ゴールド投資の記録 ゴールドの歴史
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ゴールド投資の記録

 まもなく到来する石油生産のピークアウトは経済や金融システムを崩壊の危機に直面させることになるでしょう。だとしたら、私達は長きに亘って発展してきた文明社会の頂点に立っているという事であり、この先世界を待っているのは長い黄昏の時代です。数百年に一度の激動期、ゴールドは輝きを放つのでしょうか?

オイルショック当時、ゴールドはどう動いたか(米国ver)

 以前、1970年代に起こったオイルショック時の円建て金価格・日経平均株価・卸売物価指数の動きを記事にしましたが、ドル建て金価格及び米国株価と物価の動きについてもまとめてみました。

オイルショック当時、ゴールドはどう動いたか

オイルショック当時の金価格推移(ドル建て)
西暦金価格(ドル)S&P500株価指数消費者物価指数備考
1972100100100
197317683106第1次石油ショック
197428558118OPEC、原油価格2倍へ引き上げ
197522876129
197621191136
197725781145
197835181156
197983091174第2次石油ショック
1980919115197
1981618104217
1982695119231
※1972年を基準(100)とする。

 S&P500株価指数は途中40%近く暴落していますが、その後持ち直しオイルショック前と比べて結局19%上昇しています。ただし物価は2.3倍にもなっているので「実質的」に大きくその価値を減らしました。その間、ドル建てゴールドは7倍近くにも上昇しているのとは対照的です。オイルショックは物価や人件費の高騰を通じて企業収益を圧迫するのは確かですが、それが必ずしも「名目的」な株価の下落に繋がる訳ではないのです。


金貨・金兌換券そして紙幣

 我が家のリビングに飾ってある額を紹介します。私はポートフォリオをゴールドに重点配分するようになった5年前から、毎朝これを見てから会社へ出勤しています。教訓としてです。

20200424GOLDNOTE1.jpg
 1929年世界恐慌前に流通していた米国10ドル金貨と10ドル金兌換券、そして現代の10ドル紙幣をまとめたものです。それぞれの額面はすべて10ドルです。

 かつて金兌換券はいつでも金貨と交換することが出来ました。元々紙幣は銀行の起源である金細工職人(ゴールドスミス)が顧客から預かった金の預り証として生まれたのが始まりです。その流れで世界恐慌以前の紙幣も中央銀行が保有している金にリンクさせる金本位制として機能していました。そうしてただの紙切れである紙幣に信用の裏付けを与えていたのです。


20200424GOLDNOTE3.jpg
 10ドル金兌換券にはGoldCertificate、金証券と表記されています。
 This Certificate Is a Legal Tender in The Amount Thereofin Payment Of All Debts And Dues Public And Private”この証券は法定通貨として全ての公的私的な債務返済及び諸費支払いに通用する” といったところでしょうか。納税に使えるというのは政府が紙幣に与えた信用の裏付けの一つです。



 そして次の文言が書かれています。In Gold Coin Payable To The Bearer On Demand ”要求があり次第、持参人に金貨を支払います" この文言は現在の連邦準備券にはありません。金兌換券は「持参人払い」とすることで実際には金と交換されることなく、まるで金と同じものとして市中に広く流通していったという歴史的な経緯があります。画期的な文言だったのです。

 米国の金本位制は1933年の大統領令によって曲がり角を迎えます。国民は金及び金証券の保有を禁じられ、引き換えに1オンス20.67ドルの兌換レートでドルを与えられることとなりました。その後、連邦議会は1934年金準備法を制定し、1オンス35ドルという新しい金価格を承認しました。つまりこの瞬間、金に対するドルの価値は41%下落したのです。世界恐慌による経済への打撃を回復させるため、財政拡張や債務の実質的減免及び通貨供給の拡大といった政策を推進するには、通貨に金の価値をリンクさせていたことが足かせだったのです。

 写真の10ドル金貨、金の含有量は15.05gで2020/5/2現在の価値は827ドル相当です。つまり世界恐慌から91年を経てドルの価値は82分の1になってしまったということです。そして私たちが日々利用している通貨にはそもそもそういった問題をはらんでいるという現実があります。米国FRB議長をつとめたグリーンスパンは自身の論文「金と経済的自由」で次のように述べています。

 「金本位制がなければインフレによる没収から貯金を守る手段は存在しない。安全な価値貯蔵手段なるものはない。」


オイルショック当時、ゴールドはどう動いたか


 サウジアラビア周辺の中東情勢の雲行きが怪しくなりつつあります。

 言うまでもなくサウジアラビアは世界最大の産油国であり、周辺には有力な産油国が集中しています。

 もしサウジアラビアが戦争もしくは内戦に見舞われるような事態になれば世界経済に激震が走ることになるでしょう。現代文明の維持発展は石油の消費を基礎としており、その供給が滞ることになれば1970年代に襲ったオイルショックの再現となる可能性があります。そこでオイルショック当時、金価格がどう動いたのか点検してみようと思います。


オイルショック当時の金価格推移
西暦金価格(円)日経平均株価卸売物価指数備考
1972100100100
197316383116第1次石油ショック
197428474152OPEC、原油価格2倍へ引き上げ
197523184157
197620596165
197720494168
1978226116163
1979661126175第2次石油ショック
1980619136207金価格6,495円/g
1981450148209
1982541154213
※1972年を基準(100)とする


 1973年の第1次石油ショックは第4次中東戦争をきっかけに起こりました。翌年にはOPECが石油価格を2倍に引き上げたこともあり、卸売物価指数は1972年比で50%を超える上げ幅となっています。石油は電気・輸送・石油化学製品等、広く活用されていますので物価への影響力が極めて高いのです。

 この年、日本は戦後初めてマイナス成長を記録し高度経済成長は終焉を迎えました。またインフレに強いと言われる株式ですが、日経平均株価は逆に26%のマイナスに陥っています。そして注目の金は、物価の上昇幅を遥かに上回り184%もの上昇を演じました。

 次に1979年に発生した第2次石油ショックはイラン革命によりイランでの石油生産が中断した事が発端です。物価は1978年から2年間で27%上昇しました。日経平均株価は17%プラスでしたが物価上昇率には及んでいません。つまり実質的にはマイナスだったのです。一方、同期間で金価格は173%上昇しました。

 そして1980年1月には、円建て金価格は6,495円/gの最高値を付けることになったのです。この記録は2017年11月20日現在においても更新されていません。1972年からの8年間、2倍の物価上昇に対し金価格は6倍もの価格になったのです。


国家による金の没収-大統領令6102

 1933年4月5日アメリカのフランクリン・D・ルーズベルト大統領は、世界恐慌による国家緊急事態が今なお存在していることを宣言し、個人、パーナーシップ、団体、企業による合衆国国内での金貨、金地金、および金証券の保有を禁止する大統領令6102に署名しました。


大統領令6102
 これによりすべての法人・個人は、現在保有しているすべての金貨、金地金、金証券を、1933年5月1日までに連邦準備銀行もしくは連邦準備制度の加盟銀行に引き渡すことを義務づけられ、故意に違反したものは1万ドル以下の罰金刑もしくは5年以上10年以下の禁固刑に処せられる、とされました。

 アメリカ国民は保有する金を政府に差し出すよう命じられ、それと引き換えに1オンス20.67ドルの兌換レートでドルを与えられることとなりました。職業上慣習的に金を使用している歯科医や宝石商などは少数の例外とされ、一般国民は100ドル相当の金(5オンス)と、特別な価値が認められている希少コインの形での金は保有できるとされました。

 その後、連邦議会は1934年金準備法を制定し、1オンス35ドルという新しい金価格を承認しました。つまり金に対するドルの価値は41%下落したのです。これは国民の財産を国家が没収したのも同じ事でした。

 金保有禁止令は、それが解禁されるまで約40年間も継続されました。1971年12月31日になって、やっとアメリカ人の金保有が認められることになったのです。

 現代社会において国家が個人の財産を一方的に取り上げるという事態は、まず起こり得ないと思います。しかし非常時において国家はどんな手段でも実施する可能性がある、という事は覚えておいた方が良さそうです。


金本位制

 1971年まで世界の通貨制度は金本位制を採用していました。

 金本位制は、金を本位貨幣(一国の貨幣制度の基準となる貨幣)とする貨幣制度をいいます。その特徴として、金貨の自由鋳造や自由溶解、金の自由な取引により、貨幣の流通価値を一定量の金に結びつけることにあります。

 闇株新聞さんのブログ記事で触れられていたので興味が湧き、制度について改めて調べてみたのですが、金本位制の下では金貨を溶解したり作り直したりすることが自由とは知りませんでした。現代においては通貨を損傷させることは当然罪に問われることなので意外だったのです。(ただし国内での話で邦貨を海外で損傷させる場合は罪に問われません。)


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プロフィール

GC

Author:GC
2002年からゴールド投資を始める。2015年まで米国株メインでしたが、現物ゴールドを中心にポートフォリオを再構築しました。2021年新型コロナの渦中に地方移住を決断し、自家菜園やオフグリッドを模索中。2024年9月自主退職。

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