ホスピスナースは今日も行く ビスコッティ (1)
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ホスピスナースは今日も行く
アメリカ在住日本人ナースが、ホスピスで出会った普通の人々の素敵な人生をおすそわけします。
ビスコッティ (1)
 もうすぐクリスマス。この時期になると、私は毎年、ビスコッティという、イタリアの二度焼きクッキーを大量に焼きます。3種類のビスコッティを、それぞれレシピの4倍ずつ、全部で400個近く作り、家族や友人、ご近所や、お世話になった方々へのギフトにするのです。結婚して最初のクリスマスに、一応イタリア系の嫁になったのだから、何かイタリアンなものを作ってみよう、と思って見つけたのがこのレシピで、これが予想以上に好評だったため、なんとなく恒例になってしまったのです。週末、一日がかりで生地を作り、翌日一日がかりで焼きます。その日はもう、家中クッキーのにおいが充満し、娘は、“クリスマスの匂いがする”と言って喜びます。(要するに、この時くらいしかクッキーなど焼かない、と言う事なのですが...)ただ、今年のビスコッティ作りは、私にとって少し辛いものになりました。
 カリーナさん(仮)は、生粋のイタリア人で、今のご主人と結婚して、アメリカに来ました。まだ50代の半ばでしたが、胃癌の手術の後、肝臓に転移が見つかり、化学療法を受けていました。パリアティヴケアの初回訪問する受け持ち患者さんに彼女の名前を見つけた時、私は“あれ?”と思い、住所を見て“やっぱり”と確信し、同時に、“ああ、これはちょっときついケースになるだろうな”という予感がしました。実は、カリーナさんは、サヴァティーナ家での、私の3人目の患者さんだったのです。サヴァティーナ家は、30数年前に夫婦と5人の息子さん達でイタリアから移住し、造園業で成功した一家でした。兄弟たちは皆スープの冷めない距離に住み、それぞれの奥さんたちも皆イタリア人で、家族のつながりがとても強い、典型的なイタリアンファミリーでした。私の最初の患者さんは、カリーナさんのお義母さんで、お義父さんと一緒にお隣の長男夫婦と同居していました。それが5年ほど前の事で、その1年後にお義父さんを受け持ちました。お義母さんの時も、お義父さんの時も、カリーナさんはよく顔を出し、お義姉さんの手伝いをしたり、パスタ料理や焼き菓子を差し入れていました。お義父さんもお義母さんも英語は話さず、いつもカリーナさんを含む家族の誰かが、通訳をしてくれていました。そして、私が日本人だということや、イタリア系アメリカ人と結婚していることなどもあって印象に残ったのか、訪問していた期間は短かかったのに、カリーナさんの初回訪問では、本人やご主人を始め、同席したお義姉さんも私のことを憶えていてくれたのです。
 もともと小柄なカリーナさんは、4年前に会った時よりもさらに細くなっていました。化学療法の副作用で嘔気が強く、悪液質(癌のために痩せ過ぎて全身が衰弱している不健康状態)になっていた為、一旦治療を中断し、とにかく何とか体力をつけることが当面の目標でした。カリーナさんも家族も、私がホスピスナースである事は承知していましたが、同時にパリアティヴケアのナースである事を知っていましたから、ホスピスについては触れず、“私達はとにかく希望を捨てない”と言う姿勢を崩しませんでした。栄養士やPT(理学療法士)の訪問も行いましたが、3人の子供さんたち(結婚している長女、造園の勉強をしている長男、大学生の次女)もインターネットや知り合いなどから情報を集め、お母さんのためにいろいろなサプリを買ってきたり、スムージーを作ったり、また、自ら癌を克服し、独自のサプリを開発した栄養士さんを見つけてきたりしていました。カリーナさんもご主人も、イタリア訛りの強いブロークンな英語を話しましたが、なぜか私には理解しやすく、向こうも私のゆっくりした英語がわかり易いようでした。そして、私が訪問すると必ず、イタリアにいるカリーナさんの家族が送ってくるコーヒー豆で淹れた、おいしいエスプレッソをご馳走してくれました。
 カリーナさんは一進一退を繰り返していました。暫くすると、黄疸が強くなったため、胆汁を流れ出させるチューブを胆管に入れたのですが、黄疸が落ち着いたと思ったら、そのチューブが漏れたり、また、少しずつ食べられるようになったので化学療法を再開したと思ったら、好中球減少性発熱と言う、白血球の一部が減るために起こる、防ぎようのない発熱を繰り返し、その度に入院しなくてはなりませんでした。
 そんな風にして、1年目はあっという間に過ぎていきました。そして去年の今頃、小康状態が少し続いたカリーナさんは、私が何気なくしたビスコッティの話を聞いて、ぜひレシピが欲しい、と言ったのです。料理やお菓子作りが得意だった彼女は、なぜかビスコッティだけは作った事がなかったのです。私は、次の訪問日に、3種類のビスコッティのレシピに、近所のイタリアンレストランに付随している雑貨店で買った、アニシード(イタリアンクッキーに良く使う香辛料)のおすそ分けを添えて、カリーナさんに“エスピレッソのお礼”と言って渡しました。カリーナさんはとても喜んで、次の週にアニシードを使ったレシピのビスコッティを作り、“あなたが作ったのほどおいしいかわからないけど”と言って、エスプレッソと一緒にご馳走してくれたのです。ビスコッティ(2)に続く。
 
[2014/12/19 23:16] | 忘れられない人々 | トラックバック(0) | コメント(2)
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コメント
ビスコッティ
娘たちがおいしいって言っていましたよ。
[2015/01/08 10:59] URL | 美加 #- [ 編集 ]
Re: ビスコッティ
美加さん、コメントありがとうございます。舌の肥えた彼女たちにおいしいって言ってもらえたなら、自信持とうかな。

[2015/01/08 22:18] URL | ラプレツィオーサ伸子 #- [ 編集 ]
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Author:ラプレツィオーサ伸子
アメリカ東海岸で在宅ホスピスナースをしています。アメリカ人の夫、子供3人、犬一匹と日々奮闘中。

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2冊目の本がGakkenから出版されました。 「それでも私が、ホスピスナースを続ける理由」https://gakken-mall.jp/ec/plus/pro/disp/1/1020594700 「ホスピスナースが胸を熱くした いのちの物語」と言うタイトルで青春出版社から発売されました。 http://www.seishun.co.jp/book/20814/

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