黒猫となったクロは、どう転んでも不細工に描かれているので(笑)私も乗っかってみました。
いや、人のクロはあんなにかっこいいのに!(クロ好き)
黒猫になったクロが、月島と一緒に暮らしてハッピー、幸せー、いちゃついたれ、みたいな話を想像して読んではいけません。
わりとシリアスです。
うちの黒猫クロは、邪な感情を持っていないので、一緒に寝ても悪さをしないんですよ(笑)
黒尾×月島
黒尾。
一緒にお風呂……だと思う?
期待はするな(笑)
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お風呂と寝ぐせと~end credits02~
玄関先で、タオルに包まれた俺を見て、月島の母親は驚いたように声を上げ、少しの間言葉を失っていた。
月島の腕の中、片手のひらで時々優しく撫でるその手の温もりは、タオル越しにも伝わった。
諦めに似た溜め息をついたあと、月島の母親は仕方ないわね、とつぶやいて俺たちを家に入れてくれた。
月島は俺をタオルごと母親に渡し、一人で二階に上がっていった。にゃあ、と鳴いたら、母親が大丈夫よ、と言ってタオルの上から撫でてくれた。月島と同じように優しく。
数分後、部屋着に着替えた月島がスマホ片手に下りてきた。
「人用のシャンプーは駄目だって」
「あら、そうなの」
「無添加の石けんなら大丈夫みたい。──うちのは?」
「オリーブ石けんだから、無添加のだと思うけど」
「じゃあ、とりあえずはそれでいいかな」
月島は母親から俺を受け取ると、そのままバスルームに向かった。
「汚れてるから、洗ってあげるね」
一緒にお風呂か。
付き合っているわけでもないのにそれは構わないのか、と一瞬動揺しかけたが、俺は猫である。そして、月島はもちろん、履いていたルームパンツの裾と、着ていたカットソーの袖をまくっただけで裸になるわけではなかった。
バスルームの床で、己の思い過ごしを恥じた。
「何、うつむいてるの。お風呂怖いの?」
俺の反省を誤解して、月島がシャワーを出しながら問う。ぬるま湯になるのを待って、洗面器にそのお湯を溜める。
俺を持ち上げた月島が、そっと、洗面器のお湯を俺のお尻の辺りにかけた。
──温かい。
「大人しいね。お湯、平気なの?」
だんだん身体全体にお湯をかけていき、洗面器の中にとぷんと浸けられた。
大きなグリーンと茶色がかった四角い石けんを手のひらで泡立てて、月島はゆっくりと俺の身体を撫でるように洗い始めた。黒い毛はところどころ絡まるようになって、ぺたんと張り付いている。それをほぐすようにして、優しく、丁寧に汚れを落としていく。しっぽの付け根を触られたとき、身体中にしびれが走って、びくんとした。月島がごめんね、と言って、しっぽの先まで泡を乗せていく。
指先で、顔の周りも洗ってくれた。
──気持ちがいい。
思わず目を閉じてごろごろと喉を鳴らしていたら、月島がくすりと笑って、
「かゆいところはありますかー?」
と、おどけたように言った。月島もこんな冗談を言うんだな、と思ったら、なんだか急に心臓が騒ぎ出す。
「気持ちよさそうだね」。
俺はにゃあ、と返事をする。
「返事したの? いい子だね」
濡れた手で俺の頭を撫でてくれた。
──月島の手は、優しい。
全身きれいに洗ってもらい、ふわふわの新しいタオルで包まれた。母親と短く言葉を交わして、月島が俺を抱いたまま階段を上がっていく。扉を開けて部屋に入ると、俺をタオルごとベッドの上に下ろしてくれた。
俺はぐるりと周りを見回す。月島の部屋に入るのは初めてだ。
月島がタオルで俺を包んだまま濡れた身体を拭いてくれた。ドライヤーは怖がるかな、なんてつぶやきながら、ゆっくりと優しく、丁寧に毛をタオルドライ。その手の動きもとても気持ちがいい。
また、ごろごろと喉が鳴った。
「大人しくていい子だね」
ふみゃあ、と鳴いたら、月島が笑った。目元はまだ少し赤いけれど、目立つほどじゃない。
時間をかけて俺の身体を拭いてから、月島はドライヤーのコンセントを入れた。
「怖くないよ。──嫌だったら、にゃあにゃあ、って、二回鳴いてね。大丈夫なら一回」
多分、冗談だったのだと思う。俺は素直に一度だけ、鳴いた。月島はまた、笑った。
ドライヤーのスイッチを入れて、温風でも、冷風でもない、ぬるい風を、離して当ててくれた。まだ少し湿っていた毛が乾いていく。程よきところでドライヤーを止めて、月島は小さなコームで俺の毛をすいてくれた。
「こんなのでごめんね。あとでちゃんと猫用のシャンプーとか、ブラシを買ってくるから」
月島が俺を膝の上に抱き上げる。
「お前、ふわふわだね。真っ黒で、きれいな毛並み。──やっぱりちょっと不細工だけど──よくみたら愛嬌があって、かわいい」
やはり不細工なのか。
人間の俺は、割とイケてる方なんじゃないかという自負があったのだが、現実というものはなかなかに厳しい。
俺を膝に乗せたまま、月島はスマホを持ち上げた。
しばらく、誰かとメッセージのやり取りをしていた。神妙な顔つきで文字を打ち、返事が来るのを待つ。そんな月島を、俺は黙って見上げていた。
「──目が覚めるかどうかはまだ分からないんだって。脳波に異常はないみたい」
自分で理解するためというのもあるのだろう。まるで俺に教え込むように口にする。
「木兎さんも会えなかったんだって。──やっぱり家族以外は面会できないのかな」
木兎、病院に行ってくれてるんだな。俺は心の中で感謝する。
スマホが揺れて、月島が目を見開く。
「研磨さんから。──顔だけは見ることができたみたい。……あんまりひどい怪我じゃなかったみたいだね。顔は、きれいなまんまだって」
それを聞いて少しほっとした。猫的には不細工だとしても、俺はそれなりに自分の顔が気に入っている。目を覚まさないだけじゃなくて、見た目もひどいありさまなんて、あまりにも悲しすぎる。
木兎は無理でも、研磨は俺の様子を見ることができたというわけか。まあ、家族同様の付き合いの幼馴染みだから、許可が下りたのだろう。
「──呼びかけても反応がないんだって」
月島の声が少し、震えている。また、スマホが振動した。
「赤葦さんから。心配してる。──これ、正直に答えるべき? それとも、強がるべき?」
俺を見下ろして、月島が寂しそうに笑った。
「でも、きっと、強がっても、赤葦さんにはばれちゃいそう。──あの人、すごく鋭いから」
月島をかわいがっていたのは俺だけじゃない。木兎も、あの無気力で無関心そうな赤葦だって、月島のことを特別にかわいがっていた。
月島は赤葦にばかりなついて、俺や木兎にはなかなか心を開いてくれなかった。
たった一年足らず、たった数度の合同合宿。短い時間は瞬く間に過ぎていく。
最後まで、俺は、月島には頼ってもらえなかった、と思っていた。
──月島に、好きだと告白されるまで。
月島がスマホを伏せて置いた。
「──ねえ、お前の名前、何にしようか」
俺は月島を見上げる。にゃあ、と鳴いたら、分かってる、と答える。
「ちゃんと考えるよ。適当じゃなくて」
また、にゃあ、と鳴いてみた。
「──テツロー」
どきんとした。月島の口から俺の名前が出てくるなど、あまりに突然すぎた。
「……は、駄目だよね、あからさますぎるし」
恥ずかしそうに目をそらし、月島は再びそっと俺を見た。
「──黒尾さん、僕のこと、嫌いなんだって」
そんなことは言っていない。
勘違いだ、と言っただけだ。
けれど、月島からしてみれば、それはどちらも同じ意味に聞こえていたのかもしれない。
「僕、軽蔑されちゃったのかな」
そんなことはあり得ない。
「あの人、何もなかったみたいにしちゃったんだよ」
月島は力なく笑って、俺を撫でる。
「僕の勘違いだって切り捨てて、僕の想いを、なかったことにしちゃったんだ」
そうするしかできなかったのだ。
だって、そうだろ?
俺は高校を卒業する。一足先に大学生になり、また、バレー漬けの日々。
遠く350キロも離れた地で、高校生活を送る月島に、何もしてやれない
俺が月島を受け入れてしまったら、東北の片隅で、月島は、一人、マイノリティーとして生きていかなければいけなくなる。
雑多な人種のるつぼである東京でだって、きっと、生き辛いはずだった。だからこそ、月島が一人でその思いを抱えていくことを、俺は喜べなかった。
俺が、突き放した。
先に好きになったのは、俺の方だった。
けれど、その気持ちをぶつけてしまえば、俺は月島を泥沼に引きずり込むようなものだと思った。
「──クロ」
月島が俺を呼んだ──のかと思った。だから、にゃあ、と返事をした。
「返事、したね。そっか。クロがいい?」
俺はじっと月島を見つめる。
どこか寂しそうなその目に、俺が映っている。
真っ黒で、ぽさぽさとした毛の、小さな猫だった。
──確かに、ちょっと、不細工。
「うん、お前の名前は、今日からクロだよ」
ふみゃあ、と俺は鳴く。
返事をしたのだと思ったらしい月島は俺を撫で、お前は賢いね、と笑った。
ベッドの上に、伏せられたスマホ。
病院のベッドで俺が眠る。
目を覚まさずに、ただ、眠り続ける。
夢ならいいのに、と思った。
俺を撫でる月島の手は温かくて、優しくて、ごろごろと勝手に喉が鳴るのは止められなくて、なんだか急に、悲しいような嬉しいような、複雑な気持ちになった。
ごそごそと物音で目が覚めた。顔を上げたら、月島と目が合って、おはよう、と言われた。
月島は制服に着替えている途中で、白いシャツの袖のボタンを留めてから、ベッドの上の俺に顔を近づけた。
「──お前、変な寝方をするね。うずくまって、前足伸ばして、枕に顔押し付けて眠ってたよ。苦しくないの?」
人間の俺は、枕で両側から頭を挟むようにしてうつ伏せで眠る癖がある。どうやら、猫になってもその習慣は忘れていないらしい。
月島が手を伸ばし、俺の耳の辺りを撫でた。
「変なクセついてるよ。毛が立って、とさかみたい」
クセのついた部分をぺたんと潰すようにして撫でながら、月島が笑う。
「──ますますあの人みたいだね」
つまり、俺。
優しい眼差しで猫の俺を見つめながら、月島は人間の俺を思い描いているのだと分かった。
「僕はこれから学校だから、大人しく留守番してて。部屋のドアは開けておくから、家の中なら自由に歩いていいよ。でも、外には出ちゃ駄目」
俺はにゃあ、と鳴いて返事をした。月島は満足そうにうなずいて、ひと撫でしてくれた。
一階に下りる月島の後ろをついていったら、キッチンで母親が朝食を準備していた。トースト一枚にミルクティにイチゴジャムを落としたヨーグルト。運動部の男子高生にしては少ない朝食の前に、月島は俺に薄めた牛乳をくれた。ほんの少しだけ温められたそれは、猫舌──だと思う──の俺にも無理なく飲める温度。水で薄められているはずなのに、なぜかおいしかった。
俺がミルクを飲むのを見ながら、月島もトーストをかじった。
小さなお皿にたっぷりのミルクを飲み終える頃には、月島も朝食を終え、出かける支度をしていた。玄関で靴を履いたら、俺を抱き上げ、ぷくんと膨れたお腹に頬を擦り寄せて、それから俺の眉間の辺りにキスしてくれた。
「行ってきます」
優しく床に下ろしてから、手を振って家を出ていく。
俺は月島を見送って、とっとっと、と歩いてキッチンへ戻った。母親はこちらに背を向けて食器を洗っていた。俺はキッチンを出て、階段を上がる。細く開いた月島の部屋の扉をくぐって、ベッドの上に飛び乗った。
きれいにベッドメイクされたそこに、小さなクッションが置かれていた。
クッションに頭を擦り付けたら、月島の匂いがした。
月島の部屋は、思ったよりも子供っぽい。シンプルな学習机に、本棚、壁に取り付けられた飾り棚には恐竜の模型。
──恐竜が、好きなんだろうか。
いつもクールに、人を寄せ付けないような空気をまとい、ヘッドフォンですべてを遮断する。そんな月島とかわいらしい恐竜の模型は、どこかちぐはぐな感じがした。
静かな部屋の中、時計の秒針が時を刻む音だけが聞こえていた。
ち、ち、ち、ち。
ぴんと立った耳が、その音をやけに大きく拾っていた。
くるんと耳を動かしてみたら、一階で月島の母親が洗い物を終え、掃除機をかけている音がした。
夢ではなかったんだな、と今さらのように思った。
俺の身体は遠く離れた東京で静かに眠り続け、心だけが小さな黒猫の中に存在し、月島の部屋にいる。
クッションの上、ちょこんと座っていたら、うとうとしてきた。
──このまま眠ったら、次に目覚めたときは、病院のベッドの上にいるだろうか。
首を振って、眠気を追いやり、前足を舐めた。くいくいと耳の辺りをこすり、顔をこする。
なぜか、自然と身体が動いていた。身体中きれいに舐めて、俺は再びクッションの上に座る。
昨日の夜、月島はベッドにもぐりこんだあと、俺を抱きしめながらまた少し泣いていた。
眠りに落ちた月島が、辛そうな声で俺を呼んだ。
──黒尾さん。
零れ落ちる涙を舐めたら、しょっぱかった。ざり、っと音がした。ぎざぎざの舌が月島の肌を傷つけるような気がして、それきり涙を舐めてやることはできなかった。濡れた頬にそっと前足を乗せた。ふにゅ、と柔らかい肉球が、すべすべの肌の上に触れる。
月島が泣いている。
俺のせいで。
眠っている間ですら、俺の存在が月島を苦しめている。
こんなことなら、突き放さなければよかった、と思うことは簡単だ。
こんな状態になってからそう思うことは、ある意味卑怯だとも思った。
俺は、月島が好きだ。
初めて会ったときから、ずっと。
第三体育館で、月島がすねたように俺をにらむ。
たかが部活、は、いつの間にか、月島にとっても、たかが、と思えなくなっていった。
木兎の言う「バレーにはまる瞬間」を、月島がいつ体感したのかは分からない。その瞬間を、俺も見たかった。
月島が本気になったその瞬間を、俺も一緒に感じたかった。
けれど、無理だった。
直線距離だって350キロ。
俺たちの距離は、手を伸ばしてすぐに届くようなものじゃない。
──月島。
木兎たちと、からかうように、ふざけるように、はしゃぐように呼び掛けるときは、「ツッキー」。俺たちにそう呼ばれて、迷惑そうな顔をする月島を見るのが好きだった。
やめてください、と眉間にしわを寄せる。
あまりにしつこく構っていると、するりと赤葦の元へ逃げ出し、助けを求める。二人ともいい加減にしてください、なんて赤葦が注意をする。月島は赤葦にくっついて歩いて、俺と木兎はいつも、ずるい、とかひいきだ、とかヤジを飛ばす。
この生意気で、不遜で、人を小馬鹿にしたような顔をして笑う後輩が、俺はずっと好きだ。
俺よりも背が高くて、どこに肉がついてるんだってくらい細くて華奢な身体。体力はなくて、時々上手にさぼる姿を見かけた。
気付かれないように、見つからないように、肩で息をする。うつむくようなその後ろ姿、長い首筋。
何度、そこに口付けたいと思っただろう。
そんな思いを押し込めて、ごくりと唾を飲み込み、俺は耐える。
触れたら、最後。
手を伸ばして、抱きしめたら、終わる。
茨の道を、月島に歩かせなければならなくなる。
ああ、月島。
どうして俺は、お前を突き放すしかできなかったんだろう。
その茨の道を、ともに歩いて行くという選択が、どうしてできなかったんだろう。
すべては俺の罪なんだ。
好きだよ、月島。
ただ、そう口にするだけでよかったはずなのに。
──いつの間にか、俺はクッションの上で眠っていたらしい。
ふわりと、いい香りがした。ぴくんと反応して顔を上げたら、学ランを脱いでいる月島がこちらを見ていた。
「──目が覚めた?」
月島が優しく笑って、俺を撫でた。
ふわり、ふわり、優しく届くこの香りは──
「ただいま、クロ」
俺を抱き上げた月島に、くん、と頭を擦り付けた。
「また、変な寝方してるよ」
俺はまた、クッションに顔を押し付けるようにして眠っていたらしい。
すりすりと月島に頭を擦りつけながら、俺は大きく息を吸い込む。
くらくらするくらいいい香りがする。
月島、月島。
乞うように、俺は小さく鳴いた。
「クロ。──もう、甘えすぎ」
しつこく擦り寄っていたら、月島がくすぐったそうに笑った。
了
黒猫が独白しているお話なんて、初めて書いたわ。
無理なくクロとツッキーを近くにいさせるには、これしかないな、と思ったんですが……何か、間違ってる、私?
しかし、やっぱり、黒猫ってかわいいな……。