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2013.03.23
18きっぷで常磐線の旅(前編)
2月下旬に鉄友定例会(不定期ですが)で18きっぷでどこへ行くかと話している時に
東日本大震災の話になりました。
私の職場がある埼玉県北部は震度5強でしたが、あの時の怖さはまだよく覚えています。
あれから2年経ちますが…いつでも乗れるから!と後回しにしていた常磐線完乗の旅も夢のままです。
私が生きているうちに全線復旧できるのか…。
ここで原発について、賛成か反対か…?というのは簡単には言えませんが、
思うのは「いざという時に制御が出来ないエネルギー」に安易に頼り過ぎたんじゃないかと。
私も最近の仕事面で猛省しているのですが「安易に楽な方に甘えるとその時点で思考停止する」ので厄介ですね…。
話が逸れましたが、震災→常磐線の話から
「常磐線に完乗できないなら、行けるところまで行ってみようじゃないか!」という事になり、
18きっぷで上野方向からの終着駅、広野駅へ向かいました。
******************
上野駅⇒勝田駅⇒広野駅⇒(戻り)いわき駅⇒(水戸線直通)小山駅⇒宇都宮線の行程です。
上野駅から勝田駅まではE531系快速列車に乗りました。
方向幕仕様はほとんどE231と変わりないような気もしますが…勝田行き方向幕です。
常磐線の車窓ですが…いわき駅までなら磐越東線に乗るために乗った事があり、
その時はほとんどの区間で寝てしまいました。
今回は…!というと、ほぼ始発で上野まで来ていたため、やはり睡魔に負けてうとうとしているうちにあっという間に勝田へ到着しました。
勝田ではE657系「スーパー(フレッシュかもしれない)ひたち」に出会いました。
この列車は外のデザインももちろんですが、座席など車内のデザインがいいですよね(^^)
この日乗る事は無かったですが…。
↑改めて見ると人の顔っぽいです…(><)
そしていよいよ「広野行き」の列車に乗車です。
車内は平日の昼間でしたが本数があまりないためか、結構混んでいました。
↑正面の幕が白幕でした。
↑411系です。正面の顔はほぼ211系と変わりません。
復旧当時は白幕だったらしい方向幕も今では「広野」の表示がされていました。
混んでいた列車もいわき駅でほとんどの人が降りて行きました。
その残っていた人もひとり、またひとりと降りて行き、終点広野に着く頃には車両に私達の他2、3人しか残っていませんでした。
鉄友Mさん情報では、終点広野駅は原発から23キロ地点…震災前にいた人たちがみんな戻ってきている訳ではないようです。実際にいわき~広野まではなんだか、ローカル線とはまた違う静寂がありました。
↑いわき駅を過ぎてしばらくすると海が見えてきました。
この日は天気が悪く、海が荒れていたので余計に寂しい風景です。
↑久ノ浜駅舎です。静かな駅前、綺麗な駅舎でしたが、この辺りは津波で壊滅的な被害を受けたところだと帰って来てから知り、当時の写真も見て、愕然としました。
沿線で工事車両が入って更地になっている場所がいくつもありました…一瞬で全てを変えてしまう津波の怖さを改めて感じます。
そして終点広野駅です。
↑跨線橋が閉鎖されていて、奥のホームを使うことはありません。
広野駅で乗ってきた列車が折り返していきましたが、次の列車まで広野駅に残る事にしました。
不謹慎と思われる人もいるかもしれませんが、広野駅の様子は次回に書きたいと思います。
東日本大震災の話になりました。
私の職場がある埼玉県北部は震度5強でしたが、あの時の怖さはまだよく覚えています。
あれから2年経ちますが…いつでも乗れるから!と後回しにしていた常磐線完乗の旅も夢のままです。
私が生きているうちに全線復旧できるのか…。
ここで原発について、賛成か反対か…?というのは簡単には言えませんが、
思うのは「いざという時に制御が出来ないエネルギー」に安易に頼り過ぎたんじゃないかと。
私も最近の仕事面で猛省しているのですが「安易に楽な方に甘えるとその時点で思考停止する」ので厄介ですね…。
話が逸れましたが、震災→常磐線の話から
「常磐線に完乗できないなら、行けるところまで行ってみようじゃないか!」という事になり、
18きっぷで上野方向からの終着駅、広野駅へ向かいました。
******************
上野駅⇒勝田駅⇒広野駅⇒(戻り)いわき駅⇒(水戸線直通)小山駅⇒宇都宮線の行程です。
上野駅から勝田駅まではE531系快速列車に乗りました。
方向幕仕様はほとんどE231と変わりないような気もしますが…勝田行き方向幕です。
常磐線の車窓ですが…いわき駅までなら磐越東線に乗るために乗った事があり、
その時はほとんどの区間で寝てしまいました。
今回は…!というと、ほぼ始発で上野まで来ていたため、やはり睡魔に負けてうとうとしているうちにあっという間に勝田へ到着しました。
勝田ではE657系「スーパー(フレッシュかもしれない)ひたち」に出会いました。
この列車は外のデザインももちろんですが、座席など車内のデザインがいいですよね(^^)
この日乗る事は無かったですが…。
↑改めて見ると人の顔っぽいです…(><)
そしていよいよ「広野行き」の列車に乗車です。
車内は平日の昼間でしたが本数があまりないためか、結構混んでいました。
↑正面の幕が白幕でした。
↑411系です。正面の顔はほぼ211系と変わりません。
復旧当時は白幕だったらしい方向幕も今では「広野」の表示がされていました。
混んでいた列車もいわき駅でほとんどの人が降りて行きました。
その残っていた人もひとり、またひとりと降りて行き、終点広野に着く頃には車両に私達の他2、3人しか残っていませんでした。
鉄友Mさん情報では、終点広野駅は原発から23キロ地点…震災前にいた人たちがみんな戻ってきている訳ではないようです。実際にいわき~広野まではなんだか、ローカル線とはまた違う静寂がありました。
↑いわき駅を過ぎてしばらくすると海が見えてきました。
この日は天気が悪く、海が荒れていたので余計に寂しい風景です。
↑久ノ浜駅舎です。静かな駅前、綺麗な駅舎でしたが、この辺りは津波で壊滅的な被害を受けたところだと帰って来てから知り、当時の写真も見て、愕然としました。
沿線で工事車両が入って更地になっている場所がいくつもありました…一瞬で全てを変えてしまう津波の怖さを改めて感じます。
そして終点広野駅です。
↑跨線橋が閉鎖されていて、奥のホームを使うことはありません。
広野駅で乗ってきた列車が折り返していきましたが、次の列車まで広野駅に残る事にしました。
不謹慎と思われる人もいるかもしれませんが、広野駅の様子は次回に書きたいと思います。
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