明光くんが好きでさー。
ツッキーを傷つけた、ってことが重荷になって、それでも優しいお兄ちゃんでい続けたいって気持ちがたまらなくて。
頼りないから、って思いつつ、弟のためなら、って思ってくれてるといいなあ、って。
ついつい、明光くんはツッキーのためにケーキを買ってくる、という構図が私の中で決定なので、彼はシリーズ関係なく、登場するたびにツッキーにケーキを貢いでいます(笑)
<黒尾×月島>+明光
ツッキーと黒猫、という組み合わせもたまらんが、明光くんと黒猫が喋ってるのも、なんかたまらなくないっすか?
私だけ?
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ショートケーキと笑顔~end credits06~
いつもどこか皮肉気に笑い、嫌味な物言いをするこの後輩が、時々見せるすねたような顔が、最初に気になったところだった。
のちに、年の離れた兄がいると聞いて、それは、末っ子特有の態度だと気付く。ちょっかいをかければ機嫌を損ねるくせに、構ってもらえなくても、不機嫌になる。
不器用な質らしく、自分からはどうしていいか分からない。上手に甘えることが苦手なのか、一人、口を結んでそっぽを向く。
きっと、その年の離れた兄は、死ぬほど月島に甘かったに違いない。
「久しぶりに兄ちゃんが帰ってくるから、紹介するね」
俺は月島が動かすねこじゃらしに飛び掛かりながら、そうか、兄か、と考えていた。思考と行動は別物。上下左右に自由自在、ピンク色のふよふよとした猫じゃらしは、俺を翻弄する。身体が勝手に動き、俺の思考の邪魔をする。
にゃあ、ふにゃ、にゃあ!
月島が猫じゃらしを空中に素早く持ち上げ、俺はびょーん、とジャンプして飛びついた。あと一歩のところで前足が空中をかすめ、そのまま床に落っこちた。
痛い。
思考と行動は別物、などと言ったその矢先に、何をしているんだ、俺は、と落ち込んだ。
猫って言うのは、本能で身体をひねり、空中で体勢を整え、うまく着地できるんじゃないのか? それとも、俺が余計なことを考えていたのが悪いのか?
月島が猫じゃらしを放り投げ、慌てて俺を抱き上げる。
「クロ、大丈夫? ……お前、時々すごく鈍いよね」
うん、まあ、元は人間だしな。時には人間だったときの習慣が本能を上回ることがあるのだ。
しかし、痛い。
月島はよしよし、と俺の背中を撫でてくれる。
「そういえば、この前リードをつけてお散歩する猫の動画を見たよ。うちもやってみようかな。……クロ、リードは嫌?」
犬用のそれとどう違うのかはよく分からないが、月島がしたいというのなら、やぶさかではない。家の中で遊ぶのもいいが、猫になって月島に拾われてからと言うもの、窓越し外を見てばかりだから、たまには太陽の光を直に浴びたいとは思う。
──少し前、リビングの窓が開いていた。掃除中は、空気の入れ替えのために窓を開けているのだが、大抵の場合網戸が閉められている。その日は、なぜか、その網戸も開いていた。母親のうっかりだったのだろう。
俺は久しぶりに外の空気を感じたくて、縁側に出た。月島家の庭は特別広いというわけではないが、物干し場と母親が手入れする小さな花壇がある。庭に下りて、花壇で揺れているあの青い花の香りでも嗅いでみようかな、と思っていたときだった。
クロ! と、月島の声が、びっくりするくらい大きく聞こえた。
ばたばたと廊下から走ってきた月島が、縁側に座っていた俺を捕まえてきつく抱きしめる。
何だ、どうしたんだ、と混乱する俺の身体は、月島の両腕の中、少し苦しいくらい。
──外に行っちゃ駄目って言ったのに!
取り乱すような声。俺はわけも分からず月島の腕の中からなんとか頭を抜き、その姿を見上げた。
月島は、明らかに動揺していた。そして、その腕が小さく震えている。
お前まで事故にあったら──
月島が、かすれた声でつぶやいた。
──僕、どうしていいか分からない……。
ああ、そうか。
月島は、猫の俺を、人間の俺と重ねてしまったんだな。
拾われた日から、ずっと、外にだけは出ちゃ駄目だと言われていた。
単純に、俺がどこかへ逃げ出すのを心配してのことだと思っていた。けれど、違った。
外に出て、俺が車に跳ねられることを想像し、怖がっていたのだ。
ごめんな、月島。
目の前でぎゅっと目を閉じて俺を抱きしめる月島の頬を舐めた。ざり、ざり。
月島が目を開き、わずかに涙をにじませた目で俺を見た。
──クロ、痛いよ。
猫の舌はヤスリ並み。
月島が安心したように笑ったのを見て、俺は再び月島の顔を舐めた。
ざり、ざり。
痛いってば、と笑いながら、月島は俺を抱きしめる。今度は苦しくなかった。優しく包み込むように、両腕の中、甘い香りと共に抱きしめられた。
だから、外には出ない。
月島にあんな顔をさせるくらいなら、窓越しに青い空を眺めている方がずっとましだ。
月島は俺を膝に乗せたままパソコンを開き、ペット用品のページを開いた。
「ハーネス付きのなら、苦しくないんじゃないかな。買ってみようかな」
首輪に引っ掛けるだけのものではなく、前足を通して胴体ごと包むタイプのものならば、確かに引っ張られても苦しくない。
もちろん、一緒にお散歩、が実現した暁には、月島の手を煩わせるようなことをするつもりはない。突然走り出したり、逃げ出したりせず、大人しく月島と並んで歩く。
本当はハーネスもリードも必要ないが、さすがにそういうわけにもいかないだろう。
「これをつけたら、外に出てもいいよ。ただし、道路を歩くときは抱っこね」
俺はにゃあ、と返事をした。
車に敏感になっている月島の気持ちは分かる。
道路の真ん中に座り込んだ俺を跳ねた車は、一体どうなったのだろう。一瞬のことでよく覚えてはいないが、白いバンだった。運転手の顔は、残念ながら見ていない。
そういえば──
あのとき、道路に丸くなっていた黒猫は、どうしたのだろう?
しゃがみ込んで、俺が撫でようとした、小さな黒猫──
「クロ」
月島はパソコンの画面を指さして、言った。
「ハーネスも、やっぱり赤がいい?」
月島が選んだのなら、どんな色でもいい。
けれど、やっぱり、赤。
月島も、俺も。
その色に引きずられて、囚われて、そして救いを求めて。
俺はみゃあ、と鳴いた。月島がにこりと笑って、俺を撫でてくれた。
玄関の扉が開いて、俺は顔を上げる。そして、目が合った。
月島とよく似た、けれど人のよさそうなその顔を見て、思わずふみゃあ、と、声が出た。
金色の髪と、茶色い目。そっくりだけど、受ける印象は全く別物だ。月島は少し冷たくて、とっつきづらい。けれど、こちらは──
玄関で、その人は俺を見下ろしたまましばし言葉を失っていた。スーツ姿で、ショルダー型の大きなビジネスバッグを斜めがけにしている。片手には小さなペーパーバッグ。甘い香りが漂い、そのデザインで、中身はケーキだろうと予想できた。
俺は、びょん、と突然飛び上がり、その人に飛び掛かった。
「うわ」
思わず後ずさって、玄関の扉に背中を打ちつけたけれど、片手に持っていたケーキだけは死守した。
月島とは違う、けれど、いい香り。月島よりもずっと、穏やかで、柔らかい表情のこの人が、月島のお兄さんだと分かった。
「──おかえり、兄ちゃん。……何してるの?」
リビングから玄関に出てきた月島が、ぽかんとして訊ねた。
ネクタイに爪を引っ掛けてぶらぶらぶら下がっている俺と、腰が引けたまま玄関の扉に背中を預けて崩れ落ちそうになっている兄、手には落とすまいと必死のケーキ。そんな光景は、さぞかし滑稽だったのだろう。月島はぷっと吹き出して、玄関に降り、ネクタイにしがみついていた俺を抱き上げた。
「駄目でしょ、クロ。ネクタイ穴開いちゃう」
「け、蛍、それ」
「うちの子になったんだよ、──クロ、挨拶は」
捧げ持つような格好でくるんと兄の方を向けられた俺は、にゃー、と鳴いた。
「こっちが兄ちゃんだよ。はい、よろしく」
月島が俺の身体を傾けて頭を下げるような真似をした。
「よ、よろしく」
月島の兄は、馬鹿正直に、俺に小さく頭を下げ、返事をしてくれる。それからようやく体勢を戻して、靴を脱いだ。俺は廊下に下ろされて、二人を見上げる。
「猫、飼い始めたのか」
「うん、この頃ね」
「しかし、不細工だな」
「そこがかわいいの」
やっぱり、兄から見ても不細工らしい。俺はうなだれる。
「お土産」
持っていた袋を月島に差し出すと、月島の表情がぱあっと明るくなった。
「ありがとう」
無邪気な笑顔と、素直に口にするお礼。俺の知る月島からは想像もつかないほど、子供っぽくてかわいい。
月島が袋を持って先にリビングへと戻る。玄関に取り残された俺と兄は、顔を見合わせた。
「──クロ?」
にゃあ、と返事したら、兄がしゃがみ込む。
「また単純な名前もらったな、お前。黒いからクロ?」
にゃあ、にゃあ、と肯定とも否定とも言えない返事をした。
月島がどんな思いでこの名前を付けたのかは、よく分からない。俺の名前の黒尾、からの連想なのか、それとも兄の言う通り、ただの黒猫のクロなのか。
「確かに、不細工だけど、かわいいな」
大きな手のひらが、俺の頭を撫でる。
月島とよく似た香り。同じように優しい手の動き。
けれど、やっぱり違う。
月島の香りは、もっと甘い。
「兄ちゃん、何してるの」
リビングからひょこっと顔を出した月島が、俺たちを呼んだ。
「クロ、早くおいで」
兄が立ち上がり、俺も一緒に歩いてリビングに入った。ソファでは父親と母親が待っていた。二人掛けのソファ、月島の隣に、兄が座る。俺は月島の膝の上に飛び乗った。
月島は箱からケーキを取り出した。真っ赤なイチゴが3つ半も乗ったショートケーキだった。
「『K・I』の定禅寺店限定!」
思わず声を上げてしまうくらいのものらしい。いつもクールな月島らしからぬその様子に、俺は興味津々だ。
「前に蛍が食べたいって言ってたから」
「ありがとう、兄ちゃん」
3層のスポンジと、2層のクリーム、たっぷりのクリームは濃いイチゴのピューレのようなものに挟まれている。見た目もかわいくて、おいしそうだ。
キッチンからお皿とフォークを持ってきてくれた母親にもお礼を言って、月島はそれを引き寄せる。お皿の上に乗ったケーキをきらきらした目で見つめ、そっとフォークを入れた。
「────!!」
ああ、分かるよ、月島。今、ものすごく幸せだろう? 言わなくても分かる。
こんなに表情豊かでかわいい月島を見るのは初めてだ。
隣の兄を見たら、こちらも満足そうに笑っていた。ケーキを口に運ぶ月島を見つめ、とっても幸せそうだ。
──やっぱり、兄は月島に死ぬほど甘いんだろう、と思った。
「クロ」
俺が顔を上げると、月島が指先にちょっとだけすくった生クリームを差し出してきた。
「砂糖が入ってるから、あんまり沢山は駄目だけど、お裾分け」
俺は、月島の指先を舐めた。
──うまい。
猫は元々生クリームが好きだと思うのだが、妙においしく感じた。思ったよりも甘さ控えめのそれは、コクがあるのにさっぱりとして、いくらでも食べられそうだ。ぺろぺろとしつこく月島の指を舐めていたら、月島がくすぐったそうに笑った。
「お前も気に入った? ここのケーキはおいしいんだよ」
「明光は、帰ってくるたびに蛍にショートケーキを貢いでるわね」
母親がおかしそうに笑った。
「ちゃ、ちゃんと母さんにも買ってきてるでしょ。抹茶のエクレール、好きって言ってたから」
「蛍のついでに、ね」
兄、閉口。がくんと肩を落としている。
つまり、兄は帰ってくるたびに月島にお土産のケーキを買ってきている、というわけだ。
やっぱり、甘い。
「兄ちゃん、いつまでいるの?」
「明日の夕方には戻る」
「忙しいね」
会社勤めをしていると聞いていたから、土曜の夜である今日帰ってきて明日戻るのは、もちろん明後日からまた仕事があるからだろう。
「たまには、帰ってこないとね」
「そっか」
月島はうなずいて、フォークをくわえた。兄は手持ち無沙汰に、月島の膝の上の俺に手を伸ばし、撫でている。
「ごちそうさま」
月島がケーキを食べ終え、ソファを立つ。俺は膝から下りて、ソファに座った。月島がお皿をキッチンに運んで、帰りがけにリビングに顔を出す。
「僕、先にお風呂入るね」
そう言って二階に上がって行ってしまう。残された俺と兄は、また、顔を見合わせた。
向かいのソファでは、母親がきれいな緑色のエクレアを食べている。父親は新聞を読みながらコーヒーを飲んでいた。
「──俺も、部屋に行くね」
兄が立ち上がり、リビングを出た。俺はそのあとをついていく。階段を上っていたら、兄が俺に気付いた。部屋の扉を開けて電気を付け、そのまま俺を招いてくれた。
「狭いけど」
などと言いながら、扉は半分開けたまま、肩から下げていた荷物を下ろす。
ベッドに腰かけた兄の隣、俺も座る。
「──いつからいるんだ、お前」
俺がこの家にやってきて、ひと月足らず。その間で、兄が帰ってきたのは初めてだ。
「蛍は大丈夫か?」
俺は首を傾げた。
「──母さんから、最近元気がないって聞いてたから、心配で帰ってきたんだ。今日は休日出勤だったから、遅くなっちゃったけど……思ったより、元気そうだったな」
それは、多分。
俺は、じっと兄を見上げる。
俺のせいだ。
俺が事故にあい、目を覚まさない。
月島は、表向きは平気そうにふるまっているが、母親は気付いていたんだな、と思った。
「元気がなくても、笑っているのは、お前のおかげか?」
大きな手のひら。月島よりもしっかりとしたそれが、俺を撫でる。温かい。
「多分、蛍は俺には話してくれないだろうけど──」
月島よりも太い指先は、硬かった。
この人は、バレーをしている、と直感的に分かった。
「頼ってほしいとは思ってるんだよ。──情けない兄貴じゃ、やっぱり駄目かな」
この兄弟の間に、何かがあったのだろう、と思わせた。けれど詳しいことは分からない。兄は少し寂しそうに俺を撫で続ける。
「蛍を苦しめるのは、もう嫌だ」
心の奥深く、傷ついたその断片が、見えるような気がした。
「それが俺でも、俺以外でも」
──俺はうつむく。
ごめんな、兄。
今まさに月島を傷つけ、苦しめているのは俺なんだ。
兄が、俺を抱き上げる。
「なあ、クロ」
間近で見ても、兄と月島はよく似ていた。
その薄い茶色の目は、吸い込まれそうなほど、きれいだった。
「俺は駄目な兄貴だから……俺の代わりに蛍を守ってやってくれ」
俺を抱きしめた兄が、優しく俺を撫でながら、そう言った。
俺には分からない、二人の関係。自分を駄目だと言ってしまう兄の、寂しそうな声が、なんだかとても切なかった。
俺は小さくみゃう、と鳴いた。
「──兄ちゃん? クロ?」
開いた扉の向こう、バスルームへ向かう途中らしい月島が顔を出す。
俺を抱き上げ、撫でる兄の姿を見て、月島が笑った。
なあ、兄。
俺は月島を傷つけてしまったけど、さっきのことは約束するよ。
俺は、全力で月島を守る。
「仲良くなったの?」
月島が嬉しそうに問う。
その笑顔を、消したくはないから。
「なった。──こいつは、不細工だけど、かわいい」
兄が、そう言って、俺の顔をつついた。
「うん、不細工だけど、ね」
月島も、そう言って、今度はおかしそうに声をあげて笑った。
了
ちなみに、ツッキーが食べているケーキ。
仙台市内にある某パティシエさんのお店。
オープンしたばかりのときに、偶然見つけて(結構目立たないとこにあるのです)絶対穴場! って思ったのに、瞬く間に人気店です。当然です。
仙台市内に3店舗ありますが、南町通りとエスパルは知ってるんだけど、定禅寺のお店はよく分からない。でも、そこに「限定ショートケーキ」が! うわうわ。
おっそろしく美しいケーキがショーケースに並んでいて、見ているだけではわわわわ、ってなります。
店ごと……店ごと丸飲みしてええええ!!(>へ<)
暇なら探してみてください。HPも美しいので、ケーキの数々を見ているだけで芸術作品みたいで素晴らしいです。
カヌレ……カヌレを買いに行こう。
絶対行こう。
うん、行こう。