私が勤めているホスピスは、教育病院に所属しているため、学生や研修医が実習に来ます。看護学生、医学生、医療助手学生、ソーシャルワーカーやレジデント(前期研修医〉、フェロー(後期研修医)などで、それぞれのプログラムによって期間ややることは違うのですが、私がよく頼まれるのは小児病院からの学生や、研修医のシャドーイングです。主に私たちが小児ホスピスのケース依頼を受けている、フィラデルフィア小児病院(CHOP)と、セントクリストファー小児病院のパリアティブケアチームからで、ホスピスチームで唯一小児を受け持っている私に、直接連絡が来るのです。セントクリスは小児ケースに限定していますが、CHOPは小児に限らず、パリアティブケアとホスピスケア全般を見ることになっています。 シャドーイングとは、要するに見学で、一日、あるいは必要なケース数や時間数を現場のスタッフについて、その仕事を観察します。実際に患者さんのアセスメントをしたりすることはありませんが、フェローが付いた時などは、ちゃっかり“お医者さんの”意見を聞いたりすることもあります。患者さんや家族も、学生や研修医が訪問に付いて来てもよいかと確認すると、ほとんどの人が歓迎してくれます。普段病院や診療所などの施設でしか患者さんに会ったことのない学生や研修医は、たいてい訪問を体験した後に「目から鱗が落ちたようだ」という感想を聞かせてくれます。そして、まさにそれこそが訪問看護の真骨頂と言うか、病院ではただ“患者”だった人達が、様々な環境の中で“生活する個人”であることを再認識し、それぞれがその生活の中でいろいろな立場を持ち、病院という特殊な環境からかけ離れたところで、病気や症状をコントロールしながら生きていることを目の当たりにするわけです。 先日もセントクリスからレジデントのシャドーイングを頼まれ、タイミングよく同じ日に3人の小児を訪問することができました。脳腫瘍の12歳の女の子、SCA (Spino Cerebella Ataxia:脊椎小脳失調症)7型の16歳の女の子、そして、ユーイング肉腫の18歳の男の子の3人で、それぞれが全く違った環境で、疾患の進行度も異なり、3人目の訪問を終えた後、そのレジデントは私にこんな質問をしました。「一体、小児ホスピスのルーティンというか、訪問時の流れのようなものはないんですか?」私は笑いながら答えました。「ありません。」 例えば、最初に訪問した12歳の脳腫瘍の女の子は、7ヶ月前に発症、まだADL(Activities of Daily Living:日常生活動作)は自立しており、時々頭痛や嘔気嘔吐はあるものの、ほぼ普通に生活できていました。男3人女3人の6人兄弟姉妹の3番目で、15歳から5歳まで、全員お母さんがホームスクールをしている家庭です。その日私がそこで行ったのは、子供たちと遊び、おしゃべりし、ニワトリ小屋を見せてもらい、お母さんと話をして、薬の確認をしただけでした。ナースらしいことといえば、その女の子の胸の音を聴いた30秒ほどでしょうか。はたから見れば一時間ほど遊びに来た、ただの日本人のおばさんでした。 次に訪問した16歳のSCAの女の子は、中度から重度の障碍児介護施設におり、ADLは全介護、コミュニケーション方法はYES/NOを瞬き、あるいは指を握って答え、調子のよいときは首を縦か横に振ることができました。Jチューブ(空腸ろう)から経管栄養を入れ、経口摂取は一切できません。その子は5人姉妹の長女で、お母さん、母方のおばあちゃん、そして4人の妹たち全員がSCA(型は異なる)で、おばあちゃんは2年前、一番下の妹は1年ほど前にわずか2歳で亡くなっていました。彼女の訪問では、まず施設のナースと話をし、詳しい報告を受けます。そこで問題があれば薬の使い方を指導したり、ケアプランを一緒に見直したり、受け持ち医に電話をして新たな支持を受けたりし、その支持を施設にファックスしてもらいます。それから本人の部屋に行って、おしゃべりをしてから必要最小限のアセスメントを行います。彼女はユーモアがあり、ジョークとフットボールが大好きで、この時期、スーパーボウルの話題になると満面の笑みになるのでした。その日はスーパーボウルパーティーのスナックに何を作るか検討中で、レジデントもアイデアを出してあーでもないこーでもないと、盛り上がりました。それからお母さんに電話をして、その日の彼女の様子を報告します。自身も歩行器を必要とするお母さんにとって、自宅から40km以上離れた施設を訪問するのはとても難しいため、施設のナースやホスピスのスタッフが、できるだけこまめに電話で連絡を取るようにしているのです。 そして、最後の18歳の男の子は、13歳の時に発症してから手術、化学療法、放射線療法などをやりつくし、ここ2週間ほどの急激な体力低下と痛みの増加からホスピスを選択したばかりでした。10歳違いのお兄さんは別の州に住んでいましたが、時々様子を見に来てくれ、お母さんは彼専属のナースでした。しかも、お母さんは自分の兄弟と従妹のうち二人が障害を持っており、長い間その二人のサポートも行ってきていたのです。初回訪問の時はお父さんも仕事を抜け、お兄さんも同席し、この家族にとっての彼の存在の大きさをずっしりと感じたものでした。そんな彼の目下のゴールは、痛みのコントロールおよび便秘の解消、そして、何よりも食欲の増進と体力の回復によって、少しでも身の回りの事を出来るようになりたい、と言うことでした。彼の訪問ではほぼ成人と同じく、全身のアセスメント、本人とお母さんと話をして問題点を解決するべく改善案を提案し、本人が合意したら医師に電話をしてオーダーをもらい、薬局や医療機器や物品のプロバイダーなど、必要な所に電話をする、というもので、さすがに一緒に遊ぶことはありませんが、その代わり雑談する時間は必ず作りました。 このように、小児の場合、年齢や状態に応じてその訪問内容は全く異なります。患児が乳児の場合は親とのコミュニケーションが中心になりますが、兄弟姉妹がいる場合はその子供達と遊ぶことも訪問の大きな部分を占めますし、祖父母(親の両親)へのサポートも行います。患児が幼児、小学生の場合は遊びが中心ですが、実は一緒に遊んでいる間に、身体面、精神面のかなりの情報を得ることができるのです。そして何よりも、子供が「ホスピスナースが来ると楽しい」と思えるような、「又来て欲しい」と思ってもらえるような、そう言う存在になることが大事なのです。 残された時間に限りのある子供達とその親にとって、何よりも大切なのは、その子が少しでも楽しい時間を過ごす事。それをサポートするはずのホスピスナースの訪問がストレスになってしまっては、本末転倒。子供は診察されるのが嫌いです。聴診器を当てられたり、あれこれ身体の事を訊かれるのも触られるのも大嫌いです。子供は、ただ、子供でいたい。楽しい事、面白い事をしたり聞いたりして、笑っていたいのです。そして、具合が悪くなった時は、病院に行く代わりに、ホスピスナースが来てくれる。お母さんがホスピスナースに電話をすれば、どうしたらいいのか教えてくれる。だから、お母さんも安心していられる。そしてお母さんが安心していれば、それだけでもう、何もかも大丈夫のような気がするのです。 昨年末に、力試しにと思って受けた小児ホスピス緩和ケア認定看護師(Certified Hospice and Palliative Pediatric Nurse: CHPPN)に合格し、無事認定看護師にはなりましたが、それでも実際に小児のケースを訪問する前にいつも考える事は、「今日は折り紙で何を折ろうか?」「今日は何をして遊ぼうか?」と言うことで、実は、今の私にとって一番の課題は、「いかに英語のジョークをマスターするか」と言うことなのです。そして、私にとってこれが、認定看護師になるよりもはるかに難関である事は、火を見るよりも明らかなのです。
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