48話目にしてようやくここまで話が進んだ……って感じです。
予定より遅かったのは、国見サイドのお話や、鎌先さんのお話を入れていたから。と言っておこう、言い訳言い訳。
別のシリーズでもそうでしたけど、セックスするのに悩みすぎているウチのツッキー。
いや、でもね、そう簡単に割り切れないと思うのでね。
腹くくったら強いんですけどね。まだね。
月島+二口+青根
混ざり合うその濁りは、悪いものじゃない。
作品一覧はこちらをクリック→二次創作目次(tns/krbs/HQ/YWPD/その他)
オレンジレッドワインを満たして~rise48~
目の前に並んだおいしそうな料理に目を奪われながら、僕はそれから目をそらさずに抗議した。その相手の二口さんは、片手にワイン、片手にグラスを3つ持って、こちらに歩いてきて、座り込んだ。
「食事をごちそうしてくださいとは言いましたが、こういうことじゃありません」
「だからおごってやるとは言ってねーだろ」
「まさかこんなことになるなんて思ってなかったです」
「別にいいじゃん。うまい飯食えるし、こいつの部屋きれいだし」
こいつ、と呼ばれたこの部屋の主、青根さんが、大きなお皿を持ってやってきた。
テーブルに並んだ料理は全部彼の手作り。スープから前菜、メインに至るまで、どれもレストランのごとく完璧だ。思わず喉が鳴る。
「話を聞くって言ったくせに」
「青根がいちゃまずいの?」
「青根さんは……だって」
ちらりと斜め前に座った彼を見たら、軽く首を傾げた。強面なのに優しくかわいい雰囲気のこの人に、僕は弱い。前に一度、彼の店で弱音を吐いて泣いてしまい、迷惑をかけたことがあるから、二の舞は避けたい。
それに──
「あのなあ、月島。そりゃ、青根は高校時代、そりゃもう天使か妖精か、っていう純真さとかわいらしさだったよ。でも、こいつもいい加減アラサーの男だからな。それなりに汚れてるから」
「汚れ、」
僕が絶句すると、青根さんは困ったように二口さんを軽くにらんで、それから僕を見てうなずいてくれる。
「大丈夫、少し、聞いてる」
「聞いて……って」
「鎌先さんと、二口に」
「お二人は口が軽すぎます」
「青根は特別だって。──お前だって、いつまでも黙ってるつもりなかっただろ?」
それは、確かに、そうだ。少なくとも、これから先も仲良く付き合っていくつもりの人には、折を見て打ち明けるつもりだった。国見と鎌先さんはどういうわけか早々に気付いてしまったけれど、金田一や青根さんにも、いつかは話をしようと思っていた。
riseには、青根さんの作るケーキとパンが必要だ。もし僕らの関係を打ち明けて、青根さんに距離を置かれてしまったらどうしようという不安はあった。この人はそんな差別をするはずがない、と信じてはいたものの、恐怖はあった。
「月島は、友達だ。驚きはしたけど、ちゃんと受け入れてる」
「青根さん……」
「はいはーい、そろそろ食おうぜ。腹減った」
店を閉め、着替えて階段を下りたところで、拉致られた。突然後ろから捕らえられた僕を振り返って、東峰さんがえええ? と慌てたように声を上げた。横からすっと青根さんが出てきて、ぺこりと彼に頭を下げて、事態を把握した。僕を羽交い絞めにしているのは二口さんで、東峰さんもようやくそれに気付いてほっとしたように苦笑した。
──借りていきますね。
──うん、ちゃんと返してね。
二口さんと東峰さんのそんなやり取りに、深い意味はない。けれど僕はなんだか恥ずかしくなって赤面した。
多分、東峰さんは二口さんが僕らの関係を知っていることを、知らない。だから、ただの冗談のつもりだったのだろう。
そして、そのまま僕は青根さんの運転する車で、彼の家へと連れてこられたというわけだ。
下準備が終わっていた料理がテーブルに並ぶまでの時間は短く、僕が二口さんに抗議している間に、次々に運ばれていた。
「月島、ワイン飲める?」
「……あまり」
「じゃ、これな」
二口さんは僕のグラスにオレンジジュースを注いだ。
──馬鹿にしている。
と、思ったのもつかの間、そこに、コルクを抜いた赤ワインを注いだ。
オレンジジュースと赤ワインのミックス。僕がそれを受け取ると、ウェーイ、と二口さんが僕と青根さんのグラスに自分のグラスをぶつけた。
「青根んとこにはいい酒いっぱいあって最高だよな」
「貰い物が多い」
「お前は飲まないのになー」
よく見たら、青根さんのグラスにはオレンジジュースだけだ。
野菜中心の、ヘルシーな料理の真ん中に、どどんと肉料理。メリハリが効いている。
ズッキーニのエスカベッシュはまろやかな酸味がおいしい。枝豆、そら豆、いんげん豆など、色々な豆とソーセージの入ったスープも豆の甘みがとてもおいしくて、思わずもう一杯、と言ってしまうくらい。
ラタトゥイユも絶品。メインの牛肉のソテーも、ハーブの効いたあっさりとした味で、とても僕好みだった。
食事がメインに進む頃には、ようやく落ち着いて、話ができる状況にはなっていた。
「からかったり、面白がったり、ドン引きしたりしないでくださいよ」
「俺がすると?」
「…………」
「さすがに、真剣に悩んでるやつをちゃかしたりはしないって」
その言葉を信用することにした。
「その……何度か、試してはみたんですが……」
何を、と聞かれなかったのが救いだ。
「どうしても、その、できなくて」
「したくないの?」
「いえ、そうじゃなくて、もっとこう、物理的に」
「ああ、でかいくて入らな──」
僕は、二口さんの口を、手のひらを叩きつけるように塞いだ。二口さんがうが、っとうめいて、青根さんがあたふたと僕らを見ている。
「デリカシーって、知ってます、二口さん?」
「だって、そういうことだろ? あの人すごそうだもんな」
否定はしない。しないが。
「東峰さんは優しいです」
僕は、正座した膝の上、こぶしを握り締める。
「いつも僕を気遣ってくれて、自分のことは二の次です。ちゃんと──色々勉強してくれて、準備もしてくれて、時間もかけてくれて……それなのに、僕が、いつも最後の最後で駄目になってしまうんです」
今度は、二口さんも口を挟まなかった。
「息が止まりそうになります。──怖くて震えます。嫌なわけじゃないんです。でも、どうしても、身体が言うことを聞きません」
きりきりと、握ったこぶしの内側、長いとは言えない爪が手のひらに突き刺さる。あまりにも力を込めて握り締めているせいで、小さく震えている。
「いつも最後までできません。東峰さんは大丈夫と言ってくれますが、無理をさせてると思います」
彼に触れられるのはとても気持ちがいい。その手が滑り、肌が重なる。触れたところから体温が上がり、くらくらとめまいがするほどに。
落とされるキスの数だけ、我慢することのできない声が漏れる。
彼の手が、僕自身に触れる。
ゆるく、優しく。
甘噛みする首筋も、強く吸い付く胸元も、硬い指先がなぞる背筋も。全部、おかしくなりそうなほど、気持ちがいい。
物理的に、と僕はさっき言ったけれど、大きさだけの問題ではないと分かっている。
僕は、怖いのだ。
触れ合うだけでも狂おしいほどに愛しくて、快感が生まれる。
──それ以上、が、怖い。
身体が強張り、彼の指を拒絶する。
ごめんなさい、とつぶやくと、いつも、優しく笑った東峰さんが、キスをくれる。
──大丈夫。待つよ。
お互いの性器に触れ、抱き合って、果てる。
大丈夫、という彼の言葉は、いつまでその優しさを保つだろう。
それを考えることも、怖い。
何もかもが。
「月島は──」
青根さんが、口を開く。
「何が怖い?」
「……何もかも」
「何もかも?」
「自分が自分でなくなること。彼を呆れさせること。自分を許せなくなること。彼に──嫌われること」
「東峰さんは、月島を嫌ったりしない」
「……分かってます」
「なら、怖がる必要はない」
僕は膝の上で握り締めていた両手で、顔を覆った。
「あの人に抱きしめられるたび、身体中から僕を好きだという気持ちが伝わります。それが嬉しい反面、不安なんです」
「不安?」
「100%の愛が、いつか欠けてしまうことが」
東峰さんは優しい。
すべてにおいて。
彼は、それを褒め言葉じゃないと言うけれど。
「お前、馬鹿か」
突然、呆れたような二口さんの声が、投げつけられた。
「どこの少女漫画だよ。どこの恋愛映画のヒロインだよ。愛され過ぎて怖い、なんて、ただの惚気じゃねーか」
「僕は真剣に──」
「月島、人を好きになるって理屈じゃねーよ」
茶色い髪をかき上げて、二口さんは小さく溜め息をつく。
「確かに、このまま逃げてたら、お前はいつか愛想つかされるかもな」
「二口」
青根さんが諫めるように言ったけれど、二口さんは聞かなかった。
「あの人は気が長そうだし、お前に甘そうだから今のところは大人しく待っててくれてるかもしれないけど、いつか必ずしびれ切らすぞ」
「分かってます」
「無理矢理襲っちまうような人じゃないだろうけどな。このままだとあの人、自分を責め始めるんじゃねーの? 自分が月島に信用されてないのかもしれないとか、月島は本当は自分のことを愛してないのかもしれないとか、さ」
はっとした。あり得ないことではなかった。
東峰さんは、元々、自分よりも相手のことを考える人だ。二人の間に何か落ち度があれば、自分のせいだと思い込むだろう。
「──お前はあの人に抱かれて自分を見失うのが怖いって思ってるかもしれないけど、それだって相手にしてみりゃ嬉しいんじゃねーの?」
「僕は……女性じゃないので、かわいらしくはできません」
「だから、東峰さんがそれを求めてるかどうかなんて、分かんねーじゃん」
「…………」
「お前に、女みたいなかわいい声や態度を望んでるわけじゃねーだろ。──理屈じゃねーよ、月島。好きな相手なら、何でも嬉しい。俺は少なくともそうだ」
「──月島は、東峰さんに、失望するのか?」
青根さんの問いに、僕はゆっくりと首を振る。
「なら、東峰さんもきっと同じだ。あの人は、ちゃんと、月島を大事に想ってるはずだ」
「……そういう、人です」
僕はつぶやく。
「鎌先さんが言うにはさ」
二口さんが自分のグラスにワインを注ぐ。満たされていく赤は、グラスの中でゆらりと揺れる。
「あの人、本当に月島を大切にしてるのが伝わってくるんだってさ。──あの人の悩みはな、お前と最後までできないこと、じゃないよ」
僕はゆっくりを顔をあげ、グラスに口をつけた二口さんを見た。
「お前の不安を取り除くにはどうしたらいいか、ってことだ」
二口さんも、僕を見た。
「詳しいことは知らないし、聞かされてないけど、月島の不安は何だろう。自分が不安にさせているんだろうか。もしそうなら、どうしたらいいのだろうか」
二口さんの声に、東峰さんの声が重なるような気がした。
「そんな感じらしいぞ。その理由を、話し合うことはできないだろうか──二人一緒に、って」
東峰さんなら、きっと。
確かに、そう言うに違いない、と思った。
「月島の話を聞いて繋がった。あの人、ちゃんとお前のこと考えてる。お前が一人で勝手に逃げようとしていることに対して。──俺も青根も、男同士のセックスなんて分からない。きっと想像以上に大変なんだろうと思う。月島が怖いと思うのも分からないでもない。──でも、少なくともお前は、謝り続けてることであの人を一人で悩ませてるのをやめるべきだな」
半分ほど空になっていたグラスに、二口さんがワインを注いでくれた。その上から、今度は青根さんがオレンジジュースを注ぐ。
「混ざり合って、満たされた方が、幸せだろ」
グラスの中のオレンジ色と濃い紫がかった赤は、ステアされて不思議な色になった。
オレンジでも、赤でもない、濁った色。
僕はそれを飲む。
オレンジの勝った、酸味の強いその味は、さっきよりもずっと身体中に染みた。
「それにしても」
二口さんがグラスのワインを空にして、苦笑した。
「本当にぶっちゃけたな。──お前のセックス事情なんて、知らねーよ」
「二口さんが話せって言ったんですよ」
僕は口をとがらせて反論した。
「まさかマジで重たい話されるなんて思ってねーだろ」
「だったら最初から救いの神みたいな顔で手を差し伸べないでください」
「別にそんなつもりねーよ。借りを返そうとしただけだっつーの」
「だから貸しだなんて思ってません」
僕らのやり取りをはらはらと見ていた青根さんが、諦めたように立ち上がった。
「本当に月島ってかわいくねーよな」
「あなたに言われたくないです」
キッチンから戻ってきた青根さんが、僕と二口さんの間に割り込んだ。
「デザート。二人とも、甘いもの、食べろ」
目の前に置かれたのはケーキ。
言い合いは、そこでストップ。
プレートの上に乗ったそれは、僕の大好きなショートケーキだった。
了
二口さんの言う通り、そりゃもう天使か妖精か、っていう純真さとかわいらしさの青根くんも、アラサーでいろいろ知っちゃってるからさ。
汚れたんじゃない、ただ大人になっただけだ。きっとそう(気持ちの悪いくらいの青根好き)
東峰さんは鎌先さんに「俺、やっぱり駄目なのかなあ」とか平気で愚痴ってそうな気もするんですけどね(笑)
二口さんはお酒好きという裏設定。青根の家のお酒を着々と飲みほしています。