傘をさすのが苦手です。
大雨の日、ぼーっとしながら歩いているといつの間にか右肩がぐっしょり重くなっていた、なんて日常茶飯事で、特に今みたいな梅雨の時期は、どちらかの肩が真っ黒、膝から下もすっかり水を吸ってて、靴にも靴下にも染み込んでいて泥の中を裸足で歩いてるみたいな気分になります。
世の中の人はどうしてあんなに傘がうまいんだろう、とかたまに考えます。考えて、もうちょっときちんと傘をさそうと思います。空から降ってくる雨爆弾の一滴一滴をしっかり意識して、傘をしっかりかざせば、だいぶ平和な状態で家まで帰れる。傘をさすことは空との戦いなんでしょう。戦場でぼーっとしてるやつがすぐに蜂の巣になるのは当たり前です。よく見れば傘も武器みたいなフォルムをしていませんか? とじた状態は剣みたいで。小学校からの帰り道は毎日のように真剣勝負でした。勢いよく開くバネは風圧で水滴を飛ばし、開いたそのフォルムはまた盾に、あるいは横から見た弓矢にも似ている。傘をさすとき僕たちは空をまっすぐ睨んでいるかもしれません。いつでも射抜いてやろうと、バケツをひっくり返してる意地悪い神様に向けて。
だから雨の日は気を引き締めて、東京を横切る兵卒たちに紛れて、僕も自分の身をしっかり守ることにします。
傘は基本的に一人しか入れません。
小さい頃は母親に手を引かれてカッパに身を包み母親の傘の中で守られていました。でも体が大きくなるにつれて他人の傘には入れなくなりました。相合傘は恋人との特別の証になりました。学校の黒板には月に一度誰かと誰かの相合傘が書かれ、誰かが必死に消しました。いま相合傘をするとどちらかの肩が、あるいは二人の肩がえぐれて血が滴り落ちてしまいます。傘は基本的に一人しか入れません。
傘を持った一人と一人は、これ以上近づくことのできない距離rを持っています。
梅雨真っ只中の6月から7月頭にかけて、駒場小空間で四つの演劇が行われます。駒場演劇祭と呼ばれたそれも、もう三つが終演し、残るは我らがプリズム「幸響曲ユーフォリア」だけになりました。
梅雨の時期です、本番があいにくの雨、みたいな日も多かったかと思います。
最近の世界では、楽しいことは大抵室内でできます。家でインターネットをしてもゲームをしてもDVDを見てもいいし、本を読むのも楽しいことです。
でも、雨の日に、一人で空と戦いながらなんとか劇場までたどり着いて、客席に座って、見知らぬ人とr未満の距離で隣り合って、見知らぬ僕たちの演劇を見て、そうやって楽しい時間を過ごす人が、一人でも多くなるといいなと思います。
意地悪な神様からは見ることができない最高の場所で。
引退を控えた三年役者の鈴木海斗がお送りしました。
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