王子再び。
子供なリョーマが好きです。わがままで、周り見えない感じの。
暴走しないように気をつけました。何か、リョーマは書いてると突っ走るので。
リョーマ×海堂
confession
最近海堂先輩がつれない。
俺が寄っていくと、さりげなく距離を取る。
話しかけると、俺の目を見てくれない。
触れようとすると、目に見えて身体をびくりと揺らす。
俺、何かしたっけ?
確かに、メールや電話をしまっくてはいた。
用もないのに話しかけ、中身のない会話をだらだらと続けて困らせた。
先輩が頼まれると嫌と言えないのを利用して、やたら馴れ馴れしくくっついたりした。
そして、部活中の先輩を思いきり見つめまくった。
だって、あの人、無防備すぎ。そのノースリーブから伸びる細い腕とか、すらりとした長い足と、引き締まった足首とか、細い腰とか、色気の塊だと思う。汗で額に貼りつく髪とか、そこから首筋や背中に流れる汗とか、もう犯罪的でしょ。
視姦してるって言われそうなくらい見つめちゃうのは、俺のせいだけじゃないと思うんだよね。
先輩が俺を避けるようになったのは、この中の一体どれが原因なんだろう?
俺は先輩が手の甲で首筋の汗を拭うのを見ながら、考えていた。
だから、色っぽすぎるんだって、その仕草。
できたら誰もいないところに連れ込んで、そのまま抱き締めてしまいたい、と思う。
学校のテニスコート、部活中。こんなに人目のあるところでその無防備な姿をさらす先輩が、本当に信じられなかった。
あの人、自覚なさすぎる。
いらいらしてその姿を見ていたら、同じように、ぽかんとした顔で海堂先輩を見ていた桃先輩に気付いた。
ああ、完全に魅了中。
俺は桃先輩の背中に蹴りを入れてから、海堂先輩の下に走り寄った。後ろで桃先輩が、越前てめぇ、と叫んだが、無視した。
「海堂先輩」
「ん──」
先輩は顎に水滴を作っていた汗をさっきと同じように手の甲で拭いながら俺を見ると、とたんにぐっと奥歯を噛み締めるように口元を引き締め、身体を引いた。
ああ、また俺から逃げようとしている。
「先輩」
それを意にせず、俺は距離を詰める。先輩も後ずさる。さらに詰める。今度は先輩も引き下がろうとはしなかった。
「何か、最近変ですね」
「……そうでもねぇ」
「嘘」
海堂先輩は嘘がつけない。すぐに顔に出る。俺の言葉に先輩は眉をひそめるようにして目をそらす。
「海堂先輩」
先輩は俺の呼びかけに一応こちらを見てくれたが、すぐに、
「それより、いいのか、あれは」
と、文句を言いながら俺を追いかけてきた桃先輩を顎でしゃくった。
「おいこら、越前、お前いきなり何すんだ」
「うるさいなー、桃先輩は」
「いきなり蹴り入れるとか、ありえねーだろ!」
「それは桃先輩が──」
「あぁ?」
海堂先輩をやらしい目で見ていたから。
そう言おうとして、俺の視線も同じくらい下心満載だったことを思い出して、自重した。
「俺が何だよ」
桃先輩は不機嫌そうに俺を見下ろす。海堂先輩ほどではないけれど、俺と桃先輩の身長差もかなりのものだ。だから悔しくなって唇を尖らせた。
「わけわかんねーな、お前は」
桃先輩は俺が蹴った背中をさすりながら視線を少し離れたところへ向けた。
いつの間にか、海堂先輩はこの場からいなくなっていて、そこで乾先輩と何か話していた。
──素早い。
また、逃げられた。最近はいつもそうだ。俺が話しかけに行くと、なんだかんだと理由をつけて話を切り上げ、去って行く。
「あーもー、桃先輩のせいだ!」
「はぁ?」
八つ当たりなのは分かっていたが、俺は再び、今度は向こう脛を思いきり蹴ってやった。
桃先輩がうぎゃ、と悲鳴を上げ、その場にごろんと転がった。その声にみんなが振り向いた。大石先輩が慌てて走ってきて、大丈夫か、と声をかける。桃先輩は恨みがましい顔をして俺をにらむ。そして手塚部長が近付いてきて、冷ややかな声で言った。
「越前、グラウンド20周だ」
俺は返事もせずにくるりとコートに背を向けると、グラウンドに向かった。去り際、海堂先輩を見ると、乾先輩と共にいつの間にか桃先輩の下へやってきていて、何か言葉を交わしているのに気付いた。
俺とは話してくれないのに、あんなにけんかばかりしてる桃先輩とは話すんだ。そう思ったら急に頭にきて、思いきり地面を蹴って走り出す。罰走くらいいくらでも受けてやる、と思った。
それで、戻ってもまだ桃先輩が俺にからんでくるようなら、また蹴ってやるつもりだった。
グラウンドをきっちり20周走り終え、息を切らして部室へ向かうと、中から話し声がした。
俺はドアの前で固まる。
その声は桃先輩のもので、次に聞こえたのは海堂先輩のものだったからだ。
「納得しねぇだろ、いくらなんでもそれじゃ」
桃先輩が溜め息混じりでつぶやいた。
「仕方ねーだろ、どうしようもねぇ」
吐き捨てるように言ったのは海堂先輩。
「いつまでも避けてるわけにはかねぇだろ?」
「分かってる」
「さっさとケリつけりゃいいじゃねぇか。いい加減、越前だってキレんじゃねーの?」
俺の名前が出てきて、びくりと身体が揺れた。
海堂先輩は黙っている。
「あいつ、お前にちょっかい出しすぎだし、それに──なぁ、あの視線は尋常じゃねーよ」
「…………」
「早くどうにかしねーと、後悔するぞ」
どういう意味なのか分からなかった。二人の会話の主役は俺で、俺の視線に海堂先輩だけじゃなく桃先輩も気付いていた。そして、それが尋常じゃない、なんて言われている。
ドアノブに伸ばした手が小さく震えていた。
海堂先輩は、俺を避けている。それは明らかだ。そして今、。なぜかいつもは話にもならずにけんかばかりしているはずの桃先輩と部室に二人きりで、真剣な様子で話をしている。
しかもそれが俺の話。
「海堂」
桃先輩が呼びかける。なぜか、ものすごく甘い声に聞こえた。
「あんまり煽るなよ」
その言葉にはっとする。煽るな。確かにそう言った。
「俺の──せいかよ!」
海堂先輩が叫んだ。
「俺が全部悪いのかよ!」
その声は痛切で、俺は急に胸が苦しくなる。
「悪くねぇよ。でもな──たまんないと思うんだ、俺は。お前は無防備すぎる」
「何だよ、それ」
「お前のこと好きなやつが、お前の格好とか、仕草とか──その表情とか見てたらさ、やっぱ、平常心ではいらんないだろ」
「わけ、分かんねー」
「分かれ」
桃先輩が静かに言った。怒っているわけではない。諭すような響きがそこにあった。
ああ、これはもう、決定的だ。
俺の思いはみんなばれていて、しかも人一倍鈍いと思っていた桃先輩にまで筒抜けで、そしてそのせいで海堂先輩が苦しんでいる。
俺はゆっくりとドアを開けた。目に飛び込んできたのは、海堂先輩のバンダナで覆われた頭にこちらに背を向けた桃先輩の手が乗っていて、まるで壊れ物を扱うように撫でていた姿だった。
「えち、ぜん」
海堂先輩が驚いて俺をみた。
桃先輩が振り向く。その手はさりげなく下ろされた。
「よお、罰走終わったか?」
いつもの桃先輩だった。にっと笑顔を見せる。
「天罰だぞ。見ろよ、これ。青あざ」
俺が蹴った脛を、ジャージをめくって見せてくる。確かにそこは青く変色していて痛々しかった。
「おめーはわけ分かんねーんだよなー」
まるでついでのように俺の頭にもぽんぽんと手を乗せて、桃先輩は部室を出て行こうとした。
「桃」
海堂先輩が呼び止める。
「あー、適当に誤魔化しとく」
「悪い」
桃先輩は背を向けたまま手を振って部室を出て行った。ドアが音を立てて閉まり、俺は海堂先輩と二人きりになった。
「大丈夫か」
先輩が訊ねる。
「何が」
「罰走。お前、体力ねぇから」
そりゃ、海堂先輩のスタミナに比べたら、俺の体力なんて大人と子供みたいな差があるんだろう。
俺は平気、と答えて部室の床を見つめていた。先輩と目を合わせる勇気がなかった。
桃先輩と何を話していたのか、詳しく聞きたいと思うのに、どこかでそれを聞きたくないと考えている。
煽るなって、どういう意味?
格好とか、仕草とか、それに「その表情」って、どんな表情?
海堂先輩は、桃先輩と、一体どういう関係なの?
聞いてしまいたいのに、聞きたくない。
そんな相反する感情を、俺はどうしていいか分からなかった。
「──どこから……聞いてた?」
海堂先輩の声が静かに問う。
「ケリ、つけりゃいいだろって、桃先輩が言ってた。──それって、俺のこと?」
海堂先輩は少しためらってから、
「ああ、そうだな」
と答える。
ああ、やっぱり。俺はもう、この人の傍にいられないのかもしれない。
「そっか。──先輩、俺の気持ち知ってたんですよね。何だ、すげー意地悪いですよね、知っててあんな風に俺を避けるとか、ホントひどいよね。それにさ、先輩と桃先輩って、本当は仲いいんだね。いつもけんかしてるから気付かなかった。ああ、もしかしてあれ? けんかするほど仲がいいってやつ? 何だ、俺、すっかりだまされてた」
突然饒舌になった俺を、海堂先輩がどんな顔で見ているのか、俺は知らない。部室に入ってからずっと、俺は床ばかり見つめている。
「ついでに桃先輩って、結構いい男ですよね。さっき桃先輩、何か別人みたいにかっこよかったし。あれですか、海堂先輩はやっぱり、桃先輩のああいうとこ、好きだったりするんですか? あれでいて結構頼りになりそうですもんね。包容力、っていうの? 俺なんて先輩より年下だし、そんなの全然ないけど。なんだ、桃先輩、結構男前なんじゃないっスか。そりゃ、俺、敵わな──」
最後まで言うことはできなかった。
海堂先輩が俺の前に立ち、そっとその身体を寄せた。俺がはっと息を飲んだ瞬間、俺の肩にその頭を乗せる。俺の背が低いから、先輩の背中が猫背みたいに丸くなっていた。
「海堂先輩──」
「俺は」
先輩がつぶやく。その声は俺の耳元で優しく響いた。
「確かにお前の気持ちを知っていた。──あれだけあからさまなら、いくら鈍い俺だって気付く。あんな目で見られたら、意識する」
「先輩……」
「なぁ、越前、俺はお前を煽ったか?」
──たまんないと思うんだ、俺は。お前は無防備すぎる。
さっきの桃先輩の台詞を思い出す。
──お前のこと好きなやつが、お前の格好とか、仕草とか──その表情とか見てたらさ、やっぱ、平常心ではいらんないだろ。
確かにそうだった。先輩の姿にいつもはらはらした。別の誰かが先輩を見ていると知っただけで激しく嫉妬した。
煽られた、なんて本当は思いたくない。
俺は純粋に先輩を好きなんだと思いたかった。
けれど欲望は正直で、先輩のちょっとした姿に激しく心を揺さぶられた。
「俺──」
それを正直に伝えるのが恐かった。こんな目で見られていたことを知ったら、先輩は俺を軽蔑するかもしれない。
「そうか」
先輩は俺の無言をその答えとして受け取った。
海堂先輩が俺の肩から顔を上げた。俺も先輩を見上げた。俺を見下ろす先輩の表情はとても苦しそうで、触れたら壊れてしまいそうだと思った。
そして、これが桃先輩の言う「その表情」なのかもしれない、と思った。
「ケリをつけよう」
覚悟はできていた。
だから俺はうなずく。
「ずっとお前を避けてた」
「うん」
「俺を無防備だって言うけどな、お前だってそうだ」
「え?」
「お前が無防備で俺に話しかけてくるから、近寄ってくるから──触れるから」
海堂先輩の頬に朱が差す。
「どうしていいか分からなくなる」
「それって」
「あんなに全身で俺を好きって言ってるくせに、お前は実際何一つ口にしなかったじゃねぇか」
「それは──」
「だから、俺は、お前がどうしたいのは分からなかった」
まるでそれが懺悔のように聞こえた。
「振り回されるのはごめんだ。でもな、越前、俺にだって感情はあんだよ」
そんなの知ってる。
「お前が、俺とどうなりたいのか知りたかった」
俺の心臓がどくんと鳴った。
「お前がそれを望まないなら、俺はお前に近づけないと思った。だから、お前を避けてた」
「海堂先輩──」
「俺はお前が好きだ」
それが先輩の本心なら、俺は多分、ずいぶんと遠回りをしていたのだろう。
俺はようやく、先輩の心を手に入れた。
「だーかーらー」
桃先輩が俺に蹴られた太腿をさすりながら言った。
「マムシの様子がおかしいから、相談に乗ってただけだって。けんかしたっていまいちノリきれてねぇし、なんか気持ち悪かったんだよ、俺も」
「それにしては親密だったじゃないっスか」
「そんくらい役得だろ。俺だって日ごろからあいつの色気は犯罪的だと思って──」
俺はもう一度蹴りを入れようと、構えた。桃先輩はげ、と声を漏らしてそれを押しとどめる。
「冗談だって。何もねーよ。──ただ、ほら、あいつ、あんま悩み相談したりするようなタイプじゃんえーだろ。だから、俺に自分の気持ちばれて、弱みつかまれたとでも思ったんだよ。まあ、そのおかげで多少はなついてきたかなーとは思ったけど」
「結局、たらし込んでるじゃないっスか」
「込んでねーよ」
信じられない。俺はむっとして桃先輩をにらむ。
「まあ、お前のこと好きだって知ったときはびっくりしたけどな」
桃先輩が、コートで乾先輩と打ち合っている海堂先輩を見つめながらつぶやく。
「でもさ、なんか、結構納得できたんだよ」
「どうして?」
「さぁ。でも多分、あれだな。海堂って、こう、境界線みたいなのがないように見えるっつーか」
「境界線?」
「あいつさ、くそ真面目じゃん。すげーストイックでさ。自分がそうだからなのかさ、あいつ、努力する人間を簡単に認めちゃうんだよな。どんなに嫌いなやつでも、そこだけは別物みたいに受け入れちゃう。男とか女とか関係なく」
「そう、ですね」
「あいつにとってのバロメーターは、本気かどうか。──お前さ、初めは中学校の部活風情って馬鹿にしてただろうけど、いつの間にか本気だっただろ? あいつ、お前のそういうとこ認めてたし。でもって、あんだけ自分にまっすぐ好きって気持ち向けられてたら、そりゃ、絆されるだろ」
絆されるって、どういう意味?
海堂先輩は、ちゃんと俺のこと好きなんですけど?
やっぱり桃先輩はもう一度くらい蹴っておこう。俺はそう思った。
「でもま、良かったじゃねーか」
「どーも」
俺はそっけなく返事をする。桃先輩が苦笑した。
「にしても──」
桃先輩が、試合を終えた海堂先輩を見た。
「やっぱ、あれは、やばいわ」
その視線の先で、海堂先輩がノースリーブのシャツを持ち上げ、顔の汗を拭っていた。薄く、しなやかに筋肉のついた腹が覗いている。
俺は慌てて立ち上がる。
はぁ、と気だるそうに溜め息をついた海堂先輩を、急いでここから連れ出さなければ、と思った。
あんな姿を、他の誰にも見せるわけにはいかなかった。
頼むから、せめて、もう少し露出の少ない服を着てよ。
俺に腕を引かれた海堂先輩が、驚いたように俺の名前を呼んだ。
あの日、部室で、俺は先輩に触れた
先輩は今度は逃げずにいてくれた。
先輩の背中に回した腕がそのぬくもりを伝え、俺は鼓動が早まるのを感じていた。
好きです、と告げると、海堂先輩は優しく笑ってくれた。
ただ、俺が先輩を抱きこむためには、あと25センチは身長を伸ばさなきゃ、と思ったことは、先輩には内緒だ。
だから──あれから俺は毎日、牛乳を3本、飲んでいる。
もちろんそれも、先輩には内緒だけどね。
了
後輩ぽいリョーマになりました。
そして海堂と桃が仲良しですね。
二人のやりとりが気になる方は、桃城目線の<side Momoshiro>へ。
こちらでぐだぐだしてたとこがすっきりすると思います。
このお話は子供なリョーマ、がテーマでした。
<side Momoshiro>の方は、かっこいいぞ桃、がテーマです。
よかったら合わせて読んでみてください。