ホスピスナースは今日も行く 2020年08月
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ホスピスナースは今日も行く
アメリカ在住日本人ナースが、ホスピスで出会った普通の人々の素敵な人生をおすそわけします。
マイリルナ―ス (1)
 アンナさん(仮)は、私がそれまで出会った人の中では最高齢の、107歳でした。イタリア系で、私の義父母たちと同じ、イタリア移民が多く住んでいたサウスフィリー(フィラデルフィアの南部地区)出身でしたが、その時は娘のナタリーさんと一緒に、私と同じ町に住んでいました。80歳のナタリーさんは独身で、引退した小学校の先生でした。
 初めて訪問した日、背筋を伸ばし、つやつやした頬っぺたのナタリーさんは、アパートのドアを開けてくれながら、アルトの声で少し早口にこう言いました。
「母はとっても耳が遠いから、マスクをしているあなたの言うことは、全く聞こえないと思うわ。あなたが言うことを私が繰り返すから、気にしないで。それから、母はとっても心配性で怖がりだから、ホスピスだとか、もうすぐ死ぬだとかは言わなくていいから」
 初対面の時、家族からこんな風に釘を刺されるのには慣れていたので、私はマスクの下でニコニコしながら、「そうですか、わかりました」と答えながら、彼女が私の一言一言、一挙一動に神経をとがらせているのを感じていました。若干緊張しながら、ナタリーさんの後ろについてアンナさんのベッドルームに入ると、クイーンサイズのベッドの端っこに、まるで猫のように丸くなって横になっている、小さなおばあさんがいました。アンナさんは真っ白な髪の毛を頭の天辺で小さなお団子にし、身体の右側を下にし、合わせた両手を頬っぺたの下に置いて、すやすやと眠っていました。ナタリーさんが、大きな声で「お母さん、ナースが来たわよ。起きて、お母さん」と、何度か声をかけると、アンナさんはゆっくりと目を開け、横に立っているナタリーさんを見上げると、「ああん?」と言いました。ナタリーさんはもう一度、「ナースが来たの、お母さんのナース!お母さんが病院に行かなくていいように、ナースが来てみてくれるのよ」と言うと、「ああん?ナース?どこ?」と言って首をまわしました。そして、ナタリーさんの後ろに立っている私を見ると、「あなたがナース?」と尋ねました。私はできるだけ大きな声でゆっくりと、「そうです、私があなたのナースのNobukoです」と言いました。すると、アンナさんはナタリーさんのほうを見て、「彼女、なんて言ったの?」と聞きました。ナタリーさんは、「彼女は、自分がお母さんのナースだって言ったのよ」と、名前を端折って言いました。アンナさんはうなずきながら、「ああ、そう。名前はなんていうの?」と、私を見て聞きました。私はもう一度「Nobukoです」と大声で言うと、「ああん?」と言い、「ノ、ブ、コ」という私をつぶらな瞳でじっと見つめてから、残念そうにナタリーさんをみると、「彼女の言ってることが分からないわ」と言いました。それからもう一度私を見ると、「あなた、中国人?」と言いました。私が「いいえ、日本人です」と言うと、ナタリーさんが「あら、日本人なの」と、少しうれしそうに言ってからアンナさんに向かって、「彼女は日本人よ。名前はNobuko」と叫ぶと、アンナさんはうんうんとうなずきながら、目を閉じました。
 私は、また寝ちゃうのかな、と思い、ナタリーさんに、「あの、アセスメントさせてもらっていいですか?」と尋ねると、ナタリーさんは「もちろんもちろん」と言ってから、「お母さん、寝ないで。Nobukoが血圧測るって」と言うと、アンナさんは目を開けてうなずきました。私は、そっとアセスメントをすると、アンナさんは子犬のような瞳で私を見つめ、「大丈夫?」と聞きました。私はうなずきながら、「全部いいですね。問題ないですよ」と言って親指を立てると、アンナさんは満足そうにうなずき、「私、まだ死なない?」と言いました。すると、ナタリーさんが即座にこう言いました。「お母さんったら、またそんなこと言って。大丈夫、まだ死なないわよ。血圧も心臓も全部大丈夫だって、ナースが言ったでしょ。心配しないで」アンナさんは私を見ると、「本当?」と聞きました。私は大きくうなずくと、彼女は「ありがとう、どうもありがとう」と言って、私の手を取り、その甲に何度もキスをしました。その時点で、私はもうアンナさんにメロメロで、受け持ちになれて本当に幸運だと、心の底から思っていました。
 これといった持病のないアンナさんは、加齢とともに少しずつ体力が衰えてはいましたが、日々のルーティンをナタリーさんに手伝ってもらいながら、のんびりとした毎日を送っていました。ナタリーさんにはお姉さんとお兄さんがおり、2人ともフィラデルフィアに住んでいましたが、お姉さんとは毎日電話で話し、週に一度は、お姉さんと彼女の娘さんがアンナさんとナタリーさんを訪ねていました。ところが、Covid19のパンデミックにより、お姉さんも姪御さんも会いに来るのを控えざるを得なくなってしまいました。買い物にも行けず、コンピューターもスマホも使わないナタリーさんのために、姪御さんがオンラインで食料や生活必需品をオーダーし、すべてが宅配されるようになったのです。心配性のアンナさんを怖がらせないようにと、ナタリーさんはパンデミックのことは詳しくは話しませんでしたが、それまで毎週のように来ていた家族が急に来なくなり、アンナさんは日に日に元気がなくなっていきました。食欲が減り、水も飲まなくなり、寝ている時間が増え、ある日、ナタリーさんに支えられてトイレに行こうとしてベッドから立ち上がったものの、そのまま床に座り込んでしまい、ナタリーさんが救急車を呼んで病院に運ばれたのです。アンナさんは血中酸素飽和度が低く、肺炎と膀胱炎の疑いで入院しましたが、107歳という年齢、パンデミックで家族が面会できないことや、本人の強い帰宅希望をうけ、抗生物質の投与のみ行い、ナタリーさんとお姉さんがパリアティブケアチームと話をした後、在宅でホスピスケアを受けることにしたのです。
 アンナさんは、とにかく、二度と病院には行きたくない、とくりかえし、私にも「病院に送ったりしないでね」と、何度も念を押しました。ナタリーさんは、「母もこんな年だし、いい人生を過ごしてきたと思うわ。だから、あとは最期まで家にいさせてあげたいの」と言い、しかし、同時に「でも、今はまだ大丈夫だけど、この先私ひとりで介護しきれなくなったら、どうしたらいいのかしら」と、これからの不安もつぶやいていました。いくら健康で若く見えても、ナタリーさんは80歳でした。まさに、老々介護です。私は、ホームヘルスエイドをいれることや、ホスピス病棟でレスピット(日本でいうレスパイト、家族の休息のためのショートステイサービス)を利用できることなどを説明し、また、ヘルパーさんを雇うとしたら、経済的な問題はMSWが相談に乗ってくれることも話しました。そして、とにかく何かあったらひとりで悩まずに、ホスピスに電話するようにとくりかえしました。ナタリーさんは、「わかったわ」とうなずきながらも、今のところは自分だけでうまくいっているし、アンナさんの毎日のルーティンは変えたくないと強調しました。また、Covid19への不安から、できるだけ外から人は入れたくない、という気持ちも強いようでした。
 私は、ナタリーさんの気持ちを尊重しながらも、彼女が負担でいっぱいいっぱいにならないように、タイミングを見計らいながらサービスの拡大を進めていかないといけないな、と、気を引き締めました。ナタリーさんのように、長い間ルーティンをキッチリとこなし、自分のやり方を確立している介護者は、ギリギリまで自分だけでまかなおうとして限界に達し、突如崩れてしまうことが少なくありません。そして、そうなったときに、「自分はできなかった、ダメだった」と自身を責めたり、後々まで悔やみ続ける人もいます。そうならないように、介護者のプライドを傷つけず、患者さんの気持ちも考慮して、サービスを拡大しながらサポートするのが、ホスピスチームの役割なのです。
 私はできるだけアンナさんとナタリーさんのルーティンを乱さないよう、火曜日と金曜日の午後1時と2時の間に訪問できるよう、スケジュールを組むようにしました。それは、ゆっくり起きるアンナさんの身体をナタリーさんが拭いて、着替えをし、トイレを済ませ、遅い朝ご飯を食べてから、昼寝をするまでの、ちょうど起きている時間でした。アンナさんは血圧と、コレステロールと、血栓予防の薬をのんでいました。それらは、年齢相応の、定番といってもいい薬で、エンドオブライフにおいてはあまり意味を持ちません。つまり、どれも、将来起こるかもしれない脳梗塞や心筋梗塞を予防するのが目的で、それらを中止しても、すぐに症状が出たり、具合が悪くなったりするわけではありません。かえって薬を減らすことで、腎臓や肝臓の負担が減り、身体には優しくなるため、ホスピスの患者さんには、主治医と相談してできるだけ不必要な薬を中止するようにしています。しかし、人によっては、「ずっとのんできているし、特に副作用があるわけでもなく、飲み込むのにも支障がないので、飲み続けたい」という人もいます。中には、ホスピスはもう治療をしないのだから、薬も全部やめさせるのだ、という誤解をしている人もいます。そういう場合は、様子を見ながら、その薬をのむことによる利益と負担を説明しながら、少しずつ減らすようにします。また、逆に、うんざりしていた大量の薬をのまなくてもいいと言われ、喜ぶ人もいます。ナタリーさんは完全に前者で、「今うまくいっていることは変えたくない」というタイプでした。
 アンナさんは最初、私のことを「My little Chinese girl」と呼んでいましたが、ナタリーさんが何度も「日本人よ」と訂正してくれ、ある時、私が訪問すると、開口一番こう言ったのです。「あなたのこと中国人だって思ってたけど、日本人だったのね。ごめんなさいね」私は「気にしなくていいですよ。マスクしているし、そうじゃなくても分からないですよね」と言うと、聞こえているのかいないのか、私の手を取り、うんうんと頷くと、私の手の甲にチュッチュとキスをしました。それから私を見上げると、「あなた、カトリック?」と聞きました。ナタリーさんが私の後ろで、「お母さんったら!」と言いましたが、私は「残念ながら、カトリックじゃありません」と言うと、ナタリーさんのほうを見て「彼女、なんて言ったの?」と聞き、ナタリーさんが「Nobukoはカトリックじゃないって」と言うと、もう一度私を見て、「いいのよ、そんなこと。神様はみんなを平等に愛してくださるのよ」と言ってから、窓の方を見ると、「おお、神よ、私たちをお救い下さい」と言い、目を閉じてもう一度私の手にキスをしました。私はアセスメントをしなければなりませんでしたが、アンナさんの手を外すのがなんともはばかられ、しばらくそのままアンナさんに手を包まれていました。 マイリルナ―ス(2)に続く。
[2020/08/31 04:34] | 忘れられない人々 | トラックバック(0) | コメント(0)
マスクとあれこれ
 ここ数カ月、化粧をしていません。もともと、化粧と言ってもシミ隠しのファンデーションと、口紅をつけるだけなのですが、マスクをするようになってからそれもしなくなりました。とくにN95マスクは顔にぴったりと密着させるので、一日に何度も着けたり外したりするうちに、顔にはマスクの痕が付き、その部分のファンデがすっかり剥げてしまいます。本来使い捨てのはずのN95マスクですが、この状況では長期間の使用を余儀なくされているため、最近は少し改善されたものの、やはり何度も使っていると内側がクレヨンでも塗ったように汚れてしまいます。そのため、私を含め、ほとんどの同僚たちもファンデーションは塗らなくなりました。男性の同僚は顎ひげをそらねばならず、そちらはちょっと若返っていました。まあ、どうせ人と会う時はマスクで隠れているのだし、一応運転中の紫外線予防に日焼け止めだけ塗っています。
 N95マスクを使い始めて3カ月目くらいの頃、突然唇が真っ赤に腫れ始めました。特に何か食べたり飲んだり塗ったりしたわけではなく、ちょっと唇がひりひりするな、と思ったら、どんどん赤くなり、保湿用リップクリームが手放せなくなりました。多分口唇炎だろうと思い、オバQのような唇にひたすら保湿用リップを塗りたくり、3週間ほどしたらよくなりましたが、いまだに原因は分かりません。夫は「マスクの消毒に使う化学物質じゃないのか?」と言っていましたが、私はなんとなく、意識はしていなかったけれど、ストレスだったのかな、と思っています。しかし、それ以来、なんとなく唇の感じが変わってしまい、皮膚が薄くなったような気がして、保湿用リップを常用するようになりました。
 最近、同志社大学の心理学部が、日本人のマスク着用に対する研究で、着用の主な理由はウイルスからの感染予防よりも、「みんながしているから」という、同調思考であったという研究発表をしました。それを読んで、「ああ、いかにも日本人らしいな」と思ったのは、私だけではないと思います。日本では「自粛警察」なる現象が発生したそうですが、アメリカでは「マスク警察」が登場しています。下手をすると、本当の警察を呼ばれてしまうこともあります。そして、もっと下手をすると、手錠をかけられてしまいます。そう、ここアメリカでは、公共の場でマスクをするかしないかが、科学的見地だけではなく、11月の大統領選挙やファウチ博士とビル・ゲイツの関係うんぬんかんぬん、そして、個人の自由、と言った、政治的、思想的な方向から、大きな問題になっているのです。マスク着用による感染予防を信じずに、着用を拒否する人を「殺人未遂」、外遊びをする子供にマスクを着けさせていない親を「虐待」とまで非難するのは度を超えていますが、要するに、いつ、どんな状況でマスクを正しく着用する必要があるかを理解していない人も多いのでしょう。
 確かにマスクをして黙々と犬の散歩をしていたり、自転車に乗っている人を見ると、ちょっと気の毒に思ってしまいますが、それでその人が安心できるのなら、熱中症に気をつけさえすればいいのかな、と思い直してしまい、マスクに対する確固たる主張を持てない曖昧な自分に、日本人の血を感じたりもします。一方で、おしゃれなレースのファッションマスクや、夏用の通気性抜群マスクなどは、果たしてマスクの用途を果たしているのかと疑問に思うと同時に、世の中ってそんなもんなんだなあ、と、面白がったりもしてしまいます。
 ただ、面白がってばかりもいられないのは、やはり高齢の患者さんや認知症の患者さんに会う時です。私たちはマスクだけでなく、フェイスシールドも装着しなければなりません。場合によってはフェイスシールドの代わりにゴーグルでもいいのですが、一応第一選択はフェイスシールドということになっています。病院のスタッフとは違い、訪問の場合、こうした装備はビニールの袋やプラスチックのケースに入れ、車のトランクに入れています。そして、訪問先のドライブウェイあるいは路駐した場所で着脱します。さらに一回一回アルコールパッドで消毒するため、薄っぺらなプラスチックのフェイスシールドは、あっという間に細かい傷で不透明になってしまいます。そうなると、私から見る世界はまるで靄の中、患者さんからは私の顔は霞の中にしか見えないため、お互いの表情はよく分かりません。その上マスクで声がくぐもり、ただでさえ耳の遠い高齢者には、私の言っていることがほとんど聞こえないのです。つまり、アセスメントや、エンドオブライフケアに一番大切なコミュニケーションの、大きな障害となっているのです。
 在宅ケアの場合、病院と違って患者さんと家族以外に接触することはほとんどありません。2週間以上Covid19の症状もなく、自宅、もしくは自室、さらにはベッドから出ることもない患者さんは、感染している可能性はほぼないといえます。また、介護している家族は、私たちの訪問時にはマスクをしてもらっています。マスクは私からの感染の危険を低くするために必要ですが、フェイスシールドやゴーグルは、私の感染予防のために着けます。つまり、ほぼ確実に陰性である患者さんから飛んでくる飛沫が私の目に入らないように防護しているわけです。そして、そのために患者さんはナースの表情も見えず、私たちは怒鳴るようにして話さなければなりません。そこに、どれだけの意味があるのでしょうか。
 私たちのホスピスの主体は、病院であり、しかも数年前にフィラデルフィアの大きな大学病院系医療システムの傘下となったため、以前のように訪問看護部及びホスピスとしての独自のガイドラインを作ることが難しくなり、病院の指示に追従しなければなりません。そして、病院で作られるガイドラインは、在宅ケアの現状は全く念頭に入っていないのです。私たちは、雨や暴風の中、車のトランクからPPE を出し、道端でそれを装着しなければなりません。Covid陽性の場合は仕方がないとはいえ、気温が30度を超える真夏に、エアコンのない家の中でのPPEフル装備は、まさにパーソナルサウナです。N95マスクとフェイスシールドだけでもシールドは曇り、長く話すと息が苦しくなります。皮膚の弱い同僚は、顔にあせもができて大変だと嘆いています。
 小児のケースを訪問する時は、N95マスクの上に、ボランティアの人が作ってくれた布製のかわいいプリント柄のマスクを着けます。二重にするとさらに息苦しくはなるのですが、味気ないN95マスクよりも、せめて楽しい柄の方が異様な感じが少ないし、子供によっては私のマスクを触ったり引っ張ろうとしたりするので、一番汚染されているマスクの外側をカバーするためにも、そうしています。そして、上司には内緒なのですが、ゴーグルやフェイスシールドはつけません。もちろん保護者の了承のもとですが、どう考えてもその必要性が見つからないからです。
 在宅ケアの良さの一つに、臨機応変、があります。在宅ケアは病院を家に持ち込むのではなく、それぞれの環境の中で工夫して、いかに安全で快適な状況を維持していくかが、訪問スタッフの腕の見せ所であり、醍醐味でもあるのです。感染予防も同じです。病院とは全く違う環境の中で、何が必要で、何が不要なのかを考えなくてはならないはずなのです。
 そんなことを思いながら、毎日のように病院から送られてくるアップデートのメールを読み流しては、バンバン消しています。そして、こうしてブログでつぶやいて、ほんの少しうっ憤を晴らしては、いつの間にか終わりに近づいてしまった夏の雲などを眺めている、今日この頃なのです。
[2020/08/20 07:03] | つぶやき | トラックバック(0) | コメント(0)
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ラプレツィオーサ伸子

Author:ラプレツィオーサ伸子
アメリカ東海岸で在宅ホスピスナースをしています。アメリカ人の夫、子供3人、犬一匹と日々奮闘中。

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2冊目の本がGakkenから出版されました。 「それでも私が、ホスピスナースを続ける理由」https://gakken-mall.jp/ec/plus/pro/disp/1/1020594700 「ホスピスナースが胸を熱くした いのちの物語」と言うタイトルで青春出版社から発売されました。 http://www.seishun.co.jp/book/20814/

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