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太平洋戦争 謎の戦艦陸奥

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#1702「太平洋戦争 謎の戦艦陸奥」
陸奥撃沈の謎をエンタメにしました

製作年:1960年
製作国:日本
製作会社:新東宝
監督:小森白
出演:天知茂菅原文太/小畑絹子/北沢典子/沼田曜一/和田圭之助
公開:1960年4月1日


 新東宝戦争映画シリーズも今回が最終回、1960年製作・公開の「太平洋戦争 謎の戦艦陸奥」であります。監督は製作者大蔵貢の信頼厚い小森白。脚本は葉山浩三七条門、音楽は松村禎三となつとります。

 物語は1942年ミッドウェー海戦から。米軍空母部隊を叩くと云ふ目的ですが、日本側の暗号は悉く解読され丸裸状態、逆に連合艦隊は空母四隻を失ふ大損害を被り、以後対米戦争は敗走を繰り返す事になります。
 まだ戦闘能力を有する戦艦陸奥も撤退する事になり、副長伏見少佐(天知茂)やその部下松本中尉(菅原文太)は不満であります。
 平野艦長(沼田曜一)に詰め寄るも、艦長は命令を伝へるのみ。海軍大将・嶋田繁太郎(嵐寛寿郎)から、「長門は絶対に沈めてはならぬ」と厳命された事を想起するのでした。連合艦隊の象徴・陸奥は無傷でなければならないのです。

 伏見は伯父の池上中将(細川俊夫)に将校倶楽部に誘はれ、マダム美佐子(小畑絹子)、独逸大使館付武官ルードリッヒ(ウィリアム・ロス)、その秘書アンナ(カーラ・リクター)を紹介されます。実はこの三人、陸奥を爆破沈没させる目的で入り込んだスパイで、呉鎮守府の物資調達係の三原(岬洋二)を買収して着々と計画を進めてゐました。

 ところが伏見と美佐子は愛し合つてしまひ、それに気付いたルードリッヒは裏切者の美佐子共々、伏見を消さうとします。美佐子は陸奥の危機を伏見に伝へやうとしますが、その約束の場に来たのは代理の松本中尉。待ち受けたルードリッヒらに狙撃され、美佐子は落命、今際の際に「陸奥が......」と松本に伝へます。松本は伏見に彼女の死を伝へ、陸奥に時限爆弾が仕掛けられた事を悟るのでした......

 といふ事で、戦艦陸奥は昭和18年6月8日、瀬戸内海柱島沖にて、謎の大爆発を遂げます。必ず「謎の」と云ふ枕詞が付くやうに、その真相は今もつて明らかではなく、様様な説が飛び交つてゐます。どうせ誰も真相を知らないなら、娯楽作品をでつちあげやうととでも考へたのでせうか。それなら色々とフィクションが作れさうです。前半の戦争のあらましを紹介するシーンは、またもや彼方此方から既存の映像を集めてゐます。新撮の予算がなかつたのですねえ。

 陸奥艦長・副長は沼田曜一天知茂。役名は平野と伏見ですが、陸奥最後の艦長は三好輝彦なので、彼がモデルなのか、映画用のオリジナルキャラクタアなのかは判然としません。とにかく部下想ひの人格者として描かれます。

 天知と菅原文太はまだ後年程のスタアオーラはありませんが、共に誠実な軍人を演じます。御木本伸介は矢鱈と部下を怒鳴りつけ鉄建制裁をしたがる嫌な奴。細川俊夫は結果的にスパイを跋扈させてゐた事になり、責任重大です。しかしいくら同盟国ドイツといへど、一武官が海軍の中枢組織の内部に入り込めるのでせうか。知らんけど。

 岬洋二は初登場時から怪しさ全開、直ぐにワルと判明します。和田圭之助は危険思想の持主と誤解され幽閉されてしまひますが、これは上層部による銃殺から遁れる為の、沼田艦長の配慮でした。和田を心配する妹に北沢典子アラカン宇津井健は特別出演扱ひ。宇津井は天知と同期生つぽいけど、階級には差がついてゐるやうです。

 そんなこんなで、一応反戦のセリフなども挿入されますが、とつて付けたやうで余り心に響くものはありません。完全に戦争アクションのエンタメ作品と捉へるのが良いでせう。陸奥の造形は一目で模型と分かるし、特撮はレヹルが高いとは言へないけど、手を抜いた感じもなく一所懸命さは伝はるのです。ラストの見せ場、陸奥の爆破・沈没シーンも中中のもので、既に大きく傾いてゐた新東宝にしては頑張つてゐるなと、頬が緩むのでした。
 

大東亜戦争と国際裁判

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#1701「大東亜戦争と国際裁判」
連合国側の非法行為は問はれない

製作年:1959年
製作国:日本
製作会社:新東宝
監督:小森白
出演:嵐寛寿郎/高田稔/清水將夫/佐々木孝丸/高杉早苗/小畑絹子
公開:1959年1月3日


 新東宝戦争シリーズ、お次は1959年の「大東亜戦争と国際裁判」。この時期に敢て「大東亜戦争」と呼称するとは、大蔵貢の発案でせうか。「国際裁判」は、「極東国際軍事裁判」、即ち所謂「東京裁判」の事であります。監督は小森白、脚本は館岡謙之助、音楽は小沢秀雄。タイトルバックには連合国軍各国の国旗が次々と登場。

 序盤は「大東亜戦争」のあらましをテムポ好く纏めます。「軍神山本元帥と連合艦隊」みたいに、実写フィルム(ニュース映像)が多数使用されてゐます。当然白黒映像なので、まるで本作が白黒映画みたいな印象を受けますが、実際は「新東宝アグファカラー」の総天然色映画です。
 1941年の開戦、真珠湾攻撃成功、ミッドウェー海戦以後の劣勢、1945年のポツダム宣言、広島長崎への原爆投下、そして8月15日の敗戦までを手際よく再現。

 敗戦後はマッカーサー元帥の厚木到着、ミズーリ艦上での降伏文書調印ときて、いよいよ「戦犯」たちの逮捕が始まります。A級戦犯は28名。そして1946年5月3日、以後二年半に渡る極東国際軍事裁判が開廷されたのであります。

 嵐寛寿郎が明治天皇に続いて東条英機を演じてゐます。映画の部分だけ見ると。堂堂としてスゴイ人格者に見えます。東條さんつて、本当は立派な人だつたんだねと思はせるには効果的な人選と申せませう。
 他の主な配役は以下の通り。近衛文麿(高田稔)、広田弘毅(清水將夫)、阿南惟幾(岡譲司)、山本五十六(竜崎一郎)、米内光政(坂東好太郎)、清瀬弁護人(佐々木孝丸)、大川周明(北沢彪)ら。吉田茂の奥野竹松、重光葵の堀内貞男は共に知らない人ですが、「外見が似てゐる人」と云ふ事で公募された素人ださうです。ノット・ギルティ。

 やはり登場人物が高齢者が多いので、こんな感じになりますか。スタアの天知茂(戦艦大和副長)や丹波哲郎(特攻隊司令)も出ますけど、やはり歴史の中枢を担ふには若すぎたか、ほんの端役の出演でありました。逆に大川周明(「インド人よ独立せよ!」)や愛新覚羅溥儀は場面を攫ひました。溥儀役は勝矢護といふ人が演じてゐましたが、情けなさ満開で笑へます。

 女優陣ではまづ東條夫人の高杉早苗。長女に小畑絹子と云ふ凄い母娘。広田夫人に徳大寺君枝、その長女は宮田文子、次女は北沢典子。近衛夫人は若杉嘉津子。因みに息子が和田圭之助ですが、両者の年齢差は三歳しか違ひません。東京ローズ(戸栗郁子)も登場し、演じるのが高倉みゆきなのが意味深であります。

 総指揮が大蔵貢といふ事で、さぞかし連合国批判に明け暮れ、日本は悪くない主張の映画かと思つたら、案外バランスの取れた史観でした。はつきりと「武力進出」と述べるし、南京事件にも言及してゐます。滝川博士(川部修詩)の「侵略戦争」発言も取り上げます。やはり当時の世論に配慮したのでせうか。一億総ざんげ。

 従来の戦争映画と違ひ、戦闘場面ではなく法廷でのドラマなので、スペクタークル要素に乏しく詰らないのではないか、と思はれるかも知れませんが、白熱した議論の連続で、意外と見せます。
 弁護士の沼田曜一江川宇礼雄が、自衛戦争との見方は一致するものの、国家弁護と個人弁護のどちらに重きを置くかで論争するシーンも良い。逆に言へば弁護団も一枚岩ではなかつたと云ふ事ですが。

 そして何より佐々木孝丸ですよ。弁護団副団長の清瀬一郎に扮し、朗々と謳ふやうに堂堂たる論戦を張ります。特にキーナン検事(E・P・マクダモット)とのやり取りは圧巻。お互ひ反論する際はわざわざ相手を押し退けるのが面白い。また、弁護人ブレイクニ―と豪州検事のマンスフィールドの論戦も見応へがあります。

 製作者大蔵貢は、佐々木の弁護発言に自らの真意を込めたかつたのかも知れません。しかしその佐々木も最後に「日本人としてかうせざるを得なかつた」と独白してゐます。そして何より、多くの犠牲者を出した戦争なのに、その根本となる原因はこの裁判では明らかにされなかつたと。
 大蔵新東宝といふ事で、明治天皇シリーズみたいなアナクロ・ナニハブシ路線を警戒する人もゐるでせうが、存外に真面目に作られたシャシンと存じます。東京裁判のダイジェストとして、現在でも通用する内容ではないかと感じた次第であります。
 

軍神山本元帥と連合艦隊

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#1700「軍神山本元帥と連合艦隊」
理想化された「軍神」

製作年:1956年
製作国:日本
製作会社:新東宝
監督:志村敏夫
出演:佐分利信/阿部九州男/藤田進/江川宇礼雄/宇津井健/前田通子
公開:1956年10月31日


 大蔵貢が社長となつた新東宝、戦争映画にも作風に影響を及ぼしてゐます。1956年の本作、タイトルからして「軍神」ですよ。監督は志村敏夫、脚本は館岡謙之助、音楽は鈴木静一。助監督に土居通芳の名前有り。タイトルバックから軍艦マーチが鳴り響き、劇中も繰り返し使用されます。

 タイトル通り、連合艦隊司令長官・山本五十六を描いた一篇であります。山本(佐分利信)が昭和八年、海軍第一航空司令官に任ぜられる辺りから。日本は国際連盟脱退(昭和八年)、二二六事件(同十一年)、上海事変(同十二年)などの歴史的事件が続発するきな臭い時代です。
 山本は第二次軍縮会議の予備交渉で成果を挙げられず、故郷の長岡で隠居しやうとしますが、盟友堀内少将(江川宇礼雄)の説得で海軍に戻り航空本部長となります。

 盧溝橋事件をきつかけに日支の武力抗争は拡大、世界的にもヒトラーの台頭などで遂に第二次大戦は始つてしまひました。世論は英米何するものぞ、ドイツのヒトラー、イタリアのムッソリーニと組めば天下無敵だとの意見が多数。海軍次官を経て連合艦隊司令長官となつた山本は米内(阿部九州男)海相(のち首相)と共に三国同盟には反対するものの、趨勢に逆らへず日独伊三国同盟は調印されます。

 アメリカとの開戦避けられず、山本は真珠湾攻撃、続くマレー沖海戦で華々しい戦果を挙げます。しかし戦況が有利なうちに講和を、との願ひは時の首相・東條英機には通じなかつたやうです。さうかうするうちに日米の戦力差は露になり、米国はB29による本土空襲を繰り返します。
 一方海軍はミッドウェー海戦での敗北をきつかけに劣勢に転じ、ガダルカナル島争奪を巡るソロモン海戦で壊滅的打撃を受け、山本自身も「い」号作戦の直後、視察中にブーゲンビル島上空で襲撃され死亡......

 映画では佐分利信がどこまでも冷静沈着な山本を演じます。三船敏郎を見慣れると少しもどかしい感じもしますが、風貌的には佐分利の方が似合つてゐます。ただ山本と云ふ人物はかなりヤンチャでお道化が好きな人だつたらしいから、その点では物足りませんな。

 共演者は米内光政に阿部九州男、堀悌吉(映画では堀内)に江川宇礼雄、近衛文麿に高田稔、宇垣纏(映画では宇田)に田崎潤、南雲忠一(映画では八雲)に藤田進、草鹿龍之介(映画では草刈)に竜崎一郎、右翼の東亜会メムバアに丹波哲郎天知茂

 その他宇津井健細川俊夫高島忠夫若山富三郎中山昭二御木本伸介沼田曜一舟橋元小笠原竜三郎明智十三郎らで、一応当時の新東宝とすればオールスタア映画と申せませう。しかし中途半端に役名を変へてゐるのは何故でせうか。

 また、非軍人では、山本夫人に相馬千恵子、息子に高島稔(特撮少年には、後の「ゴジラ対ガイガン」でお馴染み)、長岡の旧知・庄七(澤井三郎)の娘に北沢典子、それから弟(北原隆)を海軍に入れやうと山本にお願ひする娘に前田通子。既に「女真珠王の復讐」で全裸(後ろ姿ですが)を晒した後の出演ですが、ここでは純情な役です。役名の「河合千代」は、山本の愛人(河合千代子)から取つたのでせうか。

 これだけの役者陣を投入しながら、イマイチドラマが盛り上がらないのは、戦闘シーンに米国のフィルムを使用して、俳優の演じるシーンとは明らかに画面が乖離してゐるからでせう。まるでNHKのアーカイブス映像を交へた再現ドラマを少し豪華にしたやうな印象です。また、山本を何かと持ち上げ過ぎで、ラストの「もしも山本元帥健在なりせば日本の歴史の一頁はあやまりなきを得たであらう」はどうですかねえ。それなら三国同盟も日米開戦も避けられたんぢやないですか?

 少し大蔵貢の思ひ入れ過多の作品と申しても過言ではありますまい。この後、大蔵的ナニハブシ路線はどんどん加速して、日露戦争(明治天皇)ものへとエスカレートするのでした。

潜水艦ろ号未だ浮上せず

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#1697「潜水艦ろ号未だ浮上せず」
いつの世も現場と上層部は乖離する

製作年:1954年
製作国:日本
製作会社:新東宝
監督:野村浩将
出演:藤田進/小笠原弘/美雪節子/中山昭二/丹波哲郎
公開:1954年7月13日


 既に敗戦色濃い戦争末期、潜水艦ろ号は敵機の攻撃を躱して何とか横須賀へ帰投します。貧弱な逆探しか装備してゐない為、常に危険と隣り合せであります。それで艦政本部の会議で、永田聴音長(小笠原弘)は高性能レーダーの装備を進言しますが、ボンクラの偉いさん達は理解出来ず、攻撃力を高める方が効果的だなどと言ひ、艦政本部長(高田稔)もまるでやる気をみせず「検討事項としやう」みたいな発言でお茶を濁しました。

 永田は料亭で知り合つた幸子(美雪節子)と親しくなり、下宿も彼女に世話して貰ひました。下宿先のおちか(浦辺粂子)は二人の仲を応援しますが、料亭の女将で幸子の養母(吉川満子)は、永田が気に入らない様子です。

 そんな折、ろ号に新指令が下ります。メレオン島に残され飢餓に苦しむ兵士たちの為に、食糧を運搬するのです。危険な任務。犠牲を出しながらも満身創痍で帰投するろ号。
 既にマリアナは玉砕し、戦艦大和も沈んだこの時期、遂に最後の出撃命令がろ号に降ります。もはや生きて帰れぬと悟つた乗組員たちは、それぞれの思ひで別れを告げるのでした......

 「戦艦大和」のヒットに気を良くした新東宝は、次々と戦争映画を量産しますが、この「潜水艦ろ号未だ浮上せず」もその一つ。監督は野村浩将、原案は高橋一郎と云ふ人がクレジットされてゐますが、同姓同名が沢山ある名前ゆゑ、誰なのか特定出来ません。脚本は新井一&野村浩将、音楽は服部正であります。

 潜水艦「い」号ではなく「ろ」号の物語と云ふのが珍しうございます。「い」号に比べてかなり規模の小さい「ろ」号では、その分乗組員たちの距離感が近く、アットホームな感じがよろしい。反戦を声高に叫ぶ事無く(上層部の無能ぶりは描かれますが)、乗組員たちの私生活を丁寧に描きます。

 艦長の藤田進は、出撃に当り病気の幼い息子を置いて行きます。かなり重い症状らしく、医者からは「今日は両親がゐた方が良い」と進言されますが、出撃命令は絶対です。頷かざるを得ない医者と涙する看護婦たち。
 聴音長の小笠原弘は、意地悪な吉川満子が美雪節子に会はせてくれないので、形見を託します。それを知つた時の美雪のリアクションが凄い。猛烈にダッシュして小笠原を追ひかけやうとします。草履の鼻緒が切れても構はず、まるでコマ落としのやうに走る姿は必見であります。

 因みにこの準主役扱の小笠原、後に小笠原竜三郎と改名させられます。大蔵貢が時代劇向きの芸名にしたかつたらしい。同様の被害者(?)に、和田孝→和田圭之助、中川晴彦→中村竜三郎、若杉英二→天城竜太郎、江見渉→江見俊太郎らがゐます。
 砲術長の鈴木信二は、髭面&強面ながらインコを溺愛する男で、最期まで自分よりも鳥たちの事を気にかけてゐました。烹炊兵の鮎川浩と機関士小高まさるは共に新東宝の名バイプレイヤーですが、メレオン島の兵士へ送る食糧を守るためにネズミから目を離しません。

 軍医長中山昭二は、死地に向ふ立場を理解してゐるのかゐないのか、芸者のうめに結婚を申し込みます。母親に会つてくれと能天気です。このうめを演じたのが、若杉須美子(のちの若杉嘉津子)で初々しいのです。毒婦ものや怪談もののイメエヂがついてしまひましたが、本来美形の女優さんです。

 ところが中山はメレオン島の食糧運搬作戦で、まさかの最期を遂げます。敵機襲来の中、皆が既にろ号に泳いで戻つてゐるのに、何故か一人だけ大幅に遅れて泳いでゐる中山。しかも悠々と平泳ぎ。せめてクロールで急げないものか。焦る艦長藤田進に、先任将校の丹波哲郎(なぜか「円波哲」と云ふ名で紹介される資料多数、無論これは誤り)が、一人の命に拘つて作戦を失敗させてはいかんと喝を入れるやうに意見具申、それで藤田は中山を諦め、断腸の思ひでろ号を潜水させるのでした。

 「戦艦大和」もフィクションですが、一応史実をベースにしてゐます。しかし本作は完全に史実から離れたものになつてゐて、その最たるものが、何かと物議を醸す「重巡洋艦インディアナポリス撃沈」のシーン。実際にインディアナポリスは日本海軍の潜水艦に撃沈されますが、その潜水艦は「ろ」号ではなく「い」号。しかもインディアナポリスは既にテニアンに原子爆弾を輸送した後の事です。

 ところが本作では原爆を搭載した同船を撃沈したやうな感じで、しかも日本軍がそれ(原子爆弾)の存在を知つてゐます。原爆の存在が明らかになるのは、かなり後のことと存じます。でもこの映画通りだつたら、その後の世界は大きく変つてゐたのでせうねえ。
 気になるのがラストシーン。余りに唐突に終るので、フィルムの欠落かと思つてしまふくらゐです。それとも「ろ号」とその乗組員たちの最期を生々しく描く事に抵抗があつたのか。瑕疵は数あれど、当時としては真面目に製作した「反戦映画」と申せませう。
 
 ◎その他:メレオン島で飢餓に苦しむ兵士の一人に、天知茂が登場してゐます。余りの空腹に虫を口にしますが、不味かつたのか、顔を顰める演技。顔のアップもありましたが、台詞がなかつた為かノンクレジットでした。

顔役(1965)

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#1566「顔役(1965)」
グループを掌握できない鶴田浩二

製作年:1965年
製作国:日本
製作会社:東映(東京撮影所)
監督:石井輝男
出演:鶴田浩二高倉健/三田佳子/佐久間良子/長門裕之天知茂
公開:1965年1月3日


 石井輝男シリーズ、今回は1965年1月3日公開の「顔役」であります。製作年も1965年となつてゐますが、たつた二日で撮れる筈がないので、実際には1964年と思はれます。脚本は笠原和夫深作欣二石井輝男の濃ゆいトリオ。紆余曲折があつてこの顔ぶれになりました。音楽は八木正生。劇中で高倉健と三田佳子が「網走番外地」を口ずさむシーンがあります。

 関東のヤクザ組織「関東城政会」では、①大産業地帯指定埋立地で儲けやうぜ!②関西から「関西同志会」なるヤクザ組織が東京進出を狙つてゐるので、これを阻止せよ! の二大議題をもつて大々的に幹部会を開きます。大幹部の花岡(天知茂)が仕切つてゐますが、本来なら会長・檜山(安部徹)の身代りに10年もの臭い飯を喰つてきた中神(鶴田浩二)がその役目をするべきだらうと、弟分の早見(高倉健)は怒つてゐます。しかも檜山は又も、かかるやつかいな問題を中神に押し付けます。

 中神は早速、堅気になつた旧友・柏田(大木実)の仲介で、土地の顔役・小杉(曾我廼家明蝶)と面会、埋立地工事の入札を関西に渡さぬやうに依頼します。小杉は渋渋認め、関東城政会に工事権を与へますが、その裏で早見が地元の市長(神田隆)を脅してゐる事が発覚、中神は指を詰めて詫びます。そして必ず工事は完遂する事を約束しますが、波乱含みの幕開けとなりました......

 鶴田浩二がそのイメエヂ通りの、筋を通すヤクザを演じます。いつも思ふが、こんな人格者がどうしてヤクザになるかね。十年も身代りで勤め、出てくると天知茂がマウント取つてゐる。それでも文句言はず、安部徹の野望成就の為、難儀な仕事を引き受けます。女房は盲目の佐久間良子で、子供が出来たばかり。

 こんな兄貴分にイラつくのが、弟分の健さん。結構チンピラつぽく、ヤンチャです。勝手に神田隆を脅したりして結果的に鶴田を追込んでしまふ。短気で失言が多いと鶴田からいつも注意されてゐます。元カノが三田佳子で、今はブンヤの長門裕之にアタックされてゐます。長門は中中優秀のやうで、例の埋立地では、農地には適さない土が搬入されてゐる事を突き止めます。此の件から安部徹が、住宅地に転用せんと目論む開発会社社長の内田朝雄と結託してゐた事が判明、流石の鶴田も安部に意見しますが......

 鶴田組に健さんの他、江原真二郎曽根晴美待田京介アイ・ジョージ。江原は天知と裏で通じるワルでした。待田は顔に大きなあざがあるのですが、それを全く気にしない藤純子に惚れます。でも今回の藤はかなり天然、と云ふか足りない感じ。しかも大喰ひ。

 関西勢は遠藤辰雄がふてぶてしくて結構。工事現場に放火するなどしますが、関東勢に報復を受けます。瀕死の状態で、刑事に誰にやられたかを聞かれても答へず、「ヤクザのカタはヤクザがつける」と、息を引き取るあたりは案外潔い。

 で、健さんはヤクザの道を外したとの事で、鶴田が責任を持つて始末をつける事に。当初はこの結末に不満を漏らしたわたくしですが、今ではまあ分かります。何故なら、ワルは結局安部徹-天知茂ラインの身内で、此奴らが死んだ時点でもう物語は終つたも同然だから。天知なんかは、佐々木孝丸ら親分衆から信頼されてゐませんでしたからねえ。この鶴田の命懸けの仲裁で、関西同志会は以後、関東から手を引くと宣言、健さんの死は無駄になりませんでした。

 とは云ふものの、エンタメ的にはやはり物足りないラストでした。最初から単独でシナリオを書いてゐれば、或は印象の違ふ作品になつたかもしれませんが、今更詮無い事ではあります。