本当だったら烏野メンバーを沢山出してみたいところなんですが、そうなると、話のコンセプトが行方不明になってしまうので、烏野からは最低限。
山口は絶対出てないとおかしいと思いつつ、就職で遠くに行ってるから店に来れないんだよー、という設定になってたり。
本当は田中と縁下出したいんだけど、無理だな、とか。
スガさんは名前だけ出てますけど、こちらも県外にいる設定。
なので、とりあえず澤村。
黒尾さんとツッキーのことを書くのに、無理なく絡められる人は、この人しかいなくて。音駒や梟谷の人間が仙台にいるのはちょっとおかしいかな、と思って。
東峰+月島+澤村
ようやくクロの名前だけ出てきた(笑)
作品一覧はこちらをクリック→二次創作目次(tns/krbs/HQ/YWPD/その他)
空と雲と、夏色ゼリー~rise~
暗闇の中で目を覚ました。
光がほんの僅かも差し込まない遮光カーテンの向こう、バイクのエンジン音がした。
目を覚ましたあとは、いつも、少し、苦しくなる。
夢を見ていたのだと思うけど、どんな夢だったのかはいつも思い出せない。けれど、目を覚ますたびに訪れるこの胸を締め付けるような苦しさは、その夢がけしていいものなんかじゃなかったことを物語っている。
枕元のスマホが、メールの着信を報せている。
週に、2度、3度。
他愛のないメール。
「おはよう」とか、「おやすみ」とか、「いい天気だよ」とか、「元気か」とか。
僕はそれに返事を返さない。短いその文字を見つめ、お腹の奥が重苦しく、鈍く痛むのを感じる。
東京で、6年半、暮らした。
長いとは言えない、けれど短くもないその6年半の大部分、このメールの相手は、気が付くと僕の傍にいた。
今、は。
僕はベッドから起き上がり、カーテンを開けた。古びたモルタルの、築年数が僕の年齢とさして変わらないようなアパートの二階、狭いその部屋には、ベッドと、小さなテーブルがあるだけ。殺風景なその部屋に、光が差し込み、そのまぶしさに目を細めた。
今日も、いい天気だ。気温も高くなりそうだった。
盛夏。
なぜだか、ふと、体育館の、熱のこもったあのコートを思い出した。
今日のケーキはクラシックショコラに、どっしりとしたベイクドチーズケーキ、それに夏らしいきらきらのゼリー。
「冷菓なんて珍しいですね」
冷蔵ケースにそれをしまいながら、僕は言った。
「この夏の新作なんだって。白い部分はヨーグルトゼリーで、上のブルーはレモン味」
丸いガラスの容器の底には白い層。上のブルーの層には、オレンジ色の魚と星の形をしたゼリーが閉じ込められていた。海の中のようでもあるし、空のようでもある、不思議な世界。
「きれいですね」
余ったら買い取ろう、と決めた。けれど実のところ、火・木・土曜の週に3日、一日限定15個のケーキは、いつも残らずに注文が入る。青根さんの作ったケーキは、とてもおいしい。派手さはないのに、食べた人を虜にするくらい、丁寧で、優しい味がする。
「だよね。思わず今日はこれ、って決めちゃったよ」
「東峰さんセレクトなんですね」
3つのケーキの写真を一枚ずつ撮った。それをデジタルフォトフレームに飛ばして、カウンターに立てかける。今日のケーキの見本である。
「子供たちも夏休みに入ったし、これ、もしかしたら子供向けかもしれませんね。見た目がかわいいし」
基本に忠実な、シンプルなケーキを作る青根さんにしては、珍しい。だから、多分、そうなんだろうな、と勝手に思って、僕はにんまりする。青根さんは時々店にコーヒーを飲みに来てくれる。見た目にそぐわず、青根さんは子供や動物が大好きな、かわいい人だ。
店を開けると同時に、何人かの客が入店してきた。テーブル席に、二人組の若い女性客と、一人の中年男性客。もう一人は──
「よー、やってるか、ひげちょこ」
にっと、太陽みたいな笑顔を見せて、澤村さんが言った。そのままカウンターの真ん中の席に座って、東峰さんと話している。僕はテーブル席の女性客の注文を取って、カウンター越しにオーダーを通す。
「──お久しぶりです、澤村さん」
「元気そうだな、月島」
「おかげさまで」
「ようやく肉ついてきたなー」
去年の春、実家に閉じこもっていた僕を引っ張り出してくれたのは、澤村さんだった。高校時代のメンバーを集め、ちょっとした同窓会のようなものをして、僕らを励ましてくれた。そこで僕と東峰さんは何年かぶりに顔を合わせ、今に至る。
まともに食事もとらずに閉じこもっていた僕は、見るも無残にやつれていた。多分、体重はベストから10キロ近く落ちていて、久々に会ったメンバーは、みんなぎょっとしたような顔をして、僕を心配してくれた。
あれから一年以上経った今、きちんと食事もとり、少しずつ体重も戻りつつある。
「今日は、部活、ない日なんですか?」
「ああ、久々の休み」
澤村さんは、この店の最寄りの地下鉄駅とは反対側の終点駅から、さらにバスで30分以上北の方にある町の中学校で教師をしている。おまけにバレー部の顧問もしていて、毎日忙しそうだ。同じ市内に住んでいても、なかなか会うことはない。
けれど、休みになるとこうして店に来てくれる。
冷蔵ケースからチーズケーキとチョコレートケーキを取り出し、プレートに乗せてフォークを添える。丁度東峰さんがコーヒーを入れ、カップをカウンターに置いた。僕はトレイにそれらを乗せ、窓際のテーブルの女性客に運んだ。
「ごゆっくり」
一礼して戻ろうとしたら、男性客が右手を上げる。オーダーは、アイスコーヒー。暑くなって、コールドドリンクの注文が増えてきた。東峰さんが深煎りのイタリアンローストを濃い目にドリップし、たっぷりと氷の入ったサーバーに注いだ。からからとマドラーでかき混ぜ、それを氷を入れたグラスに注ぐ。
男性客にそれを運び、同じように一礼して戻ってきた。澤村さんは、ホットコーヒーを飲んでいた。東峰さんのドリップコーヒーは、とてもおいしい。だから、澤村さんは、いつも、これ。
アイスコーヒーは深煎りだけど、今日のホットは中煎りのコーヒーを使っている。僕にはコーヒーの種類はよく分からないけれど、今日のコーヒーの豆は、中煎りくらいが苦味と酸味のバランスがいいのだそうだ。
豆の種類によって、浅煎りか、中煎りか、深煎りかは変わるらしく、「本日のコーヒー」は、日替わりで、焙煎も様々だ。もちろん、指定された種類の豆ならば、それに限らず。
「最近、西谷からの連絡は?」
カップを持ち上げて、澤村さんが問う。東峰さんは苦笑しながら、
「一方的な電話とか、メールくらいかな。いつも元気で、こっちが圧倒されるよ」
「相変わらずか。──ワールドリーグは残念だったな」
西谷さんは関西のにあるチームに所属し、バレーを続けている。日の丸を背負って代表にも選ばれ、今や日本では1、2を争うリベロ。
春にリーグ戦を終え、今はオフ期間。もちろん、その間も様々な大会の予定が入っていて、代表に選ばれている選手に休みはない。オフ、とは言っても、完全な休みではないので、もちろん、チームでの練習も続く。
「代表と言えば、影山もだけど──」
澤村さんは、ちらりと僕を見た。
「それに、黒尾も」
「──そう、ですね」
「元気かな?」
「……そうだと、思いますけど」
僕の曖昧な返事に、深く追及するのはやめたらしい。澤村さんはまたカップを傾けた。
今朝も、メールが届いていた。
『おはよう。今日の予想気温は34度。もう少しで猛暑日』
スマホの画面、そんな短い文を、僕は見つめる。
おはようございます、という返事すら、打たなかった。
けれど、黒尾さんは、僕を責めない。ただ、定期的に、そんなメールを送ってくる。
今も──多分、後悔しているのだ。
近くにいたのに、何もできなかった、と。
そして、大事なときに、離れてしまった、と。
負い目を背負う必要などない。悪いのは僕だ。
──チャレンジリーグのチームに所属していた黒尾さんが、関西のプレミアリーグのチームに移籍したのは3年前。丁度、僕が体調を崩し始めた頃だった。それまでは、近いとは言い難いけれど、関東のチームに所属していた黒尾さんは、暇を見つけては会う機会を作ってくれていた。
高校時代から、ずっと、僕はあの人に世話になりっぱなしだった。
別の大学に通っていても、しょっちゅう顔を合わせ、慣れない東京生活の僕を気遣ってくれた。時には木兎さんや赤葦さんも交えて食事に行ったり、遊びに行ったり、高校時代よりもその距離は近くなった。
僕も、地元から遠く離れた東京で、黒尾さんを頼っていた。
黒尾さんが移籍したことと、僕が体調を崩したのは、何の関係もない。僕自身の弱さが招いたことだった。けれど、黒尾さんはそれを信じなかった。
何度も、違うと言った。
もし黒尾さんが関係しているのだとすれば、それは、僕が彼を頼りすぎていたことが原因だ。彼が傍にいないことに、勝手に不安を覚えてしまった僕の脆弱さだ。
会社を辞めて宮城に帰ることを告げた電話の向こう、黒尾さんは言葉を失ったかのように黙り込んでいた。
──あなたのせいじゃない。
何度も告げた言葉を、そのときも、口にした。
電話の向こう、彼の苦痛の表情が浮かんで、やるせなくなった。
──あなたには感謝しています。だから──
──ツッキー。
僕の言葉を遮るように、黒尾さんがようやく口を開いた。
──もし、傍にいたとしても、同じ結果だった?
今度は僕が、言葉を失う番だった。
そんなことは、分かるはずがない。
もし、なんて、考えたこともない。
高校時代、紛れもなく黒尾さんは僕の、バレーにおける目標で、仲間で、そして、恩人だった。
それは今も変わることがない。
──黒尾さん。
僕は、問いかけられたことには、答えなかった。
──あなたは何も、悪くないです。これは、僕の弱さです。
それきり、僕はもう、彼に連絡をすることはなかった。
彼の足を引っ張りたくない。迷惑をかけたくない。だから、彼に頼ることを、やめた。
そして、それからはずっと、黒尾さんからの短いメールが、定期的に届く。
まだ、きっと、彼は責任を感じている。
──戻れるものならば、戻りたい、と思った。
第三体育館。高校生だった僕が、彼に引きずり込まれて、彼を頼り、依存し、そこから抜け出せなくなる、その前に。
「月島」
東峰さんに呼ばれて、僕ははっとした。東峰さんが目配せして、テーブル席の男性に呼ばれていることを示す。僕は急いでそのテーブルに向かった。
「すみません、お待たせしました」
60代と思しき男性客は、アイスコーヒーを飲み終えていた。男性はカウンターの上に置かれたデジタルフォトフレームを指さして、
「あれ、何かな」
一定時間で切り替わる映像。コーヒーの写真、チーズケーキの写真、チョコレートケーキの写真──あれ、は、今日のケーキのひとつ、青根さんの作った夏色のゼリーだった。
「ヨーグルトとレモンのゼリーです」
「かわいいね。──あれ、持ち帰りはできるかな?」
時々、店のケーキを持ち帰りたいと言うお客さんがいる。一応、店内での提供ということにはなっているが、一人につきひとつだけならば、テイクアウトもよしとしていた。もちろん、その際には、青根さんのお店のフライヤーも一緒に渡す。
「おひとつだけなら、可能です」
「じゃあ、包んでもらえる? 孫に、お土産」
きらきらのセリー。白とクリアブルーの二層。オレンジの魚と星が浮かんでいる。
青根さんの作りだした、かわいらしいその冷菓は、子供に喜ばれそうだな、と思った。
かしこまりました、と頭を下げて、僕はカウンターの内側に入った。冷蔵ケースからゼリーを取り出し、小さな持ち帰り用の、取っ手のついた紙袋に入れた。ガラスがぶつかって壊れないように、保冷剤と、ペーパーナプキンを多めに入れる。男性客は席を立ち、レジの前で伝票を出す。
「保冷剤を入れてありますが、お早めに冷蔵庫にお入れください」
会計後、その紙袋を渡すと、男性は笑顔でありがとう、と言って店を出ていった。その後ろ姿にありがとうございました、と声をかける。
「──暑そうですね」
僕は、開いた扉の隙間から入り込んできた熱気に、思わずつぶやく。
「今日は30度くらいになるって、ニュースで言ってたな」
澤村さんが窓の外を見つめ、うんざりしたように言った。
「──大阪は、34度になるそうです」
今朝も、いつも通り。まるで独り言みたいな、一方的な内容だった。
僕が返事をしなくても、週に2、3度、黒尾さんはメールをくれる。
「34度! 溶けそうだな!」
澤村さんが天を仰ぐ。
東峰さんが、そうだね、と笑っている。
仙台の空は、快晴。
果てしなく続くブルー。真っ白な雲が、浮かぶ。
きっと、ここから遠く離れた関西の空も、同じように、ブルーと白のコントラスト。
どこまでも続くそれは──あんなに離れたあの人がいる場所とつながっているのだ。
体育館のコート。熱気と、ぬるい風と、高校生の僕たち。
いつかは、必ず。
あの他愛ないメールに、返事を打てる日が来るはずだ。
だから、もう少し。
僕の弱さを、許して。
きっと彼は、その日が来るのを待っていてくれるような気がした。
了
他人様の二次創作漁っていると、澤村が将来教師、っていうネタが結構ありまして(大抵体育教師(笑))
ぴったりだな! と思ってからは、もう、澤村が先生にしか見えない……。なので、ここでも教師です。体育か数学だな。どっちかは考えてないので、そのうち決めます(適当)
一応、仙台市の一番北の、泉区っていうところの教師設定にしてみました。「rise」のある駅とは反対側の終点駅です。
ところで、「ひげちょこ」っていいよね。
東峰さんを見ると、やっぱり「ひげちょこ」だな~って思うのです。
本編であんなにかっこいいのにね(笑)払拭できない「ひげちょこ」イメージ(^-^)
ひげのへなちょこって!(笑)