まずは「何て長いタイトルだよ」とツッコんでおきましょう。もう、これしかないんじゃないのか、と思って。というか思い浮かばなくて。すみません……。
実はこの作品は、「夏」というお題のもと書かせていただきました。「夏」で「葦月」というだけのゆるーいお題。
6月の前半くらいには書きあがっていたのですが、相変わらずの誤字脱字チェックと文法チェックで、仕上げるまでが亀かよ、って感じです。ひどい文書いてるなー、っていつも思う。それを直すのが書くことの何十倍もかかるのです……。
ということで、「夏」の「葦月」
赤葦×月島
夏バテツッキーとどうしても食べさせたい赤葦。
pixivにも同時投稿してます。
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ストロベリーバナナショートケーキアイスクリーム~ふたりぐらし・番外編~
暑いのは苦手だ。
高校まで東北の田舎町に住んでいた。多分街中よりは幾分涼しく、過ごしやすかったのだと思う。コンクリートと高い建物と道路を埋め尽くす車に囲まれた都会は、同じ気温でも体感温度を上げていく。
東京に出てきて、一番困ったのは、暑さだった。
どこもかしこも暑い。
油断すると宮城とは全く違った、異質ともいえるまとわりつくような暑さにやられて、冷房をかけっぱなしにしてはさらに体調を崩す。
しまいには食欲までなくして、夏の間ずっと、食事がそうめんばかり、ということにもなりかねない。
赤葦さんは僕を心配して、色々と考えて料理を作ってくれるが、どうしても喉を通らない。スタミナを、と用意してくれた肉に関しては、見るだけで気持ち悪くなる始末。
すみません、と謝って、部屋に閉じこもって彼の食事が終わるのを待つことも多い。
どうしようもない、と分かっているから、足りない栄養素はサプリ。ざらざらと手のひらに広げた色とりどりの錠剤を、冷たい水で飲み下す。隣に座った赤葦さんが、それを心配そうに見ている。
「月島、何か、食べたいと思うものはないの?」
「アイスとか、ケーキとか」
「それは食事じゃないね」
冷房の温度は高め設定。人工的な冷たい風が苦手な僕に配慮して、赤葦さんは少し暑そうにしながらも温度を下げたりはしない。
「でも、食べられそうなものは、そのくらいです」
「困ったね。──今日の夕飯は夏野菜の天ぷらなんだけど」
「油物は無理そうです。すみませんが、赤葦さん一人で食べてください」
「天ざるとかでも無理?」
「お蕎麦だけなら」
「それじゃ意味ないな」
そうめんとお蕎麦と冷やし中華。最近まともに食べた食事はそんなものばかりだ。夏になって僕の体重はがくんと落ちた。赤葦さんが僕のあばらを触って、表情を強張らせたくらい。
ああ、こんなにがりがりに痩せた身体、魅力なんてますますなくなっちゃったんだろうな、と落ち込んだ。
ここのところ、一緒に眠っても手を出してくれないのは、僕の体調に気を使ってくれているからだろうと思っていたが、心のどこかでは、こんな身体じゃ抱く気も起らない、と思っていたりするのだろうか。
──それは悲しい。
喉に、サプリメントの粒がひっかかったような気分。
うまく飲み込めない、小さな塊が、いつまでもごろごろと存在しているみたい。
触ってほしい、なんて、言えない。
「月島」
僕は赤葦さんを見た。その目が、心の底から心配だ、という色を隠せないでいる。
僕は馬鹿だ。
一瞬でも赤葦さんを疑った自分を恥じた。
「大丈夫ですよ」
そう言って笑って見せたけれど、上手に笑顔を作れているかどうかは分からなかった。
どこもかしこも暑い。
道を歩いていても、地面からの照り返し。道路を走る車の熱気。ビルに反射する太陽光線。無駄にうるさく鳴り響く音楽と、夏らしく目に賑やかな原色の商品が並んだお店。すれ違う人達の体温すら、平熱を超えているように感じる。
僕はその日、なんとかバイトを終えて駅までたどり着いたところで、貧血を起こして倒れた。
幸いすぐに意識を取り戻したので病院に運ばれることはなかったが、一人で帰すのは心配だと言われ、渋々赤葦さんに連絡をした。
赤葦さんはびっくりするほどの短時間で飛んできてくれた。息を切らせて、汗だくになった彼が駅員室に飛び込んできて、僕だけでなく部屋にいた駅員さんたちも驚いた。
「月島──平気?」
「ちょっとふらっとしただけです」
「病院へは?」
「ただの貧血です。休めば治ります」
赤葦さんはそう、とうなずいて、それから駅員さんたちにお世話になりました、と頭を下げた。
帰り道、赤葦さんはずっと僕の手を握っていた。
恥ずかしいです、と言っても離してくれなかった。
電車に乗っている間は、周りの人から守るように僕を抱き寄せ、周りからの視線をばしばしと浴びていた。いたたまれなくなっていたら、僕の顔を伏せるように自分の肩に押し付ける。かばってくれているのだと分かって、少し申し訳ない気持ちになった。
改札を出るときはさすがに手を離したが、抜けた途端にまた手を取る。
赤葦さんの手が、熱い。
「みんな、見てます」
「見せておけばいい。──手を離した隙に、月島がまた倒れたら困る」
「もう大丈夫です」
「大丈夫じゃないよ。今だって、ひどい顔色だ」
熱い。
握った手のひら、僕よりもずっと高い体温。その熱がどんどん僕に伝わる。
熱い。のに。
「……みんな、見てますよ……?」
「うん、見られてるね」
180センチを超える男同士で手をつないでいたら、さぞかし目立つだろう。好奇の目は四方八方から容赦なく飛んできて、まるで突き刺すようだ。
「でも離さない。嫌がったって、絶対に」
──嫌なんかじゃない。
消え去りたいくらい恥ずかしいのに、内心では、この手が離されないでほしいと思っている。
それを口にすることができなかった。
僕の半歩前を歩く彼の横顔が、どこかきりりと辛そうに強張っていたからかもしれない。
赤葦さんの首筋に汗が一筋流れていく。
この暑い中、僕のために全力で走ってきてくれたから、さっきまで汗だくだった。僕が渡したハンカチでそれを拭い、ぐっしょりと濡れたハンカチを見下ろして、ごめん、と謝られてしまった。
謝る必要なんてないのに、僕のハンカチを汚してしまったことを、申し訳なく思っている。
いつまでそんな風なのかな、と思う。
いつまで赤葦さんは、僕を特別扱いし、大事にし続けるのかな、と。
アパートの階段を上がると、赤葦さんはポケットから家の鍵を出して、鍵穴に差し込んだ。かちゃりと音がして、鍵を抜く。その一連の動作を、僕は黙って見ていた。
手を引かれて玄関に入ったら、部屋の中は涼しかった。僕のためにエアコンを付けっぱなしにしておいてくれたのか、それとも、エアコンを消す余裕すらなく飛んできてくれたのか。
どちらにしても、嬉しかった。
部屋に入ると、赤葦さんに抱きしめられた。
「……心配した」
「すみません」
「バイト先から連絡をくれれば迎えに行ったのに」
「大丈夫だと思ったんです」
「月島、ちゃんと鏡見てる?」
毎朝、ちゃんと。もちろん、真っ白に血の気の引いたその顔を目にするたび、自分でもぞっとする。
「食べなくちゃ」
赤葦さんがきつく抱きしめる。僕も、両手を回した。
「食欲、ないんです」
「でも、食べなくちゃ」
「無理に食べたら吐いてしまうと思います」
「駄目だよ。何が何でも食べさせる」
くっついた胸元が熱い。汗で湿ったTシャツが、肌に貼りついている。
赤葦さんは、どこもかしこも、熱い。
「ごめん、俺、いっぱい汗かいてるんだった」
僕を抱きしめたまま、申し訳なさそうな声で言った。
「月島、嫌じゃない?」
「──赤葦さんなら」
「うん」
「平気、です」
「そっか」
「赤葦さんなら、何でも嬉しい」
そう答えたのに、赤葦さんは突然僕を引きはがした。
「──月島、シャワー浴びて、少し休むといいよ。俺はその間に月島が食べられそうなものを作っておくから」
「赤葦さん」
まるで僕のことを押しやるようにして、赤葦さんが目をそらす。
「買い物、行ってくる。鍵は閉めておいて」
急いで玄関を出て行ったその後ろ姿に、行ってらっしゃいすら言う暇がなかった。
急激に寂しくなった。
部屋に荷物を下ろして、着替えを持ってバスルームに入ったら、泣きそうになった。
こんなに苦しいのに。
こんなに寂しいのに。
着ていた服を脱ぎ捨てたら、鏡の中の自分と目が合った。痩せた、というよりも、やつれた身体は、自分で見ても醜い、と思った。
だから赤葦さんは、僕を抱いてはくれないの?
一度は打ち消したはずの不安が、再び襲ってきた。
それを認めるのが怖くて、急いで眼鏡を外した。
鏡の中の僕は滲んだようにぼやけて、その姿を一瞬で曖昧にした。
シャワーを浴びたあと、部屋に戻ってベッドに倒れ込んだら、いつの間にか眠りに落ちていた。よほど疲れていたのか、まいっていたのか、夢も見ないで眠っていた。時計を見たら5時間以上経っていて、もう夜中に近かった。
慌てて飛び起きて、部屋を出た。
和室のソファベッドに寝転がっていた赤葦さんが、驚いたように僕を見た。
「目が覚めた? どうしたの、慌てて」
「赤葦さん──ごめんなさい」
「何謝ってるの?」
「だって、食事、作ってくれるって言ってたのに──」
赤葦さんはベッドから降りて僕の方へとやって来る。ダイニングの椅子を引いて、座って、というジェスチャー。僕は素直に腰かけた。
多分赤葦さんは、僕が起きてくるのを待っていてくれたのだろう。食事は一人で済ませたのか、水切りカゴには洗い終えた食器が一人分逆さになっていた。
「一応、夕食も作ったんだけどね」
赤葦さんは冷蔵庫を開けながら言った。
「コハダの混ぜ寿司だよ。薬味はたっぷり」
「…………」
「食べられそうにない?」
「……すみません……」
「冷たくて甘いものは?」
「冷たくて甘い?」
「例えば、アイスとショートケーキ」
それなら、食べられそうだ、と思った。けれど、口にするのははばかられた。せっかく赤葦さんが作ってくれた夕飯を一口も食べないで、嗜好品なら食べられるなんて、あまりにも思いやりに欠けている。
「月島」
冷蔵庫の扉を閉めて、赤葦さんが笑った。
「気を使ったりしなくていいよ」
「でも……」
「正直に言えば、ちゃんとした食事も食べてほしいんだけど──食べられないよりは食べられる方がずっといい。それがお菓子やケーキの類であっても」
赤葦さんは冷蔵庫から小さな紙箱を取り出していた。他にも、ヨーグルト、バナナ、袋に入った絞るだけのホップクリームに、イチゴ。──イチゴ?
「時期のものじゃないから、あまりおいしくないかもしれないけど」
「高かったんじゃないですか?」
「そういう心配はしなくていいよ」
冷凍庫を開けた赤葦さんは、さらに何か取り出した。ビニル袋に入った板氷。
──板氷?
「あの……赤葦さん?」
「うん?」
「何を、するんですか?」
同じように冷凍庫から取り出したのはなぜかステンレス製のバット。
ダイニングテーブルの上にタオルを敷いて、袋から出した板氷を乗せる。そして、上からキンキンに冷えたバットを裏返してふたをするように氷にかぶせる。
「…………?」
一体何が始まるのか、皆目見当もつかない。
裏返したバットの表面が、冷えて白く冷気を立てている。
赤葦さんは、冷凍庫からパイントカップのバニラアイスを取り出した。
バットの真ん中、アイスクリームをたっぷり乗せる。赤葦さんが手にしたのはお好み焼き用の金属ヘラ。両手にひとつずつ持って、アイスを崩し始める。
混ぜたアイスの上に、洗ってヘタを取ったイチゴ、皮をむいたバナナ、おまけに紙箱から取り出したショートケーキまで乗せて、なんとヘラで叩き切っていく。
「あ、赤葦さん……?」
赤葦さんは手早く、それらを広げて、混ぜて、広げて、混ぜて、時々ザクザクと切るようにヘラを立てて、また混ぜて。ヨーグルトを足して、さらに混ぜ、イチゴを追加。
ようやく分かった。
まるで、某アイスクリームチェーンのあれだ。
そうこうしているうちにガラスの器にそれを盛り付け、上からホイップクリームを飾る。
「ストロベリーバナナショートケーキアイスクリーム、月島スペシャルだよ」
最後にてっぺんに、形のいいイチゴを乗せてくれた。
「召し上がれ」
驚いた。
まさか家でこんなアイスが食べられるとは思わなかった。
渡されたスプーンですくって一口食べたら、とってもおいしかった。
濃厚なバニラアイスの中に、酸味の強いイチゴと、まろやかな甘さのバナナ、混ぜ込まれたスポンジケーキにさっぱりヨーグルト。仕上げがホイップクリーム。おいしくないわけがない。
「食べられそう?」
「おいしいです」
「そう、よかった」
ヨーグルトの酸味とさわやかさが、濃厚なバニラアイスによく合う。口当たりが軽くなるせいか、食べる手が止まらなくなった。時々こんにちはするスポンジケーキはもちろんクリームやアイスとの相性はばっちり。イチゴだけだとさっぱりしすぎていたかもしれないが、バナナが加わることによってまったりとした甘さが心地よい。
パイントカップ約半分のアイスを、全部食べ切った。
「ごちそうさまでした」
「うん、ちゃんと食べられたね」
「おいしかったです」
「アイスクリームと生クリームとヨーグルトでタンパク質。バナナとイチゴでビタミンと食物繊維。スポンジケーキで炭水化物。無理矢理考えれば、ちゃんと食事したようなものかな」
「……考えて作ってくれたんですね」
「もちろん、冷えたままは駄目だよ。あったかいミルクを入れてあげる」
赤葦さんが後片付けをしている間、僕はちょっとだけはちみつの入ったホットミルクを飲んだ。
冷えていたお腹がほわっとあったかくなる。
「赤葦さん」
片付けを終えた彼に、僕は言った。
「一緒に寝ても、いいですか?」
赤葦さんは一瞬、困ったような顔をした。
「──やっぱり、今の僕じゃ、駄目ですか?」
「……やっぱりって、どういうこと?」
「赤葦さん、最近ちっとも僕に触ってくれません。さっきだって、久しぶりに抱きしめられたのに、すぐに押しやられました」
「…………」
赤葦さんはしばらく言葉を失ったかのように呆然と僕を見ていた。
「みっともない僕は、嫌いですか?」
「そんなわけない」
「でも」
「──必死なんだよ、月島。死に物狂いで自制をかけてる。俺はいつだって月島に触れたい。けれど、今の月島は、弱ってる。俺が触れたら壊れてしまいそうなくらいに」
「……壊れたりしません」
「ううん、壊れてしまうよ。少しでも力を入れたら、ぽきりと折れてしまいそう。──ねえ月島、俺は月島が好きすぎて、加減ができない。力いっぱい抱きしめて、きっと無理をさせてしまう」
「平気です」
「今まではね」
「今も」
「──月島」
「さっきのアイス、どのくらいのカロリーだと思いますか? きっと、赤葦さんの夕飯よりもずっと、高カロリーです」
「……それが?」
「だから、大丈夫です」
「意味が分からないよ、月島」
僕だって分からない。
でも、もう目をそらされるのは嫌だった。
「赤葦さん」
僕は立ち上がり、彼の手を取る。
「アイス、冷たいですよね」
「──うん?」
「身体、冷え切ってしまいました」
それは、半分、嘘。
冷えた身体は、ホットミルクで温まった。
「だから、温めてほしいです」
「…………」
赤葦さんが逡巡しているのが分かる。僕を見つめ、つかまれた手を離せないまま、必死で考えている。
「赤葦さん」
だから、もう一押し。
「寂しかったです」
「────」
「さっき、一人にされて、すごく」
「……ずるいよ、月島」
観念したように、赤葦さんが溜め息交じりでつぶやいた。
「そんなこと言われたら──」
赤葦さんの手が、僕の頬に触れた。
ゆっくりと近付いてきた唇が、優しく重なる。
静寂。
エアコンの稼働音だけが、低く。
きっと、今日も熱帯夜。
涼しい部屋の中では、分からないけれど。
「壊されても、いいです──あなたになら」
その一言で、赤葦さんの必死の自制心は、崩壊した。
強く、もっと。
抱きしめられた僕の身体は、きしむように小さく音を立てる。
もっと。
僕に触れる赤葦さんの手は、やっぱりとても、熱かった。
了 2018/06
作中では板氷にバットかぶせてましたけど、金属のバットに水はって凍らせて、凍ったままひっくり返して作る方が確実です。ただ、冷凍庫にバットを凍らせるスペースがあるかどうかですけど。キンキンに冷えるので、指くっつけて凍傷にならないようお気を付けください。
某アイスクリームチェーンの混ぜ混ぜアイス。それをちょっくら再現してみた。
フルーツたっぷりが好きなので、私は割とヨーグルトとベリー系混ぜるのが好き。チョコレートアイスにナッツとバナナとチョコレートシロップももいいです。ゼリー混ぜ込んでもおいしいです(バニラアイスにコーヒーゼリー、うまいよ)
そんなわけで、「夏」。
みなさん、楽しんでいただけましたか?