ある食口に「私は完全にお母様につまづいてしまった」と話すと、「え~っ?聖霊に逆らう者には許しがないと聖書に書いてあるじゃないか」と言われた。
「人の子に言い逆らう者は赦される。 しかし、聖霊に言い逆らう者は、この世でも後の世でも赦されることがない。」 「人が犯す罪や冒涜は、どんなものでも赦されるが、霊に対する冒涜は赦されない」
との聖句(イエス様の言葉)のことを言っているのだ。
お母様=実体聖霊だからと。
私は何も言い返さなかった。
「ああ~、そういうふうに考えているんだね」と思いつつ、心の中によぎったことは、
「父を証さない母、イエス様を証さない聖霊ってある?」という疑問だ。
聖霊は、感動と慰労の働きをしながらイエス様を神の子、メシヤだと証する。
そうしてイエス様から2000年、キリスト教の歴史があった。聖霊の導きにより、クリスチャンは会ったこともないイエス様を愛し、慕い、生命をかけて殉教も恐れず伝道してきた。信仰を貫いてきた。
聖霊がイエス様を証しせずに、「自分に従え」「自分に侍れ」と働きかけるはずもない。もしそう働きかけてきたとしたら、それは本物の聖霊?
それとも偽物?
検証が必要だろう。
まさか、イエス様への道を妨げる悪霊現象では?
徳野元会長が公式の場で語られたことを覚えている。
「『もっとお父様の証しを語ってくださいませんか?食口たちもそれを期待しています』とお母様に伝えた。すると、お母様は『そんなに言うんだったら、徳野、あなたが証ししたらいいんじゃないの』と言われた」
そんな話だ。
原理から見たエバ(母)の使命。
カインとアベルを一つにして、アダム(父)につなげる。
たとえば、エバ(母)国日本も、カイン(朝総連)とアベル(民団)を一つにして、アダム(真の父)につなげる。
カイン(北朝鮮)とアベル(韓国)の南北統一も、母国日本の使命が大きい。
そんな教育を受けてこなかっただろうか?
私はこの写真を大切に保存している。
2008年4月6日、お父様は、なぜこの儀式をさせられたのだろうか?
3人に、何を願われていたのだろうか?
これは果たされなくても良いのだろうか?
全然一つにならないままで、摂理は次の世代に延長するのだろうか?
天苑宮が摂理の完成、歴史の完成と言われても、全然納得がいかない。
結論
父を証さない聖霊は、本当の聖霊ではないので、良い逆らうことを怖れる必要はない。
お母様を冒涜する必要はないし、お父様の生涯路程で共に勝利してくださり、祝福を与えてくださったことは感謝している。
尊敬している。
しかし地上に生きている間は、誰にもまだ人間の5%の責任分担が残っている。
この写真を見ながら、お母様をはじめ、ご子女様たち、そして祝福家庭が使命を全うすることを願い祈るばかりだ。
「分裂」という現実から目をそらさずに、直視して、誰かに責任転嫁するのでもなく、自らの責任として責任を果たしていこうとする人、そういう人がほんとうの責任者になっていくのではないだろうか?
神様もそういう人を、摂理の中心人物として立てるのではないだろうか?
その中心人物というのは、世界的摂理だけでなく、家庭的次元の摂理、氏族的次元の摂理・・・とそれぞれの次元での中心人物で、他人ごとではない。
「予定論」をよくよく掘り下げてみよう。
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