大地さんをもっと出したいのに、なかなか出番が回ってこない。
もうちょっと先になったら、大事な役割を与えているので、それまで我慢しとこうっと。
東峰さんと大地さんが二人でいるの、好き。たまらん。
東峰+月島+澤村
一応、主将で親友ポジですから、よく見てるんですよ。ね、大地さん。
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春のコーヒー、ふわり~rise34~
新学期になり、澤村さんは今度は1年生の担任になった。
去年は初めて3年生を担当し、それこそ胃の痛むような毎日だったというから、1年生の担任はある意味とても気楽らしい。
久しぶりに店にやって来た澤村さんの笑顔はプレッシャーから解き放たれて晴れやかだった。
もちろん、同じ生徒、そこに何ら差があるわけではない。ただ、受験で苦しむ生徒たちの日に日に追い詰められている様子を見ていると、とても他人事とは思えず、つい自分が無理をしてでも力になろうとしてしまっていたようだ。
元主将の澤村さんらしいな、と僕は思った。
カウンターの、入り口から2つめのスツール。澤村さんが好んで選ぶ席だった。
いつも通り、東峰さんがその日の気分でブレンドする「本日のコーヒー」。カウンターの内側で、ゆっくりとコーヒーポットを傾けてドリップするその姿を、澤村さんは頬杖をついて見つめる。
この二人の、どこか気安い、けれどがっちりと信頼と信用の感じられる雰囲気が好きだ。
口を開けば「ひげちょこ」と東峰さんを揶揄したり、叱咤するような澤村さんのその言葉も、高校時代から聞き慣れてしまえば、そこには愛情すら感じる。
そして、そのたびに「ひどいよ、大地」なんて情けない顔をしてみせる東峰さんも、その予定調和に安心しているようにすら見える。
だから、僕は、この二人が一緒にいるのを見ると、どこか嬉しくなる。
東峰さんが、カップをカウンターに置いた。澤村さんがそれを引き寄せて、そっと口をつける。小さく口の端を持ち上げたのを確認して、東峰さんも笑う。
「今日はエルサルバドルメインだよ。苦みはあまりなくて、ほのかに甘くて、とても香りがいいんだ。それにブラジルで酸味を少し」
「結構好きだな、これ」
「大地は、割と深いものよりも軽い味が好みだよね」
「確かに、苦みはちょっと苦手かな」
前にお酒はビール一辺倒だと聞いていたけれど、コーヒーの苦みは苦手というのが面白い。僕からしてみれば、コーヒーの苦みも、ビールの苦みも、同じように苦い。
「月島、黒尾に会ったんだって?」
突然、僕の方を見て、澤村さんが訊ねる。一瞬どきりとしたけれど、すぐに冷静を装って、はい、とうなずく。
「ひとまず天岩戸が開けたって連絡がきた」
「──天岩戸、って」
呆れたように言ったら、澤村さんは苦笑した。
「あんまりいじめてやるなよ。あいつ、思ったより繊細だから」
「いじめてませんけど」
「でも、放置プレイだろ」
「プレイじゃありません」
「──まあ、これで、こそこそお前の様子教えてやる必要はなくなったみたいで、ちょっとほっとしてる」
「……教えてたんですか」
「時効な。──あいつも気が気がじゃなかったんだろ、少しくらい多めに見てやれ」
「……はい」
「──で、結局、何が原因だったんだよ?」
「それは──」
僕は言葉に詰まる。僕の感情など、澤村さんにはきっと理解不能だろう。ましてや、黒尾さんにそれを打ち明け、その想いの行く末が、まだ宙ぶらりんのままだなんて、説明のしようがない。
おまけに──
僕はちらりと東峰さんを見た。東峰さんは普段通りのどかにカウンターの内側に立っている。僕と目が合うと、優しく微笑む。
「大地、誰だって言いたくないことくらいあるよ」
「そりゃそうだけどさ」
「ご迷惑かけてすみません。でも大丈夫です。多分、もう、澤村さんのお手を煩わせるようなことはないと──」
「違うって」
澤村さんが首を振る。
「そうじゃない。別に迷惑だなんて思ってない。ただ──」
隣に立つ僕を見上げる。昔から、まっすぐなこの目に、僕は少し弱い。どんな誤魔化しも、嘘も、分かっていて包み込んでしまうような、包容力の塊みたいなこの人は、あまりにも清廉で、真摯で、僕の皮肉すら通じなかった。
「ただ、心配だったんだよ、月島」
ほら、今だって。
「すみません」
「まあ、大丈夫だって言うなら、いいんだ」
「はい」
ふっと澤村さんの表情が緩んで、僕もほっとした。
「しかし、月島も面倒なやつにばかり好かれるな。黒尾といい、旭といい」
「──え」
僕と東峰さんが同時につぶやき、慌てて顔を見合わせた。
「一筋縄じゃいかないだろう。黒尾は食えないし、旭はへなちょこでヘタレだし」
「え、ええと」
「月島のことだから簡単に流されたりはしないだろうけど」
「あの、澤村さん……?」
「黒尾はともかく、旭」
びし、っと指をさされ、東峰さんがびくりとして背筋を伸ばす。
「は、はい!」
「あまり月島に迷惑かけんなよ」
「う、うん」
よし、と澤村さんがうなずいて、その話はそれきりになった。それから小一時間ほど、カウンターを挟んで東峰さんと他愛ない話をして、澤村さんは帰っていった。
大きなガラスの向こう側を笑顔で手を振って通り過ぎて行った澤村さんに、同じように笑顔を作って手を振り返していた僕らだったけれど、その姿が見えなくなってから、どっと疲労したようにカウンターに手をついた。
「──澤村さん、一体、どこまで分かってるんですか?」
「さ、さあ」
「それとも、単に、慕ってるとかそういう意味の好きってことですか? 深い意味はないとか」
「長い付き合いだけど、分からないな……」
「あの人、時々本当に苦手です」
嫌いなのではない。もちろん。信頼しているし、高校時代から頼りになる主将で、誰にでも好かれるその温和な性格も、笑顔も、とっても安心感がある。けれど、苦手なのだ。
あの人は、うまくあしらうことができないから。
「一番食えないのは、大地だよね」
その意見には同意した。
結局、澤村さんが本当のところ、どこまで理解しているのかは、分からないままだった。
東峰さんは澤村さんの使ったカップを下ろし、シンクで洗い始める。
客は窓際のテーブル席に女性の二人連れだけ。会話に夢中で周りに一切注意を払うことなく、ノンストップでお喋りしている。僕はそんな二人を見つめながら、
「高校時代の──」
放課後の体育館。黒いジャージを着た僕ら。コートの上で、ボールを追って。
キャプテンシーにあふれ、頼れる主将である澤村さんと、チームの精神的支柱でいつも笑顔の優しい菅原さん。
普段は穏やかに、みんなを見守るようにおっとり笑顔で、けれど試合になればその闘志をむき出しにして力強いスパイクを決め、チームのエースを張っていた東峰さん。
そんな3人が、僕ら後輩をいつも引っ張り上げ、包み込み、背中を押してくれる。
「東峰さんたち3人が、とても好きでした」
「──月島?」
「みなさんの後輩でよかったなあ、って、思います」
東峰さんが、恥ずかしそうに視線をそらした。意味もなく頬をかき、少しだけ困ったように、言った。
「あんまり、かわいいこと言わないでね。──舞い上がっちゃうから」
長髪と顎ひげで欺くワイルドさ。一見強面なのは、彫りが深くて整ったパーツのせい。
けれど僕は、この人が本当はどんな人なのか、よく知っている。
澤村さんにどつかれ、怒られ、いつもしゅんとして落ち込む。けれど本当は、そんな扱いですら、黙って受け入れて穏やかに笑っていられる度量の広さを持っている、大きな心の持ち主だっていうことも。
──僕は、きっと。
その頃からずっと、この人を好きだ。
あの頃はまだ、恋愛とは程遠い、ただの好意でしかなかったとしても。
この人を疎ましく思うことは一度もなかった。
澤村さんは、僕をかいかぶっている。
──月島のことだから流されたりはしないだろうけど。
流されてしまいたい、と、思っている。
その方がずっと、楽だから。
「──月島」
東峰さんの声が、柔らかく僕の耳に届く。
僕を見つめる眼差しは優しく、ほんのわずかな、小さな傷ひとつつけないように、僕を包み込む。大きな手も、長い腕も、しっかりとまとう筋肉も、みんな、繊細さとは程遠いのに。
今日、東峰さんが選んだのは、さわやかな酸味と、苦みの少ない浅煎りのコーヒー。ほのかに甘く、香り高い優しい味。
春にぴったりのコーヒーだよ、と開店前に笑って言った。
「俺もね、よかったと思ってるよ」
朝と同じように穏やかな笑顔を浮かべ、東峰さんは続ける。
「月島が後輩で」
窓際の女性二人はかしましく。次々に話題を変え、喋り続ける。
窓の外はうららかな日差し。少し霞んだ春の陽気。
温かくて、柔らかで、ふわりと僕を包み込む。
「──東峰さんみたい」
僕のつぶやきに、東峰さんがきょとんとした。
店の中はコーヒーの香りでいっぱいだ。
ドリップしたあとのコーヒーは、天気のいい日に天日干しにして取っておく。不織布の小さな袋に入れて、リボンを巻いて、手のひらサイズのサシェにする。サシェとは言っても、本来の匂い袋としての用途ではなく、コーヒーの消臭効果を利用した、脱臭剤。
冷蔵庫の中や、靴箱、トイレや玄関に置いておけば、ほのかにコーヒーの香る、天然の消臭剤になるのだ。
店で出る一日分のコーヒーかすはかなりの量だ。それを、ただ捨ててしまうのはもったいないような気がして、僕が提案して作り始めた。材料は100円ショップで購入してきたものばかりなので、出費はたいしたことがない。
レジの横のカゴに入れられたそれは、持ち帰り自由。
女性客のほとんどが、手に取っていく。
「俺みたい、って、何が?」
「秘密です」
春の日差し。温かさ。甘く、優しく。
「今日のコーヒーは、いいサシェになりそうですね」
香り高いエルサルバドル。東峰さんが選んだ、春のコーヒー。
東峰さんがそうだね、と笑いながら、ネルドリップに残ったコーヒーをステンレスのボウルにかんかん、と叩いて落とした。
窓際の女性客は、それからたっぷり2時間も喋り続けていた。
帰り際、どちらがお代を持つかでレジ前でわちゃわちゃしていたけれど、結局割り勘で決着した。それも様式美なんだろう、と僕と東峰さんは顔を見合わせて笑った。
二人の女性は、帰るときに、レジ横の小さなコーヒー消臭剤を持ち帰った。
効果は約1カ月。そう説明すると、その前にまた来るわね、と言い残して店を出ていった。
ありがとうございました、と一礼して頭を上げたら、二人が出ていって扉が閉まった。ほわりと春の空気が入り込み、僕の周りをくるりと回る。
コーヒーの香りと混ざり合い、それは店の中に同化した。
振り返ったら、東峰さんが優しく笑っていた。
了 2017/10
コーヒーには消臭効果がありまして……なんてどうでもいいか。コンビニなんかでも、コーヒーかす自由にどうぞ、っていうところ、ありますよね。
100円ショップとかに打ってる不織布のお茶パックとかに入れて靴箱放り込んだり、ゴミ箱の底に入れておくといいです。
春の日差しと旭さん。
いいですね~。
ほかほか。