国見と金田一を幸せにしなければと思いながら、どうしても辛い道を歩ませてしまっている。
国見は頑なにその気持ちを閉ざし、金田一はそれを知ってか知らずか国見のそばにいたいと思う。
けれど、その気持ちは、どこかちぐはぐで、交わることを知らない。
甘いラテでその苦い気持ちを飲みくだす国見のこの先を、ちゃんと書きたいです。
<東峰×月島>+金田一
俺だけは、分かってる。
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スイートラテの裏側~rise46~
「別れちゃったの?」
驚いて思わず聞き返したら、金田一はコーヒーを飲みながらうなずいた。
2週に一度、金田一は観葉植物のメンテナンスと、新しいアレンジメントを届けにやってくる。梅雨のこの時期、金田一が作って来てくれたのは淡いブルーとピンクのアジサイに、白いトルコ桔梗のふわりと丸いシルエット。降り続く雨の鬱陶しさにうんざりしていた気分が、ぱっと明るくなるような気がする。
雨の中に咲いて映える花だから、雨の日に店にやってきた人も、思わず笑顔になってしまうような。
金田一は大きな窓ガラスの前に置かれた観葉植物の土や根の状態をチェックし、アンプルを差してから、店のあちこちに飾られた小さな観葉植物も残らずきちんと様子を見てくれた。
梅雨の湿気のせいでどこかくたびれた感じがするグリーンネックレスは、夏になると休眠するのだと教えてくれた。いつもは表面が乾いたらたっぷりあげていた水も、控えめになるという。目安は5日前後、という金田一の言葉をきちんとメモした。
その間に、東峰さんがコーヒーを入れてくれた。客は少なく、カウンターは常連さんがいるだけだった。
金田一はいつもの席──奥から二番目──に座り、コーヒーカップを持ち上げた。
「最近国見来てる?」
「来てるよ。居座ってるといってもいいくらい」
僕の言葉に苦笑して、コーヒーを飲む。
いつもは入り浸っている国見が、今日は姿を見せない。仕事が忙しいのかな、とあまり気にしなかったが、金田一のその質問に、どこか違和感を感じた。
「会ってないの?」
「ここのとこ、あんまり」
「ご飯一緒に食べてるって前に言ってたよね」
「来るなって言われて」
「いきなり?」
「んー、まあ、いきなりっていうか、彼女出来た頃から」
気になっている女性がいて、いい感じだ、というのは知っていた。お互いに好意があるのだから、付き合うのは秒読みだろうと思ってもいた。けれど、実際に付き合い始めたという話を聞くことはなく、その動向を密かに窺っていた僕らである。
カウンターの内側の東峰さんも、驚いたような顔をしている。
「いつ?」
「2か月くらい前?」
2か月前と言えば、僕が黒尾さんとのごたごたが片付いた頃である。長年避け続けてきた彼に会い、その気持ちに揺れ動いて、東峰さんに想いを告げられたのは、約3か月前。
あの時はまだ、国見と金田一は店で顔を合わせていた。
──たった3か月なのだな、と今さらのように思った。
あれから3か月しか経っていないのに、僕は先日東峰さんと付き合い始めた。
──もしかして僕って、節操ないのかな。
などと少し落ち込んだら、東峰さんと目が合った。ふっと優しく微笑まれて、思わず照れくさくて目をそらした。
──でも、この気持ちに嘘はない。
「けど別れちゃったんだよね」
けろりとした調子で金田一がそう言って、僕と東峰さんは同時にえっと声を上げた。
そして、冒頭に戻る。
「2か月って早くない?」
「正確にはひと月半くらいかもな。──そうなんだけど、仕方ないし」
「あっさりしてるね」
「うまくいかないような気はしてたんだ。付き合おうってことになってからも、何か違うなって感じがしてた。なんとなく、上手く別れるために付き合ったような気もする」
「どうして?」
「お互い、表面的な優しさだけに惹かれてたのかなって。──それに」
カップを置いて、金田一がつぶやく。
東峰さんが常連さんと話しながら会計しているのが目に入った。すみません、と目で合図したら、大丈夫、というようにこちらを見てくれた。
「……国見に突き放されると、結構へこむ」
いつもは国見が独占し、貼りついているカウンターの一番奥の席。今日は空っぽだ。
金田一はその隣。
「付き合い始めてから、今までみたいに時間取れなくなったのは仕方ないんだけど、それでも毎日のようにあいつと晩飯食ってたから、もう来るなって言われたときはすごく複雑だった。──どうして、って聞いたら、『もう俺を優先するな』って言われた」
再会して、この店でその心の内を語るたび、国見が時々口にする言葉だ。
金田一はいつも、国見を優先する。
だから、せっかくできた彼女に振られてしまう。
──また俺を優先した。
苦し気につぶやく国見の姿を思い出す。
きっと、嬉しいはずなのに。
それでも、国見は金田一がそうすることを望まない。
一生、自分の想いにふたをして生きていくと決めている。
「──俺、別に、あいつを優先しているわけじゃないんだ」
目の前に置かれたコーヒーカップは空っぽになっていた。東峰さんの入れたブレンドを、ブラックで。
仕事の合間に一杯だけ。
いつもはそれを飲み干して、すぐに仕事に戻る。
「当然だろ。俺だって彼女欲しいし、そろそろ結婚したいなとか考えてるし、好きな子には優しくしたいし、特別扱いしたいし、大事にしたい」
珍しく饒舌な金田一に、僕はそうだね、とうなずく。
「実際そうしてるつもりだ」
それはよく分かる。金田一は、とても優しい。
「優先順位なんてつける気はないんだ。でも、なぜか──」
金田一は席を立たない。多分、この後も配達があるはずなのに。
「いつも迷惑そうにしてるんだよ。うるさい、もういい、来るな、構うな、って。でもさ、俺には全部、逆に聞こえる。──もう病気だよな、これ。子供の頃から一緒にいるから、慣れちゃってるのかもしれない」
国見は口が悪い。さらにはひねくれて、素直になれず、口にする言葉は横柄でそっけなくて、時々突き放すような響きがある。
それでも、付き合っていくうちに分かってきた。それは必ずしも国見の本心ではないってこと。
──好きな相手を突き放すのは、幸せになってほしいと思っているから。
国見が望むのは、自分の幸せではなく、好きな相手の幸せなのだ。
つまり、金田一の幸せ。
それは、自分がいることでは絶対に成り立たない、と国見は思い込んでいる。
「俺、多分、一生──あいつがそんな言葉を口にするたび、無理にでもあいつの傍に居座ると思う」
金田一の目の前に、青いカップが置かれた。
キャラメルラテ。国見仕様の、シロップ2倍。
金田一が顔を上げたら、東峰さんが優しく笑った。
「これ、国見がいつも飲んでるやつ。たまにシロップ3倍。──その席で、難しい顔してカップを傾けてる」
金田一の隣、空いたスツールを指さした。金田一はそこに目をやってから、すぐに東峰さんに視線を戻し、小さく頭を下げた。
「いただきます」
一口飲んだら、少しだけ、顔をしかめた。
「甘いですね」
「実は、キャラメルシロップは、上に乗ってるのだけじゃないんだ。ラテを注ぐ前に、カップにシロップを入れて、少し溶かしこんである。だから、ラテ自体にも甘みがあるんだよ」
「こんな甘いの、難しい顔して飲んでるんですか」
「いつもあんな顔でしょ」
僕がそう言うと、確かに、と金田一が苦笑した。
「いつもどっか不機嫌そうだ」
「にこやかで機嫌のいい国見なんて、ちょっと怖い」
「ははは、そうかもな。──でもな、あいつも笑うんだよ。たまに、すごく嬉しそうに」
「想像できない」
「かもな。──いいんだ、ちゃんと俺が知ってるから」
金田一は熱いラテを飲み干して、席を立つ。コーヒーはいつも、一杯だけ。アレンジメントのお金は払っているけれど、観葉植物のチェックはボランティアだから、僕と東峰さんのおごりだ。
「仕事戻ります」
「うん、いってらっしゃい」
僕と東峰さんは、店を出て行った金田一を見送った。青いエプロンをつけた長身が、店の横の駐車場に消え、小さな白いバンが出てきて走り去る。
──いつも、まるで自分の部屋のように入り浸る国見が、今日は店に来ない。
考えてみたら、ここしばらく、国見と金田一が一緒に店にいるのを見た記憶はなかった。
多分、国見は意図してそうしているのだろう。
金田一が例の彼女と付き合い始めたことで、距離を置いたのだ。
「馬鹿ですね」
「どっちが?」
東峰さんが問う。
「どっちも」
僕は肩をすくめて、空になったカップをシンクに運んだ。
「物わかりの良すぎる国見も、あれだけ理解してて何も分かってない金田一も」
テーブル席で長いお喋りをしている女性客の二人連れは、楽しそうに笑う。ケーキのお皿も、カップの中身もとっくに空っぽだ。
国見は、カップが空になるとお代わりを要求する。
金田一は、熱いコーヒーを飲み干したらすぐに席を立つ。
「本当に分かってないのかな」
東峰さんがカップを洗いながら言った。
「薄々気付いているんじゃないかな」
「そうでしょうか?」
「彼女と別れても、ちっとも辛そうじゃなかったよね」
「そうですね」
「いい子だって言うのは散々聞いてたけど、きっと金田一にはその子は絶対的に必要な相手じゃなかったんだろうね」
言われてみれば、時々話題に出ていた「気になっている子」のことを話すとき、金田一はとても嬉しそうだった。
幸せになってほしいと、国見は思っていたに違いない。
そうなることで、今度こそ自分の想いに終止符を打てるはずだと信じて。
けれど結局、2か月。
国見は、金田一が彼女と別れてしまったことを、知っているのだろうか。
国見は今日、一度も店に顔を出さない。
「──東峰さん」
「何?」
「僕はあなたにとって、絶対的に必要な相手、ですか?」
突然そんなことを問われて、東峰さんが驚いたように目を丸くした。
「あ、当たり前でしょ。俺にとって月島は、この先一生手放したくない、大事な人だよ」
「……さらっと言いましたね」
「さらっとなんて言ってないよ。結構焦ってるし、必死だよ」
カウンターの内側、並んでカップを洗っている。
店には、テーブル席の女性二人。お喋りが止まらず、席を立つ気配はない。
僕は東峰さんのシャツをつかみ、エスプレッソマシンの陰に引っ張った。
「月島──?」
短く重なった唇が離れたあと、東峰さんは唖然として僕を見ていた。
表面的な優しさだけに惹かれていたのだ、と金田一は言った。
好意を持つ相手には、優しくしたいと思うのは当然だ。
お互いに思いやるその優しさが、表面的なものだとは思いたくはない。
けれど、それだけじゃ、きっと駄目なんだろう。
「手放さないでください」
僕の言葉は、東峰さんにどのくらい届くのだろう。
あんなに長い間引きずっていた想いを、断ち切ることができたのは、この人のおかげだ。
それを、ちゃんと伝えたい。
「一生」
僕も、この人の手を放したくはない。
エスプレッソマシンの影、テーブルや窓ガラスからは死角になったその場所で、今度は東峰さんが僕の後頭部を引き寄せた。
優しいだけじゃない、荒々しいキスは、やっぱりほんの短い時間。
「放さないよ」
そう言った東峰さんの目は、いつもの穏やかな優しさだけじゃなくて、僕はぞくりと身を震わせて、もう一度引き寄せてキスして欲しいと思った。
了
平行線をたどる彼らの行く末を、見守る二人。