1月22日、母の一周忌の日がやってきました。

細い細い小雨降る寒い日でした。
改めて、こんな日に母は永遠の眠りに天に召されていったのだと思い出しました。
一年経ったこの日が遠い日の出来事のような気もし、兄弟が集まる時はいつも母の笑顔があったのに
それが無い今日のこの日が、なにかとてつもない寂しい日のように思えた一周忌の日でした。
最近は、「千の風」の歌のヒットもあって、死者はお墓なんかに居ないという考え方もある意味
浸透して来ましたが、どうでしょうか?
私は宗教を持っていませんが、母を思う日は母が生きていた頃のようにのように、
私の中では母と会話が出来る日々でした。
「きっと、母はこう言うだろう。」と、容易に想像出来たからです。
そういう意味では、母は自分の側にいつも居たと言えるかも知れません。
会食も終わりまだ仕事もある夫と玄関に出たところで、義姉が小走りに追ってきて
私にひとつのものを手渡しました。
後で見てみるとメモが入っていて、
「お母さんから頂いたものです。私も先行きも分からないので○○ちゃん(私のこと)が
持ってくださるといいのですが、お願いします。」と、ありました。
母の手つくり?かも・・・・・の小袋

義姉は多分、こういうものに母の居場所を求める私の気持ちを知っているのかもしれません。
私達の母親は 何でも手作りする時代でしたね お布団まで家で縫っていました。
お母様の小袋を拝見していて 懐かしく母の事を思い出しました。
何時までも寂しさは癒される事は無いでしょうが 残された家族が仲良く元気に過ごす事が供養になるのではと思っています。
お優しいお義姉さんですね 1つ又はなこさんの宝物が増えましたね 良かった!