久々テニプリ。
海堂は……こう、定期的に書きたくなるよね……。
新・テニプリはもう読むことを放棄しているので、どこまでお話が進んだのかとか、どんな話になってんだとか、全く分からないんですけど。
テニヌはいかんな。
幸村と手塚さえいれば、勝てるだろ、あれ(体が弱いとか、肩の怪我とか、ずるいよ)
財前×海堂
7月中にUPすればよかったと、あとで気付きました。読んでもらえたらその意味が分かると思います。
……小説のストック溜まりすぎてて、どれがどの話だか軽く忘れてるし(笑)
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nothing to lose
玄関の扉を開けたら、そこにいるはずのない人間が立っていた。
チャイムが鳴り、キッチンでるんるんと鼻歌交じりで料理をしていた母親が、タイミングよく二階の自室から、飲み物を取りに来た俺に、「薫ちゃん、ちょっと出てくれる?」とお玉片手に顔を覗かせ、言った。
俺は玄関に向かい、再び鳴ったチャイムに返事をしながら扉を開けた。
「──よう、海堂」
表情も変えずにそこに立っていたのは、財前だった。
──財前?
思わずコントよろしく二度見しそうになり、俺は目を丸くする。
「な……何でいるんだ?」
「来たからやろ」
「来たって、大阪からか?」
「大阪以外に、どっから来んねん」
確かにそうだ。俺が絶句していると、財前はカットオフのパーカーのポケットに手を突っ込んだまま、かくんと首を傾げた。
「いつまで固まっとんねん。──入れてや」
「あ、ああ」
財前を招き入れて玄関の扉を閉めると、キッチンから母親がぱたぱたとスリッパを鳴らしてやってきた。
「薫ちゃん、お客様?」
「海堂のお母さんですか?」
「あら、薫ちゃんのお友達?」
「どーも、財前いいます。──お母さん、若いっすね。めっちゃきれいやし」
「あら」
母親がにこりと笑って──この人は、わが母親ながら呆れるくらい浮世離れし、のほほんとしていて、人の言葉を疑うということを知らない、純粋無垢な人である──薫ちゃん、上がってもらいなさい、と言った。
──言われる前に、すでに、財前は玄関に上がっていて、母親が機嫌よさそうにキッチンに戻っていく後ろ姿を見ていた財前が、どこか呆れたような顔をして俺に視線を向けた。
「さすが、海堂のお母さんやな」
「何がだ」
「天然や」
反論したかったが、黙っていた。205号室で共に過ごした日々を思い出せば、ほかのメンバーにも散々ツッコまれたそれを、真っ向から否定することができないのは自覚していた。俺自身はあの母親には全く似ていないと思っているのだが、傍から見れば、似たようなものなのかもしれない。──不本意ではあるが。
自室の扉を開けて招き入れたら、財前はぐるりと部屋を見回し、小さく悪態をついた。ソファにどすっと腰を下ろすと、
「何や、この部屋。無駄に広いわ。つーか、そっちは何やねん。まだ奥があるんか」
「そっちは、寝室だ」
「部屋ん中に部屋って! どんだけ金持ちやねん。おまけに鍵までかかる。俺の部屋なんて、しょっちゅう甥っ子に襲撃されて、プライバシーもなんもあったもんやないのに」
「──甥っ子、いるのか」
「兄ちゃん結婚して、同居してるんや」
「そうなのか」
合宿中、幾度となく205号室のメンバーで話をしたが、それは初耳だった。考えてみれば、俺は、財前のことをよく知らない。元々、こいつがあまり自分のことを口にしないせいもあるが、日吉や切原に関しては、少なくともこいつのことよりは知っている。べらべらと暇なしに喋っているなつっこい切原はともかく、あの寡黙な日吉のことですら。
「──なあ」
ソファの背もたれに寄りかかって、財前はひっくり返るようにして俺を見た。
「あいつら、来たことあんの?」
「──あいつら? 切原と日吉か?」
財前は、ずるりと身体をソファに沈ませた。俺よりも少し小柄な財前の姿は、ソファの背もたれに隠れて見えなくなった。
部屋の扉がノックされ、母親が顔を出し、トレイを渡してくれた。財前くんは甘いもの平気かしら、などと言いながら、夕飯前だというのに手作りのお菓子をこれでもかと盛り付けたプレートと、多分コーヒーの入った保温ポット、それにマグカップ。俺はそれを受け取り、母親に礼を言って、扉を閉めた。
ソファでは、財前が、自堕落に身体を沈めてスマホをいじっていた。
テーブルにトレイを置くと、俺はその隣に腰かける。
「うちの母親は、何でも手作りが趣味なんだ。──甘いものが苦手なら、手を付けなくてもいいから」
ひとまず、カップにコーヒーを注いで、財前の前に置いてやった。財前はスマホから目を移し、ソファに座り直す。
「──好きや」
「ん?」
「甘いの、嫌いやない」
クッキー、チョコマーブルのパウンドケーキ、フルーツタルト、ベイクドチーズケーキ、ガトーショコラ、抹茶プリン。どれもこれも、母親が暇さえあれば作っているものばかり。だから、うちでは、デザートやおやつを買ったことがない。
財前はガトーショコラを取り皿に乗せ、フォークを差し込んだ。ほろりと崩れるさっくりとした生地は、見た目よりもずっとチョコレートの存在感がある、リッチな食感だ。これは、父親の好きなケーキで、母親が定期的に作るもの。飛沫さんの好きなケーキよ、なんて笑いながら、母親がそれを父親の前に差し出す。父親が嬉しそうにありがとう、穂摘さん、と答える。──うちの両親は、冗談みたいに夫婦仲がいい。
「いきなりやってくるなんて、何かあったのか?」
「──別に」
「部活は?」
「休み。──終業式やから」
東京の、俺の通う青学でも、今日は終業式だった。大阪の学校も、日程は同じなのだな、と思った。
「明日から夏休みだな。──でも、四天宝寺だって、休み中、練習があるだろう?」
青学は、明日からみっちりと練習が詰まっている。それこそ休みになるのはお盆の前後くらいで、夏休みの間中、テニス漬けである。
「明日の、昼から。──せやから、今日の最終で、帰る」
財前の言葉に、俺は驚く。
「最終? 慌ただしいな」
「しゃーないやろ、練習やし」
ガトーショコラを食べ終えた財前が、ぐるぐると渦を巻いたクッキーをかじる。コーヒーを飲み、また、つまむ。さくり、といい音がして、そのかけらが膝の上に落ちた。思わず手を伸ばして、自分でそれを払おうとした財前の手とぶつかった。
「──悪い」
手を引くと、財前は無表情のまま俺を見て、すっと目をそらし、ええよ、と言った。
「弟の食べこぼしとか、つい手出しちまうんだ。癖っていうか」
「そういえば、弟、いるんやったな」
ぽつりとつぶやいて、財前はコーヒーカップを両手で包み込んだ。ソファの上で胡坐をかくような格好になり、どこか不機嫌そうにも見える様子で視線をそらしたままでいる。
「──財前」
「なんや」
「──何をしに来たんだ?」
「迷惑か」
「いや」
さっきから会話が成り立たない。俺も、財前も、自分から話をする方ではないから仕方ないのかもしれないが、想像以上だ。ここに切原でもいてくれたら、無駄に明るく場を盛り上げてくれるのだろうな、と考えた。
「最終までなら、あんまり時間はないな」
俺は時計を確認した。夕方を回り、もうすぐ夜。乗り継ぎの時間を考えれば、正味4時間ほどの滞在になるだろう。
「この時間じゃ、切原は無理だな。──日吉くらいならつかまるかもしれないが」
俺の言葉に、財前がいつの間にかまた手にしていたスマホを操る手を止めて、顔を上げた。
「──何で、日吉?」
「何で、って、久しぶりだし、向こうも会いたいんじゃねーか?」
205号室の思い出を語ろうなんてつもりはないが、少なくとも俺と二人きりで盛り上がらない会話を続けているよりは、日吉も含めて話す方がまだ、間が持つだろう。
「別に、ええわ」
「会いたくねーのか?」
「そういうんやなく──今日は、ええ」
「今日は、って。こんな機会めったにねーだろ」
「だから、ええんやって」
財前はうるさそうに言って、スマホをテーブルの上に伏せた。
「それとも、海堂は日吉がおらんとあかんのか?」
「そんなことねーけど」
「──よく会うんか?」
「日吉とか? ──そうだな、割と。切原は少し遠いけど、あいつも結構頻繁に顔見せに来る」
「──遠い、ゆうたって、大阪ほどじゃないやろ」
「まあ、そうだな」
さっきよりも不機嫌さを増した財前が、フルーツタルトをつかんで、かじる。まるで、その甘さで、溢れてくる怒りを抑えようとしているように見えてしまった。
「怒ってるのか?」
「怒られるようなことしたんか?」
「分かんねー、けど、何か、そう見える」
財前はしばらく無言でタルトを食べていた。コーヒーを飲み干し、怒りごと飲み込んで、それでもまだどこか機嫌悪そうに眉を寄せ、俺を見た。
「さっきの質問、返事聞いてへん」
「質問?」
俺は首をひねる。そういえば、部屋に入ってすぐ、財前が言っていたことを思い出した。
──あいつら、来たことあんの?
「──切原は、時々泊まってく。日吉とは、テニスの試合を観たり──」
「来てんねんな」
「そう、だな」
財前の不機嫌の理由が全く分からない。
けれど、玄関を開けたときから、いつも通りの無表情で、元々こいつが機嫌が良かったのかどうかなど分かるはずがなかった。来る前から不機嫌だったのなら、これは俺のせいではないのかもしれない。
けれど──
「なあ、財前」
「なんや」
「何しに来た?」
「────」
財前は、さっきも、この問いに答えなかった。
「理由もなしに来たりしねーだろ。お前のことだから、きっと、何か大事な用があるんだろ?」
「────」
ソファの上に胡坐をかいたまま、財前はじっと俺を見ている。
長い前髪から覗く切れ長の目。涼しげで、少し冷たくて、時々ひやりとする。
「海堂」
財前の口が、動くのを、俺も見ていた。
「──何だ?」
「東京は、遠いわ」
「そうか」
「日吉や、切原は、何時間もかけなくったって、すぐにここに来れる」
「そうだな」
「でも、俺は、高い金払って、2時間以上狭い座席に座って、電車乗り継いで、ようやく来れるんや」
新幹線の切符代。自由席のシート。在来線。
財前がここに来るまでの道のりを考えて、俺はうなずく。
「今日」
財前はつぶやき、それから口ごもった。
テーブルのカップを持ち上げようとして、それが空だったのに気付き、やり場のない手が、伏せられたままだったスマホに伸びた。それをつかみ、逡巡して、考え直したように手を放した。
いつも、暇さえあればスマホをいじっている財前だが、今はそれに逃げなかった。だから、多分、まだ言いたいことがあるのだろうと、俺は思った。それを言うために、身体の一部みたいなスマホを、手にしなかったのだ、と。
「──今日」
再び、財前が言った。
「何日か、知ってるか?」
意外な質問に、俺は顔をしかめた。ちらりと壁に掛けられたカレンダーに目をやって、
「7月──20日、だろ」
終業式を終え、明日の21日からは夏休みに入る。
並んで座ったソファで、財前が俺を見ている。俺も、なぜか、目を離せなかった。
「大事な用なんかない。ただ──お前に会いに来たんや」
「俺に……?」
首を傾げたら、財前が、まるで意を決したように一旦息を継ぎ、口を開いた。
「誕生日に、好きなやつに会いたいなんて、自分でもキモすぎる思うわ──」
「誕生……は? 好き? え?」
財前の言葉に頭が混乱した。
「一目でもいいから会いたいなんて、アホかっちゅうねん。どこの少女漫画や。──ホンマ、どうかしてるわ」
財前がぐしゃぐしゃと頭をかきむしり、セットされていた髪を乱す。
「──せやけど」
その乱れた髪の間から、財前が、俺を見た。さっきまでのどこか冷たい、鋭い目つきが、動揺の色を滲ませ、その目元は少しだけ赤く染まっていた。
「気付いたら、新幹線乗っとった」
「財前──」
「どうせ駄目元や」
財前は髪をかき上げ、再びぐしゃりとかき回す。どうしていいのか分からないらしく、何か言いかけては口を閉ざすことを繰り返す。
「──海堂」
そらしていた目線をこちらに向け、財前が、言った。
「そういう、ことやから」
今度は俺が、どうしていいか分からずに、絶句した。突然の出来事に、ただただ混乱した。
──財前が、俺を、好き?
好き?
そう思ったら、一気に赤面した。それを見て、今の今まで焦ったように忙しなかった財前が、髪をかき上げかけたまま、止まった。
「──海堂?」
「あ、や、これ、は」
俺は真っ赤になった顔を隠そうとして、失敗した。一足早く財前に両手をつかまれ、顔を覆う手立てを失った。思わず顔をそらそうとしたが、今度は覗き込むように回り込まれた。
「なあ、海堂、その反応って、脈アリって思ってもええの?」
「な──」
ますます赤面した俺に、財前が近付く。鋭い目。切れ長の、冷たい目。けれど、今は──少しだけ、優しく、俺を見ている。
財前が俺を見つめたまま、ゆっくりと口を開き、俺を呼ぼうとした。
「かい、ど──」
次の瞬間、部屋のドアが、バーンと音を立てて開いた。
「薫ちゃん、夕飯の支度ができたわよ! 財前くんのために頑張っちゃった。財前くん、食べていくでしょう?」
空気を読まない、能天気な母親の声が、部屋中に響いた。
がくん、と財前の身体が脱力するように俺の上に落ちてきた。
「い、いただきます……」
まるで絞り出すような声に、俺は思わず苦笑した。母親が足取り軽く部屋を出て一階に降りていく。
「──財前」
俺は、がくんと肩を落としている財前の身体を起こしてやった。
「──海堂、あかんわ」
「あー……母親が、悪かったな」
「ええよ、もう……そういう人なんやろ」
財前が肩を落としたままソファから立ち上がる。
「飯食って、大人しゅう帰るわ」
俺もソファから立ち上がり、とぼとぼと歩きだした財前に追いついた。
「財前」
呼びかけたら、寂しそうなその背中が、ゆっくりと振り返る。
夕飯のあとで──とりあえずもう一度、部屋に戻って、残ったケーキを食べよう。
そのケーキに飾るロウソクも、プレゼントもないけれど。
誕生日おめでとう、と告げて。
最終の新幹線が出るまで、あと数時間。二人きりで祝ってやることくらいはできるだろう。
そう言ったら、財前は少しだけ、照れたように笑ったのだった。
了
なんでかって、財前の誕生日(7月20日)のお話だからだよ!
忘れてたああああ~(←これが本音)
ごめん、財前。君が好きだよ。……フォローになってないな……。
と、いうわけで、海堂と誕生日を過ごしたかった財前のお話でした。
205号室は、みんな仲良いといいよね! 財前、一人遠くてかわいそうだけど(>へ<)