ノヤさんは、素敵だ。
小柄な身体とは反比例した男らしさと度量の広さ。
そして、おもいっきり「男の子」っぽいおバカなノリも兼ね備えている。
男前。そう、男前。
確かに東峰さんは勝てねーよな~(笑)私はヘタレも好きだけどね。
東峰+月島+西谷
月島。
前に進む、というのは、大変だ。
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クリアグラス・クリームソーダ~rise13~
10月に入って、急激に秋めいてきた仙台の空は、高く澄んで、日に日に違う表情を見せている。
店の大きなガラスの前、僕はじょうろでプランターに水をやっていた。色とりどりに咲いた花たちは、マメな手入れのおかげか、つい最近まで生き生きと咲いていたが、最近は少し元気がない。昼夜の寒暖差が大きくなってきたからか、夜の寒さで弱っているのかもしれない。
今日の天気は上々。からからと乾いた空気だから、水は多めに。
磨いたガラス窓はピカピカで、くもりひとつない。そのガラス越しに店の中を見たら、東峰さんが気付いてにこりと笑った。僕も、笑い返してみた。客はカウンターに一人。新聞を読みながらコーヒーを飲んでいる。
いつの間にか、プランターに雑草が生えていた。僕はしゃがみ込んで、それを抜いた。
冬になる前に、また、植え替えようかな、と思う。冬に咲く花は何だろう。今度金田一が来たら聞いてみよう。
膝に手をついて、立ち上がろうとしたそのとき、やたら大きく元気な声が、僕を呼んだ。
「月島ー!」
顔を向けたら、数メートル先に、小柄な姿が見えた。両手をぶんぶんと思い切り振って、笑顔を見せている。
「──西谷さん」
そうつぶやいて、立ち上がったら、こちらに駆けてきた西谷さんが、勢いよく僕にどーんと身体ごとぶつかってきた。思わずよろけて、倒れそうになったのを、支えてくれたのも、やっぱり西谷さんだった。
「悪ぃ、大丈夫か?」
僕より30センチ近く身長が低いのに、容易く僕の身体を支えるくらい、力をつけているんだ、と思った。この人は、今や、日本代表の、日の丸を背負うリベロ。大阪のチームでプロとして活躍しながら、今もなお進化し続ける守りの要。
西谷さんは僕を見て、にっと笑った。小さい身体で、よろけた僕を、まるで王子のごとく支えながら。
ガラスの向こう、東峰さんが口を開けてぽかんとこちらを見ていた。
「よーやく来れた。あ、旭さん。旭さん旭さん!」
僕の身体を離すと、西谷さんはガラスの向こうの東峰さんに手を振った。東峰さんが苦笑して、右手を上げ、小さく手を振り返す。
僕は、じょうろを持って、西谷さんを促した。
「どうぞ、入ってください」
「おう」
僕が重たい木の扉を開けると、西谷さんがするりと入り込み、カウンターに駆け寄った。
「旭さん、お久しぶりです!」
「やあ、西谷。元気そうだね」
「旭さんも!」
僕は、じょうろを片付けて、店に戻ってきた。西谷さんは東峰さんの正面に位置する、カンターの真ん中のスツールに腰かけていた。
「どれがおすすめっすか? でも俺、あんまりコーヒー飲まないんです」
「そうだなあ──クリームソーダ、とか」
「──子供扱いしてません?」
西谷さんがむっとした。僕は後ろから、フォローするように声をかけた。
「うちのクリームソーダは、他の店とは違いますよ。メロンソーダじゃなくて、透明の、甘さ控えめのソーダに、バニラアイスが乗ってるんです」
「透明の?」
「はい。ほかにも、レモン果汁を絞って、レモンソルベを乗っけたレモンアイスソーダもあります」
「へー、うまそう。じゃ、俺、クリームソーダ」
東峰さんがうなずいて、グラスに氷を落とし、ソーダを入れ、上にバニラアイスを乗せた。一般的なグリーンのメロンソーダと違い、見た目は地味だが、甘すぎず、さわやかで、僕もお気に入り。ちなみに、上のアイスは、ストロベリーアイスに変更可能。
コースターの上にグラスを乗せると、西谷さんはストローを挿す。しゅわりと炭酸が弾け、ぶくぶくとアイスを溶かして泡立つ。
「うまいっす」
「西谷さん、練習はお休みなんですか?」
僕が訊ねると、東峰さんが、
「グラチャンが終わったから、しばらくオフ、かな?」
「しばらくってほどじゃないです。またすぐにトレーニングありますし。──でも、まとまった休みが取れるのは今だけなんで、思い切って来ちゃいました」
先月まで、日本代表は世界戦をやっていた。もちろん西谷さんもメンバーで、試合を行っていた。僕もネットニュースで試合の結果を確かめていたけれど、最終順位はあまりいいとは言えなかった。
東峰さんは、テレビ中継を録画してきちんと観ていたらしく、たまにかかってくる西谷さんからの電話に、笑顔で応えていた。
「澤村さんたちからも、時間できたら一回行っとけって言われてましたし。──俺も、来たかったので」
「感想は?」
「いい店っすね。旭さんのイメージぴったりです。──あ、月島も」
「僕もそう思います。この店、東峰さんの雰囲気とすごくマッチしてるなって」
「そ、そうかな」
「大人びてて、落ち着いてて、少し古臭くって」
「ああ、分かる! 旭さんって、若くして老衰してるよな」
「ろ、老衰?」
東峰さんが情けない顔になる。
「西谷さん……それ、もしかして、老成って言いたいんじゃ……」
「ん? ろうせい? ろうすい?」
「老衰じゃ、死んじゃいそうです」
「え、旭さん、死んじゃうんすか?」
「し、死なないよ!」
東峰さんが嘆くように天を仰ぐ。
僕は苦笑して、
「まあ、分からないでもないです。──要は、大人の落ち着きがあるってことですよね」
「そうそう、それ」
西谷さんはストローでソーダ水をかき混ぜている。透明だったそれが、バニラアイスで白く濁っていく。
「他の人たちは結構来てるんすか?」
「澤村はちょくちょく来るよ。ほかのやつらは──まあ、あとはみんな県外だし、なかなかね」
「じゃあ、結局、去年集まったのが最後みたいなもんすね」
僕と東峰さんを励ますために、みんなが集まってくれた。たった数時間。西谷さんも、大阪から、日帰りで来てくれた。
「俺は去年のオフに会いましたけど──ほかのみんなは、あれきりですか?」
「うん、そうだね。菅原とは年末に会ったかな。澤村と、三人で」
「みんな、元気っすか?」
「ああ、元気みたいだよ」
西谷さんは、それから、大阪での話や、代表チームの話をしていた。前に、東峰さんが西谷さんのことを小さい台風みたいだと言っていたことがあったけれど、確かにそうだなと思った。
西谷さんは、ノンストップで喋り続ける。僕が客の相手をしている間も、東峰さんが注文のドリンクを入れているときも、洗い物をしているときも、ずっと、話し続けていた。
忙しくて、騒がしい人だなあ、と思う反面、高校時代を思い出して懐かしくなる。
そして、喋り続ける西谷さんの、その必死さに、僕は、気付いてしまった。
西谷さんは、東峰さんが寂しくないように、話しているんじゃないか、と。
怪我をして、バレーを辞めなくてはいけなくなった東峰さん。そして、まだ第一線で活躍し続ける西谷さん。
二人は高校時代から仲が良く、お互いに尊敬しあっていた。同じ場所、同じ高みでプレーし続けていた。
けれど、今は。
店を始める前、僕と東峰さんは毎日のように一緒にいて、沢山のことを話した。どちらかと言うと、僕は黙って聞いているばかりで、東峰さんが一方的に。そのときに、東峰さんが言っていたことを思い出す。
──俺を憐れまなかったのは、西谷だけだよ。
西谷さんは、怪我でコートを去る東峰さんを、まっすぐに見てくれた唯一の人だったと言う。
お疲れ様でした、と声をかけられたとき、そのストレートにぶつかる感情が、苦しいくらい嬉しかったのだと。
今も、西谷さんは、東峰さんを尊敬し、慕い続けている。
「マジっすか!」
西谷さんは、驚いたように声を上げた。
「青城とか、伊達工ですか。懐かしいなー、マジかー」
店に来る、国見や鎌先さんの話をしているのだと分かった。
「青城って言えば、及川さんっすけどね。この間まで、一緒に試合してましたし」
及川さんは、日本代表のセッター。影山とは併用されつつ、今もやっぱり、まだ影山に前を行かせることはない。
カウンター席の客が会計を終えて出ていくと、店には僕ら三人だけになった。
「──西谷さん、いつまで仙台に?」
「明日。今日、実家帰って、親に顔見せてくる」
「忙しいですね」
「でも、二人の顔見れて、良かった」
高校時代と変わらない無邪気そうな笑顔。あれから10年も経っているなんて信じられない。
「あ、そういえば」
西谷さんは、思い出したようにカバンの中に手を突っ込んで、かき回す。
「これ、月島に」
「──何ですか?」
「黒尾さんから。──渡してくれって」
一瞬、伸ばしかけた手を引っ込めそうになった。西谷さんが差し出しているのは、何の飾り気もない白い縦型の封筒だった。僕は、それを、受け取る。
「何か、言ってましたか?」
「いや。ただ、渡してくれればいいってさ」
「そう、ですか」
僕はそれを、エプロンのポケットにしまった。東峰さんが、どこか心配そうな顔をしてこちらを見ていた。
西谷さんは、また、東峰さん相手に喋りだす。結局、2時間ほど店にいた。
「じゃ、また来ます」
「うん、待ってるよ」
ぽん、と東峰さんの手が西谷さんの頭に乗った。ぐりぐりと揺らすように撫でると、西谷さんが笑う。
「旭さん、引退してから、会うたびいつもやりますよね」
「うん、何だか西谷がかわいくて」
「かわいいって何すか。かっこいいって言ってください」
「そうだな、西谷は、かっこいいな」
「そうっすよ!」
胸を張った西谷さんを、やっぱり、東峰さんがぐりぐりと撫でる。
「──元気で」
「旭さんも」
西谷さんはぺこりと頭を下げて店を出て行った。ガラス窓の向こう、こちらを見て、にっと笑い、大きく手を振る。僕と東峰さんも、手を振り返した。その姿が見えなくなるまで。
「……台風一過、ですね」
「そうだな」
東峰さんが笑いながらカウンターの向こう側に戻っていく。
「──月島」
「はい」
「西谷は、昔から、ずっと、俺なんかより男らしくて、あの小さな身体には不釣り合いなくらいでっかい心の持ち主なんだ」
「──はい」
「俺はね、ずっと、西谷に憧れてた」
「……はい」
「俺にないものばかり持っていたから。──俺が欲しいと思うものばかり持っていたから。だから、西谷は俺の憧れだった」
西谷さんが残していったのは、空っぽになったグラスだけ。コースターに水滴のシミを作り、ストローの入っていた袋は、くしゃくしゃと丸められてカウンターの上に転がっていた。
「俺は、西谷が欲しかった」
二人きりになった店は、急にがらんとしているように思えた。
さっきまで、西谷さんが、明るく話していたから。
「東峰さん……?」
手を伸ばして、そのグラスを引き寄せて、流しに下す。水道から流れている水が、グラスを満たしていく音がした。
「今はもう、ただの過去でしかないけれど……」
僕は、カウンターの前、東峰さんを見つめる。
「俺は、ね」
東峰さんが、西谷さんの使ったグラスを洗い始めた。
「西谷が好きだったよ」
まるで、懺悔のように、聞こえた。けれど、ふと目が合ったその表情は、悔いなど微塵も感じさせない。穏やかで、どこか吹っ切れたような、優しい顔をしていた。
「好きだったんだよ──」
その言葉が過去形であることに、僕は気付いた。
だからこそ、それを口にしようと思ったのかもしれない。
「月島には、知っておいてもらいたかったんだ」
僕は、何と答えればいいのか分からなかった。だから、こくりとうなずいた。
「ねえ月島」
「……はい」
「見捨てないでね。──俺一人じゃ、この店、やっていけそうにないから」
情けない顔をして、おどけるように言った東峰さんに、僕は笑う。
「見捨てませんよ」
始まり、という、名を付けたのは、東峰さん。
僕と二人、新しい人生を始めるために。
「うん、良かった。シナバモロトモだ」
「だから、そうそう簡単には死ねません」
僕は溜め息交じりで呆れたように言った。
水道が止まり、汚れたグラスはきれいになった。他のグラスと同じように元の位置に整列し、それは、また、次の客を待つのだった。
了
引きずることなく、断ち切るというのは、とても大変。
よく、女性は思い出を上書き保存していく、男性はフォルダを分けていく、なんていいますけど。
どちらだっていいと思うんです。
だた、引きずらなければ。未練を残さなければ。
過去のことだと割り切って、それに後悔しなければ、もっといい。
ただ、その思い出まで、なかったことにする必要なんて、どこにもないと思うので。
「好きだった」と口にすることで、東峰さんが前に進んでいけて、それを知った月島が理解してくれるといいな、と思いました。
私はどっちかなー。
こまかくフォルダ分けしといて、そのまま放置して、作成したことすら忘れてるタイプかも(笑)
つまり、上書きもしなけりゃ、中身が増えるってこともないんだろうな。
ひどいですね~。