農業してくれよ。
農作業する木兎さんが書きたいがために始めたシリーズなのに!!!
古民家暮らしもだいぶ慣れて、どんな部屋にしようかなって悩む二人。かわいい。
木兎×月島
おねだりツッキー、抱きしめたいよね。
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おねだりダーリン~良夜09~
梅雨明けしないまま7月に入ると、木兎さんは前にもましてこまめに畑に出ていく。
日照時間が少ないのと、雨が多いのと、気温が上がらないのとで、野菜の生育が芳しくないらしい。
この辺の土地は水はけもよく、周りに生えている広葉樹──中でもケヤキがいい腐葉土になって、畑の性質はかなり良いらしい。
それでも、やっぱり長雨には敵わない。
トマトはあんまり甘やかして水をやりすぎちゃ駄目なんだぞー、とネットで仕入れたらしい知識をひけらかしながらプチトマトの前にしゃがみ込み、「しっかり根を伸ばせよー」なんて言っていた木兎さんだが、ここのところずっと湿りっぱなしの畑の土を見ては溜め息をついている。
……木兎さんに溜め息って似合わないな、と彼の憂鬱とは関係のないことを考えながら、僕は紅茶を入れる。じめじめと湿度が高いので、さっぱりできるようにミントが入ったアイスティー。
最初は「歯磨きの味がする」などと変な顔をしていた木兎さんも、最近ではお気に入りだ。飲んでからすっきりとするところがいい、と言う。どことなく涼やかな気持ちになって、このまとわりつくような湿気も少し薄れる。
冷水ポットからグラスに注いだそれを差し出したら、はあ、と溜め息をつきながら受け取った。
「さすがに、天気にはかないませんね」
「野菜、腐っちまわねーかな」
「あとでお隣に聞きに行ってみたらどうですか?」
「そーする」
木兎さんは晴れ男である。見た目も、性格も、それを表すかのようなすこんと突き抜けるような青空みたいな人だが、実際にそうだと知ってからは、この人は晴れの申し子みたいな人だなあ、とすら思うようになった。
木兎さんと二人でどこかに出かける予定を立てて、雨に降られたことがほとんどない。
さすがに梅雨のこの時期は100%とはいかないが、もし本気で願ったら、雨雲の一つや二つ、どっかに移動させちゃうんじゃないかと思うくらいに、晴れに好かれている。
僕はからん、とグラスを傾けて氷を鳴らす。いつもは豪快に一気飲みしてしまう木兎さんが、ちびちびと飲んでいるので、おかしくなった。
「天の神様に願ってみたらどうですか?」
「晴れろー、って?」
「はい」
「もう、数えきれないほど願った」
木兎さんでも駄目か。僕は肩をすくめる。
「まあ、自然相手ですから」
「分かってる」
「諦めて、のんびりしましょう」
それができない人だとは分かっているが、一応言ってみた。木兎さんは名残惜しそうに畑を眺めた。
「のんびりって、具体的に何すりゃいいんだ?」
「何もしないからのんびりって言うんですよ」
併せて16畳もある広い座敷の真ん中、僕らは腰かける。
自分は、僕にのんびりすればいいと前に言っていたくせに、いざ自分がその立場になるとどうしていいか分からないなんて。
「じゃあ、部屋をこれからどんな風にしていくか、考えてみましょうか」
「おう」
僕は持ってきていたクロッキー帳を開いて、ざっと家の間取りを描き入れた。土間の台所は中古ではあるが比較的新しいシステムキッチンが入っている。これはもらいもの。食器や調理器具が入ったスチール製のシェルフがあり、今のところはそれひとつで収納は充分。冷蔵庫は近所の人からの借り物で、とっても小さい一人暮らしサイズ。冷蔵と冷凍がひとつになった、ワンドアタイプのあれだ。新しいものを購入したら返すことになっている。
居間は囲炉裏があり、今は使われていないが、寒くなったら炭を焚く予定。年代物の自在鉤が残っていて、真ん中に魚があしらわれたそれは木兎さんのお気に入りだ。お隣のおじいさんに聞いたら、火事にならないように水に関係するものがくっついているのだという。なるほど。
居間には僕の部屋から運んできたふんわりとしたクッションタイプの座布団が二つ。一応小さな折り畳み式の安っぽいテーブルがあるが、食事はいつも、床に直置きだ。
「僕、椅子とテーブルが欲しいです」
「板敷いたとこ、一応ダイニングにするつもりだ」
だだっ広い土間の一部に無垢材を敷いて、フローリングのようになっている。昔の造りだから、土間から居間へはかなりの段差があって、踏み台を中継。だから、居間の一部を削り、土間の一部をかさ上げして、丁度中間くらいの高さの場所を作った。無駄な壁はほとんど取っ払ってしまっているから、広々とした家の中、割と自由にいじることができたようだ。
木兎さんのセンスなのか、リノベーションを引き受けてくれた大工さんのセンスなのか分からないが、なかなかおしゃれに出来上がっている。
畳も現代風に縁なし畳。わずかに色の違うそれを、幾何学的に組み合わせている。
「月島、自分の部屋欲しいか?」
「あるに越したことはないですが」
「ここ、区切るか? 奥の方をお前の部屋にして──」
「いいんですか?」
「だって、仕事するのに一人がいいだろ?」
「そうですね……」
厚意はありがたいが、せっかくの広い座敷を閉め切って使うのはもったいない。どうにかならないかな、と考えていたら、木兎さんがひとつ案を出してくれた。
「奥のスペースを一部、何かで仕切るか? シェルフとか、パーテーションとか。じゃなきゃ、奥の壁ぶち抜いて、拡張工事って手もある」
「魅力的ですね。でも、あまりお金を使うのは感心しません」
「別にいいんだ。あるだけ使えば」
「駄目です。それは、木兎さんが自分の身体で稼いだお金です。計画的に使いましょう」
木兎さんが、自分の身ひとつでバレーに打ち込み、稼いだお金。プレーに価値を付けられ、値が上がり、それに応えるように活躍する。長いとは言えない現役生活だったけれど、きっと一般的な会社員の数十倍、数百倍は稼いでいただろう。
それはみんな、木兎さんが日々努力し、体力をすり減らして得たお金だ。
僕の言葉に木兎さんは素直にうなずいた。それからしばらく何か考えるような顔をしていたが、
「身体で稼いだ、って、何かエロいな」
「…………」
やれやれ。
僕は溜め息をついて、クロッキー帳の座敷スペースに、小さな空間を作った。パソコンの乗る大きさの机と、資料の入る本棚、広すぎず、けれど息苦しくなるほど狭すぎない、適度な広さ。
四方を壁に囲まれなくてもいい。要は集中できる環境になればいいのだ。
「できたら、ここは広いまま使いたいです。天気のいい日は雨戸を全部開け放って、どこからでも庭と畑が見渡せるように」
「そっか。なら、ベッドルームもなしだな」
「お布団ですね」
「古民家の和室で布団生活って、すげーな」
「タイムスリップしたみたいですね」
正直、生まれてからずっとベッド生活だった僕だから、畳の上に敷かれた布団で毎日眠ることなんてできるのだろうか、と不安だった。実際、合宿中に並んで敷いた布団での雑魚寝も、死ぬほど苦痛だった。けれど、何度かここに泊まって、木兎さんと並んで布団に横になっていたら、高い天井や、時々ぴしっと聞こえる家鳴りや、外からの虫や風の音や、手を伸ばしたら隣に木兎さんがいることが、全部、案外しっくりした。
畳の上、まだ新しいそれが、時々香る。
朝起きて、布団をたたむ。押し入れにしまい込んで、一日が始まる。
天気のいい日は縁側まで引っ張って、布団を干す。
ベッドで眠っているときは、どうにかしてマットレスを干せないものかと悩んでいるのだが、その心配もない。
「いつかはさー、そっち側、壁抜いて、サンルームっぽくしたいんだよな。そっからウッドデッキ延ばして、天気のいいときはそこで飯食う」
「……木兎さん、結構センスいいですね」
「おお、月島に褒められた」
庭は南側。つまり、縁側は南に口を開いている。右手に広がる畑は、古民家をくの字に取り囲むように庭の向こう側にまで範囲を延ばしていて、そのまた向こうに道路がある。お隣は畑の向こう側。ぐるっと回りこんで道路を歩いてくるか、ちょっと足元が危ないけれど、畑を突っ切って土手を下りていくという方法もある。
だから、奥の座敷の壁を取っ払うと、庭と、畑が一望できる格好になる。快晴の下、ウッドデッキでご飯なんて、気持ちがよさそうだ。
「買い物リスト、作らないといけませんね」
「洋服ダンス」
クロッキー帳の空いたスペースに、チェスト、と書き込む。木兎さんがそれを見て、顔をしかめた。
「ちゃぶ台」
「はい、ローテーブルですね」
さらに、変な顔をする。
「本棚」
「ブックシェルフ」
「月島、わざとだろ」
「ばれました」
ふふっと笑うと、木兎さんが口を尖らせてブーイングした。
「そういえば、山向こうのアーティストさんたちのギャラリーに、おしゃれな木のテーブルがありましたよ」
先日、ふらりと立ち寄ったギャラリーでも、木兎さんは何十年も昔からの知り合いみたいに溶け込んでいた。家を買うときや、直すときに世話になったんだ、と紹介された若手作家さんたち──とは言っても最年少で30代だが──は、やっぱり僕を見上げて「でっかいなー」と笑っていた。
彼らも、僕たちの関係を知っているのだろう。特に何も聞かれたりはしなかったが、木兎さんが黙っていられるはずがない。
多分、木兎さんの人柄なのだろう。裏表のない正直さと、ちょとお馬鹿で憎めないキャラクターは、どこに行っても愛される。彼らにしてみれば、年若い新しい住人は、まるで弟のような存在なのかもしれない。だから、その相手である僕も、すんなりと溶け込めた。
木工をしている男性が、自分の作品のスペースを案内してくれた。隣に併設されているカフェのテーブルや椅子も、この人の作品だと言う。そして、家の縁側の板を加工してくれたのも、この人。よく聞けば、土間のフローリングも。それらをすべて、ほとんど材料費だけで仕上げてくれたというから頭が上がらない。
そのギャラリーで、1メートルほどの広さの楕円のテーブルが、ちょっといいなと感じた。木目を生かしたシンプルな形のテーブルだが、触れてみたらびっくりするくらい柔らかかった。
クルミの木でできているそれは、柔らかいがゆえに傷がつきやすいのだそうだが、それがどんどん味になっていくらしい。ミルクティのような優しい色合いも、年月を経て、濃い茶色になると言う。
触れた感触が忘れられなかった。
木って、こんなに柔らかくて温かいんだ、と驚いた。
「月島が気に入ったなら、買いに行くか」
「いいんですか?」
結構な値段だったことは覚えている。多分、チェーン店で売っている同じような品の、10倍以上はする。
「たまには甘えてくれよ」
「……甘えてますよ?」
「おねだりしてって言ってんの」
「僕がしても、かわいくないですよ」
思わず苦笑したら、木兎さんは、んなことねーよ、と笑った。
「月島は、何しても全部、かわいい」
「目が悪いんですね」
「両目2,5」
マジレスされるとは思わなかった。というか、2,5は良すぎだと思います、木兎さん。
「なあ、月島」
木兎さんは僕の手を引いて、言った。
「おねだりしてみ」
持っていたペンが、クロッキー帳の上に落ち、ころころと転がった。
「ぜってーかわいいから」
「…………」
僕は呆れたような目を向けた。木兎さんが早く、早く、と急かしてくる。
仕方なく、のってあげることにした。
「木兎さん、あのテーブル、気に入ったので買ってください」
「いいぞ」
「……もういいですか?」
僕の両手はまだ木兎さんにつかまれたままだ。
「もっと」
「はい?」
「もっとねだることねえ?」
「……特に、ないですね」
「本当に?」
「本当に」
「…………」
木兎さんがすねたような顔をする。
何でだろう、と不思議に思っていたら、そのすねた顔のまま、どこか期待するように僕を見ている。
……なるほど。
つまりは、こういうことにしたいわけですね、木兎さん?
「木兎さん」
「ん?」
きらん、と期待に満ちた目をして、木兎さんが聞き返す。
「ぎゅってしてください」
「いいぞ」
木兎さんは僕の手を引っ張って、僕の身体を自分の両腕の中に閉じ込める。
「もっとないか」
さすがに、笑ってしまった。
「木兎さん」
「何だ」
「キスしてください」
「いいぞ」
「もっとぎゅってしてください」
「もちろん」
「このままずっと、一緒にいてください」
「ああ」
「朝まで、ずっと」
木兎さんは僕の身体を思いきり抱き締めて、
「違げーよ、一生だ!」
楽しそうに笑った。
了 2018/06
木兎さんの豪快さがたまらなく好き。
一生抱きしめて離すな。
イチャイチャはいいな……。
たまにはイチャイチャしてるだけもいいね。
トマトは水をやり過ぎない方が甘く育ちますが、プチトマト系はどうしても皮が固くなっちゃうんですよね~。
毎年試行錯誤してますけど、割とほったらかしでもどんどん実をつけてくれるので、本当にありがたい。今年は紫色のも植えたい(私の話はどうでもいいって言われそう)