ホスピスナースは今日も行く ちょうちょ
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ホスピスナースは今日も行く
アメリカ在住日本人ナースが、ホスピスで出会った普通の人々の素敵な人生をおすそわけします。
ちょうちょ
 蝶はホスピスのシンボルです。End of Life (人生の終焉)が、青虫がさなぎになり、そして蝶になって飛び立っていく変貌の過程に似ているからだそうです。(そう、それで、このブログのデザインも蝶々なんです。)
 ジューンさん(仮)を初めて受け持ったのは、娘の産休から復帰したすぐあとでした。彼女は70代の元幼稚園の先生で、私の義母に少し雰囲気が似ていました。すい臓癌の診断を受けたばかりで、化学療法を始めるにあたり、PICCライン(ピック:末梢静脈挿入型中心静脈カテーテル)を挿入し、私は主にピックの管理をする為、週に一回訪問していました。(その時はホスピスではなく、パリアティブケアでした。)
 ジューンさんは、引退した警察官のご主人と二人暮しで、二人ともとても穏やかで、仲が良く、そんなところも私の義父母を思わせました。ご主人は、近所の小学校の登下校時に交通整理をする、“みどりのおじさん”のボランティアをしていました。お二人には娘さん二人と息子さんが一人いて、三人ともわりと近くに住んでおり、しょっちゅう手伝いに来ていました。ジューンさんは、化学療法も順調で、副作用も軽く済み、ピックラインのケア以外は特に問題もなかったので、雑談をする事も多く、特に私の子供達のエピソードを聞くのを、とても楽しみにしてくれていました。ジューンさん達もまた、ご家族の事をよく話してくれました。そうして、娘さんの一人と息子さんが、癌の治療を受けている事や、お孫さんの赤ちゃんが超未熟児で、3ヶ月も入院していた事なども知ったのです。
 ジューンさんは、すい臓癌のほかにも、心臓の持病があり、訪問看護を受けている間にも、心臓の処置などで、何度か入院しました。そして、退院するたびに、私が訪問看護師として再訪し、パリアティブケアで足掛け3年半も受け持ったのです。しかし、何かが起こり、退院するたび、少しずつ、彼女は弱っていきました。
 ジューンさんは、いつも息子さんと娘さんの病気の事を心配していました。娘さんは乳癌、息子さんは大腸癌でした。幸い二人とも手術で取り除く事ができたので、あとは治療をしながら転移や再発がない事を祈るだけでした。自らもそうして闘病しながら、それでも必ず両親を手伝いに来てくれる子供さん達に、ジューンさんご夫妻は、いつも感謝していました。地道に働き、家庭を守り、愛情をかけて子供を育て、質素ながら清潔で品のある暮らしをしてきた、ごく平凡な夫婦でしたが、それが実は何よりも大切で、価値のある人生だという事を、お二人は知っていました。
 そんなジューンさんにも、ついにホスピスを選ぶ時が来ました。癌は肝臓と腎臓にも転移し、ある時を境に急激に悪化していったのです。少しずつホスピスの話はしていたので、彼女もご主人も準備はできていました。ホスピスケアにサインし、4年近く通ったリビングルームが病室になり、電動ベッドの中で、ジューンさんはあっと言う間に小さくなっていきました。そして、平日最後の訪問日に、うつらうつらしながら、ジューンさんは私に両手を伸ばしてきました。“ああ、これでお別れなんだな。”私は、ベッドに横たわる、小さく小さくなってしまったジューンさんを、そっとハグしました。すると彼女は、“Take care of your children(子供達を大事にね)"と言ったのです。まるで、母親が娘に言うように。その週末、家族みんなに見守られて、ジューンさんは安らかに息を引き取りました。
 半年後、ジューンさんのご主人と娘さん二人が、メモリアルサービスに来てくれました。式の後、私は待ちきれずに駆け寄ると、ご主人は私の名前を呼び、ギュッとハグしてくれました。ご主人は、少し痩せていましたが、お元気そうでした。私達は再会を喜び、お互いの近況を報告しあいました。それから、娘さん達が、メモリアルサービスの中で行った儀式(出席した家族が、亡くなった患者さんの名前を読みあげられた時に、正面のガーデンアーチに蝶の飾りを括りつけるもの)がとても象徴的だったと言い、ジューンさんが亡くなった時の事を話してくれたのです。
 「母は花が好きだったでしょ。元気な頃はよく庭の手入れもしていたんだけど、母が庭仕事をしていると、なぜかいつも蝶々が飛んできたのよ。それで、私たちはよく“マダムバタフライ”って呼んでからかってたの。それでね、母が亡くなった日、人の出入りが多かったから、ドアが開いたままになっていたのね。そしたら、どこからか小さな黄色い蝶がひらひら入ってきてね、まっすぐ父の所に来たの。その蝶はしばらく父の肩にとまってたんだけど、いつの間にか、またひらひら飛んで出て行ったの。私たちみんな、あれは母だって思ったわ。さよならを言いに来たんだって。」
 ジューンさんの魂が、蝶の姿になって飛び去ったのか、たまたまなのか、それは誰にもわからないし、わかる必要もありません。でも、そんな素敵な偶然も、見えない何かの力で起こるのであり、そこに意味を見出す事で、人はやすらぎを覚えたり、救われたりするのではないでしょうか。
 
[2014/05/08 18:04] | 忘れられない人々 | トラックバック(0) | コメント(0)
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Author:ラプレツィオーサ伸子
アメリカ東海岸で在宅ホスピスナースをしています。アメリカ人の夫、子供3人、犬一匹と日々奮闘中。

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2冊目の本がGakkenから出版されました。 「それでも私が、ホスピスナースを続ける理由」https://gakken-mall.jp/ec/plus/pro/disp/1/1020594700 「ホスピスナースが胸を熱くした いのちの物語」と言うタイトルで青春出版社から発売されました。 http://www.seishun.co.jp/book/20814/

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