夫が亡くなった後、まだ大きな仕事が私に残っていることを認識しました。
亡くなった直後の事務仕事は一生懸命やったので、割にあっさりと終えられたと思うのだが
その後も続く片付けを思うと、
夫は何故、こんなに日々の自分の片づけさえしていなかったのだろうか・・・・と
恨めしくも思いながら、「いやいや、夫が先でよかったのだ。」と、思い立ち返る。
もしそうでなければ、夫はその後の毎日の生活にも大変に困っただろうし
生活さえままにならなかったに違いないとさえ思う。
“男やもめに蛆がわく” の故事諺に近いものになったのではと想像さえする。
どこに何が仕舞ってあるのかさえも分からなかったと思う。
定年直後は、食後の食器は洗ったものの、その食器を食器棚にしまうことを覚えなかった。
覚えようとしたのかもしれないが、食器棚を見て「まるで・・・・、パズルだな。」と
口走ったのを聞いた覚えがある。
洗った食器をどこに重ねたらよいか分からなかったらしい。
なので今、私はまだまだ続く片づけ仕事に追われているのだ。
いくら時間があっても足りない位・・・。
時に時々、「夫の死後の片づけは、何もしていない。」と、言って
亡くなった人と別れがたくしている人もいるけれど、それぞれ勝手だとは思うけれど
私は違うと思う。
後になったら、自分も歳をとっていくばかり。
体力のある今なら、そして、片づけなくてはという気持ちがある今なら、進めていけるように思う。
自分だって、いつかは死ぬのだ。
後の片づけはどうする?
人ひとり亡くなってもこうなのだから、先に逝った人の片づけをしなかったら
自分が死んだときには、ふたり分とはいかない。
夫ひとりの分の10倍以上、もっとあると想像する。
残された人も残りの人生を、元気に生きていかねばならないのだ。
最愛の家族が亡くなったことはそれは、悲しいし寂しいことには違いない。
片づけている最中にも、長年共に暮らした思い出はひるがえり、過ぎ去っていった年月の
不甲斐なさも押し寄せる。
これからはひとりであっても、暮らしやすい環境を自分で作っていかなくてはと思う。
先のことは誰にも分からないが、人生は今、100年時代とも云われ始めた。
いつも朝食後、新聞を読んでいると午前10時はすぐに回ったりして、午前中の時間が大変短くなり
まとまったことを何ひとつできなかったという時もあるので
朝は、いつまでも布団の中に居たい(朝が苦手)けれど、一時間早く起きて
配達されたほやほや新聞を庭のテーブルで読むことにした。
健康の為に本当ならば朝散歩をして、お日さまの光を充分に浴びたいところだが
それも出来ないので、庭で朝日を背に浴びながら、新聞読みをしてしまおうと思ったわけ。
我ながらこれはいいアイデァで、一石二鳥というのはこういうわけです。
やりたいこと、やらねばいけないことが山ほどあっても
歳を重ねた分、一日は猛スピードで終わっていく。
明日はサークルの日、絵も描きたい。
料理も少しだけ、一品くらいは作りたい。買ってばかりしていないで。
今日は、☆南瓜の豚肉そぼろ煮
豚ひき肉、南瓜、ニンニク、赤唐からし、ごま油、味噌、酒、みりん、砂糖も少々で。
こっくりと白いご飯にあう。
21日は中秋の名月、満月と重なるらしい。
お天気が良ければ、美しいお月さまに会えるはずです。