全10作の新しいシリーズですが、初めにちょこっと説明を。
黒尾さんが事故にあって、意識不明です。そして、この先、人間の黒尾さんはほとんど登場しなくなります。
黒尾さんの中身が黒猫に入り込んでいるという特殊設定なので、苦手な方はご注意ください。
大丈夫な方は、お進み下さい。
黒尾×月島
黒尾。
表記は「×」ですが、二人の絡み(人間同士の)は皆無です(笑)
黒猫っていうのは、かわいいものですね。
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黒猫と罰~end credits01~
多分、嘘をついていた罰が当たったんだろう。
何にって、全てに。
周りの人間、友人、チームメイト、幼馴染み、自分自身。
そして、あいつに。
道路の真ん中、うずくまるようにしていた真っ黒な毛玉。ふるふると震えて、小さな身体をくるんと丸めて。
大通りから一本外れた路地裏の通りは、めったに車が通らない。駅から実家へ向かう近道でもあるその通りは、人通りも、街灯も少なく、薄暗くて見通しが悪い。
だから、道路の真ん中にその黒い塊を見つけたとき、初めはゴミか何かだと思っていた。
ほろ酔いで終電を降りてゆらゆら揺れながらその道を歩いていた俺が、うっすらと鈍い明りを放つ遠くの街灯に浮かんだその黒い塊を、生き物だ、と認識したのは、ほとんどその距離がなくなってからだった。
白いライン一本で車道と分けられた形ばかりの細い歩道。そのラインの上を踏んで、鼻歌交じりで歩く俺。
猫、だ。
ようやく暗闇の中にうずくまるそいつが、小さな黒猫だと気付いた。足を止め、じっと見ていたら、くるんと丸まった身体の中に潜り込む頭の一部から、ぴこんと三角形の耳が立ち上がった。
黒猫。
鼻歌は、なぜか、猫ふんじゃった、に変わった。
酔っている俺は、道路の真ん中にうずくまるそいつに、猫ふんじゃった、猫ふんじゃった、と歌いながら近付く。ぴんと立った耳がぴくん、と動いて、俺の方に向く。
俺は、その場にしゃがみ込む。
猫ふんずけちゃったら──
ああ、もしかしたら、未成年なのに飲酒した罰だったのかもしれない。友人にグラスを押し付けられ、ほんの一口、二口、舐めるように飲んだだけだったのに。
小さな黒猫。うずくまる、そいつに手を伸ばす。
次の瞬間、視界が急激に真っ白になり、ぐおん、とエンジン音がした。振り返って、確認することはできなかった。ブレーキ音は、しただろうか。
──猫ふんずけちゃったら、ぺっちゃんこ──
ぶつかる、と考える前に、身体が跳ね飛ばされていた。
猫、は?
手を伸ばした先、触れたはずの柔らかい毛並み。
くるりと地球が回転している。
ほろ酔いの俺は、鼻歌交じりで猫を見つけた。
それだけだった。
世界は真っ暗。
ああ、俺の人生は終わるんだ、と思った。
秋が深まりつつある、なんでもない日に、こんな路地裏で。
19年足らずしか生きていないのに、終わるんだ。
──嘘を、
嘘をつかなければよかった。
あいつに。
そして、自分自身に。
目が覚めたら、病院のベッドだった、というのならまだ救いはある。
白い天井と、ピンクのカーテン、消毒の匂いのするシーツ。両親が枕元にいて、目を覚ました俺に泣きながら声をかけ、手を握る。
──などということは、残念ながらなかった。
…………。
少なくとも病院ではない、ということだけは分かった。
どういうわけか、俺は、道端に佇んでいた。
電柱の横、安っぽい竹をくくった生垣と、チクチクと痛い葉っぱの針葉樹。雑草の生えたその生垣の下、どうやら湿った段ボール箱の中だ。
ひょいと首を伸ばして箱の外を見たら、アスファルトの狭い道路。車ならぎりぎり2台がすれ違えるかどうか分からないような、細い道。人通りはなく、どこかのどかな空気が流れている。
首を引っ込めて、自分を見下ろした。
段ボールは、底の部分から水が染みていて、ぐちゃぐちゃと気持ちが悪い。前足で踏みしめたら、ぶじゅっと音がして、肉球が濡れた。
──前足に、肉球……だと?
目の前には、黒い毛で覆われた小さな前足。
ひょ、っと動かしてみた。間違いなく、自分の意思で動かせる。つまり、これは、俺の足である。
両手を持ち上げて──いや、両足を持ち上げて見つめようとしたら、うまく立っていられなかった。こてん、と段ボール箱の中で転がって、背中を打った。冷たい底に身体が触れて、思わず、みぎゃ、っと声が出た。
そして──
ふるふる、と目の前で何かが揺れた。
俺の足の──後ろ足の間、ひょろんと長いしっぽが、揺れていた。
──しっぽ。
うにゃ。
俺、猫になってる?
ふにゃあああ、と両手で──両前足で頭を抱え込んで、そこに二つの耳があることも確認してしまった。
これは、一体、どこの漫画だ。どこの同人誌だ。
真夜中、ほろ酔いで帰宅していた俺が、猫を触ろうと道路の真ん中にしゃがみ込み、手を伸ばしたら、突然路地に突っ込んできた車に跳ねられた。
そして、今、俺は、猫になっている。
おかしいだろ。おかしいよなあ?
どこをどうしたらそんなことになるんだ?
良くて病院送りののち重体で目覚める、悪くて重体のまま意識不明で集中治療室。最悪ならば死亡。それが普通じゃないのか?
猫ってなんだ、猫って。
うにゃああああ。
頭を抱え込んでうずくまっていたら、段ボールの底から染みた水が、ものすごく臭った。多分、数日はこのままなのだろう。湿気って腐れかけた段ボールは、もはやもろもろと崩れ始めている。
猫。
声を上げようとしても、口から出るのは鳴き声ばかり。
にゃあ。ふにゃあ。みゃー。
何だか悲しくなってきて、ただただ鳴いた。人通りのないのどかな道路の隅っこで、一人で──一匹で。
鳴き続けても、誰も声をかけてくれない。
俺は諦めて段ボールの中でうずくまる。濡れた底を踏まないように、なるべく乾いた場所に乗って、身体を縮ませた。丸まった身体に頭を埋め込むようにして、耳を塞いだ。
──罰だ。
嘘をついていた、罰。
俺は自分の気持ちにふたをして、この先の人生を生きていくことを決めた。
だから、きっと。
だって、誰が信じるんだ?
手を伸ばしたその背中。
細い首。
白く長いそこに、汗が流れる。
手を伸ばして、口付けて。
抱きしめて、離したくない、などと。
そう言えるはずなど──
「ツッキー!」
遠くから近付いてくる足音。耳に届いたその声に、俺は顔を上げた。
「待って、ツッキー」
「うるさい、山口」
「ねえ、落ち着いてよ」
「──落ち着けるわけ──!」
足音がすぐ近くで止まった。
「ツッキー」
「だって、こんなの──」
「分かってる。でも、落ち着いて。──ねえ、ツッキー」
「山口──」
「うん、分かってるよ。でも、今ツッキーが東京に行っても、できることは何もないって言われたんでしょう? 学校だってあるし」
「学校なんて」
「駄目だよ、ツッキー。確かに心配なのは分かるけど、向こうに行ってどうするの。病院に行って、顔を見て、それでまた帰ってくるの? そんなことできないでしょう? 木兎さんだって面会できないって言ってるのに。ましてや、家族でもないツッキーが、病院に泊まり込んだりできるはずもない」
「分かってる──」
「分かってないよ。木兎さんたちにも言われたんでしょう? 何かあったらすぐに連絡するから、ツッキーは待っててって」
「だって」
「ツッキーが辛いのはよく分かるよ」
「……山口、どうしよう」
「うん、どうしようか」
「行っても、無駄だって、分かってる……けど」
そっと箱の中から顔を出したら、数メートル先に、人影が二つ。
──ああ、月島。
背の高い細い身体を縮めるようにして小さく震え、隣にいた山口が、そっとその肩に手を置いた。
「分かってる。──だって、黒尾さんだもんね」
山口の声に、俺はぴくりと耳を動かした。
「ツッキーが心配してるのは、ちゃんと分かってるから」
「黒尾さんが──死んじゃったら、どうしよう」
「縁起でもないこと言わないの。大丈夫だよ。ツッキーが言ったんだよ、前に、あの人、しぶとくって殺しても死ななそうって」
「……言った」
小さくすすり上げるような音を立てて、月島がぽつりとつぶやく。
……月島、俺のこと、そんな風に思っていたのか? 思わず苦笑してしまう。
「意識不明のままなんでしょ? 目が覚めるまで、待とう」
「……うん」
素直にうなずく月島の頭を、山口がそっと撫でた。
「──あの人、馬鹿なんじゃない? 酔って、道路の真ん中にしゃがみこんで、車に跳ねられるなんて」
しゃくりあげながら悪態をつくように、月島が言った。山口が苦笑しながらうなずく。
「お酒飲むのもだけど、道路にしゃがみ込むって、もう、本当に──馬鹿だし」
月島が泣いている。
俺が泣かせているのだ。
どうやら、俺の本体は、東京の病院で目を覚まさないままらしい。
これは夢か、現実か?
俺は車に跳ねられ、意識不明の重体で、その連絡が木兎を通じて月島に伝わっている。そして、月島がそれを聞いて取り乱し、泣いている。
──ああ、そうだよな。
月島、お前は──
「ツッキーは、黒尾さんが大好きなんだもんね」
「うるさい、山口」
「大丈夫。きっと目を覚ますよ」
「──目を覚ましたって、あの人は、僕のことを好きになってくれるわけじゃない」
「……うん、そうかもしれないね」
──お前は、俺のことが好きなんだよな。
ぱたん、としっぽを動かしてみた。濡れた段ボールの底、汚れた臭い水で湿って、毛先は重たくなっていた。
男同士なんてさ、おかしいだろ?
あり得ないだろ?
たった16年足らずしか生きていないお前が、これからの長い人生、重荷を背負って生きていく必要はないんだ。
「あの人は──僕のことなんか……」
後半は声にならなかった。
月島が両手で顔を覆い、声を殺すようにして泣き始めた。山口は、黙って隣に立っている。守るように、慰めるように、静かに。
この二人の距離を、初めて知った。
幼馴染みで、親友で。そんな話を聞いていたから、仲がいいことは知っていた。あの、他人をパーソナルスペースに寄せ付けない月島が、山口だけはすんなりと迎え入れる。当たり前のように隣に立って、笑って──
対等な目線で向き合っている二人を、想像しなかったわけではない。
けれど、目の当たりにすると、驚くほど動揺した。
白く、長い、首筋。
手を伸ばして、そこに触れて。
口付けして、抱きしめて。
──お前は、間違うな。
こっちに来る必要なんてない。
だから、突き放した。
お前の勘違いだよ、月島。
あなたが好きです、とつぶやいた月島が、俺の言葉を聞いたその瞬間、凍り付いたように動かなくなった。
男同士なんて、あり得ない。
それはお前の勘違いだ、月島。
おどけたように呼ぶときみたいに、ツッキー、とは、言わなかった。
すみません、と震える唇でつぶやいて、月島が去った。
取り残された俺は、頭をかきむしって、しゃがみ込んだ。悔しくて、ふがいなくて、泣きたくなるくらい情けなかった。
俺も──、
「ツッキー」
山口の声は、優しく包み込むように。
「大丈夫だよ。──大丈夫」
伸ばされた手のひらが、短い金色の髪を撫でる。
──俺も、好きだ、月島。
その一言を言わなかった、俺の罪。
俺の罰。
すべてに嘘をつき続けた、俺の。
「きっと、また、笑ってくれるよ。よう、月島、って」
「──うん」
月島が眼鏡を外して、両手で目をこする。
「だから、待ってよう。信じて、待ってよう」
「──うん」
山口は月島の頭から手を引いて、にこりと笑った。
「落ち着いた?」
「……うん」
月島がこくりとうなずく。
「……ありがとう、山口」
「どういたしまして」
月島と山口の、二人の距離。
幼馴染みで、親友で、きっと二人だけの、特別な距離。
ふみゃあ、と思わず鳴き声が漏れた。その瞬間、二人がぴくんと反応して、周りを見回し、同時に俺に視線を留めた。
「──猫」
「捨て猫かな」
二人がこちらにやってくる。月島が段ボール箱の前にしゃがみ込んだ。
「うわ、汚い」
「本当だ。濡れちゃって、どろどろだね」
隣でかがみこむようにして、山口も覗き込む。
「──しかも不細工」
「ツッキー……」
「変なくせっ毛」
「とさかみたいだね」
「……誰かさんみたい」
ぽつりとつぶやいて、月島が手を伸ばし、俺を抱き上げた。
「ひっどい顔」
「本当だ。寂しかったのかな」
「泣いてたのかも」
さっきまで自分だって泣いていたくせに、月島はその真っ赤に腫れた目で俺を見つめた。
「──ねえ、お前、捨て猫なの?」
俺は答えられない。
「拾ってあげようか」
「ツッキー、飼うの?」
月島はすぐには答えなかった。
俺をじっと見つめている。
なあ、月島。事故にあって意識不明の人間が、遠く離れた場所で猫になってるなんて、信じられるか?
俺は、今、めちゃくちゃ混乱してるよ。
だって、俺は汚くて不細工で──不細工だって? なんて不条理な──泣き出しそうな黒猫で、さっきまで俺のために泣いていた月島に抱き上げれている。
目の前の月島は本物で、陶器みたいなきれいな肌とか、薄くて澄んだ茶色の目とか、びっくりするくらい小さい頭とか、意地悪そうに見えて実は死ぬほど整った顔とか、そんなものがものすごく近くにあって、少し戸惑っている。
俺を好きだと言ったその口が、小さく閉じられていて、何か考えるように俺を見つめたまま動かない。
俺の罰。
お前を好きだと素直に言えていれば、今頃はきっと、その唇にキスすることだってできていたはずなのに──
「決めた」
月島が立ち上がる。
「山口、僕のカバンから、タオル取ってくれる」
山口は言われた通りタオルを引っ張り出した。月島に言われるままにそれを広げたら、俺をその中に包み込む。
「洗ったら少しはマシになるかもしれない」
「不細工って言ったくせに」
「うん、不細工。でも、憎めない顔してる」
使用済みだったらしいタオルは、少し、汗の匂いがした。柔軟剤の香りと交じって、俺の鼻をくすぐるその香りは、けして嫌じゃなかった。
「今日からうちの子だよ」
タオルに包まれた俺をそっと抱き寄せて、月島が言った。
月島。
──月島、月島、月島。
これは俺の罰。
もの言えぬ猫になった俺は、愛しいお前に何も伝えることができない。
にゃあ。
かすれた声で鳴いたら、月島が俺をふわり撫でて、どうしたの、と優しく聞いた。
了
全体的に、ちょーっとだけ暗いお話になります。
クロは終始猫です。不細工です(笑)
中身は人間のときのままの思考なので、語りはクロですが、やっぱり猫です(笑)
よろしければ、お付き合いください。