研磨再び。
国見と研磨を絡ませられて、本当によかった。どうしたら接点作れるかなーって考えていたけど、しょっちゅう店にいる国見となら、エンカウントするのは簡単だった(笑)
ちなみに、二人が枕を買いに行ったのは、モールかIKEAだと思われます(徒歩圏内)
会ったばかりで気が合う二人。……だと、思う。
のろーっと、二人で、時々ぽつぽつ話しながら買い物してるといいよね。
東峰+月島+研磨+国見
月島。
お願いだ、アールグレイ!
頑張れ、東峰(笑)
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お願いアールグレイ~rise20~
ハニートーストとアールグレイ。カウンターの真ん中の席に座って、研磨さんが熱々のパンにナイフを入れている。切り込みが入った分厚いトーストの上、たっぷりのバターとはちみつ。裏側までしみ込んでしまいそうなくらい、じゅわりと。
一番奥の席に座った国見が、その様子を眺めて、同じものを注文した。いつもは5種のトーストを順番に注文していく国見だが、目の前でそれを食べる研磨さんを見ていたら、どうにも我慢できなくなってしまったらしい。順番からいけば、今日はピザトーストだった。それは明日にでも回されるのかな、なんて考えながら、僕は分厚くスライスしたパンに切り込みを入れ、バターを乗せ、はちみつをかけてトースターに入れた。
新しい客が入ってきたので、焦げないように見ていてくれるよう東峰さんにお願いして、お冷を持ってテーブル席に向かう。後ろで、研磨さんと国見が、ぼそぼそと会話していた。
──妙な組み合わせのような気もするが、お互いどこかやる気のないところが似ている。世間を冷めた目で見ているところとか、面倒ごとが嫌いなところとか。東峰さんは、それは月島も一緒でしょ、と笑っていたけれど、僕はあの二人ほど無気力でも無関心でもない、と自負している。
東峰さんにオーダーを告げ、トースターを覗き込む。丁度いい感じにじゅわじゅわと音を立て、きれいな焼き色がつき始めていた。プレートを用意して、プチトマトとオリーブの刺さったピックを乗せる。
国見の前に焼き立てのトーストを出してやったら、フォークとナイフを素早く手にして、さくりとそこに差し込んだ。青根さんの焼いたパンは、とてもおいしい。そこにたっぷりしみ込んだ甘いはちみつとしょっぱいバター。糖分と脂分と塩分のハーモニーは、外はカリカリ中はふっくらのパンの炭水化物に溶け込んで、えも言われぬ快感を生む。
「おいしい……」
噛みしめるようにして食べながら、国見がつぶやく。研磨さんもうんうんとうなずいた。
「実は不器用な蛍が作ってるとは思えないくらい」
「一言余計です、研磨さん」
「月島って、何でもそつなくこなすように見えて、実は結構駄目なとこ多いよね」
国見までそんなことを言いだす。
「カフェ店員のくせに愛想ないし」
「一応、営業スマイルはしてる」
「あれが? あんなの、口元持ち上げただけじゃん。心から笑ってない」
「うるさい、国見」
「──蛍は、笑うとかわいいのにね」
紅茶を飲みながら、研磨さんがつぶやく。この人は、時々爆弾を投げ込んでくるから油断ならない。
「へー、かわいいんだ」
興味ありげに国見が食いついてくる。
「かわいいのは笑顔だけじゃないけどね。時々、急にデレるんだよ。末っ子気質発揮して、甘えてくるの」
「意外ですね」
「高校時代も、いつもはつんけんしてるのに、疲れてくると気が抜けるのか、ふにゃーってなっちゃって」
「それ、もっと聞きたいです」
「国見! 研磨さん!」
僕は慌てて二人の間に割って入って、それを阻止した。
「研磨さん! 余計なこと言わないでください」
「余計なことなんてひとつも言ってない」
「充分余計です」
やれやれ、と頭を抱え込んでいると、東峰さんが僕に声をかけてきた。窓際のテーブルのお客のコーヒーを差し出された。僕はトレイにそれを乗せて、カウンター席の二人を威嚇してからそれを運んだ。ごゆっくり、と一礼してカウンターに戻ると、案の定、研磨さんが国見に僕の高校時代や大学時代のエピソードを披露中だった。
カウンター内の東峰さんまで、なんだか楽しそうに聞いている。
「──そのとき、蛍がクロのこと『兄ちゃん』って呼んじゃって、そこにいた全員うおーって、盛り上がっちゃってね」
「へー、月島、お兄さんのこと兄ちゃんって呼ぶんだ」
「それからしばらく、クロたちが調子に乗って、『俺たちのことを兄ちゃんと呼んでいいぞ』とか言い出して」
「木兎さんまでならともかく、赤葦さんまで一緒になって要求してきたので、あのときは本当に閉口しました」
僕は思い出して、口をとがらせる。いつもは止める側の赤葦さんが、黒尾さんと木兎さんと一緒になって悪ノリしてくるなんて、ちょっと驚きだった。
「断固拒否してた蛍が、うっかり俺のことを『兄ちゃん』って呼んじゃって、また大変だったんだよね」
「……思い出したくありません」
黒尾さんたちが、「なぜ研磨はいいのに、俺たちは駄目なんだ」と問い詰めてきて、とっても鬱陶しかったのを思い出す。
「あまりにクロたちがしつこくて、しかも最後の砦の赤葦まで助ける側じゃなくなっちゃって、俺のところに逃げてきたんだよね、あのとき」
「そうでした」
「助けてください、研磨さん、なんて言いながら、俺のジャージの裾つかむの、かわいかった」
「…………」
国見がにやにやしているのに気付いて、僕はもう余計なことを言うまいと口を閉ざした。
「月島は、昔からそんな感じだよね」
東峰さんまで、そんなことを言いだして、国見と研磨さんの視線がそちらに向いた。
「普段は山口がうまいことあしらってくれてたけど、山口がいないときなんか、日向と影山や、西谷と田中に絡まれては、大地や縁下のところに逃げてたし」
「──東峰さんの裏切り者」
僕がにらむと、東峰さんはええ、っと慌てたような顔をし、
「いや、あの、月島?」
僕はつんとそっぽを向いて、東峰さんをさらにおろおろさせた。
──正直なところ、澤村さんや縁下さんは、部の中にあって、父親のような存在だったから、僕を放っておけなかったのだと思う。うるさい連中も、僕みたいなかわい気のない後輩も、手のかかる子供の面倒を見ているかのように、平等に扱ってくれていた。
優しい先輩たちだった。
もちろん、東峰さんも。
ワイルドな見た目とは違い、穏やかで、気弱な東峰さんだから、実は、部の中で一緒にいて、一番落ち着く先輩だった。多くを語らず、かといって気づまりなほどの沈黙にならず、人見知りする僕でもすんなりとパーソナルスペースに招ける数少ない人だったのだ。
あの頃は、こうして一緒に働くなどと、思いもしなかった。
「月島、ごめんー」
僕の機嫌を損ねたと思っているらしい東峰さんが、乞うように呼び掛けてくる。研磨さんは砂糖を落とした紅茶を飲み、国見がトーストを食べ終えた。フォークとナイフを置いて、両手を合わせている。──しつけは良い。
「ところで蛍」
「今日も泊まるなんて言わないでくださいね」
「……どうして分かったの?」
ふらりとその辺に遊びに来た、というような感じで店に現れた研磨さんは、スツールに腰かけるなり、お腹空いた、と言った。今回は東峰さんも来訪を聞いていなかったようで、僕らは二人とも驚いた。当の研磨さんはしれっとアールグレイとハニートーストを注文し、スマホをいじり始めた。
東京から仙台の距離は約350キロ。新幹線で約2時間。研磨さんは、そんな、距離や時間を全く感じさせない人だ。
「来るなら来ると連絡をしてください。そして、泊まる予定なら、ホテルでも取ってください」
「蛍のとこでいいってば。あのベッド、問題なく二人で寝られたし」
研磨さんの言葉に、東峰さんがえ、っと声を漏らす。
「本当に二人で寝たの?」
「うん、セミダブルだから余裕だった。──かわいかったね、あのときの蛍。俺にぎゅってくっついてきて」
「────」
僕は真っ赤になって、言葉を失う。東峰さんと国見が何とも言えない表情をしてこちらを見ている。
「な、何、言ってるんですか、研磨さん」
「何って、本当のことでしょ。俺に抱きついて寝てたじゃん。──蛍の髪、ふわふわだよね。一晩中撫でられる」
「あれは、その──だから、えっと」
僕の顔がさらに赤くなって、耳まで熱い。国見と東峰さんの視線に耐え切れず、僕は持っていたトレイを持ち上げて顔を隠した。
「──ね、かわいいでしょ」
研磨さんの台詞に、僕はトレイの隙間からちらりと覗く。国見がなるほど、とつぶやき、東峰さんが何だか複雑そうな顔をして、そうだね、と言った。
「研磨、さん──?」
「蛍のかわいいところを、二人に披露してみた」
「…………」
僕は国見と東峰さんを交互ににらんだ。国見は素知らぬ顔でキャラメルラテを飲み、東峰さんは、はわわと慌てたようにぶんぶんと両手を振っている。
「月島、落ち着いて、ね」
「僕は落ち着いています。東峰さんの方がよっぽど挙動不審です」
研磨さんはカップを持ち上げたまま、ちらりと僕を見た。
「──何ですか」
「安心した。名前、出してもあまり動揺しないから」
何のことだか、すぐに分かった。さっき、研磨さんは高校時代のことを話していた。つまり、黒尾さんのことだ。
「……世間話や思い出話にまで動揺したりしません」
「それならいいけど」
「もしかして、様子見に来てくれたんですか? 僕が落ち込んでないかどうか」
「別に。また、このたいしておいしくもないアールグレイを飲みたかっただけ」
「や、やっぱりおいしくない……?」
東峰さんががくんと肩を落とす。
「たかが紅茶一杯に、何万円もの交通費と、何時間もの時間をかけて?」
「いつも室内に閉じこもってるから、たまには外の空気吸おうと思って」
「それは、いい心がけですね」
「お金も有り余ってるし」
「それはちょっと腹立たしいです」
「だから、売り上げに貢献しに来た」
伸びた髪は、東峰さんといい勝負。ストレートの金髪──相変わらずてっぺんが黒いプリン頭──なので重たいという感じは少ないが、顔の半分が隠れるくらいの前髪は、やっぱり鬱陶しい。
その前髪の隙間から、大きな釣り目が覗く。僕はこの目にとても弱い。じっと見つめられると、無理な頼みも仕方なく受け入れてしまう。
「蛍」
研磨さんはそれをよく分かっていて、口元に少しだけ笑みを浮かべて、僕を見た。
「泊めてくれるよね?」
「──夜ご飯と朝ご飯は、研磨さんのおごりですからね」
「いいよ。好きなものをおごってあげる。イタリアンでも、和食でも、中華でも」
「……それって、ピザかお寿司かラーメンなんじゃないですか?」
つまり、全部、デリバリー。出不精で面倒くさがりの研磨さんが、わざわざレストランでディナーなんてあり得ない。
「最近はハンバーガーも宅配してくれるよね」
国見の言葉に、研磨さんはそうだね、と答える。
「それにする?」
「もう、何でもいいです」
「決まり。でも、この前、バスタオルを巻いたのを枕代わりにしたら首が痛くなっちゃったから、閉店までにどっかで枕を調達してくる」
研磨さんがそう言って紅茶を飲み干した。昼を過ぎたばかりで、閉店まではかなり時間がある。前回はだらだらと店で時間をつぶしていたが、今回はそうもいかないだろう。
「国見、どこか案内してくれる?」
いつの間に仲良くなったのか、研磨さんが声をかけると、国見は素直にうなずいた。
「色々ありますよ。インテリアショップとか、ホームセンターとか、時間潰すなら、モールですかね」
「どこでもいい」
国見はカウンターにいつものようにきっかり代金を置いた。研磨さんも同じように、伝票の上に千円札を置いて、
「お釣りはとっといて」
「数十円ですけどね」
僕の嫌味にふっと笑って、研磨さんが席を立つ。
「じゃあね、蛍。またあとで」
二人は揃って店を出ていった。
「……変な組み合わせ」
ぼそりとつぶやくと、東峰さんもそうだねえ、と答える。
「でも、案外波長は合ってるみたいだけど」
「無気力波長ですか?」
「それなら、月島もね」
東峰さんがおかしそうに笑う。
「少なくとも、僕は今、結構やる気ありますけど」
「うん、いつも真面目に働いてくれて、とっても助かってます」
ぺこりと頭を下げられて、僕は苦笑する。
テーブル席の客も席を立ち、レジで会計を済ませている間に、東峰さんはカウンターの二人の食器を洗っていた。僕は客を見送り、テーブル席のカップを運んできた。
「急に静かになっちゃいましたね」
「そうだね」
「今回は東峰さんも、研磨さんが来るの知らなかったんですね」
「うん、知ってたら、またアップルパイ仕入れてきたんだけど」
「どっちみち、今日はケーキの日じゃないですけど」
カップを渡すと、それを受け取って、東峰さんはシンクに下げる。
「──月島」
「何ですか?」
「黒尾と──」
どきりとした。けれど動揺を隠すように、僕は表情を引き締めた。東峰さんは躊躇うように口を開き、それから、閉ざした。
「いや、何でもない。──ところで、月島、孤爪と同じベッドで眠ったの?」
東峰さんが、言いよどんだ理由は、分からない。けれど、正直ほっとした。
「不可抗力です。僕の部屋、来客用の布団なんかありませんから」
「……抱きつき癖でもあるの?」
「──で、すから、それは……」
僕は頭を抱え込み、うなる。
「ちょっと、落ち込んでて、その……慰めてもらっただけです。別に、いつもそうしているわけじゃありませんし、抱きつき癖もありません」
「孤爪には、甘えるんだね」
「……は?」
「月島は、俺には全然甘えてくれないからさ。──これでも、一応、月島の先輩なんだけどな」
「何言ってるんですか、充分頼ってますよ、僕」
「そうかなあ」
「東峰さんには感謝してますし、ありがたいと思ってますし」
「──そういうんじゃなくて」
東峰さんが、カウンターに手をついて、こちらに身を乗り出すようにして、僕を見る。
「弱み見せてくれてもいいのにな、って」
「…………」
僕は、言葉に詰まって、東峰さんを見つめる。
「月島は、昔から、黒尾たちばっかりで、俺たち烏野の人間は、寂しかったんだよね」
「そ、んなこと、言われても……」
「澤村たちと、いつも、『俺たちの後輩なのに』って言ってたんだよ」
「……知りませんでした」
「だから、もっと、甘えてほしいな。今だって、俺は月島の先輩だし──一番近くにいるんだし」
東峰さんはにこりと笑顔になった。
「頼りないかもしれないけど、何かあったら、誰よりも月島の力になるよ」
──前にも、同じような言葉をくれた。そして、東峰さんは、必ず「頼りないかもしれないけど」と口にする。
気の弱い自分を分かっていて、それでも、僕の力になろうとしてくれているのだ、と分かった。
「比べるなんて、間違ってるとは思うけど──孤爪よりも、近くにいて、月島のこと考えてるからね。だから、頼ってほしいし、何でも言って」
確かに、間違っている。東峰さんと研磨さんは、全く違う。どちらが上とか、下とか、そういうことではない。
けれど──
「──はい」
僕は、うなずいた。
高校時代、温厚なこの人は、僕の狭いパーソナルスペースの内側にすんなりと受け入れられる数少ない人だった。それは、今も変わらない。
この小さな店の中で、こんなにも長い時間を一緒に過ごしていても、ちっとも苦にならない。
僕は、この人を信頼している。そして、一緒にいると安心できるのだと気付いた。
「──東峰さん」
「ん?」
「さっそくお願いがあるんですけど」
「何?」
「紅茶、またしばらく特訓しましょうか」
「はい?」
東峰さんが目を点にした。
「研磨さんに『たいしておいしくもない』なんて言われるの、癪なので」
あんなにおいしいコーヒーを入れる東峰さんが、ちっとも上達しない、紅茶の入れ方。これならば僕が入れた方がよっぽどましだ、とすら思う。
「僕をうならせるくらいおいしく入れられるようになってください」
「え、月島をうならせるなんて……そ、それは、ちょっと難しいな……」
「東峰さん」
僕はにっこりと笑った。
「何でも言って、って、言いましたよね」
僕の笑顔に負けて、東峰さんがうう、とひるんだ。まるで身体を縮こめるようにして、はい、とうなずく。
さあ、アールグレイ。次こそ絶対、研磨さんを満足させろ。
東峰さんは棚からティーポットを取り出し、深い深い溜め息をついたのだった。
了 2017/8
無気力組が、とにかく仲良くなっていくと、私得。
どーしても、4人揃えるのは難しいですな。
誰か一人が必ず欠けちゃう。
どうにかならないものだろうか。
東峰さんは、どうして紅茶が下手なんでしょう。
それは、多分、「rise38」で明らかになります(……遠いな。すまん)
頑張って特訓してください。