青年団と消防団をして、困っているお年寄りのお手伝いもするわけですね」
「そうだな」
「身体がいくつあっても足りませんね」
「体力には自信あるから大丈夫だ」
まあ、若さだけならば一番だし、何といっても木兎さんだ。底なしの体力と元気は折り紙付き。動けるうちは全力で、と常々言いながら働いているから、忙しさはあまり苦にならないようにも見える。
「林業する木兎さんも、なかなか素敵ですよ」
「だろ。玉掛けの講習受けてくっかなー」
毎日楽しそうに畑仕事をし、呼ばれればすぐに駆け付ける。そんな木兎さんを集落の人たちはとても頼りにしているようだし、さらにかわいがられている。農業のノウハウを叩きこまれて、めきめきとその才能を開花させている木兎さんは、冬用の野菜の作付けを広げてもいいんじゃないかなどと皆からのお墨付きをもらった。
裏の薪小屋の薪は、伐採した木を厚意で分けていただいたものだが、丸太の状態から薪にするために、なんと原始的に薪割したものだ。譲ってもらった薪割斧はシンプルでなんだか妙にスマートなヨーロッパ製で、見た目からしてかっこいい。
始めはうまく割れなくて首を傾げていた木兎さんだが、数度のチャレンジでコツをつかみ、まるで職人みたいにすぱんと丸太を一刀両断。試しに僕も斧を振ってみたけれど、ざくりと丸太に刺さったそれが抜けなくなってとても焦った。
すげーおもしれー、なんて言いながら、木兎さんはひと冬分の薪を、たった数日で一人で割った。
──なんでも楽しくできるのは、この人の才能かも、なんて思う。
つなぎ姿で一日中あちこちで働いて、満足そうにしているのを見ていると、こちらも幸せな気分になってくる。
「初めての冬ですね」
「楽しみだな」
こんな山の中で深い雪に覆われて暮らすのは初めてだ。だから多少なりとも僕には不安があった。けれど、木兎さんがあまりにも楽観的なので、不安がってる僕の方が変なのかもしれない、なんて思ってしまう。
もし、大雪に埋もれて閉じ込められたらどうしよう、とか。
電線が切れて電気が使えなくなったらどうしよう、とか。
あまりの寒さに薪を使い切って、ストーブが焚けなくなったらどうしよう、とか。
そんな不安は、この人にはないのだろうか。
「もし雪に埋まっちまったら、俺がかき分けて助けを呼びに行ってやるって」
何て頼もしいんだろう。
昔から、本能で生きている人だなあ、と思っていたけれど、野性的でもあるその逞しさに、惚れ直しそうになる。
──いや、惚れ直してる、多分。
じっと見つめていたら、3枚目のトーストをかじっていた木兎さんが、どうした、と訊ねてきた。
「いえ」
「惚れた?」
「元々惚れているので、今更です」
僕は紅茶を飲む。
「お、おお」
木兎さんは僕の答えに驚いている。まさか素直にそんな返事が返ってくるとは思っていなかったのだろう。
「真っ白になった世界は、とてもきれいでしょうね」
「ああ」
「かまくらを作りたいです」
「雪だるま100個くらい作ろうぜ」
「雪ウサギも」
交通機関が麻痺するほどの大雪は、あまり経験したことがない。僕が育った町でも多少の雪は降るが、かまくらなんて作れない。それが仙台の中心部ならなおさら。ごくたまに数センチ積もった雪はすぐに道行く人に踏み固められ、そのうちかちこちのアイスバーンになるか、溶けて消えていく。
けれどここは、まだ、しっかりと雪が積もるらしい。
それを、もうすぐ体感できる。
「もし雪に埋もれて閉じ込められても──」
僕は紅茶の入ったカップを両手で持ったまま、その水面に映る自分を見つめた。
──ああ、なんて満ち足りた顔をしているんだろう。
そんな風に思った。
「あなたと二人なら、悪くないです」
これが自分だなんて、信じられないくらいに。
この山の中の、不便な古民家で、もしかしたら凍えて死んじゃうかもしれないという不安が心のどこかに存在しているのにも関わらず。
あなたと、なら。
僕は視線を上げ、木兎さんを見つめた。
「月島──」
それを待っていたかのように、木兎さんが優しく笑う。
「来てくれてありがとな」
「だから、今更、です」
木兎さんが手を伸ばして、僕の手を握った。テーブルの上、僕らの手が重なる。
冬が来て、雪が降ったら、庭にはぎっしり、100体の雪だるまと、100匹の雪ウサギ。
大きなかまくらがひとつ。
しんしんと降り続く雪が、世界から音を奪う。
この家に、二人きり。
薪が燃え、爆ぜる音を聞きながら、温かいこの家に。
「春が来たら」
木兎さんの手は熱くて、その熱が僕の身体に入り込んでくるような気がした。
「黒尾さんと赤葦さんを招待してあげましょう」
あの小さなピックアップトラックは二人乗り。長身の僕らが4人乗り込むことはできない。
車を借りて、仙台駅まで迎えに行こう。
彼らがやってきたら、きっと、集落の人はまた驚くだろう。みんなでっかいな、なんて僕らを見上げながら。
「そうだな」
「木兎さんの作った野菜を食べてもらわなきゃ」
「おう、うまいって言わせてみせるぜ」
それまでに僕も、料理の腕を上げておこう。
──畑に向かう木兎さんを見送るために縁側に出てたら、風は昨日より冷たくなっていた。
もうすぐ、冬になる。
ふわり、と、目の前を小さな白い虫が飛んでいた。
手を伸ばしたら、その手の先端、それが止まった。
「──雪が降るんだな」
木兎さんがそれを見てつぶやいた。
「雪虫だろ、これ」
「──ええ」
木兎さんが行ってくる、と長靴を履いて畑に向かった。
その後ろ姿を見送ってから、指先にふう、と小さく息を吹きかけたら、その虫は再び空に舞った。
まるで初雪みたいにふわり、と、その白い身体がゆっくりと浮遊する。
もうすぐ。
あなたと二人、この家で。
初雪を一緒に見られたらいい。
長い冬の始まりと、来る春の訪れも、一緒に。
畑に降り立った木兎さんが僕に向かって手を振っていた。
また、ふわり。
純白の小さな虫が舞う。
僕は木兎さんに手を振り返し、温かい部屋の中に戻り、朝食の後片付けをすることにした。
了
「良夜」シリーズ、これで完結です。
木兎さんがつなぎ着て頭にタオル巻いて農作業してたら最高に萌える、という私のとっても個人的な趣味で始めたこのお話ですが、田舎で古民家買って農作業、と決めたらもうサックサク浮かびました。
第3体育館好きで、ツッキーがみんなに愛されていればいいよ、って思ってる私ですが、そういえばあんまり兎月を書いてないなあ、と気付きました。
兎月いいですよ。木兎さん素敵です。
無人島でもきっと彼となら生きていける。
クロと赤葦が遊びに来る話も書きたかったんだけど、タイムアップです。
気が向いたら書こうかな、と適当に言い残しておいて、この辺で。
農作業木兎さん(プラス林業木兎さんプラス消防団木兎さん)を、これからも己の脳内で自給自足していきたいと思います。
誰か描いてくんないかな。絵を描ける人は素晴らしいな。いいなあ。
読んでくださってありがとうございました。