はるまち坂

雨あがり

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 つくばいに、ポチャッと、またポチャッと水が落ちる。水が撥ねる。青苔がびっしりと育っている。
 京都のさるお寺の庭、紅葉の名所をテレビで見たのだけれど、印象にのこる場面でした。
 水は生命の源。生命再生のサイクルです。

 昨夜は雨がたくさん降ったらしい。今日は朝からいい天気で、気温は20度を超え、午後すぎても日陰の通路はぬれている。雨あがりは、道がリセットされる。何となく新鮮で、歩いていて気持ちがいい。



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2024年11月24日 (日)

水鳥の航跡はまっすぐに

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 十一月も残り少なく、日も傾いて紅葉が耀きます。
 何かあるかと、池のある公園にきてみれば、この景色です。水の上にも明るさが映えます。
 トップランナーが悠々とテープを切るごとく、水鳥のひとり旅、後に現れる航跡は、扇形に真っすぐにのびて、かすかに底辺も見え、正に三角形をなしています。

 自然がつくる不思議といえば、不思議なパターンです。池の面に照らされて、人々の影が、光芒のようにきれいに見える、過ぎ行く秋の午後でした。



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2024年11月21日 (木)

本のカバー

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 新しく買った本があるということは、何となくうれしい気分です。
 書店で、「カバーをかけますか?」と聞かれれば、おねがいします、とこたえます。カバーがついている方が、ここに本あり、新鮮な感じがします。
 カバーは外す、という人もあるようですが、私はカバー有り派です。どこかよそで買ったときは、また違ったデザインのカバーで、これもちょっとうれしい気分です。

 いつも行く書店のものは、飽きがくるので、カバーを裏返しにします。茶色のクラフト紙、無地になり、手触りもいい。読み終わったら、カバーは外


します。
 大抵は文庫か新書版ですが、最近、写真を印刷して、カバーにしています。A4普通紙がちょうどいい。
 これは気に入っています。新しいできごとでした。ちょっとしたアートシリーズの本になります。

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2024年11月18日 (月)

いたる所にツワブキの花

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 板敷の階段をおりていけば、うっそうとした森の中、湿地と池があります。木道で囲まれています。
 この時期に来たのははじめて、いたる所にツワブキの花が咲いているのでした。枯れた落ち葉が積もって、日も射さず、ちょっと妖艶な雰囲気があります。
 でも静まりかえっていい感じで、去りがたい景色でした。

 兵庫県知事選は、県議会から全会一致で、不信任を受けた斎藤氏が再選を果たしました。
 県議会の判断と斎藤氏と、どちらが道理にあっているのか、よく分かり


ませんが、なんとなく選挙結果は、国政の影響があったような気がしないでもないです。
 やはり、意気上がらない政治には、飽きている。
 庶民は、戦う政治家を支持する。その姿に希望をもつ、それがどうした、というぐらいの強い指導者に希望をもつ、そういう新鮮さが、一つの勝因ではなかったのかと思うのですが・・・・・。   (美しの森公園)

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2024年11月15日 (金)

一瞬の秋の色

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 自然の景色は人の心を落ちつかせます。市民講座の帰りバスを途中で降りて森林公園を歩きます。
 犬も人も、ちらほらです。それぞれに気を休めるひと時です。

 樹々にも生気あり。春は一気にもえ、夏は万緑みなぎり、秋はここぞと色づく時、そして来る冬は、またの春にそなえる。
 いまは晩秋、穏やかな日を受けて、明るい景色です。遠く眺めるより樹の下に入れば、また違った景色に見えます。いま一瞬の秋の色を見るのもいいです。

 

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2024年11月12日 (火)

一面の花

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 ふいに風ふいて、木の葉が降ってきた。冬近いことをおもわせる景色もいいですが、これはただ花の写真です。

 でも個性豊かです。個性は、異質であってはじめて個性です。すべて同じなら個性とは言えず、それは均整の美となるでしょう。いろんな花が寄り集まって、文字通り華やかです。

 寄せ植えでこの花壇が、作られたのだと思いますが、これも職人さんの配色の技だと思います。人を楽しませる、あやなす景色と言えましょう。  (等々力緑地)



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2024年11月 9日 (土)

ウオーターガーデン

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 四角い花壇が4つ、水面に浮かんでいます。ウオーターガーデン、こういう景色は、初めてみました。
 この池は、いつもなめらかなグリーン色をしていて、花の色によく合っていると思います。
 浮かべる耕造は分かりませんが、工夫をこらして、創造力と実行力があったのは確かだと思います。花壇が池の養分を浄化するということです。

 アメリカの大統領は、トランプさんが選ばれました。二つの対立するものがあるとき、世論はほとんどの場合、正しいほうに味方する、とマキャベリが言っていますから、アメリカの民衆


の見る目は正しい結果を出したのだと思います。
 がっかりした人が多いと思いますが、それはマスコミのせい。私はトランプさんでよかったとおもいますね。
 どこが、と聞かれても答えようがありませんが、世界が、ピッとわれに返るときかもしれません。
(全国都市緑化かわさきフェア・等々力緑地)



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2024年11月 5日 (火)

自然に包まれた歩道

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 はじめて来ました。通りの真ん中にいろんな樹木があります。
 常緑の下草が植えられて、庭園のような歩道です。
 ゆるやかな坂道、ここは桜麻通り、車道側は交通量が多いですが、歩道は別天地のようです。

 この先の麻布台ヒルズは、できたばかりです。
 植木の手入れ、維持も大変だと思うのですが、自然を取り入れた、ゆとりある環境づくり、町づくりは、人を豊かな気持ちにさせます。大切なことでありましょう。



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2024年11月 2日 (土)

見えたのはほんの欠片

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 政局において、ひそかに自分の才覚に自負があるにせよ、いざとなれば、こんなはずではなかった、という悲哀につつまれることもある。たぶんそれは人のことは見えても、自分のことは見えない、ということでしょうか。
 自分の物指で見るしかないですが、見えた、何かをつかんだ、としても、ほんの欠片でしかなかったということもあるでしょう。人は孤独ですね。

 たぶんですが、自分のことがあまり見えないひとは、なおさらに、人のことは見えていないのではないでしょうか。そんな気がします。 (ワイワイと和気あいあい、にぎやかな姫蔓蕎麦)



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2024年10月29日 (火)

白いバラは無垢

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 白いバラは無垢です。控えめで、あまり語りません。静かなものです。公園の入り口、ハートマークのオブジェに咲いていました。

 世の中やっと少し、静かになりました。やはり言うことよりも、言わないことに深遠なものがあるような気がします。
 言葉は、なぐさめにも、はげましにもなります。また、ともすれば、ことばが流れて、それと気づかず、人々の心に波風たつことも、すこし考え物だなと思ったりします。



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2024年10月26日 (土)

紅一点と一つのことば

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 赤い葉っぱきれいだった。大きな木、名前は知らないけれど、何となく季節の変わり目を感じさせます。
 青葉に混じって赤い色が際立ちます。これも紅一点といえましょうか。紅一点と言っても、その他大勢がなければ、紅一点は成り立たず、周りがあっての一点の存在です。
 紅一点という言葉は、女性に限らず大切なものの、たとえとしても使われるようです。

 ところで、吉高由里子主演大河ドラマ「光る君へ」クランクアップというニュースがありました。携わるスタッフは、150人以上といわれています。


 いいものを作ろうという、活気があふれていたのではないでしょうか。
 挨拶に立った吉高さんは、「一生分の幸せを使ったかな、というくらい幸せでした」と話したということです。

 一生分の幸せ。とても新鮮な言葉ですね。
 いい仕事をさせてもらった、ということと、スタッフ一同への感謝の言葉として心に響く。そこにいた人は、うれしかったに違いないと思います。



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2024年10月23日 (水)

メディアの独壇場

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 広い通りを、人々が行き交います。その眺めは、健康的で自由さがあります。

 与党にあっても、土台固めをしっかりしないと、いつ崩れるとも限らない。期待への責任を負って、中々ものいりで、気を使うのでありましょうが、先立つ物は、とかく不浄になりがち、そこに慢心となれば、不覚にも足をすくわれることになりまして、いま衆院選のさ中。いくつかの新聞は、「不記載」で通しているけれど、テレビ、その他メディア、野党ともども、抽象的でありながら、決めつけて、金科玉条のごとく 「裏金」一色で、心地よい


言葉に酔ってしまって、金輪際手放しはしないのであります。こうなっては、多勢に無勢、いかに志高く政見をみがいていても、涙がにじむ。
 どうしようもない様子は、気の毒に、と思うのでございます。



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2024年10月19日 (土)

公園の丸窓

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 空が見えて樹木がある、それが公園です。
 樹の色は季節ごと、時間ごとに変わります。陰影も、濃く淡く変わります。日常の生活と違った空気感、公園はいいです。
 ちょっと気分転換、あるいは一休みできる憩いの場です。

 写っていませんが、向うのベンチに女性ひとり、こちらにビジネスマンひとり腰かけている。それぞれに、人生のすき間のひと時でしょう。

 はじめての公園ですが、コンクリートでできた、アート作品でしょうか、


丸窓がありました。
 見方しだいで、その中の景色は、新鮮な感じがします。

 ただの丸窓ではありますが、近よれば広角、離れれば、望遠もできます。いまさらの発見でした。
 窓はいつでも、人が来るのを待っています。

 

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2024年10月16日 (水)

なつめの実

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 十月神無月、朝晩冷え込む季節、寒露の次候、菊の花開く、になりました。
 おや、こんな所に、なつめの実が。珍しいことです。なつかしい。ああ、いまの季節なんですね、実がなるのは、わすれていました。
 なつかしいと言っても、子供の頃、郷里で見た記憶があるだけですが、よその家の、大きななつめの木、よく見上げていました。
 いまみれば、深紅でつややか、気品があるような、やさしい形をしています。  (国学院大学 たまプラーザキャンパス 万葉の小径・・なつめは、万葉の時代からあったんですね。)



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2024年10月13日 (日)

もののあはれ

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 うーんと手を伸ばして、のびをするように、みずひきが咲いていました。秋ですね。

 大河ドラマの影響で、書店には、紫式部や清少納言など古典ものがならんでいます。
 「もののあはれ」は、「源氏物語」の眼目だとしたのが、本居宣長の偉大な功績といわれています。
 「もののあはれ」とは、なんでしょう。辞書には、しみじみとした情趣や哀愁だとでていますが、それは文学作品の中で味わうには、なんとなくわかるような気もします。
 「もののあはれ」という言葉が、受け


継がれていまにあるわけですが、いま現在にも、それに通じる「もののあわれ」はあるような気がします。

 ものを見聞きし、その中で自らも何かしらの動きをして感動する。それもあるでしょうが、その時は気づかなくて、あとになって、じわじわと何かが効いてくる、ということもあると思います。
 つまり、過ぎたことが、ふと再現される、よくよく見てみれば、あれは肯定とも否定ともつかず、誰にでもあること、ただ感情に流されたに過ぎなかった、ということもあるでしょう。


 中々思うようには行かず、心静めて、ことの本質を自問すれば、自分の心もあわれ、人もあわれ、と知ることもあると思います。
 何ごとも、行き過ぎは、道をあやまる元といえると思います。いま、「もののあはれ」の心の大切さを、思うのでございます。



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