思いを告げてしまった東峰さんは、もうその気持ちを閉じ込めておく必要がないので、かなり楽になったのではないかな、と。
鎌先さんは脳筋ですが、案外周りの人のことを見ていてくれるので、気付いてくれたりしたらいい。
このシリーズの中で、この二人を俯瞰で見ていられる人は、鎌先さんかな、と思って。
東峰+月島+鎌先
鎌先さんて何気にスキンシップ多そう。
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ヤキモチカフェモカ~rise33~
4月になって、シャツはダークブラウンからダンガリー。
初めはちょっとラフすぎるんじゃないかと思っていたものの、生成りのチノパンに、ダークブラウンのギャルソンエプロン、という組み合わせが、案外しっくりきた。
いつも同じ格好だと飽きちゃうから、と東峰さんが定期的に制服を変える。どこかにつてでもあるのか、思ったよりも安く仕入れてくるらしいそれを、僕は言われるままに身に着ける。
「……東峰さん、何気におしゃれですね」
「え、そ、そうかな?」
僕は自分の格好を見下ろし、それから目の前に立った東峰さんを同じように頭のてっぺんからつま先まで確認した。
一番上のボタンまできっちりと留めている僕に対して、東峰さんは少し窮屈そうにボタンをいくつか開けている。鍛えられた胸板のせいで、ジャストサイズのはずのシャツも、少し息苦しいのだろう。
僕は再び自分の平たい胸元を見下ろし、小さく溜め息をつく。
「──月島、溜め息は、幸せが逃げちゃうんでしょ?」
東峰さんがくすりと笑って、僕のエプロンの紐を解いた。また、縦結びになっていたらしい。それをきれいなちょうちょ結びにして、東峰さんはまた、笑った。
「うん、今日も月島はかっこいいね」
どうも、と僕は答える。木製の丸トレイで顔を半分隠して。
ドアベルの音がして、客が入ってきて、僕はいらっしゃいませと声をかける。テーブル席のその客にお冷のグラスを置いて、注文を取った。カウンター越しにオーダーを通したら、東峰さんがおどけたように、了解、と言った。
──黒尾さんがこの店にやってきてから、約半月。
つまり、東峰さんに突然想いを告げられて、半月だ。
結局、あのあとも、僕らの関係は何も変わらない。いつもと同じように店を開け、丸一日一緒にこの狭い店の中で働き、それぞれの部屋に帰る。
そして、また、店を開ける。
東峰さんはびっくりするくらい普通で、少し拍子抜けした。
僕としても、彼の胸を借りて散々泣き尽くすという失態を見せてしまったから、次の日、内心はかなり動揺しながら店に向かった。着替えて内階段を下りたら、東峰さんが店で一人、深い溜め息をついていた。両手で顔を覆って、まるでこの世の終わりみたいに落ち込んでいるように見えた。動揺しているのは僕だけじゃない、と分かって、急激に安心した。
僕は、この店が好きだ。
東峰さんと二人でいる、この空間が、この時間が、好きだ。
それを壊したくないと思った。
そして、東峰さん自身も、そうだったのだろう。
だから、何も変わらずに、日々を過ごす。
返事は待つ、と東峰さんは言った。
いつまでも、と。
それに甘えて、僕は返事をできないままでいる。それを、東峰さんが責めることはない。
僕は、多分、この人が好きなのだと思う。
けれど、まだ、「多分」──だ。
黒尾さんのことを好きだった時間が長すぎて、僕自身の気持ちの整理がつかないままでいる。
ずるいのは分かっている。
でも、まだ。
重たい木の扉を軽々とばーんと開かれ、ドアベルが勢いよくちりりん、と鳴った。
「いらっしゃいませ。──いつも言ってますけど、ドアはもう少し静かに開けてください」
「ん、ああ、悪い。つい」
鎌先さんはちっとも反省していない様子で、いつものカウンターの真ん中の席に座った。カフェモカ、といつもの注文をして、ふわあとひとつ、大きなあくびをした。
「お疲れだね、鎌先」
「んー、来週から施工なんだ。一息つけるよ」
カウンターに左肘をついて、自分の頬を乗っけて、眠そうな顔をしている。
今日の鎌先さんは、薄いブルーの、洗いざらしのような風合いのオックスフォードシャツ。厚めの生地でしっかりしているはずのそれが、どこか柔らかく、しなやかなのは、そういう加工なのだろう。相変わらず鍛えられた身体にソフトフィットしていて、シルエットがきれいだ。
奇しくも、僕らの着ているダンガリーシャツと同じブルー。
「だからそんなにラフなんですね」
「お、よく見たら、お前らも衣替えしてんじゃん。──本当、月島は何でも着こなすよな」
ひょいと顔を上げた鎌先さんが、感心したように言った。
「モデルかよ」
「だよね。だから、俺も選ぶのが楽しくて」
「東峰が選んでんの? じゃあ、ころころ変わる制服は、お前の趣味か」
「──うん、職権乱用。次は月島に何を着てもらおうかなって」
「……そんな理由なんですか?」
僕は呆れたように訊ねる。
「あー、何か分かるわ。リアル着せ替え人形だよな」
「スタイルいいから、何でも似合うしね」
「細いだけですけど」
「何を言う。そのきっれーな顔、使えるんなら使っとけって」
「意味が分かりません」
「店に来る客に、目の保養させとけ、って言ってんだよ」
目の前に置かれたカフェモカに口をつけ、鎌先さんが言った。
「売り上げアップに貢献、だな」
「…………」
本当に呆れた。
そんなことくらいで売り上げが増えるなら苦労はしない。
「──しっかし、マジで、お前、細いな」
鎌先さんが眉をひそめて僕の腕をつかむ。
「どこに肉ついてんだよ。──手足長げーし、頭小さいし、本当にモデル並みだよな」
「鎌先さん、モデルを生で見たことあるんですか?」
「おう、あるぞ。同じ人間とは思えない骨格してるぜ。ウエストなんてこんなで、手首なんてこんなもんだぞ。内臓、どこに詰まってんだろな、あれ」
空いた方の指で輪っかを作っている。
「それって、女性モデルなんじゃ……」
「ああ。前に合コンした」
鎌先さんはまだ僕の腕をつかんでいる。その目は、まるでちゃんとご飯を食べているのかと心配する親みたいだった。
「月島、これはやばいだろ。肉食いにいくか、肉」
「ごちそうしてくれるなら、他のものにしてください」
「腹いっぱいになるまで、無理矢理食わせんぞ」
「──やっぱり、遠慮します」
僕はうんざりして答える。
「なあ、何でこんなに頭小っせーんだ?」
今度は僕の頭を両手で鷲掴んできた。
「ちょ、鎌先さん」
「どこもかしこも小さいし、細いよな。マジかよ」
「髪、ぐちゃぐちゃにしないでください」
「はは、猫っ毛だな、お前」
鎌先さんは楽しそうに僕の髪をかき混ぜている。
僕の2倍はありそうな太い腕で押さえつけられて、逃げ出せない。この人はスキンシップまで荒っぽい。伊達工では当たり前だったのかな、と思いながら、半分諦めかけたときだった。
「──鎌先」
カウンターの向こうから、やけに静かに、名前が呼ばれた。思わず、鎌先さんの手が止まる。僕と鎌先さんは、そろりとそちらを見た。
カウンターの内側、東峰さんが笑っている。
「いい加減に、月島を離してくれるかな。──仕事中だから」
どこか、作り物めいた笑顔を貼り付けて、言った。
「おー……?」
鎌先さんが、にんまりと笑って、ぱっと僕から手を離す。
──少し、ふざけていただけだ。この人はいつもこんな感じだから、別に嫌がらせだとは思わないし、慣れている。今日はちょっと、ふざけすぎてしまったかもしれないが。
仕事中に不真面目だったかな、と思っていたら、鎌先さんが再び手を伸ばしてきた。僕の乱れた髪を直すように、ゆっくりと撫でる。
「──あの、鎌先さん?」
「んー?」
「自分で直しますから」
「まあ、いいからいいから」
まるで子供にするみたいに、大きな手が僕の頭を撫でる。東峰さんは笑顔を貼り付けたままだ。
「分っかりやす」
小さくつぶやいて、鎌先さんがこらえるように笑いだす。ようやく僕から手を引いてくれた。
「なあ、月島──」
鎌先さんが、にやりと笑った。何だかいたずらっ子のように。
「やっぱ、飯食いに行くか。──二人で」
丁度、扉が開いて新しい客が入ってきて、僕の返事は後回しになった。カウンターを挟んで向き合っていた東峰さんと鎌先さんが、そのあとで何を話していたのかはよく分からない。
ただ、鎌先さんがお腹を押さえるようにして大爆笑しているのだけは、目に入った。
着替えを終えてロッカーの扉を閉じて振り返ったら、ソファで東峰さんが売り上げの計算を続けていた。その背中がどこか沈んだように見えるのは気のせいだろうか。
ペンを持つ手が止まっていた。小さな金庫の前、じっとノートに視線を落としたままだ。
「東峰さん?」
声をかけたら、はっとして顔を上げた。
「大丈夫ですか?」
「ああ──うん。ちょっと反省してた」
「反省?」
首を傾げたら、東峰さんが苦笑いを浮かべて、ペンのおしりで頬をかいた。
「昼間はごめんね。あんなことを言う権利ないのに」
「……何のことですか?」
「今さらだよね。ただの俺のわがままだよね」
「──は?」
思わずぽかんと口を開いた。
「でも、何だかいつも楽しそうだし、月島は鎌先と仲いいし、普段はあんまり人と触れ合うのは好きじゃないみたいなのに、鎌先に触られても平気そうだし」
「ちょ、ちょっと待ってください。本当に何のことですか?」
「え、だから、昼間、二人が楽しそうにじゃれ合ってるのに、俺が水を差しちゃったことでしょ?」
「え? じゃれ……? 水を差したって? いつです?」
「だから鎌先が月島の──」
僕らの会話がかみ合っていないことに、東峰さんはようやく気付いたようだった。
「仕事中なのに僕がお客である鎌先さんとふざけてたから、注意してくれたんですよね?」
「え? ええ?」
「違うんですか?」
従業員が仕事もせずに度を超したおふざけをしていれば、オーナーとして注意するのは当然だ。僕と鎌先さんはけじめを忘れて騒がしかったし、それは怒られて然るべきだとも思う。
それのどこがわがままだというのだろう?
僕はさらに首をひねる。
「月島、分かってない?」
「だから、何がです? ──そういえば、あのあと、鎌先さんと一体何を話してたんですか? 何だか大爆笑でしたけど」
僕の問いに、東峰さんは困ったように眉を寄せ、小さくうめいた。
「──俺の情けなさをからかわれてた」
「からかわれるようなこと、したんですか?」
「うーん……月島、カフェモカ、飲む?」
「? はい、いただきます」
東峰さんは帳簿を閉じてソファを立つと、一階に下りて行った。僕はソファに腰かけて待つ。しばらくして、東峰さんが階段を上がって戻ってきた。手には二つのカップ。コーヒーの香りに交じって、甘い香りがする。
東峰さんは僕の隣に腰かけ、カップを片方渡してくれた。それを受け取って、僕はふう、と息を吹きかける。口を付けたら、チョコレートシロップの甘い香りが広がる。
「おいしいですね」
いつも鎌先さんが頼むこのドリンクは、しっかりと濃くて、甘い。僕も大好きだ。僕が幸せそうにそれを飲むのを、東峰さんがじっと見ていた。
「今日の鎌先のカフェモカ、ごちそうする羽目になっちゃった」
「どうしてですか?」
「弱み握られちゃったから」
「弱み?」
東峰さんは自分のカップをテーブルに置いたままだ。ちらりと僕を見て、溜め息をひとつ、ついた。
「──ねえ、月島って、時々すごく鈍感だね」
「そうでしょうか」
「鎌先に言われちゃったよ。──仕事にかこつけないで、素直に言えって」
「……何を、ですか?」
きょとんとして訊ねると、東峰さんは右手で頭を押さえた。
「……月島」
東峰さんは、何だか少し、情けない顔。どことなく、寂しくて構ってくれとねだる大型犬みたいだった。そんな想像に、思わず口元が緩む。
「カフェモカはね、ヤキモチ代」
「──はい?」
「俺を巻き込んでんじゃねーよ、へなちょこ、って思い切り笑われちゃった」
まるで澤村さんみたい。──いや、あの人が言うなら「へなちょこ」じゃなくて、「ひげちょこ」か。
「つまりね」
東峰さんの手が伸びてきて、僕の髪に、触れた。鎌先さんと同じくらい大きな手のひらが、僕の頭を撫でる。
「月島が鎌先に触られてるのを見て、俺が嫉妬した、ってことだよ」
ゆっくりと優しく。力強く、がっしりとした手のひらが、まるで壊れ物を扱うように、温かく、柔らかく。
「──え、あの」
その手の動きと、東峰さんの言葉に、僕は一気に赤面した。
「俺が月島を好きなこと、鎌先にばれちゃったみたい」
多分、頭のてっぺんまで。
東峰さんが撫でる。
隠しようがないくらい赤くなっているのが、自分でも分かった。
「お願いだから──」
東峰さんの手は、優しく、ゆっくりと、僕の頭を撫でる。
鎌先さんにされるのとは、まったく違う、と思った。
「あんまり俺を不安にさせないでね」
東峰さんが、ふっと笑った。
まるで、愛しいものを見つめるような目をして。
いや違う。
まるで、じゃなくて──
思わず僕は、真っ赤になったまま、目をそらす。
その笑顔はとても優しくて──まるでカフェモカみたいに、甘かった。
了2017/10
さあ、東峰、ここから怒涛の攻めを見せてみろ!
とか言って、やっぱりおっとり、のんびり、距離詰めていく感じの東峰さんが好きです(^-^)