前にもどっかで書いたような気がしますけど、実は、HQ!!メンバーの中で、一番好き、というか、実際いたら好きになる! と思っているのが鎌先さんです。
……どうも、真っ向ストレートな男気あるおバカに弱くてね……(黒バスの若松さんとか)好みと、実際好きになるタイプは、違うんですねえ……。
クロとか赤葦とか、ちょっと大人びてて、理解あるタイプが好みなんですよ。おかしいなあ。
てなわけで、鎌先さん。
もう、書きたくて書きたくて。前に笹谷×鎌先のお話(「eye candy」クリックプリーズ)書きましたが、どうも難しくって。
ということで、彼は私の清涼剤(?)として「rise」に登場しております。
そして青根ね。青根かわいいなー。
東峰+月島+鎌先+青根
ケーキはシンプルが一番だよ。
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おくすりモンブラン~rise03~
「優秀なパティシエなら一人、知ってるけど」
カウンター席で、カフェモカのカップを持ち上げて飲んでいた鎌先さんが、そう言ってカップを戻した。さわやかなブルーのシャツを二の腕までまくって、今も現役スポーツマンと変わらないくらい鍛えられた腕をさらしている。短髪と、豪快な笑い方と、オーバーアクション。繊細さのかけらもないこの人の口から、「パティシエ」なんて言葉が出てきたことが、妙におかしかった。
思わず緩んでしまった口元をトレイで隠してしまった。
「N町のパティスリーで働いてる」
「ケーキ屋」でもなく、「パティスリー」。さらに、口元がにやけてしまい、僕は顔ごとトレイで覆った。
「──月島、何やってんだ、お前」
鎌先さんは、そんな僕の様子に顔をしかめ、かくんと頭を傾けた。「首を傾げる」というにはあまりに雑に、まるでぽきんと折れて倒れたような頭の傾きが、あまりにも鎌先さんらしくて、我慢できなくなった。
「あなたのせいです!」
こらえていた笑いをかみ殺して、僕はにらみつける。
「──俺、何かした?」
カウンターの向こう側の東峰さんに、鎌先さんが助けを求めるように問う。東峰さんは苦笑いしながら僕を見て、たしなめるように名前を呼んだ。僕はこほんと咳払いして、トレイを下した。
──鎌先さんがこの店にやってきたのは、偶然だった。
オープンしてひと月ほど経った頃、昼下がり、来客はなく、退屈な時間を過ごしていた僕と東峰さんは意味もなくしりとりをしていた。
──ブランコ。
──コレステロール。
──ルーレット。
──透析。
──……月島……いや、ええと、切符。
──プリン体。
──月島、ねえ、さっきから何だか怖い単語ばっかりだね。
──い、です、東峰さん。
──……イルカ。
そこで、ちりん、とドアベルが鳴って、あの重たい扉が、妙にひょいっと開かれた。短い金髪がまず目に入って、それから、白地にエンジのストライプのシャツを着たたくましい身体が目に入って、その顔を見て、僕は驚いた。
──鎌先さん?
思わず、呼びかけていた。向こうも同時に僕に気付いて、おー、と声を上げた。それからカウンターの東峰さんにも目をやって、さらに驚いたような顔をした次の瞬間、なんだか妙に人懐っこい顔をして、鎌先さんはにっと笑った。
しりとりは、僕の負けだった。
鎌先さんは、それから時々、店にやってくる。
高校を卒業してから就職をした鎌先さんは、5年後、独立したその会社の先輩にスカウトされて、今の会社に移った。この店の最寄り駅からひとつ先の駅の雑居ビルの二階、小さなデザイン事務所である。鎌先さんがデザイン事務所? と眉をひそめてしまったけれど、高校時代も専攻はデザイン系だったという。意外だ。
小さい事務所だけに、営業や、雑事も自分たちでやらなければならないらしく、外回りの最中のことだった。たまたま近くに打ち合わせに来ていた鎌先さんが、この店を見つけて、ちょっと休憩のつもりで入ってきた、というわけだ。
そういえば、と鎌先さんが言う。どっかから回ってきたメールに、お前らが店開いたって、書いてたような気がするわ、と。
だから、本当に偶然。
そんなこともあるんだな、と鎌先さんは豪快に笑っていた。
「そのケーキって、うちに卸してもらうことできるかな」
「どうだろうな。──連絡してみたらどうだ? 連絡先教えてやるよ」
スマホを取り出して、目当ての番号を呼び出し、カウンターのペーパーナプキンを引き抜いて、ボールペンでがりがりと番号を記す。ずいと突き出されたそのナプキンを見て、東峰さんが目を丸くした。僕は気になってカウンター越しに身を乗り出して、東峰さんの手元を覗き込んだ。
ナプキンには、乱雑な文字で電話番号と、「青根」という文字が書かれていた。
「──青根さん、パティシエなんですか?」
「おう」
あまりの驚きに思わず震えた。高校時代、苦しめられた鉄壁。その強面は寡黙さと相まって、対する相手に威圧感を与える。
試合を離れればどちらかというとおっとりとおとなしい性格だと聞いたことはあるが、にわかには信じられなかった。
「結構大きな店で5年くらい修行して──今の店は、小さいけど、友人と共同経営って言ってたな。わりと自由効くんじゃないか?」
「月島、一度、食べてみようか」
「そうですね。N町なら、近いですし」
「面倒くせーな。なんなら今呼べば? 車ならすぐだろ」
言っている間に、鎌先さんはスマホを持ち上げ、電話してしまった。相手が出たらしく、久しぶりだな、と声をかけ、どんどん話を進めていく。
知り合いの店が、ケーキを出したいと言っている。よかったら何種類か試食させてやってくれ。もし今時間あるなら、来れねーか。などと、向こうの都合も、こちらの都合も無視して、鎌先さんは勝手に約束をしてしまう。
電話を切った鎌先さんが、
「手、空いたらすぐ来るってさ」
呆れた顔の僕に気付かずに、そんなことを言う。
「……鎌先さんって……」
「ん、何だ?」
「いえ、もういいです」
鎌先さんは意味が分からないらしく、しきりに首をひねっている。何かしたかー? などと、鈍いにもほどがある発言までして。
「でも、いいのかな。まだ決まったわけじゃないのに、わざわざ来てもらったりして」
東峰さんが心配そうな顔をする。
「気にすんな」
「それをあなたが言いますか」
「俺の後輩だからな」
「……気の毒に」
僕は溜め息をついた。
約30分後、ガラスの向こう、軽自動車が停まったのが見えた。運転席のドアを開けて降りてきたのは間違いなく青根さんだった。僕よりも背の高い彼が、腰をかがめて、まるでくぐるように車の後部座席に頭を突っ込み、大きな箱を手にしてこちらにやってきた。
ちりん、とドアベルが鳴り、入り口の高さぎりぎりの長身が少しだけ頭を下げて入ってきた。
「おう、青根。わざわざ悪ぃな」
鎌先さんが右手を挙げて、青根さんはふるふると首を振った。東峰さんと僕にぺこりと頭を下げて、カウンターに持っていた箱を置いた。
「覚えてるよな、東峰と、月島」
僕らが会釈すると、青根さんもまた、頭を下げてくれた。
「お久しぶりです」
「久しぶり。高校以来」
「そうですね」
僕と東峰さん差の間、順番で行けば僕より一学年上の青根さんは、ひとつ年上の東峰さんを見てから、
「お店、知ってました。──いつか来るつもりで」
「うん、ありがとう。こちらこそ、突然ごめんね」
「悪いのは鎌先さんですから」
僕が横槍を入れると、鎌先さんは素知らぬ顔でお冷を飲んでいた。青根さんは慣れているのか、また、ふるふると首を振った。
「これ、うちのケーキ。適当に、いくつか、持ってきた」
「ありがとう。代金はちゃんと払うよ」
カウンターの上の箱を開くと、色とりどりのケーキが7~8種類ほど詰まっていた。華美な装飾はない、シンプルなケーキばかりだった。けれど作りは丁寧で、基本に忠実、完成度の高いものばかり。
思わずごくりと喉が鳴る。それを聞き逃さなかった鎌先さんが、にやにやしながら、
「月島、うまそうだろ。──こいつの作るケーキ、すげーぞ。有名店のに引けを取らねーよ」
「食べたいです。食べていいですか?」
東峰さんと、青根さんの許可を得て、カウンターの上にずらりと並んだケーキの中から、まずはショートケーキに、受け取ったフォークを入れた。整列したイチゴのスライスと、均等に均らされたクリームの断面が恐ろしくきれいで、食べる前にもう、絶対においしい、と確信した。
一口食べたら、ほわわ、と気分が高揚するほどの幸福感が襲う。
「青根──さん!」
僕はぎゅっとフォークを握り締め、言葉にならないほどの感動を覚える。
「おいしいです! すごい、これ、完璧です! こんなにシンプルなのに、今まで食べた中でもかなりの上位に入ります! というか、一位かもしれません!」
僕の言葉に、青根さんが焦ったように両手と首をぶんぶんと振った。実は照れているようだと、少しだけ緩んだ頬で、分かった。
「青根は丁寧だからなー。手を抜かねーし、妥協しねーし」
「──うん、すごくおいしいね」
ほかのケーキを味見していた東峰さんも、感心したようにうなずく。
「全部、青根くんが作ってるの?」
青根さんはこくりとうなずいた。
「ああ! このチーズケーキも、すごい! ベイクドチーズのまったり感も素晴らしいですが、スフレタイプのふわふわ感が半端じゃないです! 口の中でしゅわっと溶けるのに、後味が濃厚で……んんん、何ですか、このクラシックショコラ! ほろりとしてるのにしっかりとチョコレートの味がして、それなのにしつこくなくて──ああ、このシューもすごい! クリームが……これ、生クリームにカスタード入ってますよね? 見た目は生クリームなのに、食べるとぽってりした食感もあって、こんなにベストバランスのホイップカスタードなんて、生まれて初めて食べました!」
「月島、少し落ち着こうか」
東峰さんに言われて、僕は我に返った。並んだケーキの半分以上に手を付けて、あまつさえ食べ切ろうとしていた。僕は赤くなって、そっとフォークを置いた。
「すみません……つい」
鎌先さんが爆笑している横で、青根さんが首を振った。
「そんな風に言ってもらえて、すごく、嬉しい」
青根さんが恥ずかしそうに、少しだけ笑った。青根さんの笑った顔なんて初めて見た。いつもの強面が、どこかほのぼのとした雰囲気をまとう。
ああ、この人は、こんな風に笑うんだ、と妙に嬉しくなった。
「何だか、懐かしいような気持になるケーキだね。──今は、おしゃれな見た目とか、ちょっと珍しい組み合わせとか、そういうものが主流だと思うんだけど」
「東峰さん、見てください! モンブランが黄色です! これ、あれですよ、上の部分はサツマイモのやつです! そうですよね、青根さん!」
青根さんはうなずく。
「懐かしいって、分かります。これ、小さい頃よく食べました。今のモンブランは、ちゃんと全部栗でできてるのもありますけど」
「店では、和栗のモンブランもある。──でも、俺が、このケーキ、好きだから」
「青根さん、モンブラン好きなんですね」
「栗きんとんが──」
「ああ、栗きんとん。そういえば、この黄色いモンブランって、栗きんとんみたいですね」
僕はフォークを刺し入れて、モンブランをすくい取る。口に運んだら、懐かしい甘みが広がり、口元が持ち上がる。てっぺんに乗った栗の甘露煮をかじったら、サツマイモのクリームと混ざって、確かに栗きんとんの味だと思った。
「東峰さん」
僕が呼びかけると、東峰さんは何を言いたいか分かったらしく、うなずいてくれた。
「青根くん──このケーキ、うちの店で仕入れさせてもらうことは可能かな」
「そうしてもらえたら、嬉しいです。──俺一人で作っているので、あまり数は出せませんけど──」
「いっそのこと、限定にしたらどうだ? 一日2~3種類、5個くらいずつ仕入れて」
鎌先さんの言葉に、東峰さんがうなずく。
「ああ、それもいいね。希少価値が出る。正直、うちはまだそんなに客数も多くないし、あまり沢山仕入れても、全部捌けるとは限らないし」
「決まりですね。──あの、この、残ったケーキ、食べてもいいですか? おいしすぎて止まりません」
青根さんはきょとんとして、それからまた、照れたように笑った。
どれもおいしいけれど、やっぱりショートケーキのおいしさは格別だ。デコレーションもシンプルで、絞り出した生クリームは寸分の狂いもなく正確に同じ大きさ、同じ間隔で並んでいる。これを、僕よりも背の高い、威圧感さえ感じさせる見た目の青根さんが作ったのだと思ったら、とても不思議な感じがした。
話し合いの結果、ケーキは、週に3日、3種類ずつ提供してもらうことにした。東峰さんが開店前に青根さんの店に寄り、その日のケーキを運んでくる、ということになった。
二種のチーズケーキのどちらかとクラシックショコラは定番で、残りの一種類はその日の気分。青根さんのおすすめだったり、東峰さんの直感だったり。カウンターに顔を突き合わせて、細かいことを話し合った。
鎌先さんは2時間近く居座っていたけれど、会社からの呼び出し電話がかかってきて、慌てて戻っていった。
青根さんは、東峰さんの入れたコーヒーを飲んで、おいしいです、とつぶやいた。
「高校時代の仲間とは今も会ってるの?」
今日はとことん客が少ない。青根さんが訪れてから1時間くらい経つが、新しい客はやってこない。だから、僕もカウンターのスツールに腰かけて、青根さんと東峰さんが交わす会話を聞いていた。
「たまに。──でも、会ってないやつも、います」
「機会がなくて?」
青根さんは少しだけ考え、小さく首を振った。
「多分、違うと、思います。でも──ケンカとかじゃなくて」
「──色々あるよね、生きてれば」
青根さんはうなずく。
「二口、は、いいやつです。──だから、多分、怒ってる」
「二口、くん?」
「俺が、バレーを、やめたから」
砂糖をひとつ入れた青根さんのカップのコーヒーは、琥珀色。ふわりとその香りが僕のところまで届く、深煎りロースト。
「いつか、二口にも、食べてもらいたい」
散々食べ尽くしたケーキは、もう、跡形もなかった。東峰さんは味見程度、たまに鎌先さんもフォークを伸ばしていたけれど、そのほとんどは僕の胃の中だ。
青根さんの作るケーキは、優しくて、丁寧で、とてもきれいな味がする。
「そうだね」
東峰さんはそう言って笑い、青根さんがまた、うなずいた。
苦しんでいるのは、僕らだけじゃない。
東峰さんは、国見の苦しみにも気付いた。
だから、きっと。
「青根さん」
僕の声に、青根さんが顔を上げる。
「僕、ショートケーキ、大好物なんです。──今度、お店に買いに行きます」
「──うん」
「作り続けてください。──僕、もう、きっと、青根さんの作ったケーキが食べられなくなったら、生きていけないと思います」
「大げさだな、月島」
東峰さんが呆れたような声を出す。
「──うん、分かった」
けれど青根さんは馬鹿正直にうなずいて、それから小さく笑ってくれた。
甘いクリームと一緒に──僕の、そして青根さんや、東峰さんや、国見の苦しみも、溶けてしまえばいい。
あんなにきれいで、繊細で、おいしいケーキなら、きっと。
僕らを癒す薬にだってなるような気がした。
了
モンブランの黄色いクリームは、白あんや栗の甘露煮をクチナシの実などで着色したり、サツマイモややぼちゃで作ったりしていたそうです。なので、ここではサツマイモ。青根の好きな「栗きんとん」風のものにしました。
多分、私たちの父親世代の男性は「モンブランと言えばこっち」って人、多いと思います。うちの父もこっちのモンブランが好きです。
私は完全に和栗派なんですが、たまにこの懐かしい黄色いモンブラン、買ってきちゃいます。
二口は……多分、そのうち、登場予定……。
鎌先さんは、これからもちょくちょく出てきます。完全に私の好みです。すみません。